ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二十四章 怒りの日 前編

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 アンリエッタとウェールズが出会ったのは今から三年前、ラグドリアン湖の湖畔にハルケギニア中の王侯貴族を招いて催された大園遊会の時期である。
 毎日毎日、絶え間なく続く行事に辟易したアンリエッタはパーティを抜け出し、ラグドリアン湖で水浴びをしていたところ、偶然、散歩していたウェールズに見つかったのだ。出会った二人はたちまち恋に落ち、夜毎、抜け出してはラグドリアン湖の湖畔で逢瀬を重ねるようになった。

 湖水に石が投げ入れられる音に、ファントムマスクをつけたウェールズは茂みから姿をあらわし、誰もいないことを確認すると、合言葉を口にした。
「風吹く夜に」
 すぐに待ち合わせ相手からの返事が返ってくる。
「水の誓いを」
 二人は相手の姿を認めると、ウェールズはマスクを、アンリエッタはフードを外し、駆け寄った。そのまま手を握り合い、ラグドリアンの湖畔を歩く。
 二人が話すのは、このラグドリアン湖に住むという水の精霊の話や、アンリエッタが逢瀬という目的を知らせず影武者を頼んでいるルイズという少女についてなど、些細な話ばかりだ。アンリエッタはそれで構わなかった。大遊園会が終わるまでの限られた期間の、この夜の一時だけは彼女はトリステインの王女ではなく、ウェールズを愛する一人の女性でいられたのだ。
 だが、二人は決して結ばれることはない。お互いに好意を持っていることを悟ってもいたし、口に出してもいたが、王族という身分は好きな相手と結ばれることが許される立場ではないのだ。もしも二人の関係が公に知られたら、二人はもはや顔をあわすこともできなくなるだろう。
 ある時、ウェールズは無理に明るい声を作ってこう言った。
「ははは……、お互い面倒な星のもとに生まれたものだね。こうやって、ただしばらくの時間をともに過すときでさえ、夜を選び、変装して、影武者まで立てなければままならないとは! 一度でいいから、アンリエッタ、君と二人、太陽のもと、誰の目を気にすることもなくこの湖畔を歩いてみたいものだ」
 それを聞くとアンリエッタは目をつむり、ウェールズの胸に寄り添う。
「ならば、誓ってくださいまし。このラグドリアン湖に住む水の精霊のまたの名は『誓約の精霊』。その前でなされた誓約は、違えられることがないとか」
「迷信だよ。ただの言い伝えさ」
 ウェールズは微笑んだ。事実、水の精霊が人前に姿を現すことはほとんどないため、その言い伝えを確かめた者はいない。
「迷信でも、わたくしは信じます。信じて、それがかなうのなら、いつまでも信じますわ。そう、いつまでも……」
 そういったアンリエッタの瞳から一滴、涙がこぼれ落ちる。ウェールズが優しく慰めるが、アンリエッタの悲しみは収まらない。ウェールズは現実を見るがゆえに、アンリエッタが傷つかないよう、冗談めかしたり、一歩引いたような態度を取ってしまうことがある。それがアンリエッタには悲しかった。
 やがてアンリエッタはドレスの裾をつまんで湖の中へ入っていく。
「トリステイン王国王女アンリエッタは水の精霊の御許で誓約いたします。ウェールズ様を、永久に愛することを」
 それからアンリエッタはウェールズにも促した。
「次はウェールズ様の番ですわ。わたくしと同じように誓ってくださいまし」
 ウェールズは水の中に入り、アンリエッタを冷やさぬよう、抱きかかえる。アンリエッタはウェールズの肩にしがみつき、誓いの言葉を待った。ウェールズは困ったような顔でアンリエッタに呟く。
「誓約が違えられることはないなんて、ただの迷信だよ」
「心変わりするとおっしゃるの?」
 ウェールズは黙祷するように考え込むと、神妙な面持ちで口を開いた。
「アルビオン王国皇太子ウェールズは水の精霊の御許で誓う。いつしか、トリステイン王国王女アンリエッタと、このラグドリアン湖の湖畔で太陽のもと、誰の目もはばかることなく、手をとり歩くことを」
 それを聞いたアンリエッタはウェールズに顔を寄せ、聞こえぬように囁く。
「……愛を誓っては下さらないの?」
 そのとき、湖面が光で瞬いた。
 二人は顔を見合わせたが、それが月の光の反射なのか、水の精霊が誓約を受け入れたしるしなのか、二人にはついに分からなかったが、二人は寄り添い、いつまでもラグドリアンの美しい湖面を見つめ続けた。

