ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二十章 タバサと小さなスタンド使い-2

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匿名ユーザー

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 アニエスとリゾットは無言で城の廊下を歩いていく。二人がすれ違った貴族たちが何か小声で囁いていた。「平民」という単語が聞こえてきたため、リゾットは最初、自分について言われているのかと思ったが、よく聞くとやがてアニエスのことを言っているらしいと解った。アニエス本人は陰口などないかのように平然と歩いていく。
 その陰口によると、アニエスは平民でありながら、アンリエッタの特別の引き立てで城内を出入りできるらしい。
(なるほど……。それで俺に対して敵意を抱いているわけか)
 おそらくは主人の意思を汲み取っているのだろう。アンリエッタが直接、リゾットへの敵意を示したことがなくとも、その感情というものは臣下に伝わるものだ。
 アニエスに案内された場所は中央に大きなテーブルのあるだけの、窓もない石造りの部屋だった。
 中央にテーブルが設置されており、その上に布をかぶせられた、岩のような形の何かが乗っていた。
「これを見ろ」
 アニエスが布を取り去る。下から肌色をした球状の塊が現れた。
 リゾットは一瞬、それが何なのか、理解できなかった。だが、よく見ると、その塊には随所に手のような痕跡や顔の成れの果てがついている。
「これは……」
 リゾットは目の前にあるこの塊が何か理解した。そこにあったのは……人間の身体だった。正確には『人間の身体だったもの』だった。


 ギャング、そして暗殺チームのリーダーという職業柄、リゾットは様々な凄惨な死体に立ち会ってきた。
 だが、一度溶かされてまた固められた人間の死体は未だかつて出会ったことがない。
 リゾットは表情にこそそれを出さなかったが、驚いてそこに立ち尽くした。
 その間、アニエスは氷のような冷たい眼差しでリゾットの反応を観察する。
「こんな死体を作る魔法は存在しない。お前は奇妙な力を使うそうだな?」
「奇妙な力? 何のことだ?」
 白を切ったが、アニエスの声に含まれる響きは、今の質問が確定した事実の確認に過ぎない事を伝えてきた。
「『レキシントン』号の捕虜から証言は得ている。とぼけても無駄だ」
 確かに『レキシントン』号でのワルドとの戦いでスタンド能力を全開にしていた。
 あの場に居た連中から漏れたとしても不思議ではない。
「……なるほど。では聞くが、俺が犯人だと疑っているのか?」
「いや、犯行があったと推定される時間の、お前の行動は確認できている。主人について授業に出ていたそうだな」
「………」
「お前のように、杖も持たずに魔法のような現象を起こす人間……『スタンド使い』の噂は聞いている。そのスタンド使いのお前に聞きたい。これは『スタンド』を使った犯行だと思うか?」
 アニエスは探るような眼光をリゾットに向けてくる。リゾットもアニエスの表情から内心を読みにかかる。
(警戒しているな……)


 要するに、アンリエッタもアニエスも未知の存在、『スタンド使い』であるリゾットを持て余しているのだろう。
 おそらく、トリステインが確保しているスタンド使いはいない。上手く従うようなら、味方につけたいと思っているに違いない。
 だが、リゾットは今のところ、トリステインの敵になるつもりも、トリステインに従うつもりもなかった。
「勘違いしているようだが、スタンド使いは一人一人、全く違う能力を持っている。自分がスタンド使いだからといって、相手のスタンド能力がわかるわけじゃない」
 説明しながら、リゾットは新手のスタンド使いについて少しでも情報を得るために死体を注意深く観察を始める。死体は『固定化』をかけてあるのか、腐敗はなかった。
「この死体は死後、何日くらい経っている?」
「四日だ」
「見つかったのはこの一人だけか?」
「他に五人が犠牲になっている。一度に二人殺されたケースもある」
「一日に二人から一人か……。相当凶暴だな……。被害者の繋がりは?」
「発見場所が近いということ以外は特に出てきていない」
 場所は首都トリスタニアでも最も治安が悪い辺りらしい。
 アニエスの話を聞きながら、メタリカを出して内部に潜行させる。中は骨も内臓も区別がなく、均質な塊になっていた。表面に露出している部分は溶け残ったところらしい。
「外からじゃなく、中に酸のようなものを注射したのか。……ん?」
 外に突き出た骨の部分に歯型があった。

