ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

味も見ておく使い魔 第四章 前編

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匿名ユーザー

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トリステイン王国とガリア王国にはさまれたラグドリアン高地。その高地に、国境
をはさむように、ハルケギニア随一の名称地『ラグドリアン湖』はあった。
国境線上に存在するこの湖は、交通の要衝でもあり、ガリアとトリステインを行き
来する商人たちは、ほとんどがこの近くを通過する。
ただ、ガリアとトリステインの、長年の確執にもかかわらず、この地域が戦のにお
いを放った歴史はない。

なぜか?
それは、この地が人間の土地ではないからだ。
人ならざる、水の精霊の土地。精霊の住まう場所。
それが、ラグドリアン湖畔であった。

水の精霊の時は長い。
人の時間にとって、水の精霊が出現する頻度はあまりにも長く、時間は短い。
だから、実質的に、水の精霊と会うことができるのは、トリステイン王国との盟約
の更新を行う以外、人間に出会うことはないといってよかった。
そして、その希少価値と、水の精霊の美しさの『うわさ』(なにしろ出会った人間
はほんの少ししかいないのだ)が重なり合い、
「この湖で誓った誓いは必ずかなえられる」という伝説が出来上がっていた。

アンリエッタとウェールズが出会ったのは、この、ラグドリアン湖の湖畔であった。
トリステイン王国は、三年前、このラグドリアン湖の前で、大規模な園遊会を施した。

名目は、大后マリアンヌの誕生日であった。
だが、それだけではない。
当時、騒ぎになり始めた、アルビオンの貴族派(当時は議会派と名乗っていたが)
の不気味な台頭とともに、トリステインは、
「王党派と議会派、どちらに味方するか」という、判断材料を欲していた。
そのため、アルビオンの王党派と議会派、双方の有力者を招いて、彼らがどれほどの
余力を持っているかを判断しようとしたのだった。

無論、トリステイン側にはその意図を表に出すつもりはない。
ガリアやゲルマニア、ロマリアといった、他国の貴族たちにたいしても、同様の招待
を行っていた。
このような背景から、その年の宴会は、あまりにも規模が多すぎて、トリスタニアの
王宮では用が足りず、やむを得ずラグドリアン湖での野宴となったのだった。

だが、当時のアンリエッタにとってはそのような政治的背景などまったく意味はない。
彼女にとって、この宴会は、挨拶・追従・おべっかでしかなかった。
その瞬間までは。

大園遊会も一週間も過ぎたある夜、アンリエッタは共も連れず、ひとり、静かな湖
畔を歩いていた。
アンリエッタは孤独がほしかったのだ。
遠くにいまだ続く舞踏会の音を背にし、アンリエッタは湖上に浮かぶ二つの月夜を
眺めた。

「ふう」
アンリエッタは安堵のため息をつく。
今のアンリエッタは、一糸もまとわぬ姿で湖の中に浮かんでいた。
あまりの湖のきれいさに、思わず、ドレスを脱いで、湖の中に入ってしまったのだ。
漣が長い髪の毛をつたい、心地よい。
そのとき、
湖畔の、ドレスを置いておいたあたりに人の気配が合ったのをアンリエッタは感じた。
「誰?」

中途は省こう。その男こそ、ウェールズであった。
アンリエッタとウェールズは、この日を境に、宴の夜な夜な、二人だけで密会を図る
ようになった。愛はどこにでもあり、どこにもない。
二人は会えば会うだけ、二人が二人だけ会える時間、残りの時間が少なくなるのを強
く感じ、ますます切なく、そして互いを愛するようになっていった。
そして大園遊会の最終日。すなわち二人が二人だけであえる最後の日。


アンリエッタとウェールズは、連れ添ってラグドリアン湖の湖畔を歩いていた。
二人とも、この日が最期の飛騨ということがわかっていた。
不意に、ウェールズが立ち止まる。
一歩遅れてアンリエッタも立ち止まる。
そして、何かと振り返ったアンリエッタの唇に。
やさしく、ウェールズの唇が重ねられたのだった。
驚くアンリエッタにウェールズはやさしく笑いかける。
「好きだ。アンリエッタ」
顔の近いままのウェールズに、アンリエッタは顔を真っ赤にした。
「そんな……私もです」

