ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-74

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匿名ユーザー

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酒場の女将、コーラの話を聞いたルイズは、一人ラ・ロシェールの町を歩いていた。
”こんな偶然があるのか”と叫びたい気持ちのまま空を見上げ、うつむく。


コーラは、アルビオンから疎開した少年を一人預かり、酒場の手伝いをさせていた。
少年の名はロバート。彼の父親はラ・ロシェールにほど近い村の出身で、空の上にあるアルビオンに憧れて船乗りの道を選んだ。
輸送船で働くうち、アルビオンの人々との交流が深まり、アルビオンの気風をより好きになっていった。
やがて船で稼いだ金が貯まると、一念発起してアルビオンに古い家を買い、酒場を開いたのだった。
ボロボロの家を改造して酒場にするだけでなく、簡易の地図を酒場に張り出し、町の見所や、酒場、宿屋の場所などを記して好評を得ていった。
そのため、行商人や傭兵の常連客も増えていったという。

だが…、平和だったアルビオンにも戦争の兆しが見えた、レコン・キスタと名乗る貴族の一派が、王家に反逆ののろしを上げたのだ。
貴族派と王党派の争いが激化するに従い、ロバートの父は、船員時代に世話になった酒場の女将を頼って息子を疎開させることにした。
コーラは二つ返事で了承し、ロバートを預かった。が、ロバートは酒場で働くのがいいと言って聞かない。
本来なら戦争に巻き込まれにくい場所へと疎開させたいのだが、父親の背を見て育ったロバートに好感を持ったのも事実だった。
それなら仕方がないと、酒場を手伝わせたのだが、父親の姿を見て学んだのだろう、子供とは思えない要領の良さで酒場を手伝っていた。
その仕事ぶりを見て、女将コーラだけでなく、酒場を贔屓にしている自警団の連中にも気に入られ、可愛がられていたのだが…。

今日の昼頃、自警団の人間が酒場にやってきて、ロバートがスリの疑いで捕まったと知らされたという。

つまりは、ルイズが見かけた少年こそが、スリの疑いをかけられたロバートという少年なのだ。

「あの子は、スリの疑いをかけられて、衛兵に捕まっちまったのさ。あたしはあの子の親をよく知ってる、義理に厚くて、くだらない話でも笑う奴でねえ。あの子がスリを働くような真似するはずがないよ」
酒場の女将コーラは、悲しそうに呟いていた。
コーラの話では、ロバートは12歳になったばかりで、煤で灰色になった帽子を被り、ぼろっちい薄茶色の上下を着ているらしい。

(あの時、私はどうすれば良かったの。時飛び込んで助ければ…『イリュージョン』で姿を誤魔化して…いっそ、『忘却』で何が起こったのか忘れさせれば…)

どの考えも無茶だと解っていても、こうすれば良かった、ああすれば良かったという考えが、自責の念と共に心にあり続けている。

助け出すのは簡単だ、ルイズが持つ羊皮紙は『アンリエッタ直属女官』を示し、アニエスに並ぶ権限を持つ。
これを衛兵に見せ、ロバートの身柄を預かればいい。
しかし…ルイズはこの町の衛兵が、調査対象たるメルクス男爵の管轄下に置かれていることを知っている。
アンリエッタ直属の女官がラ・ロシェールの『何か』を調査していると気付かれたら、証拠を一足早く処分されるかもしれない。




胸に不安を抱えたまま、ルイズは狭い通りを歩いて行く。
フードの下では、痛みをこらえるような悲痛な表情をしていた。

『胸が苦しい』とはよく言ったものだ、心臓を吹き飛ばされてもたいした痛みもない体なのに、胸に突き刺さるような後悔の念は痛みを感じさせるのだから。

ふと気がつくと、汚水の臭い漂う細い通りの一角に、安酒の臭いが漏れるぼろ屋があった。
酒樽の形をした看板には『金の酒樽邸』と書かれている。
「ここか、金の酒樽亭。…どう見ても廃屋じゃない」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ラ・ロシェールの町は、戦時中だからこその賑わいを見せている。

明日になれば、造船所で艤装を終えた船がラ・ロシェールに集合し、遠征前の最終調整が行われる。
それが終われば荷物の積み込みが始まり、人員の最終確認が行われ、いよいよ遠征軍は出立となるのだ。
そのための荷物や人員が町に集り、ラ・ロシェールで最も忙しい日が続いている。

