ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

一章十一節~微熱は平静を遠ざける~(後編)

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匿名ユーザー

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 べたべたと褒められて、リキエルは背中がかゆくなってきた。
確かにあそこまで動けるとは、自分でもいまだ信じられないくらいだったが、そうしようと動いたわけではなく、なぜか動けてしまっただけである。それに根性というが、あのときは前後無思慮で突っ込むことしか頭になく、決して褒められるべきものでもなかったとリキエルは思う。
 リキエルはその思いを吐き出した。
「体が動いただけだがな、ほとんど勝手にだ。剣にしてもよぉ、握ったのはあのときが初めてだし、それで戦おうってわけでもなかった」
 それを聞いたマルトーは感動の面持ちになり、厨房で皿を洗っている幾人かの手下に向かって、自慢の大声で呼びかけた。
「お前たち! 聞いたか!」
「聞いてますよ! 親方!」
「達人は貴族どものように、むやみに己の力を誇らない!」
「達人は誇らない!」
 厨房のなかに、変な熱気が生まれている。
 どうもこの勢いにはついていけそうにないと、リキエルは巻き込まれる前に適当な話を振って、話題を変えてしまうことにした。
「その話はこれくらいでいいんじゃあないですか。そんなことよりマルトーさん、どうやらメイジが嫌いみたいだな、さっきから聞いてるとよォ――」
 マルトーは、見ていて面白いくらいに食いついてきた。わざわざ椅子から立ち上がって、拳まで握り締めている。
「おうよ! あいつらの魔法は確かにすごい、平民にはまねできない芸当さ。だがな、そんなもんはえばりくさるだけの理由にはならなねぇ。言ってみりゃあ、こうやって料理することだって誰にでもできるわけじゃねえ、いわば魔法だ、な? そうだろうが?」
「あ~、まあそうだな」
 本当を言えば、リキエルはそれほどメイジに対する嫌悪は持っていない。
 それは、リキエルがこの世界の人間ではないからでもあったが、魔法の力で生きながらえた身としては、その有用性は認めるほか無く、少なくとも嫌うことはできそうになかったのである。ルイズの錬金やギーシュのワルキューレのせいで、『土』系統の魔法に限り、できれば見たくないぐらいの意識だった。
 しょうがなしといえばマルトーにも貴族にも悪いが、いまは話題を固定させるためだけに、リキエルは話をあわせていた。
「そりゃあ立派な魔法だと思うぜ」
「いいやつだな! お前はまったくいいやつだ!」
「ただ疑問もわいた。ちょっとした疑問はなぁ」
「疑問? なんだ、言ってみろ」
「ミス・ロングビルのことなんスけど」
 これは本当に聞きたかったことである。聞いてどうするでもなく、単なる好奇心からの疑問だが、シエスタの貴族への怯えようを目にして、かねてより疑問に思っていたことでもあった。
「あの別嬪の秘書さんか」
「メイジ嫌いというのならよぉ――、彼女を出入りさせてるのは少し解せないな」
「おお、そうか。お前は知らないのか。あのお嬢さんはな……ん? どうした、お前」
 話しこむ体勢になったマルトーが、不意にリキエルから視線を外して、その後ろの窓を見て言った。つられて振り向き、リキエルもそいつに気がついた。この前、観察するように自分を見つめてきた例の火トカゲが、同じように自分を見ている。
 サラマンダーは気づかれたと知ると、挨拶するみたいにぼぼと火を吐いて、夜闇の中いずこかへと去っていった。

「そういやあ、もう真っ暗なんだったな。そろそろ暇するか」
 残りのシチューをかきこんで、リキエルは立ち上がった。遅くなりすぎて、またぞろルイズの気にでも障ればまずい。ロングビルの話も、マルトーの態度を見れば長くなりそうだったので、また今度の機会にしたほうがよさそうだ。
 厨房の出入り口で、マルトーは名残惜しそうな顔をした。
「ふうん、もう帰っちまうか。明かりがいるか?」
「いや、女子寮はそう遠くもないし、大丈夫じゃねーかな」
「そうか。ま、来たくなったらまたいつでも来い」
 リキエルは礼を言って厨房を出た。空にはいつの間に出たか薄雲がかかっており、来るとき散らばっていた星はみな隠れ、二つの月も朧だったが、それでも歩く分には十分な月明かりを放っていたので、やはり手明かりは必要なかった。
 一応夜に目を慣らしてから、リキエルは道を急いだ。


