ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第九章 獅子身中

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第九章 獅子身中

朝もやの中、ルイズ、リゾット、ギーシュの三人が馬の用意をしている。
アルビオンへの船が出ているという港町、ラ・ロシェールまでは馬で二日かかるという。
リゾットはまだ馬の扱いになれていないため、少々、憂鬱だった。
馬に自分の荷物(といっても私物はないに等しいのだが)をくくりつけているとギーシュが遠慮がちに声をかけてきた。
「お願いがあるんだが……」
「何だ…?」
「僕の使い魔を連れて行きたいんだ」
「お前の使い魔?」
「ああ…。そういえばルイズやリゾットにはまだ見せたことがなかったね。紹介しよう。僕の使い魔、ヴェルダンデだ」
ギーシュはおもちゃを自慢する子供のように屈託なく笑うと、足で地面をたたく。すると、もぞもぞと地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物が顔を出した。
ありていにいって、小さい熊ほどもある巨大なモグラである。ギーシュは膝を突いて、そのモグラにひしと抱きついた。
「ヴェルダンデ! ああ、僕の可愛いヴェルダンデ!!」
「…………ジャイアントモールか」
リゾットが図鑑で見た生き物の名前を思い出して呟くと、ギーシュが頷く。
「そうだ。ああ、ヴェルダンデ、君はいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい? そうか、そりゃ良かった!」
ギーシュは心底嬉しそうに巨大モグラに頬を擦り付けている。傍からはいまいち分からないコミュニケーションが成立しているらしく、モグラも鼻をひくつかせたりして応えている。
「なあ、ヴェルダンデを連れて行ってもいいだろう?」
「ダメよ、ギーシュ。その生き物、地面の中を進んで行くんでしょう?」
「そうだ。ヴェルダンデは何せ、モグラだからな」

「だが……アルビオンは確か……浮いてるんだろう?」
タバサにアルビオンについて訊いたとき、そう言っていた。
「そうよ。地面を掘って進む生き物を連れて行くなんて、ダメよ」
ルイズがたしなめるようにいうと、ギーシュはがっくりと膝を突く。
「そんな……お別れなんて辛い。辛すぎるよ、ヴェルダンデ……」
「置いて行きたくないのは分かるけど…。仕方ないのよ。諦めて」
余りの落胆振りに気の毒になったルイズがギーシュに近寄ると、ヴェルダンデが鼻をひくつかせた。
「な、何よ、このモグラ……。ちょ、ちょっと!」
巨大モグラはいきなりルイズを押し倒し、鼻で体をまさぐり始めた。
リゾットは助けようとしたが、何しろ相手は小熊ほどもあるモグラである。力も結構強い上に、ルイズが暴れているので足やら拳が当たる。手を出しかねた。
「ギーシュ。お前は以前、ルイズが使い魔の躾も出来ないといっていたが……自分の方はどうなんだ?」
リゾットの視線を受けて、ギーシュが顔をそらす。
「えっと……ヴェルダンデがこんな風になるってことは何か宝石を探してるんじゃないかな?」
「宝石?」
「早く助けなさいよ! きゃあ!」
ヴェルダンデは、ルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけると、そこに鼻をすり寄せた。
「この! 無礼なモグラね! 姫様に頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」
「なるほど、指輪か…」
『土』系統の魔法の秘薬の材料には宝石が使われる。『土』の使い魔らしく、このモグラにはそういった能力があるのだろう。
リゾットはそう理解し、ルイズから指輪を外そうと近寄る。
その時、一陣の風が舞い上がり、ルイズに抱きつくモグラを吹き飛ばした。


