ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-51

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匿名ユーザー

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「双方そこまで! その喧嘩はこのイザベラ様が預かった!」

才人が地面に崩れ落ちる音と同時に、彼女の啖呵が響き渡った。
幽かに残っていた霧が晴れていく。遮られていた陽光が溢れてスポットライトのように少女を照らす。
何の臆面も持たず、彼女はずかずかとウェールズの前へ歩み出る。
ウェールズの手には未だ軍杖が握られており矛を収めた訳ではない。
彼女を一瞥するとウェールズは不愉快そうに顔を歪めて言い放つ。

「ガリアには関係ない。これはアルビオンの問題だ。口出しはしないでもらおう。
ましてや決闘に横槍を入れるなど貴族の伝統に悖る行いと知っているだろう?」
「決闘……? はん、決闘か! こいつはいい! 傑作だ!」

何がおかしいのか、イザベラは仰け反りながら笑い声を上げた。
まるで嘲笑するかのような彼女の態度にウェールズの表情がさらに引きつる。
ひーひーと笑いを堪えながらイザベラは彼の表情を覗き込んだ。
未だに自分が口にした言葉の意味を理解していない男の顔を。

「なんで無礼討ちって言わないんだい? 相手は貴族じゃなくてただの平民なのに」
「…………っ!」
「アンタ、気付いていたんだろ。相手にも戦うだけの理があるって。
だから“決闘”なんて言ったんだろ? その気になればいつだってあの女を殺せたのに」

息を呑んだウェールズに畳み掛けるようにイザベラは言葉を重ねた。
たとえばティファニアに向けてカッター・トルネードを放っていれば才人に止める手段はなかった。
そうしなかったのは自分の手で才人を叩きのめしたかったからだ。
才人はウェールズが捨てた甘さと情を以って彼の前に立ちはだかった。
それが自分の過去を突きつけられたようで彼は才人を許せなかったのだ。
乗り越えたかったのは才人ではなく自分の弱さ。
―――いや、あるいは今の自分を否定して欲しかったのかもしれない。
イザベラの言葉にウェールズの奥底に沈められた感情が引き起こされる。
だが、それを彼は全力で否定し声を荒げながらティファニアへと歩み寄る。

「黙れ! 私はあの娘を討つ! 討たねばならぬのだ!」
「無理だね。言っておくがコイツはまだ“負け”を認めちゃいないよ。
決着を付けないまま、あの娘を手に掛ける事をアンタの誇りが許すのかい?」

ウェールズの足が止まる。貴族にとって誇りは何よりも重んじられる。
ましてや王族の名誉は個の名誉だけではない。全貴族ひいては国民の名誉にも関わる。
身体の傷はいずれ癒える。だが心に刻まれた傷痕は彼を未来永劫苛むだろう。
かといってここで退く事など許されない。ティファニアは元より平民に負けるなど有り得ない。
しかし、その考えを先回りしたイザベラが勝ち誇った笑みを浮かべて告げる。

「だからアタシが預かるのさ。勝負はお互いの準備が整うまで持ち越し。
勝者も敗者もなく誰の名誉も傷付かない。ああ、それと景品もガリアで預らせてもらうよ」

彼女の視線の先には才人を心配そうに見つめるティファニアがいた。
その言葉にウェールズは表情を蒼白に変えてロングビルへと振り返った。
目の前で繰り広げられる決闘にも交渉にも動揺を見せない彼女にウェールズが詰め寄る。
「どういう事だシェフィールド! 話が違うぞ! 彼女の処遇はこちらに任せると約束したはずだ!」
「シェフィールド? 違いますわ、ウェールズ殿下。その人は学院長の秘書で……」
ロングビルを詰問するウェールズを止めるようにルイズが間に入る。
彼女はただの人違いだと思っている。目の前の女に名前が複数あるなどとは考えない。
ましてや孤立無援になったウェールズを支援しているガリアのスパイなどとは思いつきもしない。
この場でそれに気付いているのは関係者を除けば唯一人。
その彼女はふてくされた表情でロングビル……シェフィールドに確認事項のように訊ねる。