「ネズミ……か?」
 昔、被害にあったネズミの痕跡と、その歯型は似ていた。
「どうした?」
 アニエスがリゾットの手元を覗き込んだ。リゾットは歯型を指差す。アニエスは不快そうに顔をしかめた。
「ネズミだな。人肉を漁りに来たのか」
「スタンドを使えるのは人間だけではない。動物のスタンド使いもいる」
 アニエスが顔を上げた。
「このネズミがスタンド使いだと?」
「他の遺体にネズミの歯型があって、それらが一致すれば可能性は高いな」
 パッショーネではスタンド使いの情報を熱心に集めており、その中に動物のスタンド使いの事例が報告されていた。
 本来なら幹部以外は閲覧できない情報だったが、組織へ反旗を翻した時、ボスの手がかりになるかもしれないと、ホルマジオが奪ってきたのだ。
「分かった。調べてみよう。協力、感謝する。出来ればスタンド使いとして捜査に協力を願いたいが……」
「いや……、やめておこう」
「そうか。分かった」
 リゾットをあまり刺激したくないのか、あっさりアニエスが引き下がる。
「そろそろルイズが戻る頃だろう。俺は行かせてもらう」
 アニエスの返事も待たず、リゾットは部屋から出て行った。
「何してたのよ!」
 ルイズは待たされたのか、ご機嫌斜めだった。

 合流した後、ルイズは、リゾットにアンリエッタとの謁見の結果を話した。
 ルイズ自身は自分が認められたのが嬉しいのか、楽しそうだったが、それと対象的に、話が進むにつれてリゾットの顔は曇っていく。
「というわけで、これから姫様のために働くから。あんたも協力するのよ」
 全てを聞き終えた後、リゾットは息をついた。
「な、何よ……? 嫌なの?」
「いや……。ただ馬鹿な真似をしたな、と思っただけだ」
 その途端、蹴りが飛んできたが、リゾットは一歩下がってそれをかわす。
「ばばばば、馬鹿って何よ!? 口の利き方に気をつけなさいよ! それに、陛下のために貴族が杖を振るうのは当然でしょ!」
 ルイズはリゾットを見上げ、睨みつけた。
「確かに、貴族が王のために仕えるのは当然だ。だが、それは王がその働きで領地を保証してくれるからじゃないのか?」
「どういう意味よ?」
「公表しないのは俺も賛成だ……。知られればそれを利用しようとする人間を呼び寄せるだろうからな。だが、秘密裏に力を振るうということは、どんなに活躍しても、公的な場では決して報われず、認められない、ということだ」
 リゾットが率いた暗殺チームもその任務上、機密性の高い任務ばかり扱っていたため、その仕事が表立って評価されることはなかった。もちろん、ルイズと暗殺チームは全く同じではないが、秘密の多さという点では共通している。
「そんなこと、ないわよ。姫様は忠誠には報いる、と仰って下さっているわ。現に女王付の女官にしてくださったじゃない。とても名誉なことなのよ」

「それは単にお前が任務を遂行するために必要な処置だろう。今回の件の報酬というわけじゃない」
「そうかもしれないけど……」
 ルイズは俯いていたが、決心したように顔を上げた。
「ねえ、聞いて、リゾット。私、今までいっつも『ゼロ』って呼ばれて馬鹿にされてた。あんたを呼んで、少しは魔法ができるようになったかなって期待もしてたけど、相変わらずダメで、でも、最近、少しは失敗の魔法にも価値があるかなと思えたの」
 ルイズは訥々と語る。
「だけど、この魔法は失敗じゃなかった。確かに、『虚無』は秘密にしなきゃいけないのは分かるわ。でも、この魔法に何か意味があるなら、私はそれを役立てたい。ずっと使わないで、『ゼロ』のままでいるなんて、嫌なの。そしてそれが姫様と、祖国のために役に立つなら、私はそのために力を使いたい」
 リゾットはじっとそれを聞いていたが、ぽつりと呟いた。
「アンリエッタ女王を信じているんだな……」
「当然じゃない!」
 ルイズは少女らしい純真さで、誇らしげに答えた。その表情に疑念はない。
「分かった。だが……、一つだけ約束してくれ」
「何よ?」
「もしも、倫理的な面から受けたくないような仕事……つまり、汚れ仕事を頼まれたら、例えアンリエッタからの命令でも断ると」
 ルイズには誰かに認められたいという欲求が常にある。それが変な方向に働くと、ルイズは際限なく無理をするだろう。それがリゾットには心配だった。