「誰だ!」
ギーシュが激昂してわめいた。薔薇の造花を掲げるが、その杖も風に吹き飛ばされる。
霧の中から、一人の長身の貴族が現れた。その特徴的な羽帽子にリゾットは見覚えがあった。王女の護衛の隊長だ。
ヴェルダンデやギーシュを傷つけずに片付けた手際といい、敵意は感じられないが、用心のため、ルイズとの間に立ってデルフリンガーの柄に手をかけ、僅かに鞘から抜く。
「よう、相棒! 何だか手ごわそうな奴だな」
「待ってくれ。僕は敵じゃない。姫殿下より、君たちに同行することを命じられてね。君たちだけではやはり心もとないらしい。しかし、お忍びの任務であるゆえ、一部隊をつけるわけにもいかぬ。そこで、僕が指名されたってわけだ」
長身の貴族は、帽子を取って一礼した。髭のせいで分かりづらいが、リゾットと同年代らしい美男子だった。
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」
ギーシュが相手が悪いと知って黙り込む。魔法衛士隊は実力と人品を備えた者だけが入隊できる、全貴族の憧れである。
「君の使い魔を吹き飛ばしたりしてすまない。だが、婚約者がモグラに襲われているのを見て見ぬ振りはできなくてね」
「ほー、なるほど。お前さん、貴族の娘っ子の婚約者なのか。おでれーたな」
「婚約者……?」
親子ほど年の離れた夫婦も世界的にはそこまで珍しくはない。十や二十の差では驚かない。
しかし婚約者という聞き慣れない単語に、リゾットはルイズとワルドを見比べた。
ワルドは人懐っこい笑みを浮かべると、立ち上がったルイズに駆け寄り、抱えあげる。
「久しぶりだな! ルイズ! 僕のルイズ! 相変わらず軽いな、君は! まるで羽のようだね!」
「お久しぶりでございます。……お恥ずかしいですわ」
ルイズは頬を染め、再会を喜ぶ。
リゾットは昨日、ルイズの様子がおかしかったことを思い出した。原因はどうやらワルドにあったらしい。

ひとしきり再会を喜び合った後、ルイズはリゾットとギーシュをワルドに紹介した。
「君がルイズの使い魔かい? 人とは思わなかったな。僕の婚約者がお世話になっているよ」
「………いや…」
最低限の返事しかしないリゾットに、ワルドはにっこり笑うと、ぽんぽんと肩をたたいた。
「どうした? もしかして緊張しているのかい? なあに! 何も心配することはないさ。君はルイズと一緒に使い魔としてあの『土くれ』のフーケを捕まえたんだろう? その勇気があれば何だってできるとも!」
あっはっはっ、と豪快かつ爽やかに笑う。それに対してリゾットは矢のような視線を返しただけだった。
「うん? 気に障ってしまったかな? 失礼。単に無口なだけみたいだね」
ワルドは口笛を吹いて鷲の頭と上半身と翼、それに獅子の下半身を持つグリフォンを呼び、ひらりと跨る。そしてルイズに手招きをした。
「おいで、ルイズ」
ルイズはもじもじしていたが、ワルドに抱きかかえられ、グリフォンに跨った。ワルドは手綱を握り、号令した。
「では諸君! 出撃だ!」
「仕切ってるねえ、あの髭」
デルフリンガーがつまらなそうにぼそりと呟く。かくて四人と一振りは空中浮遊大陸アルビオンに向かって出発した。

アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。眼を閉じ、手を組んで祈りをささげる。
「始祖ブリミルよ。彼女たちにご加護を……」
アンリエッタは昨晩、ルイズの使い魔に言われたことを反復していた。信頼できる部下を作れ、と彼は言っていた。そのためには他人を信じろ、とも。
だからこそアンリエッタは忠臣の呼び声高く、ルイズの婚約者でもあるワルドをつけたのだ。それでも、一抹の不安がよぎる。彼女の周りの貴族は忠誠を謳いながら自分のことしか考えない者で溢れているのだから。
そんなアンリエッタの胸中を知ってか知らずか、隣でオスマンが鼻毛を抜いている。


「見送らないのですか? オールド・オスマン」
「ほほ、見ての通り、このおいぼれは鼻毛を抜いておりますのでな」
「トリステインの未来がかかっているのですよ? なぜそのような余裕の態度を…」
「既に杖は振られました。なに、彼ならば道中どんな困難に会おうと、やってくれますじゃ」
「彼とは? あのギーシュが? それともワルド子爵のことですか?」
オスマンは意味ありげに首を振る。
「まさか、あのルイズの使い魔が? 彼は平民ではありませんか」
「その平民でありながら、彼は数々の困難を乗り越えてきましたのでな。そう、あの伝説の使い魔『ガンダールヴ』にも匹敵すると、わしは思っておるんですじゃ。何しろ、異世界から来た男ですからのぅ」
「異世界? そのような場所が……」
「姫様、世界は広いですぞ。ハルケギニアではない、どこか。『ここ』ではない、どこか。そういうものがあるのを頭越しに否定していては、いつまで経っても進歩はありませんわい」
アンリエッタは遠くを見るような眼をした。
「ならば、祈りましょう。異世界から吹く風が、アルビオンに吹く風に負けぬことを」