「シェフィールドって言ったね? アンタ、ガリアじゃなくて父上の回し者だろ」

その言葉にはいくつもの状況証拠から導き出された確信が込められていた。
もしガリアが事前に情報を入手していれば東薔薇花壇騎士団を、
ましてやシャルロットを危険に晒すなど考えられない。
だが父上はこの品評会が襲撃される事を知っていた。
この事件を何かに利用する為……恐らくはアルビオンを手中に収める為だろう。
ティファニア王女の秘密、襲撃事件の関与、どちらも国家を揺るがすスキャンダルだ。
ウェールズを傀儡として王座に座らせ、その背後で握った弱みで脅す腹積もりだったのだろう。
その為にはウェールズの監視役を兼ねて証拠を押さえる部下がいる。
そして、ここにいる人間の中で、その可能性があるのは彼女だけ。

「素晴らしき慧眼。さすがはジョゼフ様のご息女であらせられます」
感服したようにシェフィールドは彼女に膝を折った。
しかし、それにイザベラは不満そうに鼻を鳴らす。
彼女の敬意はあくまで父であるジョゼフへと向けられている。
ハッタリを効かすのに虎の威を借る事もあるが、
他人の名前で感心されても嬉しくも何ともない。

「はっ! 捨て駒なんかに頭下げる必要はないよ!」
「まさか。そのような事、ジョゼフ様は微塵も考えてはおりません」

不機嫌になって悪態をつくイザベラにシェフィールドは深く頭を下げる。
確かにそう取られても仕方のない行動だった。そしてジョゼフからは何の説明も無かった。
しかし、シェフィールドには主の意を余さず汲んでいるという自負があった。そこから彼女は答えを導き出す。
単にこの事件の証拠を押さえるだけならば他にも適任者はいた。潜入という一点だけならば自分を凌駕する人材もいた。
しかしジョゼフの警護という最大の任務から外されて自分が選ばれたのには理由がある。
それは広範囲をカバーできる視野と戦力、それを彼女は王女とイザベラ達を守れという意味だと確信した。
影ながら彼女達を守護しながら窮地へと追い込む、それがこの計画の本当の狙いだとシェフィールドは考える。
もしイザベラが“そう”ではなかった場合にも守り通せると信じたからジョゼフ様は私をここに送り込んだ。
愛情なのかは分からないけれど我が主にとってシャルル陛下やイザベラ様は無視できない存在だ。
それが我が身を焼き尽くさんばかりに妬ましい。私はあの主にとって優秀な手駒でしかない。
愛情でなくてもいい、憎悪でも構わない、私はあの御方より特別な感情を抱かれたいというのに。

「……どうだかね。まあいいわ、そんなのは後で父上に問い質せばいいのだから。
それよりも、あそこに転がっているバカの手当てをしな。秘薬の1つや2つ持ってきてるんだろ?」

イザベラが複雑な表情を浮かべながら倒れた才人を指差す。
内より湧き上がる黒い感情を隠しながらシェフィールドは才人へと視線を向ける。
労力に比べて得られた成果は僅か。担い手は覚醒せず、使い魔だけが刻まれたルーンの力に目覚めた。
しかしシェフィールドは悩む―――“果たして平賀才人は我が主の手駒足りえるのか?”
剣技は未熟、だがそれはさして問題ではない。ガンダールヴの強さは感情を力に変換する事にある。
その点でいえば激情家であり、また不屈と思える精神力を持った彼は優れたガンダールヴに分類される。
そして短所もまた然り。計算ではなく感情で動く彼をこちらの意のままに操るのは至難の業。
どんなに強大な力もコントロールを失えば無価値であるどころか我が身を脅かす危険に成り得る。
平賀才人の傷は深い。このまま放置すれば時を置かずして絶命するだろう。
生かすか、殺すか、その選択肢を彼女は主であるジョゼフに御伺いを立てる。
やがて返ってきた主命にシェフィールドはすくりと立ち上がった。
「御意のままに」
ジョゼフからの返答はただ一言。それに彼女は頬を綻ばせた。
“味方にするにせよ、敵に回るにせよ、面白い方がいいに決まっている”
自分の浅はかな考えなど要らぬ杞憂。主の器は彼女の計算では量りきれぬ代物だった。
如何に巨大な魚が跳ねようとも海を相手にどれだけの波紋を広げる事ができようか。
仮に、平賀才人の存在がジョゼフ様にとって毒になるというのなら始末すればいいだけの事。
主の偉大さを再度理解し彼女の心には深い感銘が広がっていた。
そして、もう一つ。ある発見がシェフィールドを愉快な気分にさせる。
“イザベラ様とジョゼフ様は非常によく似ている”
親子ならば当然かもしれないが偶然とはいえ二人とも全く同じ答えを出したのだ。
恐らくイザベラ様がジョゼフ様の心を波立たせるのはその一点。
自分に似た者に対してどう接していいのか、それが分からないのだ。
人に愛された事がないから、愛され方も愛し方も知らずに育った一人の男。
我が主は人を超えた存在でありながら、それ以上に不器用なまでに人だった。


