ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-28

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鋭く研ぎ澄まされた殺意。
それは今にも抜き放とうとする刃そのもの。
メイジ相手に剣士が勝つには機先を制するしかない。
魔法を使う隙を与える事は即、敗北に繋がる。
だが、彼女は動かない。
鷹の如き視線は向けたまま、決して眼を離さない。
こちらの動きを見た後で対応できるという自信の表れか。
対メイジ戦闘に特化した戦士『メイジ殺し』。
どこかで聞き及んだ言葉が脳裏に過ぎった。
せいぜい戦闘経験の無いドットメイジを倒した傭兵の自慢話と笑っていた。
だが彼女から感じるプレッシャーがただの噂話でない事を告げる。
視界を巡らせ現状を把握する…状況は最悪だ。
唯一の出入り口には女剣士。
戦おうにもここには水が無い。
水瓶ぐらいはあるだろうが場所が判らない。
作り出す事は出来るが、その手間が命取りになる。
一息で間合いを詰められ喉を掻き切られる光景が目に浮かぶ。
自分に不利な戦場というのは如何なる強敵よりも抗し難い。
(くっ、これがベッドの上ならば我が百八の奥義で存分に相手してやるものを…)

ならば先手必勝で椅子を蹴り飛ばし相手の突進を止めるか?
その隙に魔法を叩き込めば勝ち目はある。
だがメイジ殺しならば何を仕掛けてくるか判らない。
剣に手を当てているが、素振りだけでそこからナイフの投擲とて有り得る。
挑むには少々危険すぎる相手だ。
わざわざ好き好んで危ない橋を渡る必要は無い。
戦うなどという野蛮な行為は他の人間に任せればいいのだ。
ここは貴族らしく別な方向性で解決を図ろう。
例えば…買収というのはどうだろうか?
いや、それは難しいか。
これだけの捜査を強硬に行う相手だ。
逆に自分の首を絞める結果に繋がりかねない。
それに今の私にはそれだけのお金は無い。
ならば裏から手を回して…無理だ、そんな時間は無い。
無い物だらけで頭が痛くなってくる。
今までの私にない物など人望と尊敬と名声ぐらいだったのに。


「落ち着きたまえ。私は…」
まずは時間稼ぎだ。
それからじっくりと危機を抜け出す策を練ろう。
だが、その甘い考えは一瞬にして見透かされた。
構えた姿勢のまま、女が飛び込むような踏み込みで距離を詰める。
言葉を発していた途中で、すぐには魔法を唱えられない。
獲物を捉える猛禽類のような必殺の間。
振り下ろそうとした杖も抜き放たれた剣先で容易く阻まれる。
瞬間、喉を掴まれ後頭部を壁に叩き付けられる。
「ぐっ……!」
苦悶の声を発する間もなく喉下に押し当てられる刃。
まるで歯が立たない。
赤子の手を捻るかのように抑え込まれる。
視界の端では青ざめた表情のミス・ヴァリエール。
彼女もこの状況では動けない。
というか動かれたら真っ先に私が殺される。

「手を、離したまえ…私は王宮の勅使、モット伯であるぞ!」
潰され掛けた喉で何とか声を搾り出す。
信用してもらうのは難しいが他に手は無い。
相手の眉が僅かに上がる。
一応こちらの弁明を聞く耳はあるようだ。
「己の身の証は立てられるか?」
「…懐に」
彼女の手が懐に伸びる。
意外に繊細な指先がくすぐったい。
こんな事なら下着の中と言った方が良かったか?
いや、冗談でも握り潰されかねない。
そういうのは理解のある人間に限定すべきだ。
指先が硬い物に触れ、彼女がそれを取り出す。
それは家紋が刻まれた黄金の印章。
サインによる確認が主流であるトリステインではあまり用いられないが、
代理の者を遣す時などに便利なので使っていたのだ。
土のメイジが精密な作業で作り上げたそれは複製も難しい。
ましてや、ただのコソ泥が持ち歩くような品ではない。
品を見定めるように何度か角度を変えて眺めた後、印を突き返す。

「失礼した。私は警備隊長のアニエス。
治安維持の為、違法な薬物の摘発任務を行っている。
不審なメイジが入り込むのを見たので適切な対処を取らせて頂いた。
ご理解いただきたい」
彼女の刃が首元から離れ、鞘へと収められる。
その態度には貴族に対する畏怖や敬意を感じられない。
むしろ見下すような冷たい視線が突き刺さる。
恐らくは傭兵上がりか何かなのだろう。
まったくもって衛兵の教育不行き届きに腹が立つ。
そのけしからん胸と態度を一から調…もとい教育してやろう!


