ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-22

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匿名ユーザー

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「あのバカ犬……!」
手を当てた窓枠がミシリと音を立てる。
階下から聞こえる喧騒に様子を窺えばこの有様だ。
あの馬車、紋章の確認できないけど装飾からして乗っているのは高級貴族。
そして、その行く手を阻んでいるのは他ならぬ私の使い魔。
状況が見えないにも拘らず目にした途端、マズイ事態だと理解できた。

「あ。ちょっと待った!」
ギーシュの声を背に受けながら駆け出す。
話を聞いている余裕などない。
今、この瞬間にでも更に状況が悪化するかもしれない。
取り返しの付かない事になる前に収めなくちゃ……!


「……相棒、相手は貴族のお偉方だ。
下手に揉め事になると嬢ちゃんの責任にまで発展するぜ」
デルフの忠告を耳にしても彼はその場を動かない。
元より彼等と争うつもりは無い。
彼はただシエスタに会いに来たのだ。
彼女が何故去るのか、それは彼女の意思なのか、
その真意を確かめる為にここにいる。


「ちっ……!」
馬車から外を窺っていたモット伯が舌打ちする。
道を塞いでいるのがただの犬なら轢き殺せばいい。
しかし、貴族の使い魔となると御者如きでは責任は取れない。
それ故に馬車は動けないのだ。
「ワン公……おまえ」
「………!」
マルトーの呟き、それにシエスタが反応した。
彼がそう呼ぶのはこの学院では一匹しかしない。
咄嗟に馬車を降りて前へと回り込む。

そこには何度顔を合わせただろうか、
思い出せない程に馴染んだ顔見知りの使い魔。
彼はこっちに視線向けたまま微動だにしない。
ただ私の目をしっかりと見据えたまま目を離さない。
私も視線を合わせ、彼へとゆっくり歩み寄る。
そして、指でやさしく彼の毛を梳いた。

きっと……これが最後。
彼とは二度と会う事は無い。
だからこれを最良の別れにしたくて、

「私は大丈夫です」
マルトーさんから教わった最高の笑顔で嘘をついた。
一緒には居られないけど大事な思い出が変わる事はない。
私はそれを糧にこれからも元気にやっていける。
だから心配しないで、と彼に伝えた。


「いつまで私の邪魔をするつもりだ!」
一向に退く気配を見せない彼にモット伯の怒声が飛ぶ。
それもメイドまで一緒になっているのだ。
馬車の中で待たされ続けた彼の我慢は限界だった。
長尺の杖を掴んで馬車を降りる。
そして、その矛先を彼へと向けた。
「お待ちください! モット伯爵!」
「ならぬ!」
シエスタの制止を振り切りモット伯が詠唱を始める。
咄嗟にシエスタが彼を抱きかかえ襲い来る脅威から庇う。
モット伯の権力を以ってすれば平民と使い魔を傷付けた所で問題にはならない。
委細構わずに込めた魔力を暴力に変えようとした瞬間……。
「っ…………!」
モット伯の詠唱が止まった。
彼の視線の先には彼とシエスタ、否……その背後に立つ人物へと向けられている。
腰まで届かんばかりの赤髪と弾けんばかりの胸。そして他人を射抜く強く鋭い瞳。
「……ミス・ツェルプストー」
「ええ。随分と早い再会になりましたわね」

何故、彼女が首を突っ込んでくるのか、モットには判らなかった。
前後の状況から考えられる可能性を導き出す。
「なるほど。あの犬は君の使い魔だったのか」
「いいえ、違いますわ」
思惑が外れてモット伯が顔をしかめる。
あの犬がキュルケの使い魔なら難癖を付けて、
『異世界の書物』の交渉への糸口にしようとしたのだが…。
ならば躊躇う必要など無い。
問答無用で犬を排除しようと再び杖を振り上げるが、
キュルケは彼等の傍を離れようとしない。


