ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第一章 使い魔は暗殺者   前編

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第一章 使い魔は暗殺者   前編





リゾットは怒っていた。心の底から。頭のてっぺんを突き抜けるような怒りを、不甲斐ない自分に感じていた。
――オレは…何一つとしてっ、仲間と交わした誓いを果たすことが出来なかったっ!!
それが、リゾットの怒りの原因だった。

ボスを殺すこと。

栄光を掴むこと。

仲間たちと約束したことを、リゾットは何一つとして叶えることが出来ず、無様に死んでいく自分が、リゾットはこの世で一番許せなかった。
誇りを傷つけられ、栄光を掴もうと誓った。
けれど、全ては無駄に終わってしまったのだ。自分たちの反乱は、挫折した。
誰が悪いのではないだろう。強いて言うのならば、運が無かったとしか言えない。
戦いに勝つには天の時と地の利と人の和が必要だと言われている。
地の利と人の和は同等だった。けれど、天の時はブチャラティたちに味方した――そういうことだ。
しかし、リゾットはそれだけに全てを委ねる事はできなかった。
リーダーである自分がもっと上手くチームを指揮していれば勝てたのではないか。そう考えてしまうのだ。
すでに起きてしまった出来事にもしもはない――。そう分かっていても、リゾットの頭の片隅で声は囁く。

――お前の采配が悪かったから仲間たちは無駄死にしたのだ…………。

と。

だからこそリゾットは相打ちを覚悟でボスを殺したかった。
相打ちでボスを殺してもどうしようもないことは分かっていたけれども。仲間はもう一人も残っていないし、ボスを殺しても自分が死んでしまっては、それで終わりだ。
それに、リゾット以外の仲間が死に絶えたとき、ボスを殺す理由は無くなっていた。“仲間と”栄光と掴むためにボスを殺そうと決意したのだから。
それでもリゾットがボスを殺そうとしたのは、死んだ仲間たちに少しでも報いたかったからだ。
死んだ後、あの世で仲間たちと再会したとき、胸を張っていられるように。そう思って、リゾットはボスを殺しに行った。
が、最後の最後、後一歩が及ばなかった。結局、天の時は最後までリゾットの味方をすることはなかったのだ。

――オレたちは……決して栄光を掴む事が出来ないと言う事なのか?! 
神を裏切ったオレたちには祝福を受ける資格がないと言うのか?!
そんなことは……そんなことは認めないッ! 絶対に認めるものかァッ! 
オレは……いや、オレたちは! 使い捨てられて、踏み台にされるために生きていたのではないッ!!!!

リゾットは怒っていた。心の底から。頭のてっぺんを突き抜けるような怒りを、無慈悲な神に向かって感じていた。

――オレたちは……栄光を掴むんだ!!!

「あんたたち誰?」
雲ひとつ無い晴天の空を背景に、誰かがリゾットの顔を覗き込んでいた。
急激に意識が上昇して目が覚めたため、視界はあまりよくなかったが、リゾットを真上から見下ろしている人物が桃色に近いブロンドの少女だという事は分かった。
そうして、その少女が白いブラウスとプリーツスカートを身に纏い、その上に黒のマントを羽織っている事も。
(コス……、プレとかいうやつか?)
少女の姿を見たリゾットの最初の感想は、正直どこかずれていた。しかし、これは彼にとっては致し方ないことでもあった。
少女の格好からリゾットが連想したものは、チーム仲間のメローネが(自分の)食費を削ってまで購入していたジャッポネーゼアニメやジャッポネーゼマンガに描かれていた、いわゆる魔女っ子と呼ばれるものだったからだ。
メローネや歳若い仲間が楽しそうに読んでいるのを見て、一度だけリゾットも読んだ事があるが、あまりの展開の破天荒さに5ページほどで挫折した。
けれども、メローネたちにはそこがいいらしく、同じく面白さが分からなかったプロシュートやギアッチョとともに肩身の狭い思いをしながら、
『あれが若さか』
などという発言をしてちびちびとワインを啜った記憶が懐かしい。あの時はまだ、ソルベとジェラートも居て、ボスに反感を持つ前だった。
あれから、そう、色んなことがあった。

