ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

DISCはゼロを駆り立てる-01

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

ルイズはヴァリエール家の領地にある泉の畔で、泣きはらした真っ赤な目を擦りながら立っていた。
教科書の内容を全て覚えても、腕がちぎれるかと思うぐらい杖を振っても、喉が枯れるほど呪文を唱えても、成功の欠片すら見えない。
火も水も風も土も、どれもこれもダメだった。どんなルーンを叫んでも、大爆発という不躾な結果に終わってしまう。
明日は久しぶりにワルド様が"にんむ"から帰ってくるというのに、自分はまだ才能無しのゼロのままだ。
ちい姉さまのお部屋に行けばきっと慰めてくれるけど、こんなに頼ってばかりではダメだと思う。けれど、本当にどうしようもない。
ルイズはゼロのルイズが嫌いだった。自分を殺したいほど大嫌いだった。

「ふぁいあー・ぼーる!」

噛み破られて薄っすらと血が浮いた唇から、やや舌足らずなまでも発音は完璧に近い呪文が紡がれる。
だが少女が幼い胸を壊すほど願っても、血反吐を吐くような渇望の果てでも、結果は今までと同じ失敗だけだった。
間近で発生した爆発によりルイズは吹き飛ばされ、草の上を無様に転がる。小さな手の平から杖が飛んで行った。

「なんで……なんで、なんでよ……」

再び零れかけた涙を、目が潰れるぐらい強く目蓋を閉じて押し込めた。また小舟に戻るのは嫌だから。
やがて涙を湛えた瞳でルイズが見たものは、見るも無残な姿になった自分だった。ぼろを纏った姿はとても貴族には見えない。
特に杖を持っていた右腕は酷く、破けてしまった袖が縋りつくように残っている程度で、小石が跳ねたのか怪我までしていた。
ズキズキと鈍い痛みを発する二の腕を無意識的に摩る。

「なんでなのよっ!!!」

やり場の無い怒りは自らを焼き尽くすように燃え上がり、左手で傷跡を掻き毟るように痛めつけた。白い肌に無数の蚯蚓腫れが走る。
この世界が憎かった。才能の無い自分が嫌だった。魔法を使えるメイジが羨ましかった。

やがて自分を引き裂く痛みで我に返ったルイズは、数メイル先に転がっていた自分の杖を拾い上げ、呼吸を整え始めた。
体の隅々にまで酸素を行き渡らせ、未だ痛む右腕を意識の外に放り出す。脳裏に描いたのは当たり前の、でもルイズは持っていない物。
アンリエッタのような友達が、ちい姉さまの動物たちのような存在が欲しかった。何でもいいから力を願った。笑われない実力を渇望した。

「わが名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
五つの力をつかさどるペンタゴン。
われのうんめいにしたがいし、"つかいま"をしょうかんせよ」

再び耳をつんざくような爆発が起きたが、同時に大きな銀色の鏡がルイズの前に現れた。
現実を信じられぬままに茫然とそれを見つめ、ゲートから現れた大きな亜人をただただ凝視している。
不思議なマスクを被った、全身に横縞模様のある奇妙な人物だったが、初めて成功した魔法にルイズの心は高鳴っていた。

「こ、こんにちは! 私の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
……あ、あなたのお名前は? 亜人さん」

「……私ハ、ホワイトスネイク。"亜人"デハナク、スタンド、ダ」

この日この瞬間から、ルイズの物語はまったく別の方向に進み始める事となった。





眠りから覚めて薄く眼を開けたルイズは、見慣れた天蓋を確認して大きく体を伸ばした。久しぶりにあの時の事を夢に見た。
今日は使い魔召喚の儀式の日だから、恐らくはそのせいだろう。全身から力を抜いてベッドの上で寝返りをうち、大きく溜息を吐いて起き上がる。
すでに使い魔を持っている生徒は一日お休みだから、図書館にでも行ってみるのも良いかもしれない。

ホワイトスネイクを発現させて着替えを手伝ってもらながら、ルイズ自身は杖を振るって桶の中を水で満たした。
風のスクェアであるルイズには、この程度の芸当はまさに朝飯前だ。もっともあまり注目されたくないので、まだトライアングルで通している。
手際よく朝の支度を済ませ、最後に貴族の証であるマントを羽織って食堂へ向かう。廊下で擦れ違った生徒と軽く挨拶を交わした。