「さて、君とすごせる楽しみも今宵限りだ。まったく、お互い損な生き方をして
 いるね。できるものなら、もっと君とこうして二人きりでいたかったが」
ウェールズはそう笑ったが、それは作り笑いだった。
アンリエッタは泣きそうになりながら、いった。
「ならば、私と水の精霊に誓ってくださいまし」
「誓い?」
「ええ、このラグドリアン湖に住む水の精霊の別名は『誓約の精霊』。
 その前でなされた誓約は必ず果たされるとか」
「それは迷信だろう?」
「ええ、迷信ですわ。ですが、迷信ですが私は信じます。
 ウェールズ様が誓うのならば、私は絶対に信じます」
ウェールズはそう聞いて、困ったような、それでいてとても嬉しそうな笑顔をアン
リエッタに向けたのだった。

「僕はきみが好きだ。そして君は僕が好きだ。それで十分じゃないか?」
アンリエッタは目を閉じて、湖の中に入っていった。
静かな湖面が波紋を描く。
「トリステイン王国王女、アンリエッタは水の精霊の御許で誓約いたします。
 ウェールズ様を、永久に愛することを」
アンリエッタはそこまで一息で言うと、目を開けた。
「さあ、次はウェールズ様の番ですわ」

ウェールズは水の中に入っていった。
だが、それは水から望んでというよりも、かわいい人の懇願を聞き入れた様子であった。
ウェールズも目を閉じる。

「アルビオン王国、皇太子ウェールズは水の精霊の御許で誓う。
 いつしかアンリエッタと、このラグドリアン湖畔で誰の目もはばかることなく、
 手を撮り歩くことを」
そして、静かに目を開けた。
「誓ったよ」
アンリエッタはわずかに目を伏せた。
「愛を誓っては下さらないの?」
しばしの間のあと、ウェールズが囁く。
「同じことだよ、アンリエッタ」
そして再び唇が交わされた後、ウェールズが悲しそうに告げる。

「僕はアルビオンの民を背負ってたっている。
 アンリエッタ、君は僕が、彼らを不幸にすることを望んでいると思うかい?」
「いいえ……」
「そうだね。アンリエッタ、よくお聞き。僕たちは王族だ。僕たちは、個人の意思
 で他人の生き死をも左右できる権力を持っている。だがね、だからこそ、個人の
 感情に振り回されてはいけないんだ。人形になるんだ、アンリエッタ。そのほう
 が、君にとっては幸せなのだよ……」
アンリエッタは、信じがたい気持ちになった。
なにか、とても冷たいモノがアンリエッタの心の中に入り込んでくる。
そのとき、遠くから、アンリエッタの従者、ラ・ポルトの声が遠くから響いてきた。
「アンリエッタ様ぁ。そこにおられましたかぁ。宴は終わりましたぞぉ」

夜が明ける。
このときを最後に、ウェールズとアンリエッタ。
二人だけの時間は終わったのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

タルブでの戦いの、一週間後のこと。
アンリエッタはその日で三度目になるため息をついた。
机越しに眺める自室の窓の向こうには、白い鳩が二羽、寄り添うように大空へと飛
び去っていく。外は晴れだ。
いくつかの雲が、流れ去るかのように、高い空を滑っている。
トリスタニアの王宮、飛竜の塔の一角にアンリエッタの私室はあった。
トリスタニア平原から流れ来る、冷たい風が、高さ3メイルはあろうかという窓の、
シルクのカーテンをはためかせていた。

アンリエッタは先ほどから同じ疑問を、己のうちの心に問い続けていた。

私の国は戦争になった。
戦争になってしまった。
よりにもよって、アルビオンと。
あの、ウェールズ様の国と。

なぜなの?
誰がこんなことを望んでいるの?
この戦争は、私の意思じゃない。
でも、トリステインの民たちは、私の意思だと思っている。
私は、ただ。
タルブの村人を救いたかっただけなのに。

こんなはずじゃなかった。
わたしはただ……

アンリエッタが四度目のため息をついたそのとき、初老の男性がノックをして入っ
てきた。
王女の従者がドアを開ける、その間ももどかしいらしく、その男は忙しくアンリエ
ッタの元へと歩みよった。
そこで、アンリエッタは、国の王女としての声色を使う。
「マザリーニ、何用ですか?」落ち着き払った、それでいて高貴さを漂わせる声色。
アンリエッタに呼ばれた男は、僧帽をとり、剃髪をした頭をアンリエッタにむけ、
臣下の礼をとりながら報告を始めた。