身を粉にして組織を大きくしたというのに、与えられた対価はそれに見合うことは無く。ボスはリゾットが嫌っている麻薬を金のために、裏の人間だけではなく一般市民にまで売り出した。
それがリゾットには気に食わなかった。元々リゾットは裏の人間が必要以上に表の人間と関わる事を良いとは思っていなかったし、麻薬は人をボロボロにする。短い目で見れば金になる商売かもしれないが、長い目で見れば害にしかならない。
そうこうしている内に、待遇に不満を抱いたソルベとジェラートがボスのことを調べ始めて、殺された。
そんな様々な要因が重なって、トリッシュというボスの娘の噂が切っ掛けとなり、リゾットたちは組織を裏切った。ボスを倒すために。
そして、昔夢見た理想を現実にするために。
しかし、現実は非情で、リゾットの仲間たちはボスの娘を護衛するブチャラティチームたちと戦い、死んでいった。
リゾットも一人ボスと対峙し、負けた。そう、ボスのスタンド能力の前にリゾットは敗北したのだ。裏の世界では負けはそのまま死に繋がる。つまり、リゾットは死んだ――はずだった。
(そうだ。俺はエアロスミスの銃弾を受けて死んだはずだ)
未だ上手く働かない思考をフル回転させてリゾットはこの状況を理解しようとした。何故、イタリアのサルディニア島でボスに敗れた自分がこんな城の見える平原に居るのか。しかも――
(この女、あんたたち……複数形で訊いた?)
そのことに疑問を持ったリゾットは、目の前にいる少女を警戒しながらゆっくりと上体を起こし、体を捻って後方に視線を動かした。
「!!?」
その瞬間、リゾットはこれまで味わった事の無いほどの混乱に襲われた。
メタリカを体内に宿しているせいで白目の部分が充血している、他人とは違う目を大きく見開いて自分の後ろに広がっている光景を呆然とした表情で見つめる事しかできない。
(馬鹿な……っ、これは、どういうことだ?!)

サルディニア島に居たはずなのに、こんな観光地のような場所に居る事も不可思議な事だが、それ以上に不可解なことが目の前に広がっている。
「ホルマジオ……、イルーゾォ……、プロシュート……、ペッシ……、メローネ……、ギアッチョ……。馬鹿な……、死んだはずだ……ッ」
そう、リゾットの背後には死んだはずの彼の仲間たちが倒れていたのだ。
暗殺チームのリーダーとして普段から滅多に感情を揺らす事の無いリゾットだが、この状況にはただ心の底から驚愕するしかなかった。
(天国とでも言うのか?)
イタリア生まれのイタリア育ちであるリゾットはギャングに入って後も基本的な思考はローマ・カトリックに由来していた。
そのため、この異常な状態を天国と思ったわけだが――、それにしてはどうも様子がおかしい。
混乱しながらも、仲間たちは全員気絶しているだけだと確認したリゾットは、次に周りの様子を慎重に観察し始めた。
目の前には未だに少女が憤然とした面持ちで仁王立ちしている。
その遥か後ろには平地用の――つまりは守りに向いてない移住性を重視した――城が聳え立っていた。
そして、その城と少女の間に、十数人ほどの人間が、全員同じような黒いマントを羽織ってまるでファンタジーに出てくる魔法使いの持つ杖のようなものを手にして、リゾットたちを物珍しそうな顔で眺めている。
「あんたたち、誰?」
もう一度少女は聞いてきた。瞳には苛立ちの色がはっきりと見える。それ以外には、焦りと、少しばかりの恐怖。
期待通りに行かなかった事に対する拍子抜けしたような感情。それと、大きな疑問だろうか。この事態に戸惑っているようにも思えた。
「……オレは……、リゾットだ」
とりあえずリゾットはそれだけ答えた。頭の中では未だに黄色いヒヨコが踊っている。
(とにかく、ここがどこか分かるまではこちらの情報は最低限隠さなければいけないな……)
「どこの平民?」
平民? この問いにリゾットは一瞬詰まった。身分社会が崩壊して久しいこの時代、ヨーロッパにも貴族と呼ばれる人種は居るが、こういった物言いをすることはない。
つまり、導き出される結論は、ここはヨーロッパ以外の身分社会がまだ残っている土地か――、はたまた、地球ではないどこかだ。

