ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

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何度目かの同じ仕草をする。
掌を上にして、光にかざすように見る。……見えるのは、自分の血潮だけ。
そんなことをルイズは、もう何回と繰り返していた。
他にすることのない、静かな午後の授業中。
「はい。それでは手を挙げた貴方に。……う」
ぱっと目に入った挙手を指名したものの、それが彼女だと気付くと、ミセス・シュヴルーズは思わず呻いた。
「……先生。なんですか? う、って」
「い、いえ。な、何でもありませんよ。ミス・ヴァリエール。そうですね。それでは、貴方には教科書のこの段落から……」
「お言葉ですが、いまやっている授業は、おさらいを兼ねた錬金の実演だと思いましたが」
授業を上の空で聞いていたように思えたルイズだったが、しっかり授業の内容は把握していた。教師の態度にルイズが少し不機嫌そうにむっ、と膨れた。
「そ、それはもう終わりました。ええ、終わりましたともいまさっき」
引きつった笑顔で、そうミセス・シュヴルーズは言った。教卓に載っている石を、そそくさと隠そうとする。
「……そうですか」
ルイズは釈然としなかったが、教科書に手を伸ばす。そこに。
「“ゼロ”のあなたがまた錬金なんてやったら、教室がまた煤だらけになるじゃない。いい加減覚えたらどうなのかしら?」
ふふん、と鼻で嗤うような声で、ルイズは後ろから、そう言われたのである。思わず、後ろを振り向いて、声の主をジト目で睨む。
「なによ“洪水” いつになく絡むじゃない」
キュルケがいないと、ルイズにちょっかいを出す生徒はそれほどいない。お陰で、今日の授業はことのほか平穏だったのだが。
いつもならルイズにあまり口を出さないモンモランシーが、噛みついてきたのである。
「失礼ね。洪水じゃないわ。“香水”よ。ルイズ。ゼロのルイズ。記憶力までゼロなのね」
なによこの縦カール。今日は厭に陰険じゃない。とルイズは思った。
「それにね、ルイズ。あなたこれまで何度錬金を失敗したか覚えてるの? 今日までずっと、あなたの番が回ってくるたび毎回よ。いい加減自覚なさいな。ルイズ。ゼロのルイズ。成功確率ゼロのルイズ」
そこまで言われると、さすがにルイズもカチンときた。
「な、何ですって!? 今までが失敗だからって、これから先がそうだって限らないじゃない! あんたこそ今日は喋りすぎよ! ギーシュと喋れないからって鬱憤溜まってんじゃないの!」
「だ、誰がよ! わたしがあんなやつと話しをしないだけで、鬱憤なんて溜まるわけないじゃない! 何言ってるのよあなた!」
腕組みしながらモンモランシーはそっぽを向く。その頬が何故か赤い。違うと言っているが、概ね当たりなのだろう。隠そうとしているのが返って丸分かりである。
「そ、そこまで言うなら、やってみせてよ! 成功するところを見せてちょうだい!」
「言われなくてもやったげるわよ!」
売り言葉に、買い言葉であった。
「ミセス・シュヴルーズ! わたしはまだ錬金を成功させていません! ですが今日こそ成功させます! だから、やらせてください!」
二人の剣幕におろおろするシュヴルーズが許可をする前に、ルイズはずんずんと教卓の前まで進む。そして右手に持った杖を振り上げ、錬金の呪文を唱え始めた。
そうなると、騒ぎ出すのは他の生徒達だ。
机の下に隠れる者、なるべく遠くに離れる者……、タバサに至っては、ルイズとモンモランシーの口論の最中には既に、教室を抜け出していた。
シュヴルーズもまた、教卓からじりじりと距離を取る。
「ね、ねえ、モンモランシー。……ルイズ、成功するかな……?」
机の下に隠れたマリコルヌが、モンモランシーに尋ねる。
「そんなわけないでしょ。失敗するわよ、絶対」
絶対、のところに力を込めて、モンモランシーが言ったことを、ルイズは聞き逃さなかった。
思わず、後ろを振り向いて睨みつけようとしたが、その拍子に、ぽろり、と握っていた杖を零してしまった。
これに、ルイズは大層慌てた。とっさに左手で杖をキャッチしたが、口はそのまま詠唱を続けていたため、呪文を唱えきってしまったのだ。
そしてそのまま、左手で石に杖を向ける。
その瞬間、誰もが目を瞑り、机の陰に隠れたのだ。当然、次に来る爆発と、爆風に備えて。
……何も、起こらなかった。

