ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二十章 タバサと小さなスタンド使い-1

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早朝のヴェストリ広場、朝の霧の中を二つの影が目まぐるしく動き回る。
リゾットは土中から相手を取り囲むように刃物を出現させ、一斉に相手に向けて放つ。それに対して相手は跳躍すると同時に『レビテーション』を使って浮き上がり、刃物の囲みから抜け出した。
宙に浮いた相手に駆け寄りつつ、リゾットがなおも刃物を射出するが、出現した無数の刃物はその一つ一つが相手が飛ばした氷の矢によって撃ち落された。
朝の薄い光の中で砕けた金属と氷の欠片が乱反射し、煙幕のようにお互いの視界を遮る。
視界が晴れた時、リゾットの姿は消えていた。
きょろきょろとリゾットを探すが、その間もなく砕かれた刃物が空中で再構成され、容赦なく襲い掛かる。それらをマントや杖で叩き落し、身のこなしで回避しつつ、口元を隠し、素早く呪文を詠唱し、杖を振る。
途端に周囲の温度が下がっていく。だが、人間にすぐに害になる温度ではない。リゾットは気にせず、攻撃を続けようとした。
だが次の瞬間、そのリゾットの位置に正確に『ウィンディ・アイシクル』が叩き込まれる。
「!?」
驚愕しつつ、氷の矢をある程度、デルフリンガーで吸収し、残りを自らの剣技で切り払う。
その僅かな驚愕が作った隙に相手はリゾットの側面に回りこみ、『エア・ハンマー』を打ち込む。
「相棒、横だ!」
デルフリンガーが警告を発するが間に合わず、氷の矢の対処に気をとられたリゾットはそれを直に受け、吹っ飛んだ。倒れた拍子に霜柱が折れる音が聞こえ、リゾットは相手がどうやってこちらの位置を掴んだのかを理解した。
跳ね起きたリゾットの目に、喉元に向けてすさまじい勢いで迫る杖の先端が映る。
相手は『エア・ハンマー』を撃った直後に『フライ』を唱え、その加速を突きに利用したのだ。ただの木の杖といえど、急所に打ち込まれれば致命傷を負いかねない。
避けるのは間に合わないと判断し、リゾットは杖の先端を手で受ける。杖の先端がリゾットの手を抉るが、その勢いに逆らわず自分自身の上体を回転させ、蹴りを放つ。
小柄な身体が宙を舞った。相手は大地に打ち付けられる所で受身を取り、転がりながら立ち上がる。見ると、リゾットもデルフリンガーを構えなおしていた。
再び二人は向かい合い、視線が交錯する。が、突然、リゾットが剣を下げた。
「こんなところでいいだろう。これ以上やるとどちらかが死にかねない」
その言葉に、相手は無言で頷き、杖を収めた。

第二十章 タバサと小さなスタンド使い

「……満足したか?」
リゾットの問いに、今までリゾットと戦っていたタバサは頷いた。
何故二人がこんなところで実戦さながらの組み手をしたのかといえば、朝の訓練をするリゾットへ、タバサが組み手を申し込んだからだ。
リゾットも一人でトレーニングをするよりは、相手がいた方が訓練としての質があがるので引き受けたのだが、その理由は計りかねていた。
「よければ聞かせてくれ。なぜ俺と戦おうと思った?」
タバサは無表情にリゾットをみつめている。答えないと思ってリゾットが諦めかけたその時、不意にぽつりと呟いた。
「貴方はスタンド使い」
「……スタンド使いと戦ってみたかったのか?」
タバサは頷いた。受けてくれたのだから、一応、理由くらいは教えてもいいと思ったらしい。
「経験が必要」
DIOの館でタバサは自分自身も所属している北花壇騎士団を脱走したケニー・Gに敗北した。幸い、命は助かったが、あそこで終わっていてもおかしくなかった。
タバサは母を守るため、復讐のため、強くならねばならない。そのために知識を蓄え、魔力を得、様々なタイプの敵と戦って力を得る必要がある。
スタンド使いが叔父王の配下にいるというならば、スタンド使いとも戦わなければならない。そして手近にいたサンプルがリゾットだった、というわけだ。
リゾットはDIOの館の経験を通して、自らの母親の仇を討つ、というタバサの目的を何となく察している。自分も相手は違うものの復讐が目的であり、タバサの力になれることなら力になりたかった。
「スタンドに興味があるのか?」
タバサは頷く。リゾットはしばらく考えていたが、この機会にスタンドについては話すことに決めた。
「分かった。確かに、敵として出会う可能性も高い。今度、キュルケやルイズやフーケも交えてスタンドについてきちんと話そう」
リゾットの言葉に、タバサは頷いた。
「ところでタバサ……、髪とマントが乱れている。授業に行く前に直した方がいい」
タバサはまた頷いた。

トリステインの城下町、ブルドンネ街では派手に戦勝記念パレードが行われていた。
聖獣ユニコーンに引かれた王女アンリエッタの馬車を先頭に、高名な貴族たちの馬車が後に続く。その周りを魔法衛士隊が警護をつとめている。
狭い街路だけでなく、通り沿いの窓から、屋上から、屋根から人々はパレードを見つめ、口々に歓声を投げ掛けた。
「アンリエッタ王女万歳! トリステイン万歳!」
数で勝るアルビオン軍をタルブ草原で討ち破った王女アンリエッタは『聖女』と崇められ、今やその人気は絶頂である。
民の人気だけに留まらず、タルブ草原での戦いは政治状況を一変させていた。
この戦勝記念パレードが終わり次第、アンリエッタには戴冠式が待っている。母である大后マリアンヌから王冠を受け渡されるのだ。
当然、王になるのだから、ゲルマニアとの婚約は解消である。ゲルマニアはそれを渋々承知した。一国でアルビオンの侵攻軍を破ったトリステインに、強硬な態度が示せるはずもない。
同盟の解消など論外である。アルビオンの脅威に怯えるゲルマニアにとって、トリステインは今やなくてはならぬ強国となっていた。

賑々しい凱旋の一行を、中央広場の片隅で捕虜となったサー・ヘンリー・ボーウッドはぼんやりと見つめていた。彼は炎上したレキシントン号を不時着させるため、最後まで艦に残ったため、トリステインの捕虜となったのだった。
捕虜といっても、杖を取り上げられるだけで、縛られているわけではない。見張りこそ置かれているものの、ボーウッドを含めた貴族の捕虜たちは、広場の片隅で思い思いに突っ立っている。
貴族は捕虜となる際に捕虜宣誓を行う。その誓いを破ることは貴族として最大級の汚名であるとされ、名誉を重んじる貴族たちにとって、それを破ることは死んだも同然なのだ。
「見ろよ、ホレイショ。僕たちを負かした『聖女』のお通りだぜ」
ホレイショと呼ばれた貴族は太った身体を揺らしながら答えた。
「ふむ……、女王の即位はハルケギニアでは前例が無い。それに戦争はまだ継続中だ。大丈夫なのかね。あの年若い女王は」
「ホレイショ、君は歴史を勉強すべきだよ。かつてガリアで一例、トリステインでは二例、女王の即位があったはずだ」
ホレイショは照れ隠しに頭をかいた。

