ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

サブ・ゼロの使い魔-20

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匿名ユーザー

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なかなか戻ってこない二人に、ルイズ達は焦りを感じていた。
本当にここで待っていていいのか?
彼らの後を追わなくていいのだろうか?
口には出さなくとも、彼女達の表情が如実にその心境を表していた。
シルフィードで上空から様子を見るか?
とタバサは考えたが、恐らく木々に阻まれて何も見えないだろうと思い直し、その案を却下した。
そんな風に皆が皆ギアッチョ達の方に気をとられていた為――彼女達の背後で聞こえていた、ズズズと何かを引きずるような集まって行くような音を意識する者はいなかった。
最初に気付いたのはタバサである。経験から来る何かがゾクリと警鐘を鳴らしたのを感じて、彼女は後ろを振り向いた。
そこにあったのは、もはや八割方完成しつつあるあの大ゴーレムであった。
そしてタバサより遅れること数瞬、同じく振り返ったキュルケが驚愕の声を上げ、その声でルイズがようやく後ろを振り向いた時には、ゴーレムの形成部位はもはや一割以下を残すのみだった。
「あっははははははははは!!」
ついに完成したゴーレムの肩で高笑いをあげる女性に、三人の眼は釘付けになる。
ミス・ロングビルと名乗っていたその女性は、今や正体を隠そうともせずに彼女達を見下ろしていた。
「ふふふ・・・いいわねぇその表情 伝来の至宝を盗まれた貴族みたいないい顔してるわよ三人とも!」
心底楽しそうに言って、土くれのフーケはまた高笑いをする。

「騙したのね!!」
ルイズがキッとフーケを睨む。しかしフーケはニヤニヤと笑うのをやめない。
「ええ騙したわ」と愉快そうに返答し、なおも続けて挑発する。
「このままあんた達を潰しちゃっても面白くないわねぇ そうだ、先に一発攻撃させてあげるわ ほら、やってみなさいよ ん?」
完全にこちらを侮って挑発を繰り返すフーケに、ギアッチョではないがルイズはもうブチキレ寸前だった。しかしキュルケはそんなルイズを片手で制して、
「それ、嘘じゃありませんよね?ミス・ロングビル・・・いや、土くれのフーケ」
微笑を浮かべながら問う。
「失礼ね 私が約束を破るように見えるかしら?」
どの口がそれを言うかと思ったルイズだったが、キュルケはそ知らぬ顔で話を続けているので唇を噛んで耐えた。
「それじゃあ、お言葉に甘えさえていただきますわ」
ニッと笑ってそう言うと、キュルケはタバサに何事か声をかける。それを受けてタバサが手早く抱えていた箱を開け、キュルケに破壊の杖を手渡した。
「あっ!」
とルイズが驚くのと、
「な・・・!?」
フーケが驚愕するのは同時だった。キュルケはフーケが約束を反故にしないうちに詠唱を始める。
唱える魔法は炎と炎。炎の二乗で生成する、フレイム・ボールだった。
破壊の杖がどんなものかは知らないが、この魔法に破壊力がプラスされればフーケのゴーレムとてただでは済まないはずッ!
一瞬のうちにそう判断したキュルケは、破壊の杖をゴーレムに向け、魔法を発動させる!
「食らいなさい!フレイム・ボールッ!!」

「・・・・・・」
シン、と場が静まり返る。破壊の杖からは、炎の弾どころか火の粉一つ発生しなかった。
「あ・・・あれ?なんで?どうして?」
キュルケは焦って杖を上にしたり下にしたりしている。両脇の二人も、何故魔法が発動しないのか全く理解出来ないようだ。
フーケは怯えていた・・・ような演技からさっきまでの凶相に戻り、
「期待外れだわクソガキ共」
と吐き捨てた。
「なんですって・・・!?」
キュルケ達がゴーレムを見上げる。
「その杖ね、使い方が分からなかったのよ どうやら普通に杖として使うことが出来ないみたいでね で、メイジを呼び寄せて・・・使い方を盗んで殺すつもりだったんだけど やっぱダメねぇ」
「ガキなんかに期待したわたしがバカだったわ」と言って、フーケは今度こそ慈悲のかけらもない眼で3人を見下ろした。そして。
「じゃ、死になさい」
言うや否やゴーレムの鉄腕を振り下ろす!
「股下!」
タバサがとっさに叫んで駆け出す。キュルケとルイズがそれに続き、石人形の初撃は虚しく宙を打った。
柱のようにそびえる両の足の間をくぐると、後方でシルフィードが待機していた。
タバサはあの状況に流されることなく、使い魔に冷静な指示を送っていたらしい。
ルイズは改めて、このタバサという少女の実力を痛感した。
先頭を走っていたタバサが飛び乗り、それとほぼ同時にキュルケが飛び乗る。
「ルイズ」
タバサが最後尾だったルイズを促した。しかし――

