ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-27

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匿名ユーザー

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むう、と私は額に皺を寄せて言葉を詰まらせた。
玉座に腰掛けて足をぷらぷらと揺らす小さな主の問いかけは、
私の人生においてこの上ない難問だった。
年端もいかぬ少女に虚言を弄するのは容易いだろう。
されど、それは騎士としての誇りが許さない。
相手が純真無垢であるが故に、答えもまた赤心からでなくてはならない。
無粋な駆け引きや言葉遊びなどで誤魔化すのは自分の忠誠を偽るに等しい。
いつまでも返答を躊躇う私に我が主は苛立ちはじめた。
トントンと指先で肘掛を叩きながら足を大きく前後に振る。
愛らしい額には青筋さえ浮かんで見える。
意を決して私は口を開いた。

「残念ですが私は陛下とシャルル様、ジョゼフ様、
そしてシャルロット様にもお仕えする身。
イザベラ様お一人の騎士となる訳にはまいりません」

それが主人の問いに対する私の偽わざる本心だった。
その答えが主の不評を買うのは目に見えていた。
罵倒されるのも覚悟の上で私はその場に控える。

「なら何の問題もないわ」

だが彼女は笑った、それはそれはとても楽しげに。
慇懃に振舞うのも忘れて私は主に真意を尋ねた。
困惑する私の態度が面白かったのか、彼女はクスクスと笑いながら告げた。

「父上も叔父上もシャルロットもみんな私の物じゃない。
ならお前は私と、私の大切な物を守ればいい」

唖然とする私を尻目に、玉座から飛び降りて少女はテラスへと向かう。
開け放たれた窓から吹き抜ける風に、空に融けるような青い長髪が靡く。
それに気持ち良さそうに存分に身を任せた後、我が主は振り返った。

「ううん、父上たちだけじゃない。
このガリアもそこに住まう貴族も平民も全部わたしのものよ」

満面の笑みを浮かべる彼女に私は見惚れた。
それが子供の戯言などとは誰にも言わせない。
彼女は家族を、ガリアを心から愛している。
だからこそ全てを独占したいのだ。
傲慢であろうともそれが彼女の愛し方なのだ。
私はその言葉を真摯に受け止めて答えた。

「ではこの身命はガリアに生きる全ての者の為に。
それが貴女様への忠義の証となるのならば喜んで命を捧げましょう」

深々と頭を下げる私に、少女は頬を膨らませながら激昂する。
つかつかと歩み寄り、私の胸に指先を突き立てて彼女は言い放った。

「そうじゃない! お前の命も私の物なんだから!
私の許しなく死んだりしたら絶対に許さないんだからね!」


騎士と襲撃者、両者の間に鮮血が飛び散る。
斬られた襲撃者が苦痛を堪えながら騎士を見上げる。
花壇騎士とて決して倒せぬ相手ではない、そう思っていた彼等の自負が打ち砕かれる。
たとえ魔法の腕で劣っていたとしても、それが勝敗を分ける絶対的な差とはならない。
魔法に長けたメイジは全てを魔法の力に頼ろうとする。
圧倒的な力で敵を寄せ付けずに粉砕する、それはメイジの理想形の一つと言ってもいいだろう。
だが一度奇襲を受ければ脆くも崩れ去る。
苦戦を知らないが故に窮地から脱する術も知らず、戦いの駆け引きさえも知らない。
しかし、この花壇騎士は違った。
魔法の腕は元より己の肉体を駆使し、そして執念じみたものさえ感じさせる。
実力だけではない、覚悟でさえ相手は自分たちを圧倒しているのだ。


花壇騎士は敵の焦りを肌で感じ取っていた。
仲間を呼ばれるのを恐れたが為だろう。
早期に決着を付けようと連中は動きを見せた。
先程のような浅いものではなく必殺の覚悟を持った攻め。
しかし、それは裏を返せば敵を討つ隙となる。
深く踏み込んだ先には己と敵、どちらかの死が待っている。
切り裂いた布の隙間から窺える腹部の傷。
そこからは止め処なく血が溢れ出し、滴り落ちる血が足元に跡を残す。
死に至る傷ではないが浅いものではない。
もはや戦力としては数えられまい。

イザベラの顔に安堵の混じった笑みが浮かぶ。
戦力の均衡はここに崩れた。
襲撃者の一人が脱落した事で彼女達は圧倒的な優位に立った。
今まで黙って戦況を見守っていたイザベラが声を上げる。

「さあどうするんだい? 投降するなら命だけは取らないでやるよ」
「…………」

彼女の降伏勧告にも襲撃者達は反応を示さない。
状況の不利は相手も分かっているだろう。
それでも戦闘を続行しようとする相手にイザベラは辟易した表情を浮かべる。
そして背を向ける花壇騎士へと告げる。

「一人は残しておきな。シャルロットの安否を確かめないと」
「仰せのままに」

主の意を受けて花壇騎士が動く。
捨て身の覚悟で迫る襲撃者たちの杖と刃を凌ぎ、さらに押し返す。
小枝を振り払いながら森の中を突き進むかの如き騎士の猛攻は止まらない。
その刹那、そこに一発のエア・ハンマーが打ち込まれた。
咄嗟に花壇騎士が魔法の来た方向へと視線を向ける。
そこにいたのはアルビオン王国の軍服を纏った一人の騎士。


「ギーシュ君に助勢を求められたのですが……どうやら不要だったようですね」

騎士の姿を目にした襲撃者達に明らかな動揺が走る。
ただでさえ不利な状況で敵に加勢が入るとなれば冷静ではいられまい。
一掃するなら今が好機と判断し花壇騎士は敵へと突撃した。
視線だけを向ける花壇騎士に、アルビオンの騎士は黙って頷く。
そしてイザベラの傍らへと歩み寄り、彼女を背にして立つ。

「では彼が敵を片付けるまでの間、私がお守りします」
「…………」

安堵を誘うような穏やかな騎士の声。
しかしイザベラの足は彼と距離を取ろうと後ろに下がる。
背後で地面を踏み締める音を聞いて騎士が振り返る。
両者の視線が僅かな距離を置いて絡み合う。
睨むのにも似たイザベラの視線を前に騎士は溜息をついた。

「なるほど。疑っているのではなく誰も信用していないのか」

アルビオンの騎士が一歩彼女へと足を進める。
イザベラの指先が杖を摘まんで引き抜こうとした一瞬、
アルビオンの騎士は彼女の息がかかる距離まで踏み込んでいた。
杖を持ったイザベラの腕が掴まれて捻り上げられる。
軋む関節に苦悶を上げようとした彼女の喉に突きつけられる杖。

「ぎっ……!」
「ですが、それで正解です。窮地で信じられるのは自分しかいない。
ただ残念だったのは貴女には一人で切り抜けられる力が足りなかった」

騒ぎに気付いた花壇騎士が振り返る。
その目に飛び込んできたのはイザベラを盾にする騎士の姿。
彼女の喉元には今にも食い込まんばかりに杖が当てられている。

「イザベ……!」

言い終える前に彼の言葉は喉元からせり上がった血に遮られた。
視線を下に向ければ自分に身体を預けるようにする襲撃者二人の姿。
彼等の手元が返り血で深紅に染まっていく。
深々と突き刺さった杖はもうその姿さえも窺えず、
体内に感じる違和感だけがその存在を証明していた。


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