「ふむ、歴史か。してみると、我々はあの『聖女』アンリエッタの輝かしき歴史の一ページを飾るに過ぎない、リボンの一つというべきかな? 我々の艦隊を殲滅したあの光! 驚いたね」
ボーウッドは頷いた。
「奇跡の光だね。まったく……。あんな魔法は見たことも聞いたことも無い。いやはや、我が『祖国』は恐ろしい敵を相手にしたものだ」
呟きつつも、考える。あの光、そしてレキシントンに乗り込んできた謎の竜騎兵は、本当にトリステインが使用したのだろうか。
ボーウッドは捕虜として捕まった後、トリステイン側にその二つについて根掘り葉掘り聞かれていた。ボーウッドはありのままに話したが、トリステイン側が意図的に使ったなら質問されることもないはずだ。
ワルドは竜騎兵に心当たりがあったようだが、彼は行方をくらましていた。もう会うことはないだろう。
ボーウッドは手近に立っていた兵士に部下の安全と処遇を確認した。兵の捕虜は軍役、もしくは強制労働が課されるという。
それだけ確認して兵士に金貨を握らせる。兵士が一杯飲むために立ち去るのを見届けて、ボーウッドは口を開いた。
「もし、この忌々しい戦が終わって、国に帰れたらどうする? ホレイショ」
「もう軍人は廃業するよ。何なら杖を捨てたって構わない。あんな光を見てしまったあとではね」
ボーウッドは大声で笑った。
「気が合うな! 僕も同じ気持ちだよ!」

現王女、そして数時間後には女王となるアンリエッタはパレードの馬車の中でため息をついた。勝利によって自由を掴んだはずの彼女だが、その心は晴れない。
自分を玉座に持ち上げることになった勝利はアンリエッタのものではない。彼女の左の薬指に光る風のルビーの本来の持ち主であるウェールズ、経験豊かな将軍やマザリーニの機知によるものだ。自分はただ率いていたに過ぎない。
憂鬱そうなアンリエッタに、枢機卿マザリーニは口ひげをいじった後、問うた。ちなみに彼はアンリエッタの戴冠以後、相談役に退く予定である。
「ご気分が優れぬようですな。まったくこのマザリーニ、殿下の晴れ晴れとしたお顔をこの馬車の中で拝見したことがございませんわい」
「マザリーニ、私も母のように父の喪に伏し、王座を空位にすることはできないのですか?」
マザリーニは途端に顔をしかめた。

「またわがままを申される! 殿下の戴冠は御母君、臣下一同、そして民が望んだ戴冠ですぞ! 殿下のお体はもう、殿下御自身のものではありませぬ!」
マザリーニが戴冠式の手順の確認を始めた。長い儀式の最後に始祖と神に対して誓約を述べ、大后から王冠を授かるのである。
アンリエッタは心から誓約する気にはとてもなれない。
過去、アンリエッタが心から誓ったのは、ラグドリアンの湖畔で恋人のウェールズとした誓いだけだ。
もう一つあげるならば、アルビオンに赴くルイズの前で行った誓いである。
そんな風に考え始めると、偉大なる勝利も戴冠の華やかさも、アンリエッタの心を明るくはしないのだった。
アンリエッタは手元の報告書に目を落とす。
それを記したのは、捕虜たちの尋問にあたった一衛士で、ゼロ戦に撃墜された竜騎士や、『レキシントン』号の乗組員だった者たちの話が纏めてあった。
その報告書にはタルブ村に突然現れたゴーレムや、竜騎士を全滅させ、『レキシントン』号を襲った竜騎兵の存在が記されている。
ゴーレムの方は詳細は不明。捕虜たちは全くその正体を把握しておらず、タルブの村の人々からも、フードを目深に被ったメイジだった、としか証言を得られなかった。

一方、竜騎兵は敏捷に飛びまわり、竜騎士隊を全滅させた後、『レキシントン』号内で奇妙な魔法を使い、あと少しで船を落とすところだったという。当然、そのような竜騎兵はトリステインには存在しない。
調査の結果、その竜はタルブの村に伝わる『竜の羽衣』と呼ばれるマジックアイテムであることが分かった。それがマジックアイテムではなく、未知の飛行機械だったということも判明している。
タルブ村の住人の証言によると、それを引き取ったのはトリステイン魔法学院の生徒らしい。さらに、『レキシントン』号の艦長、ボーウッド他の証言により、『竜の羽衣』を操っていた者の外見特徴なども分かった。
導き出されるのはルイズの使い魔である。リゾットに関して、アンリエッタは努めて感情を殺して判断するように心がけていた。嫌悪が先に立つからだ。
使い魔がいたということは主人もどこかにいたと考えるのが自然で、実際、アルビオン艦隊を薙ぎ払った光が発生する直前、複数人の乗った所属不明の風竜が目撃されている。そしてその一人がルイズらしい、とも。
尋問に当たった衛士はあの光を発生させたのはラ・ヴァリエール嬢か、その周囲の人間ではないか? という仮説を立てていた。だが、衛士は直接の接触を彼女にしてよいものかどうか迷い、報告書はアンリエッタの裁可を待つ形で締められていた。
「あなたなの? ルイズ」
アンリエッタは呟いた。

戦勝パレードに湧くブルドンネ通りから、いくつも路地を入った裏通り、そこは社会からはじき出されたような連中の吹き溜まりだった。
狭い通りにはいつもは怪しげな露天商や盗品売り、ゴロツキ同然の傭兵が溜まる酒場などが立ち並ぶのだが、今日に限ってはパレードの警備を警戒して、人通りが多くない。
その閑散とした通りを、フーケは歩いていく。普通、フーケのような美女がこの通りを歩いていたらただではすまないのだが、杖を持つメイジとなれば話は別だ。
フーケもまたこの通りに慣れているようで、迷いのない足取りで一軒の建物の戸を開いた。
「……どちらさんだい?」
「私だよ。婆さん」
奥から聞こえたしわがれた声に答えながら、フーケは暗く、埃の臭いが店内を進んでいく。
店内は素人では何を使うか分からないような薬品や器具、鉱物などが陳列されている。見るものが見ればそれらが秘薬の材料だと理解できただろう。
ここは秘薬屋だった。といっても表通りに看板が出ているわけではない。いわゆる非合法の闇店舗というわけだ。もちろん、ご禁制の品々も扱っている。
「おや、フーケかい」
フーケの前に、ローブをまとった老人が姿を現した。腰が曲がっており、杖を突いている。この店の店主である。
「また何か盗んできたのかい?」
「婆さん、私はもう盗賊からは足を洗ったって言っただろ? ちょっとご機嫌を伺いにきただけだよ」
「おおっと、そうじゃったそうじゃった。惚れた男のために足を洗ったんじゃったな」
ひひひ、と笑いながら老婆がからかいを口にする。フーケは顔をしかめた。
「別に男のためじゃないさ。盗まなくても金が手に入るようになっただけでね」
否定の言葉を口にしつつ、フーケは自分の頬が紅潮しているのを感じた。それを自覚したことに余計に照れてしまう。
それをみて、また老婆がひひひ、と笑った。ほとんど皺と垂れ下がった眉毛に隠れているのに、目は見えているらしい。