街には今、戦争を機に一儲けしようと企む沢山の人々が集まっており、様々な思惑が渦巻いているのだろう。金の酒樽亭もその例に漏れず、戦争で一稼ぎしようとする者が集まってた。
傭兵と言うより、盗賊・ごろつきと呼んだ方がしっくりくる風体の男達が、酒を飲んで、役人や兵士、または娼婦を口汚く罵っている。
そんな中、カウンターで身なりの汚い痩せた男が誰かを待っていた、男はちびちびとエールを飲んでいる。
ルイズの目的はその男だった、他の男達のなめ回すような視線を意に介さず、ルイズは隣の席に座った。
「約束通り、後金を払うわ」
ルイズはそう言って、隣に座る痩躯の男に銀貨を差し出した。
男は目尻に皺を寄せて、こけた頬をつり上げ、にやりと笑みを見せると、素早く銀貨を懐にしまいこむ。
「へへ、あんた、よく解ってるよ」
「ごたくは要らないわ。それで、あの男は?」
「どっかで稼いだのか、ワインと肉を食べて、一番奥の部屋に泊まってるぜ」
「この酒場の?」
「ああ、偶然も偶然、俺とあんたが待ち合わせの約束をした、この酒場さ。驚いたね。だが、手間が省けただろう」
「まあね…」
痩躯の男は笑みを浮かべると、グラスに残った安物のエールを一気に煽った。
「何の用か知らないが、危なそうな奴だ、俺は先に出させて貰うぜぇ」
「ええ、いいわよ」
痩躯の男は、笑みを浮かべながら酒場を出て行った。
ルイズは『財布をすられた男』の後を追わせるため、町をふらつく適当な男に金を握らせた。ちゃんと仕事をする保証など何処にもないので、念のため後金を払うと約束しておいたが、それが功を奏したらしい。
アニエスの話では、仕事を探している浮浪者を使った場合、後金を払うと言えば、5割は仕事をこなし、4割は後金を払う時になって仲間を呼び強盗に早変わりし、残り1割は相手からも金を取ろうとするのだとか。

ルイズは給仕を手招きすると、金貨を一枚渡した。
「つりは良いわ。ここ宿もやってるんでしょ、部屋は開いてる?」
「こ、こんなに… ええ、部屋は開いておりやす」
給仕は金貨に驚いたが、宿賃も一緒だと聞いてすぐに笑みを浮かべた。
「階段の奥に部屋が三つありやして、真ん中と手前の部屋が空いてまさ、自由にしてくだせえ。鍵は中からかけられやす」
「そう」
ルイズはおもむろに席を立ち、階段を登っていった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



フードで顔を隠した女が階段を上っていくのを見て、酒を飲んでいたごろつきは、仲間同士で目配せをした。
下卑た笑いを上げると、男達は腰や懐に隠したナイフの感触を確認して、席を立つ。
「ちょ、ちょっと、乱暴は困りますよ」
給仕が小声で呟くと、男達は「ここじゃ何もしねえよ、ここじゃな」と言い、階段を上っていった。

「おっと、騒ぐなよ」
二階に上がってすぐに、ごろつきの一人が女を後ろから羽交い締めにした、すかさずナイフを首に当て、動きを封じる。
「…何の用?」
ルイズは、動揺したような様子も見せずに言い放つ。
「間違いねえ、女だな」
「場違いだぜこんな場所によ」
「俺達でちょっと町を案内してやろうぜ」
「どんな顔してるか解らねえぞ」
「いつものことだろ!」
「ハハハ!」
そのうち、ごろつきの一人がルイズのフードをはぎ取った。すると、中から現れた顔が想像以上のものだったのか、おお…と声が上がった。
「こりゃあ上玉だあ」
「肉は付いてなさそうだぜえ」

そのうち一人が胸や体をまさぐり始めた。懐に入れた財布の感触に気がつくと、その重さに驚いた顔をする。
「随分抱えてるなあ。ナイフも持ってねえ…メイジでもねえな、杖もなさそうだ」

奥の扉を叩き、中に居るであろう誰かに声をかけた。
「おい、上玉がおめえに用だとさ。おめえ何やったんだ」
すると扉が開き、中から体格のいい、肌の浅黒い男が現れた。
間違いなく、少年に『財布をすられた』と叫んだ男だ。
男はルイズをつま先から頭までじっくり見定めて「知らねえなあ」と答えた。

「私は貴方だけに用があったんだけど…」
その声は女性にしても高めで、幼さを感じさせる声だった。
それが意外だったのか、男は首をひねった。
「乞食に金まで握らせて、俺を捜させたってか? …おい、外に変な奴はいねえだろうな」
ちらりと目配せをすると、手の空いいていた小柄な男が酒場の外を確認し、あたりに兵士や自警団が居ないかを確認した。
「それらしい奴は見あたらねえ、この女一人で来たみてぇだ」
「こんな場所に女一人で来たのか、何の用でぇ」
男が不機嫌そうに言い放つ、するとルイズは少しばかり苦しそうに、羽交い締めにされた体をくねらせた。

