ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ねことダメなまほうつかい-9

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匿名ユーザー

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 アルビオン大陸の青空を一匹の竜がルンルン気分で歌いながら、どこかに向かって飛んでいました。
 その背中には一組の男女の姿があります。 

「きゅい!子爵さま本当にお肉たくさん食べさせてくれるのね?」
「モチロンだとも!貴族は嘘はつかないさ」

 竜はうれしそうにきゅいきゅいと鳴くと、また歌を歌いはじめました。
 背中に乗っている魔法衛士隊の隊長風の貴族はバスケットからさくらんぼをひとつ取り出すと、
 それを口に入れて舌でレロレロと転がします。
 その様子を魔法学院の学院長秘書風の女性は呆れたように見ています。
 女性の視線に気づいたのか、隊長風の貴族はほほ笑みながら女性に問いかけました。

「マチルダ、きみもどうだい?」
「アタシは遠慮しとくよ。行儀悪いしね」
「子爵さま!シルフィもさくらんぼ食べたいのね!」

 竜がお願いすると、隊長風の貴族は手のひらいっぱいのさくらんぼを竜の口に放り込んであげました。
 口の中いっぱいにさくらんぼをほおばり、竜はゴキゲンなって空を飛びます。
 この竜はタバサの使い魔のシルフィードで、背中に乗っているのはなんと、あの裏切り者のワルド子爵と
 魔法学院を襲った土くれのフーケなのです。
 なぜシルフィードはふたりを乗せて飛んでいるのか、その理由は朝にまでさかのぼります。
 お日さまが顔を出したころ、シルフィードはラ・ロシェールの近くの森で目を覚ましました。
 昨日はたくさん飛んだのでおなかがペコペコです。
 タバサにごはんを貰おうと宿屋に行きましたが、あれだけいた生徒たちはみんないなくなっていました。
 ひょっとしたら桟橋にいるかもしれないと思ったシルフィードがそちらに向うと、ちょうど生徒たちが
 船をハイジャックしているところに出くわしました。
 シルフィードは厄介事はごめんなので遠くから生徒たちの顔を見ましたが、その中にタバサはいません。
 そうしていると船がふわりと浮き上がり、風系統の生徒たちが魔法を使って風を起こします。
 風で帆がパンパンに張った船は、ギシギシと悲鳴を上げながらドッギュゥーンと空をカットンで行きました。
 シルフィードでもちょっと追いつけそうにありません。
 いつまでもここにいても仕方がないので、シルフィードはごはんを探しに出かけました。
 そうして森の上をフラフラ飛んでいると森の中に隠れた一羽のグリフォンを見つけます。
 それは昨日の夜のグリフォンで、翼にけがをしているのでシルフィードでもやっつけられそうです。
 シルフィードは口をペロリとなめるとグリフォンに襲いかかりました。

「おとなしくシルフィの朝ごはんになるのねー!」
「ぼくのグリフォンになにをするだァーーッ!ゆるさんッ!!」

 シルフィードがグリフォンにかみつこうとすると、グリフォンを守るように風が吹き荒れます。
 これにおどろいたシルフィードは慌てて地面に降りてまわりを見ました。
 すると、グリフォンの影からひとりの立派な貴族が現れて、シルフィードに杖を向けて叫びました。

「わたしのグリフォンを傷つけることは、たとえ始祖が許そうとも、この魔法衛士隊グリフォン隊隊長
 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドが断じてゆるさんッ!!」
「……アンタ、魔法衛士隊クビになったじゃないか」

 森の奥からバスケットを持ったひとりの女性が現れてワルド子爵のあたまを軽くたたきました。
 女性の持ったバスケットからおいしそうな香りがするので、シルフィードのおなかがグウグウと鳴ります。
 それにつられてワルド子爵のおなかもグウグウ鳴りました。
 シルフィードとワルド子爵は、顔を見合わせてはずかしそうに笑います。
 女性はそれを見てほほ笑むと、シルフィードとワルド子爵を呼んで食事の用意をはじめます。
 ワルド子爵も森で狩ってきたイノシシを焼きはじめました。
 シルフィードは自分もごはんを食べられると思ってなかったので、きゅいきゅいと鳴きながら踊りだしました。
 イノシシをグリフォンと分けあったので、シルフィードのおなかの虫はまだ不満そうにしていましたが、
 シルフィードはごはんをくれたワルド子爵と女性にお礼を言います。