最近はやたらと蔑ろにされているが伯爵の地位は伊達ではない。
たかが衛兵の一隊長とは比べ物にならない。
私に刃を向けた無礼をその体に叩き込んでやろうと、
わきわきと指を動かせながら手を彼女へと近づけた瞬間。

「…それで伯爵殿はここで何をなさっておいでか?」
直前でぴたりと止まる腕。
“いやー、実はさプレイに使っていた違法な惚れ薬を間違って飲んじゃった子がいてね、
その解除薬を探しに、その薬を買った業者の所に来て家捜ししてる最中なんだ”
そんな事、口が裂けても言える筈がない。
罪状は既に違法薬物の所持、窃盗、証拠隠滅…その他諸々にまで発展している。
ダラダラと滝のように流れ落ちる汗。
その間も彼女から確信めいた疑いの目が向けられていた。
それはまるで汚物で見るかのような冷酷な視線。

「う…うむ。魔法薬を売り捌いていた相手だ。
魔法を使った罠が仕掛けられていないとも限らない。
そこでメイジである私が通り掛かりに協力を申し出た訳で…」
「ほう」
その釈明に彼女の眉が釣り上がる。
衛兵に言った話と違っていては怪しまれる。
そこで同様の内容で説得を試みたが無残な結果に終わったようだ。
否。彼女にとってそれが如何なる弁明であろうと同じ。
ただ追い詰められた相手がどんな無様な言い訳をするか、
まるで遺言でも聞くかのように問い詰めたのだ。
その証拠に彼女の口元は微かに笑っていた。
今なら判る、彼女は自分と同じタイプ! 生粋のサディストだ!


「それはありがたい。ご協力に感謝します伯爵殿。
では私に構わずにどうぞ調査をお続けください」
そう言うと彼女は椅子に座り、手で私達の行動を促す。
「へ?」
てっきり言葉巧みに尋問してくると思いきや、予想外の言動に目を白黒させる。
万が一、ミス・ヴァリエールの身体検査が行われれば、
証拠の書類が白日の下に明らかにされる。
それを恐れていたのだが彼女は椅子に腰掛けたまま動こうとしない。
だが、私はその意図を即座に理解した!
彼女はここで私達の監視をするつもりなのだ!
薬を見つけた所でそれを引き渡さなければならない。
引き下がっても結果は同じ。
この場に彼女がいる限り、解除薬を手に入れる事は出来ない。
「一体どうするのよ?」
「とりあえず、ここは捜索を続けた方が良いだろう。
どの道、やらなければならない事だからな」
ぼそぼそとミス・ヴァリエールと言葉を交わす。
その慌てふためく光景を愉悦の目で見るアニエス。
何しろ容疑者に面倒な仕事をやらせるのだ、
これほど気分の良い事はないだろう。
だが、彼女は一つミスを犯した。
彼女は敵に武器を与えてしまった。
それも『時間』という強力な武器を!

まずは探索を行いながら状況を整理する。
この場で起きた事、彼女の言動。
その行動目的、実力、様々な角度から推理を働かせる。
さっきまでとは違い急に襲われる心配もないので思考を全てそちらに向けられる。
外との連絡手段、脱出方法、あらゆる方面から危機の回避を検討する。
しかし、どれも可能性が低い。
アニエス自身をどうにかしない限りは無理なのか。

ふと適当に開けた大きな壺の中身に自分の顔が映る。
それは探していた水瓶だった。
これだけの量の水があれば先程のような失態は繰り返さない。
水で生み出した鞭であんな事やこんな事だって……したいが今は無理だろう。
彼女が座っているのは部屋の中央。
そこから一歩でも踏み込めば剣の射程圏内なのだ。
ましてや相手はメイジ殺し。
場数を踏んだ者とそうでない者の差は歴然だ。
それに増援を呼ばれる事やミス・ヴァリエールが盾に取られる危険を考えれば、
無謀な勝負には出られない。
ぱたりと壺に蓋をして頭を切り替える。


もし、この状況を打破できる可能性があれば一つだけ。
その切り口が間違っていないか、彼女に問いかける。
「随分と良い腕だ。トライアングルの私がまるで歯が立たないとは。
良ければうちの衛兵にならないかね? 給料は今の三倍は出すが」
「お断りします。軍人が自分の性分ですので」
きっぱりとした口調で彼女は否定を示す。
なるほど。優秀で頑固で職務に忠実、理想的な軍人像だ。
もっとも上から動かす人間にしてみればの話だが。
「しかし…君は傭兵もやっていたのだろう。
でなければメイジ相手に場数は踏めまい。
それとも自分を売り込む為に腕を磨いたのかね?」
「…何をおっしゃりたいのか判りかねますが」
凛々しかったアニエスの表情が曇る。
その先には踏み込んで欲しくない部分があるのだろう。
それこそが彼女にとっての急所。
自分の読みが間違っていなかった事を確信する。