フーケはこの老婆にどうも頭が上がらなかった。フーケ同様、貴族の身分を剥奪された者の先輩だと言うこともあるかもしれない。
メイジとしての格がフーケよりも一段階上だということもあるかもしれない。この年老いた老婆には戦う身体能力は無いだろうが、それでも秘薬を作らせればまだ天下一品だった。
フーケはため息をついて、話題を変えるべく店内を見回した。
「景気はどうだい?」
「かなりいいのぅ。何しろ最近、大きい仕事があったから」
「へぇ、誰から……って聞くのは野暮か」
「そういうことじゃな。わしの人生最後の大仕事と思って、やらせてもらったがの」
『人生最後』、という言葉に引っかかってフーケは怪訝な顔をした。
「婆さん、どこか悪いのかい?」
「いや、最近、この辺も物騒じゃてな…。……おお、そうじゃ。フーケよ、お主に餞別をやろう」
名案を思いついたように呟くと、老婆は足元にある棚の鍵を開けた。フーケはその厳重な棚にこの店でも最高価の薬品がしまわれていると知っている。が、でてきたものを見て眉をひそめた。
「何だい、私が売った惚れ薬じゃないか。そんなもん貰ってもねえ……」
「いらんのかい?」
「……いや、そんなもので相手を落としてもね。第一、相手が素直に飲んでくれるわけ無いじゃないか」
「その割には間があったのぅ。それに、わしは別に誰かに飲ませろなんていった覚えは無いがね。また売ったっていいわけじゃから」
「う……」
やられた、という顔をするフーケを見て、老婆はにたりと笑い、言葉を続ける。
「まあ、そこまで自分に夢中にさせるのがためらいがあるなら、香みたいに吸わせても若干弱いが効果はでるぞ」
「嗅がせるのかい? でもそれじゃ、自分まで影響がでるじゃないか」
何だかんだいって興味があるのか、フーケは詳しい話を聞いている。

「至近距離じゃなけりゃ大丈夫…心配なら予め解毒剤を飲んでおけばいい話じゃ。お主が欲しいなら解毒剤もつけるが……どうじゃ?」
フーケの心は揺れた。うまくやれば相手に悟られずに仕掛けられるかもしれない。あの堅物というか鉄面皮を落とすにはそれこそあらゆる努力が必要だろう。
「……本当に、ただでくれるのかい?」
「ああ、ただ。わしとお前の間柄じゃしな」
フーケは心を決め、次の言葉を言った。
「でも断る」
「なんと!?」
驚く老婆に、フーケは髪をいじりながら言葉を続ける。
「あのね、婆さん。私にだってプライドがあるのよ。そんなものに頼るのは自分自身に魅力がないと断言するようなものじゃないか。
 それに、私は別にあいつに尽くしてもらいたいわけじゃないからね」
「要するに自分で飲んで素直な気持ちで相手に尽くす、と?」
フーケは頭を痛くなってきた。少しだけ老婆をにらむ。
「何でそうなるんだい。いいかい? 私は雇われちゃいるが、本質的にはあいつと対等でいたいんだよ。薬の力なんか使ったら、そのときは良くても後で対等になれないじゃないか」
それから横を向いて、もしもあいつが弱ってたら助けるけど、と付け加える。老婆は感心したように息をついた。
「なるほどのぅ……。まあ、お主がそう思うならこの話はなしにしておこうかのぅ」
「そうしてくれて構わないよ」
そこでフーケは店にある時計を見た。
「それじゃ、私はもう行くよ」
「おや、デートかの? 妙に声が弾んでおるが」
「はは、そんなんじゃないよ。ちょっと雇い主の仲間と顔合わせするだけさ」
笑ってフーケは店を出て、魔法学院を目指して移動する。それが老婆とフーケの最後の出会いだった。

さて、一方、魔法学院では戦勝に湧く城下町とは対象的に、いつもと変わらぬ日常が続いていた。
戦争といっても学び舎である学院には一応、関わりのない事件であるし、学院長のオスマンが大騒ぎすることを嫌ったからでもある。
そもそもハルケギニアは始終どこかが小競り合いを行っており、始まれば騒ぐものの、戦況が落ち着けばいつものごとくである。
ルイズたちが戦場に行ったことは彼女たちに怪我もなかったこともあり、コルベールは秘密にしていた。
リゾットが怪我をして帰ってきたことでギーシュなどは気づいたようだが、見舞いには来たものの、特に騒ぎ立てず、平穏な暮らしに戻ることが出来た。

そんな平穏な魔法学院の夜、人も少なくなった寮塔の廊下を、一つの人影が人目を忍ぶように歩いていく。
人影はローブを着込み、フードを目深に被っており、その人相は知れないが、その裾から時折のぞく白く、細い指はどうやら女のようだった。
女は音もなくある部屋の前に来ると、扉を一定のリズムにしたがって叩く。開いた扉から中へ入り、フーケはフードを取った。
「まったく、お尋ね者は辛いね。魔法学院に来るのにも一苦労だよ」
やれやれ、といった感じでフーケはため息をつくが、扉を開けたリゾットはあくまで冷静に返す。
「お前の前科は本物だからな……仕方ない。それより、もう傷はいいのか?」
「タルブの村で匿ってもらったお陰でゆっくり出来たから、それは心配しなくていいよ。治療費は高くついたけど、あんたに出してもらったしね」
「そうか…」
「そうそう、それと、さっき見たとき、ミスタ・コルベールが広場でゼロ戦をバラバラにしてたようだけど、いいのかい?」
「ああ。先生に構造の研究がてら、整備をお願いしてるところだからな」
「ちょっと、いつまで話し込んでるのよ……」
不機嫌そうな声が二人の間に割って入った。ルイズだ。
「おっと、そうだね。お待たせしちゃ悪い」
フーケは一つ咳払いをすると、柔らかな微笑を浮かべた。
「お待たせしました。皆様、そろっていらっしゃるようですので、始めましょうか」
「いきなり、ミス・ロングビルにならないで!」

