ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-71

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匿名ユーザー

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コルベールが中庭で戦っている頃、食堂でも戦いが繰り広げられていた。

不覚にも銃士達は、斬りつけても怯まない、突き刺しても死なない、得体の知れぬメイジを相手にして、混乱の一歩手前だった。
ゾンビを相手したことなど、あるはずが無いのだ、仕方がないのかもしれない。
既に二人の銃士が、ゾンビメイジの捨て身の攻撃で銃士がやられ、床に倒れている。
腹や手足に受けた傷からは、血が流れ続けている…このままでは死んでしまう。
「おああああッ!」
アニエスは、渾身の力を込めて、ゾンビメイジの腕を切り払った。
が、相手も手練らしく、『ブレイド』の魔法を纏った杖でいなされてしまう。
手強い…!アニエスがそう思った瞬間、頭上から六人がけのテーブルが落下してきた。オスマンが投げ落としたのだ。
メイジは咄嗟にそれを避けたが、床が濡れていたために足を滑らせ、一瞬の隙が出来た。
「うおおおあああっ!!」
アニエスは渾身の力を込めて切り払い、メイジの杖をはじき飛ばした、そのまま腰溜めに剣を構え、心臓目がけて突き立てる。
「くっ!」
ドコッ!と鈍い音を立てて、メイジの体を剣が貫く。剣は胸板を貫き骨ごと心臓を貫いた、しかし、剣が抜けない。

そこにもう一人のメイジが、アニエスに向けてマジックアローを放った。
アニエスは剣を捨て、後ろに転がってマジックアローをかわしていく、一発目、二発目、三発目……このままでは回避しきれない。

タバサにもそれを防ぐ手段は無かった、もう一人のメイジは、タバサの魔法で全身を貫かれ、首を半分まで切り裂いたというのに、傷口が瞬く間に塞がってしまう。
この場にキュルケが居てくれれば…!
タバサはそう考えて、すぐにそれを否定した。
今まで、ずっと困難な任務を受け続けてたタバサは、他人に頼ることを良しとしない。
巻き添えを作らないために、迷惑をかけないために、タバサは一人で戦い続けてきた。
けが人であるキュルケの復帰を期待するなど、あってはならないことだ…そう思い直して奥歯を強く噛みしめた。

「ラグー・ウォータル…!」
タバサは、氷の壁でメイジの動きを封じるべく、詠唱を開始する。
しかし途中で、空気が異常に乾いていることに気が付く。
原因は、氷の矢の使いすぎだった、空気中の水蒸気を使いすぎてしまったのだ、床に零れた水や氷では、すぐに魔法に利用することはできない。
このままでは相手の動きを封じるどころか、必殺の『ウインディ・アイシクル』も使えない。


六回目!
アニエスがテーブルを盾にして、六発目の『マジック・アロー』をやり過ごした頃、胸から剣を生やしたメイジが、落ちた杖を手にしていた。
メイジがアニエスに杖を向け、詠唱を開始する…アニエスは鳥肌を立てた、回避しきれない。
「あ」
奇妙な光景だ…アニエスは頭のどこかでそう考えていた。
メイジの放ったマジック・アローが、ヤケに緩慢な動きで自分へと飛んでくるのだ。
マジック・アローだけでなく、自分の体さえもゆっくりと動いている。

避け、られない。


ジュバッ!と音を立てて、マジック・アローが炎に包まれる。
炎の弾が、アニエスに届くはずだったマジック・アローを消滅させたのだ。
矢次に飛ばされる火の玉は、杖を構えていたメイジの腕に当たり腕を焼き尽くす、すると腕がぼろりと崩れ落ち、剣状の杖が床に落ちた。
「グア…」
見ると、キュルケが杖を構えて、食堂の入り口に立っていた。
キュルケはタバサと相対していたメイジにも炎の弾を飛ばし、タバサを後ろに下がらせる。

