ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-19

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匿名ユーザー

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「ここまでする必要があるとは思えねえが、まあ仕事だしな」

傭兵がぶつくさと独り言を洩らす。
ガツガツと杖の先で壁に面した地面を小突く。
あらかた後始末を終えた彼が一息入れて合図を待つ。
どうせ楽な仕事なのだから酒の一杯でもやらせてもらいたい。
そんな事を考えながら緩み切った表情を浮かべる彼の目前を何かが横切る。
その何かは大きく地面を跳ねて壁へとぶつかって転々とする。

「何だ?」

傭兵がそれにレビテーションをかけて止める。
油断しているとはいえ何か分からない物に触れたりしない。
罠かも知れないという危機感は戦場では常に持っていた。
男は距離を保ちながらそれを観察する。
白い霧の中では見えにくい同色の球。
素材は皮なのだろうか、このような物がどうして地面で大きく弾むのか、
見た事もない代物に男は興味を惹かれた。
ディテクト・マジックで魔法の反応がない事を確認すると、男はそれを手に取った。

否。手に取ろうとした。

「え?」

まるで幻であったかのように、するりと男の手を通り抜ける白球。
男の困惑など意にも介さず白球は地面に転がり落ちる。
知らぬ間に傭兵の身体は震えていた。
“自分の知らない何か”への興味は、
“自分の理解できない何か”への恐怖へと変わっていた。

直後、男の足元が裂けた。
剣で斬られたように白球が転がった後を走る亀裂。
大岩を落としたとしても、このような痕は生まれない。
瞬時にして傭兵の身体が大地に飲み込まれた。
地下に引きずり込まれる感覚に、男は目を閉じ息を止めた。

そして気が付けば、そこにいた。
外にいたはずの自分がいつの間にか建物の中に。
それも校舎の中ではなく見た事もない豪奢な屋敷。
暖炉には火がくべられており、誰かがいた痕跡が残されている。
大きなテーブルには酒や菓子が置かれ、それを裏付ける。
幻覚か、それともどこかに飛ばされたのか、
だがディテクト・マジックはそれを否定する。
半ば自棄になって置いてあった酒瓶に手を伸ばす。
そして一気に喉の奥まで流し込んだ。
だが飲み込んだはずの酒は胃には至らない。
自分の身体を突き抜けて床へと酒が零れ落ちる。
その光景に、男は思わず手にした酒を落とした。
甲高い悲鳴を上げて砕け散る酒瓶。
頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
よろよろとふらつくように下がって壁に背を預ける。
見れば砕け散ったはずの酒瓶は中身ごと元通りになっていた。
まるで俺の姿をあざ笑うようにそれは床を転がる。
正気を失ってしまったのか、錯乱しかけた自分の顔に手を当てる。

「俺は……狂っちまったのか」
「いえ、貴方は正気ですよ」

突然響いた誰かの声に男は振り返ろうとした。
だが、それは出来なかった。
動かそうとした首は背後から締め上げられた。
何もない壁から生えたように伸びた腕。
それが自分の杖を掴んで喉元に押し当てる。
喉を潰され、詠唱どころか呼吸さえも侭ならない。
脳に回っていた酸素が絶たれて意識が遠のいていく。
ばたついていた足が力を失い、ぐったりと絨毯の上に伸ばされる。

それを確認するとコルベールは男の杖を手放した。
そして、ゆっくりと部屋の中央に運んで傭兵を寝かせた。
男の手足を縛り上げながらコルベールは辺りを見渡す。
何もない所に生み出された非現実的な空間。
これを作り上げたのはメイジではなく平民の少年。
溜息と共にコルベールの口から感嘆の声が洩れる。

「それにしても……『スタンド』と言いましたか、凄い能力です」
「僕には魔法の方がよっぽど凄く思えるけど」

それは決して謙遜ではない。
杖と詠唱さえあれば大抵の事は出来てしまう。
それこそ日常生活の支えから戦闘までこなせる。
そこまで便利な能力はスタンド使いでもそうはいないだろう。
だが、それ以上にエンポリオを驚嘆させたのはコルベールの技量だった。

