ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの兄貴-52

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匿名ユーザー

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「UURRRRUUUOOOOOOOOOO!」
その場に聞こえてきた物は、人が出す物ではなく明らかに獣の物。
それも人の命なぞ、簡単に刈り取ってしまう猛獣の如き荒々しさがある。
普通の人間ならば、それだけで逃げ出しそうなものだが
生憎とここに居るのは、常時無反応なタバサと、常時唯我独尊なプロシュートである。

「てめー……仲間は居ねぇって言ったよな?」
メイジに向けそう言ったが、一足先にラリホーと夢の世界へ旅立っているので当然聞こえるはずもない。
であるからには、続け様にゴーレムに捕らえられている男達を見たのだが「ひぃ!」と叫ばれる始末。
彼らの目に映るその姿は、きっとミノタウロスと同じぐらい恐ろしい地獄の処刑人に違いない。

暗がりから、のっそりと巨体が姿を表したのは、子供の体ほどもある大斧を持った人の形。
ただ違うのは、人の頭たる部分に角が生えた紛れもなく雄牛のそれ。
近距離パワー型スタンドと言ってもいい程に人間離れした生物の正体は、いわゆるミノタウロスだ。
思わぬ本物の出現に身構えるタバサとフーケを他所に、乾いた炸裂音が一発その場に鳴ると
ミノタウロスの額に銃弾が当たったが、分厚い皮に阻まれ勢いを無くして地面に落ちた。

「ちッ……やっぱ本物か」
さっき男達が捨てていった拳銃を拾って、ミノタウロスにぶち込んだのだが、魔法すら通さないのだから当然の結果だ。
銃を放り投げるとスタンドを発現させたが、間髪入れずにブッ放した事にさすがのフーケも呆れ気味だ。
「……本物でも偽者でもどっち道、撃ち殺すつもりだったな」
なにせ、いきなり額に弾をぶち込んだのだから、この人攫いのように偽者なら脳漿ブチ撒かれて即死である。
『やっぱ』とか言っているあたり、例え人でも構わないと思っているところが、一般的な常識からズレている証拠だろう。

一歩ミノタウロスが踏み出したが、それをガン無視してプロシュートが指でフーケを呼ぶと、一つ言った。
「オメー、先に戻れ」
「……は?あんた、さっき全員でやるって言ってたじゃないか」
自分勝手なのは今更分かりきった事だが、それでも、いきなりこう言われたのではどういう事か分かるはずもない。
予定通りなら役割は足止めなるはずが、いきなり帰れときたもんだ。
二体目のゴーレムを作ったとはいえ、それぐらいの精神力は残っている。
こいつが、わざわざ一番楽な方法を捨ててまで先に帰すような真似はしないだろうと
今一つ腑に落ちないのだが、もしやこいつ……と、しょーもない理由に気付いたような気がした。

「オメーがガス欠になったら、誰がそれ運ぶんだよ。オレはそいつ背負うぐらいなら今ここで始末するからな」
軽く言ったが、間違いなく本気だ。
そりゃあ、誰だって野郎……それも失禁したヤツなんて触りたくもない。
早い話、そのままゴーレムに運ばせようという魂胆だ。

さっきといい、わたしゃ何時から盗賊から運び屋になったんだー。
と、文句たれそうになったが、まぁ考えてみれば確かにミノタウロス相手に余力を残して戦うというのが無理な話である。
風系統のタバサはもちろんの事、今日スデにゴーレムを二回も作っている自分も
このままゴーレムを長く操る事もできないし、足止めをやるとしてもそれで打ち止めだ。
そーなってくると、人攫い総勢七人を自力で連れ帰らねばならなくなる。
生憎、縛るような物は無いし、下手すれば精神力が切れたとこを攻撃されかねない。
案外、後の事も考えてるのかと少し関心したが、肝心の本人からすれば、純粋に汚ねぇから嫌だというだけでそこまで考えてはいない。
そもそも、手間をかけさせるならマジに一人だけ残して死体にしちまおうかとも考えていたりするわけで、知らぬが仏というのはこの事であろうか。

「分かってんだろーが……」
「はーい、はいはい。分かってるって」
溜息混じりにそう答えたが、この残虐超人に追われる事になるかもしれないなぞ考えたくもなかった。
朝起きたら……年をとっていましたなんてのは、はっきり言って性質の悪いホラーである。
いや、まだグールが襲ってきた方が撃退できるだけマシってやつだろう。