「起きろって言ってるでしょ! 何で勝手に首突っ込んで怪我してるのよ!」
「……どいて」

才人を叩いていたルイズを押し退けてシャルロットは彼の胸に杖をかざす。
目も当てられない負傷を前に一瞬たじろぎながらも彼女は意識を集中させる。
風と水系統の魔法が得意といっても彼女の実力は本職には及ばない。
止め処なく溢れる流血を抑え、生命活動を停止させないのが今の彼女に出来る精一杯。
助けたいと強く想っても人は自分の限界を容易に超える事はできない。
そして彼女の応急処置は両の手で水を掬うようなものだった。
徐々に命が失われていく感覚が直に彼女に伝わってくる。
このままでは助けが来る前に彼の命は失われるだろう。
患者が意識を失うと途端に生命活動が低下する、とシャルロットは本で得た知識で知っていた。
何とかして彼を起こさなければならない。本には意識を取り戻すまで呼びかけるのが効果的だと書かれていた。
しかしシャルロットは声が出せなかった。何と声をかけるべきか、彼女には思いつかなかったのだ。
彼の名前も知らず、どんな素性なのかも分からない、ましてや同世代の男性と話した経験など数えるほどしかない。
戸惑うシャルロットを今度はルイズが押し退けて才人に呼びかける。
「サイト! 目を覚ましなさい! サイト!」
ルイズの声に反応したのか、才人が僅かに指先を動かす。
その光景にシャルロットの心に安堵ではない黒い感情が沸き上がる。
どうして私ではダメなのか、彼女はそれほど特別な存在なのか。
内なる衝動に気付いて彼女は項垂れながら酷い自己嫌悪に陥った。
父も母も何一つ恥じる点のない高潔な人物なのに何故私はこうも自分勝手なのだろう。
サイトと呼ばれた彼だってそうだ。彼は見知らぬ他人の為に命を懸けて戦った。
こんな私に彼の傍にいる資格はない。こんな邪な気持ちで彼を汚してはいけない。
想いは胸の底に、誰にも気付かれないように深く沈めよう。
だけど彼の行く手を何物かが遮ろうというのなら――私は容赦しない。


憎悪を帯びた眼を向けるシャルロットとウェールズの眼が合う。
彼は今までその少女に奇妙な既視感を覚えていた。
だが、その違和感が何か彼はようやく気付いた。
あれは数年前に行われた各国の王族貴族を招いての大園遊会の時だった。
そこでガリア王妃の背に隠れながらおずおずと挨拶をした少女がいた。
いずれはかの国を担う者として紹介された彼女、その姿が自分を睨みつける少女と重なる。
“もし彼の身に何かあれば絶対に許しはしない”言葉にせずとも彼女の瞳が雄弁に語る。
殺意を隠そうともしないシャルロットに焦りを滲ませる彼の背後からそっとシェフィールドは声をかける。
「御自分の立場をお忘れなきように。アルビオン皇太子ウェールズ・テューダーは“死んだ”のです。
ここで何か起きたとしても身元も分からぬ男の死体が一つ増えるだけの事」

