ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

Epilogue ひとときの幸せ 前編

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
Epilogue ひとときの幸せ

 首都トリスタニアでもっとも広いブルドンネ通りをまっすぐ進んだ先に聳え立つトリステインの王宮。そこに住まう王女の居室で、包帯姿の少女が王女アンリエッタを前に自らに課せられていた任務の報告を行っていた。

「そうですか。手紙は、敵の手に……」

 アンリエッタは、組んだ手の上に視線を落として呟いた。
 これで、トリステインは一国にてレコン・キスタと対峙しなければならなくなる。
 現状のトリステインの戦力では、苦戦は必至だろう。民に、臣下たちに苦難を強いなければならなくなった。
 どう言い訳したものか。
 このことを知った宰相のマザリーニの怒りを想像して、アンリエッタは身を震わせた。
 ゲルマニアとの政略結婚の妨げとなるものは無いかと、幾度も問いかけられながら無いと答えてきたのだ。だというのに、この有り様。鳥の骨などと民衆に揶揄される宰相は、過去に無いほどの怒りを見せることだろう。
 だが、その怒りも、痛々しい姿を晒す親友の前には些細なことに過ぎない。
 頭と頬にガーゼが止められ、衣服の隙間から覗く肌を全て隠してしまうかのように、白い包帯が全身を包んでいる。水の秘薬を塗りつけられた部分からは、つんと鼻につく臭いが漂っていた。左のわきの下には、不安定な体を支えるための松葉杖もある。
 それが、報告を優先したいと願ったために十分な治療を受けられなかったルイズの、今の姿なのだった。
 迂闊な自身の行動が、本心から慕ってくれる大切な友人を殺しかけた。そんな事実に、アンリエッタはキリキリと締め付けられるような心の痛みを感じていた。

「極秘の任務でありながら、よくやってくださいました。ああ、わたくしが良かれと思ってつけた護衛が、まさか裏切り者だったなんて……!ごめんなさい、ルイズ。あなたを危険な目に遭わせてしまって」

 その言葉に、ルイズはゆっくりと首を振った。

「いいえ、姫殿下。こうなることを理解していなかったのは、わたしのほうです。危険な任務だと分かっていながら、頼られるままに考えも無く行動を起こしてしまいました。今回のこれは、いい教訓だと思っています」

 そう言って、ルイズは首から布で吊られた今もじくじくと痛む右手に視線を向ける。
 任務を受けたあの日、同情を引くような言葉をかけてきたのはアンリエッタだったが、それに乗ったのはルイズだった。内戦の真っ只中だと、アンリエッタは任務を課す前に忠告をしていたのに、その意味を理解しないうちに了承し、大した覚悟も無くアルビオンに赴いたルイズは、アンリエッタを責められる立場には無い。
 幸いにして、仲間に死人は出ていない。怪我をしたのも、ルイズだけだ。
 そのことだけが、ルイズとアンリエッタにとって、唯一の救いだった。

「ねえ、ルイズ」
「なんでしょう、姫殿下」

 部屋の窓から見える青い空を見上げたアンリエッタの呼びかけに、ルイズは同じように空を見上げて答える。

「あの人は……、ウェールズ様は行方不明、でしたわね」
「……そうです。敵の補給線を叩くために出陣して、それきり消息を絶っています」
「なら、少しくらい希望を抱いてもいいのかしら」

 独り言のような言葉に口を閉じ、流れ行く雲を視線で追う。
 アンリエッタがなにに期待しているのかをルイズは察したが、それについてどうこういう気は無かった。
 敵の手に落ちたはずウェールズの身柄については、内戦の終焉から三日経った今でも何の情報も広がっていない。一部では決戦に赴いた王党派の指揮をとっている姿を見たという噂もあるが、前日まで城にいたルイズたちはウェールズの姿など見ていないのだから、信憑性は薄いだろう。ロサイスの軍港で連行される姿があったとか、田舎の村に潜伏していたとか、貴族派の主導者クロムウェルを暗殺しようと、シティ・オブ・サウスゴータの近隣にある森に潜んでいたという話もある。だが、どれも裏づけは無く、噂の域を出ていない。
 中には、ここトリステインに難民に紛れて潜伏をしているという話まである。
 アンリエッタは、そのどれかの噂が真実であって欲しいと思っているのだろう。
 いつか、ウェールズが亡くなったという報告を受けるまで、そんな儚い夢を抱くのだ。
 手紙の奪還に失敗した以上、レコン・キスタとの戦争は避けられない。戦いが始まれば、そんな想いに胸を焦がす時間も無くなる。
 今だけは、王女は少女でいてもいいのではないか。
 擦り切れるほどに読まれた手紙を思い出して、ルイズはそう思った。
 少しの時間を置いて、二人は空を眺め続けた後、こほん、というアンリエッタの咳払いを合図にして向き直った。