ピタッ、と。ルイズは止まった。キッと後ろを振り向き、杖を握る。
「ちょ、ちょっとルイズ!何してるのよ!!」
キュルケが慌てて声をかけた。しかしルイズは振り返ることなく言う。
「あいつを倒すのよ!ゴーレムには歯が立たなくても フーケに直接魔法を命中させれば倒せるわ!」
キュルケは愕然とした。本気だこのバカは。
「何を言ってるのよルイズッ!!あの巨人の攻撃をかいくぐってフーケ本体に魔法を命中させるだなんて、そんな芸当私だって難しいわよ!!
ここで逃げても誰もあなたをバカにしたりはしないわ!意地を張る必要はないのよ!ねえ!!早く乗りなさいルイズ!!頼むから早く乗ってッ!!」
キュルケは必死で訴える。ゴーレムはどんどんこちらに迫って来ている。
ルイズはカタカタと震えているが、それでも振り返らない。
「ルイズ!!」
タバサが珍しく語気を荒げる。ゴーレムはついにルイズを射程距離に捉えた。
「行って!」
ルイズが怒鳴る。キュルケも怒鳴る。タバサまで怒鳴った。そんな彼女らの状況など気にも留めず、ゴーレムが無慈悲に拳を振り下ろす!
「行きなさいよ!!」
と最後に大きく叫んで、ルイズは駆け出した。先ほどのタバサと同じ戦法で股の下をくぐる。タバサは一瞬苦虫を噛み潰したような顔を見せると、
「行って!」
シルフィードに指令を下す。間一髪、風竜はゴーレムの一撃を避けて飛び立った。

ルイズはゴーレムから距離を取って走る。射程範囲の外にいるうちに作戦を練ることにした。
――プライドを、捨てる
ルイズの考えた作戦は、それだけだった。長い詠唱で呪文を発動させても爆発するだけ。
何をやろうが爆発するなら、最短のコモン・マジックで魔法を乱発する!
この速度の速さだけが、自分がフーケに勝っているものであるとルイズは理解していた。
今大事なのはプライドじゃない。そんなものを失うより、ギアッチョを失うほうがよっぽど辛い。よっぽど怖い。よっぽど、悲しい。
ルイズはごくりと唾を嚥下して、ふるふると首を振った。そうだ、それに比べればゴーレムなんて全然怖くない。バッと顔を上げると、ルイズは杖を握りしめてゴーレムへと駆け出した!
「一番最初に死にたいのはあんたかい!」
フーケの指示で、ゴーレムは三度腕を振り下ろす。ルイズはまたも足をくぐり抜けてそれを回避し、そして振り向きざま魔法を放った!
「ロック!」
ドウン!とゴーレムの背中で空気が爆ぜる。失敗だ。ルイズはすぐに気持ちを切り替え、振り向きつつあるゴーレムの足を前面からくぐり、ゴーレムの背面向けてもう一度ロックを唱えた。
今度はゴーレムの腰で爆発が起きる。失敗。
――落ち着け・・・冷静に照準を合わせるのよルイズ・・・!
うるさいぐらいに音を響かせる心臓を片手で抑えて、ルイズはまた足をくぐりに走る。くぐる。振り向く。放つ。失敗。くぐる。振り向く。放つ。失敗。くぐる。
振り向く。放つ。失敗――
「ちょろちょろとしつこい鼠だね!いつまでも同じ手が通用すると思うんじゃあないよ!」
しびれを切らしたフーケが、続けて下をくぐろうとしたルイズにヒザを落とす!
「きゃああっ!!」
直撃コースだった。無駄だと知りつつ、ルイズは頭を庇う。

ドッグォオン!!

