ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-54

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『魅惑の妖精亭』でルイズ達が働き始めてから数日が過ぎた。

ルイズは酒場で聞いた話などを記憶し、それを書き留めて伝書フクロウで毎晩王宮に送っている。
女王となったアンリエッタの評判が、ウェールズが構えた亡命政権、神聖アルビオン帝国から疎開した人の話、レジスタンスの噂…
他にも、アルビオン帝国はガリアからの援助を受けているとかの、胡散臭いうわさ話も含まれているが、とにかくルイズはうわさ話をアンリエッタに送り続けていた。

王宮を出る前に、アンリエッタに頼まれたことが一つある、それは『民の正直な言葉を聞きたい』というもの。
アンリエッタが国民にどう思われているのか知ろうとしても、王宮の貴族達は良い評判ばかりをアンリエッタに伝える。
まるで、アンリエッタを非難する国民は存在しないと言わんばかりに、アンリエッタを賛嘆する。
だが、それがアンリエッタの不安を煽っていた。
タルブ村での戦いで、アンリエッタはウェールズと共に巨大な魔法を用いて、アルビオン軍を撃退した。
しかし、ルイズがいなければ皆死んでいたかもしれないのだ。
アンリエッタとウェールズだけの戦果ではないのに、女王となったアンリエッタに謁見する者は、兵士達の功績などをみじんも気にかけず、二人のヘクサゴン・スペルばかりを褒めちぎる。

最初は褒められて浮かれていたアンリエッタだが、ウェールズの一言が認識を変えさせた。
『彼の声は誰の声なのだろうね』
その一言が、アンリエッタを深く悩ませた。
自分を取り巻く貴族達のおべっかを信じ込んでいられれば、きっと幸せに違いない。
だがいずれ裏切り者を見落とし、気づいたときには滅びしか残されていないかもしれない。
だからこそアンリエッタは、ルイズに『民の意見を直接聞いてみたい』と告げたのだ。

ルイズは、余計な気遣いをせず、くだらない話も、建設的な意見も、何もかもをアンリエッタに伝えようと決意した。



ある日の晩、伝書フクロウが珍しく返事の手紙を携えていた。
ルイズが中を見ると、そこにはロングビルがアニエスに保護されてトリスタニアに引き返していると書かれており、ルイズを安堵させてくれた。

もしかしたら、魅惑の妖精亭に立ち寄るだろうか?
そのときはロングビルをからかってやろうと思いつつ、床についた。

翌日、ルイズは『魅惑の妖精亭』の一室で、ジェシカに化粧を教わっていた。
虚無の曜日を翌日に控え、今夜は一週間で一番忙しい日になる。
「ほら、目元はこうするのよ」
「え?」
「え?じゃないわよ、ちゃんと見てた?ほら。こうやるの」
ルイズが鏡の前に座り、ジェシカが化粧用の筆でアイラインを整える。
「ああ、うん。ありがとう。これって濃い目だから調節が難しいわ」
「ロイズちゃんは元が整ってるから、あっさりとした素朴なメイクが良いわよ、素材の味を生かすってね」
ジェシカの指導を受けながら化粧をしてみると、骨格をいじるのとはまた別の意味で、新しい自分になれる気がする。
魔法学院の舞踏会の時に使ったルージュよりずっと安っぽい、平民の化粧品。
だが、ルイズにとっては何もかもが新鮮だった。

「ジェシカ、こんな感じでどう?」
「綺麗じゃない!それならもっとチップ貰えるわよ」
化粧をしたルイズを見て、ジェシカがルイズの手を引いた。
椅子から立たせると、準備しておいたトレーを渡す。
「ロイズも、今日はもっとチップ貰えるといいわね」
「ありがとう。じゃあ早速行ってくるわね」

給仕口から出ようとしたルイズが、ワルドの視線に気付く。

ルイズはワルドにウインクをして、笑顔で店に出ようとしたが…
一歩足を踏み出したところでUターン。
そのまま物陰に張り付き、焦ったような目つきで店内をのぞき込む。

それを訝しんだワルドがルイズに声をかけようとしたが、ルイズは指を口の前に立てて「静かに」とジェスチャーをする。

ワルドの目つきが変わった。

ルイズがこんな焦る姿など見たことがない。
もしやリッシュモンが城下町を視察し、魅惑の妖精亭に目を付けたのか?
ワルドはルイズに近寄り、耳元で呟く。
「何かあったのか?」
「………同級生がいるわ」
「なに?」
「魔法学院の…」
「……なあ、ル…ロイズ」
「何よ」
「今、君は”ロイズ”なんだ。姿形も身長も違う、そう簡単に気づかれるはずはないじゃないか」
「駄目よ、ワルド、あそこに居るのは”風上のマリコルヌ”と”青銅のギーシュ”よ。ギーシュはともかくマリコルヌは危険だわ」
「どうしてだい」
「アイツは、魔法学院の宝物庫より強固な、女子浴場の覗きに成功したと言われてる男よ。オールド・オスマン対策がされた浴場のトラップを超えたのは魔法学院創立以来彼しか居ないと言われているわ」(※噂です)
「あれは僕でも無理だったのに」
「なんですって?」
「いや、何でもない」
「まあいいわ、後でみっちり問いつめるから。…どうしましょ、あの二人が帰るまで店に出ない方が良さそうよね」
「そうかもしれないが…」





一方、ジェシカは、ルイズとワルドの様子を店内から見ていた。
「何やってるのかなー、あの二人」
物陰でこそこそしている二人を見て、頭に?マークを浮かべたジェシカだが、気にしてても仕方がないので接客を再開することにした。
軽く店内を見渡すと、奥の席に座った二人組が、女の子を見ては鼻の下を伸ばしている。
その二人はマントも着けていないし、杖も見あたらない。
だが身なりの良さが貴族であることを示していた。
この店にくる貴族と言えば、ガラの悪い貴族か、世間知らずの坊ちゃんに分けられる。
後者であることを祈りつつ、ジェシカは二人のテーブルに足を向けた。

事は数時間前にさかのぼる。
アルビオンとの戦争を控えたトリステインでは、軍備の増強計画が図られていた。
ギーシュは王宮で働く父と兄に呼び出され、魔法学院を休学して軍隊の訓練を受けろと言われた。
そんな時、偶然にもマリコルヌが、グラモン元帥の下に顔見せに来たのだ。
マリコルヌの父は、息子可愛さのため、マリコルヌを補給部隊に回して欲しいと考えて挨拶に来たのだ。
親の思惑はともかく、偶然にも王宮で再開したギーシュとマリコルヌは、親同士の話が終わった後城下町に繰り出すことにした。

「ふう…」
「どうしたんだ、マリコルヌ、君らしくもない。ため息ばかり出してどうしたんだ」
「うん、ちょっと悩み事がね」
「悩み事?」
「ああ……はあ~……」

秘薬屋の近くを通りかかった時、マリコルヌは長いため息をついて、辺りを見回した。
気のせいか目が少しうるんでいる、が、どこか寂しそうな目つきでもあった。
「まさかマリコルヌ、ここで偶然見かけた女性に一目惚れしたとか?」
からかうような口調で、ギーシュが呟くと、マリコルヌは顔を俯かせて小声で応えた。
「そうなんだ」
「なんだそうか…って、何!?君が一目惚れだって!」
「ちょっとギーシュ!声が大きいいって!恥ずかしいじゃないか!」
「あ、ああ、すまない。でも君が一目惚れとは考えられないねえ。それはどんな人なんだい」
「シエスタって居るだろう?彼女と同じ黒い髪の子でさ、笑顔が素敵なんだ」
「ま、待て待て、それはつまり、君は平民に恋をしたって事か」
「……」
「君が覚悟しているなら僕は何も言わないが……恋愛の先輩として忠告しておこう。平民で遊ぶのは止めた方がいい」
「女の子二人の純情をもてあそぶ、二股のギーシュがそれを言うのか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!僕はそんな二つ名じゃないぞ、青銅だ!せ・い・ど・う・のギーシュだ!」
「解ったよ落ち付けって。僕だって解っているさ…でもあの笑顔に僕はやられたんだ」
「そうか。まあクヨクヨしていても仕方がない、とりあえず今日はもう魔法学院に戻ろうじゃないか」

マリコルヌの肩に手を置き、ギーシュは『やれやれ』と言いたげに首を横に振った。

「その前に、仕立て屋でシャツ買っていきたいんだ」
「わかったよ、それにしてもマリコルヌが恋愛とはね。仕立て屋で上等なハンケチでも買って、プレゼントしてあげたらどうかね」
「プレゼントしようにも、その娘がどこにいるか解らなきゃしょうがないじゃないか」
「それもそうか。ところで、黒髪って言うのはあんな感じかい?」
マリコルヌは、ギーシュが指を指した方向を見て、絶句した。
「!!!」
「マリコルヌ?どうした?」
「あの娘だ…!」
マリコルヌは無言で、人の影に隠れつつ、ギーシュが指さした女性を尾行し始めた。
ギーシュはマリコルヌの様子に呆れたが、仕方ないなと呟いて、マリコルヌの後を追いかけた。

尾行を続けた二人は、その女性が『魅惑の妖精亭』に入っていくのを確認した。
扉から店内をのぞき込むと、ボディラインが丸見えなビスチェを着けて、女の子がチップを貰っているのが見える。
「いいいいけないよマリコルヌ、こんな店に入ったとバレたらモンモランシーに殺されてしまうよ」
「何を言ってるんだ、ギーシュはもう帰ればいいじゃないか」
「いや、僕は友人として君を見守る義務がある!」
二人は、マントを折りたたんで服の中に隠し、『魅惑の妖精亭』に入っていった。

「お客様、ご注文はおきまりですか?」
ジェシカが前屈みの姿勢で、豊満な胸の谷間を見せつけつつ二人に注文を聞く。
「そそそそうだな、とりあえずワインを貰おうかな」
ギーシュの視線は、ジェシカの胸に釘付けになっている。
「ぼぼぼぼ僕はこの料理を貰おうかな」
マリコルヌも、ジェシカの胸と顔を交互に見て、顔を赤らめつつ注文をした。
ジェシカは二人から注文を受けると、にこりと微笑んで華麗にターンして、厨房へと注文を伝えた。
「なあ、マリコルヌ、凄い店だな」
「ギーシュ、君でもそう思うか」
「女性はもっとおしとやかであるべきだ。この店は下品だよ」
「ギーシュ!言葉は嘘をつけるが、顔は嘘をつけないよ、君の鼻の下は地面に落ちんばかりに伸びているじゃないか」
「い、いや、これはだね。女性を喜ばせる薔薇としてだね!ああああ」



そんな風にギーシュとマリコルヌが店の雰囲気を堪能していると、羽扉が開き、新たな客の一群が現れた。
中年の男性貴族を先頭に、軍人らしき風体の貴族や、お供の下級貴族がわらわらと店に入ってきた。
マリコルヌは、先頭に入ってきた貴族に見覚えがあった。
でっぷりと肥え太った体型に、薄くなった髪、記憶に間違いがなければ税務官の一人『チュレンヌ』だ。

その貴族達が入ってくると店内は静まり返る。
そこに、スカロンがもみ手するような勢いで貴族達に声をかけた。
「これはこれは、チュレンヌさま。ようこそ『魅惑の妖精亭』へ」
チュレンヌと呼ばれた貴族は、ナマズのような口ひげを指でいじると、ふんと後ろにのけぞった。
「ふむ。おっほん! 店は流行っているようだな?」
「いえいえ、とんでもない! 今日はたまたまと申すものですはい。いつもは閑古鳥が鳴くばかりでございまして…。」
チュレンヌは、スカロンを蔑むような目で一瞥し、店内を見渡した。
「なに、今日は仕事ではない。客で参ったのだ。そのような言い訳などせんでもいい」
「お言葉ではございますが、チュレンヌさま、本日は満席となっておりまして……」
「わたしにはそのようには見えないが?」

チュレンヌがそう呟くと、取り巻きの貴族が杖を引き抜き、店内にいる全員に見えるようそれを掲げた。
貴族が杖を抜くということは、命の危険があってもおかしくはない。
杖におびえた客たちは酔いがさめ、一目散に入り口から消えていった。
何が起こっているのか解らないマリコルヌやギーシュはそのままだが、店は一気にがらんとしてしまった。
「閑古鳥と言うのは、本当のようだな!」
ふぉふぉふぉ、と腹をゆらしつつ、チュレンヌの一行は邪魔な椅子を押しのけ、空席となった真ん中の席についた。
ちらりと、取り巻きの貴族がギーシュとマリコルヌを見る、すると軍人らしき貴族が「放っておけ」と呟いた。




ルイズがふと気づくと、ジェシカが隣にやってきて、忌々しそうにチュレンヌを見つめていた。
「ねえ、あいつ何者なの?」
ルイズが小声で呟くと、ジェシカは心底から忌々しそうに話し始める。
「このへんの徴税官をつとめてるチュレンヌよ。あいつの管轄してる区域のお店に来ては、”たかり”をするの、嫌な奴よ! 銅貨一枚払ったことないんだから!」
「そう……」
「あいつの機嫌を損ねたら、とんでもない税金かけられてお店が潰されちゃうの。だから渋々言うこときいてるの」
「なるほどね…」
ルイズはふと、ワルドの表情を伺った。
そこには、ニューカッスル城で会ったときと同じ、冷たい仮面のような表情のワルドがいた。
ルイズは慌ててワルドの襟首を掴み、店の奥に移動させる。
「ルイズ、二十秒でカタをつける。同級生の二人を外にやってくれないか」
「だ、駄目よ!気持ちはわかるけど、今はその時じゃないわ、この店に迷惑をかけちゃ駄目なんだからね!」
「…解っている。だが、僕は、あれが貴族を名乗っているのが許せん」
ワルドの怒りは当然かも知れない、だが、この店で貴族が殺されたとあっては、店の人間に迷惑がかかる。
ルイズにも怒りはある、だが、この店に迷惑をかけたくない。
何とか音便にコトを済ませる方法を考えていたが、不意に顔を上げて、ワルドの袖を引っ張った。
「ワルド、ちょっと手伝って」
「?」

店の中では、チュレンヌが忌々しげに店の女達を見ていた。
誰も酌をしようとしない、それが気にくわないのか、店に難癖をつけ始めた。
「おや! だいぶこの店は儲かっているみたいだな!このワインはゴーニュの古酒じゃないかね?」
チュレンヌに続いて、取り巻きの一人が女の子の衣装に難癖をつける。
「おや、そこの娘の着ている服は、ガリアの仕立てではありませんかな。どうやらこの店は思ったよりも儲かって居るようですなあ」
チュレンヌは実に嫌らしく、ふぉふぉふぉと笑って呟く。
「今年の課税率を見直さねばならないようだな!」
取り巻きの貴族たちも、わざとらしく頷きながら、チュレンヌの言葉に同意した。
「女王陛下の徴税官に酌をする娘はおらんのかね! この店はそれが売りなんじゃないのかね!」
チュレンヌがわめくが、店の女の子は誰も近寄らない。
「触るだけ触ってチップ一枚よこさないあんたに、誰が酌なんか……」
ジェシカが呟くと、不意に奥のテーブルから声がかかった。

『ああ、このブルゴーニュのワインを一つくれないか』
「はい?」
振り向くと、マリコルヌと目が合う。
マリコルヌは何が起こったのか解らないようで、え?え?と小声で呟き、目をぱちくりさせていた。
「はい、ただいまお持ち致します」
ジェシカは笑顔で注文を受けると、マリコルヌの席にワインを届け、丁寧にワインを注いだ。

「どうぞ」
『ああ、ありがとう。とっておきなさい』
ワインを注ぎ終わると、マリコルの手がテーブルの下から跳ね上げられる。
それと同時に、どこからか出てきた金貨がふわりと飛んで、ジェシカの胸に収まった。

「きゃん」
金貨の冷たい感触に驚き、ジェシカは思わず声を上げた。
それを見たマリコルヌは、ジェシカの色っぽい仕草に顔を耳まで真っ赤に染め、恥ずかしさを誤魔化すように腕を組んで笑顔を浮かべた。

ところが、隣に座るギーシュは青い顔をしている。
チュレンヌ達が、中央のテーブルからギーシュ達を睨んでいるのだ。
むこうは五人。その中には軍人らしき貴族もいる。
マリコルヌとは対照的に、ギーシュの顔はどんどん青くなっていった。
(マッ、マリコルヌ、まずいぞ、まずいよ)
ギーシュがマリコルヌに耳打ちする。
「え?何を言ってるんだ美味しいワインじゃないか」
だが当のマリコルヌは、思い人のちょっと色っぽい仕草を見ただけで有頂天になり、ギーシュの言葉なんてほとんど聞いちゃ居なかった。
むしろチュレンヌのことなんてすっかり忘れていた。


「はっ、随分と豪勢なことだな!この店は随分儲かってるじゃないか、税率は二倍がいいか、三倍が良いか?皆どう思う」
「この店は風紀を著しく損なうようですな、罰金も支払わせましょう!」
取り巻きの貴族達が、そうだ、そうだと、口々に言う。
それを聞いたスカロンは、何とかご機嫌を取ろうとして、中央のテーブルに近づこうとした。
「あ、あの、チュレンヌ様」
「まったくこの店はなっとらんな!こんな怠けた店でもやっていけるとは、禁制の偽酒でも使っているのかな?」
「いえ!決してそんなことはありません、はい」
取り巻きの貴族が杖をちらつかせながら、『レビテーション』の応用でジェシカを転ばせた。
「きゃあっ」
ガチャンと音がしてグラスが割れ、ジェシカは破片の上に手をついてしまった。
「痛っ…」
それを見た貴族達は、ハハハと笑った。

『そこまでだ』
不意に、誰かの声が笑い声に水を差した。
誰だ?と疑問に思う間もなく、ギーシュに視線が集中する。
「…え?」
だが、当の本人は何が起こったのか解らず、きょとんとしていた。
「何だ小僧、何か言いたいことでもあるのか?」
「え?え?」

実は先ほどのマリコルヌの声も、ギーシュの声も、本人の声ではない。
ワルドが作り出した『空気の管』をギーシュの背後に伸ばし、ルイズが声色で喋ったのだ。
魔法学院の同級生だったとはいえ、二人の声を完璧に再現できるとは思っていなかったが、場の雰囲気のおかげか疑われることは無かった。
マリコルヌの腕が勝手に動いたのも、ジェシカの胸にチップの金貨が舞い込んだのも、ワルドの『レビテーション』。
当の本人達は、何が起こったのか全く理解していないだろう。



ふと、転ばされたジェシカと、ギーシュの目が合う。
ジェシカは手から血を流し、目に涙を溜めていた。
(どうした?僕は女の子を喜ばせる花じゃなかったのか。女の子が泣いていて何もしないのか!僕は!)
ギーシュは、チュレンヌ達が恐ろしかった。
実力差も数の差もある、それに、もしかしたら家名も高いかもしれない。
戦っても勝てるはずはないし、そもそもこんな店に入ったこと自体、親の耳に入ったら困ることだ。
でも、女の子の涙を見て、どうして引き下がれようか。
惚れ薬の件では、シエスタに迷惑をかけてしまった。
ジェシカの髪を見ると、惚れ薬を飲んだとはいえ、ワルキューレでシエスタに決闘を挑んだときの後悔が胸に突き刺さる。

今度こそ、僕は女性を守る茨になりたい。
ギーシュは震えながらチュレンヌ達を睨み返し、薔薇の造花を握りしめた。



「大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です」
いつの間にか、マリコルヌが怪我をしたジェシカの手を取り、ハンケチを巻き付けていた。
「僕は治癒が苦手だから、申し訳ないね」
「いえ…そんなこと、ありません」
「さ、君はちゃんと怪我を治した方が良い、今日は休ませて貰うといいよ」
そう言って、マリコルヌはジェシカの手を引っ張り、立ち上がらせる。
ジェシカの肩をぽんと叩き、店の奥に下がらせると、マリコルヌは顔を真っ赤にしてチュレンヌ一行を見据えた。
怒りではなく、恥ずかしさから顔を真っ赤にしているのだが、他人はそう見てくれない。
マリコルヌは今、『顔を真っ赤にするほど本気で怒っている』と思われていた。

「はっ、なんだなんだ、君たちは貴族か!若いのに場末の汚い酒場にいるとはなあ、恥を知りなさい!」
自分たちのことは棚に上げ、偉そうに言い放つチュレンヌ。
ギーシュは震えを必死で押さえ込む、シエスタにゴーレムを差し向けた時の、モンモランシーの泣き顔を思い出して、必死に『自分は正しい!』と言い聞かせた。
「無闇に女性を傷つけておきながら、恥を語るのは何処の恥知らずかな?」
「何だと…!」
取り巻きの一人が杖を抜き、席を立った。
どう見ても怒っている。
ギーシュは早くも自分の発言に後悔した。

だが、意外にもそこで、マリコルヌがずいと前に出て反論した。
「汚いのは、貴族の杖をそんなことに使っているお前らの方だっ!」
「貴様!」
マリコルヌの言葉がしゃくに障ったのか、チュレンヌ達は一斉に立ち上がり、杖をギーシュ達に向けた。
(怖い、怖い怖い。怖い!)
ギーシュの心中は恐怖に支配されかかっている、だが、今ここで正しいと思ったことを貫き通せずに何が貴族だろうかと思い、心を奮い立たせる。
『命を惜しむな、名を惜しめ』という家訓が、ギーシュの体を辛うじて支えていた。



一触即発の雰囲気が、店内を支配する。

どちらかが動こうとしたその時、勢いよく羽扉が開かれた。

「そこまで!双方杖を引け!」
店内に入り声を上げたのは、女王陛下直属の部隊、銃士隊のアニエスだった。
体をすっぽりと多う外套を身につけており、腰に差しているはずの剣と銃は見えなくなっていた。
チュレンヌは胡散臭そうにアニエスを見て、鼻で笑う。
「ハッ、誰かと思えば、この間シュヴァリエを賜ったという……なんだったかなあ。なあ皆、知っているか?」
「さあ。知りませぬ、粉ひき娘ではありませんか?」
「チュレンヌ様は城下を視察されておる!貴公が何者であっても、女王陛下から賜った徴税のお役目を妨げるなら容赦はしませんぞ」

チュレンヌ達は、あからさまにアニエスをバカにする。
ハハハと笑っている貴族達に向け、アニエスは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、見せつけた。

羊皮紙を胡散臭そうに見ていたチュレンヌだったが、その顔が少しずつ青ざめてくる。
ほんの十秒ほどで、店内は驚くほど静まりかえってしまった。

「あ、あの、これは?」
突然、チュレンヌが低姿勢になる。
「解らないか?貴殿を逮捕しに来たのだ。女王陛下は、不当な徴収で私腹を肥やす貴族がいると聞いて、大変胸を痛めておられる。自ら出頭するならまだ罪は軽くなりますぞ。ミスタ・チュレンヌ」
アニエスが氷のように冷たい目つきでチュレンヌを見る。

時間にして一分だが、一時間にも感じられる沈黙が流れた。
チュレンヌは、ふぅ、とわざとらしくため息をついて、杖をテーブルの上に置き、観念したように椅子に座った。
だが…
「…かかれッ!殺してもかまわん!」

チュレンヌは杖を掴むと、ルーンヲ唱えつつアニエスに向けた。
同時に、取り巻きの貴族が動いたが、それよりも一瞬早くアニエスのマントが翻った。
遠巻きにその光景を見ていたジェシカ達は、アニエスのマントの中で、刃物がギラギラと光るのが見えた。

アニエスのマントがふわりと垂れ下がる。
チュレンヌ達は、二度、三度とルーンを唱える、だが魔法は発動しない。

チュレンヌの取り巻き達は、自分たちの持つ杖を見て、ぎょっとした。
杖が真っ二つに折られていたのだ、アニエスのマントが破け、中から二つの刃が姿を見せる。
長さ50サントの刃が、アニエスの近くにいた二人の杖を破壊したのだ。

チュレンヌの後ろにいた貴族二人は、驚いて後ろに下がりつつルーンを唱えようとしたが、一人は青銅のゴーレムに取り押さえられ、もう一人は『エア・ハンマー』で杖を吹き飛ばされていた。