 だが、リゾットの心配をよそに、ルイズは拗ねたような顔をする。
「何よ……。さっきから忠告とか注意ばっかりで……。ご主人様と一緒に喜ぼうっていう心がけはないわけ?」
「喜べるようなことなら喜ぶさ……」
「よく言うわ。いっつも無表情のくせに」
 ルイズはリゾットの頬に手を伸ばすと、ぐにぐにと引っ張る。それでも表情を変えないリゾットに、ルイズはため息をついた。手を離す。
「姫様なら大丈夫よ。あんたの心配してるようなことは起こらないわ」
「女王だって人間だ。間違えることもある……。信頼と妄信の違いを、お前は解っているのか?」
 ルイズはイラついてきた。この使い魔はどうしてこう、水をさすことばかりいうのだろう。心配しているのは解るが、もう少し別の方向で気を使って欲しいものだ、と自分を棚に上げて思う。
 一方、リゾットは困っていた。ルイズのアンリエッタへの信頼は絶大だ。それが悪いわけではないが、アンリエッタを絶対視しすぎる。自分の経験を元に話すことも考えたが、組織と国を同じ扱いをしてもルイズの機嫌を損ねるだけだろう。
「もういいわ。せっかくの気分が台無し……。帰るわよ!」
 背を向け、ルイズは歩き去る。リゾットは少し離れてついていった。
(まあ、確かに、アンリエッタはルイズに目をかけている様子だし、今はそれほど心配することはない、か。いざとなったら、自分が何とかしなくてはな)
 リゾットは以前の自分ならば考えられないほど、ルイズに肩入れしていることを自覚していない。リゾットの左手で、ルーンが幽かに光っていた。

 武器を返してもらい、宮中を出る。デルフリンガーが早速話しかけてきた。
「よう、相棒。やっと帰ってきたな。俺ぁ待ちくたびれたぜ」
 そして前をスタスタと歩くルイズに気付く。
「また何かやったのか?」
「大したことじゃない。見解の不一致だ」
「ふ~ん……。ダメだぜ、仲良くしなきゃ」
 王宮前のブルドンネ街は戦勝祝いのためか、人でごった返していた。酔っ払いの一団が、ワインやエールを片手に掲げ、口々に乾杯と叫んでは空にしている。ルイズはその中をつかつかと人を掻き分け、歩いていく。人ごみの中を歩くのに慣れていないのか、そこかしこで人にぶつかり、悪態をつかれる。
「いてぇな! 人にぶつかって謝りもしねえのかよ」
 一人の傭兵崩れらしき大男がルイズの腕を掴んだ。相当酔っているのか、顔は真っ赤で、片手に酒瓶をぶら下げている。
 傍らにいた傭兵仲間らしき男が、ルイズの羽織ったマントに気付き、「貴族じゃねえか」と呟いた。
 しかし、ルイズの腕を握った男は動じない。酒も入っているのに加え、大勢の仲間がいるので気が大きくなっていた。
「今日はタルブの戦勝祝いのお祭りさ。無礼講だ。貴族も兵隊も町人もねえ。
ぶつかったわびに、俺に一杯注いでくれ」
 そういってワインの瓶を突き出す。

「離しなさい、無礼者!」
 ルイズは虫の居所が悪いこともあり、男の神経を逆なでするようなことを叫んだ。男の顔が凶悪に歪む。
「なんでぇ、俺には注げねえってか。誰がタルブでアルビオン軍をやっつけたと思ってるんでぇ! 『聖女』でもてめえら貴族でもねえ、俺たち兵隊さ!」
 男はルイズの髪を掴もうとして、横から腕をつかまれた。リゾットだ。成り行きを見守っていたのだが、平穏に済みそうにないので手を出したのだ。
「なんだてめえ! 関係ねえだろ!」
「彼女は俺の連れだ。すまない。気分よく飲んでいたのに、無礼をした」
 リゾットは淡々と、静かな声で謝罪する。やる気になれば全員叩きのめすことができるが、今回はどうみてもルイズが悪い。無用な争いは避けたかった。
「ルイズ、お前も謝れ」
「な、何で私が……」
「ルイズ」
 リゾットに強い語調で咎められ、ルイズは観念して謝った。
「ごめんなさい」
 男はリゾットとルイズを交互に眺め、白けたような顔で唾を吐くと、仲間たちに促し、去っていった。
「…………」
 それを見送るリゾットの背に、ルイズの蹴りが命中する。