(本当に異世界だとすると――ナルニア国年代記のようなものか)
リゾットは幼い頃に読んだヨーロッパで有名なファンタジーシリーズの名前を挙げて秘かに笑った。
従兄弟が憧れていたファンタジーの世界に――もしかしてだが――自分が足を踏み入れているのかと思うと、なんとも言いがたい気分になってくる。
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」
と、リゾットが物思いに耽っている間に、周囲の時間はどんどん進んでいたようだ。
驚きが終わった野次馬たちが、馬鹿にしたような色を浮かべながら声を掛けてくる。げらげらという爆笑をバックコーラスにして。
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
「間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん」
「さすがはゼロのルイズだ!」
ルイズ――どうやらこの桃色掛かった金髪の少女の名前らしい――の拙い反論に、他の子供たちは一斉に笑い声を上げ、馬鹿にする。
そんな子供たちの幼稚な行為に、リゾットは眉を顰めた。
他人を嘲笑うという行動は大きく分けて、自分に絶対の自信があるために相手を軽く見るというものと、相手を軽んじる事で自分が優れていると錯覚したいというものがある。
しかし、どちらの場合も相手の実力を過小評価し、自分の実力を過大評価する傾向にある。そして、それは殺し合いの世界に身を置く者としては非常に不味い事であった。
自分を強いと思うことは油断を招くし、相手を弱いと思うことは隙を生む。過去、その結果として自分に殺された要人やギャングなどの構成員たちを思い出しつつ、リゾットは緩やかに警戒レベルを戦闘時から常時に戻した。
どうやらそこに居る人間たちが結託してリゾットたちを攻撃するような状況にはならないらしい。
けれども、疑問は何一つとして解消されて無い。リゾットは慎重に彼らの出方を待った。
「ミスタ・コルベール!」
少女がまた叫ぶ。誰か――リゾットが推測するに引率者――を呼んだようで、その声に反応して人垣の中から中年の男性が進み出た。
丸い眼鏡をかけた、額から頭のてっぺんまで禿げている温厚そうな男である。この男も真っ黒なローブを身に纏い、大きな木の杖を手にしていた。
絵本や映画などに出てくる魔法使いそのものの姿だ。街でこんな格好をしていたら、道行く人たちに白い目で見られることは確実である。

が、その男――ミスタ・コルベールと呼ばれていた――を見て、リゾットの暗殺者としての感覚が盛大に反応した。
一気に警戒レベルが跳ね上がり、ドッドッドッと心臓が血液を全身に送り出そうと動き出す。酸素が体中を駆け巡り、思考が活性化する。
(この男……、強い! そして、戦い慣れしている!)
男の表情や足運びなどから彼の実力を推測したリゾットは、全身の筋肉を強張らせた。
しかし、そんなリゾットの考えとは裏腹に、男は昼行灯という言葉が似合うほど害意の無い顔でルイズという少女に対して返事をする。
「なんだね。ミス・ヴァリエール」
「あの! もう一回召喚させてください!」
そうして、のんびりとした男とは対象的に、身振り手振りで気を引き必死になって何事かを頼み込んでいるルイズの台詞に、リゾットは思い切り困惑した。
(召喚だと?)
その単語を聞いて真っ先に思い出したのは、やはりチーム仲間の一人、ジャッポネーゼマニアのメローネがやっていた(ジャッポネーゼ言葉ではプレイするというらしいが)ファイナル○ァンタジーとかいう、指輪物語の設定を下地にしているRPGとかいうTVゲームだった。
頭に角を生やして杖を持った幼女が脳裏に浮かぶ。そういえば目の前にいる少女も幼い。角は生えてないようだが、杖は持っていた。
「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!」
「決まりだよ。二年生に進級する際、君たちは『使い魔』を召喚する。今、やっているとおりだ」
半ば涙目になりながらルイズは尚も言い募るが、コルベールは素っ気無く首を振るだけだ。
周りの生徒たちはコルベールとルイズの会話を邪魔しないように大声で笑う事は止めていたが、ルイズに対してニヤニヤと歪んだ笑みを向けている。
(召喚……使い魔……。この二人の言葉をそのまま信じるのなら、オレは……いや、オレたちは地球から別の世界に呼び出されたということか!)
コルベールの登場で脳に充分な酸素が行き渡ったリゾットは、先入観を棄ててこの事態を正確に把握する事に専念する。
この状況が理解できなければ、どういった行動が最適になるのかも分からない。
リゾットの能力ならばここにいる全員を一気に殺すことも可能だが、それをして仲間が危険になるような事になってしまっては困る。