・・・足が落ちてこない。何故?ルイズがゴーレムを見上げると、その頭からは白煙が上がっていた。
「フレイム・ボールのお味はいかがかしら!?」
ウインドドラゴンから身を乗り出して、キュルケが杖を構えている。
「もうちょっと濃いほうが好みだわねッ!」
フーケが叫ぶと、全然堪えた様子にないゴーレムがシルフィード目掛けて腕を繰り出す!器用に避け続ける風竜の上で、
「出来る・・・ことを するッ!!」
ギアッチョに言われたことを反芻し、2発、3発と火弾を放つ。その言葉にタバサもコクリと頷き、得意技のウィンディ・アイシクルを撃ち放った。
空から降り注ぐ炎と氷の雨はゴーレムの体にこそ穴を穿たないが、
その肩に立っているフーケは生身なのである。ゴーレムは両腕でフーケを庇い、その場に棒立ちになった!
一番危険なポジションであるゴーレムの真正面にいたルイズだが、
――チャンスは今しかないわッ!!
素早く深呼吸をして、すっとフーケを見上げる。グッと杖を突き出して、全精神を集中させる。冷静に、照準を合わせる。わずか眼をつむり――開く。
「・・・・・・ロック!!」

ドッガァァアアァッ!!!

「命中した・・・!!」
爆炎は、フーケの立っている位置、そのド真ん中で炸裂した。
「・・・やった・・・!わたしでも勝てた・・・ッ!!」
ルイズは嬉しさで泣き出しそうだった。ゼロのルイズが、土くれのフーケに打ち勝った・・・!
しかし――煙が晴れるにつれ、ルイズの感動は徐々に絶望へとその色を変えた。
煙が晴れたそこでは――
岩で作った盾の影で、フーケが微笑みながらルイズを見下ろしていた。

「・・・そんな・・・」
ルイズが後じさる。
「あんたの速射に対して・・・いつまでも無策でいるわけがないでしょう?」
フーケが汗を垂らしながら笑う。ギアッチョ達に差し向けたゴーレムとこっちのゴーレム、そしてこの岩の盾で、フーケの力はかなり消耗されていた。
「一旦身を潜めるしかないかねぇ・・・顔を見られちまったのは残念だけど」
ふぅ、と溜息を一つついて、
「だが、こいつをあんたに食らわせる余力ぐらいは残ってるよッ!!」
フーケはギン!とルイズを睨んだ。

バゴァッ!!

ゴーレムの胸から岩塊が一つ、眼にも留まらぬ速さで飛来し――

ルイズの左足がはじけた。



ギアッチョとギーシュは、木々の隙間にフーケの大ゴーレムの姿を認めた。
「・・・ヤ ヤバいよ、ギアッチョ!!」
フーケの騎士達から逃げ回りながら、ギーシュが叫ぶ。
「・・・くッ、こいつら僕のワルキューレより強い・・・!」
フーケのゴーレムに、ワルキューレは一体また一体と破壊されていた。
「やかましいぜマンモーニ!無駄口叩いても始まらねぇッ!!」
ギアッチョはその逆、一体、次、その次とゴーレムの首を刎ね飛ばしている。
ギーシュのワルキューレは残り五体。それに対して、フーケのゴーレムは同じ五体を数える。
「もう少し逃げ回ってな・・・ とっととカタをつけるッ!!」
袈裟斬りに振り下ろされた剣をかわし、そのままぐるりと回りこむようにしてゴーレムの後ろに回る。
一瞬の動きで腕を引き、ゴーレムの首を斬り飛ばした。
逃げ惑いながらもギアッチョの腕前に感心していたギーシュだったが、
「あ・・・ッ!?」
あることに気付き、心臓が跳ね上がった。
「ギッ・・・、ギアッチョぉおおぉ!!」
「やかましいって言ったろーがマンモーニ!!」
「それどころじゃあないッ!見るんだシルフィードを!!『ルイズがどこにも乗っていない』!!」
「何・・・だとォオォ!?」
ギアッチョはバッと飛び下がると、上空に視線を移した。確かに、ルイズの姿はどこにも見当たらない。
「――あのバカ野郎 まさか地上で・・・」