あからさまな愚弄にウェールズは怒りを顕わに杖を振るう。
それを阻もうとシェフィールドの両脇から鎧を纏った騎士二人が飛び出す。
しかし両者が激突する事はなかった。ウェールズの杖は彼女の手前で止まっていた。
ウェールズにあるのは大義名分のみでそれを為す力は無い。
ここでガリアの援助を失えば彼が復権する機会は永久に失われる。

「……承知した。我が望みはアルビオン王国のみ。それさえ守ってくれるならば喜んで従おう」
「ご英断です。ウェールズ殿下」
軍杖を収めた彼にシェフィールドは静かに頭を下げた。
彼女はウェールズが暴発せずに踏み止まると確信していた。
彼は感情的だが平民の平賀才人とは違い、王族として重大な責務を背負っている。
それ故に軽はずみな行動は取らず、こちらの計算どおりに動いてくれる。
あえて挑発したのは、どちらが上かを再確認させる為。その為に彼女は線を引いたのだ。
もしも今と同じ様に意見を違えたとしても今後はジョゼフの判断が優先される。
去っていくシェフィールドにウェールズは何も言い返す事ができなかった。
他人の掌で踊る哀れな道化、それが今の自分の姿なのだ。

「ウェールズ様」
「……来ないでくれ。君の知っているウェールズ・テューダーはもういない」

駆け寄ってきたアンリエッタに背を向けながらウェールズは声を震わせて言った。
国も、家族も、プライドさえも失って他国の言うがままに従う男がどうして彼女と顔を合わせられよう。
彼も一時はトリステイン王国を頼る事も考えた。
しかし現アルビオン王はアンリエッタにとっても叔父に当たる人物、
それを打倒するのに力を貸せというのはあまりにも酷だ。
ましてや今の自分は王家の血筋というだけで何の後ろ盾もない。
アンリエッタの気持ちも既に自分から離れているのではないかと彼は思っていた。
しかし、それに構わずアンリエッタは彼の背中をぎゅっと力強く抱きとめた。

「そんな事はありませんわ。私のウェールズ様はここにいます。
先刻も私を守ってくださったではありませんか。何も、何も変わっておりませんわ。
たとえ全てを失おうとも貴方を愛するこの気持ちだけは決して失われる事はありません」

ウェールズの肩が震える。アンリエッタからは彼の表情が見えない。
だけど、きっと泣いているのだと彼女には理解できた。
それは彼女も同じだった。生きて還ってきてくれた、それだけで十分だった。
―――互いの絆は今もこうして確かに繋がっていた。

「で、アンタがティファニアか?」
「は……はい」
「おねえちゃん、怖がっているから……あんまりひどい事しないであげて」
ふんぞりかえりながらイザベラは人質となった少女を見下ろす。
さっきまで盾に取られていたからか、若干緊張した面持ちで見上げるティファニア。
その隣で心配そうな表情を浮かべるマチルダとエンポリオ。
しかし使い魔の言葉には耳を貸さずイザベラはずいと顔を近づける。
どこか血走っているようにも見える眼差しで彼女は声をかける。

「色々と言いたい事や聞きたい事がある……が、それはそれとしてひとつ確認しておきたい」
「は、はあ」
何が言いたいのか理解できず困惑ぎみにティファニアは彼女に顔を向ける。
その曖昧な返事を同意と捉えたのか、それとも会話する必要がないと思ったのか、
ティファニアの決心が付く前にイザベラは既に行動を起こしていた。

まっすぐ前へと突き出されたイザベラの両手。
それはたわわに実ったティファニアの胸へと伸ばされると、
おもむろに彼女の弾力ある“それ”を一片の容赦なく揉みしだいた。
何をされているのか分からず混乱して声も出さないティファニアを無視し、
思うさま弄んでようやく一息ついたイザベラは溜息と共に声を絞り出した。

「……やっぱり噂は本当か」
「き―――」

きゃあああああああ、と絹を切り裂くような悲鳴が森に木霊する。
その残響が全て消え去る頃には学院の混乱も収束へと向かっていた。

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