彼女は不自然なほどに“メイジ殺し”に長けていた。
それが渡りの傭兵ならば話は別だが、彼女自ら軍人と名乗っている。
安定を求めて軍人になったのなら他の国に売り込みを掛けるだろう。
金と実力さえあればゲルマニアでは貴族にだってなれる。
メイジを主軸とするトリステインでは“メイジ殺し”の称号など忌まわしいだけだ。
魔法衛士隊にも入れず、せいぜい下士官止まりがいい所だ。
私にも判る程度の事をアニエスが知らない筈は無い。
それでも彼女がトリステインを選んだ理由は一つ。
トリステインで無ければならなかったからだ。
軍人として信頼と地位を獲得するのは手段。
その目的は不明だが王宮への接近を図っているのは間違いない。

「勅使という立場上、王宮内の情報は嫌でも耳に飛び込んでくる。
その中には君が必要としている物も当然あるだろう」
「っ……!」
不動だった彼女の姿勢が目に見えて揺れる。
鍛え上げたメイジ殺しの技能、それに王宮への接近とくれば、
怨恨による重臣暗殺の線が濃厚だろう。
まあ、誰が殺されようと私の知った事ではない。
そこまで怨まれるような真似をした奴が悪いのだ。
正直、標的が私でなくて良かったと思ってるぐらいだ。


考え込むようにアニエスが視線を落とす。
しかし、しばらくして顔を上げ、まっすぐに私を見据え問う。
「では聞こう。二十年前のダングルテールの虐殺、
それを指揮した当時の部隊長が誰か判るか?」
彼女の瞳に炎にも似た激しい感情の色が映る。
(…やはり復讐か)
村一つ住人ごと焼き払われた事件だがアレを虐殺と呼ぶ者は少ない。
公では反乱鎮圧、そう言った方が通りは良い。
それをわざわざ虐殺という言葉を使う意味はただ一つ、
殺された者の中に親類縁者、友人が含まれていたと考えるべきだ。
生憎と私は彼女が求める答えを知らない。
でも普通に知らないと言ったらダメだ。
それでは取引が成り立たない。
ここは微妙に知っている素振りをするのが正解だろう。

「私の知る限り、正規の軍や衛士隊に命令は下されなかった。
そうなると別系統に所属する特殊部隊だろうな。
アカデミーなら記録が残っている筈だ」
「…アカデミー」
確かめるように彼女の唇がその言葉を繰り返す。
その様子を眺め、私は僅かに笑みを浮かべる。
嘘ではないが実にテキトーな解答である。
村ごと焼殺したとなると普通は包囲し火を放つ事になるが、
そんな大規模な作戦を実行するには大量の兵が必要だ。
当時それだけの兵が動いた形跡は無かった。
となると火の系統のメイジの仕業だろう。
それも並大抵の実力では村ごと焼き払うのは不可能だ。
王直属の衛士隊を当時のリッシュモンが動かせたとは思えない。
となると考えられるのは特殊部隊だけだ。
それだけの実力あるメイジならばアカデミーに記録もある筈。
後は、この答えで彼女が納得してくれるかどうかだけだ。

額から零れ落ちる汗を拭いもせず彼女を見据える。
最悪、不利であろうともこの場での戦闘も辞さない覚悟でいた。
しかしそれは杞憂に終わった。
身を翻し、彼女が扉へと歩き出しながら話し掛ける。
「私は何も見なかったし聞かなかった…貴殿も同様だ」
「ああ。その通りだ」
それは事実上の黙認の言葉。
彼女にとってもリッシュモンを探っている事が知られては動き辛い。
互いに秘密を握った所で痛み分けにしようと提案しているのだ。
断る理由など無い。遮二無二に頷きたい所を勿体つけて答える。
正に大勝利である。いかにメイジ殺しと言えども所詮は小娘。
このジュール・ド・モットの敵ではない。
ぐっとガッツポーズを取るのを堪えながら、彼女が扉に手を掛けるのを見送る。
しかし、そこで彼女の動きは止まった。
突然の事に戸惑う私へと振り返る彼女の顔は、
「ところで…隣の方も素顔を見せて頂きたいのですが」
どうしようもなく嘲笑っていた。