第二十四章 怒りの日 前編

 女王アンリエッタの侍女兼警護役を任じられているアニエスは、巡回中、ふと、中庭に視線をとめた。アニエスには平民であり、魔法は使えない。それ故に魔法以外の部分ではメイジに劣らぬよう、あらゆる鍛錬を欠かしていない。その鋭敏な感覚が、中庭に人影がよぎるのを見取った。気のせいか、自分と同じ、巡回の兵士かとも思ったが、何か勘に引っかかるものを感じた。
 一瞬、主であるアンリエッタに報告すべきか迷う。しかし、女王は既に就寝しているはずの時刻である。それに一国の王の警護を平民一人に任せるわけもなく、各所には魔法衛士隊の精鋭が警護に配置されている。それでも巡回しているのは、アニエスの、少しでもアンリエッタの役に立ちたいという意欲の顕れである。
 しばし後、違和感を確かめようと、アニエスは中庭へ足を進めた。
 人影を見たと思った場所にたどり着き、周囲を見渡したが、特に異常は見られない。
 気のせいだったか、と呟き、アニエスは声が出ないことに気がついた。
(これは……『サイレンス』?)
 そう思った瞬間、アニエスは横に跳んだ。直後、アニエスがいた場所を音もなく風の槌が通り抜ける。振り向くと、背後にいつの間にかフードを被った男が杖を構えて立っていた。どうやら音が出ぬよう、まず『サイレンス』をかけその範囲外から呪文で攻撃してきたらしい。
 アニエスは相手を認識すると同時に、引き抜いた護身用の短剣を相手の心臓目掛けて投擲する。短剣は狙い過たず侵入者の胸に突き立った。他に賊がいる可能性を考え、腰に帯びた剣の柄に手をかけ、引き抜こうと力を込める。しかし、何百、何千と抜いてきたはずの剣は、ぴくりとも動かない。
「!?」
 アニエスは剣の柄に目をやる。そこには何もいない。だが、まるで剣を押えつけられているような圧力をアニエスは感じた。戸惑うアニエスの身体を、無数の風の刃が襲う。吹き飛ばされ、倒れ伏すが、音が消されているため、物音ひとつ立たず、叫びすらあげられない。無念を思いながら、襲撃者を確かめようと顔を上げると、先ほど短剣を投げつけて倒したはずのフードの男が、短剣を引き抜き、背を向けて去っていくところだった。
(そんな馬鹿な……確かに……)
 真っ赤に染まった短剣の刃を見つめながら、アニエスは気を失った。

 アンリエッタは束の間の回想から戻ってきた。今のアンリエッタはラグドリアン湖のほとりではなく、トリステインの城の、女王となってから使い始めた亡き父王の居室にいる。
 ベッドに横たわっていた身を起こし、脇のテーブルに置いてあったワインの瓶をつかむと、杯に注いで一気に飲み干す。女王になってからは、その重責にかかる心労とともに、以前はたしなむ程度だった酒量も、増すばかりである。ほとんどの決議はほぼ決定された状態で持ち込まれ、アンリエッタはその裁可を下すだけなのだが、今までほとんど飾りとして決断することもなかった彼女にとっては、それはかなりのストレスを伴っていた。今でも飾りではあるものの、女王ともなれば飾りなりの責任が発生しているのだ。その重圧の逃げ場として、アンリエッタは酒を選んでいた。酔えば眠れるからだ。とはいえ、まさ
か酔っ払っている姿を臣下に見せるわけにもいかないので、こうして隠し持っているワインを夜中にこっそりと飲んでいるというわけだ。
 再びワインを注ぎ、杯を煽る。
 酔いが深まってくると、決まって先ほどのように十四歳の夏の、短い期間を思い出す。アンリエッタにとってはあの時間はほんのわずかな、生きていたと実感できていた、大切な思い出だった。酔いが深まってくると、今の現実が夢で、あの幸せな時間こそが現実なのであって欲しいと願うほどに。
「どうして貴方はあのときおっしゃってくれなかったの?」
 顔を覆う手の下から涙が一筋流れ、しかし次の瞬間、はっとした。女王たる者、涙を流しているところを見られるわけにはいかない。慌ててそれをぬぐった。こんなことではいけないと思いつつ時計を見ると、もう夜も遅かった。明日には戦争を終らせるためにゲルマニア大使との折衝が待っていることを思い返し、最後の一杯を飲もうとグラスに手を伸ばす。
 そのとき、扉がノックされた。
 アンリエッタはガウンを纏うと、扉に向けて誰何した。
「このような夜更けに誰です?」
「僕だ」
 その声を聞いたとき、アンリエッタは自分が知らぬ間に眠って夢を見ているのか、飲みすぎで酔っ払っているのだと思った。それほど衝撃的だったのだ。しかし、その疑念を打ち消すようにもう一度声がする。
「僕だよ、アンリエッタ。扉を開けておくれ」
「ウェールズ様……? 嘘よ、そんな……貴方はアルビオンで戦死なされたはずでは……。こうして風のルビーだって……」
 アンリエッタは指をなぞる。そこには確かに形見の風のルビーがある。
「死んだのは影武者さ。敵を欺くにはまず味方からっていうだろう? それとも、僕が生きているのが信じられない? まあ、仕方ないね。では本物の証拠を聞かせよう」
 しばらく相手は間をおくように黙る。ほんの数秒だったが、アンリエッタにはまるで何十分にも感じた。
「風吹く夜に」
 ラグドリアンの湖畔で幾度も聞いたその言葉を聴いた途端、アンリエッタは警戒心も疑問もすべて忘れて扉を開け放った。
 夢にまでみたその人物が、そこには立っていた。
「ウェールズ様…………。本当に、よくご無事で……」
「やあ、アンリエッタ、相変わらずだね。なんて泣き虫なんだ」
 ウェールズはむせび泣きながら抱きついたアンリエッタの抱き返し、その頭を優しく撫でる。
「なぜ、もっと早くいらしてくださらなかったの?」
「すまない。だが、敗戦の後、敵軍の追求が厳しくてね。場所を転々としていて、このトリスタニアにも二日前にやってきたばかりなんだ。君が一人でいる時間を調べるのにも手間取ってね。まさか、死んだはずの僕が堂々と君に面会を申し込むわけにもいかないだろう?」
 そう言うと、ウェールズはいたずらっぽく笑った。アンリエッタはその懐かしい笑顔を、笑っているような、すねているような、さまざまな感情がまざった表情で見つめていた。
「相変わらず意地悪ね。どんなに私が悲しんだか……。どんなに寂しい思いをしたか、貴方にはわからないのでしょうね」
「わかるとも。だからこうやって迎えに来たんじゃないか」