リゾットたちが出発した後の学院の寮塔の一室。
キュルケはタバサの部屋の扉を叩いていた。しばらく待ったが起きてこない。仕方なく『アンロック』を唱えて鍵を外し、中に入る。タバサはまだ寝ていた。
「タバサ、起きて!」
ゆさゆさと揺するとタバサはゆっくりと眼を開いた。眼をこすりながら小さくあくびをすると、枕元にあった眼鏡をかけ、キュルケの顔を確認した。
「おはよう……」
「おはよう、タバサ! 今から出かけるわよ!」
またか、とタバサは思ったが、キュルケが性急なのはいつものことなので、説得は諦め、眠い頭で話を聞くことにする。


キュルケが説明によると、ルイズとリゾットとギーシュ、それに見慣れない男がグリフォンと馬に乗り、急いだ様子で学院を出て行ったのだという。
「これは絶対何か面白いことがあるに違いないわ! ダーリンも気にかかるし、貴方の風竜で追いかけてちょうだい!」
タバサは頷いた。そして、もそもそとベッドから出るとクローゼットを開け、制服に着替え始める。
「貴方、着替えるの?」
キュルケが驚いて訊くと、タバサは再度頷いた。基本的にタバサは誰にどう見られようと気にしない性格。
こういう急な頼みは前に何度かしたことがあるが、どこにいくのだろうと本だけ持ってそのときの格好――朝ならパジャマ――のまま出かけてしまうのが常だった。
身だしなみを整えるなんてことにはてんで気が回らないはずなのだ。
「ま、まあ、着替えるくらいの時間は待つけど……」
キュルケは親友の変貌(というほどのものでもないが)に驚き、しばらく待つことにした。
数分後、寮搭から背に二人の女性を乗せたシルフィードが飛び上がった。

魔法学院を出発して半日、ワルドは止まることなくグリフォンを疾駆させていた。リゾットたちは途中、駅で馬を好感したりしながらついていく。
「ちょっと、ペースが速くない? リゾットもギーシュもついてこれないわ」
ワルドの前に跨ったルイズが言う。ワルドの頼みもあり、雑談を交わすうちに口調はいつものものに戻っていた。
「ラ・ロシェールの港町まで、止まらずに行きたいんだ。ついてこれないなら置いて行けばいい」
「おいていくなんて駄目よ」
「どうして?」
「だって、仲間じゃない…。それに…使い魔をおいていくなんて、メイジのすることじゃないわ」
いいわけじみた口調でルイズは言う。


「やけにあの二人の肩を持つね。どちらかが君の恋人かい?」
「そ、そんなことはないわ」
「そうか、ならよかった。婚約者に恋人がいるなんて聞いたらショックで死んでしまう」
「婚約者っていっても……その……親が決めた事じゃない」
「おや? 僕の小さなルイズ、僕の事が嫌いになったのかい?」
「嫌いな訳ないじゃない」
ルイズが照れたように言う。
「良かった。じゃあ、好きなんだね」
ワルドが軽快に笑って、手綱を握った手でルイズの肩を抱いた。ルイズはなおも戸惑ったような顔をする。そんなルイズにワルドは落ち着いて言った。
「旅はいい機会だ。一緒に旅を続ければ、またあの懐かしい気持ちになるさ」
昔話に花を咲かせつつもルイズは考える。自分はワルドのことが好きなのか?
嫌いじゃないのは確かだ。強くて優しいワルドは幼いルイズにとって、憧れの象徴だった。しかしそれは記憶が擦り切れるくらい昔だ。
ワルドの両親が亡くなり、彼が魔法衛士隊に入隊してから今まで、もう十年も会っていない。
なのにいきなり婚約者だの結婚だのといわれても困る。離れた時間がありすぎて、好きなのかどうか、いまいちわからないのだ。
他人の思考や感情をよく理解し、的確な判断をする自分の使い魔ならこの気持ちが何なのか、わかるだろうか。
そう思ってルイズは後方のリゾットに視線を投げかける。リゾットもこちらを見ていて、ルイズはわけもなく動揺した。