いくら相手が混乱していたとはいえ、魔法を使わず使わせずに無力化する。
その手際は彼のいた世界の特殊部隊を思わせるほど鮮やかだった。
エンポリオはコルベールが最初に立てた作戦を思い返す。
彼は決して無謀な計画に臨んで多くの人間を危険に晒す人物ではない。
つまりコルベールには彼等は無力化するだけの自信があった、そう考えるほかない。
一体この教師は何者なのだろうか?と考えているとコルベールより声が掛かった。

「では君はここで待っていてください。私は残りの連中を片付けてきます」
「な……そんな!一人じゃ無理に決まっている!」
「いえ、問題ありません。必要な物は手に入りましたから」

そう言ってコルベールが男の全身を覆っていた布を剥ぐ。
恐らくは他の仲間も同じもので素性を隠しているのだろう。
これを被っていれば警戒される事なく敵に近付ける。
そうすればエンポリオのスタンドが無くても一人ずつ仕留められる。
コルベールは初めからそのつもりだった。
エンポリオのスタンド能力を利用するのは一回だけと心にそう決めていた。

「僕も戦えます!」
「ええ、知っています。君はとても勇敢な少年です」

顔を上げたコルベールが優しげに微笑む。
なのにエンポリオの目には彼の表情がどこか悲しげに映った。

「だけど君には戦って欲しくない……これは私のワガママです」
「そこまでして『スタンド』の事を隠さないといけないの?」
「そうです」

エンポリオはイザベラの言葉を思い出した。
“『スタンド』の事を誰にも話してはならない”
その約束を交わした理由は彼女の個人的な動機だけではなかった。
コルベールも彼の能力を目の当たりにするまでは危機感を感じていなかった。
エンポリオの能力を聞かされた時、彼はそれを先住魔法に近い物だと推察した。
相手に有りもしない部屋の幻覚を見せる、その程度だと侮っていた。
だが彼のスタンド“バーニング・ダウン・ザ・ハウス”を体験し、それは驚愕へと変わった。
断じて幻覚などではない。彼はこの場に全く別の空間を作り出している。
それは魔法でも先住魔法でも、恐らくは虚無の力でさえも再現できない能力。
この事が知られれば彼は間違いなく能力解明の為のモルモットにされるだろう。

アカデミーは探求の為ならば犠牲を省みない。
かつてコルベールは自分が所属していた実験部隊の事を思い出す。
“疫病の蔓延を防ぐために村一つ焼き払う”
それは自分にしかできない事だと思った。
子供から老人に至るまで誰一人逃さず焼き殺す。
それだけの腕と覚悟を持っているのは自分だけだと確信していた。
すべてはトリステイン王国の為、そこに住まう多くの民の為。

だが、私は祖国に裏切られた。
私が焼き殺したのは守るべき無辜の民。
たった一人の人間の出世の為に利用された生贄の羊たち。
アカデミーも恐らくは気付いていたのだろう、あの村に疫病など存在しない事に。
もし原因不明の病気が発生したならば必ずアカデミーの調査が入る。
なのに、そんな嘘に騙されていたとは考えにくい。

彼等は知りたかったのだ。
自分たちの実験部隊がどれだけの性能を発揮できるのか、
どのような任務であろうとも忠実に実行に移せるのか、
それを知りたくてリッシュモンの口車に乗った。

だけど彼等を責める事は出来ない。
そのような事が許されるはずがない。
実際に手を下したのは私だ。
それはどんな理由をつけようも変わらない。
何よりも私も彼等と同類だ。

私も知りたかったのだ。
自分の魔法がどれだけの事を成せるのか。
編み出しても使う事はないと思っていた魔法。
それを振るう機会を与えられた私の心は
あの時、確かに歓喜に震えていたのだから……。

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