 しばらく二人は抱き合っていたが、やがてウェールズは言った。
「アンリエッタ、僕と一緒にアルビオンへ来てくれ」
「ご冗談を! ウェールズ様はアルビオンへ戻るつもりなのですか? みすみす拾った命を捨てに行くようなものですわ!」
「それでも、僕は戻らなくちゃならないんだ。アルビオンをレコン・キスタの手から解放しなきゃならない。そのためにアンリエッタ、君が必要なんだ」
「そんな……、お言葉は嬉しいですが、無理ですわ。王女の頃ならともかく、わたくしは今や女王なのです。好むと好まざるとにかかわらず、国と民がこの肩の上にのっております。無理をおっしゃらないでくださいまし」
 アンリエッタは首を振るが、ウェールズはその顎に手をかけ、瞳を覗き込みながら、更に熱心な言葉でアンリエッタを説き伏せにかかる。
「無理は承知の上だ。でも、勝利には、いや、僕には君が必要なんだ。負け戦の中で、僕は気づいた。どれだけ僕が、君を必要としていたかってことを。アルビオンと僕には勝利をもたらしてくれる『聖女』が必要なんだ」
 アンリエッタは頭の中が痺れるような感覚を味わっていた。酔いと寂しさとが、愛しい人に必要とされているその感動を加速させる。
 それでも必死にアンリエッタは首を振った。
「これ以上、わたくしを困らせないでくださいまし。お待ちくださいな、今、人をやってお部屋を用意いたしますわ。そのお話は明日、また……」
 身体を離そうとしたアンリエッタの手をウェールズは優しく掴み、引き止める。
「明日じゃ間に合わない」
 そしてウェールズはアンリエッタを抱き寄せ、彼女がずっと聞きたがっていた、そしてウェールズが決して言わなかった言葉をあっさりと口にした。
「愛してる、アンリエッタ。だから僕と一緒に来てくれ」
 相手を騙す時に効果的なことの一つに、相手にとって都合のいい「現実」を語ることがある。極端な話、相手が切望している「現実」を提示さえすれば、そこに多少の矛盾があったしても、相手は都合のいいように解釈し、その矛盾から目をそらしてしまう。
 そしてそれは一国の女王が相手であっても例外ではなかった。死んだはずの最愛の人が生き延びており、自分を愛し、必要としてくれる。その「現実」はアンリエッタを瞬く間に侵食し、冷静な思考も、王族としての義務感も遠い彼方へと押し流していった。
 ゆっくりと、ウェールズはアンリエッタに唇を近づけ、何か言おうとしたその口はそれで塞がれた。
 アンリエッタの脳裏に、ラグドリアン湖での甘い記憶がいくつも浮かんでは消える。その無防備な精神は眠りの魔法に抵抗することができず、アンリエッタは眠りの世界へと落ちていった。