 女子寮に帰ってきたリキエルだったが、ルイズの部屋には鍵がかかっていて、入ることができなかった。閉め出されるようなことはしていないはずだと、扉を叩いたりノブをがちゃがちゃとやってみたのだが、なんの反応もなかった。
 リキエルはその場にたたずみ、目を閉じて頭をかいた。もう夜は更けて、いまはだいぶ冷え込んできている。石造りの寮の廊下は相変わらず冷たく、部屋と違って板が敷かれていない分ひとしおだった。それが足の裏を通って、全身へと回り始めている。凍えるようなことはないだろうが、このままじっとしていたのでは耐えがたい。
 どうしたものかと思っていると、なにやら足もとが温かくなってきた。目を開ければ、あのサラマンダーが服を引っ張っている。
「なんだ、なにかオレに用か? それともそれは習性か? お前らには人間の服を引っ張る習性でもあるのか? なんでもいいが、離してくれるとありがたいんだがな」
 火トカゲは知ったことかとでもいうように、いっそう強い力で引っ張ってくる。決闘でところどころ傷やらほつれのできた服が、このままではもっと傷むか、悪くすれば破られかねない。着替えがないのでそれは困るし、なかなか気に入りの服でもあるから、リキエルは引かれるに身を任せるしかない。
 ところが、サラマンダーの目指す先はどうやら隣室、キュルケの部屋である。部屋の扉が、人一人が入れるくらいに開いていた。そこを目指すということは、やはりこのサラマンダーは、フレイムとかいうキュルケの使い魔だったのだ。
 ――やべーぜッ、こいつはッ。
 この世界に来た日の、その夜にあったことをリキエルは思い出している。キュルケとルイズが隣同士なのはそのときに知り、ルイズがキュルケを悪しく思っているらしいことも知った。何の用があるのか知らないが、キュルケの部屋にはなるだけ入りたくない。百が一にもルイズにその場を見られれば、小さくない咎めをうけるだろう。
 しかし、無情にもフレイムは服を引くのをやめず、リキエルが少しそれに抵抗してみれば、服の裂け目も少し大きくなった。部屋に連れ込まれるのは、もう避けようがなさそうだった。
 引ききられて、リキエルはとうとう部屋に入ってしまった。室内は明かりが落としてあって、開け放した窓から入るわずかな光のおかげで、なんとか部屋の壁が確認できるくらいである。その光も、雲が濃くなりはじめたと見えて、だんだんと明るさを失い、それに反比例して、室内の闇はより色濃くなっていく。