「ごはん食べさせてくれてありがとうなのね!それから……さっきはゴメンなさいなの。
 シルフィ、あのときはとってもおなかが空いてたのね」
「グリフォンは無事だし、そんなに謝ることはないよ。ジャン、アンタだって怒ってないだろ?」
「まぁ……腹が減ってはいくさはできぬと言うからな」

 女性が顔を近づけてきたので、ワルド子爵は顔を赤くしてソッポを向いてしまいます。
 しばらく照れているワルド子爵をからかった後、女性がシルフィードに話しかけてきました。

「シルフィードだったね?アンタ、ご主人さまといっしょにアルビオンに行かなかったのかい?」
「きゅい?!おねえさまアルビオンに行っちゃったの?どうして!!」 
「ひょっとして……きみのことを忘れていたとか?」

 閃光の二つ名を持ち風を自在に操る高貴なる魔法使いのワルド子爵の空気を読めない発言に、
 シルフィードは貧民街出身の男に生まれついての悪だと言われた男にむりやりキスをされた
 女性のようなショックをうけて、グスグスと泣きだしました。
 それを見た女性は怒ったようにワルド子爵のあたまをたたくと、泣いているシルフィードを慰めるように
 優しく言いました。

「シルフィのご主人さまは忘れてたんじゃなくてワザと置いていったんだよ。
 今のアルビオンは危険だからね、アンタに危ないことをさせたくなかったんじゃないかな」
「ほんと?でも……シルフィはやっぱりおねえさまといっしょにいたいのね」
「だったら追いかければいいじゃないか!!ぼくたちもこれからアルビオンに向かうんだ。
 きみもいっしょに来ればいい」

 こうしてシルフィードはワルド子爵たちを乗せて、途中で空から落ちてきたマストや木の破片を避けながら
 アルビオンに辿りつき、ワルド子爵たちの目的地である王都ロンディニウムに向かって空を飛んでいるのです。
 シルフィードは飛びながら、ふとあることに気づきました。
 よく考えると、どうして今まで気づかなかったのかとてもふしぎでしたが、シルフィードはまだ子どもなので
 あまりあたまが良くありません。
 ですが、子どもらしい素直さでワルド子爵に聞いてみました。

「きゅい、子爵さまはおねえさまたちの邪魔をしたのにどうしてシルフィに優しくするの?
 シルフィはおねえさまの味方だから子爵様の敵なのね。どうしてなの?」
「う~ん、どこから話したらいいのやら。そうだな……ぼくとマチルダの馴れ初めからかな」
「ジャン……余計なことは言わなくていいから。アタシが話すわ」

 マチルダはシルフィードにワルド子爵は本当は裏切り者ではなく、自分に協力するためにレコン・キスタに
 参加したことや、どうして自分が盗賊をしていたのかを話しました。
 マチルダの本当の目的は、 レコン・キスタの総司令官であるオリヴァー・クロムウェルの暗殺だったのです。
 盗賊をしていたのも有名になってからレコン・キスタに参加して、少しでもクロムウェルに近づくためなのです。
 恋人であるワルド子爵を最初は巻き込むつもりはありませんでしたが、幸運なのか、それとも不幸なのか、
 あるときワルド子爵に捕まってしまい、その思いを知られてしまいました。
 そして、大切な恋人であるマチルダを放ってはおけないワルド子爵は、彼女が捕まらないようにニセの情報を
 流したり、自分の地位を使ってレコン・キスタに参加した後、クロムウェルに信用されるようにまでなりました。
 シルフィードはふたりのお互いを思いやる愛情をうらやましく思ってきゅいきゅいと鳴きました。