「姫様。先日報告した、トリステイン艦隊再建の件ですが、ようやく再建の目処が
 整いました」
アンリエッタはマザリーニが差し出した、羊皮紙の報告書の束を受け取り、ざっと
目を通した。
アンリエッタは今まで、このような国の重要書類に目を通したことはなかった。

だが、タルブの村の戦で、劇的な勝利を収めたころから、トリステイン貴族の間で、
「アンリエッタ姫君を女王に」
という声が、半ば公然とと囁かれるようになっていた。

その影響か、このところアンリエッタは皇后の仕事を委任されることが多い。
現在のトリステインには、君主がいない。
実質的に、皇后派と、マザリーニ枢機卿の一派の連合がこの国を治めていた。
平時であればそれでよい。
だが、現状はアルビオンと戦争中である。
トリステイン国民は、正統的かつ、強力な統治者を必要としていた。

書類を読んでいるアンリエッタの眉が、ピクリと顰められる。
「フネの大半をゲルマニアで作るのですね。どうしてでしょう? かつて、オール
 ド・オスマンが言っていましたわ。造船技術はアルビオンが第一、ガリアが第二。
 三、四がトリステインとロマリアで、ゲルマニアは第五だと。どうして、格下の
 国でわたくしたちの軍艦を作らなくてはならないの?」
王女らしからぬ態度にも、マザリーニは気にした様子を見せない。
「恐れながら、姫君殿下。トリステインの造船工房は、王立造船所も含め、軒並み
 アルビオン大陸に近くあります。そのため、彼らの『戦略砲撃』に逢う可能性が
 非常に高いのでございます」
そうだったわ、とアンリエッタは顔を赤らめた。
自分のうかつさに恥ずかしくなったのだ。

タルブ郊外の戦いで、アルビオン帝国艦隊の主力は失われた。
だが、その前の、ラ・ロシェールでの事件で、トリステイン空軍の戦力はことごと
く失われている。
敵は重症だが、味方は危篤だ。
だから、トリステインの、空の守りがないことを奇貨としたアルビオン空軍は、小
型の、快速を出せる軍艦で夜な夜なトリステインの海岸地帯に接近し、これといっ
た施設に砲撃を行い続けていた。


これによって、当初こそはかなりの損害を受けたものの、トリステイン側としても
消極的な防衛対策をとることはできた。だが、船工房は、進水作業があるため、空
からの攻撃に対してどうしても脆弱になる。

「ですが、船工房以外の、わがトリステインの主要な軍事施設には、おおよその防
 衛処置を施し終えることができました」
マザリーニは書面を見ながら続ける。

その措置は、応急的ではあったが、効果はあった。
施設の周りに壕を掘り、そのときにできた土を施設の上に乗せる。
その後、錬金魔法と固定化の魔法で、施設と盛り土の強度を増したのだ。
この処置によって、物理的な被害は皆無なレベルにまで落とすことに成功した。
だが、人心はそうも行かない。
人間誰しも、打たれっぱなしの攻撃されっぱなしでは、士気が上がろうはずもない。
この時期のトリステイン軍からは、雇い入れたはずの傭兵共が、それなりの人数が
脱走を始めていた。

しかも、この防護処置を施した施設は、今のところ軍事関連施設のみである。
港町の倉庫や、商業施設、村の穀物粉などはまったく手が回ってはいない。
メイジの絶対数が足りないのだ。
アルビオン空軍はそのような施設に大しても奇襲的な砲撃を行っていた。
少なくない数の平民に死者がでている。

「オーステンドの港町から、平民千人ほどが焼け出されたようですな」
みな、トリスタニアに向かっているようです。
マザリーニはそういって、新たな羊皮紙をアンリエッタにささげた。
そこには、オーステンドが、アルビオンの『戦略砲撃』によって蒙った被害がリス
トアップされていた。
穀物倉庫、魚河岸、市議会場、共同浴場、水道橋。
ここまでやられたのであれば、普通の平民ならば、通常の都市生活は営めない。