「遅れてご免なさい」
そう言って、キュルケがタバサの肩に手を乗せる。
「怪我は」とタバサが聞くと、キュルケはウインクをして答えた。
「私は平気よ、シエスタとモンモランシーが怪我人を治して、すぐにこっちに来るわ。…さっきは情けないところを見せたけど、この”微熱”だって負けていられないのよ」
キュルケはタバサの前に出ると、メイジに向けて杖を向ける。
燃えさかる炎の中で、そのメイジは、にやりと笑みを見せた。

「来なさい、化け物」

◆◆◆◆◆◆


「んんぅーっ!」
連れ去られた生徒が、傭兵メイジの腕の中でもがく、口には即席の猿ぐつわを噛まされていて声が出せない。
「くそガキ!じたばたするな!この高さから落ちたい訳じゃあないだろう」
生徒は、自分を抱えているメイジにそう忠告され、下を見た。
メンヌヴィルに先に脱出しろと指示された二人のメイジは、『フライ』を詠唱して空を飛んでいる、下は草原だが30メイル以上の高さがあった。
生徒は息をのみ、黙った。

「ジョヴァンニ、船はまだ見えないのか」
生徒を抱えていたメイジ…ギースがそう呟くと、ジョヴァンニと呼ばれた男は、林の奥を指さした。
「見えたぞギース、あれだ」
林の奥には、黒塗りのフリゲート艦が碇を降ろし、超低空で停泊していた。
ハルケギニアでは、フリゲートという呼称は小型高速の軍艦に用いられるのだが、この船は余計な装備を廃した特別製のもので、軍艦としては格別に小さい。
『ライン』以上のメイジであれば十分に浮かせることが出来る…という訳で、もっぱら特殊条件下での人員高速輸送に使われていた。

本塔を占拠した時、傭兵メイジが出した合図は、フリゲート艦を魔法学院に近い林の中へ下ろす合図だった。
十人ほど人質を取り、船で逃げる手はずだったが、手痛い反撃に遭い生徒を一人抱えるのがやっとだった。
しかし、今回の仕事は『誘拐』ではないので、人質をいつまでも連れて逃げるわけではない、彼らの目的は別にあったのだ。

二人は船に乗り込むと、中で待機しているはずのメイジを探した。
この船で帰還することはできない、せいぜい目立つところを飛んで貰って、トリステインの哨戒の目を引きつけて貰うしかない…。

「おい!船を出せ!仕事は果たしたぞ!注文通り『トリステインの逆鱗に触れてやった』ぞ!」
ジョヴァンニが叫びながら、船室の扉を開けていく、だがメイジの姿は見えない。
貨物室に入って中を見渡す…しかし、誰も居ない。
「おい!何処へ行った!…くそ、なんてこった、あの気味の悪いヤロウ、逃げやがったか」
そう悪態を付くと、ギースが人質を抱えて中に入ってくる。
抱えていた人質を貨物室へ放り込むと、その足に杖を向け短くルーンを唱える、鉄の足かせを『練金』したのだ。
「よし…恨むなよ嬢ちゃん」
「んむーーっ!」
生徒は、身をよじらせて何とか動こうとするが、足かせが重くて自由に動けない、その上腕までも封じられていては、為す術が無かった。
「おい、どうするんだ」
事を見守っていたもうジョヴァンニが、焦りを隠さずに聞く。
「予備に風石があったはずだ、そいつで船を浮かせる。どうせ二時間しか浮けないだろうが十分だ、風任せで動けば囮にはなる」
「このガキはどうする」
「風石が尽きれば、船ごと落ちて死ぬだろうが、万が一救出されたら厄介だ…そうだ、船室を燃やしておけばいい、二時間ばかりこの船が囮にないいんだからな」
「よし、それでいこう」ジョヴァンニが頷いた。

ギースは、貨物室から外に出ると、後部甲板下の船室に入った。
ランプを二つ手に取ると、床に投げ捨てる。
二つのランプはガラス片と油を飛び散らせて散らばった。
杖を振り、油に『着火』すると、燃焼時間を調節するため扉を閉じる。
すぐさま甲板に戻り、ジョヴァンニの姿を探す…甲板には居ない。