「それによって現れた『使い魔』で、今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。一度呼び出した『使い魔』は変更することはできない。何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。好むと好まざるにかかわらず、彼らのうちの誰かを使い魔にするしかない」
「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」
ルイズが屈辱と怒りで頬に朱を散らせて大声を張り上げると、また子供たちが一斉に笑った。
それをルイズが悔しそうな瞳で睨みつけるが、それでも笑い声の大合唱は止まらない。
リゾットはあまりに幼稚すぎる子供たちの反応に、呆れたような視線を向けた。
あまりに呑気すぎる。イタリアの小学生より程度が低いかもしれない。
(それにしてもオレたちはこのルイズとかいう女に呼び出されたのか……。使い魔…………というとあれか、黒猫のような扱いを受けるのか)
生粋のイタリア育ちのリゾットが想像する使い魔と言えば、ローマ・カトリックの魔女狩りでイメージが固定化された黒猫である。
ちなみにリゾットの脳内では、箒に乗った鉤鼻の魔女が黒猫を従えて満月をバックに飛んでいる姿が浮かんでいた。
(それは……少し、いや、かなり嫌だな。というよりこの傲慢で駄々っ子なマンモーニの下につくなど真っ平ゴメンだ。逃げるのが得策だと思うが……、仲間を見捨てるわけにはいかない。どうするべきか……)
リゾットはこの短い時間でルイズの性格を端的にだがきちんと把握していた。ルイズには悪いが、このような人間は雇い主としては最低の部類に入る。きっと食事すらまともに与えてはくれないだろう。
「これは伝統なんだ。ミス・ヴァリエール。例外は認められない。彼らは……」
リゾットが本気で対策を考え始めた頃、コルベールの説教も終わりに掛かっていた。
「ただの平民かもしれないが、呼び出された以上、君の『使い魔』にならなければいけない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先する。彼らのうち誰か一人には君の使い魔になってもらわなくてはな」
「そんな……」
(どうやら使い魔とやらは一人しかなれないらしいな。しかし……、仲間にそれを押し付けることはリーダーとしてあってはならない行為だ……)

がっくりと肩を落として溜め息を吐くルイズに少しむっとしながら、リゾットは冷静に情報を処理していく。
今までの会話や様子から推測できる事をまとめると、こんな感じだ。

一、ここは魔法使いが存在する異世界である。
二、リゾットたちはルイズと呼ばれる少女の使い魔として呼ばれた。
三、何故か知らないが、仲間たちは全員生き返っている。
四、彼らは学校に所属している。コルベールと呼ばれる男が教師らしい。
五、彼女らは二年生になったばかり。
六、現在、ここの季節は春だ。
七、ルイズと呼ばれる少女はクラスメイトから軽んじられていると思われる。
八、使い魔は一人一体が原則。
九、この国は平和である。
十、彼らは全員中流以上の家庭の生まれ。

ほかにも細々としたところが推測できたが、彼らと関わる上で重要になってくるところと言えばこれくらいだろう。
「さて、では、儀式を続けなさい」
「えー、彼らのうち、誰かと?」
「そうだ。早く。次の授業が始まってしまうじゃないか。君は召喚にどれだけ時間をかけたと思ってるんだね? 何回も何回も失敗して、やっと呼び出せたんだ。いいから早く一人を選んで契約したまえ」
コルベールがそう厳しく言うと、途端に周りから、そうだそうだ、早くしろよ、どれも一緒だからさっさと選べよ、などといった野次が飛ぶ。
あまりのウザさにリゾットは一瞬メタリカを使い全員の口をホッチキスの針で縫い止めようかと思ったが、止めておいた。そんなことより仲間の事が気に掛かる。