他の可能性を考える。見えてないだけでは?いや、それはない。
風竜がどんな体勢になってもルイズの姿は見当たらない。一人でこっちに向かっている?
これもないだろう。罠が張られているかもしれないところにむざむざルイズを行かせるようなことをする奴らじゃあないはずだ。
妙な意地を張って地上で戦っている?これが一番ありえそうだ。ルイズはプライドが高い。
己の貴族としてのプライドの為なら、命を捨てる覚悟で戦いに挑むこともあるかもしれない。
そして最後の可能性。ルイズは、もう既に――
ギアッチョはギリっと歯を噛んだ。考えている場合ではない。自分がすべき事は一秒でも早くルイズの元へ駆けつけることだ。
――ホワイト・アルバムを全開にするか?
ギアッチョはこの場を一気に打開する方法を考える。
――いや、それはマズい オレのホワイト・アルバムは刀やスーツを作る精密さはあるが、敵だけを選んで凍らせるといった器用さはない・・・ッ
ギアッチョの顔が苦悩に歪む。そんなギアッチョを見て、ギーシュは一瞬・・・ほんの一瞬考え込み、
そして。
「・・・う・・・うぉぉおおおぉッ!!ワルキューレッ!!僕を軸にッ!矢じりのように並べェェェッ!!」
ワルキューレに号令を発した!ギアッチョはイラついた顔でギーシュを見る。
「何やってるんだてめー・・・黙って逃げてろってのがわかんねーのか!!」
しかしギーシュは壮絶な意思を持った瞳でギアッチョを睨み返す!
「行けギアッチョ!!ここは僕が食い止めるッ!!」
「正気で言ってんのかマンモーニッ!!てめーじゃ勝てねえのは分かってるだろうがッ!!」

「いいから行くんだッ!!」
ギーシュは怒鳴る。
「ここだ・・・!ここで、『覚悟』を決めるッ!!僕はここで、『覚悟』を身につけるッ!!」
ギアッチョはギーシュを見た。ギーシュの眼に、迷いや怯えはない。侮りも思い込みも、恐怖も後悔もない。ギーシュは今、ここで覚悟を知ってやると『覚悟』していた。
「・・・『覚悟』とは 犠牲の心じゃあねえッ! それだけは覚えておけッ!!」
自分を殺した男の言った言葉を、ギアッチョは今ギーシュに伝える。
そして言うが早いか、ギアッチョは後ろも見ずに駆け出していった。
ギーシュは彼に満足げに眼を遣ると、すぐにフーケのゴーレムに眼を戻した。
「いくよワルキューレ・・・『覚悟』を決めろッ!!」
ギーシュはそう叫ぶと、心の中でワルキューレに指示を出す。矢じりの隊形のまま、ワルキューレは右端のゴーレムに突っ込んだ!
先頭のワルキューレの斬撃をかわし、ゴーレムがワルキューレを真っ二つに切り裂く。
しかしギーシュはそれを見越していた。先頭のワルキューレがやられる前、既にその右後ろに陣取った二体目が、先頭のワルキューレの首に向かって剣を振るいはじめていた!
唐竹割りにされた自らのワルキューレの首を更に自分のワルキューレで薙ぎ、そのままフーケのゴーレムの首も刎ね飛ばす!
間髪いれず左側から襲ってくる二体目のゴーレムに、ギーシュの左前に構えていたワルキューレが突きを受けて倒れ――その影から、ワルキューレの槍を拾ったギーシュがゴーレムの首を突き飛ばした!