「それじゃあ、わたし達は先に戻りましょうか」
相変わらず縮こまっているジジをゴーレムの肩に乗せ、まだ夢の中のメイジも掴むと村へと動かしたが
途中、ジジがおそるおそるといった様子でフーケに問いかけてきた。
「あ、あの……」
「どうしました?」
今、このやり取りを見て、土くれのフーケだと気付くヤツが居たら是非とも拝みたいものだが
他とのやり取りに多少の差異はあるものの、ロングビルの仮面が剥がれる程ではないし、第一それはジジには関係無い。

「本当に先に戻って大丈夫なんでしょうか……、あんな小さいお方と……」
そこまで言ってジジが息を飲み込むと言葉を止めた。
メイジを手玉に取り、かなり荒い手段だが結果的に助けてもらったとはいえ、残されたもう一人はジジにとっては同じ平民である。
もしかしたら、メイジ殺しなのかもしれないが、ミノタウロス相手に丸腰でどうするのかと心配しているのだ。
「それでしたら、心配する事はありませんよ。一人はガリアの高名な騎士ですし、それに……」
今度はフーケが言葉を止めた。
なんと言っていいか、説明がつかないからだ。
性格は極めて自分勝手で、目的のためなら遠慮なく無関係のヤツをも巻き込み無差別老化とかいう訳の分からない能力を使う裏家業の住人。
これを、そのまま言うのはただの村娘のジジには少しばかり刺激が強い。
んー、と額に指を当てて考えたが、考えるだけ無駄なので適当に誤魔化す事に決めた。

「まぁ、とにかく大丈夫です。それより少し急ぐので落ちないようにしてくださいね」
当初の予定と違い、ガチでやるならば絶対無差別に老化させるはずと踏んだまでだ。
巻き込まれる前に射程外に出ないと、えらい事になりそうなので、少しだけゴーレムの速度を上げた。


遠ざかっているゴーレムを見送ると、再びミノタウロスの姿を見る。
体は灰色で全身筋肉ダルマ。おまけに、でっかい鼻と口から吐き出されている息が夜風に当たり、白く濁っている。
人間基準からすれば規格外もいいところだが、スタンド使いからすれば、まだ辛うじて規格内だ。
当然、分類は近距離パワー型で、得物が斧なあたり射程距離も似たようなものだろう。
したがって、取り乱したりする必要が全くなく、とりあえず破壊力はAだな。と思っているぐらいである。

横目でタバサを見たが、例によって無表情だ。
やる気があるのか、それとも緊張で固まっているのか判断付かないので、一応聞いておくことにした。
「さて、こうなってくると取るべき選択は二つある。①―この場所から速やかにバックレる。②―この牛野郎を始末する。オメーどっちだ?」
「②」
間髪入れずに返してきたあたり、腹は決まっているようだ。
それにしたって、ミノタウロスを始末するつもりが、実は偽者で、その偽者を捕まえ終わったと思ったら、わざわざ本物が出張ってきてこのザマだ。
なんというか、ただでさえ割りに合わなかった物がさらにレイズされて、さらにやる気になれない。

「ったく…追加報酬モンだぜ、こいつは。大体…報酬自体がシケて……いっその事、こいつの皮剥いだら売れねーか?硬いんだろ?」
こんな労働条件下では愚痴の一つや二つこぼしたって罰は当たらない。むしろ、利益は自分で確保しねーとと思うようになってきた。
弾や魔法を通さないんだから、鎧かなんかの材料で金にならねーかと考えてみる。

ただ、普段であれば直をブチ込んで始末するところだが、今回はどうもやる気になれない。
あの牛頭で体温の事に気付くはずはないだろうし、このパワーは脅威だが、射程距離が短いだけに何時でも殺れる。
でも、やっぱりやる気が出ない。ただ、銃とかで撃ち殺せるのならとっくにやっている。
この場合のやる気というのは、老化で始末する気が起きないという事だ。

もちろん、いよいよとなればブチ殺すのだが、あくまで他に手が無くなった時だ。
さて、他の手だが老化抜きとなるとグレイトフル・デッドで力一杯ブン殴るぐらいしか無い。
破壊力Bであの筋肉ダルマにダメージを与えるのも面倒だし、かといって銃弾が通らないって事は刃物も通らねーだろうし
どーしたもんかと考えたが、そもそもこの横の青粒がやると言った仕事だ。
足場と視界の悪さが消えた現状、どこまでやれるか分からんが予定通りに任せてみるのがよさそうだ。