「避難民のために、アルビオンの外交宮殿を接収して収容してもよろしいですか」
マザリーニの進言に、アンリエッタが問う。
「それでは、アルビオンとの交渉ができなくなりませんか?」
「かまわないでしょう。アルビオンの貴族派たちは、ガリア王国とは友好的と聞い
 ております。ガリアに、アルビオンの大使のために、ガリアの外交宮の一室を使
 わせてもらうように頼もうと存じます。なに、断られようともかまいません。
 要請さえすれば、トリステインの誠意は示すことになりましょうぞ」
「わかりました。念のため、ロマリアにも同様の要請を行っておいてください」
アンリエッタは自分の水晶の杖を振って、マザリーニの差し出した命令書に魔法で署名を始めた。

「了解いたしました。では本題に戻ります。艦隊再建の際の、船員不足の件ですが」
マザリーニは、最初に取り出して見せた羊皮紙を再度机の上に広げた。

このような状況であるからには、トリステインの空軍の再建が急務となっていた。
空軍が使えるのであれば、今の敵空軍からトリステインの制空権を奪還することも
検討できる。能動的に戦争ができるのだ。
また、トリステインの空を本来の持ち主の元に取り戻すこともできる。

アンリエッタは、憂慮の顔を隠さずに、だが、毅然として決断した。
「かつて、わが国にアルビオンから亡命してきた王党派から、志願者を募るのでし
 ょう? 許可いたします」

しかし、マザリーニはそれだけでは動かない。
「姫様、船員はそれだけでは足りませぬ。先日、タルブの決戦時に捕虜としたアル
 ビオン軍人からも志願者を募りたいと存じます」
「気がすすまないわ、わたくしとしては」
「さらに、トリステイン魔法学院から、学徒兵を招集したいと思います」
アンリエッタの脳裏に、突如ルイズの明るい笑顔が浮かび上がった。
彼女はつい、
「だめ! それだけは」
叫んでしまった。

マザリーニは少し困った顔をしたが、彼は、
「了解いたしました」
と、微笑んで答えるだけの度量は持ち合わせていた。

そのとき、マザリーニの元へ、近習のものが静かに進み出て、そっと耳打ちをした。
マザリーニはうなずいて、アンリエッタに向き直り、さりげない態度で、
「ミス・ヴァリエール一行がやってきたそうでございます」といった。
アンリエッタは、マザリーニの差し出された手をとり、王宮の中庭に向かってく。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ルイズとブチャラティ、それとシエスタは、王都トリスタニアの宮殿にいた。
宮殿の中庭、王室の中庭で、ルイズたちはマザリーニとアンリエッタに拝謁している
のだ。中庭には、件に半壊したゼロ戦が運ばれていた。
「ふうむ? とすると、この『鉄の竜』は道具の一種となるのか?」
マザリーニは三人に問いかけた。
タルブの村での戦いで、アルビオン艦隊をやっつけた巨大な光と、鉄の竜。
マザリーニは、それが、ルイズたち三人によるものだと探り出せていた。
一時の処遇として、シエスタをシュバリエにしたものの、トリステインとしては、
この二つの『未知』は、貴重な戦力となりえる。
であるから、マザリーニはその力の真相を探り、こうして三人をトリスタニアの宮殿
まで呼び寄せ、詳細を聞いていたのだった。

マザリーニの問いかけには、シエスタが答えた。
「はい、私の、というのはタルブの村ですけど、その村にある御神体で。
 私の曾御爺ちゃんのものなんです」
ふむ、とうなずくマザリーニ。
アンリエッタは信じられないような面持ちで聞いた。
「本当に魔法の力を使わないのですか?」
彼女の常識からすると、ゼロ戦のようなものがマジックアイテムではないことが信じ
られないようであった。
「ああ、これは飛行機といって、ガソリン……
 ええと、油で燃焼する動力機関で飛ぶものだ」ブチャラティがシエスタの言をサポートする。

だが、アンリエッタにはその説明もいまいちよくわからない。
マザリーニは、アンリエッタの混乱した様子にもかまわずに、
「して、このヒコウキは、羽の部分を修理すれば飛べるのかね」シエスタに聞いた。
シエスタは考え込みながら、露伴に、頭に仕込まれた知識を探し当てた。
「ええと、たぶんそれだけじゃ飛べないかも知れないです。
 動力部の部品、動くところは特に、油で分解清掃したほうが動くと思います」