何故選ばれたのかは不明だが、この召喚によって――ソルベとジェラートは除くが――全員が生き返っている事は、リゾットにとって幸運だった。
暗殺チームに身を置き、それを率いる事になったリゾットにはチーム以外に信頼できる人間がいない。チームが家族と言っても過言では無いくらい互いを大切に感じてもいる。
(――つまり、これは恩か?)
ルイズの召喚の儀式がなければ自分も仲間たちも死んだままだった。そう考えると、リゾットはルイズにかなりの恩を受けたことになる。
「ねえ」
新たな発見に脳をフル回転させていたリゾットに、空気をまったく読まずにルイズが声を掛けてくる。
リゾットが顔を上げるとそこには何かを決意して唇を真一文字に結んだルイズが立っていた。
「なんだ?」
「起きているのがあんただけだし、まあ、顔もそこそこイケてるし……。とにかく、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」
リゾットが返事をすると、瞳にあった決意はあっさりと霧散し、ルイズはブツブツと言い訳を口にする。
そのマンモーニぶりにリゾットはメタリカで説教したくなったが、いきなり目を閉じたルイズに虚を突かれた。
はて、何をするつもりなのだろう。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
疑問を感じているリゾットの前でルイズは杖を振ると、朗々とした声で呪文と思しき言葉を唱えた。
そうして、リゾットが反応するより先に、杖をリゾットの額に置く。
(何だ?! 体が動かないだと?!)
とっさに避けようとしたリゾットは、そこに来て自分の体の自由が利かないことに気付いた。
上体を起こして膝立ちになった格好から、全身が彫像になったかのように身動きが取れない。そうして、そのことに戸惑っている間に、どんどんルイズの顔は近づいてくる。
一体なにが起こるんだ? そう思ったとき、ルイズの唇がリゾットの唇に重なった。柔らかい感触がする。
目を閉じたルイズは何故か頬を染めているが、リゾットにとっては蚊に刺された事と同レベルだ。
と、無感動にルイズを見つめているうちに(何しろ体が動かないのでそれ以外出来ない)キスは終わり、ルイズは唇を離した。

「終わりました」
少し恥らいながらコルベールに向かって報告するルイズを、リゾットは冷めた表情で眺める。
「『サモン・サーヴァントは』何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」
やっと厄介ごとが終わったというように晴れ晴れとした顔でコルベールが言った。
その言葉にリゾットは心の中だけで盛大に舌打ちする。やはり今のは使い魔とやらの契約の儀式だったらしい。
面倒な事になったと、頭を抱えたくなった。ルイズの唇が離れたせいか、体は元通り動くようになっていた。
後ろをもう一度覗くが、仲間たちはまだ目を覚まさない。普段の彼らならすぐに起きるのだが、一回死んでいるので勝手が違うのだろうか。
殴って起こそうかとも考えたが、スタンド攻撃が飛んできそうなので遠慮しておいた。
ここでザ・グレイトフル・デッドやホワイト・アルバムなんぞを発生させたら大変な事になる。
「相手がただの平民だから『契約』できたんだよ」
「そいつが高位の幻獣だったら、『契約』なんかできないって」
リゾットの注意が逸れている間も彼らの会話は進んでいく。それにしても平民平民と煩いものだ。リゾットは真剣にメタリカで口を塞ごうかと考える。
「バカにしないで! わたしだってたまにはうまくいくわよ!」
「ほんとにたまによね。ゼロのルイズ」
おほほほ、と今にもお嬢様笑いが聞こえてきそうな声音で、見事な巻き毛を持つブロンドの少女が言う。
顔にはそばかすが散っていて、まだまだガキといった容貌だ。外見と中身が比例している良い例である。
「ミスタ・コルベール! 『洪水』のモンモランシーがわたしを侮辱しました!」
「誰が『洪水』ですって! わたしは『香水』のモンモランシーよ!」
「あんた小さい頃、洪水みたいなおねしょしてたって話じゃない。『洪水』の方がお似合いよ!」
「よくも言ってくれたわね! ゼロのルイズ! ゼロのくせになによ!」
「こらこら。貴族はお互いを尊重しあうものだ」