しかし、それは建前。
実際のところ、老化させたら皮なんぞボロボロになって金になんねーしなー。とか、割と本気で売る事を考えていたりもする。
現状、金には困っていないが、金なんて代物は手に入れられている時に手に入れておかねば必ず底を尽く。
手に入れられるか分からない明日の十万より確実に手に入る今日の一万を選ぶ。
少し貧乏臭いが、それが厳しい現実を生きてきた暗殺チーム故の考え方だった。

「それじゃあ、オレはそこで見物してっから仲良く殺ってくれ。マジに死にそーになったら手ぇぐらいは貸してやるが、一発でミンチになんなよ」
手を借りたいっていうのであれば、向こうから言うだろうし、言わないでくたばったら、それはそれで向こうの勝手だ。
欠伸を噛み殺しつつ言うと、適当な木に背中でも預けようと後ろを向いたが、一つ溜息を吐くと後ろへと振り向いた。

「牛公が……お前の相手はあっちだろーが」
ミノタウロスがメンドクセー事に大きく振り上げた斧をタバサではなくこっちに向けている。
一応スタンドの目で(どれで見ているかは本人もよく知らない)後ろは見ていたが
人がせっかく譲ってやろうという獲物を放置してこっちに向かってこられるのも少しばかり気に入らない。
まぁ、牛頭の考える事などいくら考えたところで理解できないだろうし、理解する気もない。

とにかく、こっちとしては相手する気は無かったが、このまま放置して掻っ捌かれるというわけにもいかず
振り向くと同時にスタンドを割り込ませたが、グレイトフル・デッドの腕がミノタウロスの腕に触れると同時にプロシュートが顔をしかめた。

グレイトフル・デッドの腕を割り込ませ大斧を反らそうとしたが、想像以上に重い。
そのまま腕を弾き飛ばして避けるつもりが、予想より動かず力任せに振り下ろされてきている。
老化にエネルギーを使っているとはいえ、それなりの格闘戦能力を有し
こちらから干渉しているとはいえ、本来干渉されないはずの実体相手に明らかにパワー負けしている。
精々オーク鬼より多少強い程度と思っていただけにナマモノ相手にこうなるのは予想外だ。

「ヤッベ……!」
咄嗟に体を捻ると、さっきまで右肩があった場所を半端ない速度で大斧が通っていった。

(このパワー……スティッキィ・フィンガースどころじゃあねぇな……)

抉れた地面を見たが、体を捻るのが少し遅れていれば、間違いなく腕を一本もっていかれているところだった。
スティッキィ・フィンガースに一度切り離されかけたものの、射程距離外に出たせいかよく分からんが
とにかく、せっかくくっついていたモンを、また無駄に飛ばされたりしたのでは洒落にもならない。

近距離パワー型にもステイッキィ・フィンガースやパープルヘイズのように、拳を食らえば決着ゥ!のような能力を持つタイプが多いので
それに対応する為の癖もあってか受けてガードせず割り込ませて反らしたのだが、それも幸いした。
下手に受けていれば腕どころか、綺麗に真っ二つたったはずだ。

「やってくれるじゃあねぇか……牛公が、上等だ」
「不注意」
「ルセーぞ」
悪態を吐く横からタバサが突っ込んできたが、それに関しては返す言葉は無い。
どうやら殺し合いで余計な色気出すとろくな結果にならないというのは、どこの世界でも同じらしい。

最近そういう戦いを全くしていなかったので余計な考えが混ざるようになったのかもしれない。
こっちではワルドとやったのが最後でそれ以来ご無沙汰だ。
メンヌヴィルは、ギャング的に考えるならそれに値しない。
当の本人が油断しきっていてくれていたというのもあるし、なにより楽しんでいたというのが問題外だった。
その点、このミノタウロスはそういう余計な事を考えずに、本能だけの漆黒の意思だけで殺しにかかってきている。

もっとも、獣みたいにストレートに殺意をぶつけてくれた方がスタンド使いのように影から狙ってくるより余程有難い。
そもそも、色気を無駄に出すから、ヘンに曲がった所で殺し合うのが人間という生き物だ。
やはり世の中一番怖いのは人間である。

例えば、相手を小さくして蜘蛛の入ったビンに詰めるヤツとか、鏡の中に引っ張り込んで一方的に攻撃するヤツとか
息子を寄生させて栄養源にさせるヤツとか、鉄分操作して体の中からカミソリやハサミをブチ撒けさせるヤツとか数え上げたらキリが無い。
マジ、どいつもこいつもろくでもねー野郎ばっかだな。とか今更ながら呆れてきたが
何処かの誰かの『お前が言うな、お前が!』とかの抗議は、これまたどこかの風邪っぴきのような自虐などという高尚な趣味なぞ持ち合わせていないため全力でスルーだ。

