ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-30

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匿名ユーザー

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傅いたまま息絶えた忠臣の傍らに寄り添うようにイザベラが膝をつく。
彼女の祈りを捧げる声がその場に静かに流れた。
それを邪魔しないように背後まで歩み寄ると騎士は告げた。

「申し訳ありませんが、あまり時間がないものでしてね」
「お祈りぐらいはいいだろ!」

振り返ったイザベラがキッと騎士の顔を睨む。
このような状況下にあろうとも気丈な立ち振る舞いは変わらない。
しかし、その目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
恐怖からではない。それならば人質にされた時に泣いていた。
真っ向から自分を見据える彼女の曇りなき眼差し。
だが、それに何ら心動かされることなく騎士は更に近付く。

彼の手がイザベラへと届く直前だった。
慌てたように部下の一人が駆け出し、彼の耳に何事かを伝える。
それを聞いて彼はイザベラから視線を外す。
目を向けた先には苦しげな吐息を洩らす自分の部下。
その足元は流れたばかりの血で赤く染まっている。

「ここはお願いします」

事態を把握した騎士がイザベラの監視を残してその場を離れる。
監視が向き直ると、彼女は背を向けて祈りを続行していた。
たかが騎士一人死んだ程度で騒ぎ立てるほどの事ではない。
状況が理解出来てないのか、それとも逃げられないと諦めているのか。
どちらにせよ警戒すべき相手ではないと彼は監視を緩めた。
無害なイザベラよりも彼は仲間の安否を気に留めていた。
その無力な彼女が祈りを捧げながら自分の動向を探っていた事にも気付かずに。


(今に見てな、おまえらはここで終わりさ)
言葉は祈りを紡ぎながら頭脳は冷静に機を窺う。
折り畳まれた指、その手の中には小さな筒が隠されていた。
それは衛兵が用いる警笛の類に似ていた。
一部の花壇騎士は魔法を使えない状況に陥った際、
仲間に非常事態を知らせる他の方法を幾つか保有していた。
この笛もその一つ。自分の位置と緊急を知らせる物。
他人はおろか他の団員にも知られぬよう衣服に仕込んである。
ガリア王国でもその存在を知っている人間は数えるほどしかいない。
何しろイザベラとて偶然それを発見しなければ知らなかった。

彼女が幼少の頃、実力試験と称してシャルロットと二人で彼を襲撃した事があった。
抵抗も出来ず、成すがままにされるカステルモールの袖口から落ちる笛。
それをイザベラは拾い上げ、何の疑問も持たずに笛を吹いた。
途端、リュティス中の花壇騎士団がプチ・トロワに集結する大騒ぎとなったのだ。
幸いにしてジョゼフの機転により抜き打ちの非常訓練という事になり、
カステルモールは処分を免れたのだが以降、彼とイザベラの関係は悪化の一途を辿る。

これを吹けば即座に東薔薇花壇騎士団は集結するだろう。
だけど、それだけでは不足だ。
さっきのように人質に取られたら意味がない。
敵の混乱に乗じて逃走しなければならない。
その最大の障害だったリーダーらしき男は離れた。
代わりに付いた監視役は完全に緩みきっていた。
しかも、他の連中もそっちの方向に顔を向けている。
これだけの条件が揃うなんて本当に武運があったのかもしれない。
イザベラも彼らと同様にそちらへと視線を向ける。
笛を吹き、逃げ出す一瞬の隙を逃さぬように。


「具合はどうですか?」
「出血は酷いですが臓器は無傷です。
戻って手当てをすればまだ助かる見込みは……」

騎士の問いに怪我人に付き添う部下が答える。
しかし、それは言葉の途中で遮られた。
会話する二人を制するように腕が差し込まれる。
痛みに顔を曇らせながら彼は手を伸ばす。

「この傷では、皆の足手まといになります。
自分の身体のことは自分が一番分かりますからね」

見上げる男と騎士の視線が交わる。
目を背けることなく見返す彼に、騎士は決意の重さを感じ取っていた。
落ちていた彼の杖を拾い、その手に握らせる。
そして抑揚のない声で事務的に彼に尋ねた。

「自分で始末はつけられるか?」
「……出来ればお願いします」

そう呟いて彼は自分の首に下げた聖具を取り出した。
分かった、とただ一言呟いて騎士は杖を彼へと向けた。
紡がれる詠唱と祈りの言葉が重なり合って響く。
イザベラの祈祷に耳を傾けながら男は口を開いた。
その手の中にある聖具をぎゅっと確かめるように握り締める。
まるで己の中の信仰を確認するかの如く。