「そうか。して、このゼロセンとやら。本当にアカデミーに引き渡してよいのかね?」
マザリーニは丁寧に聞き返す。
シエスタには、シュバリエの階位を爵したときに提案したが、半壊した零戦を補修
することも兼ねて、その機材一般をアカデミーに所属させることをマザリーニは考
えたのだった。

「はい、コルベール先生はずいぶんと反対したようですが……」
シエスタが顔を曇らせる。
零戦が戦闘機であることに、つまり、戦いの道具であることが判明した時、コルベ
ールはとても落ち込んだ。
別の、魔法のまったくない世界でも戦争が行われている事に衝撃を受けたのだった。
そのためか、
零戦をアカデミーに、というマザリーニのたくらみは、コルベールにとっては、
「シエスタを戦場に」
という言葉にしか聞こえない。

であるから、コルベールは、教職者として、『竜の血』の供出を拒んだのだった。
だが、マザリーニの半ば脅しめいた説得と、オールドオスマンの見解によって、彼
はアカデミーにたいして、いやいやながらもガソリンの量産技術を提供させられて
いた。

オスマンの意見とは、
「この翼の金属、トリステインの魔法では錬金できぬのでは?」
という、しごく簡潔かつ全うなものであり、コルベールもその点に対しては同意見
であった。
コルベールが、技術の提供を了解したのは、アカデミーの連中に零戦を引き渡した
とて簡単には復元できまい、と考えてのことである。

だが、苦渋の受諾には変わりない。
彼はシエスタに、
「あなたが戦争に加わる必要なんてないんですよ」と、くどいほど念を押していた。
それは、引渡しのばに立ち会ったマザリーニも聞き知っている。

「君は、今まで平民だったが、よき師を持ったようだの」
「はい、コルベール先生には、いつもよくしてもらっています」シエスタは微笑んだ。

一時の沈黙の中。
零戦を囲んで、マザリーニが口火を切る。
「それにしても、われらが国土からこのうなものが発見されるとは……
 これはもしや、ミス・ヴァリエールの『虚無の系統』とあわせ、始祖ブリミルか
 らののご加護かもしれませんな」マザリーニはそういい、アンリエッタに微笑みかけた。

アンリエッタのそばには、彼女とほぼ同じ体つきの少女、ルイズがいる。
ルイズもアンリエッタも、どこかしらこわばった表情をしている。

だが、その挙動の意図はまったく違う。
アンリエッタが自分の憂鬱さを隠そうとしているのにたいし、ルイズは自分の能力
に対する嬉しさと自信を持ちながら、どこかアンリエッタに対して遠慮している風
であった。少なくとも、マザリーニはそう見て取った。
(ミス・ヴァリエールは、かつてアンリエッタ姫様の近習であったな。
 ならば、姫君の心もちを、この私より知悉しているかも知れぬ。)

だから、この幾分尊大な枢機卿は、使えるべき姫君に対し、あえて遠慮なく、
「アンリエッタ姫様。ミス・ヴァリエールに例の話を」と、静かに告げたのだった。

アンリエッタはわれに帰った風になった。
「ええ、ルイズ。大事なお願いがあるの」
ルイズは、幾分大げさに、だが、自信あふれたしぐさでアンリエッタの御前に進み
いで、どこぞの騎士のように、片手をつき、頭をたれたのだった。
「はい、私めにできることでしたら何なりとお申し出ください」
その近くで、つぶやく声がひとつ、
「まったく、内容を聞かずに受け入れるなんぞ、感心できないんだがなあ……」
ブチャラティの独り言であった。
ルイズはかがみながら、一瞬だけその声の主ををにらめつけたが、思い直すことが
あったのか、再びアンリエッタのほうに顔を向けた。

「それで、一体頼み事とは何でございましょうか」
アンリエッタはわずかに声を曇らせていった。
「わたくしが、トリステインの王女になるかも知れないことは知っているでしょう」
「え? それは決まったことではないのですか?」
頭に疑問符が沸いたルイズに、マザリーニがしかめっ面が答える。
「それがですな、トリステインの主だった貴族とは、調整が済んでいるのですが、
肝心の姫様がうんとうなずいていただけないのですよ」
マザリーニは、やれやれと困った風に顔を振る。迫真の演技だ。