「何をする」
「な、なな、何で私が平民の、しかも傭兵なんかに謝らなきゃいけないのよ。こんなことしてたら貴族の権威が下がるでしょう!?」
 怒りの余り、ルイズの声は震えていた。先ほどはリゾットに促されて思わず謝ったが、今頃になって屈辱が湧いてきたようだ。
「相手が何であれ、自分のしたことの責任を取るのは当然だ……。謝った程度で下がる権威など捨ててしまえ」
 そこでルイズはリゾットが異世界人であることを思い出した。貴族や平民といった階級意識に疎いのだ。そして、『責任』を果たすことに拘る。
 ここは自分が譲歩すべきなのだろう、結果的には守ってくれたわけだし、と諦め、また歩き出そうとすると、リゾットに肩を掴まれた。
「何よ?」
「俺の後についてこい。道は作ってやる」
 そういって、ルイズの先を歩き始める。先を行くリゾットのお陰で、ルイズは混雑した道を悠々と歩くことができた。自然とリゾットに寄り添って歩く形になる。
 しばらく歩くうちに、それに気付いてルイズは赤面した。リゾットが前をむいていて、顔を見られないのが救いだった。最も、見たところでリゾットは無表情だったかもしれないが。

 余裕が出来ると、ルイズは街の様子を見回した。街はお祭り騒ぎで、楽しそうな見世物や、珍しい品々を取り揃えた屋台や露店が通りを埋めている。華やかな街の様子と、リゾットが守ってくれているという安心感が、ルイズの機嫌を直させる。


「凄い騒ぎね」
 ルイズがつぶやくと、リゾットは僅かに頷いた。
「祭りを仕事以外の用事で歩くのは久しぶりだ」
「そうなの?」
「ああ……」
 そう呟くリゾットの口調は何か思い出しているようだった。きっと以前歩いた時のことだろう。
「リゾットの世界のお祭りってどんなの?」
「ここと大して変わらない。いろんな屋台や露店が立ち並んでいて、人が大勢歩いている。後は皆で踊ったり、音楽を奏でたり、騒いだり、花びらを敷きつめて道に絵を描いたりする」
「花びらで絵を?」
「ああ……」
 ルイズはリゾットのコートの背中を握った。すぐそこにいるのに、リゾットを遠くに感じたのだ。
 腹の立つところもあるが、ルイズはリゾットを頼りにしていた。どこへも行って欲しくなかった。ただ、それが単純にリゾットが使い魔として役に立つからなのか、もっと別の感情からなのか、ルイズ自身にも解らない。
(解らない? 違うわ。リゾットが役に立つからよ)
 ルイズは自分にそう言い聞かせ、辺りを見回す。そこでわぁ、と声を上げて立ち止まった。


「どうした?」
 リゾットも立ち止まり、振り返る。ルイズは露天の宝石商を見ていた。立てられたラシャの布に、指輪やネックレスなどが並べられている。
 ルイズがそこから動かないので、リゾットも自然、そこを覗く事になる。客が来たことに気付いて、頭にターバンを巻いた商人がもみ手をした。
「おや、いらっしゃい! 見てくださいよ、貴族のお嬢さん。珍しい石を取り揃えました。『錬金』で作られたまがい物じゃございませんよ」
「……何かこの調子、お前を買った武器屋の親父に似てないか?」
「まあ、商売人ってのはこんなもんだよ、相棒」
 何となく胡散臭げな目で店を見るリゾットとデルフリンガーをよそに、ルイズは商品を見ている。並んでいるものは大概、貴族が身につけるにしては装飾がゴテゴテしていて、お世辞にも趣味がいいとは言えない代物だった。
 ルイズはその中から、ペンダントを手に取った。貝殻を彫って作られた、真っ白なペンダント。周りには大きな宝石がたくさん嵌め込まれている。だが、よく見ると作りはちゃちで、宝石にしても安い水晶に見えた。
 だが、ルイズはそれが気に入ったらしい。公爵家令嬢として一流のものばかり見てきたルイズにとってはかえって安っぽいものが珍しかった。祭りの騒がしい空気もその気分を助長していた。
「お嬢さん、いいものを選びましたね。それなら四エキューですよ?」
 商人は如何にも愛想がいい笑顔を浮かべて言った。しかしルイズは困った顔をしている。金がないらしい。