「ならば退きたまえミス・ツェルプストー! 
今からそこにいる犬を成敗するのだからな!」
「成敗とはまた随分と可笑しな事をおっしゃいますわね」
キュルケが笑う。
それは微笑などではない、明らかな嘲笑。
その笑みにモット伯の顔が怒りに赤く染まり、
もはやキュルケ諸共と言わんばかりの気勢を見せる。

「ではお聞きします。彼が何かしました?
歯を剥き出しにして吼えましたか? ましてや襲い掛かってきました?」
「……………!」
「彼はここに居ただけです。それなら御者に命じて退かすなり、
レビテーションで移動させるなりすれば解決できる問題でしょう?
それをいきなり杖を振り回して成敗なんて短絡的だと思いません?」
「っ………」
モット伯の奥歯が軋んで音を立てる。
一々頭に来るが、キュルケの言う事は正論だ。
いかに自分に権力があろうとも一方的な言いがかりをつけて仕掛ければ話は別だ。
ましてやキュルケがその一部始終を見届けている以上、言い訳も立つまい。

「フン……ならば、さっさとその犬を退かしてもらおう」
「ええ、そうさせて貰います。……ほら、行くわよ」
キュルケが彼の歩みを促すも彼は未だ踏みとどまっていた。
彼の目前にはシエスタがいる。
彼女の手が小さく横に振られた。
ばいばい、とただそれだけで彼女は彼に背を見せた。
それに合わせるように彼を背を向ける。
互いの表情さえ見えないというのに、
二人とも背中越しに相手の気持ちを痛いほど感じていた…。


白衣の男の手が伸びる。
それで遂に自分の番が来たのだと理解した。
残された仲間は自分ともう一匹だけ。
順番など関係ない、誰も生きては出られない。
その諦めの中、隣の檻から激しい叫びが聞こえた。
“おい、うるさい方から先だ。
この調子で吼え続けられたら堪らないからな”
背後から聞こえた声に、白衣の男の手は隣へと伸ばされた。
それを最後までその犬は抵抗し続けた。
もう希望など無い、助かる筈などないのに抗った。
それが彼が彼で居られた最期の時間だった。
その後、彼が目にしたのは水槽に浮かべられた仲間の姿。
死んではいない、ただ生きてもいない。
檻から姿を消すまで彼はその状態であり続けた。

その光景を見る度に、そして思い出す度に彼は何度も後悔に襲われた。
あの時、自分に力があれば何かが変わっただろうか。
いや、力が無かったとしても最期に何か伝えられたのではないか。
それはきっと彼が最初に経験した…本当の『別れ』だったのかもしれない。


そして彼は再び『別れ』を経験しようとしている。
“私は大丈夫です”彼女が呟いた言葉は嘘だとすぐに分かった。
二度と後悔はしたくない。出来るならば彼女を助けたい。
他人が人の一生を弄ぶ事は決して許されない。
自分の命もかつて他人の掌中にあった。
その悲しみも辛さも全て記憶しているからこそ断言できる。
しかし……自分に何が出来る?
自分に秘められた力も身を守る為にしか使えない。
確かにあの力があれば貴族の男は倒せるだろう。
だが……果たして本当にそれでいいのか?
自分の理屈で人の命を奪っていいのか?
それでは白衣の男達と同じじゃないのか?
そして、自分の責任は主人…ルイズにも及ぶのだ。
勝手な行動をして彼女に迷惑を掛ける訳にはいかない。
思考は堂々巡りし、彼を思い悩ませる。

ムクリと木陰から身を起こす。
最初から答えは出ていた。
何度も思い出す仲間の最期。
彼は助からなかった、でもそれは結果に過ぎない。
最期まで希望を捨てずに彼は戦った。
後悔しないように行動する、それが大事なのだ。
結果のみを追い求めるんじゃない。
自分がどう行動したいかを決めるべきだった。
決意を固めた彼が行動に移る……!