「まったく、魔法衛士隊の連中は化け物か?」
ギーシュが馬の首にぐったりと上半身を預け、隣を行くリゾットに声をかける。
リゾットも体力自体はギーシュよりも数段上だが、乗りなれない馬で駆け続けるのは相当の負担だった。
「相棒、大丈夫か? 馬に乗りなれてねーだろ」
「…大丈夫だ」
しかし、リゾットは疲れを感じさせない声で返事をした。その目はじっと一点に見ている。ギーシュが視線を追うと、空中を行くグリフォンが居た。
「…?」
不思議そうにリゾットを見たが、ある仮説を思いつき、ギーシュはニヤッと笑う。リゾットをからかう格好の種がみつかったと思ったのだ。
「もしかして、君……やきもち焼いてるのかい?」
その言葉にリゾットがギーシュを見た。
「……やきもち? 嫉妬のことか?」
「そう。さっきからずっとあのグリフォンを見てるじゃないか。ご主人様を取られて嫉妬でもしてるのかな、と思ってね。いや! もしそうなら悪いことは言わないよ! 身分違いの恋は不幸の元だ! 諦めるんだね!」
調子に乗ってギーシュはリゾットの背中を二度三度、軽く叩く。リゾットの弱みを握れたのだ。気分は最高に「ハイ!」って奴だ。
だが、リゾットに少しの動揺も見られない。むしろ「何を言ってるんだ? この馬鹿は」という軽蔑の冷たい視線を送ってきた。
「………あ、アレ? 違った? 僕の勘違い?」
流石にギーシュもそれに気づいて口を噤む。
「俺が何か考えていたとして……お前に関係あるのか?」
「いや……だってずっとあっちを見てるからさ……」
言い訳するギーシュに、リゾットは視線を緩めた。
「確かに興味はある……。しかしお前が考えているようなことじゃない…」
「そ、そうか。うん、失礼した」
「おいていかれる。急ごう」
リゾットが再び馬を駆けさせた。慌ててギーシュはそれについていく。


リゾットはルイズではなく、ワルドを見ていた。ワルドを見ているうちに、ある男を思い出したからだ。
その男とは彼が所属していた組織の幹部、ポルポだ。もちろん、横たわっているとベッドのように見えるデブのポルポと、女性なら誰でも憧れる美男子のワルドでは、外見は似ても似つかない。
両者の共通点はその仕草や表情だった。二人のそれは共通して演技に満ちていたのだ。アンリエッタともまた違うそれは、全てが作り物のようで、逆にどれが嘘なのか判別できないくらいだった。
ポルポは常日頃から信頼の大切さを説き、侮辱に対しては命を賭けると口にしていたが、本心は他人を利用し、体と同じように私腹を肥やすことしか頭にない男だった。
ではワルドはどうなのだろうか? 貴族が礼儀やら作法やら体面に拘る以上、常日頃から自分を作っている可能性はある。それだけでは敵と判断することはできない。
だが、仮にも婚約者の前でもその演技を続けるだろうか。そう考えると、リゾットはこの旅の間、ワルドに決して気を許すまいと決心するのだった。

さらに進むこと数時間、日が落ちた頃、リゾットは突然馬を止めた。前方を飛ぶワルドにも合図をして呼び寄せる。
「どうしたんだ?」
不審そうにギーシュが訊いてくる。
「多分、この辺りに敵がいる……」
「敵ですって?」
「ああ。盗賊か、アルビオン貴族派かまでは分からないが…」
「何故そう思うんだい?」
ワルドが興味深げに訊いてくる。
「両側が断崖絶壁で、所々穴が開いているだろう。起伏も多いし、待ち伏せには絶好だ」
リゾットが指し示しながら根拠を述べる。もちろん、それだけでは絶対の根拠ではない。渓谷に入る手前にフーケが作った三つに重なった平らな石を見つけたのだ。何らかの脅威が待ち受けている印だ。
「もちろん、居たとしてもメイジが三人もいる一行を襲ってくるかどうかは分からない。だが、注意だけはしてくれ」
「分かった。なに、何が来ようとも僕がルイズを守るさ」
「飛んでいる分、確かにそちらが安全だろう。頼んだ」
ルイズはリゾットに何か言いたげだったが、その前にワルドのグリフォンが飛び立った。


「やれやれ、もうすぐでラ・ロシェールだっていうのに、敵か。本当にいたら嫌だなあ……」
ギーシュがぐったりしながら愚痴をこぼす。
「ま、今日最後の難関って奴だ。元気よく行こうぜ!」
自分で移動していないため、一人元気なデルフリンガーが励ますように明るい声を出した。

