ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

2 呆ける男、苦悩する少女

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2 呆ける男、苦悩する少女

硬い床だな。
目を覚ました男はそう感じた。体が硬くなっていくようだ。
だが清潔だ。埃一つ落ちていない。ベタつかない風がそよぐこの実に清潔な部屋は――
どこだ?

「ここはどこだ」
起きあがると、全身に疼痛が漂う。この傷はなんだ?男は自らの体を片目で見おろす。上着がなくなっている。
片目で?左目が見えない。その瞬間に全てを思い出した。
暗殺に失敗し、全身(タマキン以外)を切り刻まれて、そして――どうなった?

「ここはどこだ」
再度呟き、立ち上がった男は周りをぐるりと見渡す。ホテルの一室ほども広い板張りの部屋に、家具が少々。
机と椅子と本棚と、が置いてある。上着はやはり見つからない。
窓が大きく開かれ、地平線にかかる夕日と西風が入ってくる。外には草原と森しか見えない。
窓のそとに顔を出す。外壁は石でできている。ここは3階か。飛び降りるのは難しい。
外からはかすかにざわめきが聞こえてくるようだ。これだけでは何もわからない。
部屋を出ようとしてふと思った。おれはどのぐらい眠っていたのだろう。
あれだけやられた傷が、今では薄皮に覆われている。舌の穴は塞がってはいるが、まだ食物は沁みるだろう。
それでも手負いであることにかわりはない。何か武器として使えそうなものはないだろうか。
机の中を物色したものの、当座に役立つものは見つからない。
ペーパーナイフ、そして見たことのない図柄が刻印された金貨を見つけたので、それを頂いておこうか――

ガチャリ、キイと音を立て、部屋のドアが開いた。小さな少女がそこにいた。
「あ、もう起きられるの?……じゃない!あんた、何してんのよ!」
自分の机に手を突っ込んでる男を目にして、少女は吠えた。
「ああ、いや、ああ、食べ物でも入ってないかと」
いまだ覚醒しきっていない頭での言い訳などこんなものであろう。そう自分に言い聞かせ、男は少女に向かって歩み寄る。

意外にも少女はすんなりと信じた。それだけ自分が低く見られているのであろうが、この見た目では無理もあるまい。
男は考える。
スタンド使いが外で待ち構えているかもしれない?まさか。だったらこんな無力な少女を先によこすわけがない。
この少女はスタンド使いではない。判る。
とりあえず2,3会話し情報を得て、人を呼ばれるようなら殴って逃げる。平和裏に話し合いが行われたならば、粛々と歩いて出てゆくつもりだった。

が、男は逃げられなかった。少女の言葉に翻弄される。
なんでこんな手癖の悪い、平民なんかを召喚してしまったのか。
男は少女の使い魔である。使い魔は主の目となり耳となり、秘薬の素材を深山に分け入って見つけ出し、
そして主を命に代えても守らなくてはならない。なのになんでこんな平民が使い魔として呼ばれたのか。

日が沈んでゆく。立ちすくむ男と頭を抱える少女、どちらにもそれを気にする余裕は無い。
派手にうなだれる少女を目の前にして、男は呆然とした。狂っているのか?それとも…。
はるか昔、3ドルで買った本の内容をふと思い出した。森の中で気の狂った老人に捕らわれ、神と悪魔の戦いの話を聞かされた挙句、殺されるのだ。
まさかとは思う、が、この黒マントの下に拳銃でも隠し持たれていてはどうしようもない。今の自分には従うしか道は無いのか。

男はいくつか質問を思いつく。
何故自分を呼んだのか?アウトだ。少女はさっきからそれをしきりに後悔している。刺激するわけには行かない。
その使い魔の契約を無かったことにできるか?アウト。論外だ。逃げるつもりであることがバレる。
周辺の地理を聞くのも同様にまずい気がする。ここはどこだ。
結局の所、名前を聞くにとどまった。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。それが少女の名前らしい。
貴族らしく長い名前だが、とりあえずルイズと呼ぶべきか。
「口の利き方がなってないわ。『ご主人様』よ、私を呼ぶときは、そう呼んで」
内容とは裏腹に、指を立てて、得意げにのたまう少女――ルイズの顔には狂気の影は見てとれない。

「眠くなっちゃったわ。色々教え込まなくっちゃいけないけど、それは明日からね」
そういうと少女は服を脱ぎだし、全裸になる。武器は身に付けていない。
指揮棒のように短いロッドを持ってはいるが、そんなものに打ち負けるはずがない。男は安堵する。
そうとなればこんな所にいる理由はない。
パンツとキャミソールが「明日洗濯するように」の言葉と共に投げてよこされた。
男は生返事をしてそれに応え、床に座りこむ。後はこの狂ったご主人様が――眠り込むまではご主人様だ――寝たのちに脱出すればいい。

ルイズが指を鳴らし、ランプの光が消える。男は横になり、せいぜい寝息を大きくたてる。
そして数十分。ルイズが寝入ったことを示す規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
男は目を開け、ズルリと立ち上がった。室内の異変に気づく。
明るいのだ。月光のほかに何か、もう一つ光源があるのか。さっきは見逃したが、町が近くにあったのか。
音も立てずに窓に寄り、外を見渡した。
大小二つの月が、再び呆然とする男――名はデーボという――の顔を強く照らした。


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