ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-55

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匿名ユーザー

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「あ、牛がいる……」
シエスタが車の窓から外を見て、嬉しそうに呟いた。
「牛?」
モンモランシーは、何か珍しい牛でもいたのだろうかと思い、シエスタに聞いた。
「ええ、あんなに沢山。のどかで良いところですね」
期待した答えとは違ったので、モンモランシーは「どこにでもいるじゃない、そんなの」と言って両手を広げた。
だが、くだらないことでも、屈託のない笑顔で答えられるシエスタの笑顔に、少しだけ救われた気がした。







二人が馬車に乗り、ラグドリアン湖を目指しているのには理由がある。

ラ・ヴァリエール家でカトレアの治療に当たってから二日目の夜。
二人は大食堂で、巨大なテーブルを囲んで座っていた。
カトレアは大事を取って部屋で休んでおり、公爵と公爵夫人、そしてエレオノールの三名がシエスタとモンモランシーに向かい合って座っている。
カトレアは大事を取って部屋で休んでおり、晩餐には参加しないようだ。

「まずは礼を言わせていただこう、ミス・モンモランシー。そしてミス・シエスタ。よくぞカトレアの治療に尽力してくれた」
「私からも感謝を述べさせて頂きます」
公爵に続き、公爵夫人からも礼を言われ、モンモランシーとシエスタはガチガチに緊張していた。

「ま、まだ治療が完了したわけではありませんので」
モンモランシーが返事をする前に、シエスタが申し訳なさそうに呟く。
「いや、それでも礼を言わせて貰う。幼い頃からカトレアを治癒していたメイジが、君たち二人の治癒の力をとても高く評価していた、それにカトレアの笑顔を見たのは一ヶ月ぶりなのだよ」
公爵は、心底から嬉しそうだった。
貴族の威厳よりも、父親としての喜びが勝っているのだろう、公爵のにこやかな笑顔にエレオノールが苦笑した。

「それで、具体的なことは解ったのかしら?よければ聞かせて頂きたいわ」
エレノオールの言葉に、モンモランシーが「はい」と答える。
「はい。ご存じかもしれませんが、人の身体は本来解毒能力を持っています。ミス・カトレアの身体はその能力が弱く、定期的に水の魔法で毒を浄化しなければなりません」

ヴァリエール家の三名は、モンモランシーの説明をじっと聞いていた。

「こちらのシエスタが持つ『波紋』を流すと、浄化能力が回復しました。『波紋』は身体の全体に作用します、それによって水魔法の効果が二倍にも三倍にも増幅されるのです」

モンモランシーがシエスタに目配せをし、シエスタが続きを引き継ぐ。

「私の波紋は、オールド・オスマンが研究されていたものです。一言で言えば…『魔法の素』です。特殊な呼吸法によって、体力や精神力を増強する技術です」

エレオノールが手を挙げ、シエスタに質問する。
「貴方はオールド・オスマン以上の『波紋』を持っていると聞いたけど、それは生まれつきのもの?」
「私は最初曾祖母が『波紋使い』だとは知りませんでした。実家でも私以外に波紋を使える者はいないと、オールド・オスマンが仰っていました。
祖父にも、父にも波紋の訓練を受けさせたと聞いたんですが…私以外には発現しなかったみたいです」
「ふうん…つまり、波紋は個人差が大きいのね…」
うんうん、と納得したような仕草をするエレオノールを前に、シエスタは冷や汗をかいていた。
訓練を受けさせたというのは嘘だ、オールド・オスマンは波紋を世に出さないつもりだった。
『石仮面』の出現がなければ、シエスタに波紋を取得させることは決して無かっただろう。
波紋を悪用されぬために、血筋以上に個人差が大きいと思わせるため、シエスタは嘘をついた。

少しの沈黙が流れた後、モンモランシーが続きを話し出した。
「ミス・カトレアの治癒を完璧なものとするため。ミス・エレノオールにも、ラ・ヴァリエール公爵と公爵夫人に、協力を願いたいことがあります」
「言ってみたまえ」
「私の見立てですが、カトレア様の身体は突然濁った血が綺麗な血に混ざり、身体の中を循環します。その原因を探るために、水の秘薬をいただきたいのです」

「………わかった、可能な限りの『水の秘薬』を集めよう」
「ありがとうございます」
モンモランシーが公爵に礼をすると、エレオノールが呟いた。
「治療のために水の秘薬が必要なのは解るけど、原因究明のために秘薬が必要なら、薬を作るんでしょう?それなら私の研究道具を持ってこさせるわ」
「いえ、その必要はありません」
「…どういう事?」
「シエスタの波紋は、秘薬の効果を劇的に高めるだけでなく、身体にとけ込ませずに形を保つことができます。ミス・カトレアの身体を走る無数の『水』を、より細かく知ることができるのです」
エレオノールが驚き、目を見開く。研究者としての本能なのか、まるで詰め寄るように身体を前に傾けた。
「それはどのくらいの精度なの?」
「えっと…以前、毒を飲んでしまった生徒をシエスタと協力して助けましたが、そのときは身体の表面にある汗の穴が数えられるぐらい…だったと思います」

「素晴らしいわ、それで、その波紋と…」
興奮気味に質問を続けるエレオノールを、公爵夫人が制止する。
「エレオノール。お客様に失礼です」
「……はい」

モンモランシーは、エレオノールを一言で黙らせる公爵夫人の威厳に驚き、自然と苦笑いが出てしまった。
シエスタは、ほれ薬を飲んでしまった生徒ギーシュを思い出し『毒を飲ませた自覚はあったんだ…』と苦笑いをした。


「ふむ、そろそろ頃合いだな」
公爵がちらりと執事の方を見ると、執事は食堂の扉を開け、廊下で待機していたメイド達を部屋へと導き入れる。
メイド達が運ぶ料理は豪勢の一言に尽き、またもやシエスタとモンモランシーの二人を驚かせた。
「さあ、英気を養ってくれたまえ」
公爵の声が、やけに大きく聞こえた。




三日目。

カトレアの部屋で、香水の瓶より少し大きなガラス瓶を手に持ち、シエスタが波紋を流している。
モンモランシーがシエスタに「頃合い?」と聞くと、シエスタは「お願いします」と答えた。
シエスタから瓶を預かり、モンモランシーがカトレアの口元にそれを持って行く。
カトレアは両手を瓶に添えて、中身の『水の秘薬』を飲み干した。
すかさず、シエスタがカトレアの身体に杖を向け、秘薬の位置を確認する。
じわじわと身体の中を拡散していく秘薬は、波紋の効果により身体に吸収されず、秘薬のまま身体の中を巡っていく。
モンモランシーは秘薬の流れを感じ取り、カトレアの身体の中がどうなっているか、極めて精密に検査していった。

「この香り、貴方の香水?……落ち着いた花の香りがするわ」
カトレアが呟いた。

「え?あ、はい」
一瞬きょとんとしたモンモランシーだったが、カトレアの言葉に気付いて慌てて返事をした。
病人を相手にするので、ギーシュの気を引くために作った香水ではなく、あくまでも落ち着いた香りの香水を使っているのだ。
「いい香りね…風に運ばれた香りがするわ。どこかへ消えてしまいそう」
カトレアはベッドの上で目を閉じて、じっとしている。
その表情は喜怒哀楽のどれなのかわからない、だがシエスタには理解できる気がした。
風に運ばれた香り…それは、シエスタが考えるルイズの印象に近い。
タバサ…いや、シャルロットの母に深仙脈疾走(ディーパス・オーバードライブ)をかけようと決心したときも、タルブ村で治癒を続けたときもルイズの姿が思い浮かんだ。

彼女こそ理想の貴族像、そして儚く消えてしまった残り香だった。
シエスタの手が、じわりと汗ばむ。

「……?」
モンモランシーが首をかしげる。
「どうしたんですか?」
シエスタがモンモランシーを見上げ、声をかけた。

「うーん…今ちょっと気になることがあったんだけど……」
「気になることって、何でしょうか」
「水の流れが突然濁った気がするの、でも、水の流れを掴みきる前だったから、具体的にはちょっと解らないのよ」
「それでしたら、一度図にしてみたらどうでしょうか」
「図に?」
モンモランシーが少し驚く。
「曾祖父の故郷では、人間の身体を微細に記した『解体新書』という本で医療が発展したそうです、日記に書いてありました」