 シルフィードに乗ったルイズたち一行が王宮に到着したのは、深夜一時を回った頃だった。既にアンリエッタが連れ出されたことは王宮の者たちも気づいており、中庭は大騒ぎだったが、ルイズたちはかまわずその中央に降り立つ。 即座に魔法衛士隊が周囲を取り囲み、マンティコア隊隊長が誰何の声を上げる。しかし、隊長は以前にもこうやって降りてきたルイズたちを覚えており、その顔を見ると眉をひそめた。
「またお前たちか! 面倒な時にばかりやってきおって!」
 そう毒づく隊長に、風竜の背から飛び降りたルイズは詰め寄る。
「姫様は!? いえ、女王陛下は無事ですか?」
 答えを渋るマンティコア隊長の鼻先に、ルイズはアンリエッタから授けられた許可証を突き出す。
「私は女王陛下直属の女官です! 陛下直筆の許可証も持っているわ! 私は陛下の権利を行使する権利があります! 直ちに事情の説明を求めるわ!」
 それを確認した隊長は流石に驚いたようだが、そこは軍人らしく上位権限者に従って説明を始める。
 竜の背に乗っていたキュルケは、その様子を目を丸くして見ていた。
「ルイズったら、すごいじゃない。いつあんな権限を手にしたのかしら?」
「例の、タルブ平原の功績だ」
 横にいたリゾットが説明する。
「ああ、なるほどね。あれだけのことをすれば、当然か。でも、ちょっと悔しいわね。水をあけられちゃったみたいで」
 言葉とは裏腹に、キュルケは機嫌がよさそうに言う。ルイズの出世を喜んでいるのだろう。
「……ルイズはいい友人を得たな」
 リゾットの呟きにキュルケは照れくさそうに笑うと、中庭に視線を移した。
「それにしても、すごい騒ぎねー」
 中庭には松明を持った兵隊や、杖の先に魔法の明かりを灯した貴族が、あちこちに走り回っている。どうやら賊は逃走時に強行突破したらしく、各所に破壊の痕があった。
「貴方、みつからないようにしなさいよ?」
 キュルケは竜の背でじっとしていたフーケに話しかけた。その口調にはからかいの響きがある。
 だが、からかわれたフーケは無言で頷くと、フードを被り直し、下を向く。そのらしくない反応に、キュルケは拍子抜けした。フーケの性格なら、何か言い返すか、あるいは状況を楽しむように余裕を持って返すと思ったからだ。学院からここまでの二時間程の空の旅で、フーケは一言も口を利いていない。何か考え込んでいる様子だった。もちろん、それは今から会うであろう因縁があるという人物のことであろうことは想像に難くない。
「……ウェールズに会ってどうするつもりだ?」
 リゾットが声をかけるとフーケはゆっくりと顔を上げ、頭を振ると、弱弱しく答えた。
「さあね……。ちょいと顔を見たいだけなのかもね……」
 言葉とは裏腹に、その顔には好奇心はない。その表情から読み取れる感情は『困惑』だった。フーケ自身、どうしたいのか、決めかねているのだろう。
「……わかった。だが、油断するなよ。相手は俺たちの知るウェールズではないだろうからな」
 フーケは再び考え込むように顔を伏せた。キュルケがため息をつく。
「まあ、仕方ないわね。助けてもらったこともあるし、いざというときはあたしたちがフォローするわ」
 そこにルイズが風竜の背に飛び乗ってきた。
「姫様を攫った賊がラ・ロシェールの方へ逃げたわ! 国外に逃がす前に追いつかないと!」
「王宮から追撃は?」
「魔法衛士隊のヒポグリフ隊が向かってるわ! 私たちも急ぎましょう!」
 場の空気が緊張したものになる。タバサが合図すると、シルフィードは飛び立った。
「低く飛んで! 相手は馬を使ってるらしいわ!」
 シルフィードは一声鳴くと、あっという間に城下町を飛び出し、街道沿いに低空飛行を始めた。鋭敏な鼻先で風の流れを読み、夜の闇を物ともせずに飛んでいく。

 トリスタニアからラ・ロシェールに向かう街道に何人もの人影や馬や、馬の身体に鷲の翼と嘴を持つヒポグリフが倒れている。彼らは王宮から誘拐された王女を助けるべく駆けつけた魔法衛士隊の一部隊、ヒポグリフ隊だったが、無残にもこうして野にその骸を曝すことになった。
「貴方は……一体、誰? なぜ、魔法衛士隊を……」
 アンリエッタは殺害者であるウェールズに、肌身離さず腰に下げている水晶の光る杖を突きつける。
「僕はウェールズさ。……疑うのかい? なら、その魔法で僕を殺し、仇を討てばいい。君に疑われてまで生きている価値はない」
 二人はそれきり沈黙し、次にアンリエッタの口から漏れたのは魔法の詠唱ではなく、嗚咽だった。
「僕を信じてくれるね、アンリエッタ」
「でも…こんな……」
「複雑な事情があるんだ。後で話すよ。僕を信じてついてきてくれ」
 アンリエッタは項垂れて膝を突き、その場から動かない。ウェールズはアンリエッタの手をとると、優しくアンリエッタを立たせた。
「今はわからないかもしれない。ただ、君はいつかのラグドリアン湖の誓い通りにしてくれればいい。それともあの時から、君は変わってしまった?」
「……変わるはずがありませんわ。貴方に誓った愛は私のたった一つの生きる拠り所だったのですもの。私は貴方を永久に愛し続けます」
「そうとも。水の精霊の前での誓いは決して違えられることはない。君は己のその言葉だけを信じていてくれ。後は全部、僕に任せてくれればいい」
 アンリエッタは自分に言い聞かせるように何度も頷く。自分の言葉と記憶に縛られた彼女には、それ以外の道はなかった。
『ヒヒ、よく言うぜ……』
 その場に嘲笑が響く。アンリエッタは何の反応も見せない。まるでその声が聞こえていないようだった。だが、ウェールズはそれを軽く目線でとがめた。
『ククク……。しかし、どうする? 移動手段はなくなったが……』
 その声なき声を聞いたウェールズが合図すると、周囲からウェールズ配下の騎士が起き上がった。その身体には先ほどの魔法衛士隊との戦いで致命傷とも思える傷がついているにも関わらず、彼らは無傷と変わらぬ動きを見せた。もはやアンドバリの指輪によって命とは別の動力で動いている彼らにとって、肉体の多少の損傷など、さしたる問題にならないのだ。死者の集団は一つの意思で動いているが如く、何の言葉も交わさずに黙々と戦闘で倒れた馬車を引き起こし、草むらの中へと散っていく。