「う、……嘘」
一番この結果に驚いたのは、ルイズ自身だった。
何回とやって、何回と失敗した。
その度に、象徴とも言うべき、爆発が起こった。
「せ、成功ですか?」
次いで、近くにいたシュヴルーズが、恐る恐る教卓に近づく。
覗き込んでみると……、三つあった石ころのうち、一つが確かに、変わっていた。
その色は黒色に近く、光沢は鈍い。
錬金というにはお粗末な出来だったが、確かに、石は何かに変じている。
卑金属の何か……場合によっては黒炭かもしれない。
だが、明らかに石ではないそれは、ルイズの魔法が成功した、紛れも無い証であった。
「イ……インチキよ! インチキだわ!」
声を上げてこの結果に、モンモランシーは抗議する。
「ミセス・シュヴルーズ! これは魔法じゃありません! きっとルイズが、わたし達が目を瞑ったのをいいことに、石をすり替えたんです!」
生徒達は、モンモランシーの言い分に頷く。
確かに、誰も確認することなく起こった出来事だったからだ。
……それに、ルイズの魔法が成功した、などというより、よっぽど信憑性がある。
「な……、なんですってぇっ!」
その一言に、ルイズは堪忍袋の緒が切れた。
成功しなかった石を掴んでモンモランシーの前に立つ。石を叩きつけて、わなわなと震えながら。
「だったら、目の前で成功させてあげるわよ!」
力強く、呪文を唱えた。
このとき。教卓に残った唯一の成功が、ころころと転がって、教卓の下に落ちた。
それはそのまま転がっていき、教室の中央で、ようやく止まった。
シュヴルーズはそれを取りに行こうかと思ったが、近づくのが、遅かった。
それが、功を奏したのである。
ルイズが詠唱を終え、勢いよく右手を振り下ろす。
石に杖が向いた瞬間。石は爆発した。
才人曰く『ド○フのコント』のような爆発であった。
そしてそれと同時に。ルイズの後ろで錬金の魔法が成功した証拠が、眩しく光を発し。

 大 爆 発  した。

それによって空いた穴は、数人がすっぽりと入るほどの大きさであり、もし仮に、シュヴルーズがあと数歩あの石を取ろうとして近づいていたら。
跡形も無く、消え失せていたに違いないのだから。

ちゅどんちゅどんと、学院の寮の庭で、大きな音が響く。
ルイズが、何度も何度も、錬金の魔法を行っては失敗していた。
その姿を、使い魔二人は半ば呆れきったような、疲れきったような顔で、眺めていた。
「なァおチビ。本当に成功したのかよ」
ジャイロがとても信じられないという口調で、聞く。
「本当よ! 本当に本当に! 本当なんだから!」
強く、必死に肯定する。だが……、その場に居合わせたわけではない二人には、どうにも信じられない話だった。
現に、目の前に広がるのは、恒例と化した結果の連続なのだから。
「これだけ失敗してんのに、成功したって言われてもな……。それに、折角の証拠が、大爆発じゃなぁ……」
信じろという方に、無理がある。二人はそう思った。
「なによ……あんた達まで。……本当なのに……本当だもん……本当だもん」
唇を噛み締め、必死に涙を堪えるルイズ。
その姿を見て、二人が思ったことは、可哀想ではなく、ヤバイ、である。
このあと、高確率でルイズの癇癪が爆発するのは目に見えているからだった。
なんとか宥めようとはするものの、臨界点まで来ている主人の噴火を、止める術など無い。
あちこち痛む体で、なんとかしようとあの手この手を駆使する才人は、この日何度目かの、溜息を吐いた。
この日、才人は、命の危険を何度も感じていた。
狙われていたからである。
誰にかというと――、先日のキュルケの夜這いに来た5人組に、であった。
キュルケとベッドで寝そべっている姿を、バッチリ目撃されているのである。
何故か同じときに、部屋にいたはずのジャイロは彼らから敵視されておらず、もっぱら才人だけが対象だった。
キュルケを横取りされたと勘違いされた彼らは、同じくキュルケに恋慕している連中と結託し、この日ずっと、あの手この手で才人を追いかけ回したのだ。
魔法使いの得意な遠距離からの炎や氷が飛んできたり、風で吹っ飛ばされたり、地割れに呑み込まれそうになったりと、よく命があったものだと思うくらいの目に遭わされていた。
こんなことが毎日続いたら、たまったものではない。
なんとかしなければと、そう考えていた。
やがてルイズがひとしきり暴れて、ようやく落ち着いたころ、仕切り直しで、こう切り出してみた。
「……っつーわけでさ。俺、キュルケの取り巻きから、命を狙われてんだよ」
「そう。自業自得ね」
「いや、そーじゃなくて。頼むよ。なんかこー、身を守るものが欲しいんだよ」
「なによ。持ってないの?」
「だからないんだって」
「剣士とか、戦士じゃないの? あんた」
「違う。俺はそういうのじゃない」
「ものすごく使いこなしてたと思うんだけど」
「わかんねえよ。突然できるようになったんだ」
「ふうん……」
どうでもいいと言いたそうに、聞き流していた。
やっぱ駄目か。と才人はがっくり肩を落とす。
「いいわ。あんたに剣。買ってあげる」
「え?」
諦めていただけに、その答えは全く予想外だった。
「キュルケがあれぐらいで諦めるとは思えないし、自分の身は、自分で守りなさい。いいわね?」
「あ、ああ。わかった」
「明後日は虚無の曜日だし、町に連れて行ってあげるわ。早起きしなさいよ」
「ほー。おチビが才人にプレゼントとはねェ」
二人の上から、ニョホホと笑いながら、ジャイロが言う。
「うるさいわね。使い魔の世話をするのは主人の務めだし、当然よ、当然」
「そんじゃーついでに、オレにも買いものしてくれよ」
「なに? あんたも剣欲しいの?」
「うんにゃ。オレには手ごろな鉄屑がありゃそれでいい。……削って作るからよ」
ふぅん、と、どうでもよさそうに、ルイズは答えたのだった。


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