碇を上げる余裕はない。碇の根本にあるフックを魔法で外すと、ジャラジャラジャラと鎖が落ちる音が聞こえ、がくんと船が揺れた。
船は静かに上昇を始める……


「ジョヴァンニ!行くぞ!」
船が浮き始めれば、あとは逃げるだけだ。ギースは姿の見えぬ
よく見ると、人質を閉じこめた船室が開いていた。
「あいつめ…また悪い癖か」
ジョヴァンニという男は、メンヌヴィル率いる傭兵団の中でも古株だが、悪い癖を持っている。
メンヌヴィルが人間の…いや、生き物の焼ける臭いが好きでたまらないように、ジョヴァンニは女を陵辱したくてたまらぬといった口だ。
一刻も早く逃げなければならないのに、こんな時まで悪い癖が出たのか…そう考えてギースは声を荒げた。
「おい!ジョヴァンニ、早くしろ」
船室の中では、ジョヴァンニが人質の上着を引きちぎっていた。生徒は胸を露出させ、恐怖のあまり震えている。
「まあ待てよ、男を知らないうちに死ぬなんて可哀想じゃないか」
そう言って下卑た笑みを見せる、が、そんなことをしている余裕は無い。
「時間はない。先に行くぞ」
「…ちっ。まあいいさ。餞別に膜だけは破ってやるよ」
ジョヴァンニは、太さ2サント長さ30サントほどの、鉄で出来た杖を持っている。
それを生徒の眼前にちらつかせ、パジャマのズボンに手を伸ばした。
「んむっ!んむううー!」
自由を奪われた体でありながら、必死で逃げようとする生徒。
それを見てジョヴァンニは舌なめずりをした。

「反吐が出るわ」

と、突然、どこからか女の声が聞こえた。

ジョヴァンニは咄嗟に、誰だ!と叫んだが、その声は床がぶち破れる音でかき消された。
床を破ったのは、銀色に輝く二本の剣であった、それは一瞬で円を描き、床に穴を開けた。
と次の瞬間には糸のようにバラけ、ジョヴァンニの足を掴む。
「うわ、うわああ!」ギースが叫んだ。
奈落の底、と表現すべきだろうか。直径わずか20サントの穴に、ジョヴァンニの体が引きずり込まれていく。
ベキベキベキと不快な音を立てて…それは床板の音か骨の音か、どう考えても後者しか思いつかなかった。

ほんの数秒で、ジョヴァンニの体は消えてしまった。
当たりに飛び散る血飛沫を残して。
「………」
人質となっていた生徒は、その異常な光景に驚く暇もなかった、何が起こったのかを理解することが出来ず気絶したのだ。

「う、うわ、わあああああああああああああああああッ!?」
今度は、ジョヴァンニが叫ぶ番だった、そして、なりふり構わずに逃げた。
一歩、二歩、三…!
三歩目を踏み出したとき、左足の動きが止まった…いや、留められた。

振り向くと、銀色の糸が何本もブーツに絡みつき、まるで大蛇のような力で足を締め付けていた。

「うわっ!ああ、ああわああああ!」
慌てながらも、何とか『ブレイド』を詠唱し杖を刃にした。糸を切断しようと足掻くが、糸は鋼のように硬い上、切っても切っても再生し、足へと絡みつく。
そうこうしているうちに糸は太く絡まり、荒縄のように…そして蛇のように足を登ろうとした。

「ちくしょおおおおっ!」
ギースは雄叫びを上げて、自分の足を切断した。
千分の一秒だけ躊躇したが、それ以上はジョヴァンニと同じ最期を辿ることになる、決断は早かった。

すぐさま、『フライ』を詠唱しようと、したが、糸はもう片方の足へと絡みついていた、中を浮いた体が、ぐいぐいと船室へと引きずり込まれようとしている。
「嫌だ!嫌だ!助けて!助けて!」
「往生際が悪いわよ」
船室の中に引きずり込まれると…そこには、暗くて良くわからないが、女の形をした『何か』が居た。
その『何か』は、背中に長剣を背負い、腕から銀色の糸を生やしていた。
着ている服は血に塗れ、所々を切り裂かれたローブは、もはや服としての機能を成していない。

「ひっ…」
「聞きたいことがあるわ…貴方の依頼主についてね」
「ひっ、ひっ、ひ…」

ギースの頭が急速に冷めていく。
目の前の『何か』は、化け物のような力を持っていても、見た目は『女』だった。
こいつは女だ!どんな化け物であっても、女に違いない!そう自分に言い聞かせて、気を落ち着かせる。
「な、なななななんでもしゃしゃしゃ喋る、だかかかから助けてててててくへ!」
「そう、じゃあ場所を移しましょう?ここじゃあ目立つわ…」

ギースは、必死で声を震わせた、恐怖で震わせるのではなく、詠唱を誤魔化すために声を震わせた。
「(ウル)わわわか(カーノ)った!(ジエー…)ひ、は、おれは(……)」

ぴくりと女の眉が上がる、詠唱に気づかれた?だが俺の方が早い!
「うおおおおおっ!」
杖の先端から、ありったけの精神力を込めた炎が迸る。
炎は、自分の足をも焦がしてしまうだろうが、そんなことはどうでもいい。
とにかく今は逃げるために、生き延びるために、こいつを焼き殺さなければならない。
「うおああああああ!」

叫んだ、そして、力を振り絞った。

だが、その悪あがきは、女が背負っていた長剣によって切り裂かれた。
ごぉうという風の巻き上がる音を立てて、炎が消える。
女は長剣を…片刃の長剣を、ギースの顔に突きつけていた。
「…ひどい炎ね、人質も一緒に焼く気?」

その言葉と共に、剣が首へと差し込まれ…ギースの首は胴体と永遠の別れを告げた。



女は…、いや、ルイズはデルフリンガーを手にしたまま、人質となっていた生徒を抱きかかえる。
そして甲板の縁に立ち、高さを知るために下を見下ろした。
「まずいわね、私、レビテーションも使えないのに…」
すでに高度は百メイルに近い、自分が飛び降りる分には問題ないが、生徒を無事に下ろすことはできない。
ルイズは、後ろめたさからデルフリンガーに話しかけるのを躊躇ったが、生徒の命を助けるためには仕方ないと自分に言い聞かせ、静かに話しかけた。
「…デルフ。私の杖は確か『風のタクト』って言うんでしょう?これを使えば平民でも空を飛べるって言ったわよね、使い方を知らない?」
デルフリンガーは拍子抜けするほどいつもの調子で、かちゃかちゃと鍔を鳴らして答える。
『あー、どうっだったかなー。えーと…そうそう、イミテーションの宝石を回すんだ』
「イミテーション?……ああ、これ」
ルイズはデルフリンガーを口にくわえ、杖のグリップに埋め込まれている宝石を回した。
すると体が軽くなり、ふわり…と浮き始める。
ルイズは宝石を元に戻すと、甲板から地面に向かって飛び降りた。

空中で一度、二度と杖の中に仕込まれている『風石』を発動させ、落下速度を殺していく。

数秒後、どすん、と音を立てて地面に着地した。
衝撃はそれほど強くない…人質となっていた生徒も大丈夫だろう。

ルイズは生徒を適当なところに寝かせ、足かせを引きちぎった。
ちらりと脇を見ると……フリゲート艦で待機していたゾンビメイジの『残骸』が目に入る。
アンドバリの指輪の力でも再生できぬよう、三十六分割されたそれは、文字通りの残骸であった。

目が覚めたときこれを見つけたら、また気絶してしまうだろう…そう考えて、ルイズはクスッと笑みを漏らした。

「!…近づいてくるわね」
遠くから聞こえてきた音に、ルイズは敏感に反応する。
耳を地面に当てると、馬の蹄の音と、人の足音が聞こえてくる…間もなくこの生徒も発見されるだろう。
ルイズはデルフリンガーを鞘に収めると、木々の間をすり抜けて、その場から離れていった。



◆◆◆◆◆◆



「厄介ね!」
キュルケはそう叫びながら、宙に浮いた炎の弾を操り、ゾンビメイジの『マジック・アロー』を相殺していく。
シエスタから『波紋』を注ぎ込まれたキュルケは、一時的に精神が研ぎ澄まされているが、それでもコルベールの技を真似することは出来なかった。
コルベールが巨大な蛇状の炎を操るのに比べ、キュルケは直径50サント程の火球を一個操るのがやっと。

アニエスと戦っていたメイジが、炎で焼かれた腕を再生できないことから、ゾンビの弱点が炎であることは理解できた。
水系統の力で動いている以上、水分が必要だと証明されたのだが、それはかえってアンドバリの指輪が持つ人知を超えた力を見せつけているようでもあった。
「ほんとに!厄介、ねっ!」
キュルケの相手は、風系統の高位のメイジらしい、風の障壁を貼りつつ『マジック・アロー』を飛ばしてくるのだ。
キュルケの炎では障壁を越えにくい、超えたとしても、多少の炎ではゾンビを行動不能にできない。

タバサは、オールド・オスマンを連れて待避している。
オスマンの波紋は、リサリサの直系であるシエスタに比べて、はるかに弱い。
メイジの足止めをしたのが一回、ロフトの教師用テーブルを投げ落とす際に肉体を強化したのが二回……それだけでオスマンの呼吸は乱れ始めていた。

そのため、タバサに頼んでオスマンと怪我人を下がらせたのだが…アニエスとキュルケだけでゾンビを相手するのは辛い。



キュルケが攻めあぐねている時、アニエスは激しい鍔迫り合いを繰り広げていた。
ゾンビは杖を燃やされたので、胸に突き刺さっている剣を引き抜いて使っている。

…アニエスの旗色が悪い。

「く!……なんて馬鹿力だっ」
吸血鬼ほどデタラメではないが、ゾンビは人間が備えているリミッターの外れた状態で戦っている。如何に歴戦のアニエスでも限界がある。
「アニエスさん!」

と、背後から誰かが叫んだ。
アニエスはその声が誰なのか解らなかった、ゾンビの剣に絡まったツタを見て…そしてツタに流れる『ライトニング・クラウド』のような閃光を見て、それが『魔法とは違う何か』だと直感的に理解した。

「山 吹 色 の 波 紋 疾 走 !」

シエスタが放った波紋は、剣を握る手に麻痺を起こさせた、その隙にアニエスがゾンビの体を蹴って距離を取る。

ゾンビは、剣を落とし…ふらり、ふらりとした足で少しずつ後ろに下がっていった。

「アニエスさん、大丈夫ですか!」
「礼は言う!だが非戦闘員は下がっていろ!」
「そういうわけには行きません!」
シエスタは半身に構えて両腕を前に出し、腕に絡めたツタを垂らす。
アニエスは何か言おうとしたが…そんな余裕がないと気付き、無言で剣を構えなおした。
だが、ゾンビは襲いかかってくる気配もない。
それどころか、自分の手を見て、周囲を見渡して……まるで迷子の子供のような顔をしてあたりを見回している。

「…様子が変だ」
アニエスが呟いた、その時。

「う、うおおおおおおっ!」
ゾンビが、キュルケが相手しているゾンビに向かって体当たりをした。
ごろん、と床に倒れ込むと、もがくゾンビを取り押さえて、叫ぶ。
「燃やせーっ!早く!俺ごと、やれーっ!」