 シルフィードが警告の鳴き声を上げ、空中で停止した。ルイズたちが眼下をのぞくと、多数の人や動物の死体が転がっている。
「ここで待っていてくれ。安全を確認する」
 そういいおいて、リゾットは風竜の背から飛び降りた。警戒しながら、地に倒れ伏している死体を調べていく。生存者がいるかもしれないし、相手の攻撃の方法が死体からわかるからだ。
 リゾットの左手に持たれたデルフリンガーは黙ってその様子を見ていたが、あることに気がついた。
「王宮の衛士ばかりだな……」
 倒れている死体はいずれも、トリステイン王国の紋章をマントに縫い付けている。そうでない人間の死体は一つもなかった。
「一国の精鋭メイジの一隊を相手に、一人の犠牲も出さずに圧勝できる戦力が敵にあると思うか?」
「よほど大人数ならともかく、あんまり考えられねえなあ……」
 それきり二人とも沈黙する。
 そうやって生存者の確認をしていると、一人、息のある騎士がいた。顔を確認すると、見覚えがある。
「ん……? こいつ……。こいつはまだ息があるな……」
「じゃ、上にいる嬢ちゃんたちを呼んで治療しようぜ」
「……いや、それはまだだな」
 そうリゾットが答えた直後、周囲を囲む草むらから一斉に魔法が放たれる。
「リゾット!」
 ルイズが叫ぶ。その攻撃はガンダールヴのスピードを持ってしても回避不能なタイミングに思えた。だが、リゾットはメタリカの磁力による反発を利用して爆発するような急加速を行うと、生存者を抱えたまま、魔法の合間を縫うようにしてそれらをかわしてのける。
 デルフリンガーから安堵のため息が漏れた。
「ふぅ~、危ねえ……」
「やはり待ち伏せか……」
 暗がりから拍手が響く。暗がりからウェールズたち、アルビオンの貴族が姿を現した。その姿を見て、リゾットはやはりウェールズが正気でないことを悟る。なんとなく表情に生彩というか、意思が感じられないのだ。
「お見事。まさか完全に避けられるとは思わなかったよ」
「待ち伏せは……予測できたからな……」
「ふむ……。どうしてだい?」
 その言葉に、リゾットは地面を指差した。
「お前、頭脳が間抜けか? 馬車の轍が草むらの中に消えているし、ここに転がっている馬の数を見れば、お前たちが移動手段を失っていることは明白だ」
「なるほど」
 素直に感心したような声を出すウェールズに、上空から声がかかる。
「ウェールズ皇太子!」
 風竜の背のルイズに視線を投げかけると、ウェールズは微笑した。
「降りておいで、大使殿。いや、ミス・ヴァリエール」

 風竜の背から降りてくるルイズたちを見て、ウェールズがふと、フーケに目をとめた。
「君は……」
「ふん、久しぶりじゃないか、ウェールズ。私を覚えてるかい?」
 いいながらフードを外し、素顔を明らかにすると、ウェールズは僅かに目を見開いた。
「まさか……マチルダか? 無事だったのか……」
「はん! そうさ。あんた達、アルビオン王家に家をつぶされたサウスゴータの娘だよ」
「貴方、アルビオンの貴族だったの?」
 ルイズが尋ねると、フーケは黙って頷いた。
「君がミス・ヴァリエールたちと一緒にいるのは意外だが……、いまさら何の用だい?」
「別に。ただ、あんたが王家にあるまじき醜態をさらしてるって聞いたから、哂いに来てやったのさ」
 皮肉っぽい笑みを浮かべるが、ウェールズは微笑みを動かさない。
「悪いがマチルダ。僕は今、君に関わってるだけの暇がないんだ。君の家の運命には同情するが、ね……」
 ウェールズがそういった途端、フーケの雰囲気が変わった。
「今……同情する、って言ったのかい?」
 低い声で訊き返すと、ウェールズは微笑みを深くした。
「そう、僕だって君たちをあんな目には合わせたくはなかったんだが、王家の命に背いたのは君たちだ。気の毒に思ってもどうにもできなかったんだよ」
 それを聞くと、フーケ、いや、マチルダ・オブ・サウスゴータはぶるぶると身体を振るわせ始めた。彼女の身体を貫くのは屈辱の怒りだった。
 彼女はウェールズに再会して何と言ってもらいたかったのか、それは本人にすらわからない。謝罪の言葉を口にして欲しかったのかも知れないし、もしかしたら馬鹿にされることで自分とアルビオン王家が相容れないものであることを確認したかったのかもしれない。
 だが、彼女がどれほど苦難の道を歩み、どれだけ苦痛を感じながら盗賊に身を落としたか、それを知りもしない癖に、その境遇に追いやった者の端くれに安易に同情される。これだけは許すことはできなかった。彼女の父の苦渋の決断と、自分の通ってきた道、それら全てを中途半端な思いやりと『気の毒』の一言に汚された気がしたのだ。
「ウェールズッ!」
 その怒りは魔力となって迸り、マチルダは半ば無意識に一瞬で魔法を完成させていた。その唐突さ、そして速度に、その場で対峙していた者は誰一人反応することができず、気がついたときにはウェールズの身体は大地から生えた岩の槍によって貫かれていた。
「ウェールズ様!!」
 悲鳴のような声と共に、ガウン姿のアンリエッタが駆け出してくる。槍は心臓を貫いており、常人ならば即死のはずだった。だが、ウェールズは水魔法をかけようとしたアンリエッタを片手で押しとどめる。
「心配はいらないよ、アンリエッタ」
 ウェールズが身体を引いて石の槍を抜くと、見る間に傷が塞がっていく。
「無駄だよ。僕を殺すことは、君たちにはできない」
「何……だって……?」
 フーケが呆然と呟いた。偽りの命を与えるとは聞いていたが、まさか殺しても死なない、というのは予想外だったのだ。