 好きな人間もあまりいないだろうが、こういう暗闇がリキエルは好きではない。受け付けないと言い換えてもいい。目を開けているのに何も見えない状態が、パニックの発作を起こして、意志と無関係に両のまぶたが下り、上げようとしても上がらないときの暗闇と絶望感を、いやがうえにも思い起こさせるのだ。
 窓の脇のカーテンが揺れて、涼しいというより冷たい風がリキエルの顔に当たったが、リキエルは汗を握り締めていた。連れ込まれる焦りからかいた冷や汗ではない、かくだけで気分の悪くなる汗である。もっとはやく目が慣れないかと、リキエルは目頭をもんだ。
「扉を閉めて?」
 闇の中に人の気配が動いて、その気配から声がかけられた。記憶が確かならば、まさしくキュルケの声である。
「…………」
 リキエルは動かなかった。これが誰か他の人間に言われたことであれば、特に断る理由もあるまいと思い、その通りにしたかもわからないが、この場合、場所と人間がどうにも悪い。
 それに今リキエルは、キュルケにちょっとした反感を持っている。ここ最近は沈静化していた発作が、こんなことで出てしまうかもしれない、わざわざこんな場所に連れ込みやがってという、八つ当たり的な反感である。勝手な話だが、そうでも考えていなければ、雪だるま式にストレスが重なり、本当にパニックになりかねない状態だった。
 ――自分で閉めたらどうなんだ。どうせ、自分で開けたのならよォ――ッ。
 そんなリキエルの胸のうちにある反感に、夢にも気づけるわけはないが、キュルケはリキエルに扉を閉める気がないことは悟ったらしかった。
「……いいわ。まずはこっちにいらっしゃって」
 声には出さないが、リキエルはイライラとして言った。
「まず? それは違うぜ、『まず』オレにどんな用があるんだ?」
「それもこっちで話すわ。さ、いらっしゃい」
「オレは鳥目ではない。こんなふうに右目が下りてしまってはいるが、特に夜盲症とかってわけじゃあないのだ。だが見えないぜ。こんな暗い中にいたんでは、足もとだって見えやしない。明かりくらいは点けてもらわないとな、来いと言うのならよォ~~」
「まあ、気がつかなかったわ」
 変にわざとらしく明るい声音で、キュルケは言った。
 次に、手をたたいたか指を弾いたかする音がした。すると、リキエルの足もと付近からキュルケの立っている場所に向かって、ロウソクが滑走路の誘導灯のように火をつけた。ぼんやりと部屋が明るんだことで、リキエルはほんの少し気分が楽になったが、この場にいる以上、ストレスがつのっていくのは止まりそうになかった。
 闇の中に浮かび上がったキュルケは、レースのベビードールそれ一枚という扇情的な姿をさらしていた。もとのプロポーションがグンバツにいいキュルケがそういった格好をすると、ともすれば学生であることを失念させる、年長けた女の色気とでもいうべきものがにおい立つ。
 ロウソクの演出といいリキエルを見つめる濡れた双眸といい、男を絡めとる手練手管というものを、キュルケはよくわかっていた。
 だがリキエルは、それに誘われはしなかった。誘惑されるほど、心に余剰がないのである。そして、そうやってある意味冷静な目で見てみれば、なるほどキュルケは肉付きのよい張りのある体で、通った鼻筋や瑞々しい唇にも魅力があるが、逆にそういった若々しい部分が、大人っぽい色気の妨げにもなっている。所詮まだまだといえた。
 リキエルは半分だけ距離を詰めた。
「それで、オレになんの用だ。それを聞いてから決めさせてもらうぜ、近づくかどうか」
 ゆったりとした動きでキュルケは腕を組んだ。胸が少し持ち上がり、あらためてその大きさが強調される。