「どうなされましたか? 顔色が悪いようですが」
「い、いや、これはその…」
アニエスはフードを被った人物が従者ではないと見破っていた。
まずは体格、女性である自分よりも尚低い背。
とてもではないが護衛が務まるとは思えない。
メイジならそれもあるだろうが背に負った剣がそれを否定する。
何よりも踏み込んだ瞬間、彼女はモット伯を庇おうとしなかった。
いや、思いつきもしない様子だった。

そして始終フードを外そうとしない態度。
それどころか、ほとんど口さえも聞いていない。
つまりは正体を隠しているのだ。
モット伯が気を使うような立場にあり、かつ素性を知られたくない人物。
背格好から推察すれば高級貴族の子弟だろう。
それも恐らくは女性。
窃盗(容疑)の件は見逃すがこれは別だ。
もしもスキャンダルになるような人物だとしたら利用させてもらう。
復讐を遂げる為、モット伯の権力や財産その全てを骨の髄までしゃぶり尽くすつもりだ。
決して悪いとは思わない。
悪いのは自ら風評を地にまで貶めたモット伯の日頃の行いだ。
それに目的の為に手段を選ぶつもりは毛頭ない。

「従者ならば顔を見せても問題ない筈ですが」
モット伯の反応に更に喜悦の表情が浮かぶ。
彼は自ら墓穴を掘っている。
そのような態度を見せれば見せるほど確信に近づく。
猫が鼠をいたぶって愉しむように彼女の嗜虐芯は増していく。
向かい合ってからしばらくして、諦めたかのように従者がフードを脱いだ。

だが、そこから現れた者は彼女の予想と大きく掛け離れていた。


「なっ……!?」
「これで宜しいですかな?」
そこにいたのは少女ではなく少年だった。
少し大きめのハンティングキャップを被り、
無地のブラウスの上を横断するサスペンダーが半ズボンを吊る。
その身形は貴族ではなく平民のものだった。
「し、しかし…従者というにはあまりにも」
幼すぎる、恐らくはその言葉が適当だろう。
護衛にも御者にも使えるとは思えない。
だが、それは言う前にモット伯の言葉がそれを遮った。
「従者と言っても…色々あるのだよ」
口元に浮かぶ下卑た笑み。
見れば彼の手は少年の肩に置かれていた。
…それで判ってしまった。
その少年が何故モット伯の従者として雇われているのかを。

「っ……!」
女癖が悪い事で知られていたが、まさか『そっち』にまで…。
再び少年の方に視線を向ける。
帽子の鍔で表情は窺えないが肩に回された手に嫌悪を感じているのか、
抵抗も出来ず健気に身を震わせている。
白くきめ細やかな肌と露になったうなじ。
男というよりはまだ中性的で華奢な体。
指先に至るまで繊細で、強く抱きしめただけで崩れてしまいそう。
ズボンからはみ出した脚線美からは吸い付きそうな張りと艶が感じ取れる。
(こんな年端もいかない子供を、毎晩…)
伯爵と少年が交わる背徳的な光景を思い浮かべ、ごくりと生唾を飲み込む。
一瞬鼻血が零れ落ちそうになったのを堪え、敵愾心を込めた視線でモットを射抜く。
「……下衆め」
酷く冷たいその響きを残し、彼女はその場を去っていった。

やれやれと一息ついたモット伯に激痛が走る。
見ればミス・ヴァリエールが自分の足を踏み躙っていた。
「ちょっと! いいかげんに手を離しなさいよ!」
「あ…ああ。もう大丈夫だろう」
彼女の肩に回した手を離す。
言うまでもなくこの少年はミス・ヴァリエールの変装である。
フードだけでは不安だったので二重に偽装を行った。
しかし平民の女に見せるだけでは怪しまれる。
そこで性別さえも誤魔化すという苦肉の策に出たのだ。
無論、ミス・ヴァリエールの平坦な部分を見て思いついたのは言うまでもない。
さすがに少年にまで化けてしまえば身元を辿るのは不可能。
我ながら実に完璧な計画だ。
「でも、これで本当に良かったの?」
「ん?」
憐れむように向けられたミス・ヴァリエールの視線。
その意図を測りかねて疑問が口に出る。
「だって好色なばかりか“そんな趣味”まであるなんて噂になったら…」
「うむ。それなら心配無用だ」
えへん、と力強く胸を張って答える。
その程度の事、何ら恐れる必要など無い。
今さら悪名の一つや二つ増えた所で影響はない。
人望と尊敬と名声、元から無い物を失う事はないのだから…。


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