「肉を斬らせて――骨を断つ・・・か」
ギーシュはようやく気付いた。自分が負けていたのは、力の差があったからだけではない。
朝、オスマン達の前で仲間に頼らないと誓ったにも関わらず、ギーシュは知らず知らずのうちにギアッチョにべったり頼っていた。
自分のワルキューレが倒れるところは見たくない。ある程度の安全圏からサポートしていれば、ギアッチョがケリをつけてくれる。
そんな甘っちょろい考えが、ワルキューレの動きを、攻撃を、判断を、ハンパに鈍らせていたからだ。
それが理解出来たならば、例え相手がトライアングルとはいえ、完全遠隔操作のゴーレムなどに負けるわけがないッ!

ギーシュは片手に槍を構えて、高らかに宣言する。

「これで僕のワルキューレは三体・・・お前達は二体だッ!!
僕は逃げない・・・お前達を恐れない そして侮りもしない!!
我が名はギーシュ・ド・グラモン!我が友ルイズの為、そして我が道の師、ギアッチョの為ッ!!今この場で、お前達を斬り伏せることを『覚悟』するッ!!」

自分で槍を握ったことなどないにも関わらず――その姿は雄雄しく、そして気高かった。


ギアッチョは走る。走りながら、何故自分はここまで必死になっているのかと考えた。
たった数週間前に知り合ったばかりのガキのために、何故オレは血管がブチ切れそうな勢いで走っているんだろうか。
ギアッチョは考える。オレが生きていた頃なら、こんなことはありえない。
こんなどっちつかずで下手をすれば両方を失ってしまうような判断はしないはずだ。
――いや。そうじゃない。生きていた時の判断とは、つまり暗殺者としての判断ということだ。
そういうことじゃない。ハルケギニアにいるオレは、トリステインにいるオレは暗殺者じゃあない。使い魔だ。
「使い魔のギアッチョさんよォォ・・・おめーは何故走ってるんだ・・・?」
解らなかった。あらゆる感情の摩滅した世界で生きてきたギアッチョには、自分の心など解るはずもなかった。だが、理由は解らなくても一つだけ 理解していることがある。
あいつを死なせたくない、自分はそう思っている。それだけは解った。だから。それだけをともし火に、ギアッチョは走る。

デルフリンガーもまた焦っていた。こんな嫌な予感は何年ぶりだろう。
守ると誓ったばかりなのに。ルイズを守ると約束したばかりなのに――
今朝までロクに会話も交わしたことがなかった娘だった。だがそれがどうした?そんなことは関係ないしどうでもいい。
自分はルイズを守りたいと思った。だから誓った。ならば自分はデルフリンガーの名にかけて誓いを果たす。それだけだ。
・・・なのにどうして自分には足がついていないのか。デルフが今日ほど己を呪った日はなかった。

雑草の生い茂る地面ではホワイト・アルバムでスケートなど出来ない。
鬼のような形相で森を駆け抜け、小屋を中心に広がる空き地が目前に迫ったその時、ギアッチョとデルフリンガーがそこに見たものは、
「――バカな・・・」
左の足首を吹っ飛ばされて地面に倒れるルイズと、それを今まさに踏み潰さんとする巨大な岩の足だった。


何もおかしいことはない。十分予想していた状況だった。しかしギアッチョはそう言わずにはおれなかった。
そしてそれは、デルフリンガーも同じことだった。
「・・・嘘だろ・・・」
ギアッチョは足を止めない。茂みを掻き分け、空地に飛び込み、ルイズに向かって走り続ける。しかしその頭は、悲しいほど冷静に状況を計算をしていた。
ルイズまでの距離、25メートル。到達所要時間、約3.4秒。
ゴーレムの右足がルイズを踏み潰すまでの時間、2秒未満。

絶望だった。

「うおおぉおあああああああああああああ!!!!」
ギアッチョが絶叫する。いくら叫んだところで、いくら怒ったところで、もう辿り着けない。間に合わない。ルイズは――救えない。

何が最強のスタンドだ。絶対零度は全てを止める?じゃあやってみろよッ!!今ここで!!この距離で!!2秒以内にあいつを止めてみろよッ!!