 悲しげに目を伏せて、キュルケは言った。
「あなたは、あたしをはしたないと思うでしょうね」
 ――まともな服を着たらどうなんだ、自覚あるならよォ――。
「思われても、しかたがないの。わかる? あたしの二つ名は『微熱』」
 ――というかどうなんだ、疑問文にこんな返しってよォ――。
「こんな風にお呼びだてしたりして、いけないことだってわかっているの。でもあたし、恋してるのよ、あなたに。恋はまったく、突然ね」
 ――恋ってどういうことだ、わざわざオレなんかによォ――。
「あなたがギーシュと決闘してる姿、あの啖呵、凛々しかったわ。あたしね、あれを見て痺れたのよ。そう、痺れたの! 情熱なの! あああ、情熱だわ!」
 ――見てたのか、なら助けてくれてもいいだろうがよォ――ッ!
「二つ名の『微熱』はつまり情熱なのよ、ってあれ? どこに行くの!?」
 踵を返して、リキエルは扉に向かって歩き始めていた。足取りは重い。
 何か別の用件ならば、リキエルは聞かないでもない気になっていたが、自分に懸想しただなんだという話なら別だった。部屋に入ることさえ懸念しなくてはならないのだから、キュルケと恋仲になればなどと、考えたくもない。しかもそれが、明らかに一時の感情の揺れによるものなら尚更である。純な感情と言えなくはないが、そこが冗談よりたちの悪い部分とも言えた。
 扉の前にはフレイムが伏せていたが、関係ない、出て行く。とにかく早々にここを立ち去らないと、どんどん面倒なことになりそうなのだ。なによりリキエルは息が苦しくなってきており、これ以上ストレスがかかるのはまずい予感もあった。
 しかし恋に身を焦がしたキュルケとて、そう簡単にリキエルを逃がす気はないようで、すぐにその腕にすがりついた。
「待って! 本当に恋してるのよ! あの日から、授業中でも夢の中でも、ふとした時にはもうあなたのことを考えてしまっているの! 恋歌を綴ったりもしたわ! こんなふうにみっともないことをしてしまうのだって、リキエル、あなたの所為なのよ!」
 リキエルは動きを止めた。キュルケの言葉に心を動かしたわけではなく、腕を掴まれた拍子に息が詰まり、完全に呼吸ができなくなったのだ。
 そこに、である。
「キュルケ!」
 その声を聞き、跳ね上がった眉を目に留めて、リキエルは血の色を失った。思考がまとまらず、一瞬目の前の娘の名前が頭から消えて、それがまた戻ってくると、体中から汗が噴き出した。腕に組み付かれているという、かなり嫌なタイミングで、ルイズに目撃されてしまっていた。
ルイズはリキエルを見もせずに、キュルケに向かって声を張った。
「ツェルプストー! 誰の使い魔に手を出してんのよ!」
「あらヴァリエール、ここのところ放課後に見ないけど、どうかしたの?」
「あんたには関係ないわよ! それより何してるのか聞いてんの!」
「しかたないじゃない、好きになっちゃったんだもん」
 リキエルの腕に絡めた手を外して、キュルケは肩をすくめた。
 ルイズはそんなキュルケを一際強く睨むと、その視線をようやくリキエルへと向け、短く切りつけるように言った。
「来なさい」
 言われずともそうするつもりだったのだ。リキエルは荒い息で力の入らない足を動かし、つんのめりそうになってよろけ、ロウソクを二、三本けり飛ばした。転がってきたロウソクに驚いて、寝転がっていたフレイムが飛び退いた。
 部屋を出てルイズのそばに立つと、ようやく汗がひいてきた。

「あら。お戻りになるの?」
 息をつくリキエルにキュルケが言った。
振り返りもせず、リキエルは手を振ってそれに答え、さっさと歩き出しているルイズの後に続いた。淡白にすぎるかもしれなかったが、声を出せるような状態ではなく、挨拶するのもおっくうで仕方がなかった。
 部屋にいたのはものの五分くらいだったろうに、リキエルはどっと疲れていた。


 ルイズの部屋に戻ったリキエルは、それでも心休まりはしなかった。キュルケの部屋で何をしていたのか、多分その弁明をしなくてはならない。だがトカゲに引っ張られて仕方なく、などという言い分がはたして通るものかは、たとえば自分がそう言われたとしても疑問だった。
 どんな言い訳をすればいいかリキエルは模索したが、うまい説明のしようはなかったし、いい嘘も考えつかなかった。
「リキエル」
 頭をかかえていると、ベッドに腰を下ろしたルイズが不機嫌な顔で話しかけてきた。罵倒がくるか叱責がとぶか、はたまた飯を抜かれるか。三つ目が一番こたえるなと思いながら、リキエルは片目を向けた。
「顔色が悪いわよ、またパニックなんて起こさないでよ」
「……」
 思わずリキエルは身構えていたが、ルイズの言ったことは、激しく予想と違うものだった。まず詰問されるくらいは順当な流れとリキエルは考えていたので、聞きようによっては身を案じるような言葉をかけられたことで、肩透かしをくらった印象もある。別に、ルイズは怒っているわけでも何でもないのだろうか。
 しかしそうすると、ルイズがこうして不機嫌そうにしているわけがわからなかった。朝の手紙の件をまだ根に持っているのかとも思ったが、それなら罰を増やすとか、もっと直接的なことをしてくるはずだ。
 その思考が顔に出たか、ルイズはぶすっと顔をしかめて、わずかに身を乗り出した。
「あによ、ヒバリの声で鳴くカラスを見るような顔して」
「正直に言えば、てっきり怒っているものだと思ってたからな。キュルケとは折り合いが悪いみたいだからよォ――、そんなキュルケと使い魔が一緒にいて、怒り心頭じゃないかってな」
「勿論よ! あああの色狂い人の使い魔にまで手を出して! あの下品で甘ったるい声ったらないわね、扉が開いていたから廊下にまで聞こえてきたわよ! だからあんたを引き止める、惨めな懇願も聞こえてたのよ。ふんッ、あれはいい気味だったわ!」
 だいたいリキエルにも飲み込めた。
 どうやらルイズは、キュルケに言い寄られてもリキエルがなびかなかったのを知り、そのことで多少は溜飲が下がったので、リキエルをとがめだてする気はないということらしい。それでも癇に障るものは障るので、不機嫌になっているようである。
「お風呂に入ってさっぱりしてきたあとに、あんな声なんか聞かされてぇ~~! せっかくとれた疲れもなんかまた戻ってきたわ、やんなるわね!」
 言われてようやく気がついたが、ルイズの髪はしっとりと生乾きだった。石鹸と洗髪料の香りも漂ってくる。柚子やオレンジのような柑橘系の香りで、あまりきつい感じではない。なるほど、リキエルが部屋に帰ってきたとき、ルイズは大浴場で湯を浴びていたのである。
 締め出されたことにはそういうわけがあったのだ。
 ――……ん?
「もっと早い時間じゃあなかったか? いつも風呂に入るのは」