図に描く、それは治癒のメイジらしからぬ考えだった。
なにせ優れた水のメイジは、手で触れるだけでその人の水の流れが感覚的に理解できる。
しかし自分はまだそこまでの力はない、波紋の力を借りて図に表すことでなにができるか…少しの時間考えてみた。
タルブ村で治療した傷病兵の中には、女性もいたが、一人一人身体的な特徴があった。
身体的な特徴が、カトレアの病気を生んでいるのだとしたら?
考えを整理するためにも、一度図に書いてみるといいかもしれない…

「わかった。図に書いてみるわ、大きな紙と、ペンを貰ってきてくれない?」
「はい」




三日目の晩、昨日と同じように、シエスタとモンモランシーの二人は晩餐に参加していた。
食後の紅茶を飲んでいると、不意にエレノオールが呟いた。

「それで、なにか細かいことは解ったの?」
エレオノールが二人に問いかけると、モンモランシーが懐に手を入れて、折りたたんだ紙を取り出した。
執事がそれを受け取り、銀製のトレイに乗せてエレオノールの元に運ぶ。
紙を受け取り、開いてみると、そこには無数の線が書かれていた。

線の形は人間のシルエットのようであり、心臓とおぼしき場所には矢印でいくつもの線が描かれていた。
「これは?」
「ミス・カトレアの身体を流れる、水の流れです」
「…なるほどね、アカデミーで研究していたものとは違う描き方ね…これは貴方のアイディアかしら。ミス・モンモランシー」
「いいえ、シエスタのアイディアです。身体の中を図面化する本があると教えてくれました」

「水系統のメイジなら、身体に触れれば水の流れが解るんじゃないの?」
エレオノールが更に質問する、どこか胡散臭そうに感じているのかもしれない、モンモランシーはエレオノールの視線におびえることなく淡々と答えた。
「黒で描かれた線は、波紋を流してから作ったものです、青で書かれたものは波紋を流さない状態で調べた結果です」

エレオノールがハッとして紙を見る、上から下まで素早く目を通すと、ちょうど心臓の部分に大きな差があることが解った。
「…心臓に異常があるってこと?」
エレノオールが顔を上げ、二人を見る。
公爵と公爵夫人も驚いた顔をして、モンモランシーを見た。

「以前にも身体の中をじっくり調べたことはあったわ、心臓はたしかに弱かったけど…」
顎に手を当てて考え込み、エレノオールはうんうんとうなった。

「…心臓は、綺麗な血を送る部屋と、汚れた血を流す部屋に分かれています。
人間は呼吸で微弱な『波紋』を生み出していますが、その力は心臓から始まって体中を巡り、最後にもう一度心臓に帰ってきます。
ミス・カトレアは心臓が弱いだけではなく、心臓に小さな穴が開いているのだと考えられます。
汚れた血と綺麗な血が混ざって送られ…その結果、体の中が全体的に弱くなり、全身至る所での発作を起こしてしまうのだと、思います」
「「「…………」」」

ヴァリエール家の三人は、皆一様に絶句していた。
エレオノールにしても、今までに聞いたことのない説を聞いたようなものなので、これをどう考えるべきかと頭を悩ませている。

モンモランシーも、緊張のあまり卒倒しそうだった。
カトレアの身体は、波紋によって回復することは解ったが、心臓がすべての原因なのかははっきりとはしていないのだ。
だが、今は「原因」に対処するのではなく「原因と思わしき場所」に対処しなければならない。
もしかしたら自分の説は大きく間違っているのかも知れない、けれども、今は全力を尽くさなければならないと自分に言い聞かせていた。

公爵が、重い口を開く。
「…対処法は、あるのかね」

「水の魔法で穴を埋めることもできますが、危険です。確実な方法を取るためには、もっと大量の水の秘薬が必要になります」
「やはり、水の秘薬か…」
渋い顔をする公爵を見て、エレオノールが口を開いた。
「実は、王宮から『水の秘薬を控えろ』と通達があったの。どうも水の精霊を怒らせた者がいるらしいんだけど…原因はよく分からないわ」
「水の精霊をですか!?」

モンモランシーの顔がサッと青ざめる。
彼女の父は、以前に水の精霊を怒らせてしまい、干拓に失敗したのだ。
それが原因でモンモランシ家は、水の精霊との交渉役を降ろされてしまった。
「そういえば、モンモランシ家は確か、水の精霊との交渉役を務めていたな、今はその役目を退いていると聞いているが…」
公爵の声が、異様なほど重々しい声として聞こえてくる、モンモランシーは今にも卒倒しそうだった。
父の失敗をダシにされて、非難されるのではないかと思うと、冷や汗が額を流れるのを止められなかった。


「どうかね。君の手で、水の秘薬を手に入れることは出来ないかね」
だが、公爵の口から飛び出した言葉は意外なものだった。
「わ、私がですか」
「水の精霊と交渉し、水の秘薬を手に入れ、カトレアを治癒してくれたのなら…ラ・ヴァリエール家から支援を約束しよう」

実家を助けられる…!
願ってもない公爵からの申し出に、モンモランシーはうわずった声で、まるで叫ぶように声を上げた。
「つ、つとめさせて頂きます!杖にかけて!」


シエスタは隣で、『貴族って大変なんだなぁ』と思った。

ヴァリエール家の三人は、ほっとしたようにほほえみを浮かべていた。




そして四日目…
今日はラ・ヴァリエール家で準備してくれた馬車に乗って、ラグドリアン湖に向かう。
そのため朝食も採らずに、朝早くに出発の準備をすませたのだが、準備された馬車を見てシエスタが絶句した。
馬車を引くのは馬ではなく、竜。
噂には聞いたことがあるが、実物を見るのは初めてなので、シエスタはどうしたものかと冷や汗をかいた。

「…これに乗っていくんですか?」
竜車を指さし、シエスタが聞く。
「そうよ、馬より早いもの。それにこれなら一日で往復できるわ」
「それはそうですけど、なんか、ちょっと怖いですね」
「怖くないわよ、よく飼い慣らされてるわ」
そう言って竜に近づくと、竜はモンモランシーに頭を垂れた。
竜は、無言で頭を撫でさせている、臆病な竜ではこうはいかない、知能が高い竜だからこそ人間とのつきあい方を心得ているのだ。
「御者の方も大変ですね…」
そう言って御者の席を見上げたが、つばの広い帽子を被った御者は、手綱を握ってじっと黙っている。
「シエスタ、これはゴーレムの一種なのよ」
「え?そ、そうなんですか?へぇー…」
まじまじと御者をのぞき込むシエスタ、その様子があまりにも田舎者丸出しなので、モンモランシーは少しだけ恥ずかしそうに顔を背けた。


「お待たせしました」
屋敷の入り口から声がかかる、二人が振り向くと、そこには凛々しい男性の姿…ではなく、男装の麗人とも言うべきカリーヌ・デジレが立っていた。
「「………」」
二人が驚いていると、カリーヌは竜車に近づき扉を開け、二人を中へと導いた。
大きな馬車の中は豪華というよりは上品な作りをしており、居心地の良さを最優先に考えて作られているのが解る。

二人は、カリーヌに導かれるまま竜車に乗り込み、座席に座る。
カリーヌが「出しなさい」と呟くと、馬車はゆっくりと走り出した。

「あの…」
シエスタが呟く。
カリーヌがなぜ付いてくるのか、その上なぜ男装しているのかを質問しようとしたのだ。
意図をくみ取ったのか、カリーヌはどこか懐かしそうにほほえみを浮かべた。
「私は昔、男の姿をして軍隊にいました。お二人の護衛として、マンティコア隊を引退した老兵が務めさせて頂きます」

「は、はあ」
モンモランシーが気の抜けた返事をする。
オールド・オスマンから聞かされてはいたが、目の前に座る人物が『烈風カリン』だとはにわかに信じられない。
「…カトレアを治療して下さったのですから、私から出来るせめてもの誠意ですわ」
カリーヌはそう言って微笑んだ。


がらがらと音を立てて竜車が走る。
カリーヌは窓の外を見て、数日前の森林火災を思い出していた。

(…ピンク色の頭髪、年の頃は20、顔立ちは幼さを残し、顔に大きな火傷のある女性…)
(…その女性を『ルイズ』と呼んでいたそうです…)

カリーヌは、烈風カリンと呼ばれ恐れられた、希代のメイジであった。
だが、同時に彼女は母でもあるのだ。

ルイズの手がかりを探したいがために、カリーヌは水の精霊にも話を聞いてみるつもりなのだ。
二人の護衛を買って出たのもそのためだった。


見上げた空は、雲一つ無い快晴、どこまでも青い空が広がっている。

だが、カリーヌの心中は未だに曇り続けていた。



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