「おふたりはとっても愛しあっているのね!!なんだかうらやましいのね、きゅい!」
「なに、きみにもいつかそんな相手が見つかるさ。なぁマチルダ……マチルダ?」
「えっ?!ごめん……聞いてなかった」

 よく見るとマチルダの肩は小刻みにふるえ、手をギュッと握り締めていました。
 話すうちにあの恐ろしい夜の出来事を思い出してしまったからです。

 それはちょうど二年前の、とても静かな夜に起こりました。
 その日はなぜかとても眼がさえて眠れなかったマチルダは、少し散歩しようと部屋を出て庭に向かいました。
 庭に向かうまでの廊下も、まるで自分以外にだれもいないようにとても静かで、少しだけ心細くなりましたが、
 その内にだれかに会うだろうとそのまま庭に向かいます。
 庭につくまで、マチルダはだれにも会いませんでした。
 いつしかマチルダは、散歩をするよりもだれかに会いたいと思っていました。
 庭でいつもいる警護の兵士を探しました。
 兵士は見つかりませんでしたが、そのかわりに奇妙な彫像を見つけました。
 昼間に庭に来たときはなかったものです。
 ちょうど月が隠れていてよく見えないので、マチルダはその彫像に近づこうとして、すぐ立ち止まりました。
 なんとその彫像が動いたのです。
 その彫像はマチルダに向けて、手に持っていたものを放りました。 
 それを見たマチルダは悲鳴を上げました。
 マチルダの足元にあるものは、見るも無残に姿を変えた人間だったのです。
 おどろいて動けないマチルダに向かって、今まで彫像だと思っていた男はこう言いました。

「次は貴様だ」

 そう言って男はマチルダに向かってゆっくりと歩いてきました。
 マチルダはあまりの恐ろしさに、戦うことも、逃げることも、声を出すことさえできません。 
 自分はここで終わる。
 そう思ったとき、自分のうしろから男に向かってなにかが飛んでいきました。
 不意打ちのその攻撃を男はうしろに飛んで避けます。
 そして、だれかに手を引かれました。
「逃げろマチルダ!!早く行けッ!」 
「と、とうさま!?」
「マチルダ!こっちに来なさいッ!」

 母親に手を引かれるままに、マチルダはひたすら走りました。
 そして、屋敷で一番丈夫な宝物庫の中にあるクローゼットに押しこまれました。
 マチルダはなにが起こったのか、そして、あの男はだれなのかを母親に聞きました。
 母親からの答えは、すでに屋敷のものは父と母、そして、自分以外は皆殺しにされてしまったという、
 マチルダが一番聞きたくないものでした。
 マチルダの家であるサウスゴータの一族は代々王族護衛官を務めています。
 その強さはアルビオンでも並ぶものがなく、ハルケギニア有数の武門の家系なのです。
 マチルダの父親もとても強く、彼女を嫁にもらおうとやってきたワルド子爵と戦い無傷で勝ってしまうほどです。
 マチルダは父の強さを信じていましたが、どうしてもからだのふるえを止めることができません。
 ふるえるマチルダを、母親はそっと優しく抱きしめて言いました。

「マチルダ、ここから出てはいけません……生きるのですよ」
「か、かあさまなにを言うのです!きっととうさまがあの男を……!」

 マチルダの言葉は、宝物庫の扉が壊される音に消されてしまいました。
 そして、扉の奥からあの男が現れました。
 母親は男に杖を向けますが、男はそれが目に入らないようなそぶりで、ぐるりと宝物庫を見渡します。
 それからフンッと鼻を鳴らすと、男はまるで散歩でもするように母親に向かって歩きだしました。
 母親は呪文を唱えて男を攻撃しましたが、男は軽々とそれを避け、アッサリと母親の胸を打ち抜きます。
 母親を殺したあと、男はその死体を道に落ちている小石のように蹴飛ばすと、マチルダの隠れている
 クローゼットに向かってきました。
 そして、クローゼットの前で立ち止まりニヤリと笑うと、いくつかの宝物を奪っていなくなりました。
 マチルダはそれを、ただ見ていることしかできませんでした。
 それから、屋敷のようすがおかしいことに気づいた街の衛兵たちにマチルダは助けだされます。
 この夜の出来事はマチルダのこころに深い傷を残しました。
 それから一年後、レコン・キスタが反乱を起こし、マチルダは父の形見と共にアルビオンから消えました。