いらいらとルイズは叫ぶ。
一応、リゾットから事情を聞いて納得はしたもの(『納得』までにかなりの時間を要したことは書くまでもない)の、ルイズはフーケを好きになれなかった。
殺されかけたということもあるが、それ以上に、リゾットと親しげなのが気に食わない。要するに、ルイズはフーケに嫉妬しているのだ。
そんな思いを見透かすように、キュルケがルイズをたしなめた。
「嫉妬はみっともないわよ、ルイズ」
「し、ししし嫉妬って何よ!? 誰が嫉妬してるのよ!?」
怒りと照れで顔が真っ赤になるルイズに、キュルケは指を突きつけた。
「貴方よ、貴方。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
「嫉妬なんかしてないわ! 私は使い魔が盗賊といちゃいちゃしてるのが気に入らないだけで」
「それを嫉妬って言うのよ、ルイズ」
「違うもん! 色ボケのあんたと一緒にしないで!」
「何ですって!?」
言い合いを始めた二人を見て、フーケがクスクスと笑い出す。
「あんた達、仲良いねえ」
「「どこが!?」」
同時に同じ返事をした二人は顔を見合わせ、フーケは再び笑い始めた。傍観していたリゾットが呆れて口を出す。
「……そろそろ始めよう。この調子だと夜が明ける」
「同感」
本をめくるタバサにまで言われ、ルイズもキュルケもとりあえず矛を収める。タバサが本を閉じ、全員の視線が集まったところで、リゾットが口火を切った。
「それじゃあ、スタンドについて詳しく説明する」

まずはスタンドの基本的な能力である、一人一体の生命の像を持つ、スタンドと本体のどちらかが傷つけば一方も傷つく、像はスタンド使い以外には見えない、といったことを説明する。
そして次にリゾット自身のスタンド『メタリカ』の能力について話し始めた。
リゾットの手の中で、空中から粒子が集まるようにしてナイフが作られていく。
「これが俺のスタンド『メタリカ』だ。能力は磁力による鉄分の操作」
「ねえ、リゾット、鉄分って何? それに磁力を操るって…どうやって?」
ルイズが質問を挟んできた。一緒に聞いていた一同もイマイチ要領を得ない顔をしている。
ハルケギニアでも磁力という概念はあるものの、その特性に関してはほとんど未知の領域らしい。
「鉄分は…目に見えないくらい小さな鉄の粒だ。それがいろんな物にくっついてると思えば大体間違いない。土にも湧き水にも空気中に含まれる僅かな土埃にも人体にも含まれている」
「人間の身体にも?」
ルイズは自分の手をしげしげと見た。その中に鉄が含まれてるとは信じられないらしい。
「人体では血液に多く含まれている。血の味が錆びた鉄のような味なのは鉄が含まれているからだ。俺のスタンドはそれらの鉄分を自在に操り、増やして固めることで鉄を作ることができる」
「『錬金』の魔法みたいなもの?」
キュルケが分かりやすいように自分たちの既知の手段に置き換えて言う。
「それに近い。それだけなら汎用性の無い『錬金』だが、そこでもう一つ、磁力が関わってくる。
 磁力というのは……そうだな。鉄同士を引き寄せたり弾いたりする、見えない力だと思えば大体間違いない。これを自在に操ることで、俺は金属を飛ばしたり引き寄せたりすることができる」
ナイフを宙に浮かべつつ、リゾットが簡単に解説する。
「俺の能力は以上だが、スタンド使いはそれぞれ固有の能力を持っている。幻覚を見せる、炎を操る、未来を予知する、などなどだな。
 凄いのになると時間を止めたりするスタンド使いもいる。どんな能力であれ、基本的にスタンドは一人一能力だ」
例外はいつでもいるのだが、とリゾットは付け加える。現にリゾットが地球で最後に戦ったボスは、予知に加えてさらに何かの能力を持っていた。

「一つしかないんじゃ、不便だと思うんだけど、そうでもないのよね?」
「そうだな。これは地球での俺の仲間がよく言っていたことだが、どんなくだらない能力も頭の使いようだ。たった一つの能力でも発想一つで様々に変わる」
リゾットのメタリカとて、最初から様々なことが出来たわけではない。最初は使いにくいかったが、時間をかけて試行錯誤し、技を磨いてきたのだ。
そういう意味で、ホルマジオの苦労は身にしみて分かっている部分がある。
「…『治す』スタンド使いはいるの?」
今まで黙っていたタバサが急に口を開いた。
「いや、俺は知らない。だが、そういうのがいても不思議じゃないな」
「そう……」
母を救うことができるスタンド使いもいるかもしれない、という希望がタバサにはあった。異世界を行き来する目処は立っていないので、単なる可能性の一つ、程度で考えているが。
「この世界にスタンド使いはどれくらいいると思う?」
「予想もつかないが、この数ヶ月で二人に出会った。他にいるなら、また出会うことになるだろうな」
「あら? どうして?」
キュルケが不思議そうな顔をする。経験則からの仮説になるが、と前置きしてリゾットは説明を続けた。
「『スタンド使いは惹かれあう』という法則があるからな……。俺たちスタンド使いは、必ずどこかで出会う。それこそ、磁石みたいに引き合うんだ」
「ふ~ん……。しかし、みずくせえや、相棒。もっと早く話してくれりゃあ良かったのに」
不平をもらすデルフリンガーに、フーケも思い当たる点があった。
「そういえば、前に私が聞いてときも答えてくれなかったね。どういう心境の変化だい?」
「魔法と違って、汎用性がないスタンドは、自分の手の内を知られることは弱点を知られることに繋がる。だから、信頼した相手にしか明かせない」
それを聞いてルイズが不満そうに漏らした。
「ふん。もっと早く教えなさいよね。私はあんたのご主人様なんだから信頼して当然でしょ?」