渓谷に入ってしばらくすると、リゾットが突然、馬から飛び降り、同時にギーシュを馬から引き摺り下ろした。
「な、何をするんだね、君は!」
あまりのことに怒鳴り声を上げるギーシュを無視し、リゾットは指示を飛ばす。
「ギーシュ、ワルキューレを出せ」
「へ?」
「出せと言ってるんだ! 出せッ!」
ギーシュが訳も分からずワルキューレを出すと同時に、風を切る音が複数聞こえた。
リゾットはギーシュの襟首をつかんでワルキューレの影にしゃがむ。
次の瞬間、闇を切り裂いて飛来した火矢がワルキューレの喉にめり込んだ。ワルキューレがいなければギーシュに当たっていただろう。
火が辺りを明るく照らし出し、馬が驚いて棒立ちになる。
「わわわわ! な、何だ?」
「敵襲だ! ワルキューレで防げ!」
デルフリンガーを抜き、さらに飛んで来た火矢を打ち落とす。炎を反射してデルフリンガーが鈍く煌いた。
「やばいぜ。照らされた! 今のはでたらめだったが次は当ててくるぞ!」
デルフリンガーが叫ぶ。そこにまた風を切る音。


矢が再び殺到する。今度は正確にこちらを目掛けて射撃してきていた。隣のギーシュは腰を抜かしている。
(俺はともかく、ギーシュが防げない!)
その時、一陣の風が舞い起こり、リゾットたちの前の空気がゆがみ、小型の竜巻が現れた。
竜巻は飛んできた矢を巻き込み、あさっての方向へと弾き飛ばす。見上げると、グリフォンに跨ったワルドが杖を掲げている。
「大丈夫か!」
ワルドが二人に声をかける。
「ああ……。俺は…な」
魔法を警戒してか、矢は一旦途切れている。
「何をしている。今のうちに残りのワルキューレを出せ!」
リゾットに叱咤され、ギーシュはあわてて残りのワルキューレを呼び出した。
「夜盗か、山賊の類か?」
「リゾットの言うとおりだったわね……。ひょっとして、アルビオンの貴族の仕業かも…」
ワルド、ルイズがそれぞれ意見を述べるが、ワルドはルイズの言葉を言下に否定した。
「貴族なら、弓はつかわんだろう。魔法で攻撃してくるはずだ」
そのとき、聞き覚えのある羽音が聞こえた。その途端、崖の上の男たちの悲鳴が聞こえてくる。どうやら突然自分たちの頭上に現れたものを見て恐慌を起こしているらしい。
男たちは夜空に向けて矢を放つが、あっけなく風の魔法で逸らされる。その上、巻き起こった小型の竜巻によって、敵は吹き飛ばされ、崖から転がり落ちてきた。よほど体を打ちつけたのか、呻いている。
月光に照らされ、その見慣れた幻獣が姿を現した。ルイズが驚きの声を上げる。
「シルフィード!」
タバサの風竜が地面に降りると、赤い髪の少女がその背から飛び降りた。

「お待たせ!」
髪をかきあげながらキュルケが陽気に挨拶する。それに対して、グリフォンから降りたルイズが怒鳴る。
「お待たせじゃないわよ! 何をしにきたのよ!」
「助けに来てあげたんじゃないの。朝、窓から見てたらあんたたちが馬に乗って出かけようとしてるもんだから、急いでタバサを叩き起して後をつけたのよ」
キュルケが指差す先には、なるほど、いつもどおり、制服姿で本を読むタバサがいた。
「ツェルプストー、あのねえ、これは遊びじゃないの。お忍びなのよ?」
「だったらそう言いなさいよ。言ってくれなきゃわからないじゃない。とにかく、感謝しなさいよね。あなたたちを襲った連中を、捕まえたんだから」
二人でまた言い合いを始めた。
「タバサ、助かった」
「………」
リゾットが礼を言うと、タバサは無言で頷いた。
一方、ギーシュは捕まえた男たちの尋問に入ろうとしている。
「ギーシュ……、疲れただろう? 少し休め。尋問は俺がやる」
「そ、そうかい? じゃあ、頼むよ。悪いね…」
ギーシュはその場にへたり込んだ。
後ろでは、キュルケがワルドに早速アプローチをかけていた。