怒りと無力さと絶望に駆られて、ギアッチョはただ叫ぶことしか出来なかった。

――たとえ天が落ちてこようが・・・

デルフリンガーもまた、絶望していた。今朝誓ったことを、5時間も経たないうちに破ってしまう。
そしてその場を自分はただ眺めているだけ
――これほど滑稽なことがあるだろうか?デルフリンガーはただの剣だ。目の前で何が起ころうと、彼は常にただ見ていることしか、

 この身が、砕け散ろうが――

「――あ、ああ・・・ああぁああぁあああああああ!!!」
稲妻に打たれたように、デルフリンガーは思い出した。こいつは俺の『使い手』だと。そして、それだけで十分だった。
「ダンナッ!!俺を抜けェェェ!!!」
喋る魔剣は絶叫する。
「イカレてんのかてめーは・・・ッ!!少し黙って」
「いいから早く抜けェエェェェーーーーーーーーッ!!!!!」
鬼神の如きデルフリンガーの絶叫にギアッチョは尋常ではない『意思』を見出し――柄に手をかけ、一気に引き抜き。

ドンッ!!!

その瞬間、ギアッチョは消えた。いや、正しくは眼にも留まらぬ速さに『加速』した。
ギアッチョを見ていたものがただ出来ることは、一定の間隔で土煙を巻き上げて弾ける地面で彼の向かった方向を把握することだけだった。
ギアッチョとデルフリンガーは一瞬にして距離を詰め、ルイズを突き飛ばし、

ズン!!

彼女の身代わりになった。


今、何が起きた?
誰もが状況を上手く認識出来ず、場は沈黙に包まれた。

ルイズが助かり、ギアッチョが死んだ。最初にそれに気付いたのは、キュルケとタバサだった。
ゴーレムがその手でフーケを庇っている限り、彼女達にゴーレムを止める手段はなく
――ルイズが踏み潰されるその一瞬、キュルケ達に出来たことは彼女の名を叫ぶことだけだった。
しかし巨大な岩塊がルイズに打ち下ろされる寸前、誰かがその下に飛び込みルイズを弾き飛ばした。誰か?誰かって何だ。

ギアッチョ以外に誰がいるんだ。

キュルケは、そしてタバサはまさに茫然自失だった。死んだのはルイズではない。
得体の知れない平民の使い魔だ。ルイズは生きている・・・。喜ぶべきじゃないか。
頭ではそう思っているのに、キュルケは震えが止まらなかった。
隣のタバサはいつもと同じく何も喋りはしないが、その瞳は信じられないものを見たかのように見開かれていた。

次に事態を理解したのは土くれのフーケである。
無詠唱で魔法を使うメイジという一番の危険人物が死んだことに気付き、フーケはヨハネの首を貰い受けたサロメのように笑い狂った。
ちょこまかとうるさい落ちこぼれを殺して逃げるつもりが、死んだのは何をしでかすか解らない異端の平民だったのである。
信じられない幸運にフーケは狂喜した。

何かに突き飛ばされて呆然とへたり込んでいたルイズは、その哄笑で
ようやく理解した。自分を突き飛ばしたギアッチョが、身代わりになって死んだ
ということを。
「・・・・・・・・・・・・・・・嘘・・・・・・」
ルイズは長い時間をかけて、やっと一言言葉を吐き出した。
「嘘だよね・・・ギアッチョ・・・・・・」
ルイズの声は震えていた。ゴーレムのことなど完全に忘れてギアッチョの
『いた』場所へと歩き出そうとするが、立ち上がろうとした瞬間につんのめり
無様に倒れる。ルイズは自分の左足が吹っ飛ばされたことを思い出し、
だがそれでも一歩ずつ這って行く。ギアッチョがこんなことで死ぬわけない。
きっと生きている。すぐに足を壊して出てくる――
しかし少女の淡い期待は、地面に滲む鮮血によって脆くも打ち砕かれた。
ゴーレムの足に接していた場所から流れているそれは紛れも無く
ギアッチョの血液であることを悟り、ルイズはその場に崩れ落ちた。
「返事してよ・・・・・・ねえ」
ルイズは消え入りそうな声で問いかける。
「生きてるんでしょ・・・悪い冗談はやめてよ・・・」
しかしギアッチョのいた場所からは何も返ってはこない。聞こえるのは、
壊れたように鳴り続けるフーケの笑い声だけだった。
「・・・そんな・・・・・・ギアッチョ・・・・・・・・・デルフ・・・」
自分が。自分が殺した。その事実に、ルイズは涙すら出なかった。