「ルイズ・フランソワーズ。此度の任務を引き受けてくれたこと、そして、生きて戻ってくれたことに感謝いたします。本来なら、勲章や褒賞を与えるべきなのでしょうが、極秘ゆえにそれも出来ず、わたくしにはあなた方の忠誠に報いる術がありません」

 悲しげに視線を落として、アンリエッタは両手を胸の前に移動させた。

「任務は失敗に終わりました。ですが、貴女方は学生の身でありながら十分に働いて下さいました。その労を労う意味を込めて、わたくしが個人の裁量で与えられる恩賞を差し上げたいと思います」

 指に嵌められた指輪を抜き、アンリエッタはそれをルイズに差し出した。
 それは、任務の報告に合わせて返却してばかりの、水のルビーだった。

「姫殿下、これは受け取れません。トリステインの国宝だとアルビオンで教わりました。そのようなものを、任務一つ満足にこなせない者にお与えになられるなど……」
「いいのです。始祖の秘宝であることは、わたくしも存じております。ですが、王家の一つが潰えた今、連綿と受け継がれてきた多くのものが価値を失いました。これも、その一つです」

 どうか、受け取ってちょうだい。と、アンリエッタはルイズの手をとって強引に水のルビーを握らせた。
 いくばくかの逡巡の後、それで姫殿下の気が納まるならと、ルイズはそれを受け取ることを了承する。
 任務に失敗したのに、罰を与えられるどころか国宝を賜るなんて。
 なんとも奇妙な話だと、ルイズは心の中で苦笑した。

「さあ、ルイズ。オールド・オスマンには事前に話を通してありますから、ゆっくりとお休みなさい。わたくしは、これから軍備の再編のために奔走しなければなりません。ゲルマニアとの軍事同盟が成されないのなら、トリステインは近く戦火に飲まれることになりますから」

 傍らの執務机に置かれた水晶を頭に乗せた杖を手に取り、口元を引き締める王女の姿に、ルイズはかつて自身の王族としての責務に押し潰されそうになっていたアンリエッタの弱々しい印象が、見違えるほどに薄くなっているのを感じた。

「はい、姫殿下。ですが、わたしも父に手紙を書き、侵攻に備えたいと思います」
「長きに渡り王家に忠誠厚く仕えてくれたヴァリエール家に、王女として感謝いたします。でも、あなたはその体なのだから、無理はしないでね」

 心配するようなアンリエッタの言葉に、ルイズは笑顔を浮かべて返した。
 深くお辞儀をして、部屋の扉へ足を向ける。
 その背中に、アンリエッタが声をかけた。

「ルイズ。どうか、あなただけは、わたくしの下から消えたりしないでください」

 悲しみを孕んだ響きに、ルイズは振り返って軽く握った左手を胸に置いた。
 酷く不恰好な敬礼。
 そんな姿に、アンリエッタは子供の頃の遊びを思い出す。
 子供心に憧れた、貴族らしい貴族たちの勇敢な姿。それを真似たおかしなごっこ遊びに夢中になっていた子供時代。騎士とヒロインに別れたものの、どっちがお姫様役をするのかで喧嘩をしたものだ。そのときに、当時有名だった騎士の姿を真似て敬礼の練習をしたことがあった。
 ルイズは、お互いがまだかつての関係を崩していないのだと、暗に語っているのだ。

「そう、そうですね、ルイズ。わたくしの、ただ一人の親友。貴女とわたくしがあの頃の想いを忘れない限り、この絆は永遠のものなのですね」

 ルイズと同じように胸元に手を当てたアンリエッタは、久しく忘れていた無邪気な笑みというものを浮かべて、照れくさそうに頬を赤くした。

「わたくし、もう少しだけ頑張ってみます。皆の期待に答えるためにも。そして、貴女の支えを無駄にしないためにも」

 敬礼を解いて、アンリエッタの言葉をしっかりと心に焼き付けたルイズは、改めてお辞儀をして部屋を後にした。
 閉じられた扉の向こうから聞こえてくる、高らかに気合を入れる年頃の少女の声。
 それは王の責務を知らずして夢を語る、少女時代のアンリエッタの声だった。
 でも、一つだけ違うことがある。
 今のアンリエッタは、責任を背負っていることを自覚している。その上で、子供の頃の声を出しているのだ。
 自分の目から見てもまだまだ未熟な女性だが、きっと、いい指導者になる。
 そのときが来たなら、わたしは迷い無くジェームズ一世から託されたものを渡せるだろう。
 トリステインの未来は、明るいものだと信じられるのだから。