「分かって貰えたなら、退いてくれないか? 僕もアンリエッタの前で無用な戦いはしたくない」
 そう告げるウェールズの隣に、アンリエッタはじっと佇んでいた。彼女に向けて、ルイズが叫ぶ。
「姫様、こちらにいらしてくださいな! 帰りましょう!」
 アンリエッタはわななく様に唇を噛み締め、俯く。
「そのウェールズ皇太子は、ウェールズ様ではございません! クロムウェルの『アンドバリ』の指輪で蘇った亡霊です!」
 ルイズの必死の訴えかけに、しかしアンリエッタは嫌々するように首を振ると、ルイズたちに告げた。
「ルイズ、道を開けて! 私たちを行かせてちょうだい!」
「姫様、何故です!? 姫様は騙されているのです! 今、姫様も目の前で見たではありませんか!!」
 それを聞くと、アンリエッタはにこりと笑う。それは世界中の全てを敵に回すことを理解しつつ、なおかつそれを躊躇わない者の笑みだった。
 狂気すら宿らせ、アンリエッタは高らかに愛を謳う。
「全て知っているわ。ルイズ、貴方は本当に人を好きになったことがないから分からないのよ。本当に好きになった人になら、何もかもを捨ててでもついて行きたいと思うものよ。嘘かもしれなくても、信じたいものなの。私は水の精霊の前で誓ったのよ。『ウェールズ様に永遠の愛を誓います』と。もう自分の気持ちに嘘はつけないわ」
「姫様!」
「命令よ、ルイズ・フランソワーズ。道を開けてちょうだい!」
 ルイズはアンリエッタの決死の硬さを知った。例えトリステインを滅ぼすとしても、アンリエッタは行くというだろう。絶望に、杖を掲げ持つ手がゆっくりと下がって行く。
 その手を、横から別の手がつかんだ。顔をあげると、リゾットだった。
「本当にそれでいいのか……?」
 一言だけ問うと、じっとルイズを覗き込む。そのひたすらに深い目に、ルイズは自分の心の奥底まで見通されるような気がして、思わずルイズは目を逸らした。俯いたルイズをおいて、リゾットは前に出る。その表情や視線は常のような無表情なものだったが、何故かいつにない冷たさを感じさせた。
「ど、どきなさい……。これは命令よ」
 搾り出すようにいうアンリエッタを一瞥すると、リゾットは淡々と、呟くように話し始めた。
「お前は自分が愛のために動いていると、思っているようだが……、それはただの逃避と裏切りだ……」
 その言葉に、アンリエッタの身体が一瞬、強張る。
「お前は辛い現実から逃げるために、お前を慕う部下と国民を裏切り、その責任をウェールズに、誰よりお前を愛していたはずの男に押し付けている……」
 氷のようだったリゾットの眼差しが、唐突に怒りの色を帯びる。
「それが彼らの、何よりウェールズ本人の信頼と尊厳をどれだけ踏み躙っているか、お前は分かっているのか……?」
 今や、リゾットは怒りを隠してはいなかった。自分を信じてついてきた人間を裏切り、その尊厳を踏み躙る。それはリゾットにとって最も許せないことの一つだった。ボスを裏切った動機も組織への忠誠と信頼を裏切られ、ソルベやジェラートの尊厳を踏み躙られたことが切欠だったのだから。
 デルフリンガーをアンリエッタに向けて突きつける。
「分かってやっているならば、俺はお前を許さん……! ウェールズやルイズの心を裏切った報いを……、この場で受けさせる!」
 だが、この場面において、リゾットは選択を誤った。怒りは怒りを呼ぶ。無自覚だった事実を指摘され、アンリエッタは胸に刃を突き立てられるような痛みを感じたが、同時にそれは燻っていたリゾットへの憎しみを燃え上がらせることになった。
「黙りなさい! ウェールズ様を見殺しにした貴方に、ウェールズ様を語ることは許しません!」
 アンリエッタが杖を振ると、リゾットを囲むように水の壁が出現し、リゾットを押しつぶそうとする。磁力を利用した跳躍でそれを回避したリゾットを狙い、ウェールズの風の魔法が飛ぶ。だが、ウェールズの眼前でその魔法は爆発した。ルイズの『エクスプロージョン』だった。