「お前は気分屋だからな……」
「何よ、それ…」
ルイズはむすっとして横を向いた。秘密を明かしてくれたこと自体は嬉しいのだが、キュルケやフーケと一緒というのが気に食わないのだ。
進歩のないルイズを見てリゾットは内心、ため息をついた。こういう気難しいところがリゾットに話すのをためらわせたのだ。
「私が言うことじゃないかもしれないけど……ダーリン、フーケにまで明かしてよかったの? 一度は私たちを騙した女よ?」
キュルケはそんなことを言ってしまう。キュルケとて、嫉妬を感じないわけではないのだ。あまり表に出さないだけで。
だが指摘された当のフーケはニヤニヤしている。からかう気満点だ。
「まあ、確かに。私は金次第で転ぶかもしれないけどね」
「お前はそんな裏切りはしない。そのくらいの節度はある」
あっさり即答され、フーケは下を向いた。ぼそぼそと呟く。
「…………まったく、面白くない男だね…」
それから顔を上げた。辺りさわりのない話題に変えてみる。
「あー、と……その……そういえば、だ。今回、シエスタには教えないんだね。ちょっと意外だよ」
「彼女は戦うわけじゃないからな……。スタンド使いの存在と危険性は教えてある。それで十分だろう。むしろ詳しく知ると却って危険な可能性もある」
「じゃあ、ギーシュは?」
「あいつは……人間的に信頼はできても、口が軽いからな……。酔っ払った拍子とかで喋りそうだ…」
ああ、とキュルケは納得する。キュルケもギーシュと飲んだことがあるが、ギーシュは酒に酔うと羽目を外すタイプなのだ。
酔っ払ったところに美女が言い寄れば、簡単に口を割る可能性はある。酔ってなくてもモンモランシー辺りに乗せられれば簡単に話しそうだ。
「他には?」
タバサが続きを促す。

「後は……スタンドには射程距離というものがある。スタンドの像やその能力が有効な距離だな。
 スタンドによって数メイルから数リーグまで幅広いが、本体からの距離が近いほうがパワーが強い。どのくらいの射程かはスタンド像と本体の動きで大体わかる。
 近距離型は本体が姿を見せて挑まざるを得ない。つまり近づいてくるスタンド使いは大体、近距離型だ。パワーがあるから近づかれずに戦うようにすることが必要だ。
 中距離型、つまり距離が10メイルから100メイル前後の場合は本体が付かず離れずの距離を保って攻撃を仕掛けてくる。俺のメタリカもこのタイプだが、像での攻撃より、能力を使ってくることが多い。
 遠距離型は別名遠隔操作型。かなり遠くまでスタンド像を動かせるから、本体は姿を見せないのが一般的だ。ただ、パワーは大抵の場合、弱い。
 例外として自動追跡型というのがいる。これは本体から遠く離れていても強いパワーを持っているが、特定条件に当てはまる者に近づいて攻撃、といった単純な行動しか出来ない。このタイプは像が傷ついても本体に影響がないことが多い」
「それなんだけど、スタンドってのは、本当にスタンド使い以外には見えないのかい? 遠隔操作型や自動追跡型に狙われたらほとんど対処できないんだけど」
フーケの危惧はもっともだ。遠隔操作型でも大体は、人間一人を始末するくらいの能力はある。
「……スタンド使いでなくても、才能がある人間なら見える場合もある。同じ精神力を使うメイジが該当するかどうかだな。スタンドは幽霊と同じだ。見える奴は見えるし、見えない奴は見えない……」
その瞬間、タバサの体がぴくりとゆれた。
「? どうした?」
「……何でもない」
「? そうか……」
まさかタバサが幽霊が苦手とは思わないので、リゾットは気にせず、自分のスタンドを身体の外に出す。
「今、俺のスタンドをここに出した。よく見てみろ」
全員の視線がリゾットの指先に集まる。
「何もないじゃない」
「見えないわね」
「見えないねえ……」
「………何かコツは?」

「『感覚の目』だ……。光の反射を捉えるのではなく、もっと本質的なものを捉える。言葉で言えばそういうことになる。そういうつもりで見ろ」
スタンドの中には同じスタンド使いでも気付きにくいタイプもいる。そういうスタンドを見る時のつもりでリゾットはアドバイスをした。
「気のせいっていえば気のせいのような感じだけど……」
「そういわれると…何かいるような気もするわね……」
「う~ん……像としては見えないねえ……」
「………」
どうやら『何かいる』程度には感じるものの、はっきりと像としてみたり、声を聞いたりはできないようだ。
スタンドの外見から能力をつかめるケースもあるので不利といえば不利だが、まったく感知できないよりはマシだろう。
「大体そんなところだな……。万が一スタンド使いと戦うことがあったら、パニックを起こさないことだ。一見異常な攻撃でも、何かの法則に基づいて攻撃しているはずだ。それを見極めろ」
ルイズがメタリカから顔を上げて、リゾットに視線を向けた。
「ねえ、リゾット。さっきから戦うことを前提にして話しているけど、スタンド使いってそんなに凶暴なの?」
「そういや、確かにそうだな。今まであった二人も好戦的だったし、その辺、どうなんだ、相棒?」
ルイズとデルフリンガーがそういうのも無理はない。リゾットは主にタバサに向けて話したため、どうしても戦闘が前提になってしまったのだ。
「……絶対とはいえないが、スタンド使いにはどこか社会から外れた人間が多い。何だかんだ言って自分の能力に自信を持っている連中ばかりだからな……」
実際、スタンドに目覚めた者で犯罪に一切手を出さないでいる人間というのは稀だ。
特に貧しい生まれで生まれながらのスタンド使いの場合、親も周囲も警察も恐れず、どんどん犯罪に手を出した挙句、ギャングやもっと性質の悪い組織の一員になるといったケースは珍しくない。
「まあ、貴族社会から追放されたメイジが傭兵や犯罪者になるみたいなものか」
自身を省みて、色々思うところがあるのか、フーケが少し遠い目で呟く。その目でキュルケは以前の疑問を思い出した。

「そういえば、前にも聞こうと思ったけど、貴方って何をして貴族から追放されたの?」
「ちょっと、キュルケ……」
ルイズが止めようとするが、キュルケは好奇心を抑えられない。
「別にいいじゃない。無理に話せとは言ってないし」
そういいつつ、好奇心に目を輝かせているキュルケに、フーケは呆れた。黙秘しようとも思ったが、考え直す。
「ん~……まあ、確かに一応、仲間になったことだしね。少しは教えてもいいか。王家に『あるもの』を差し出さなかったせいさ」
「『ある物』って? それに、王家ってどこの王家?」
「そいつは言えないね。……まあ、リゾットになら条件次第でもっと詳しく話してやってもいいよ」
途端にルイズがむっとする。
「何であのイカ墨に教えてそのご主人様には教えられないのよ」
「そりゃ、リゾットは私の直接の雇い主だからね。その主人様のあんたにゃ、別に雇ってもらった覚えもないし」
ルイズは悔しさのあまり、う~、と唸り始めた。タバサはそんなフーケとルイズを無表情にじっと見ている。
「フーケ……。俺をあまりルイズをからかうダシにするな……」
リゾットが口を挟むと、フーケは苦笑してリゾットに向き直った。
「別に、ダシにしてるわけじゃないよ。で、どうだい? あんたの過去を話してくれるなら、私も私の過去を話すけど、興味ない?」
口調は茶化しているが、目は真剣だった。しかし、リゾットは首を振る。
「……いや、遠慮しておこう」
リゾットとて、ある程度話しても構わないとは思うのだが、それを交換条件などの材料にはしたくなかった。お互い、教えたいなら話せばいいし、知りたいなら訊けばいいのだ。
「そうかい……。ま、仕方ないね」
フーケは落胆を隠して明るくいった。