ルイズとモンモランシーとかいう女の聞くに堪えない低レベルな口喧嘩(少なくともリゾットは耳栓がほしくなった)を、穏やかな声でコルベールが宥める。
この男、この集団と一人で相対しても勝てるほど飛び抜けた強さを持っているが、あまり畏怖されていないようだ。その事に僅かに首を傾げた瞬間、リゾットの体が熱くなった。
「なんだ、これはッ?!」
熱の発信源はどうやら左腕のようだ。見れば左手の甲に見知らぬ文様が刻まれていっている。熱い。
我慢出来ないほどではないが、脂汗が滲むのを感じた。
「『使い魔のルーン』が刻まれているだけよ。すぐ終わるわよ」
やはりさっきのキスが契約履行の条件だったらしく、ルイズは苛立った声で説明してくれた。
どうやら契約のキスがよっぽどおきに召さなかったと思われる。しかし、激痛に襲われるリゾットにはそこまでルイズを観察する余裕は無い。
ぐっと唇を噛み締めて痛みに耐える。そして、その数瞬後、熱と痛みはあっさりと退いた。
「……使い魔のルーンか……。本格的だな……」
異常が終わった事に安堵の息を吐いたリゾットは、左手の甲に浮かび上がった文様を見てそう零した。
すると、コルベールが近づいてきて、リゾットの左手を持ち上げた。リゾットは反射的に攻撃に転じようとして、意識的にそれを抑えた。
コルベールにはリゾットに危害を加えようとする意志は無い。ただ、リゾットに刻まれたルーンを確認しようとしているだけだ。
相手に完全に敵意が無いことを理解し、リゾットはそれまで無意識に行っていた警戒を解いた。
この男はリゾットが敵になろうと思わない限り攻撃してこないだろう。
「ふむ……。珍しいルーンだな」
何か突っ込まれるかと思ったが、感想はそれだけのようだった。
もしかしたら自分が普通の人間ではないことがばれるかもしれないと思っていたリゾットは、この台詞に安心する。

「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」
「ちょっと待ってくれ」
くるりと踵を返して生徒たちに指示を出すコルベールを、リゾットは呼び止めた。平民の事を侮っている者たちなので無視されるかもしれないと案じていたが、リゾットが初めて自主的に声を掛けたからか、コルベールは興味深げな顔をして振り返ってくれた。
「何かね、――……ええと……」
声を掛けたコルベールはそこで自分がこの使い魔の名前を知らないことに気付いたようで、視線で名前を尋ねる。
リゾットはここで反抗的な態度を取る事のデメリットを理解していたので、出来るだけ丁重な口調で話すことにした。
「リゾット。リゾット・ネエロという。不躾で悪いのだが、気絶している彼らを運ぶのを手伝ってもらいたいのだが、お願いできるだろうか?」
その言葉にコルベールは、ああ、と軽く頷いた。別に了承したのではなく、失念していたことを思い出した、という様子だ。
複数形で話してはいたが、リゾットの仲間の事はすっかり忘れ去られていたらしい。
「そうだな、六人もの人間を学院まで運ぶのは難しいだろう。分かった。彼らはわたしが責任をもって学院に送り届けよう。君はミス・ヴァリエールと共に来たまえ」
そう言って今度こそコルベールは生徒たちに向き直り、宙に浮かんだ。
魔法使いと思わしき格好をしていることから、リゾットはこの可能性を頭のどこかで肯定していたが、想像と実際に見てみるとは大違いだという事を知る。
思わずぽかんとした間抜けな表情で、すうっと空中に飛び上がって静止するコルベールの後ろ姿を見上げる。さらに生徒たちも一斉に空へと浮かんだ。
およそ十メートルの高度で留まっている。ある意味でとても衝撃が強い光景だ。メローネなんかは飛び跳ねて喜びそうだが、あいにくとリゾットにそんな余裕は無い。
生まれて初めて見る魔法にひたすら唖然としていた。そうしているうちに、まずはコルベールが気絶しているリゾットの仲間たちを背後に浮かべて地平線の少し手前に位置している城へ向かって飛び出す。
「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」
「あいつ『フライ』はおろか『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」
「その平民、あんたの使い魔にお似合いよ!」
次に生徒たちが口々にルイズをからかう言葉を残して去っていった。