「ん…。仕事を頼みたくて来たのに、こんな仕打ちは困るわ。離してくれない?」
「仕事だと?」
「あんたの腕前を見込んでね」

おとこはにやりと笑みを浮かべて、女の手を取った。
すると、羽交い締めにしていた男も手を離し、後ろに下がった。
「仕事か…へへへ、誰から聞いたか知らねえが、俺を頼るたあいい度胸だ」
男は、部屋へ連れ込もうと、女の腕をぐいと引っ張った。

「待ってよ、ここじゃ声が漏れちゃうわ。下に聞かれたくないもの」
「おっ、なんだ、その気じゃねえか…へへへ。 じゃあちょうど良い場所があるぜ、そこへ行こうじゃねえか、な」

ルイズは男に手を引かれて階段を下り、裏口から外へと連れ出された。
仲間らしきごろつきが周囲を囲み、逃げ道を塞いでいる。

その様子を見ていた酒場の給仕は、はっとして頭を振ると、小さなグラスにエールを注いだ。
「何も見てない。何も聞いてない」
そう呟き、一気にあおった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



男達に手を引かれて辿り着いたのは、酒場の裏にある洞窟。
広さは、小さな馬車なら縦に二台、ヴァリエール家の使うような大型の馬車では一台入れて多少余裕がある程度だった。
中には木箱や煉瓦などが積み上げられ、倉庫として使われているのは間違いないようだった。
似たような横穴は町の所々にあり、倉庫としてだけでなく、家の一部としても使われている。

「おい、塞げ」
手を引いていた男が命令すると、ごろつきの一人が奥のランプに火を灯し、横穴に並べられた木箱を入り口に積み上げた。
「ずいぶん準備がいいのね」
さして慌てた様子もなく、女が呟く。
「へへへ、声を上げるにはもってこいだろ、ここなら叫んだっていいんだぜ。どうせ表までは響かねえ」
男達はルイズを囲むと、下卑た笑みを浮かべている。

ルイズの位置は洞窟の一番奥、正面に浅黒い肌の男、その右二人、左に一人、入り口の前にはもう一個のランプを持った小柄な男が一人。

五人の男が、か弱い女を囲む、最悪の構図であった。

「そうねえ…あ、さっそく一つ教えてほしいのだけど、あの乞食に尾行させたことを知ってたわよね。あいつも仲間なの?」
ルイズがそう質問すると、浅黒い肌の男は、得意げに話し始めた。
「あんな乞食何でもねえや。 小遣いほしさに『女に頼まれて後をつけてる』って、わざわざ言いにきたんだ」
別の男が後を続ける。
「いけねえなあ嬢ちゃん、乞食を使うにはもっと頭を使わねえとよ」
ハハハ!と笑い声が洞窟に響いた。

「そうだったの…人を軽々と信用するものじゃないわね」
「そういうこった」
「それじゃあ、仕事の話をしたいんだけど」
ルイズが懐に入れた財布を取り出すと、男達はナイフを取り出してルイズに向けた。

「…なんのつもり?」
「自分で言ったろ、軽々と信用するもんじゃねえ、ってな。…さあ財布をこっちによこすんだ。そうすりゃ命は助けてやる」
「……」
ルイズは鈍く輝くナイフを見つめ、仕方ないわねと言って財布を投げた。
ガシャッと重い音を立てて財布が落ちる。手近な男がそれを手に取り、中身を確認すると歓声を上げた。
「うおおおおおっ、金貨だ、金貨だ!た、たまんねえ!」
「本当か! 何枚だ、何枚入ってる!」
「新金貨か、エキュー金貨か? どっちにしろ当分遊んで暮らせるぜ、へへへ」

浮かれているごろつき達を見て、「全部渡すつもりじゃ無いわよ」と呟くと、浅黒い肌の男は訝しげな視線を向けた。
「おい、何の仕事を頼むつもりだった? こんな金まともじゃねえぞ」
ずい、と男が近づいてナイフをちらつかせた。
「あら…仕事を頼むんだから、多いに越したことは無いでしょう」
「なめやがって、これだけの金が手に入るなら、仕事なんかせずに強盗に早変わりだ。それぐらい解って近づいたろ。いったい俺達に何をさせようとした」
男が凄んでみせるが、ルイズはさして意に介した様子もなく笑みを浮かべるばかり。
「仕事のついでに、相手して欲しかったのよ。ああ、五人もいれば…満たされそう」
男達の目には、それはそれは妖絶なものとして映っただろう。
ランプの明かりに照らされて悩ましげに舌なめずりをしたルイズに、身が震えるほどの何かを感じたのだ。