 静かな声が響く。
「お止めください、姫様……」
「ルイズ、貴方まで私の邪魔をするの?」
 アンリエッタがルイズを見て、息を呑む。ルイズは涙を流していた。
「いいえ、姫様。私はあくまで姫様の味方です。ですが、だからこそ先の命令はきけません」
 悲しげに、しかし決然とルイズは言う。
「仰せの通り、私は本当に人を好きになったことがないのかもしれません。その証拠に、私は姫様を諫めるだけの言葉を編むこともできません」
 ルイズの記憶に、アルビオンで過ごした一夜がよみがえる。リゾットを見ると、僅かに驚いたような顔でルイズを見つめていた。
「ですが、この選択が姫様を破滅においやることだけはわかります! 姫様への忠誠と友情にかけて、私は姫様の命に従うことはできません!」
 今なら逃げることなく死んでいったウェールズの、そして主人の命令を聞かず、自分を残してタルブの村へと飛んだリゾットの気持ちが少しだけ理解できた。相手の望み通り振舞うことは必ずしも相手を思いやることではないのだ。 かといって、ルイズにはアンリエッタの気持ちを否定することもできない。自分も同様の立場に立てば、同じ選択をするかもしれない。それに今、一番苦しみ、悲しんでいるのはアンリエッタだ。彼女のその苦しみをルイズは想像する事しかできない。だが、だからこそ友である自分がアンリエッタを傷つけることをも覚悟して止めなければならない。ルイズはそう思っていた。
 決然と覚悟を決め、自分を見つめてくるルイズを見て、アンリエッタは動揺した。それきり、ルイズもアンリエッタも口を開かず、向かい合ったまま、時間だけが過ぎていく。
 と、ウェールズがアンリエッタを後ろから抱きしめた。
「君は僕を信じてくれればいい……。愛してる、アンリエッタ」
 その言葉は麻薬のようにアンリエッタを蝕んだ。反論しようとするルイズたちを黙らせるように、周囲のアルビオンの騎士たちが魔法を放つ。タバサが空気の壁を作り出して防ぐが、数が多かったため、いくつかがすり抜けた。
 その一つ、火球がフーケに襲い掛かる。普段ならともかく、感情が頂点から急激に落ち込んだため、一時的な虚脱状態に陥っていたフーケはそれを避けることができない。
「ぼーっとしないで!」
 間一髪、キュルケが炎を放ち、空中で火球を相殺する。
「しっかりしなさい! 来るわよ!」
 激しく揺さぶられ、フーケの目に焦点が戻る。
「す、すまないね……。もう大丈夫」
「頼んだわよ!」
 かくて戦いが始まった。

 戦局はウェールズたちに有利に進んでいた。何しろ、人数が多い上に、ほとんど一個体であるかのような見事な連携を使う。その上、ダメージを受けても勝手に修復されるため、ほとんど防御する必要がない。
 対して、リゾットたちはデルフリンガーで魔法を吸い込むといっても、その量には限界があるため、どうしても魔法で防御しなければならない。防御に回る分、手数が足りないのだ。
 相手は精神力を温存するためか、ほとんどドットの弱い攻撃しか繰り出してこないが、それでも当たり所が悪ければ致命傷になる。ルイズたちはじりじりと押されていた。
「どうするの、ダーリン!? このままじゃ……」
 キュルケが溜まりかねて指示を仰ぐ。
「さて、どうするかな……。確かに防御に徹していても、勝ち目はない……」
 リゾットは先ほどまでの怒りを抑え、考えを巡らせる。手早く方針をまとめると、ルイズにデルフリンガーを手渡した。
「ちょ、ちょっと何よ!?」
 突然のことに驚くルイズに、リゾットはいつものように冷静に話しかける。
「デルフと一緒に敵の攻撃を吸収していてくれ」
「お、おい、相棒、そんないきなり……」
「あんたはどうするのよ?」
 ルイズの言葉に、リゾットは視線をウェールズに移した。
「俺はやつらを倒す方法を探す。みんな、しばらく持たせてくれ」
「……援護は?」
 タバサが呟くように問う。
「余裕があれば頼む。だが、こちらの防御を優先させてくれ」
「分かった」
 タバサに続き、キュルケとフーケが頷くのを確認するとリゾットはメタリカを使って長く強固な短刀に変えたナイフと、銅線を巻きつけた鉄の棒を取り出す。敵へと駆け出そうとするリゾットを、ルイズは呼び止めた。
「リゾット、姫様のこと……、助けてあげて」
 その言葉にリゾットはしばらく動きを止めたが、結局それに答えず、駆け出した。
「ちょっと、待ちなさいよ! ……きゃっ!?」
 直後、デルフリンガーが魔法を吸い込み、ルイズは驚いて手放しそうになる。
「おい、もっとしっかり握ってくれよ、貴族の娘っ子!」
「仕方ないでしょ。剣なんか握ったことないんだから!」
 ルイズはデルフリンガーを構え直した。
「相棒のことなら心配するな。ご主人様の友達を殺そうとするような奴じゃねえよ」
「分かってるわよ! 全く……ご主人様に剣を持たせるし、余計な心配かけるし、碌な使い魔じゃないわ。後でお仕置きなんだから……」
 ぶつぶつ言いながらも、ルイズは重さにひっぱられるようにしてデルフリンガーを振り回し、魔法を吸収し始めた。