 ルイズは大抵、他の生徒たちと同じ時刻に風呂に入る。
 それが今日に限って妙に遅かった。いつもどおりにルイズが風呂に入っていれば、そもそもリキエルが締め出しを食うことはなかった。
「どうかしたのか?」
「別にどうもしやしないわよ、そんな気分だったの」
 ルイズは素っ気なく答えた。
「そうか」
「それよりあんたのことよ」
「オレの……? 何がだ」
「この時間なら、多分見たほうが早いわ。こっち来て、カーテンの隙間からキュルケの部屋を見てみなさい」
 言われたとおり、リキエルは窓辺に立ち、外を覗いてみた。すると、なかなかにとんでもないものが目に飛び込んできた。
 まずハンサムな男が、キュルケの部屋の窓まで飛んできた。そのすぐあとに精悍な男が飛んできて、ハンサムな男と言い合いを始めた。どうやらあの二人は、キュルケに想いを寄せたか寄せられたかの男たちらしく、手違いがあったのか、逢引の時間が重なったようである。まかり間違えば自分もあの二人と同じ立場かと、リキエルは眉をひそめた。
 だがそれは、まだ序の口だったのである。
 二人の男が口論しているところに、なんと今度はいっぺんに三人の色男が飛んできて、全員で揉めだした。皆に今晩キュルケとの約束があり、皆が時間をかぶらされたということらしい。ここまでいい加減な話もそう無い。
 とうとう一人が杖を抜き、他の四人もそれにならい、いっせいに地面へと下りていった。そのあとはかなり悲惨な権利争いが幕を開け、精悍な男が杖も使わずに四番目の男を殴り飛ばしたあたりで、リキエルは観戦をやめた。
 疲労のこもったため息をつくリキエルに、ルイズが言った。
「わかったでしょ? キュルケがあんたに惚れてるって噂が立てばどうなるか」
「あの男どもの恨みを買うか。わかりたくもなかったがなぁ~~、こんなことはァ」
「ほんと厄介なことになっちゃったわ。それもこれもあのツェルプストーが……! ああもうだめ、
やっぱり疲れた。わたしもう寝る」
 そう言うや、ルイズはぽいぽいと制服を脱ぎ捨てて、愛用のネグリジェに着替え終えたところでベッドに倒れこんだ。そして最後の力を振り絞って指を鳴らし、部屋の灯りを消した。机の上のランプだけが、小さく灯りをつけている。
 このランプは、リキエルがルイズに頼み込んで、こういう月のない夜にはつけてもらうようにしていた。リキエルの発作を知るルイズは、睡眠の妨げにならない程度ということで了承してくれている。
 すでに深い眠りに落ち込んでいるルイズに布団をかけてやりながら、リキエルはその常夜灯を見つめた。暖かなはずの光が、今日はなぜか、変にくどくどしい。
 リキエルは目を背けるように窓の外を見た。うすぼんやりとした光が、かろうじて月明かりとわかる。当たり前だが、星は見えなかった。



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