「なるほど、ワルド子爵。君はどうやら、いささか疲れているようだ」

 瓦礫の山の中、死体が散乱する場所の上でそう言ったのは、三十代の中ほどに入った年齢の聖職者風の男だった。
 丸い帽子に、緑色のローブとマント。瞳は青く、鼻は高い鷲の嘴のような形をしていた。
 貴族派の指導者、クロムウェル卿である。
 小さな溜め息を交えてカールした金髪を砂埃の混じる風から帽子で隠し、足元に転がる多くの死体の一つに目を落とす。
 そこにあったのは、金髪の精悍な青年。
 ウェールズだった。

「君は、確かこう言ったね?シティ・オブ・サウスゴータの郊外にある丘で、暗殺者と共に行動していたウェールズを討った、と。しかし、ここはサウスゴータではなく、ニューカッスルの地だ。これは、どういうことなのかな」

 後方にいた羽帽子の男が、その場に跪き、顔色を青くさせた。
 確かに仕留めたはず。心臓を正確に突いたのだから、生きていたはずが無い。
 記憶の中の光景と手に残る感触を思い起こして、ワルドは利き手を握り締めた。

「ふむ、返答は無しか。せっかく手に入れた手紙は血に汚れ、使い物にならなかった。不意打ちで脇腹に深手を受けたと言うが、そんな跡など、どこにもないではないか。君の怪我は、首筋と、踵にしかない。脇腹には服に穴が開いておるだけだ。血の跡は確かにあるが、ふむ、返り血のほうがしっくり来る。少なくとも、余にはそう見えるがね」

 責めるような、それでいてどうでもよいような口調で語りかけるクロムウェルに、ワルドは奥歯を噛み締めて苦々しい表情を浮かべた。
 まさか、鳥と間違えてグリフォンを撃つような馬鹿がいるとは、信じては貰えまい。治癒能力をもったエルフがたまたま敵の仲間にいたことや、その場にウェールズが偶然で居たことも。
 敵の中に吸血鬼がいたという話だって、俄かには信じがたい事実だ。
 首筋の傷は、吸血鬼の存在証明よりも、むしろ否定要素に繋がっている。屍人鬼を作ることができる吸血鬼に噛まれたというのに、無事である方がおかしいのだ。
 暗殺者に、王子に、吸血鬼に、エルフ。
 どこにそんな集団があるというのだ。御伽噺でもあるまいし。そんな連中が居たと聞かされても、実際に目にしていなければ自分でも馬鹿馬鹿しいと吐き捨ててしまうだろう。
 アルビオン王を仕留めたことも、死体が破壊された壁の向こうに並んでいたことで、砲の直撃を受けたと判断されていた。実際に、砲弾と思われる金属の破片や、焼けた跡もあった。
 王の死体の検分をすればワルドの持つレイピアによる刺殺だと証明できたはずだったが、最悪なことに、ルイズの失敗魔法が死体の状態を悪化させ、正確な判断を許さなかった。
 つまり、実績の証拠が一つも無いのだ。
 そのことでワルドは、クロムウェルに任務の一つも果たせない無能の烙印を押されていた。

「余は、うむ、余などという大層な言葉を使うことは許してくれたまえ。……余は、まだ僧籍に身を置いておる。司教として、迷える民を導くこともやぶさかではない。故に、言い訳があるのであれば、心を広くして耳を傾けようと思う」

 真実か嘘かなど、もうどうでもいいのだろう。
 心底呆れ果てたために、せめて妄言とも聞こえる真実よりも、仕方が無かったのだと思える慰めのような嘘を求めているようだった。
 だが、どう言い繕っても、ワルドの評価が変わるわけではない。
 このまま切り捨てるか、兵の一人として使うか、その程度の差でしかないのだ。