「あら、おはよう、ルイズ」

「おはよう、キュルケ」

ルイズがいつもの席に座ると、珍しくキュルケが先に来ていた。普段は後から来るか、ほぼ同時に部屋から出てくるのが常だが、やはり今日は特別のようだ。
失敗の不安は微塵もなさそうだが、一生物になりえる使い魔召喚の儀式には興奮するのだろう。火のトライアングルとして、下手な使い魔を呼び出す訳には行かないのだろうし。
もっともそれは殆どの生徒に言える事なようで、2年生のテーブルはすでに食堂の中は生徒たちで溢れていた。自分が呼び出すであろう使い魔の話で盛り上がっている。

「見てなさいよ? 絶対に、あなたより凄い使い魔を召喚して見せるんだから」

「ふふぅん。ま、一応は期待しておいてあげるわ」

ホワイトスネイクは一種の幻獣という扱いで通しており、ルイズの実力とも相成ってこのトリスティン魔法学校ではかなりの有名人だ。
ただし幻獣の癖に魔法が使えず拳しか能が無いこと、基本的にメイジの戦闘は遠距離での魔法の打ち合いという事実が重なり、評価は素晴らしく高いという訳ではない。
もっとも、隠している能力を知られた場合は、間違いなくハルキゲニア一の使い魔だろうが。

「言ってくれるじゃないの。それでこそ、私のライバルよ……。胸は私の圧勝だけど」

「……っ! 胸は関係ないでしょ、胸は!」

ニヤニヤしたキュルケの視線から胸を庇うために両手を組んで、顔を少し赤らめながらルイズは叫ぶ。
いずれはスクェアも近いとされているルイズにとって、唯一の弱点にして最大のコンプレックスは貧相なボディだった。
豊胸体操やらマラソンやらでそれなりに鍛えているのだが、まさに絶壁という感じで全く成長せず、こればかりは魔法でもどうにもならない。
その辺の男が迂闊にこのキーワードを口に出すと恐ろしい報復を覚悟せねばならないが、唯一キュルケだけは笑って言い合える仲だった。
部屋が隣り合った当初から何かと衝突するも、正面からぶつかり合っている内に悪友と言える間柄になっていたのだ。

やがて朝食の時間がくると、何人ものメイドたちが忙しなく駆け回り始める。二人はまだ言い合っていたためにやや遅れたが、あわてて両手を合わせた。

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今日も我にささやかな糧を与えたもうたことを感謝いたします」

内容とは裏腹に贅を尽くした豪華な食事が所狭しと並べられており、祈りが終わると再び食堂にざわめきが戻る。
皮がパリパリに焼けている美味しそうなローストチキンにナイフを入れながら、ルイズはふと遠い日の記憶を思い起こした。
そう、あれはまだルイズがゼロだった頃、そして道を踏み外す前の話。




湖畔でホワイトスネイクの召喚に成功したルイズは大いに喜んだが、その驚くべき特性を知ると戦慄してしまった。
なぜか自分にまで伝わってきた焼き鏝を押し付けられたような熱さも忘れ、ただ息をのんで説明に聞き入る。
彼は才能や記憶をDISCという不思議な円盤に変えて抜き出し、さらには他者にそれを与えることができるのだという。

「そんな、誰かから、奪うだなんて……」

幼いルイズは自らが呼び出した"すたんど"という物に恐怖を覚えたが、心中ではそれを遥かに上回る狂気が荒れ狂っていた。
ずっと持たざる者であった彼女にとって、魔法の才能という誘惑はあまりにも大きい。身を焼かれながらも誘蛾灯に引き寄せられる昆虫のように。
それでも抑えていられたのは、一重にルイズが貴族であったからだ。10歳にも満たない少女は、その実誰よりも貴族たらんとしていた。
自分が魔法を使えるようになるのは素晴らしい。だが、この苦しみを誰かが代わりに味わうとなれば話は別だ。

「私ヲ使モ、使ワヌモ、君ノ自由ダ……。強制ハ、シナイ」

結局ルイズはどちらも決断できず、日が暮れるまで悩みぬいた後で屋敷へと戻った。
お母さまに叱られることを覚悟していたものの、ルイズの酷い格好と腕を自分の爪で引っ掻きまわした痕に気づいたのか、着替えと水メイジの居るカトレアの部屋に行くように言われただけに終わる。
初めての魔法が成功した事を伝える事はしなかった。ホワイトスネイクに情報はできるだけ隠すべきだと言われたからだ。