「四エキューだな」
 リゾットは金貨四枚をだした。
「はい、毎度あり」
 商人からペンダントを受け取ったルイズは、しばし呆気に取られたが、思わず頬が緩んでしまった。
普段、リゾットがまるで冷静であまり感情を見せないだけに、こうやって露骨に優しくされた喜びはひとしおだった。
手でしばし弄繰り回したあと、浮かれながらペンダントを首に巻く。お似合いですよ、と商人がお愛想を言った。
「おれでーた。相棒、意外に器用だね」
 デルフリンガーもリゾットの意外な行動に驚いているようだった。
「まあ、俺のせいだからな……」
 何故か遠い目でリゾットが呟く。
 今でこそリゾットは事業のお陰で好きにできる金があるが、当初は戦いのたびに死にかけるリゾットのための秘薬代はルイズが負担していたはずだ。他にもデルフリンガーを買ったりした金などもルイズが支払った。つまり、ルイズの現在の困窮の原因はリゾットにあるのだ。
 とはいえ、ペンダントをつけて嬉しそうに見せてくるルイズを見ればそう悪い気はしない。すっかり上機嫌になったルイズの前に立って、再びリゾットは歩き始めた。
 ついでにより道をして、服を買い込んでおく。人から譲ってもらった服と元の服では戦闘での破損もあり、着まわすのも限界に来ていた。

 一通り買い物を済ませ、学院寮に戻ろうという頃、リゾットは空に街ではまず見ないものをみつけた。ルイズもそれに気付く。
「シルフィード?」
 タバサの風竜が街の上空に浮いていた。その背から小さな人影が降りる。髪の色からして、まずタバサで間違いないだろう。
「あの子、タバサよね? 何してるのかしら、こんなところで」
「本でも買いに来たんだろう……」
「でも、あっちに真っ当な店はないわ。その……ちょっと危険な区域だから」
 ルイズが呟く。要するにどこの町にもある、治安の悪い場所なのだろう。
 リゾットは頭の中で地図を確認し、内心舌打ちした。
 どうしてこう、人が厄介ごとを避けようとしている時に仲間が厄介ごとに飛び込んでいくのか。
 アニエスから聞いた不審な殺人事件、それが起きている地域がちょうどその辺りなのだ。
 そちらに向かったからといって件のスタンド使いと偶然出会う、という確率はきわめて低いが、リゾットは嫌な予感がした。
「ルイズ、俺はタバサを探しに行くが……」
「私も行くわよ」
「……解った。スタンド使いと遭遇することも考慮にいれておけ」
「どういうこと?」
 ルイズは先ほど、アニエスの持ちかけた事件を知らないらしい。
「移動しながら話す。デルフ、何か怪しいものを見かけたら教えてくれ」
「任せときな、相棒」
 二人と一振りはタバサが降りた辺りに向けて移動し始めた。


 タバサは急いでいた。先刻、王家から任務の通達があったのだ。今回の任務はガリア王国にある実家で伝達されるという。
 タバサはその命令を受け取ってすぐにトリスタニアに向かった。
 密かに注文した秘薬を受け取るためだ。タバサは母親のため、スクウェアクラスの水メイジの秘薬屋を探し出し、宝探しの分け前全てを使ってある秘薬の製作を依頼していた。
 タバサの母親は叔父王から水魔法の毒をタバサの代わりに飲んで心を狂わされた。
 だが、魔法で狂わされたなら魔法で治すこともできるはず。『固定化』をかけられた物体もそれを上回る力で『錬金』すれば変質させることができるように。
 だから最上級のスクウェアクラスメイジに高価で貴重な材料を幾つも使わせて薬を作成してもらったのだ。
 これで治らなければ、いよいよ先住魔法の可能性を考えなければならず、治療の目処はかなり遠ざかる。
「きっと治る……」
 タバサは祈るように呟いた。暗くなりがちな気分を振り払うため、母が正気を取り戻した場合のことを考える。
 しばらくは監視すらついていない実家にいてもらえば悟られることもないだろう。
 客があった時だけ治っていない振りをしてもらえばいい。その間にどこか匿う場所を探す必要がある。
 キュルケや、フーケを通して裏社会にコネがあるらしいリゾットに相談すれば何とかなるだろうか。

 そこまで考えて、タバサは首を振った。どうも宝探し以来、自分は浮かれている。
 学院やその周辺のことならともかく、ほかの事に二人を巻き込むのは甘えだ。
 彼女たちは自分を頼ってくれといっていたが、頼ることと甘えることは違う。
 甘えを抱えていては目的を果たすことなどできはしない。母親を治しても、自分の目的は終わらないのだから。
 自戒しながら、秘薬屋の扉を開く。

 薄暗い店内に入ると、奥へと歩いていく。
 窓は塞がっているため店内に吊るされたランプが、壁にタバサや店内の商品の影を落としていた。
 うめき声に、タバサは足を止める。声はいつも店主のいるカウンターの向こうから聞こえてきた。
 タバサはカウンターの中を覗き込んだ。
「うう……っ」
 そこには店主がいた。ただ、年老いた店主の足は酸でもかけられた様に溶けている。その傍らには溶けた杖らしき物体が転がっていた。『治癒』でもこうなってしまっては治らないだろう。周囲に人影がないことを確認すると、タバサは店主の傍らに屈み込んだ。
「何が?」
 店主は空ろな目で答えた。
「……ネズミが……。薬は……そこに……」
 店主は指でカウンターの下の鉄製の棚を指差した。タバサがそちらへ目をやると、店主はタバサを突き飛ばす。
 すぐに立ち上がり、店主に振り返ると、頭部が溶けていくところだった。


 最後の言葉も残せず、老婆はタバサを庇って死んだ。
「…………」
 タバサの目に雑然と並べられた商品の間に潜んでいたネズミが映った。意識を集中して『感覚の目』でネズミを見る。
 ネズミの前に何かがいた。
「スタンド使い」
 瞳に僅かに怒りが覗く。その目がきゅっと細められた。一体どうやって店主を溶かしたのか、それを見極めるために。
 しかし、ネズミは、商品の間に姿を消した。死角から奇襲するつもりだ。
 タバサは、風を起こして商品を吹き飛ばした。ネズミが隠れる場所を探してカウンターの向こうへと走る。『エア・カッター』を飛ばしたが、動物独特の勘でも働くのか、見えない風の刃を回避した。
 カウンターを盾にすると、ネズミが再びスタンドを出す気配がした。遠くへ行かないところを見ると、そこまで射程距離があるわけではないのだろう。
 殺気を感じ、タバサは横に跳んだ。商品の幾つかがひっくり返る。
 背後の壁にいくつかの穴が出来た。中心から円を描くように穴が広がる。どうやらこのスタンドは、何かを飛ばしているらしい。
 射撃と同時に場所を移動したのか、ネズミは姿を消していた。だが殺気は消えていない。雑然とした店内で身を隠し、ここでタバサを仕留めるつもりだ。
タバサはマントを外し、左手で構えると、壁を背にした。ルーンを詠唱し、氷の矢をいつでも放てるよう、空中で待機させる。
 先の攻撃は見えなかった。タバサは目を凝らし、耳を済ませ、全身の感覚全てを集中させ、スタンドを『視る』ことを意識する。
 神経が磨り減るような時間の中、タバサは顔色も変えずに待ち続けた。

 やがて、タバサは目の端に動くものを捉えた。即座に氷の矢を放つ。氷の矢と入れ違いに、タバサに向かって三本の針らしきものが飛んできた。マントを力いっぱい翻し、針を叩き落す。
 溶け落ちたマントを捨て、ネズミに目をやる。ネズミは右前足を氷の矢で切断され、威嚇の声をあげていた。
 追撃の魔法を唱えたが、それが届く前にネズミはまた姿を消す。
 タバサは再び壁を背にしながら、カウンターの下の棚に『アンロック』を唱えた。だが、より強い『ロック』がかかっているせいか、鍵が外れた様子はなかった。
 破壊することも考えたが、慎重にやらなくては中の薬が破損するかもしれないし、隙ができる。ネズミを倒した後でゆっくり開けるべきだろう。
 先ほどはスタンドの出した針がぼんやりとだが見えた。今度はもっとはっきり見るために、もう一度集中する。
 相手は足を一本失い、こちらは防御するためのマントがを失っている。
 今度は針を自力で回避するか、さもなくば相手の矢がこちらに届く前に相手を仕留めなければならない。
 死ねばスタンドは解除されるから、相手の針も消えるはずだ。タバサは神経を研ぎ澄まして、相手が襲ってくるその時を待つ。
 その時、タバサはこの場に似つかわしくない、水が流れ落ちるような音を聞いた。
「?」
 しかもその音は店内の別の場所からも聞こえてくる。確かめたかったが、音が聞こえてくる辺りは雑然と商品が積み上げられており、ネズミが身を隠すところが多い。
 近距離や背後から狙撃されては対応できないことを考え、タバサは動くことはできなかった。