「まあ、マザリーニったら、告げ口なんかして!」
アンリエッタはそういって、コロコロと笑った。笑いながら、ルイズに話しかける。
「あなたがタルブの村で使った魔法。
 私たちの調査では、あれは『虚無』の魔法だとか」
アンリエッタがあまりにもさりげなく言ったので、ルイズは時に意識することなく、
はい、と答えた。
とたんにアンリエッタの顔が曇る。
「そうですか、やはり……」
「私の系統に何か問題があるのでしょうか?」
ルイズのその疑問には、マザリーニが答えた。
「率直に言わせていただく。わがトリステイン王国としては、君を戦力にしたい。
 だが、姫君としては、あなたには今までの学生生活を送ってほしいと思っている
 のだ。きみを政治の汚い部分を見せたくないのだよ」
彼はそういって、アンリエッタを見やる。
「ええ、ルイズ、だから、あなたの気持ちを聞かせてほしいの」

ルイズはしばらくの間考え込んでいたが、静かに語り始めた。
「姫様、今まで私は魔法が使えないせいで、ゼロとあだ名され、バカにされ続けて
 きました。そのうち、自分でも本当に私は無能なのかも知れないと思ったことも
 何度もあります。ですが、私は、召喚の儀式を成功させ、いま、伝説の系統であ
 る虚無に目覚めました。私は、今までのような、みなにバカにされる日々はもう
 送りたくありません。それに、私はアンリエッタ姫様の親友です。親友の助けを
 黙って見過ごす家風は、ヴァリエール家にはありませんわ」
「ありがとう、ルイズ」と、アンリエッタは笑いかけたが、
「ちょっと待て」と、ブチャラティが突然さえぎる。

「アンリエッタ。ルイズがこの状況で、断るなんていうと思うのか?
 それに、オレは、ルイズに汚い仕事を見せるのは反対だ」
だが、ルイズが、
「何言ってるのよ! 親友のためなら命を張るのがあんたの流儀でしょう」
こういうと、ブチャラティはうぐ、と黙ってしまった。

アンリエッタはブチャラティに向き直り、彼の目を直視した。
「その点については大丈夫です、ブチャラティさん。
 私は、ルイズを利用する、というより、虚無の力を利用しようとする輩からルイ
 ズを守ろうとして呼んだのですから」
「そうか?ならば良いが……」

「では、ルイズ。あなたは私直属の女官ということにします。ですが、それは一応
 の位。今までの通り、学院で学生生活を送ってください」
アンリエッタはそういって、ひとつの命令書に花押を施した。
「これは、トリステイン王国のあらゆる場所の出入りと、公共機関の利用を認めた
 文書です。あなたに危機が迫ったら、いつでも使って頂戴」
アンリエッタはルイズにその羊皮紙を手渡しながら、さらりと重大なことを言って
のけたのだった。ルイズは驚いた。
「そんな、重大な権限を私なんかが持っていてよいのでしょうか?」
「ええ、大丈夫です。代わりといっては何ですが、あなたでしか解決できないよう
 な問題があったときは、あなたに連絡します。そのときは、虚無の力を使ってわ
 たくしを助けたください。ただ、それ以外では、あまり虚無の魔法を使わないで
 ほしいの。これは、あなたの安全のためでもあるのよ」
それから、アンリエッタは愚痴をこぼしているブチャラティに向き直って、
「ごめんなさい、ブチャラティさん。本来はあなたにもシュバリエの称号を与えた
 いのだけれど、わたくしの今の権限では、シエスタにシュバリエを爵すのが精一
 杯でしたの。変わりにこれをお受け取りください」
と、いつの間にか手に取った、大き目の麻袋を渡した。

受け取ったブチャラティが中を見ると、そこには多数の宝石、金銀の類がぎっしり
と詰まっている。
「これは、これからくる困難の分も入っているのか?」
「いえ、これは私の気持ちです」
「なら、遠慮なく受け取っておこう」
ブチャラティは、まったく無頓着に、これを受け取ったのだった。


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