キュルケはその言葉に、一瞬だけ躊躇いを見せた。
だが、それは本塔に一瞬のこと…杖を二人のゾンビに向かって振り下ろす。

ごうごうと音を立てて二人のゾンビが燃えていく、あたりに焦げ臭い、人間の焼ける嫌な臭いが立ちこめていく……しかし、誰もその場から離れようとしなかった。
皆、じっと燃えていく様子を見つめていた。



しばらくすると、炎が消えて、黒こげになったゾンビ二体が床に残る。
「…………」
もう、どちらがどっちなのか判別できないが、片方のゾンビが声にならぬ声を呟いていた。

皆、自然と耳を澄まし、その言葉を聞いた。
「と りす て いん の   とも   よ     しょう き に も どし て くれた   あ り  が    と……」


その言葉を聞いて…キュルケとは、床に膝をついた。
アニエスは祈るように両手を重ね、握りしめる。

シエスタは、水の精霊に会い、リサリサの記憶の一部を受け継いだことを思い出していた。
曖昧な記憶なので、はっきりと思い出すことは出来なかったが、正気を取り戻したゾンビを見て、ある一つの記憶が鮮明になった。


曰く『波紋は精霊に干渉できる』


◆◆◆◆◆◆


人質となっていた少女が衛兵に発見され、魔法学院に運ばれたのを確認してから、ルイズはトリスタニアへと足を向けた。
兵士達の会話の中から、魔法学院に潜んでいた賊が殲滅されたことを知ったので、もはや自分の用は無いと判断したのだ。

ルイズは、いつものように街道を避け、街道沿いの林の中を歩いていた。

「ねえ、デルフ」
『ん?』
デルフがいつものように背中から返事をする。その声はいつもと変わらなくて…変わらなすぎて、かえってルイズを不安にさせた。
「あなた、心を読めるんでしょう」
『前にも言ったけど、多少ならなあ』
「私の心、読んだ?」
『………あー、もしかして、見ず知らずの親子を殺したのを気にしてるのか?』

ルイズが、足を止めた。

背中の鞘からデルフリンガーを引き抜き、銀色に輝く刀身を見つめる。

「…軽蔑した?」
『いんや、別に』
驚くほど軽く、デルフリンガーが呟く。
それでは納得できないのか、ルイズはその場に座り込んで、足下にデルフリンガーを突き刺した。

「どうしてよ、だって、貴方は、武器屋で見つけたとき、私をずいぶん嫌ってたじゃない」
『いや、そうだけどさあ……』

デルフリンガーは言いにくそうに、鍔をカチャカチャと数度鳴らして…ぽつぽつと語り出した。

『俺っちは剣だ。悪いものばかりじゃなくて、いろんな奴に使われて人間も沢山切ってきた。おれは誰に使われるかを選べねー。
でもよう、嬢ちゃんはずっと後悔しっぱなしじゃねーか。俺っちは元から剣として生まれたから、自分じゃ戦うのは嫌だなーと思ってるけど、人を切るのに抵抗もないんだわ。
嬢ちゃんはずっと我慢してるじゃねーか。できるだけ相手を選んで殺してるし、希に我慢できなくなるのも仕方ねーと思うよ。
それに俺、嬢ちゃんはもっと食欲に流されると思ってたんだぜ。でも人間を襲わないようにすげー努力してるのは解る。
親子のことは可愛そうだと思うけどよ、貴族の横暴で似たような死に方してるヤツなんて、数え切れないほど見てきたぜ。
俺はよ、後悔し続けるそんな嬢ちゃんを嫌いになれねえ』


ほんの数分、沈黙が流れた。


ルイズは、そっとデルフリンガーを引き抜くと、その刀身を優しく抱きしめる。
「あんたが、人間だったら良かったのに」
『よせやい』

空を見上げる……月は雲に隠れているが、所々から綺麗な光線が漏れていた。

「この戦争を、終わらせましょう」
誰に言うでもなく…いや、自分に言い聞かせるように呟く。


月を見上げたルイズは、憑き物が落ちたように、穏やかな微笑みを浮かべていた。




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