 やがて、ある臭いがタバサの鼻腔をついた。その臭いからタバサはネズミのやろうとしていることに気付いたが、既に時遅く、店内に吊るされたランプがネズミの針で落とされ、商品の向こう側に赤々とした炎が広がる。
「油……」
 タバサは先ほどの水音の正体を呟いた。ネズミは油やそれに類する可燃性の液体が入った樽を、スタンドの針で溶かし、中身を床にぶちまけていたのだ。
 予め撒かれていた油を伝い、あっという間に店内は炎に包まれる。小火程度ならともかく、油で勢いがついていてはタバサにもすぐには消火出来ない。逃げ場はある。タバサ自身が入ってきた入り口だ。だが、ネズミがそこで待ち構えているのは想像に難くなかった。
 タバサは目的の薬がはいった棚が鉄製で出来ており、炎の中でも大丈夫そうなことを確認すると、高速で頭を回転させ、対策を考え始めた。
 壁を風の魔法でぶち抜いて逃げるという手もなくはない。だが、ネズミは傷つけられて怒り狂っている。街中まで追ってくるかどうかわからないが、追ってきた場合、多数の巻き添えが出るだろう。タバサは無意味に死者を出したくなかった。
 では、このまま素直に出口から姿をあらわすか? 相手は既に狙撃の準備をしているだろうから、早撃ちでは負ける可能性が高い。まして煙の中だ。撃たれたことに気付かず、煙の向こうから一方的に溶かされて死亡、という可能性も高い。
 考えるタバサを輻射熱が容赦なく炙り、熱された空気はタバサの喉を焼く。
タバサは煙を吸い込まないよう、姿勢を低くした。考える時間は、もうあまり残されていない。


 ルイズとリゾットはタバサを探しに来たものの、不慣れな地域に迷い、なかなかその足取りを追う事が出来なかった。
 目撃者に金を握らせ、やっとのことでタバサらしき少女が通った辺りに辿り着く。
「相棒、あれは?」
 デルフリンガーの指摘にそちらを見ると、建物から煙が立ち上っていた。
「……火事だな」
「行ってみましょう!」
 二人はそちらへと駆け出した。

 ネズミは焦れていた。火勢はかなり強くなってきているにも関わらず、あの人間が出てこないからだ。まだ中にいるのは間違いない。まさか焼け死ぬつもりはないだろう。
 入り口からは煙が絶え間なく出ており、視界はかなり悪い。
 だが、影さえ見えれば狙撃可能だ。少しでも姿を現せば既に砲撃態勢に入ったスタンド『ラット』は最大十三連射で敵を跡形もなく始末する。
 今度は反撃すら許さない。その後はゆっくり傷を癒し、自分の片割れを探しに行けばいい。
 周囲に人が集まりつつあることもあり、これ以上ここで人間を襲うつもりはないが、前足を奪ったあの人間だけは生かしておくつもりはなかった。
 やがて煙の中から人影が出てきた。すかさずネズミは『ラット』の弾を乱射する。何発かはわざと外し、跳弾の要領で別角度から撃ち込んだ。
 全弾命中。人影は形を保つこともできず、溶け落ちる。ネズミは勝利を確信した。


 そして背を向けた瞬間、ネズミの体は氷の矢に貫かれた。
「ギッ?」
 矢は体を貫通し、地面に突き立っているため、動くことができない。だが、背後に先ほどの人間が立ったのが解る。何故死んでいない? まさか外したのか? 確かに命中させたはずなのに。
 ネズミの小さな脳に様々な疑問が駆け巡る。だが、その思考は氷の矢を中心に全身が凍結したことにより、強制的に中断させられた。スタンドに目覚めたネズミは片割れである『虫食い』に出会うことなく、この世から消えた。

 タバサは完全にネズミが死んだのを見届けると、珍しくため息をついた。背後に目をやる。そこには完全に液状化した店主がいた。
 風を死体に絡みつかせて、人形のように操作する。本来なら生きている人間を拘束し、操る魔法であるが、筋肉の反応のない死体でも歩かせることくらいはできる。死体を先行させ、ネズミに先に撃たせてから位置を割り出し、反撃する。
 ただそれだけの作戦だったのだが、生き残るためとはいえ、自分を庇ってくれた人間の遺骸を利用したことは、タバサにいつも以上の疲労を感じさせた。
 燃え盛る家屋に『アイス・ストーム』を唱える。雪風が吹き荒れ、炎の勢いはだいぶ弱まった。周囲も気付いたのか、消火作業が始まっている。
 こういった治安が悪い場所であっても火事に対しては全員、最優先で協力することが暗黙の了解として決まっている。火事は周囲に燃え広がる可能性がある、全員の問題だからだ。
 近くにいた『土』のメイジが『錬金』で燃える油を土にも変換している。この分なら、そう時間もかからず鎮火できるだろう。