尋問はすぐに済んだ。当初、物取りだと主張していた盗賊だったが、嘘を読み取ったリゾットが嘘一つにつき指を一本へし折ると、途端に素直になった。
「酷い奴だ…。指を折るなんて……」
「いいや、慈悲深いぜ……。指を切断しなかっただけな…。それより、お前たちは本当に物取りか?」
男たちはしばらく黙っていたが、嘘が通じそうにないと分かると観念して喋り始めた。
「……俺たちは傭兵だよ。昼間、この先のラ・ロシェールの『金の酒樽亭』って店で、白い仮面をした、いけ好かない貴族に雇われたのさ」
「アルビオンの貴族か?」
念のため、尋ねてみる。
「いや、わからねえな。まあ、相手が誰だろうと、報酬をたっぷりくれるって言うからな。何せ、前金だけでエキュー金貨がいっぱいに入った袋をぽんと出しやがった」
「その白仮面の貴族が俺たちを襲え、と指示したのか?」
「いや、貴族が通ったら襲え、と言われていただけで、誰それを襲えって指示はなかった。現に綺麗なねーちゃんがしばらく前に通ったが、貴族じゃなさそうだったんで素通りさせたしな」
フーケのことだろう。きっちり仕事はしているようだ。
「……分かった。質問はもうない」
リゾットは傭兵たちとの会話を打ち切り、戻る。その頭の中では疑問が渦巻いていた。
(奴らが俺たちを狙っていたのは、間違いないだろう……。
 だが、アンリエッタから依頼を受けたのは昨夜だ。その後、朝からここまで駆け通しだった…。
 余りにも敵に捕捉されるのが早い……。誰かが情報を流していると考えるのが自然だな……)
アンリエッタからの依頼を確実に知っているのは、リゾット、ルイズ、ギーシュ、デルフリンガー、ワルド、アンリエッタ本人。
他にいるかもしれないが、依頼の性質が性質だけに、アンリエッタが何人にも打ち明けているとは思えない。
また、ほぼずっと一緒に居たリゾット、ルイズ、デルフリンガーは除外してもいいだろう。
(残る容疑者はギーシュとワルド………)
ギーシュが失神から回復したのは今朝方のことなので、確率としては低い。となると、やはり一番怪しいのはワルドになる。


だが、リゾットはこの時点で追求することは不可能だと判断した。何の証拠もないのだ。アンリエッタが誰に打ち明けたか、確かなことが分からない限り、いくらでも言い逃れようがある。
ここで推論を述べても、一行に疑心暗鬼を植えつけるだけだろう。ワルドが本当に味方だった場合、無用な争いが起きることになる。
(どちらにしても、今の時点では裏切らないだろう……。警戒は必要だが、しばらく様子を見るか……)
そう考え、ワルドたちにはただの物取りだと報告する。
「ふむ………、ならば捨て置こう」
ワルドはそう答えると、再びグリフォンに跨り、颯爽とルイズを抱きかかえた。キュルケは面白くなさそうな顔をしている。どうやらワルドにふられたらしい。
「諸君、もう少しだ。今日はラ・ロシェールに一泊して、月の様子にもよるが、明日の朝一番の便でアルビオンに向かうとしよう」
そういうと、グリフォンを飛び立たせる。
リゾットも自分の馬に乗ろうとしたが、コートの裾が引っ張られた。振り向くと、本を読んでいるタバサがコートを掴んでいる。
「何だ…?」
リゾットがたずねると、タバサは自分の横…風竜の背を指差す。一瞬、本から眼を離して、リゾットの方を向く。
「貴方は馬に乗りなれていない。腰への負担は避けるべき」
無表情にそういわれた。要するに乗っていけということだろう。確かに表には出さないが、ほぼ一日馬に乗り続けたリゾットは腰に痛みを感じていた。
「そうね。ダーリンは馬が苦手だし、一緒に行きましょう」
キュルケも同意する。
「分かった。では、乗らせてもらう」
「……」
タバサは無言で頷く。ギーシュも乗りたそうなそぶりを見せたが、馬二頭を放置するわけにもいかないと考えたのか、渋々馬に跨る。
風竜が飛び立つ。キュルケはもう気分を切り替えたのか、空から見える景色について盛んにリゾットに話しかけてきた。タバサは相変わらず本を読んでいる。
ふと見ると、グリフォンに乗ったルイズがリゾットを睨んでいた。何か気に食わないらしい。
前方に明かりが見える。夜中にはラ・ロシェールにつけるようだった。

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