「た、たまらねえ」
一人がナイフを木箱の上に置いて、ルイズへと近寄った。
肩を掴み、服に手をかけようとしたところで、身をよじってそれを躱す。
「今更逃げられねえぞ!」鼻息を荒くして叫ぶ。
「破かないでよ、自分で脱ぐわ」

フードつきの上着に手をかけ、一つ一つボタンを外していく。
上着を脱ぎ捨て、インナーに手をかけたところで、ツバを飲む音が聞こえた。

ルイズの体は豊満とは言い難いものの、しなやかさと力強さを兼ね備えた肉体には独特の美しさがあった。
ランプの明かりに照らされて浮かび上がる陰影は、体力の有り余った若い踊り子を思わせる、その肉体をこれから蹂躙するのだから、体が震えるような興奮を感じるのもごく自然なことだ。

「………………」
そこで一人の男が、何かを呟いているのに気がつく。
(なんだ、この女は、気でもおかしいのか)
下着を脱ぎ捨てて、裸体を晒したところで、ぼそぼそとした呟きは終わり、女が両手を前に差し出した。
抱きしめられるのを待つかのようなその仕草で、胸の谷間に見える陰影が強調され、肩幅はより小さく見える。男達の劣情を誘うには十分だった。


だから彼らは、ルイズの掌に、腕の骨と一体化した『杖』がせり出してくるのを認識できなかった。

ズルリ、と粘膜がこすれ合うような音が聞こえた次の瞬間、彼らの意識は性欲もろとも消え去るのだ。

「……”忘却”」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

もし、この光景を誰かが見ていたら、恐怖のあまり叫びを上げるか、何が起こっているのか理解できずに呆然としただろう。

女の髪の毛が生き物のように動いたかと思うと、数十本が縄のように纏まって、浅黒い男の頭に突き刺さった。
「あ゛っ、あ、は  あ お 」
植物の新芽のようにも見える小さな肉腫が頭に入り込んでいくと、男は声にならない声を上げてよだれを垂らし、白目をむいて体を震わせた。

他の男達も同じように肉の芽を刺され、同じように体を震わせていた。
肉の芽は頭蓋に穴を開け、脳に進入し、喜怒哀楽の感情を探り、脳細胞の隙間へと入り込んでいく。
ものの三十秒もしないうちに、男達の体から力が抜け、その場にへたり込んだ。

「あ、あ、あああ」

男達の目には先ほどまでの卑しさはなく、畏れと憧れを湛えルイズを見上げていた。
ランプの明かりが逆光となり、男達からはルイズの表情を伺うことはできない。

ただ一つ解るのは、闇夜に動物の瞳が輝くように、ルイズの瞳が爛々と輝いている事だけだった。


「さあ、教えて。貴方は今日の昼、財布をすられたフリをしたかしら」

「は、はい。おれは、小汚いガキに財布をすられた事にして、一騒ぎしたら町から離れるつもりでございやした」

「ふうん…?誰かに頼まれでもしたのかしら」

「そう、そうでございやす。一昨日、宿を探していたら、貴族らしき、マントを着けた男に頼まれやした。『難民のガキを一人、スリの罪にでっち上げたら、すぐこの街を出ろ』と言われて、金払いが良かったんで、引き受けやした…」

「そいつは、何処の誰?」

「ま、まったく、聞いて、おりやせん」


裏で糸を引くメイジが居ると解れば、少年を牢屋に入れておく必要はなくなった。
しかし問題は別にある、少年の名誉回復と、裏で糸を引くメイジの存在である。


「…あんた達、心当たりはある?」
ルイズは男達を見渡した、すると入り口の手前にいた小柄な男が、そそくさとルイズに近寄って跪き、声を上げた。

「こ、心当たりはねえですが、あ、あっし達にお任せ下されば、町中ひっくり返してでも、貴族の屋敷でも探してごらんにいれやす! 姉御のためなら命なんて惜し く 」


パゴッ、という音が響いた。水袋を破裂させたような、煉瓦を砕いたような音であった。
数秒遅れて、水たまりに倒れ込むような音が、どちゃっ…と響く。
ルイズの手は紅く染まり、足下には、首から上を失った小柄な男が倒れていた。



「わたしを姉御と呼ぶな」



……そう呼んでいいのは、一人だけ……



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