ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-21

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匿名ユーザー

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エンポリオは火薬樽を埋め戻しながらどうするべきかを考えた。
導火線もない以上、直接着火するつもりはないようだ。
恐らくは時限爆弾として使われるものだろう。
このまま校舎の延焼が進めば、加熱により樽の中の火薬が爆発する。
外へ逃げれないようにして校舎を崩落させ、中の生徒たちを全滅させる。
襲撃者の意図を理解したエンポリオが恐怖と怒りに震える。

しかし、この爆弾をどうにかする事は出来ない。
火薬の満載した樽は子供一人では運ぶ事はおろか持ち上げる事も出来ない。
レビテーションを使わなければ安全な場所まで移動させるのは無理だ。
それに爆弾はこれだけだと決まったわけじゃない。
いや、間違いなく他の地点にも同様の仕掛けが施されている。
それを1つずつ探し出して処理するなんて時間が残されている訳がない。

だとしたら方法は唯一つ。校舎に取り残された皆を避難させるしかない。

意を決してエンポリオは窓から中へと飛び込んだ。
周囲は炎に覆われているとはいえコルベールが敵を排除したその一角だけは無事だった。
だが、その僅かに開いた穴もすぐに炎に覆われてしまうだろう。
もう後戻りは出来ない。燃え広がっていく窓の外を見つめる。
退路が消えていくのを背中越しに感じながら彼は食堂へと走った。


何かが血に塗れた地べたを這いずり回りながら蠢く。
かろうじて人の形を保っていたそれは身を起こそうとして倒れた。
砕けた膝からは骨が飛び出し皮膚を突き破っていた。
杖を拾い上げようと伸ばした腕は有り得ない方向に捻じ曲がり、
複雑に骨折した指は杖を振るうどころか握り締めることさえ満足に出来ない。
自分の惨状を目の当たりにしてカステルモールは自嘲する。
花壇騎士随一の実力者と呼ばれ驕っていたのか。
一瞬の油断が死を招くなど当然のように知っていたのに。

だが自分が死のうが醜態を晒そうが知ったことではない。
大事なのはシャルロット様を守る事。
その為にも一刻も早く襲撃者の正体を知らせねば。
杖を振るえなくなった腕を引き寄せて口で袖を捲る。
そこから出てきたのは中を空洞にした小さな木製の筒。
しかし、それは千々に砕けて用を成さなくなっていた。
苛立たしげに木片を打ち捨ててカステルモールはその場に伏した。
僅かな期待も潰えた彼の口から血が零れ落ちる。
今は自身を癒す魔法さえも使えない。
まるで虫けらにでもなったかのようだと、
カステルモールは屈辱に満ちた視線で己を見据える。

“杖さえ…杖さえ手に取れれば”

苦痛に顔を歪ませながら彼は叶わぬ願いを胸中で叫んでいた。


轟音と共に広がった衝撃波が霧を舞い上げる。
コルベールが見上げる先には校舎に拳を叩きつける巨人の姿。
20メイルに達しようかという巨大なシルエットが霧の中に浮かぶ。
息を呑むコルベールの前で再び振り下ろされる土塊の槌。
激しく揺るがされる校舎からギトーと生徒たちの悲鳴が響き渡る。
それに気を取られたコルベールの手から男が逃れる。

魔法学院は何重にも固定化を施された上に、
長年の劣化にも耐えられる堅固な構造をしている。
如何に巨大であろうともゴーレムの拳程度では打ち砕かれる事はない。
しかし、それも続けて打ち続けられれば何時まで保つか。
ましてや延焼によるダメージは少ないものではないはずだ。

「……………!」

コルベールが杖を握り締める。
だが縫い止められるようにその動きを止めた。
彼の口から詠唱が紡がれる事はない。
あの日からコルベールは自身に大きな枷をかけていた。
“火の魔法を争いに使わない”
それが犠牲となった村人達への償いだと信じ、
そしてあの惨劇を二度と繰り返さない為だった。
目の前で行われる凶行を防げるだけの力がありながら、
それを黙って見過ごす事しか出来ないのか。
生徒たちの悲鳴がコルベールの迷いを断ち切った。
詠唱と共に振り下ろされる長尺の杖。
放たれた火球が今まさしく振り下ろされようとする巨人の腕へと命中する。