「ふん、ご主人様にだって話さないのに、アンタになんか話すわけないでしょ!」
何故かルイズが勝ち誇って言う。実際には勝ってはいないのだが。
そんなルイズとフーケを見て、キュルケが微笑んだ。
「ダーリンを思うのって、大変ね。ライバル多くって」
「? 普通、そこは笑わねーと思うんだけど……」
不思議そうにデルフリンガーが呟く。キュルケは前髪をかきあげながら、妖艶に笑った。
「あら? だって好きな男が他人からも好かれてるなんて素敵じゃない? むしろ誇らしいし、燃えるわ」
「お、おでれーた…。すげープラス思考……」
デルフリンガーが感心していると、途端にルイズが噛み付いた。
「ちょっとキュルケ! 私はこんなイカ墨、好きじゃないわよ! 変な想像しないで!」
「あら、そうなの?」
「そうよ! ……まあ、それなりによく仕えてくれてるから、決して嫌いではないけど……」
「何だかねえ……」
フーケはこの日、何度目かになる苦笑をもらした。そこで自分の目的を思い出す。
「ところでリゾット、ついでにルイズ。話しておきたいことがあるんだけど……いいかい?」
「何だ?」
「ついでにってのがひっかかるけど……何よ?」
改まったフーケに、リゾットとルイズだけでなく、キュルケも注目する。タバサは本を読み始めた。
「タルブの村にかくまわれてる間、王宮から来たらしい連中を何度かみたよ。多分、あの竜の羽衣の出所を探ってたんじゃないか?」

「姫様かしら……」
「多分ね。あの様子だとあんたたちに辿り着くのもそんなに時間はかからないんじゃないかな。
 あの『奇跡の光』のこと……詳しくは聞かないけど、誤魔化したいなら何か考えておいた方がいいよ」
フーケの言っている『奇跡の光』とはもちろん、ルイズが放ったあの『爆発』の魔法だ。それを間近で見ていたキュルケが心配げにルイズをみつめる。
「ねえ、ルイズ……。あの魔法って……?」
「ん、ごめん……。まだ、自信がないの。はっきりするまで、もう少し時間をちょうだい」
キュルケは息をついた。
「ふぅ……。まあ、いいわ。でも、あんまり溜め込まないで。せめてダーリンには相談しなさいよ」
「うん、ありがとう、キュルケ…」
何だ、素直になれるじゃないか、とフーケは妙な驚きをしてルイズを見ていたが、やがて席を立つ。
「さて、じゃあ、私はそろそろ帰るよ。連絡したいときは例の方法で」
「ああ……」
「あっと……そうそう、シエスタだけど………。まあ、これは私が言うことじゃないか」
「?」
「ま、女ってのは強いようでいて弱いものさ。弱いようで強いものでもあるがね。その辺、あんたは覚えておきなよ?」
意味深に笑って、フーケは部屋から出て行った。
「夜も遅いし、私たちも帰りましょうか、タバサ?」
タバサは頷く。二人は連れ立って廊下に出た。
自室の前で、キュルケはタバサを振り返った。

「さっきもちょっと話題に出たけど、ダーリンって元の世界で何をしてたのかしら。タバサ、知ってる?」
「……どうして私に?」
「いや、何かタバサって、ダーリンから特別に思われてるようなところがあるから」
「そう?」
タバサは2、3回瞬きを繰り返した。それから付け加える。
「彼は彼なりに私たちを信頼している。その証拠にスタンド能力についても教えてくれた。私はそれで十分」
タバサだって過去のことはどうしても知られたくないわけではないが、積極的には話したくはない。リゾットも似たようなものなのだろう、と思っていた。
「そうね……。どうしても知りたくなったら訊いてみましょうか。お休み、タバサ」
タバサは頷いて、キュルケが部屋に入るのを見届けると、自分も部屋に戻る。DIOの館以来、時折感じる奇妙な感覚に襲われながら。

ワルドがアルビオンのロンディニウムに帰還すると、早速、皇帝クロムウェルに呼び出された。
久しぶりに見るクロムウェルは、相変わらずシェフィールドを従え、いつもと変わらぬ笑みを浮かべていた。あれだけの敗戦の後にこんな笑みを浮かべられるというのは、大物なのか、馬鹿なのか、どちらか判断が付きかねた。
「トリステイン侵攻に失敗いたしました。申し訳ございません」
「おお、子爵。そのようなことは気にせずとも良い。君が今回の失敗の原因ではないのだからな。いや、君だけではない。誰の責任でもない。
 あえて言えば、あのような未知の魔法の使用を予見できなかった我ら指導部にこそ、罪はある。だから、そのようにかしこまらずともよい」
クロムウェルはワルドに手を差し出した。ワルドはそこに口をつける。
「は、閣下の慈悲のお心に感謝いたします」
そういいつつ、今のワルドの心は晴れ晴れとしていた。ガンダールヴとの二度目の戦いを制し、恐怖を乗り越えたことで、ワルドは自分が成長した実感を得ていたのだ。
しかし、あのときの光は気になった。クロムウェルが言うには『虚無』は命を操るという。ならばあの光は一体なんだというのか。
「あの未知の魔法の光は『虚無』なのでございましょうか? あの光は四系統とは相容れませぬ。しかし、閣下の仰る『虚無』とも相容れませぬ」
「余とて、『虚無』の全てを理解しているとは言い切れぬ。『虚無』には謎が多すぎるのだ。歴史の闇に包まれておるからな」