「さあ、どうしたね子爵。余は、あまり人を急ぎ立てるのは好きではないのだ。手間をかけさせないで欲しい」

 顔を寄せ、薄く笑みを浮かべるクロムウェルを前に、ワルドは何度も心の中で悪態を吐いた。
 だが、憎しみを向けるべき相手は、ここにはいない。一人は殺し、一人は蹴り飛ばし、もう一人からは逃げてきたのだから。

「怖い顔をしているな、子爵。それほど怖い顔では、神も君に目を向けられまい」

 天が見放しているのだとも受け取れる言葉に、ワルドは思わず共感しそうになって肩を落とした。
 自分でも、この状況の酷さを無意識に認めていたのだ。裏切りに対する罰であるかのような状況を。
 それでも、捨てる神あれば拾う神あり、とでも言うのだろうか。クロムウェルたちに近づいてきた妙齢の女性が瓦礫の中に転がるウェールズに視線を向けたかと思うと、薄く笑ってクロムウェルの耳元に何かを囁いた。
 ワルドに向けられていた冷たい視線が、途端に暖かさを得る。
 雰囲気の変化を感じて、ワルドは顔を上げた。

「……ふむ、ふむ。なるほど。そうか、そうだったか」

 女の言葉に仰々しく頷いたクロムウェルは、ワルドの肩に手を置いてニコリと笑った。

「すまなかったな、ワルド子爵。余は思い違いをしていたようだ。子爵は確かに余の望んだ命を果たしてくれたらしい」

 そう言って、クロムウェルは足元のウェールズの死体に視線を向けた。
 傍らに控えた女性が魔法に用いる言葉、ルーンを二言三言呟くと、ウェールズの死体が急速に縮み始める。
 そこにあったのは、ちっぽけな人形だった。

「見よ、ワルド子爵。今は無き王党派は、このような人形を頭に据えて最後の決戦に臨んだようだぞ。なんとも滑稽な話ではないか。そう思わないかね?」
「決戦の朝方、唐突に土の中より大きなモグラに導かれて現れたと、生き残り傭兵が語っておりましたわ。主な指導者が失われたために、本物か偽者かどうかも確かめることなく本人として扱ったとか」

 黒い衣装の妙齢の女性は、どこからか聞いてきた情報を話して人形を拾い上げた。

「スキルニル。そう呼ばれる魔法人形です。血を塗りつけると、血液の元となった人物の姿を模倣します。思考や、行動までも」

 女の説明に、ワルドは奥歯を噛み鳴らす。
 心臓を刺されたウェールズの代わりに、丘に居た誰かが用意したのだろう。エルフが居たことを考えれば、そういう道具があっても不思議ではないように思えた。

「しかし、偽者の皇太子は随分と頑張ってくれたものだ。千の兵で、余の軍の五分の一を見事に打ち砕くとは。まったく、予想するに難い結果となってしまった」

 約五万。シティ・オブ・サウスゴータに半数を残したとはいえ、それだけの兵力を相手にして、王党派は一万を切り崩したのだ。
 死者四千人、戦時復帰の見込めない重軽傷者六千人。治療中の傷病者を含めれば、二万近い数のそれが、たった千人の王党派によってもたらされた被害である。
 絶対的な戦力差を前にして十倍の兵力を打ち砕いた王党派は、死して伝説となったのだ。

「さて、これは困ったぞ。トリステインとゲルマニアが軍事同盟を築くのを阻止するのは、もはや避けられん。当初はそれでも構わぬと思っていたが、軍の疲弊は無視できぬ規模となってしまった。半年は力を蓄えねば、戦争どころではない」

 そう言いながらも、クロムウェルは困った表情を浮かべることなく戦場跡を眺め見た。

「はてさて、なかなかに重労働になりそうだ。ワルド子爵、少々手伝ってもらえないかね?」
「断る口は持ち合わせておりません、閣下」

 ウェールズの暗殺に成功したのだと認めてもらえはしたが、やはり、印象が良くないことは確かだろう。
 従順な振る舞いが必要だと、ワルドは頭を垂れた。

「それは頼もしい。しかし、なに、大したことではない。ただの死体集めだ。城の中庭にある池の傍に、ありったけの死体を集めてもらえるかね」
「……死者は病を呼びます。炎で焼くのでしょうか?」

 戦場で死んだ人間の周囲で深刻な疫病が生まれることは、戦場に立つ者にとっては常識だ。
 それを思っての質問だったが、クロムウェルは首をゆっくりと横に振って、背筋を冷たくするような感情の乗らない笑顔を浮かべた。