とにかく、売られた喧嘩は買わねばならないし、貰った物はきっちり利子付けて返すというのが礼儀というものだ。
改めてミノタウロスを見たが、地面にめり込んだ斧を引き抜くと、何が起こったのか理解し難いような様子で斧の柄を見ている。
渾身の力を込めて放った一撃が、僅かだが勝手に逸れたのだから獣なりに理解できないというところか。

「死にたくなけりゃあ、今のうちに氷作っとけよ」
特に氷が必要な状況でもないのだが、あの牛相手に動き回って体温が上がれば老化する。

正直なところ、あの筋肉ダルマを正面から相手するのはスタンドを以ってしてもヤバイ。ディ・モールトヤバイ。
攻撃が決まれば決着が付くという点では、ミノタウロスもプロシュートも同じだが、他の二つ。
つまり、防御力と速度は向こうの方が圧倒的に上回っている。

スタンドで防御して紙一重というザマだ。
下手すりゃホワイト・アルバムの装甲でも耐え切れるかどうか分かったもんではない。(もちろん、その前に凍らせるだろうと思っているが)

老化で弱らせていくにしても、能力者本人としては関係無いし影響も受けないのだが問題はミノタウロスがタバサを狙ってくればどうかという事になる。

付かず離れずの距離で動き回らせ、少しづつだが確実に老化させ十分なところで直を叩き込む。
その過程で、タバサの方が先に老化して動きが鈍ったところにあの大斧が飛んできたら、さすがに拙い。

防御するにしても、前にワルドに食らった風の塊程度で、あの筋肉の塊が吹き飛ぶはずはないし、ダメージには繋がりはしない。
タバサぐらい小さければ避けに徹すればそうそう当たらないだろうが、そうなってくるとどちらが不利かは一目瞭然だろう。

喩えるなら、ミノタウロスが人間でタバサが蚊というところだ。
蚊がいくら人の血を吸おうと、直接的なダメージにはならず
対して、人間は多少梃子摺る事はあるだろうが、蠅如きは一撃で叩き落せる。

もちろん、そこまでタバサを過小評価しているわけでもないが、実際のところ実戦闘を見たわけでもないので、どの程度なのか今一つ把握できていないのだ。
そういう意味では良い機会かもしれないが、一発貰えば再起不能を通り越して名前の横に『――死亡』とかが付いてしまう。

なにせ、将来的な観点からすれば、かなりの大口のクライアントである。
パッショーネという看板を背負っていた頃は、報酬はともかくとして仕事はあったが、こっちではそんなツテなど全く無い。
悪い意味で古い世界だけに、裏の組織とかも探せばあるだろうが、そんな所に属しても前の二の舞だ。
色々条件は付くが、王位を追われた元王女という肩書きのタバサに乗った方が、何十倍かはマシだろう。

一瞬のうちに、七割の打算と三割の妥協が混じった考えを終わらせると指をゴキリと鳴らすと
それと連動してグレイトフル・デッドも片腕を中に上げ、その鉤爪のような指を動かした。
後は、久々に老化ガスを垂れ流すだけだ。
錆び付いてなけりゃあいいがな。と、少し思わないでもないが、精神力の具現なのでたぶん大丈夫だ。

さて、準備はできたかとタバサを見たが、思わずその青い頭をグレイトフル・デッドの手で思いっきり掴んで持ち上げたくなった。
そうしなかったのは、そんな事やってる場合じゃないからだろう。

「言ったよな?氷作れってよ。話聞いてねぇってのが最もムカつくって知ってんのか?お前は」
もう、どこまでそのポーカーフェイスが保てるか、笑顔で一時間ぐらいアイアンクローを叩き込みたい。
なにせ、わざわざ氷作れつってんのに、何もしてなかったんだからそう思いたくもなる。
ギアッチョみたいに気が短い方でもないが、長い方でもないのだ。

そろそろ額のあたりに血管の一本や二本浮き出てきてもおかしくなくなってきたがタバサは一向に動じず近づいてきた。
見る人が見れば、脱兎の如く逃げ出すであろう状況下でも平然としているあたり、やはり大したタマである。

