ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

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匿名ユーザー

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 ジェット機のエンジン音が遠く聞こえる。
 カイロ空港のロビーから見える景色には人工的に植えられた木々が満ちていたが、季節の趣はあまり感じられない。
 特に季節の変わり目でもないのだから、そうそう変化があってもおかしいのだが、男はそれが無性に寂しく思えていた。
 灰皿に最後の一本となったタバコを押し付け、腕時計に目を向ける。
 予約した便は砂嵐の影響で遅れている。風自体はもう収まっているが、滑走路の整備に時間がかかるらしい。
 特に急ぎの用もない。ゆっくりと待つとしよう。
 そう思って、男はポケットの中の小銭を適当に握った。
「きゃあああああ!!」
 背後で悲鳴が上がった。
 途端に騒々しくなる空港内の様子に頭を掻いた男は、ゆっくりと振り返ってその光景を目に入れた。
 オランウータンだ。
 檻に入れられたオランウータンが、若い女性旅行客の足を握って檻の中に引きずり込もうとしている。
 搬送していた運送会社の人間が数人、慌てて近くにいた警備員に助けを求めていた。
 鼻の下を伸ばした類人猿の姿に、男はつば広の帽子を深く被って情けない溜息をつく。
 そのオランウータンに、男は見覚えがあったのだ。
 檻の周りでは援護に入った警備員や、檻を運んでいた男達が必死になってオランウータンの腕を引き剥がそうとしているが、純粋に腕力が違いすぎるために上手くいっていないようだった。
 女性の悲鳴が一層高まる。周囲の人間が引き剥がそうとしているせいで、足を掴んでいるオランウータンが力を入れているのだ。
 放っておけば、遠からず女性の足は潰れてしまうだろう。
「やれやれ」
 肩を竦めた男は、自分の乗る予定の便が動き出したというアナウンスを聞きながら檻に近づいて行った。

 西部劇に出てくるようなガンマンの格好をしている、どこか場違いな雰囲気の人物に人垣が割れて道を譲っていく。
「よう、フォーエバー。久し振りだな」
 檻の前に立った男は、オランウータンに向かって声をかけた。
 この男はサルと知り合いなのかと、周囲の人間達は驚いた様子で目を向けたが、男はそんな視線を気にした様子も無く、女性の足を掴むオランウータンの手に自分の手を重ねた。
「んー、好色だってのは話に聞いてたが、まさか人間の女が相手だったとはなあ」
 そう言いつつ、男はオランウータンの手の甲を摘み、捻った。
 オランウータンが悲鳴を上げる。それと同時に、女性の悲鳴も上がった。
 手を抓られても放す気はないらしい。手に篭められた力が増したようだった。
「おいおい、いい加減放してやれよ。溜まってるのはわからんでもないが、女性はもっと優しく扱うもんだぜ」
 男はオランウータンから離れ、足を掴まれた女性の体に手をかける。
 肩を抱き寄せ、その顔に手を添えた。
 女性の顔は涙と鼻水、それに剥がれた化粧でボロボロだった。
「あーあ、美人が台無しじゃねえか」
 上着のポケットから取り出したハンカチを女性の顔に当てて、乱れた化粧と涙を拭う。
 最後に鼻をかませて、男はハンカチを近くのゴミ箱に放り投げた。
 放物線を描いてゴミ箱の入れ口に収まったのを見て、グッと拳を握り締めた後、男は改めて女性の顔を見た。
「あ、ごめん」
 拭った下から現れた顔は、あまり美人とは言えなかった。
 思わず謝ってしまった男に、女性は足の痛みも忘れて男の胸倉を掴みあげる。
「アンタ、今の謝罪はいったいどういう意味よ!」
「いやあ、その、アレだ、なんだ、ほら、いろいろだよ」
「いろいろってなによ!いろいろって!」
 なんだなんだと周囲を囲む人の数が増えて、騒動を楽しげに見始めた。
「人の顔を見て謝るって、アンタ、あたしに謝んなきゃいけないことしたわけ!?あたしの素顔はつい謝っちゃうほど酷いの!ねえ、答えなさいよ!」
「いやあ、平均っちゃあ平均なんだけど、やや下かなあ。あ、いや、ウソウソ!美人だよ美人。世の中の男共がなんと言おうと、アンタは美人だ。オレが補償してやるさ!」
「まだなんか、馬鹿にされてる気がする……」
 男は意図的に同音異義語を混ぜて男は女性を適当に宥めると、視線をオランウータンに向けて手を伸ばした。
「手前も、笑ってんじゃねえよ」
 いつの間にか女性から手を離したオランウータンが歯をむき出しにして、男をバカにするように手を叩いていた。
 その眉間に男の軽く握られた人差し指の先が向けられる。
 唐突に、オランウータンは笑うのを止めて、怯えるように檻の奥へと体を寄せた。
 それを見て小さく悪態をつくと、男は立ち上がって周囲に睨みを利かせる。

「オラ!見せもんじゃねえぞ!」
 さっきまでの男の情けない姿のせいで、その叫びには迫力が無い。しかし、集まっていた人間達は、もう楽しそうな騒ぎは終わったみたいだと、少し不満そうに散っていった。
 足元に小銭が投げられているが、まさかショーかなにかだと思われたのだろうか。
 何なんだ一体。と男は頭を抱え、それでも一応投げられた小銭を拾い集めていた。
 自由の身となった女はそれを見てちょっと頬を引きつらせたあと、大げさに頭を下げる運送員の男達に名刺を受け取った後、何も言わず立ち去っていった。
 床に転がった小銭を拾い終えた男は、やれやれと溜息をついて、帽子を被りなおした。
「まあ、テメエのことだ。これからも好きに生きるんだろうが、もうスタンドは以前のパワーは出ねえんだろ?あんまり無茶すると、あっさり始末されちまうぞ」
 のそりと体を動かして佇まいを直したオランウータンは、男に別れを告げるように手を振ってニヤリと笑う。
 言われなくても分かっている。そう言っているかのようだった。
 大人しくなったオランウータンの檻に暗幕を被せて、警備員を連れた運送会社の人間が男に一言礼を言って、檻を押していく。台車の下の車輪が、磨かれた床に滑って高い音を立てた。
 遠ざかっていく懐かしき戦友の姿を見送って、男は天井から吊り下げられた運行電子掲示板に目を向ける。
 予定の便は、もう搭乗を開始していた。
「おわっと、ヤバイヤバイ!乗り遅れちまう!」
 旅行鞄を引きずって駆け出した男の後姿。それをじっと物陰から見つめて、オランウータンに足を掴まれていた女が無線機のボタンを押した。
「目標が飛行機に乗ります。C班は準備をお願いします」
『了解。対象の危険度に変化は無いか』
 無線から渋い男の声が響く。
「ありません。依然、C以下と考えてよいでしょう」
『……ふむ。一芝居打ったが、あまり意味は無かったようだな』
「ですが、フォーエバーが我々に協力的であることが分かっただけでも、我々にとっては十分な収穫だと考えます」
『それもそうか。いや、ご苦労。君はしばらく任務に空きがあるだろう。エジプト観光でもして来ては……、なに?』
 無線の向こうで慌てたような声が聞こえてきた。
 男女の入り乱れた声と無線に出ていた男の声が重なって雑音に変わる。
 それから三十秒も経った頃、無線の向こうの慌しさはそのままで男が再び無線に出た。
「どうしました」
 女の声に、男は唸り声を上げて状況の説明を始める。
『C班がホル・ホースを見失ったらしい。金属探知のゲート前で荷物を抱えていたのは見ているのだが、人込みの中に一瞬姿を見失った後、煙のように消えたとか』

「新手のスタンド使いでしょうか」
『わからん。とにかく、君の休暇は返上になりそうだ。大至急、ゲート付近に展開するC班と合流、捜索チームとしてホル・ホースの身柄を確保してくれ』
「了解」
 通信が切れる。
 はぁと、息が漏れた。
 女は久し振りの休日が潰れたことに嘆いて首を横に振る。
 まったくもって冗談ではない。こちらはもう一ヶ月も働き詰めなのだ。
 愚痴が零れそうになるのを我慢して、大きく息を吸った女は、ゆっくりと空気を吐き出して全身に力を篭める。
 自由時間の少なさと山ほどある禁則事項。だが、その代わりに報酬は破格だ。
 そんな仕事に就いた自分を呪いつつ、女は荷物に隠した帽子を取り出して頭に被った。
 帽子の前面には彼女の所属する組織の名前が刻まれている。
 スピードワゴン財団。それが、男を追っていた人間達の正体だった。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、“使い魔”を召喚せよ」
 少女の声が、どこか遠くで響き渡った。


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