「死んでしまえば、誰もがともだちだ。ただ、それだけのことだよ」

 クロムウェルの指で、深い水色を称えた指輪が光っていた。


 アンリエッタとの謁見を終えたルイズは、待合室で待機していた才人たちと合流して城下に下りていた。
 まだ戦争が始まるなどとは知らない人々は、大通りに露天を広げ、それぞれの商売で夕飯のパンを買うために当たり前のように働いている。行商人が荷馬車に山のような荷物を乗せて道を行くかと思えば、その正面を包みを抱えた少女が横切り、突然止められたことに驚いた馬の嘶きに紛れて、露天の主人が客に渡すつり銭を誤魔化していた。
 当然のように繰り返されている日常だというのに、それが終わることを知っている身となると、なぜかその姿が呑気なものに思える。
 心のどこかで、戦争が始まると知らせたほうがいいのではないか、とさえ思ってしまう。
 だが、こちらから宣戦布告が出来る状況で無い以上、唐突に彼らは戦争の始まりを知ることになるのだろう。そのとき、この町の様相はどのように変わるのだろうか。
 無意味な想像だとは分かっていても、ルイズはその光景を脳裏に描こうとする行為を止めることが出来なかった。

「この長い道を徒歩で移動かあ。タバサがシルフィードなら、学院まであっという間だったのになあ」

 町の外にまで続く道の先に視線を向けた才人が、腕に抱えた包みを持ち直して面倒臭そうにぼやいた。

「仕方ないわよ。あの子にも事情があるんでしょうし、迷子になってたギーシュの使い魔を運んでくれただけでも感謝しておかないと」

 ルイズが後ろを振り向くと、モグラなのに地上を歩いているヴェルダンデとギーシュが戯れている姿があった。
 アルビオンを脱出したルイズたちとタバサが合流したのは、ラ・ロシェールから馬で走り出して二日半。トリスタニアに到着してからだった。
 その時に、タバサは手紙の奪還に失敗したことを申し訳なさそうに謝り、アルビオンで偶然見つけたというヴェルダンデをギーシュに返して、シルフィードと共に止める間もなく飛んで行ってしまったのだ。
 あの時のタバサとシルフィードの疲れた様子を、ルイズはよく覚えている。

「やっぱり、ついて行った方が良かったのかしら」

 はあ、と溜め息を吐いて、ルイズたちの後ろを歩いていたキュルケが、遠くの空に視線を向けた。
 人に頼ろうとしないどころか、一人でなにもかもを背負い込む癖がある小さな少女が、普段変わることの無い表情を暗くさせていたのだから、心配にならないはずが無い。
 大丈夫かしら?ちゃんと眠っているのかしら?ご飯は食べてる?危険なことをしていないわよね?一段落したら、顔を見せてちょうだい。
 などと、幼い我が子に気遣う母親のような気持ちで、キュルケは両手を胸の前で合わせる。
 どうにもこうにも、タバサの姿が見えないだけで落ち着かないらしい。

「友達だからって、相手の個人的な事情にまで首を突っ込むのは下品よ。ツェルプストー」

 タバサの姿を見てから、今までずっと溜め息ばかりを吐いているキュルケに、いい加減邪魔臭さを感じたルイズが咎める。
 すると、キュルケは頬に手を当てて嘲笑うかのように高笑いを上げた。

「あら、友達じゃなくて親友よ、し・ん・ゆ・う!ま、友達の居ないヴァリエールには、その辺りの気持ちなんて理解できないのでしょうね」
「だ、誰が孤立してるですって!?こ、ここ、この乳デカ女!あんただって、タバサ以外の友達が本当にいるわけ!?一度も見たこと無いわよ!」
「な、馬鹿にしないでよ!そりゃあ、友達になる相手の恋人を何人かつまみ食いしたけど、友人関係が途切れたわけじゃ……、えっと、あー、……うるさいわね!いいでしょ、べつに!」

 気の強さと性格の問題を指摘し合い、お互いに友人が居ないことを罵り合うという不毛な戦いの火蓋が、唐突に切って落とされた。
 どうしてそんなに喧嘩っ早いのか。
 一人取り残されてしまった才人は、通行人の迷惑そうな目にペコペコと頭を下げて、同属嫌悪か犬猿の仲かといった二人の少女を止めることも出来ず、自分の周囲にはまともな人間が居ないのかと思い悩むのであった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー