ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第三十二話 『魅惑のアルバイター』前編

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第三十二話 『魅惑のアルバイター』

「さあやって参りました夏季休暇!二ヶ月半に及ぶ長大な期間、学校という檻から解放された生徒たちは真夏の日差しに誘われて今まさにサマー・オブ・ラブ!と言うか誰かわしと一夏の恋のアヴァンチュールを楽しまんか!?」
「はい、以上学院長の挨拶でした」
「え!久々の出番これだけ!」
 そんな挨拶で始まった終業式も無事終わり、生徒たちは帰郷のための荷物を手に正門に集まり始めていた。故郷の領地で羽を伸ばす者がいれば、首都トリスタニアで働く両親の元へ向かう者もいる。
 つかの間の自由を手に入れた生徒たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
 そして、そんな声を遠くに聞きながら、ルイズの部屋ではちょっとした集まりが開かれていた。
 ルイズがとうとうと話すのを、誰も彼もが黙って聞いている。
「――――と言うわけで、わたしは『虚無』の使い手に選ばれたってわけ」
 始祖の祈祷書を片手に、ルイズはそう締めくくった。それから部屋のみんなを見回す。
 部屋にはいつものメンツが顔を突き合わせていたが、ルイズの話にみな、放心したかのように口を半開きにしている。
「・・・・・・・・・じゃ、じゃあ、この前湖で使った魔法も『虚無』なのかい?」
 呆けた調子のまま尋ねたギーシュにルイズはしっかりと頷いて返した。ギーシュだけではない。キュルケもタバサもモンモランシーも、皆一様に驚いている。
「はあ・・・なんだか、とんでもない話ねえ」
「別に、信じてくれなくてもいいわ・・・・・・」
 キュルケの言葉にルイズはそっぽを向いて応える。絶対に信じてもらえるなどとはもとより思っていない。だが、そんなルイズにキュルケは微笑んで言った。
「信じるわよ。だって、これって極秘なんでしょ?それをあたしたちに話したって事は、あなたがあたしたちを信じてくれたってことじゃない」
「うむ、そうだね。友の信頼を裏切るわけもないさ」
「ま、私はあなたの系統が何だって構わないんだけどね」
「・・・・・・おめでとう」
 皆の素直な感想に、ルイズは背を向けてしまった。しかし誰もそのことを咎めたりはしない。ルイズのその小さな背が小刻みに震えているのを知っているから。
 少なからず恐れはあったのだろう。信頼する者に拒絶されること。それはとてつもなく恐ろしいことだから。ウェザーが優しくその背を撫でてやる。
「・・・・・・まあ、話も終わったことだしあたしたちは退散させてもらうわ」
 キュルケの言葉に従って全員が部屋を出ていくのを、ウェザーがすまなそうに見送った。キュルケが微笑みながら手を振って応える。しばらくルイズの背をなで続けていたが、徐々に収まったのを見計らってしゃべり出す。
「よかったな、認められて。少なくともあいつらはお前のことを『ゼロ』のルイズとは呼ばないさ」
「そんなこと・・・・・・わかってるわよ」
 ぐしっ、と目を擦ってルイズはウェザーの方を向いた。目は赤くまだ鼻をすすっているが、それについてつっこむほどウェザーも野暮ではない。
 ルイズは自分を見られているのが恥ずかしいのか、無理矢理に話題を変更してきた。
「そ、そうそう。明日から夏季休暇に入るんだから、帰省の準備しておきなさいよ」
「ああ、ヴァリエール領だろ?どんなところなんだ?フロリダみたいなところか?それともベガス?LAとか?」
「どこよそれ・・・・・・あたしの故郷はねえ――――ん?」
 ルイズが得意げに語りだそうとした瞬間に、ばっさばっさと一羽のフクロウが現れた。開け放たれた窓を通過して、ウェザーのてっぺんにとまる。ルイズが見上げると、フクロウは書簡をくわえていた。
「あの花押・・・・・・!」
 ルイズは真顔に戻るとジャンプしてその書簡を受け取り、すぐさま中を改める。
「どうした?」
 ウェザーが顔を見合わせて尋ねるが、ルイズはそれには答えずに呟いた。
「帰省は中止よ」

 アルビオンは艦隊が再建されるまでまともな侵攻を諦め、不正規な戦闘を仕掛けてくる――――マザリーニ達大臣連中はそう予測したらしい。町中の暴動や反乱の先導といった、こそくな手段を交えて中から攻めてくる。
 現にここ最近の治安は悪化の一途を辿っているらしい。もしもこれが敵の手によるものであるのならば、そうそうに手を打たなければならないのである。
「――――と、手紙には書いてあったわけだが・・・・・・俺らに何をしろって言うんだ?」
「身分を隠しての情報収集任務よ。なにか不穏な活動が行われていないか?平民たちの間ではどんな噂が流れているのか?」
「ふぅん・・・・・・情報戦の様相を呈してきたってわけか」
「でも、地味だわ」
 ルイズがぼやきたい気持ちもわからないでもなかった。今二人は首都トリスタニアに続く街道を歩いているのだ。真夏の日差しが地面に照りつけ、熱と光を反射するために、まるで延々と続く蒸し風呂の中を歩いている気持ちだ。
 ルイズは日よけに帽子を被っていたが、それでも汗が滴ってくる。うっとおしげにそれを拭った。
「あっつい・・・・・・ねえ、涼しくしてよ」
「スタンドの無駄遣い、ダメ絶対」
 同じく汗を流しながら隣を歩くウェザーはにべもなく言い放つ。そもそもルイズの荷物もまとめて持たされているのだからこれ以上注文されるいわれはないのだ。
 あくまでお忍びである以上、馬車も使えず馬も借りられない。頼れるものは自分の足二本だけだった。
「こんな辛い目に遭うんだったら、みんなも巻き込めばよかったかしら・・・・・・」
 みんなとはもちろんキュルケたちのことだ。『虚無』を話した手前、このことも伝えておこうかと思ったが、アンリエッタもそれを見越してかわざわざ手紙の最後の方に"二人で"と強調して書いていた。
 さすがに旧い友人というか、ルイズの性格や行動を把握しているお姫様だった。まあ、貴族然とした輩が何人もいてもこの任務はこなせないだろうが。
「ぼやいていたって始まらんさ。速く歩けば早く休める。きりきり歩けい!」
「ふえ~ん・・・」
 二人っきりの行軍は続く。

 そんな調子でえっちらおっちらと、ようやく街に着いた二人はまず財務庁を訪ね、任務に必要とされる経費として手紙にそえられていた手形を金貨に換えた。
「新金貨六百枚ってことは、四百エキューか」
「あら、あんたいつの間に通貨覚えたのよ」
「ん?最近だよ最近。やっぱりここにいる以上は必要になってくるだろう?」
 それから荷物の中に入れておいた、アンリエッタからの褒美金を取り出し数える。手をつけていないために新金貨丸々残っている。
 ウェザーたちはまず仕立屋に入り、服を探した。街に紛れるのであればそれなりの恰好というものがある。ルイズはいつものマント姿で、「わたくし、貴族でしてよ」と言いふらしているようなものだ。
「まあ、こんなもんだろう」
 ウェザーのセンスで、白い地味なワンピースと明るい色のサンダルを着させる。頭の上には熱中症予防の麦わら帽子。街を歩けば四人ぐらいは似たような恰好の娘を捜せそうな恰好だ。しかしルイズは不服そうだった。
「安物ね」
「はあ?何言ってんだお前は・・・十分良い素材だろ」
「あたしはあっちのシルクのがいいの」
 そう言って指差した所には、つやつやと光る豪華なドレスを着た人形がいた。
「お前はなあ・・・・・・あれ一着で新金貨百だぞ?だいたいあんな服着て街を"お忍びです"って歩いて見ろ。その瞬間にお前は『おつむもゼロ』って二つ名を貰うことになるぜ」
 それはさすがにイヤなのか、ルイズは唇を尖らせながらも黙り込んだ。しかし、すぐに口を開いて別の文句を言い出す。
「それにしたって活動金が少なすぎるわ。馬がなければ満足な奉仕も出来ないし、馬具だっている。宿もしっかりした所じゃなきゃダメよ。この金額じゃあ二ヶ月半泊まったらなくなっちゃうし、他にも色々と入り用でしょう?全然、足りないわ」
 ルイズの言葉にウェザーは口を閉じることが出来なかった。一体何を言っているんだこのお嬢様は、と。
「街には着いたんだ、親から貰った立派な足があるだろうが。歩け。それからこれだけの額が飛んじまう宿ってどんだけスウィートなんだよ。値段を見ながら安宿を探すぞ。ボロかろうがベッドがあれば十分だ」
 ウェザーはルイズのわがままをスッパリと切り払った。
「いいか?お金っていうのはな、気を緩めるとすぐに飛んでいっちまうんだ。衝動買いなんて以ての外だ。買う物のリストは常に作る!品物を見つけても他の店と見比べてから買う!ギリギリまで値切る!これが真の買い物だ」
 ウェザーの熱弁にルイズは思わず引いてしまった。そして思い出す。ウェザーが貧しい家で育ったことを。
(そ、そう言えばウェザーがお金使ってるとこ見たことがないわ・・・・・・。武器屋でも結局タダで貰ってきてたし、姫さまからお金貰ってるはずなのに一度も・・・・・・)
「ほら、わかったら行くぞ。飲み物くらいは許してやるから」
 ルイズはもはや何も言えなかった。

 街の様子を見て回った二人は、中央広場の片隅に休憩がてら座り込み、今後のことを話し合っていた。
「で、情報を集める手段なんだけど・・・・・・花売りって書いてあるわ」
「花売りねえ・・・・・・。だったら街角に立ってるのとあんまり変わらないだろ。もっと色んな職種の人間と接触できる事をするべきだな」
「色んな職種とって、例えば?」
「そうだなあ・・・・・・・・・思いつかん」
 ルイズはため息をつくが、ルイズにもちょっと想像がつかなかったのであまり人のことは言えない。日はまだ高いが、これから宿も探さなければならず、やるべき事は意外と多かった。
「・・・・・・」
 と、ウェザーがやおら立ち上がった。ルイズも何事かと思い立ち上がろうとしてしまう。
「ど、どうしたの?」
「ちょい、トイレ」
 はあ?と気の抜けた声を出してルイズは浮かした腰を再び下ろした。
「荷物を見ててくれ」
「はいはい」
「いいか、ルイズ。何があってもそこにいるんだ」
「はいはい、わかりましたぁ」
 適当な返事を返すルイズに呆れたため息をつきながら、ウェザーは去っていった。途端にルイズは暇になってしまう。
「しっかし、暑いわねえ・・・・・・」
 麦わら帽子をいじったり足をぷらぷらさせたり、きょろきょろと物珍しげに辺りを見回したりと、手持ちぶさたにしていたところにいきなり悲鳴が飛び込んできた。
「いてえぇぇ~~~、いってえよおおお」
 搾るような悲鳴にルイズは何事かと視線を移した。と、まだ十歳程度の子供が倒れているのだ。友達だろうか、もう一人少年が心配そうに背中をさすってやっている。
「お、おい!大丈夫かよ?」
「苦しい・・・いてえよお~~」
 症状は芳しくないようだ。だが、通りには大勢の人がいるのに、なぜ誰も助けに行かないのだろうか。皆一別もくれずに素通りしていく。薄情な街だ。
「・・・もう!」
 がまんできなくなったルイズがそばに駆け寄る。
「ちょっと、大丈夫なの?どうしちゃったのよこの子」
「あ、お姉さん!助けてください!こいつ胃に病気持ってて・・・・・・」
 成る程、先ほどから腹を押さえて蹲っているのはそのためか。
「そこのベンチに座って休ませたいんだ。手伝ってください」
「いいわ。そっち持って」
 ルイズは純粋な正義感からその少年の肩を担いだ。両脇から挟まれるようにして少年はベンチに横たわった。すると、少し楽になったのか表情が和らいでいく。
「本当にありがとうございます!本当に・・・このご恩は一生忘れません!」
「い、いいわよ。そんな大げさな」
 ルイズは気恥ずかしげに手を振った。
「いえ、本当に、本当に"ありがとうございました"」
「じゃ、じゃあわたしは戻るから、お大事に」
 踵を返したルイズは満足げにほくそ笑みながら元の位置に帰ってきた。
「あれ?」
 しかし、そこにあったはずの荷物が無い。場所を間違えたかと辺りを見渡すが、間違いなくここに置いたはずだ。
「え・・・うそ、なんで!」
「スられたな」
 慌てるルイズの後からウェザーが声をかけた。手を拭きながら辺りを見回し、それからルイズに視線を戻す。
「す、スられたって・・・・・・なんで?」
「何でもクソもねえよ。金目のもんがあるから盗むんだろうが」
 ウェザーはため息を一つこぼしてからルイズに問うた。
「何してた」
「えっと、子供が苦しんでたから助けてて・・・・・・人助け?」
「それだよ。お前が離れた隙に別の仲間が持っていったんだ」
 ルイズが振り向けば、案の定少年たちはずらかった後だった。ウェザーは再びため息を付く。
「言ったはずだぜ?『何があってもそこにいろ』って」
「で、でもあの子苦しがってて・・・・・・だいいち、周りに人がいるにもかかわらず誰も助けに行かないから仕方なくわたしが・・・・・・」
「お前、前に俺に言ったよな、街にはスリが多いって・・・・・・」
「え?う、うん・・・・・・あっ!」
「この街の奴らはあのガキ共が窃盗グループだって知ってたのさ。奴らの狙いは端ッからお前だったんだよルイズ。きょろきょろしてりゃあ余所者ですって言ってるようなもんだ」
「だ、だってしょうがないじゃない!人助けがいけないなんて・・・・・・」
「ああ、お前の行動は人として正しいよ。道徳的だ。でもな、世の中にはその道徳を食い物にして生きてる輩もいる。だからお前は正しかったが、『騙される方が悪い』っていうのが世の常なんだよ」
「あぅ・・・・・・」
 ルイズはガックリと項垂れた。
「まあ、勉強代だと思って諦めな。足のつきそうな物は捨てられちまうだろうし、取り返そうにも情報がない。ま、昨今の治安の悪さを肌で体験できましたって報告は出来そうだがな」
 当然そんなことが出来るはずもなく、ルイズはますます意気消沈してしまった。極秘の任務である以上、誰かに助けを求める訳にもいかない。事態は一気に悪い方向へ向かい始めていた。

 そして結局夕方まで二人はそこを動くことはなかった。サン・レミの聖堂が六時の鐘を打つ音が街に響き渡る。オレンジと影に彩られた街が静かに夜の装いへと変わり始めているようだ。
 きゅるるるぅぅ~~
 情けない音が鐘に紛れて聞こえてくる。
「お腹空いた・・・」
「そうだな」
「冷えてきたわ・・・」
「そうだな」
 先ほどから会話になっているのかギリギリの二人だった。
「・・・・・・その、ごめんなさい」
 ルイズはしゅんとして頭を下げた。だが、ウェザーはその頭に手を置くだけで怒鳴りはしない。
「まあ、しょうがないと言えばしようがないさ。お前を一人にしたのは俺のミスだ」
 だが、ルイズは精神的ショックに加えて空腹に襲われ泣きたい気分だった。と、二人の足下に何かが投げ込まれた。足元を見てみればどうやら銅貨らしい。
 ウェザーは拾い上げたが、ルイズはかなり憤慨した様子で怒鳴った。
「だれ!でてきなさい!」
 すると人ごみの中から奇妙ななりの男が現れた。
「あら?物乞いだと思ったんだけど・・・違ったかしら?」
 言葉遣いが妙になよなよしいと言うか、女言葉全開である。しかし話し方を声が完全に裏切ってはいたが。
「ものご・・・!あんたそこに直りなさい!わたしは恐れ多くも公爵――――」
 そこまで言おうとしたが瞬時に口内にウェザーの手が突っ込まれて塞がれる。
「こーしゃく?」
「いい。気にするな。講釈垂れるのが趣味なちょいとおつむがアレな娘だから」
 むごむがとルイズは暴れるがウェザーに完全に押さえ付けられているために喋れない。もっとも、これ以上喋らせたらお忍びどころか裸の王様もびっくりの注目を浴びてしまう。
 しかしすでに男は二人を興味深そうに見つめていた。男も男で偉い派手な格好をしていた。ギーシュも派手だがこれはベクトルが四次元あたりを向いている。
 黒髪をオイルでなでつけ、大きく胸元の開いた紫のサテン地のシャツから剛毛がのぞいていた。鼻の下とシュワルツネッガーもびっくりの割れ顎に小粋な髭が乗っかっている。キツイ香水の香りに思わず眉をしかめてしまう。
「じゃあなにやってるの?」
「衣食住を求めて彷徨ってたんだよ。いや、衣はいらねえか・・・」
「物乞いじゃ、ないわよ」
 ルイズがキッパリというと男は二人を交互に見つめて頷いた。
「そう・・・・・・ならうちにいらっしゃい。わたくしの名前はスカロン。宿を営んでいるの。よろしかったらお部屋を提供するわ」
「おお、本当か!」
「ええ、でも条件があるの」
「貧乏人にも出来ることならなんなりと」
「一階でお店も経営してるの。そのお店を、二人が手伝う。これが条件。よろしくて?」
 ルイズは唇を尖らしているが、ウェザーの視線にとうとう折れた。
「・・・・・・わかりました」
「トレビアン」
 スカロンは両手を組んで頬によせ、唇を細めてにんまりと笑った。オカマみたいな動きである。いや、確実にオカマだ。と言うか、トレビアンって何よ。その服のセンスってどうなの。なぜにオシャレヒゲ?
「じゃ決まり。ついてらっしゃい」
 ルイズがどこからツッコんでやろうかと考えている間にスカロンはさっさと歩き出してしまった。パリコレのモデルのように腰をくねらせながら歩く背中は無駄に逞しい。
「なんだかヤバそう・・・・・・」
「選り好みできる立場かよ」
 青ざめているルイズの手をウェザーが引いてくれなければルイズは動くことが出来無そうだった。

「いいこと!妖精さんたち!」
 スカロンが、腰をきゅっと捻って店内を見回した。
「はい!スカロン店長!」
 色とりどりの派手な衣装に身を包んだ女の子たちが、いっせいに唱和で答えた。
「ちがうでしょおおおおおお!」
 スカロンは腰を激しく左右に振りながら、女の子たちの昭和を否定した。
「店内では"ミ・マドモワゼル"と呼びなさいって言ってるでしょお!」
「はい!ミ・マドモワゼル!」
「トレビアン」
 カクカクと腰を振りながらスカロンは嬉しそうに身悶えした。おそらくあの腰は頭とは別の所にスイッチがあるんだな、などとウェザーは考えていた。自分達を連れてきた中年男性は明らかにブッ飛んでいる。
 しかし店の女の子たちは慣れてでもいるのか、表情一つ変えない。逞しい限りだ。
「さて、まずはミ・マドモワゼルから悲しいお知らせ。この『魅惑の妖精』亭は最近売上げが落ち込んでいます。ご存じの通り、最近東方から輸入され始めた『お茶』を出す『カッフェ』なる下賤なお店の一群が、わたしたちのお客を奪いつつあるの・・・・・・ぐすん」
「泣かないで!ミ・マドモワゼル!」
「そうね!『お茶』なんぞに負けたら、『魅惑の妖精』の文字が泣いちゃうわ!」
「はい!ミ・マドモワゼル!」
 するとスカロンはテーブルの上に飛び乗り、関節の限界に挑戦するかのようなポージングを決めた。
 バアァ―――z___ン!
「魅惑の妖精たちのお約束!ア~~~~ンッ!」
「ニコニコ笑顔のご接待!」
 ドオオオオオンッ!
「魅惑の妖精たちのお約束!ドゥ~~~~ッ!」
「ぴかぴか店内清潔に!」
 ドッギャアァ―――z___ンッ!
「魅惑の妖精たちのお約束!トロ~~~~ワッ!」
「どさどさチップをもらうべし!」
「トレビアン」
 女の子たちの掛け声に合わせてポージングを変えていたスカロンが満足そうに微笑んだ。ウェザーはツッコミたくてしょうがなかったが、周りの娘たちが平然としているのを見ると自分がおかしいのではと思いとどまってしまうのだ。
「さて、妖精さんたちにステキなお知らせ。今日はなんと新しいお仲間ができます」
 一気に女の子たちがざわめき出す。どこでも女の子の反応というのはあまり変わらないらしい。
「じゃ、紹介するわね!ルイズちゃん!いらっしゃい!」
 拍手に包まれ、羞恥と怒りで顔を真っ赤にさせたルイズがあらわれた。
 店の髪結い師によって桃色のブロンドを結われ、横の髪を小さな三つ編みにしていた。きわどく短いホワイトのキャミソールに、コルセットのような上着が密着し、身体のラインを浮かび上がらせている。
 背中がざっくりと開いて、熟し切らない色気を放つ。何とも可憐な妖精のような、その姿であった。
「ルイズちゃんは、お父さんの借金のかたにサーカスに売り飛ばされかけたけど、間一髪お兄ちゃんと逃げてきたの。とっても可愛いけれど、とっても可哀想な子よ」
 同情のため息が女の子の間から漏れる。もっとも、それは当然デタラメである。道すがら考えたものであり、容姿やら何やら色々と似ていずにおかしいところはあるが、幸いスカロンはその辺にあまりこだわらなかった。
(そもそも、俺とルイズは兄妹っつーか、親子だよなあ。年齢的には)
 なんてことを考えているうちに、ルイズの挨拶が始まっていた。しかし、あのプライドの高いルイズが、あんな恰好をさせられて、しかも平民に頭を下げろと言われているのだ。いつ暴れ出すかわかったものではない。
 とは言え、ここを追い出されては任務どころではなくなってしまう。アンリエッタの期待に応えたい気持ちと責任感が、ルイズの怒りを内面だけに抑えてくれていた。拳は震えているが。
「ルルル、ルイズです。よよよ、よろしくお願いなのです」
「はい拍手!」
 一段と大きな拍手が店内に響く。スカロンは壁にかけられた時計を見つめた。開店時間だ。指を弾くのを合図に、店の隅の魔法細工の人形たちが派手な演奏を始め、スカロンも興奮したように捲し立てた。
「さあ!開店よ!」
 ばたん!と羽扉が開き、待ちかねた客たちが雪崩れ込んできた。


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