「歴史。そう、余は歴史に深い興味を抱いておる。たまに書を紐解くのだ。始祖の盾、と呼ばれた聖者エイジスの伝記の一章に、次のような言葉がある。数少ない『虚無』に関する記述だ」
クロムウェルは詩を吟じるような口調で、次の言葉を口にした。
「"始祖は太陽を作り出し、あまねく地を照らし出した"……。まるであの未知の光だ。しかし謎が謎のままでは、気分がわるい。目覚めも悪い。そうだな、子爵」
「仰るとおりです」
「トリステイン軍はアンリエッタ自らが率いていたという。ひょっとするとあの姫君は『始祖の祈祷書』を用い、王室に眠る秘密をかぎ当てたのかも知れぬ」
「王室に眠りし秘密とは?」
「アルビオン、トリステイン、ガリア、それぞれの王家は元々一つ。そしてそのそれぞれに始祖の秘密が分けられた。そうだな? ミス・シェフィールド」
クロムウェルが傍らの女性を促した。
「閣下の仰るとおりですわ。アルビオン王家に残された秘法は二つ。『風のルビー』は行方知れずに、もう一つは調査が済んでおりません」
ワルドはシェフィールドを見た。深いローブで顔を隠しているが、表情は伺えない。魔力は感じないが、博識さといい、何か特殊な能力なり技能を持っているのだろう。
「今やアンリエッタは、『聖女』とあがめられ、なんと女王に即位するとか。彼女を手に入れれば、国も、王家の秘密も手に入ろうな……」
クロムウェルは笑みを浮かべた。
「ウェールズ君」
廊下から、クロムウェルによって蘇ったウェールズが、部屋に入ってきた。
「余は君の恋人……、『聖女』どのに戴冠のお祝いを言上したいと思う。我がロンディニウムの城までお越し願ってな。なに、道中、退屈だろうが、君がいれば退屈も紛れるだろう」
ウェールズは抑揚のない声で、
「かしこまりました」とだけ呟いた。
「では、子爵。ゆっくりと休養を取りたまえ。『聖女』をこのウェールズ君の手引きで無事晩餐会に招待する事ができたら、君にも出席願おう」
ワルドは頭を下げた。死人に仕事を取られるのは業腹だったが、ここはクロムウェルの手並みをみることにした。
リゾットのことをワルドは報告していない。あくまで決着は自分でつけるつもりなのだ。ウェールズ相手に倒されるなら、それも仕方ない、とは思いつつ、ワルドは退室した。

ワルドが退出した後、シェフィールドも自室に下がった。扉を閉め、周囲を見渡す。誰もいないことを確認し、椅子に腰掛けると、急に部屋の隅から声がした。
「ウェールズの同伴にスタンド使いをつけなくていいのか? ミス・シェフィールド」
先ほどまで誰もいなかったはずの部屋の中に、いつの間にか男がいた。その男を認めると、シェフィールドが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ふん、お前か……。ノックくらいはしたらどう?」
「したさ。お前が気付かなかっただけだろう?」
男は平然と答える。その言葉にはどこかシェフィールドを嘲るような調子があった。
「口の利き方に気をつけるんだね。戻されたいの?」
「これは失礼を。だが、私を戻すと貴方様も困るのでは?」
シェフィールドは舌打ちした。この男、拾った当初は従順だったが、日が経つにつれ、次第に傲慢な本性をあらわし始めた。
だが、スタンド使いを束ねるのはスタンド使いでなければ勤まらない。この男ほど強力なスタンド使いは今のところ、いなかった。
「……スタンド使いね。一人でいいわ。今のところ、トリステインにスタンド使いは確認されていないからね」
「了解した。そうそう………事後承諾になるが、使えぬスタンド使いを1名、野に放った。害にならないところにな。トリステイン側にスタンド使いがいるなら、つぶしあってくれるだろう」
シェフィールドは男をにらみつけた。
「勝手な真似を!」
「そうかね? 陛下はお気になさらないと思うが。それに、アレは置いておくと、悪戯に被害が増える……」
その言葉でシェフィールドはピンと来た。
「分かったわ……。陛下には私から申し上げておく。これからは事前に報告を上げなさい、いいわね」
「仰せのままに。ミス・シェフィールド」
一礼すると、男は再び姿を消した。

その後、案の定、王宮からの使いがやってきて、ルイズはアンリエッタの元へと召しだされた。
謁見の間に通されたルイズは恭しく頭を下げた。
「ルイズ、ああ、ルイズ!」
アンリエッタは駆け寄り、ルイズを抱きしめた。頭をあげず、ルイズは呟いた。
「姫様…、いえ、もう陛下とお呼びせねばいけませんね」
「そのような他人行儀を申したら、承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。貴方はわたくしから、最愛のお友達を取り上げてしまうつもりなの?」
「ならばいつものように、姫様とお呼びいたしますわ」
「そうしてちょうだい。ああルイズ、女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍、窮屈は三倍、そして気苦労は十倍よ」
アンリエッタはつまらなそうに呟いた。気を使う客ばかりでうんざりしていたのだ。
(リゾットが聞いたら怒るでしょうね)
アンリエッタの台詞に心の中で苦笑しつつ、友人の愚痴を受け止める。
わざわざ授業のある平日に自分を呼び寄せた理由はなんだろう。やはり『虚無』のことだろうか?
一応、リゾットと相談して、あの『虚無』と思しき魔法のことはリゾットがガンダールヴであることと同様、秘密にする予定ではあるが、アンリエッタがどこまで調べているか分からない。
何より、ルイズはアンリエッタに嘘をつきたくなかった。最近になるまで、アンリエッタはルイズのただ一人の友人だったからだ。
ルイズは次の言葉を待った。だがアンリエッタは自分の目を覗き込んだまま、話さない。仕方なくルイズは今回の戦の勝利の祝いをのべはじめた。
「あの勝利は貴女のおかげだものね、ルイズ」
ルイズははっとしてとぼけようとしたが、アンリエッタは微笑んで、ルイズに羊皮紙の報告書を手渡した。それを読んだ後、ルイズはため息をついた。隠し通せないと悟ったのだ。
「ここまでお調べなんですか」
「あれだけ派手な戦果をあげておいて、隠し通せるわけがないじゃないの」

「今まで隠していたこと、お許しください」
「いいのよ。でも、わたくしにまで隠し事はしなくても結構よ、ルイズ」
アンリエッタはふぅ、とため息をついた。
「多大な……、本当に大きな戦果ですわ。ルイズ・フランソワーズ。貴方と、その使い魔が成し遂げた戦果は、このトリステインはおろか、ハルケギニアの歴史の中でも類をみないほどのものです。
 本来なら、ルイズ、貴方には領地どころか小国を与え、大公の位を与えてもいいくらい。そして使い魔にも特例で爵位を授けることくらいできましょう」
「わ、私は何も……、手柄を立てたのは使い魔で……」
ルイズはぼそぼそといいにくそうに呟いた。
「あの光は、貴方なのでしょう? ルイズ。城下では奇跡の光だ、などと噂されておりますが、わたくしは奇跡など信じませぬ。あの光が膨れあがった場所に、貴方たちが乗った風竜は飛んでいた。あれは貴方なのでしょ?」
ルイズはアンリエッタに見つめられ、それ以上隠し通すことができなくなった。
こうなったら仕方ない。リゾットには口止めされていたが、ルイズは「実は…」と切り出すと、始祖の祈祷書のことを語り始めた。
「始祖の祈祷書には、『虚無』の系統と書かれておりました。姫様、それは本当なのでしょうか?」
アンリエッタは目を瞑った後、ルイズの肩に手をおいた。
「ご存知、ルイズ? 始祖ブリミルは、その三人の子に王家を作らせ、それぞれに指輪と秘宝を遺したのです。トリステインに伝わるのが貴方の嵌めている『水のルビー』と始祖の祈祷書」
「ええ…」
「王家の間では、始祖の力を受け継ぐ者は王家にあらわれると言い伝えられてきました」
「私は王族ではありませんわ」
「ルイズ、何をおっしゃるの。ラ・ヴァリエール公爵家の祖は、王の庶子。なればこその、公爵家なのではありませんか」
ルイズははっとした顔になった。
「あなたも、このトリステイン王家の血をひいているのですよ。資格は十分にあるのです。それに、貴方の使い魔は『ガンダールヴ』なのでしょう?」