「どうしよう……。どうしたらいいの……?」

大好きなちい姉さまに恐れられるのが怖くて、ルイズは治療が終わった後ですぐに自室に戻り、身を縮込ませながらベッドでシーツをかぶっていた。
能力を使わないホワイトスネイクだって、接近戦闘なら並の使い魔よりよほど強いようだし、それだけで満足することも考える。
魔法は使いたい。でも誰かから奪うのは嫌だ。けれどもこれ以上馬鹿にされたまま生きていたくない。
どれほどそうしていたのか、いつの魔にか夕食の時間を逃していたようで、使用人の一人が部屋にサンドイッチをいくつか運んできた。
はっきり言って食欲は全く沸いてこなかったが、とりあえずお礼だけは言った。テーブルにおいてもらい、再び深慮の彼方に思考を飛ばす。
自分の魔法の才能をDISCにしてもらい、自分がまだ開花していないだけだという確認も取れた。やがてはルイズだって普通に魔法を使えるようにはなるはず。

「でも、それはいったい何時になるの……?」

すでに社交の場では、ルイズより幼い年齢の少年少女がコモン・マジックを成功させたという話がいくつも聞こえて来る。
上品に隠された口元からは暗にルイズを馬鹿にする内容ばかりが漏れ、それを聞くたびにドレスの裾を手が白くなるまで握り締めるしかなかった。
自分だってと思って、ひたすらに魔法の練習を重ね、服をボロボロにして叱られる。
教科書を完全に暗記して、それでも水泡に帰して涙を流す。
腕が上がらなくなるまで杖を振り、呪文をつむげば爆発で吹っ飛ばされる。
何時までこの出口の無い暗闇を歩けばいい? 何度、ヴァリエール家から放り出される悪夢を見ればいい?

しかし、今のルイズには力があるのだ。もしスクェアの才能を奪い取れれば、きっとドットぐらいならすぐに使えるようになる。
ドットでも良い。大歓迎だ。せめてコモンマジックだけでも使えれば、そうすればもう誰も私を……。


「……のど、渇いちゃった」

あまりに重すぎる選択に、ルイズの頭と心は悲鳴をあげていた。熱をもった頭に腕を押し付けて冷やす。
年齢の割には膨大な知識を詰め込んでいるとはいえ、ルイズはまだ外を駆け回って遊んでいてもおかしくない子供なのだ。
熱に浮かされながらルイズは屋敷の中を進み、厨房で飲み物をもらうために歩き続けた。答えの無い二択が常に頭の中にある。
やがてやっと入り口まで辿りついたとき、中から声が聞こえた。

「……んとに、ルイズお嬢様は難儀だねえ」
「まったく。上のお二人はあんなにおできになるというのに」

平民である使用人たちがルイズをバカにしている。
聞いてはいけないと思うのに、体が硬直して動かなかった。

「奥様も、お辛いでしょうねえ……。カトレアお嬢様があんな体で……」
「魔法もよくおできで、心の優しい良いかたなのに、あんな風に生まれついて……」
「これで、ルイズお嬢様がもう少しちゃんとなさってたら、少しはねえ……」

違う。私は、貴族として……。だから、魔法を……。努力して……。

「ここまで違うと、もしかして、ルイズお嬢様は……」
「たしかに、それなら……」
「魔法の才能が無いのも……」

何だ。何を言っているんだ。私はヴァリエールだ。そんな訳が無い。才能だってあった。確かめた。まだ時がいるだけ。
ホワイトスネイクに頼らなくても、いつの日かきっと立派なメイジになって……。

「そういえばその頃、確かに旦那様の浮気疑惑があったと……」
「ええ! なら、本当に……」
「平民の……」


違う。
違う違う違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。


違う……よね?
誰か教えて! わたしは本当にヴァリエールなの?
こんな才能無しで、本当にメイジなの?
私は、わたし、わた、し……。

ルイズの右手が蛇のように剥き出しの二の腕に喰らいつき、爪で皮膚を割って肉を引き裂いていた。
豪奢な絨毯の上に朱の雨が何粒も降り注ぐ。限界を超えた負荷に骨がきしみ筋肉が悲鳴を上げ、ルイズの手は真紅の川が流れているように染まった。
恐ろしい物を前にした時のように後ずさり、血を滴らせながら自分の部屋へと逃げ込んでいった。


おとうさま、おかあさま、わたしは、ほんとうに、きぞ、く……。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー