ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

2 眠れる森の王女 後編

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匿名ユーザー

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 空は地上よりも太陽に近いのだから、暖かい。なんていうのは素人の考えだ。
 山に登ればすぐにその考えが間違っていることに気付かされる。
 高いところほど寒いのだ。
 地上から100キロメートルほど上がれば、確かに熱圏と呼ばれる熱に満ちた大気の層は存在しているが、それ意外は基本的に寒いのだ。
 青い鱗で全身を覆った体長6メートルほどの竜に跨るホル・ホースは、高いところは暖かいと勘違いしていた人間の1人だった。
「寒い、寒い、寒い、寒い!」
 ガタガタと肩を震わせて垂れてくる鼻水を啜るホル・ホースに、前に座るシャルロットが邪魔臭そうに眉根を寄せた。
 二人が乗っている竜が飛んでいる位置は、雲の上というわけではないがそれなりの高さにあることは確かだ。
 吹き付ける風は間違いなく冷たいし、まだ春の初めだということもあって、雲の横を通るときなどは凍った雨粒に頬を叩かれることもあった。
 半年ほど前は砂漠で死に掛けたホル・ホースだが、今度は空の上で死に掛けている。感心するほど多彩な死に場所を持つ男である。
 それに比べて、ホル・ホースの前に座っているために、ホル・ホースよりも明らかに風を多く受けているはずのシャルロットは、寒がる様子も見せずに本を熱心に読みふけっている。
 この違いは一体なんだ。オレに根性が無いだけなのか。
 ちょっと大人としてのプライドを刺激されるホル・ホースだったが、強がったところで寒いものは寒い。
 こんなことなら毛布の一枚も持ってくればよかったと嘆きつつ、体を小さくしてシャルロットを風の盾にする。
 まってくもって、ダメな大人だ。
 目的地であるザビエラ村の位置は、イザベラのいるプチ・トロワや王が政務を執り行うグラン・トロワを擁するヴェルサルテイル宮殿が建てられている場所、ガリアの首都リュティスから500リーグほど南東に下った場所にある。
 1リーグの距離はおよそ1キロメートルと同じだが、フィート単位のほうが馴染みのあるホル・ホースにとって、それはあまり理解できない距離感覚だった。
 それでも二時間も飛べば到着するとあって、残り時間を腕時計で確認しつつ、気力と根性で寒さと戦っていた。
 そんな中、前に座っていたシャルロットが唐突に杖を振ったのは、ホル・ホースが寒さのあまり温もりを求めてシャルロットの背中に頬を寄せたときだった。
「気持ち悪い」
 酷い言い様だが、寒さで鼻水を垂らしたオッサンに誰も抱きつかれたくは無い。
 だが、それについて文句を言う前に、ホル・ホースは突然体温を取り戻し始めた体に気がついた。
 竜は相変わらず風を切って飛んでいるのに、肌を凍らせる風が止んでいる。
 体の震えはまだ収まらないものの、これなら体を抱いて縮こまる必要は無さそうだ。
「おっ、おっ、お!風が止んだ!すげえぞ!これが魔法か!」
 極度の寒さから開放されて機嫌を良くしたホル・ホースは、感覚が無くなりつつあった手足を伸び縮みさせて血の巡りを高める。
 これで体を触られたりはしないだろうと、ほっとしたシャルロットだが、今の台詞に不自然な点があることに気が付いた。
 これが、魔法か?
 それではまるで、魔法を知らないかのように聞こえる。
「寒いのなら、あなたも魔法を使えばいいはず」
 ホル・ホースは元が傭兵とは言え、仮にも騎士の称号を持った男だ。魔法が使えないはずは無い。
 事実、シャルロットの記憶には、ホル・ホースが魔法を使った瞬間が刻まれているのだ。
 イザベラの指示を受けた侍女たちが、シャルロットに卵や泥の詰まった腸詰を投げつけたとき、恐ろしく精密な風の魔法でそれらを打ち落としている光景。
 どういう魔法かまでは分からなかったが。魔法を使うのに必要な呪文の詠唱を行う時間は一瞬しかなかったはずだ。最低ランクのドットスペルを使用した可能性が高い。
 小さな物体だけを的確に破壊する精度の高い魔法の使用。それは、魔法の使い手としては高位と言えるトライアングルクラスのシャルロットにも、到底出来ない芸当だ。
 それほどの魔法の使い手が、何故、そんな言い方をするのだろうか。
 少しの戸惑いと共に投げかけた言葉に、ホル・ホースは首を傾げて返答した。
「ああん?何言ってやがる。オレは魔法なんて使えやしねえぞ」
 シャルロットが本から目を離して、後ろを振り返った。
「オレのどこを見たら、杖を持ってるように見えるんだ?杖なしでも似たようなことできる耳長どもみてえに、精霊の力とかいうのも使えねえしな」
 両手をヒラヒラと振って素手であることを示すホル・ホース。
 腰に大振りのナイフが留められているだけで、杖として使えそうな棒は見当たらない。
 では、あの時使った魔法はなんだったのか。それにまた、気になる発言をした。
 精霊の力とは、先住民族だけがもつ特殊な魔法のことだ。しかも、ハルケギニアの住人は普通、それを先住魔法と呼ぶ。
 精霊の力なんて呼ぶのは、その使い手である先住民族か、あるいは。
「きゅいきゅい!そのお兄さん、偉大な民を知ってるのね!前からちょっと懐かしい匂いがしてたから、気になってたの!きゅい!」
 今喋った、自分の使い魔のような韻竜だけのはずだった。
「おおっ!なんだ!?この竜、喋るのか!!」
 驚きに声を上げたホル・ホースが、シャルロットの肩越しに竜の頭に目を向けた。
「ああっ、そうだ!聞いたことがあるぞ!えーっと、なんだったっけ。い、い……なんとかだ!い、い、陰部?イチモツ?」
 ガクリと飛んでいる高度が下がった。
「きゅいっ!?い、韻竜なのね!人間なんかよりもずっと偉大な種族なんだから!下品な名前を勝手につけないで欲しいのね!」
「おお、それそれ。韻竜だ!」
 竜の抗議にホル・ホースが誤魔化すようにヒヒと笑う。
「まったく、失礼しちゃうのね」
 ブツブツと文句を零しながら、崩れた体勢を翼と尻尾を器用に動かして立て直すと、竜はふと我に返って、恐る恐る後ろを振り返った。
「しゃ、喋っちゃったのね!?思いっきり聞かれちゃったのね!お姉さま、怒ってる?シルフィ、お仕置きされちゃう?酷いのね、酷いのね。シルフィだって喋りたいのに」
「なんだ、喋ったらいけねえのか?いいじゃねえか、喋るくらい。人間ってヤツは会話が出来ないと頭がおかしくなるらしいぜ。竜だって例外じゃねえだろ」
 怯えた様子の竜に、ホル・ホースが弁護するように言葉を続ける。
 息が合っているわけでもなければ、それぞれ考えていることも違うのだが、なぜかシャルロットが責められているかのような構図になっていた。
 とりあえず、読みかけの本を閉じてズレたメガネを直してから、シャルロットは杖を振りかぶる。
 鈍さと軽さの両方が混ぜ合わさった音が、空に響いた。
「きゅいーーー!」
 竜が口を一杯に開いて悲鳴を上げた。
 それを見てホル・ホースが他人事のように笑い声を上げる。
「まだ、話は終わってない」
 シャルロットが座る位置を直して、ホル・ホースと向き合った。
 目には真剣な光が宿っている。冗談や、酔狂で会話をしようという気ではないようだ。
 見た目こそ小さな少女だが、明確な意思と目的を持っている。信念や覚悟、そういったものを感じさせる雰囲気だった。
「あなたは、エルフと面識がある。それに、魔法が使えないのに、魔法のような現象を作り出すことが出来る。間違いは無い?」
 ふざけた返答は許さない。そう顔に書かれている。
「ああ、違いねえぜ」
 ホル・ホースが耳長と呼んでいる一族。砂漠で最初に出会い、ハルケギニアの知識を教授した連中がエルフと呼ばれて恐れられていることは、ホル・ホースも知っていた。
 魔法のような現象とは、スタンドのことだろう。
 プチ・トロワで飛来物を感じて咄嗟に使用してしまったが、こうして追求されることを思うと、迂闊だったかもしれないと心の中で反省する。
「だがよ。エルフに関しては教えてやるが、俺の特技については話す気はねえぜ。オレの商売道具だからな。タネがバレちまったら、おまんまの食い上げだ」
 本音を言えば、自分のスタンドの秘密を話したところでホル・ホースは何一つ困らない。
 目に見えない銃。弾道を操作でき、弾数は無限。発射音も聞こえなければ、火薬の匂いだってしない。 
 この世界の住人が自分のスタンドを防ぐ手立てが無いことは、一年近い間にほぼ確信を得ている。
 自分を止めたければ軍隊でも持ってくるしかないが、そんなものは弱点とは言えないし言わない。軍隊相手に勝利できる個人など、それこそ脳裏にある凶悪な吸血鬼くらいだ。
「かまわない。わたしの知りたいことは、エルフの使う薬の知識と、あなたの腕」
 口調を変えずに話すシャルロットに、少し調子が崩れるのを感じながら、ホル・ホースはワザと笑みを浮かべて続きを促す。
「なんだ。聞きたいことがあるなら言ってみな」
「……精神を癒す薬が欲しい。それも、強力なものが」
 ほんの少し、シャルロットの瞳の奥に不安が混じった。
 それに気が付かないフリをして、ホル・ホースが顎に手を当てて記憶を掘り返した。
「んー。薬か。連中は薬の知識もいろいろ備えてたみたいだが、俺が教わったのは食い過ぎ用の胃薬と風邪薬ぐらいだな。連中に直接聞いてみねえとわかんねえが、多分、あると思うぜ。一度、エルフの女を口説いたときに叱られてよ。罰だか何だか知らねえが、変な薬飲まされて一週間くらい幻覚漬けになったこともあったからな」
 後に飲まされたクソ苦い液体が無かったら、多分今でも幻覚見てたろうなあ。なんて空恐ろしいことを、ホル・ホースは陽気に話した。
「その解毒薬は手に入る?」
「無理だね。エルフ達のところ脱走したんだぜ、オレ。次に捕まったら、今度は何されるかわかんねえよ」
 とは言え、人に知識を植え付けて追い出す気満々だったから、捕まえずに追い払われる可能性のほうが高い。
 どちらにせよ、薬が手に入らないことに違いは無いが。
「……そう」
 シャルロットは少しガッカリしたように肩を落としたが、どこか希望に満ちた表情をしている。
 声が、少しだけ高かった。
「んで、オレの腕についても聞きたいって言ったな。いいぜ、俺の武勇伝、聞く?聞きたい?聞かせてやろうか!?」
 ポンと太ももを叩いて、ホル・ホースは良くぞ聞いてくれたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる。
 話したくてしょうがないといった様子に、少し顔を引いたシャルロットが口を開いた。
「あなたはジョゼフ王の暗殺を実行し、あの男に傷を負わせた。今までにも暗殺は多々あるけど、傷を負わせたその後まで生き残っているのは、あなた1人」
 すっと指が上げられて、ホル・ホースを指した。
「おいおいおいおい。その言い方じゃ、まるでオレが失敗したみたいじゃねえか」
 目の前に出された指を横に退けて、ホル・ホースは心外だと言いたそうに両腕を大きく広げて首を振った。
「……違うの?」
 シャルロットの問いかけに、ちょっと答えに戸惑って帽子に手をかける。
「まあ、あれだ。最初はサーカスから逃げ出したピエロだと思ってたからな。殺す前に一踊りしてくれねえかと、手加減したのさ」
 なんでそんな人物が暗殺対象になるのか疑問に思いそうだが、暗殺者と言うものはそのあたりの事情を深く考えてはいけないのだ。
 そうでなければ、人を殺すことなどできはしないし、依頼者の信用も得られない。
「疑うなら、今から城に戻ってイカれたオッサンの脳味噌ぶち抜いてやろうか?逃走経路と報酬さえキチンと用意してくれれば、やってやらなくもないぜ」
 ヒヒと笑って自信を見せるホル・ホースを見て、シャルロットは顎に手を当てる。
 大層な自信家だ。
 しかし、一概に否定も出来ない。なぜなら、あの狂人が雇ったということは、それなりの実力があると言うことに他ならない。
 あの男は、ただの無能を近くに置くような愚か者ではない。世評にある無能王の真逆を行く方向性を狂わせた賢人だ。
 なら、もしかしたら、もしかするかもしれない。
「王を暗殺するとしたら、報酬はどれだけ用意すればいい?」
「きゅい!?お姉さま!」
 シャルロットの言葉に竜が声を上げた。
「高いぜ?」
「構わない。言ってみて」
 なおも促すシャルロットに、竜が声を上げ続けているが、それを無視して二人は会話を続けた。
 ホル・ホースの手が自分の首を撫でる。
「100万エキューだ。オレの首に懸かっていた賞金と同額。実行の際にはお膳立てもしてもらうぜ。侵入経路と逃走経路。それに、ほとぼりが冷めるまでの間の隠れ家もだ」 
 さらに前金と標的の行動スケジュールの入手も加えて、こんなところかと言葉を止める。
 どれも無茶に聞こえる要求だった。
 普通の平民が一年生活するのに必要な金額がおよそ120エキュー。貴族は爵位などにも寄るが、その十倍から二十倍と言ったところだろう。
 単純計算でも、一般貴族が1000年間の生活できる金額だ。どう頑張っても個人に払える額ではない。
 侵入経路や逃走経路、隠れ家やガリア王のスケジュールに関しては、何とかなるだろうという希望もある。しかし、この金額はどうにもならないとはっきり思える。
 王位争いに敗北したシャルロットの家に、そんな金は存在しないのだ。
 シャルロットは、少しだけ目に水分を溜めてホル・ホースを見上げる。
「どうしても、その金額でなければダメ?」
 殆ど表情の無かった少女が突然目を潤ませて縋り付いてくる状況に、ホル・ホースは頬に汗を流して、うっと呻いた。
「ああ、まあ、正直に言えば金は問題じゃねえ。重要なのは、その仕事に命を賭けられるに値するものがあるかどうかだ。王様ぶっ殺すってんだから、それなりの報酬は約束して貰わなきゃ困るが、オレの身の安全が保障できるなら、もっと安くしても良いぜ」
 そう、例えば。と言葉を続けて、帽子を深く被る。
「頼りになる相棒、とかな。元々、オレは1人よりもコンビを組んで初めて力を発揮するタイプだ。支援役って言えばいいのか?正面切って戦うのは、実のところ、俺の趣味じゃねえんだ」
 何時だって相棒の後ろ、あるいは、相棒の能力に乗っかって戦うことでホル・ホースは自分の力を発揮させてきた。
 臆病で小心者であるからこその特徴だが、だからこそ他人と息を合わせるのが特別に上手い。それが、ホル・ホースの才能であり、能力なのだ。
「ああ、でも、オレのお眼鏡に適わないヤツはダメだぜ。こう見えても人を見る目はあるつもりだ。才能のねえヤツは、オレの相棒になる資格はねえし、実力があっても雇われ兵なんぞに背中を預ける気にはなれねえ」
 条件に条件が重なり、シャルロットは思わず歯を噛み締める。
 もともと、無理難題の依頼だ。条件が厳しいことは分かっていたが、これでは手も足も出そうにない。
 そこでふと、自分の胸に抱く杖に気付いた。
 シャルロットの顔が緊張で固まる。
 ホル・ホースの相棒となる候補者の存在に思い当たったのだ。
 友人も頼れる相手もいない。そんな自分が、たった一つ紹介できる人物。
 言うまでもない。自分自身だ。
 しかし、目の前の、ついこの間会ってばかりの人物に、自分の全てともいえる目的を預けるのか?
 千載一遇のチャンスだということは分かっている。長年の執念に決着をつける。その可能性が目の前に転がっているのだ。
 だが、もしも裏切られたら。もしも失敗したら。そう考えると、頭の中がメチャクチャになって何も考えられなくなる。
 痛いほど心臓が鳴って、何かを急かしている。頭の中を幸せな思い出が駆け巡って、これまで築き上げてきたものが崩壊してしまいそうだ。
 ゴクリと自然に喉が鳴って、背中が痺れる感覚が広がった。
 真っ白になった頭で口を動かして出た言葉は、自分にも良く分からないものだった。
「父が殺されて、母が毒で心を蝕まれて、わたしは今日まで北花壇騎士団として働き続けてきた」
 突然、独り言を始めたシャルロットに、ホル・ホースが怪訝な表情を浮かべる。
「ジョゼフはわたしを謀殺するつもりだった。危険な任務にワザと投入して、殉職することを望んでいた」
 竜が悲しげな声で、小さく鳴いた。
「でも、わたしは生き残った。母はまだ死んでいないし、父の仇も討っていない。わたしから何もかもを奪ったジョゼフに対する復讐心だけで、生き続けて来た」
 シャルロットが視線をホル・ホースの目に合わせ、杖をぎゅっと握り締める。
 軽い音が響く。節くれ立った杖の一部が破損したらしい。
 空の中に、木屑が吸い込まれるように消えていく。
「沢山の魔法を覚えた。戦術の本も読んだ。体を鍛えるために、無理矢理にでも沢山食べる習慣も作った。好き嫌いなんてなくなるように、人が嫌がるほど苦いものだって好きになった。自分の目的を忘れないように、名前も変えた」
 シャルロットの名前は、ガリアでしか通じない。彼女を知る者の殆どは、タバサという言葉を口にするだろう。
 母が少女に送った人形の名前。それが覚悟を現していた。
「戦いの経験は十分にある。実力も、あるつもり」
 そこまで聞いて、ホル・ホースはやっと少女が言わんとしている事に気付いた。
 こんなときに手元にタバコがあれば、間違いなく1本口に銜えて肺一杯に煙を吸っていただろう。
 妙な緊張がホル・ホースの頬を引き攣らせていく。
 シャルロットの抱えた杖がカタカタと鳴って、青い鱗の上に置かれた。
 緊張しているのは、ホル・ホースだけではない。シャルロットもまた、自分の弱みを見せてしまったことで心の支えが崩れかけているのだ。
 杖も握れないほど震えた手を胸の前で組み、懇願するようにホル・ホースを見つめる。
「わたしでは、ダメですか。あなたの相棒に、なれませんか」
 消えそうな小さな声だが耳の奥が痛くなるような、そんな子供の泣き声をホル・ホースは聞いた気がした。
 辛い人生だったのだろう。
 王位争いに負けた男の娘とはいえ、立場そのものは王族の1人。箱入り娘だったに違いない。それが、身の危険に晒されながら復讐に生きなければならなくなった。
 無表情なところも、口数が少ないところも、辛い人生を乗り切るための処世術なのだ。
 だが、それが今、ホル・ホースの前で崩れて、ただの少女だった頃の姿が顔を覗かせている。
 断りきれない。そういう雰囲気が生まれていた。
 そんな状況で、ホル・ホースは帽子を脱いで顔を隠し、うーんと唸る。
 普通に考えれば、首を縦に振るところだろう。可哀想だとも思う。映画やドラマの話なら、今頃涙をボロボロ流して情けないほど鳴き声を上げているはずだ。
 しかし、自分は当事者で敵はガリアの王。同情心や正義感なんて中途半端で安っぽいもので、そう易々と請け負うことは出来ない。シャルロットだって、実力を評価されて相棒になりたいと思っているはずだ。……はずであって欲しい。
 ホル・ホースはジョゼフとシャルロットの間に、叔父と姪という関係とはいえ、強い血の繋がりを感じた。
 どちらも自分を困らせる、厄介な相手という意味でだ。
 どうしたものかと少し思考に耽って、頭の中で結論を導き出す。
 自己の利益とシャルロットの願い。両方を満たすのは、かなり難しそうである。
 帽子を被り直してワザとらしく咳をしつつシャルロットに目を向けると、変わらず心臓を抉るような視線が待っていた。
 もう一回わざとらしい咳をする。
「ええええっとだな。嬢ちゃんでも悪いとは言わねえけど……お互いまだろくになにも知らねえだろ。な?……だからよ」
 言い訳がましい喋り方に演技力のなさを感じつつ、自分でも卑怯だとは思いながら、ホル・ホースはその言葉を口にする。
「吸血鬼退治でお互いを見極めようじゃねえか」
 ちょっと言い訳臭かったが、異論は出なかった。


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