ゴーレムを繰るマチルダの眼が驚愕に見開く。
彼女の操るゴーレムの強度は岩石に匹敵する。
それがまるで飴でも溶かすように溶解し崩れ落ちていく。
即座に修復しようとした彼女の目の前で、二発目のフレイムボールが巨人の脇腹を抉る。
続けて放たれた三発目はゴーレムの頭部を撃ち抜き、その巨体を瓦解させた。
相手との圧倒的なまでの力の差にマチルダは呆然と立ち尽くす。

魔法の強さを決めるのは精神力だ。
テファの為なら全てを捨てられる覚悟を決めた自分が負けるはずがない。
彼女はそう思っていたし事実スクエアメイジさえも葬った。
それなのに、このメイジとはまるで勝負にさえならない。
彼女を想う自分の気持ち程度では太刀打ちできないでも言うのか。
マチルダの心に浮かび上がるのは恐怖と困惑、そして屈辱だった。


「ミスタ・ギトー! 外でミスタ・コルベールが戦っています!」

自分の使い魔と視覚を同調した生徒の一人が叫んだ。
それに続くように他の生徒達も自分の使い魔の目を使い眺める。
腕が溶けた巨人に命中する二発の火球。
頭部を破壊されて崩壊していくゴーレムの姿に、
生徒は自分たちの窮地を忘れて歓喜に湧き上がった。

「わ…私は初めから彼を信じていたぞ!
彼は職務を放棄して逃げ出すような卑怯者ではない!
うむ、やはりミスタ・コルベールは私に次ぐ素晴らしい教師だ!」

必死に炎を食い止めながら咳払いしつつギトーが声を上げる。
そしてコルベールの弁護に見せかけた自己弁護を繰り返す。
しかし、それは盛り上がる生徒たちの声に掻き消された。
敢然と炎に立ち向かう彼の勇姿は既に生徒たちの視界の外だった。
急上昇するコルベール株に反比例して暴落するギトー株
零れ落ちる涙も乾く灼熱の中、彼に出来るのはわざとらしい掛け声で炎を打ち払いながら
少しでも自分の仕事を生徒達にアピールする事だけだった……。


穿たれた手を押さえながら脂汗を浮かべて男は走った。
向かう先は自分と同じく校舎を包囲する仲間の下。
息を切らせて男はひたすら足を動かした。
一秒でも早くこの場から離れたいという気持ちが身体を突き動かす。
ようやく白い靄の向こうに仲間の姿を見つけ彼は安堵した。
直後、その彼の目前で赤い炎が灯る。

「あ」

それを目にした傭兵の口から間の抜けた声が洩れた。
万が一、敵が紛れた時の対策として仲間内で決められた合図。
だが、それを行う為の杖を彼は置いてきてしまった。
合図をせずに近付いてくる仲間を傭兵は敵と認識した。
杖を構えて行われる詠唱はフレイムボール。
魔法の使えない男にその火球を防ぐ手段はない。

「ま、待て! 俺だ!」

咄嗟にフードを外して素顔を晒す。
しかし、この霧の中で明かりもなしに判別するのは不可能。
放たれた火球が男の身体へと吸い込まれていく。
短い悲鳴と共に、目前の脅威から逃れようと瞼を閉じる。
それでも皮膚を通じ、迫り来る火球の熱が伝わってくる。

自分の死を確信して男は震えた。
だが放たれた火球はいつまで経っても男の身体を撃ち抜かなかった。
それどころか先程まで感じていた熱さも失われていた。
ゆっくりと男が目を開けると、そこには目視できる距離まで近付いた仲間の姿があった。
フレイムボールが間際まで近付いた瞬間、その明かりが男の顔を照らしていた。
それに気付いた仲間が瞬時に魔法を解除したのだ。
狙ったわけではない。ただ偶然そうなっただけだが男は一命を取り留めた。

「……何があった?」

問いかける仲間の声に返す言葉はない。
男の口から洩れるのは今度こそ本当に安堵の溜息だけだった。


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