 一方、単身、飛び出してきたリゾットを仕留めるべく、メイジたちは呪文を唱え始める。呪文はリゾットがこちらに接近する前に完成し、デルフリンガーを持たない彼を吹き飛ばす予定だった。
 しかし、ガンダールヴのルーンによって強化された脚力にメタリカの磁力による反発力を加えたリゾットのスピードは相手の予想を遥かに上回る。呪文が完成する直前に先頭のメイジに到達すると、短刀で喉を切り裂いて詠唱を強制的に中断させ、同時に隣にいた別のメイジに帯電した鉄棒を押し当てる。電撃を浴びたメイジは身体から煙を出しながら倒れた。肉の焦げる、嫌な臭いが広がった。
 そのままリゾットは敵メイジを攻撃しつつ、道を切り開き、奥にいたウェールズの元に跳んだ。すれ違いざまに杖を持つ手を切り落とし、走り抜ける。
「やるじゃないか。だが、ここまでだ」
 ウェールズの言葉とともにウェールズたちに背を向けたリゾットを追うように、呪文を唱え終わった攻撃魔法の雨が降る。仮に味方に誤射しても再生し、一個体のごとく動く彼らならではの反撃速度だったが、その魔法は突如として空中に出現した氷の壁に遮られた。
「何っ!」
 驚きの声を上げるウェールズたちを尻目に、リゾットは迂回してルイズたちに合流する。
「助かった。感謝する……」
 リゾットがタバサに礼を言うと、氷を張った張本人は、いつもと同じように無表情に頷いた。 
 と、そこにルイズの声が飛んだ。
「ちょっと、リゾット! いつまでこのボロ剣を持たせておくのよ!」
「ボロ剣って……伝説に向かって酷くねえ?」
「あんたなんてボロ剣で十分よ!」
 不機嫌を隠そうともしないルイズから、デルフリンガーを受け取る。
「悪かったな……」
「べ、別にいいけど……。それより……」
「アンリエッタのことなら、保留しておく。今は戦いに勝つことが先決だ」
 ルイズの機先を制するようにいう。
「ダーリン、何か糸口は見つかった?」
 尋ねるキュルケに、リゾットは曖昧に頷いた。
「多分、だがな……。ここからの相手の対応次第だ」
 そういってリゾットはウェールズに振り返るが、ウェールズは微笑を浮かべてそこにいた。
「往生際が悪いね」
「口を開くな。お前が何を喋ろうとウェールズに対する侮辱になる」
「ウェールズは僕さ」
 ウェールズが落ちた腕を拾い、切断面を合わせると、すぐに元通りになる。
「……やっぱり無駄なのかしら……」
 ルイズが苦々しく呟くと、その頭にリゾットの手が置かれた。見上げるルイズに、リゾットは敵に目を向けたまま淡々と、しかし力強く断言する。
「いいや……、無駄じゃない。奴らを倒すヒントが見つかった。お前たちが時間を稼いでくれたお陰だ」
 不思議そうな顔をする一同に、リゾットは指示を始めた。

 戦闘が再開してすぐ、戦いは先とは違う様相を呈した。タバサとルイズが魔法、リゾットがデルフリンガーや鉄棒の電撃で防御や足止めをしたと思うと、キュルケの炎球がメイジを燃やし尽くし、フーケのゴーレムがメイジを上から叩き潰す。
 倒されたメイジが復活しないのを見て、ウェールズの顔がわずかに曇る。その表情を読んだリゾットは確信とともに呟いた。
「やはりここまでダメージを与えれば、再生はしないか……」
 動く死者といえど、燃やし尽くされたり、切断する、潰すといった広範囲の細胞へのダメージは再生しにくいらしい。その証拠に、先の攻撃の際、電撃で焼かれたメイジの肌には今も焦げ痕が残り、ウェールズは切り離された腕を拾いあげて治療した。逆に言えばその種のダメージを行動不能になるくらい一気に与えなければ倒せないということだが、この場にはトライアングルクラスの火のメイジであるキュルケと、同じく土のメイジであるフーケがいる。相手に再生不能のダメージを与えることは可能だった。
「やれやれ、対処法を見つけられてしまったか……。だが、それだけで勝てるとは思わないでほしいな」
 そういうと、ウェールズたちはキュルケとフーケに攻撃を集中し始めた。負けじとリゾットは前でデルフリンガーを振るい、次々と魔法を吸収する。
「ああ、やっぱり持つのは相棒に限るわ……」
「ここが正念場だ……。デルフ、頼んだぞ」
「まかせときな、俺のガンダールヴ!」
 タバサ、ルイズもそれぞれに魔法を駆使し、防御に徹する。その魔法の応酬の隙間を縫うようにして、キュルケの火が、フーケのゴーレムが一人一人、敵を燃やし、打ち倒していく。
「行けるわ! このままなら勝てる!」
 何人か倒した頃、キュルケが声を上げる。確かに、戦況は徐々に逆転しつつあった。だが、リゾットの長年の暗殺の経験は、状況とは逆に、まだ完全なる『勝ち方』ができていないことを告げていた。今までメタリカの能力を派手に使わなかったのも、その経験が能力濫用の危険を告げていたからだ。
(なぜ、威力の弱い魔法しか使ってこない……? 何か、あるな……)
 弱点が知られた以上、ウェールズ側はその弱点を突くことができるキュルケとフーケを多少の損耗は覚悟してでも全力で攻撃しなければならない。だが、敵は攻撃をその二人に集中こそしているものの、未だにドットの魔法しか使ってこない。それに人数が多いにもかかわらず、展開せずに密集して攻撃を続けている事も気になった。
(まるで視線を一方向に固めるような……。そうか!!)
 その瞬間、リゾットは敵の狙いに気づき、後ろを振り向く。そして叫んだ。
「キュルケ、伏せろ!」
「え?」
 聞き返したキュルケは、背後から軽い衝撃を受け、よろめいた。振り返ると最初にリゾットが助けた生存者……アニエスが立っていた。その手には血に塗れた剣が握られている。
(誰の……血?)
 そう、他人事の様に考えながら、キュルケは地面に崩れ落ちた。

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