そろそろ殺すか、とフーケは思った。
今にも死にそうに打ちのめされているルイズを見て若干の憐憫が沸かないでもなかったが、無理やりバカ笑いをしてそれを打ち消した。
自分の正体を知った者を生かしておくわけにはいかない。
ルイズを殺し、こいつの左足を打ち抜いた岩塊で風竜の翼を貫く。
あとは二人を踏み潰すだけだ。
「悪いわねお嬢ちゃん・・・あの世で仲良くしなさいなッ!!」

グッ!!

「・・・・・・・・・?」
ルイズを蹴り飛ばそうとしたゴーレムの右足が、動かない。
いや、正確には――地面から離れない。
「・・・な・・・によ これ・・・・・・」
おのがゴーレムの足を見下ろして、フーケは戦慄する。ギアッチョを踏み潰した右足が、氷によって完全に地面に固定されていた。
そしてその氷の中から声が響く。彼女にとっては地獄の底から響く声、そして『彼女達』にとっては百年間も待ちわびていたように思える声だった。

「・・・・・・ギリギリだ・・・ ええ・・・?クソ・・・ ギリギリ・・・発動出来たぜ・・・」

その声にフーケの心臓は凍りつく!

「そして・・・発動しちまったからにはよォォォ~~~・・・・・・てめーは絶対に逃がさねェッ!!」

何をする気か知らないが・・・これはマズいッ!!そう思ったフーケだったが、ゴーレムの足は大地と同化しているかのように動かない。
そして――

「ホワイト・アルバム・・・ジェントリー・ウィープスッ!!!」

ビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキィッ!!!

裏切り者を断罪する、氷結地獄コキュートス。まるでそこから響いてくるような声が、彼の姿無き半身を呼び起こす!岩人形の右足を覆う氷は電光石火の如く脛を、膝を、腰を駆け上り、右足から頭に至るまで、その全てが完全に凍りついた!
「なんなのよ・・・なんなのよこれェェェ!!」
無詠唱、という単語が彼女の脳裏によみがえった。彼女はうわごとのように繰り返す。
「こんなの・・・こんなの私達の魔法じゃない・・・!!」
しかしそんな彼女の怯えなど一顧だにすることなく、ギアッチョは無慈悲に宣言する。
「・・・ブチ・・・・・・割れな・・・・・・!!」

バガシャアアアアアァッ!!

千里に響く轟音と共に、ゴーレムの体が端から崩落を始める!
「ま・・・マズい・・・!!逃げないとッ!!」
フーケは慌ててレビテーションを唱えるが、その体は毫末も上昇することはなかった。
「な・・・なんで・・・・・・ハッ!?」
フーケはようやく気付いた。自分の足が、氷によって完全にゴーレムと固定されていることに。
そして彼女にもはや「火」を使う力は残っておらず――

彼女は己のゴーレムの破片と共に、惨めに、そして無残に墜落した。


フーケの凍りついた両足は完全に割れて分断されていたが、レビテーションで逃げることも出来ないようにギアッチョはホワイト・アルバムで容赦なく地面と固定させた。もっとも、フーケはその時点で完全に意識を失っていたが。

とにかくそうしておいて、ギアッチョはルイズの元へ駆け寄る。
「ギアッチョ・・・!!」
ルイズはおのが使い魔の姿をはっきりと確認し、そこでようやく――そして
どうしようもなく、ぼろぼろと涙をこぼした。ギアッチョはすたすたとルイズに近寄る。
言いたいことは色々あるが、とにかく一発ブン殴ってやるつもりで手を上げた。が。
がばっ!と血まみれの自分に抱きついてただごめんなさいと繰り返す少女をブン殴ることは、流石のギアッチョにも出来なかった。
振り上げた手をゆっくりと下ろすと、彼はとりあえず溜息をついた。

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