奥のテーブルでは、ギーシュとマリコルヌが杖を掲げている。
二人が手伝ってくれたのだ。
アニエスは、腰が抜けて立てなくなったチュレンヌの真正面に立ち、静かに呟いた。

「自首して頂けますか」

チュレンヌはがっくりとうなだれ、小声で「はい…」と呟いた。

その後間もなく、町の衛兵がやって来た。
チュレンヌとその取り巻き達は馬車に乗せられ、王宮へと送り届けられるそうだ。
『魅惑の妖精亭』の皆は大いに喜び、ワルドはスカロンに抱きつかれ大いに迷惑。
アニエスにもお礼を言おうとしたが、ギーシュとマリコルヌに『協力を感謝致します』と告げた後すぐにどこかへ行ってしまった。
「格好良かったわねえ、あの女シュヴァリエ様」
「ホントよね、貴族ってあんな人たちばかりならいいのに」
『魅惑の妖精亭』の女の子達は、固まってアニエスの話ばかりしており、ギーシュとマリコルヌのことなどこれっぽっちも話ていない。
ギーシュは寂しそうにワインを飲んだ。
「はあ、一時はどうなることかと思ったよ。それにしてもマリコルヌ、僕は君を見直したよ」
「いや、ギーシュも一緒に杖を構えてくれたじゃないか。だから僕にも勇気が出たんだ」
「そんなものかね」
グラスに残ったワインを飲み干して、ギーシュはため息をついた。

コトッ、と小さな音を立てて、ワインがテーブルの上に置かれる。
よく見ると、上等な古酒らしく、古ぼけたラベルには有名な産地の名前が見えた。

「今日は、ありがとうございました。あの…このチップはお返しします。こんなに沢山頂けません」
ワインを持ってきたのはジェシカだった、テーブルの上に金貨を置き、すまなそうに頭を下げる。
マリコルヌは驚いて、両手バタバタと左右に振った。
「ちょ、ちょっと待ってよ。これ僕のお金じゃないんだ、どこからか突然出てきたんだよ」
「そんな、謙遜なさらないで下さい」
「これは謙遜じゃなくて…えーと、ど、どうしよう」
隣を見ると、ギーシュがにやりと笑みを浮かべていた。
テーブルに置かれた金貨を手にとって、ジェシカに渡す。
「彼は口べたでね!僕が少しだけ通訳をしてあげよう。彼はこう言いたいのさ『君は金貨と同じぐらい美しい』と」

驚いたマリコルヌは、ギーシュの言葉を訂正しようとして、慌てて喋りだした。
「ち、違うよ、金貨よりもっと綺麗………あ、いや、その…」
自分が何を口走ったのか途中で気づき、マリコルヌは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

だが、ジェシカは嬉しそうでもなく、悲しそうでもない表情で、「ありがとう」と呟き、小走りで店の奥へと隠れてしまった。
「…なあ、ギーシュ」
「なんだい」
「僕、何か悪いこと言ったかな」
「表現が悪かったんじゃないかな。からかっていると思われたとか?」
「そうなのかなあ」
マリコルヌは残念そうに顔を俯かせたが、またこの店に来れば会える、またここに来ようと決意して、勢いよくワインを飲み込んだ。




ジェシカは、店の物置に置かれている、大きな鏡の前に立っていた。
自分の表情をじっと見つめていると、不意に涙がこぼれる。
「ジェシカ」
「あ…お父さん」
いつの間にか、物置の入り口にスカロンが立っていた。
「ジェシカ、どうしたの?」
「…わたし、嬉しいのに、どんな顔をすればいいのか、解らないの」
「笑顔でいいじゃない、ジェシカの笑顔は、みんな好きだって言ってくれるでしょう?」
「違う、違うの…作り笑顔を見せちゃ駄目だって思ったの。本当の笑顔じゃなきゃ失礼だって思ったの…でも、顔が笑ってくれないの…」
「ジェシカ…ごめんなさい、私がずっとあなたにこの仕事をさせたせいで」
「ううん、お父さんは私のためを思ってくれてる。お父さんのせいじゃないわ」
「ね、ジェシカ、今まで嫌なお客さんにも笑顔を見せてきたわよね。今度から無理をしなくていいから、だから、貴方の思うとおりにやりなさい」
「…できない、今更、そんなこと出来ないよ」
「じゃあ、今度あの人が来たら、正直に打ち明けて、謝ってみなさい。ジェシカが本心から笑顔を向けたいと思ったのなら、そうすべきよ」
「…うん」
ジェシカは、父スカロンに顔を見られないように、力一杯抱きついて、涙を流した。



しばらく後、マリコルヌとギーシュの二人は、『魅惑の妖精亭』を出て馬に乗り、魔法学院への帰路についていた。
「なあ、ギーシュ」
「なんだい」
「女の子達、たくさんサービスしてくれたよな」
「ああ」
「領民を守るのも、あんな感じなのかな。僕でも誰かを守れるのかな」
「かもしれないな」
「なあ、ギーシュ」
「なんだい」
「僕、前線に出るよ、親は僕を補給部隊に入れようとしてるけど、それじゃ駄目だと思うんだ。僕は僕なりに頑張ってみたい」
「いい心がけだと思うよ。それにしても…」
「?」
「君があんなに勇気があるやつだと思わなかったよ」
「思うところがあるんだ」
「そうか、深くは聞かないでおくよ」
「うん。そうしてくれると助かる」

マリコルヌは月を見上げた。
あの日、シエスタが空を飛ぶ練習をしていた時、マリコルヌは『遠見』の魔法を使ってスカートの中を覗こうと躍起になっていた。
あの日、突然シエスタの体が不自然な方向に飛ばされたのを、マリコルヌは見てしまったのだ。
『遠見』で周囲を見渡すと、火の塔の一角でシエスタを見ている人物を発見した。
杖を持っていたことから、そいつが犯人だと確信していたが、それを誰かに告げる気にはならなかった。
男は、三年生の寮に入っていった。
そして別の日にも、その男は同じようにシエスタに風の魔法を当てていた。
唇の動きは、エア・ハンマーのルーンを呟いていたと見て間違いはない。
後で調べてみると、その男は『風風のライン』であり、人当たりがよく平民にもやさしい男だった。
そんな男がなぜシエスタの邪魔をしたのだろう。

解らなければ、直接聞いてみればいい。
シエスタに、僕たちの友人に何をするんだと詰め寄ってやればいい。
だが、『ドット』の自分では『ライン』に敵うはずがないと思って、誰にも言わずにいた。

魔法で転ばされ、怪我をしたジェシカを見て、マリコルヌは少しだけ覚悟を決めることができた。
ジェシカの姿が、シエスタに重なったのかもしれない。

月の浮かぶ夜、二人はいずれ来るアルビオンとの戦いに、自分なりの道筋を見つけた気がした。




ギーシュ達が『魅惑の妖精亭』を出てすぐ、ワルドは部屋で遍在を作り、外にいるルイズを迎えに行った。
ルイズは『イリュージョン』を駆使して人目を避け、ワルドに背負われて窓から部屋に入る。
顔を隠していたフードを取ると、そこにはアニエスの顔をしたルイズがいた。
ルイズは「ありがと」と言って遍在の背中から降り、部屋に備え付けられた鏡の前に立った。

「まったく、あの二人なんでこの店に来たのかしら、平民の女の子には手を出さないと思ったのに」
ぶつぶつと呟きながら、アニエスそっくりに切りそろえた髪の毛を体内に再吸収し、ベッドの下に隠した茶色の髪の毛を頭に植え付けていく。
ゴキゴキと音を立てて、ルイズが骨格を調節していると、隣にいたワルドの遍在が呟いた。
「いいものを見たよ、トリステインの若いメイジにも、彼らのような者がいるのだな」
「そう見える?」
「…女の子目当てかもしれないが、それでも立派さ。杖は平民を脅かすために使う物ではない。守るために使う物なんだ。彼らはそれを貫いた」
「そうね……うん。確かにそうね」

体つきを元に戻し、顔の形を調節し終わると、ルイズは窓の外に浮かぶ月を見上げた。

「いずれ、戦争が始まるのよね……誰も、死んで欲しくないな」

ルイズの呟きは、星空に消えていった。



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