ルイズは頷く。オールド・オスマンやワルド、それにデルフリンガーもそのようなことを言っていた。
「では……、間違いなく私は『虚無』の担い手なのですか?」
「そう考えるのが、正しいようね」
ルイズはため息をついた。それを見ながら、アンリエッタは言葉を続ける。
「これで貴方に、勲章や恩賞を授けることができなくなった理由はわかるわね? ルイズ」
ルイズはこわばった顔で頷いた。ルイズの『虚無』が本物だった場合、下手をすればトリステインからさえ狙われる、とリゾットは指摘していた。
「だからルイズ、誰にもその力のことは話してはなりません。これはわたくしと、貴方の秘密よ」
それからルイズはしばらく考え込んでいたが……、やおら決心したように、口を開いた。
「おそれながら姫様に、私の『虚無』を捧げたいと思います」
「いえ……、いいのです。貴方はその力のことを一刻も早く忘れなさい。二度と使ってはなりませぬ」
「神は……、姫様をお助けするために、私にこの力を授けたに違いありません!」
しかし、アンリエッタは首を振る。
「母が申しておりました。過ぎたる力は人を狂わせると。『虚無』の協力を手にしたわたくしがそうならぬと、誰が言い切れるでしょうか?」
ルイズは昂然と顔を持ち上げた。自分の使命に気付いたような、そんな顔であった。しかし、その顔はどこか危うい。
リゾットがいればルイズを止めようとしただろう。秘密裏に動く特殊な能力者、などリゾットたち暗殺チームとほとんど同じ立場だからだ。だが、彼女の使い魔は今、別の部屋で待たされている。
「わたしは、姫様と祖国のために、この力と身体を捧げたいと常々考えておりました。そうしつけられ、そう信じて育って参りました。しかしながら、わたしの魔法は常に失敗しておりました。
 ご存知のように、ついた二つ名は『ゼロ』。嘲りと侮蔑の中、いつも口惜しさに体を震わせておりました」
ルイズはきっぱりと言い切った。
「しかし、そんな私に神は力を与えてくださいました。私は自分が信じるもののために、この力を使いとう存じます。それでも陛下がいらぬとおっしゃるなら、杖を陛下にお返しせねばなりません」
アンリエッタはルイズのその口上に心打たれた。

「わかったわ、ルイズ。貴方は今でも……、一番の私のおともだち。ラグドリアンの湖畔でも、あなたはわたくしを助けてくれたわね。わたしくの身代わりに、ベッドに入ってくださって……」
「姫様」
ルイズとアンリエッタは、ひし、と抱き合った。完全に二人の世界である。
「これからも、わたしくの力になってくれるというのね、ルイズ」
「当然ですわ、姫様」
「ならば、あの『始祖の祈祷書』はあなたに授けましょう。しかしルイズ、これだけは約束して。決して『虚無』の使い手ということを、口外しませんように。また、みだりに使用してはなりません」
「かしこまりました」
「これから、貴方はわたくし直属の女官ということに致します」
アンリエッタは羽ペンをとると、さらさらと羊皮紙に何かしたためた。それから羽ペンを振ると、書面に花押がついた。
「これをお持ちなさい。わたくしが発行する正式な許可証です。王宮を含む、国内外へのあらゆる場所への通行と、警察権を含む公的機関の使用を認めた許可証です。自由がなければ、仕事もしにくいでしょうから」
ルイズは恭しく礼をすると、その許可証を受け取った。アンリエッタのお墨付きである。ルイズはある意味、女王の権利を行使する許可を与えられたのだった。
「あなたにしか解決できない事件がもちあがったら、必ずや相談いたします。表向きは、これまでどおり魔法学院の生徒として振舞ってちょうだい。まあ、言わずともあなたなら、きっとうまくやってくれるわね」
「はい、きっと!」
ルイズは勢い込んで答えた。

一方その頃、リゾットは特別に用意された部屋で一人、なかなか戻ってこない主人の帰りを待っていた。
リゾットは丸腰だった。デルフリンガーを含む武装の一切は城に入るときに預けている。
「…………」
敵など出ようはずもない状況なのであるが、部屋の中はまるで立会い中のように張り詰めた空気に満たされていた。
原因はリゾットではなく、柱の影から放たれる敵意にある。
「おい……、いい加減に出て来い。そんなに敵意をむき出しにして、隠れるも何もないだろう」
潜んでいた人物が無言で姿を現す。
短く切った金髪の下、青い目が覗く女性だった。本来なら澄み切っているのだろうが、今は敵意に満ちている。所々板金で保護された鎖帷子に身を包み、その腰には杖ではなく剣が下げている。
「何だ、お前は?」
リゾットの問いに答えず、女はつかつかと歩み寄ってきた。じろじろと値踏みするようにリゾットを見る。
その立ち居振る舞いには隙がない。リゾットはこの人物がスタンドを使えばともかく、丸腰で勝てる相手ではないと瞬時に悟った。
(武装は剣だけじゃないな……。銃も携帯している)
「どうやらただの馬の骨ではないようだな。私に気付かないようなら城からたたき出してやろうと思っていたが」
「…………」
女は何かの証明書らしきものを取り出してリゾットに突きつけた。断片的しか読めないが、アルビオンの時に見たアンリエッタの花押が押されている。
「女王陛下の、か?」
リゾットの呟きに、女は頷いた。
「ミス・ヴァリエールの使い魔、リゾットだな? お前に知らせることがある。ついて来い」
言うなり身を翻して部屋を出て行こうとする。女の態度に嘘は見つけられなかったが、リゾットは動かなかった。

「……お前の主人はまだ戻ってこない。さっさとしろ」
「お前の名は? 名前も分からない不審人物についていくつもりはない」
「さっきの証明書に書いてあっただろう?」
「俺はまだ人名は読めない。読み方の法則は習ってないからな」
女は舌打ちした後、名乗った。
「アニエスだ。納得したらついて来い」
頷くと、リゾットはアニエスについていった。


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