「わたし一人で大丈夫」
杖を握り締めながらタバサが言ったが、プロシュートは、なに寝惚けた事言ってんだ、というような顔をしている。
「まさかだろ?こいつはお前じゃあ無理だ。実力以前に相性が……チッ!」

言い終える前に二人が逆方向に飛んだ。
二人が飛んだ瞬間、轟ッ!という音と共にあの大斧が振り下ろされてきた。

「……悪りぃんだよ!」
獣に空気読めと言ったところで無駄だろうが、全くどいつもこいつも勝手ばかりしてくれる。
なんだか煙草でも欲しくなってきたが、もうストックは使い切って補充もきかない。
この際、安煙草だろうが葉巻だろうがニコチンが補充できれば何でもいい。
麻薬こそやらないが、世の禁煙の流れなぞクソ食らえだ。

肝心のミノタウロスの攻撃速度は大降りで、スティッキィ・フィンガースの拳には劣るものの、破壊力がケタ外れで避けるしか方法が無いというのがまた厄介だ。
日本には、『当たらなければどうという事はない』という諺があるらしいが、逆に言えば当たればヤバイという事の裏返しである。
それが分かっているから、さっさと老化ぶち込んでケリ付けちまおうとしているのに、片意地張ってるのか知らないが大丈夫だときた。
攻撃が効くならともかく、精々足止めぐらいしか手段を持たないタバサが出張ってもあまり役には立たない。
だから、ちと強情なタバサに対して皮肉が混じった文句が出た。

「なにが大丈夫だ?避けるだけで手一杯じゃねーかよ」
言いながらも視線はミノタウロスからは外さない。
獣の本能に満たされた目を赤く光らせ、涎を垂らしながら深々と刃先が地面に埋まった大斧を地面から引き抜いている。
そのミノタウロスの向こう側から、タバサの少しばかり感情の篭った感じの声が聞こえてきた。

「これは確かに危機でもあるけど好機でもある。
  このミノタウロスを倒す事ができれば、自分の手で仇が討てる確率が上がる」
「…ったく……勝手にやってろ」
ここまで言って聞かないなら、何を言っても無駄だ。
その上でくたばってもそう選んだのだから関知するところではない。
激流に身を任せたような声を出すと、その返礼として呪文が返ってきた。

「ラグース・イス……」
タバサが持つ魔法の中では、単体に対しては特に大きな攻撃力を持つ魔法『ジャベリン』だ。
精神力を集中させ、詠唱を完成させようとしていたが、ミノタウロスとて獣とはいえ馬鹿ではない。
いや、獣だからこそ本能で危機を察知する能力には優れている。

「ヴォォオオオオオオオッ!」
ミノタウロスの咆哮で、周辺の空気が揺れたと同時に、大斧をタバサへと振り下ろすべく突進を始めた。
「イーサ………ッ!」
一直線に突っ込んでくるミノタウロスを目にしてタバサの顔色が一瞬変わり
瞬時にどう対応すべきかと選択肢を選ぶことを余儀なくされ呪文を詠唱するどころではなくなった。

ミノタウロスが取った行動は獣らしく実にシンプルッ!
魔法が放たれる前に仕留めてしまえばいいという簡潔極まりない、まさに本能の塊とでもいうべき行動だった。
もちろん、それだけではなく、万が一魔法が放たれても並大抵の魔法なら己のブ厚い皮膚で止められるという確固たる自信もあるはずだ。

体格差からすれば、爆走する機関車にも等しい。
これを止める事ができるのは、全てが静止する世界を創り出す事ができるギアッチョぐらいのものだろう。
タバサもジャベリンは放たずに避けるだけで精一杯だ。
放とうと思えば放てるが、それより前に頭の中であらゆる可能性をシュミレートしている。

仮にジャベリンを放ったとして、あのブ厚い皮膚に阻まれば精神力の無駄遣いになるし
なにより、ミノタウロスが距離を離すまいと大斧を振りながら間合いを詰めてきている。

当たればタバサの華奢な体など一撃で粉々にできそうな、人の身では決して叶わぬ圧倒的な筋肉の暴力。
君がッ!死ぬまでッ!斧を振るのを止めないッ!と言わんばかりの無尽蔵かとも言えるスタミナ。
相手を殺し喰らうという、純粋なまでの漆黒の殺意。

襲い掛かる大斧を避け続けながら、このミノタウロスをそう評価したが、額を汗が伝う。
攻撃するにしろ、このまま避けるにしろ、今のままではタバサには打つ手が全く無い。
逃げるという事を頭をよぎったが、それはまだだ。
だが、考える時間が欲しい。三分、いや一分でもいい。
予想していたより遥かに強靭なミノタウロスを突き崩す事のできる方法を考えるだけの時間が。