「タバサ!」
 背後からルイズが呼びかけると、タバサは振り向いた。顔が煤で汚れ、マントはなくし、制服は所々焦げている。
「ちょっと、大丈夫?」
「大丈夫」
 無表情に答えてから、タバサはルイズの背後のリゾットに視線を向けた。
「スタンド使いに遭遇した」
「どんな奴だ?」
「針を撃ってそれに触れたものを溶かすスタンド使い」
 杖の先で半ば凍結したネズミの死体を指し示す。ルイズがそれを見てちょっと嫌そうな顔をした。
「ネズミじゃない」
「そう。ネズミのスタンド使い」
「この辺りで人間が溶かされる事件が発生していた。……犯人はこいつだな」
「さっき言ってた事件? お手柄じゃない!」
 ルイズがそう言ったが、タバサはどうでもいいようで、無表情を崩さない。
「しかし酷い格好だな。……火事に巻き込まれたのか?」
 頷くタバサの顔を、リゾットが布でぬぐってやる。
「そうね。せめてこれ、着なさいよ」
 ルイズも自分のマントを脱ぎ、タバサに着せた。タバサはされるがままだっ
たが、リゾットが顔をぬぐい終わると、その手から布を取った。
「洗って返す」
「そうか」

「こんなところに何か用だったの?」
 ルイズが尋ねたが、タバサは頷いただけで何の用があるかは言わない。
 他人の事情を根掘り葉掘り訊くのはトリステイン貴族の礼儀ではないし、ルイズもいい加減、タバサの無口には慣れてきたので、それ以上は追求しない。
 しばらく三人で鎮火作業を眺めていた。火がある程度収まったのを確認すると、タバサはリゾットに向き直った。
「手伝って欲しい」
「……何をだ?」
 答えず、タバサは店内へ入っていく。リゾット、ルイズも後に続いた。タバサはカウンターがあったと思われる場所で足を止め、その下の鉄の戸棚を指し示す。戸棚といっても鍵がかかるようで、半ば金庫のようだったが。
「開けて欲しい」
「ちょっと、タバサ! 止めなさいよ、火事場泥棒なんて」
 嫌悪感を露にするルイズに、タバサは首を振った。
「この中に私の注文した薬が入っている。強力な『ロック』がかかっていて、開けられない」
 そしてリゾットの目を見つめて言う。
「お願い」
「……解った」
 リゾットとしては火事場泥棒だろうとそうでなかろうとあまり興味がない。
が、タバサの目から真剣さを読み取ったため、引き受けることにした。メタリカを使って合鍵を作り、鍵を開ける。これで開かないなら扉を丸ごと鉄分に戻すところだが、すんなり開いた。

「開けたぞ」
 タバサは頷くと、棚に手をつけようとして、引っ込めた。熱されていることに気付いたのだ。杖を振り、表面の温度を下げる。改めて戸棚に手を伸ばす。
 棚を開けると、熱膨張のせいか、中の小瓶はいくつか割れていた。薬品の臭いがタバサの鼻を掠めるが、危険がないと判断すると、中から瓶を一つ取り出した。
 まだ熱かったが、ここで冷やすと割れかねないので、鍋つかみの要領で布を間に挟んで持つと、持参した鞄の中にそっとしまった。
「満足か?」
 タバサは頷いた。
「そうか」
 相変わらずリゾットは無表情だ。その顔から目を離し、外に出ようとして……タバサはリゾットから目を離せないことに気がついた。
 何故か心拍数が急上昇していく。常に白いタバサの頬がみるみるうちに赤くなっていった。
 頭を振る。何かがおかしい。
 胸を抑えるが、動悸が収まらない。むしろ激しくなった。
「どうした?」
 リゾットが声を掛けてくる。タバサは首を振った。
「もう出ましょう。あまりここにいると誤解を受けるわ」
 ルイズが促して、リゾットとともに外へ向かう。タバサは慌ててリゾットのコートの裾を掴み、ついていった。何故そうしたのか、自分でも上手く理論的な説明ができない。あえて言えばリゾットと距離を置きたくないという情動の結果なのだが、その情動に対する合理的な説明ができない。

「ルイズ、あのスタンド使いが倒されたことを城に報告するべきだと思うが」
「そうね。お城の衛士にでも言っておきましょ。タバサの手柄なんだから、一緒に来なさいよ」
 ルイズがそう言うと、タバサは頷いた。
「どうしたの? 顔が赤いわね。風邪?」
「かも知れない」
「無理はするなよ」
「……うん」
 三人は雑踏の中へと歩き出す。そのうち一人に起きた変化に、まだ本人以外は気付いていない。


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