 マチルダは考えます。
 自分が仇を討てるのか?
 マチルダは思います。
 自分はあの夜のようになにもできなんじゃないのか?
 マチルダはふるえます。
 あの男を前にしたら怯えることしかできなんじゃないか?
 マチルダのこころは不安で押しつぶされそうになりました。
 ふるえるマチルダの肩を、ワルド子爵は優しく抱きしめました。

「きみにはぼくがいる。違うかい?」
「そうね、ジャン。あなたがいるなら……」

 そうしてふたりは見つめあい、ゆっくりと顔を近づけたところでシルフィードがゲフンゲフンと咳き込みました。
 ふたりはハッとなって離れます。 
 そのふたりにシルフィードは少し怒ったように言いました。

「乙女のまえで見せつけちゃってからに……そんなことしてたら背中から落っことしてやるのね!!」
「いや~、ハハハ……おっロンディニウムが見えてきたぞ!」
「アラ、ホントだね。無事につけてヨカッタヨカッタ」

 ワルド子爵とマチルダはわざとらしく言った後、まだなにか言いたそうなシルフィードの口に
 サンドイッチを放りこんであげます。
 シルフィードはサンドイッチをほおばりながら、モヤモヤしたものを吹き飛ばすようにスピードを上げて
 ロンディニウムに飛んでいきました。

 かつては栄えていましたが、レコン・キスタが占拠してから死んだように静かなロンディニウムの大通りを
 ふたりの男が歩いていました。
 ふたりとも背が高く、ひとりは頭巾をかぶり、もうひとりは前にだけツバがある帽子をかぶっています。
 頭巾をかぶった男は肌をさらした服装で、帽子をかぶった男はマントに袖をつけたようなものを身に着けています。
 ふたりとも無言で、ただ前だけを向いて歩いています。
 そのふたりに一匹の子犬が近づいてきました。
 おなかが空いているらしく、フラフラとしています。
 頭巾をかぶった男は子犬をチラリと見ただけでしたが、帽子をかぶった男はポケットから布に包まれた
 干し肉を子犬に投げました。
 子犬は干し肉の臭いをかいでから、うれしそうに尻尾をふるとそれをくわえて通りの向こうに走りました。
 その先には子犬よりもっと小さい、おそらくは兄弟の犬が待っています。
 帽子をかぶった男はそれを見てほんの少しだけほほ笑み、歩きだそうとしたときにそれは起こりました。

「どけどけぇーッ!邪魔だ貴様らァーッ!!」

 一台の馬車が通りをすごいスピードで走ってきました。
 その先には、干し肉をくわえた子犬がいます。
 御者は子犬に気づいていましたが、止まろうとはしません。
 馬車が子犬がいたところを走り去りましたが、なぜか子犬は帽子の男の腕に抱えられていました。
 そして、その馬車はふたりの男のとなりを走り抜けた後、盛大に事故を起こしていました。
 事故を起こした馬車の近くにいた平民たちが、野次馬根性まるだしで馬車に群がります。
 そして、集まった平民たちはおどろきました。
 御者と馬車、そしてその中に乗っていた貴族が真っ二つになっていたのです。

「な、なんだこりゃ?!」
「見ろよこの切り口……まるでカミソリで切ったみてぇだ」

 帽子の男は騒ぎを無視して、やれやれだぜと呟いて子犬を地面に降ろしてから顔を上げました。
 目線の先にはハヴィランドの宮殿があります。
 そうして見上げていると、青いうろこの竜がハヴィランドの宮殿に降りていきました。
 子犬がお礼をいうようにあたまを下げるのを見てから、帽子を少しなおして男は歩きだしました。

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