そんな思いなぞ知らぬミノタウロスが何度目かの大斧を振り降ろそうとした時、重い音が届くと同時にその巨体が傾く。
突如として起こった異変にタバサも動きを止めると、視線の先には上着を脱いだプロシュートが立っていた

「ブルァァァァアアアア!」
後ろからの不意打ちによって、ミノタウロスが叫び声を上げたが、プロシュートとてそれで仕留めたとは毛頭思っていない。
無防備な脇腹に拳を叩き込んだのだが、返ってきたのはブ厚いゴムでも殴ったかのような手応えだった。
なんというか、生物を殴ったような感覚が全くない。
大抵のモノならそのまま殴り抜けれるが、手を抜いていれば弾き返されていたかもしれない。

「クソ…ッ!硬ってぇな……」
予想はしていたが、実際殴ってみるとバケモンだなと、まざまざと思い知らされる。
破壊力Bとはいえ、列車に備え付けられている固定された備品(椅子や運転室のパーツ)程度なら余裕で破壊できるグレイトフル・デッドである。
それのフルパワーで殴ったのに全く手応えがないのだから、紛れもないバケモノというやつだ。

ホワイト・アルバム相手にするのとどっちが厄介かと天秤にかけたが、今のところ針は拮抗状態というところか。
それでも、無防備なところを付いたおかげで、その巨体が傾むいただけマシだ。
派手に音を立ててミノタウロスが倒れていったが、ダメージが皆無なのは殴った本人が一番承知している。

「三……いや五分老化抜きで稼いでやる。その間に始末しろよ」
老化抜きで、あのミタウロスを相手できるリミットは多くて五分。
それ以上はスタンドパワー以前に本体の体力が持つかどうか分からず、老化を使うしかなくなる。

「どうして?」
タバサが短く言ったが、何故老化抜きでやる気になったのかという問いが含まれている。
今のが殴るのではなく、直触りを決めていれば決着は付いていたのだからそう思うのも無理は無い。
珍しく腑に落ちない様子のタバサを見て、プロシュートが少しだけ笑みを浮かべると、だが、あくまで真剣な声で言った。
「オメーが勝手にやんのなら、オレも勝手にやらせて貰うだけだ。
 だが、ハッキリと言っておくぜ。この間に『成長』できなけりゃあ、お前が仇を討とうなんてこたぁ到底不可能だ!」
例え無茶な任務でも、血反吐吐くような思いをしながら任務をこなしてきたのが暗殺チームだ。
否が応でも、成長しなければ(スタンド能力的にも、精神的にも)ボスを暗殺する事などできはしないという事は誰よりもよく知っている。
目標が組織のトップという同系統の相手だけに、面倒な事に付き合ってやる気になったのだ。

「LSSON3。無敵のスタンド能力なんざねぇ。無敵に見えても穴の一つは二つは絶対にある!あの牛も同じだ、気合入れろよ~」
ホワイト・アルバムにもマン・イン・ザ・ミラーにも形こそ違うが不得手な部分や穴はある。
自分のスタンドを無敵などと言うヤツは、大抵自信過剰が仇になって自滅するようなヤツが多い。
汎用性の低い能力なら、なおさら不得意な部分は把握しておく必要がある。
そうすれば、相性が最悪な相手に出会っても、少なくともいきなり突っ込むという事は無い。

「ヴルァァォオオオオオオッ!」
のっそりと巨体を起こしながら、ミタノウロスが天に向け咆哮する。
振動によってリビリと空気が揺れたが、タバサが小さく何か呟いたような気がした。
「……りが…う」
元々、声のボリュームが小さい事と、ミノタウロスの叫びによって聞こえなかったが、そんな事気にしている余裕は無い。
「五分だ。その間にオメーの氷をブチ込め!いいな!」
プロシュートがそう言うと、タバサも杖を構えた。そして、それを見てプロシュートも構える。
ただし、構える物は武器や杖でもなく、人の精神の具現化。傍に立つもの。又は立ち向かうもの。
数あるスタンド能力の中でも異形と言うに相応しい姿が、その全身を出現させ
その足代わりの手を付くと、跡を浮き出させるかのように地面に穴が開き、見えざるものがその場に現れた事を告げた。

「ザ・グレイトフル・デッド!」

←To Be Continued

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