「隊長。私には何が正しいのか分かりません。
今まで信じてきた始祖の教えが間違っているとは思えません。
ですが、私にはあのお方が邪悪な存在には見えないのです」

そして、口にこそ出さなかったこの作戦にも疑問はあった。
罪もない少年少女を虐殺し、無関係な人間まで巻き込む非道に。
だが、それを言えば隊の全員の士気に関わると口を噤んだのだ。
迷いを浮かべる部下の顔に、隊長も彼の心中を理解した。
それでも彼は部下の告白に耳を傾ける事しかできなかった。
その苦悩を分かっていながらも、疑問に対する答えなど持ち合わせていない。

やがて答えが返ってこないと知り、男は無理な質問だったと自戒する。
座った姿勢で空を仰ぐ。空の代わりに目に映るのは濃密な霧のカーテン。
その姿に彼は自分達の故郷『白の国』アルビオンを重ねる。
そこには帰還を待つ国王陛下と王妃殿下、そしてティファニア様がいるのだ。

「もし私が死んだと知れば、あのお方は悲しまれるのでしょうか」
「ああ、誰よりもお優しい方だ。きっとお嘆きになるだろう」
「……そうですか。それが唯一の心残りですが」

隊長の言葉に俯いた一瞬、彼の間近で鮮烈な光が走った。
杖の先から放たれた炎が瞬く間に男の身体に広がっていく。
己の手で始末した部下の最期を見届けながら、
騎士は彼が間際に浮かべた笑顔と言葉を反芻する。

『悲しませたくないのに何故でしょうか、
あの方の心の片隅に残れる事が嬉しくて仕方ないのです』


燃え盛る襲撃者の姿にイザベラは凍りついた。
平然とまだ生きている自分の部下に手をかける冷徹。
そして目の前で焼き殺される人間の姿が衝撃と共に焼き付けられる。

直後、イザベラは自分の唇を噛み切った。
彼女の唇よりも鮮やかな赤い色が滴り落ちる。
その痛みで彼女は失いかけた自分を引き戻した。
自分の逡巡で死なせた花壇騎士の姿を思い返す。
もう二度と判断を誤ったりはしない。

これは好機だ。
誰もが炎に目を奪われている今こそチャンス。
高鳴る心臓を抑えて、大きく息を吸い込んで止める。
続いて組んだ手の中に隠した笛へと口を近づける。
突然、何もない所で甲高い音が鳴り響けば、人は一瞬動きを止める。
そしたら一か八か、霧の中へと飛び込んで後は全力で走り抜ける。
そのまま敵を撒けるかどうかは賭けだが、
追撃を恐れて撤退する可能性も十分に有り得る。

希望的観測を抱き、笛の先端を口に当てる。
その瞬間、イザベラの背筋に冷たい感触が走った。
彼女はその感覚に覚えがあった、それもついさっきだ。

我に返った瞬間、彼女の目前には擦り切れ褪せた革靴が迫ってきていた。
パンと乾いた音がして組んだ彼女の両手が弾かれる。
同時に手の内に隠した笛が跳ね飛び宙を舞う。
何が起きたのかを考える前にイザベラは立ち上がり必死に手を伸ばす。
杖も駒もない状況で、彼女に残された生命線はその笛だけだった。
しかし、無常にも笛は彼女の頭上で別の誰かの手に収まる。
見上げた視線の先、そこにある男の顔がイザベラの目に飛び込んだ。

「懐かしいな。まだ花壇騎士団じゃあ、こんなの使ってるのか?」

獰猛な笑みを浮かべながら男が見下ろす。
それは騒動が始まる前に自分を睨みつけた男。
ようやく思い出した。わたしはコイツを知っている。
かつてガリアに仕えていた元・北花壇騎士。
そして東薔薇花壇騎士を惨殺した咎で追放された凶状持ち。
彼の名前を呼ぼうとした瞬間、イザベラの鳩尾に鈍痛が走った。
そこには深々と突き刺さるセレスタンの拳。

(ちくしょう……!)
薄らいでいく意識の中、彼女はこの恨みをどうやって晴らしてやるか、
それだけを考えてイザベラは深い闇の中へと落ちていった……。


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