これにはさすがのリゾットも、人間が宙を飛んでいくという画期的なシーンを目撃した興奮に砂をかけられた気分になった。
ある意味心沸き立つ光景であったため余韻に浸りたかったのだが、台無しである。が、そのおかげで現実に立ち戻ったリゾットは、横に居るルイズを見やった。
ルイズは先ほどの生徒たちの哄笑に怒りを感じているらしく、苛立ちを込めた視線で去っていく生徒たちの後ろ姿を睨みつけていた。
「あんた、なんなのよ!」
しかし、リゾットが自分を見ていることに気付くと、いきなりキレてきた。リゾットは一瞬この展開の速さについて行けずに目を見張る。
もっとも感情豊かなルイズに比べたら微々たる変化なので、相対するルイズは無反応だと感じたようで、さらに言葉を重ねるために息を吸った。
「なんで『サモン・サーヴァント』であんたみたいな平民を呼び出しちゃうのよ! ああ、ドラゴンとかグリフォンとかマンティコアとか……カッコいいのがよかったのに。それがダメだったらせめてフクロウとかワシとかそんな有能な使い魔を望んでたのに!」
どうやら癇癪玉が爆発してしまったらしい。地団太を踏んで悔しがっている。
リゾットはそんなルイズに向かってメタリカを発動させたかったが、仲間を全員生き返らせてもらった恩があるので何とか堪える。
ギアッチョだったら即行ブチギレて殴りかかるだろうな、プロシュートなら説教タイムに突入するだろう。と、苛々を紛らわせるために別のことを考えながら。
「…………それなのに、それなのに! なんであんたみたいな平民がのこのこ召喚されちゃうの?! 由緒正しい古い家柄を誇るヴァリエール家の三女であるこのわたしがなんであんたみたいな平民を使い魔にしないといけないの? ああ、わたしの人生お先真っ暗だわ!」
「………………それはすまないな。ところでミス・ヴァリエール」
全然申し訳ないと思ってない表情と声でリゾットは謝ってみせる。
ルイズはそれに対して、誠意が篭ってない! と怒鳴ったが、一応話を聞くつもりはあるらしい。じっとリゾットの目を見つめた。
「ここはどこなのか教えてもらえないか?」
「は? あんたそんな田舎から来たの? ここはトリステインよ。そして、あそこに見える城がトリステイン魔法学院! ちなみにわたしは二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエールよ。今日からあんたのご主人様だからね。ちゃんと覚えておきなさいよ」
だが断る。と、リゾットは返そうと思ったが、話がややこしくなるので止めておく。
その代わり新たに入った知識で推測を補強することにした。

(この国の名前はトリステイン。地球上には存在しない国だな。先ほどの魔法の件もあるから、ここは本当に正真正銘の異世界なのだろう。
そして、トリステイン魔法学院とか言ったな。ならばそこは国立校だと分かる。
その学校に通っているという事は、このルイズとか言う女はかなり身分の高い貴族だという事になる。そうして、貴族は平民を見下している。それもかなり徹底的にな)
ルイズはその隣で、トリステイン魔法学院も知らない田舎者の平民を使い魔にするなんて。しかも、ファーストキスだったのに。
と、さらに嘆いていたが、自分の思考に没頭していたリゾットは余裕で無視した。
(とりあえず今はこの世界の情報を手に入れる事を優先しなくてはいけないな。ボスへの反逆でここしばらく緊迫した状態が続いていたからな……、少しは休息も必要だろう。それに……この女には恩もある)
リゾットは飽く迄仲間たちのことを考えていた。成り行きで使い魔になってしまったが、人の実力を見極める事もできずに喚き散らすだけしか出来ない主人に忠誠を誓う気はまったく持ってない。
――つまり、真面目に使い魔をやる気などこれっぽっちもないのである。しかし、ルイズに恩があることも事実。それを返さないことはリゾットの生き様にも関わる不祥事だ。
(恩を返すまでは使い魔として仕えるが、それ以後は………………この女次第だな)
ちらりと横目でリゾットはルイズを見下ろす。彼女はまだリゾットたちを召喚してしまった事を嘆いていた。始祖ブリミルがどうとかこうとかと呟いている。
しかし、リゾットはこの我侭な少女が、まだ研磨する前の宝石のような存在である事を見抜いていた。


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