「ぜえ……ぜっ……はぁ…」
「ちょっと、大丈夫?」
息を切らせながら駆けて来たルイズに声を掛ける。
そのキュルケの声に反応し、彼女の顔が上がる。
汗だくで目が血走り、ハッキリ言って怖い。
しかも、こっちを睨んでくるものだから更に三割増しといった所か。

「あいつは…?」
「え? ああ、貴方の使い魔ならどっか行っちゃったわよ」
「何で止めなかったのよ!?」
「……彼だって一人になりたい時だってあるわよ」
キュルケが視線を外す。
まさかと思っていた事態が起こってしまった。
その要因にほんの少しだが自分も関わっている。
そんな自分が彼を慰める訳にはいかない。
それで彼女はこの場に残っていたのだ。

キュルケにとってシエスタが妾になる事に異論は無い。
まあ、モット伯の…という所にはさすがに同情もするが、
平民にとっては貴族の一員となるチャンスでもあるのだ。
本妻との間に子供が生まれず、妾の子が当主など珍しい話でもない。
ただ、それは平民や貴族の間での事。
そんなのは使い魔である彼には関係ない。
彼にとっては理不尽に友人を攫われていったに等しいのだ。

今はそっとしておくのが一番だろう。
だからルイズは邪魔なの、とばかりに走り去ろうとする彼女を止める。
命を受けたフレイムがルイズの襟首を噛み持ち上げる。
ルイズも必死に足をバタバタさせるが、そもそも足が地面に届いていない。
彼女が大人しくなったのはそれから三十分後、精根尽き果てた後の事だった。


「………そうだったのね」
黙ってキュルケの話を聞いていたルイズが呟く。
その顔は真剣そのもので、ルイズがいかに使い魔の事を考えているのか窺えた。
ただ、逃げ出さないようにフレイムに咥えられたままなので、
プラプラ前後左右に揺れていて格好は付かない。

ルイズの肩が落ちる。
今度ばかりはさすがに力になる事は出来ない。
確かにシエスタの事は不憫に思うけど、それはどうしようもない事。
あいつの気持ちがどうあろうとも諦めるしかないのだ。
彼の心中を考えると自分の胸も苦しくなってくる。
もっと正確に言うと心臓の辺り…というか、そもそも呼吸が……。

「きゃーっ! フレイム! ルイズを今すぐ下ろして!
首絞まってるってば! 顔が青く…いえ、土気色になってるわ!」


テクテクと歩く彼の訪れた先はコルベールの部屋だ。
といっても厳密には彼に宛がわれた物ではない。
バオーの研究資料の解析の為に一時的に学院が貸している形だ。
何しろ彼の部屋は色んな発明品や実験器具だらけで、
とても書物を置くスペースなど確保できない。
もし資料を失くしたら大事なので、ここを借りているのだ。


「ふう……おや、よく来たね」
一息ついたコルベールが彼の存在に気付く。
すぐに分からなかったのも仕方がない。
周りに詰まれた紙の山が彼を覆い隠していたのだ。
その惨状にデルフが呆れたように呟く。
「…随分と凄い事になってるな」
「全くだ。話を聞きに来たんだろうけど進展は無いよ。
とりあえず書物を分類したばかりなんだ。
関係無さそうな物とか色々混じっていたからね」
コルベールが指先で二つに分けた紙の山を示していく。
回収した連中が乱雑に扱ったのか、思った以上にメチャクチャだった。
中には檻の開閉装置のマニュアルや新聞、雑誌まで混じっていた。
それを紙質の違いやイメージから要不要に分けれるコルベールは流石というべきか。
「いや、今日はその件じゃなくてよ。
モット伯って奴の屋敷がどこにあるか知らねえか?」
「モット伯? あの王宮の勅使のかい?
うーん、私はあまりそういうのは詳しくなくてね」
「そうか。邪魔して悪かったな」
「いつ来てくれても構わないよ。話し相手がいないと寂しいしね」
「ありがとよ。じゃあな」

頭を下げて彼が部屋を後にする。
その姿にコルベールは違和感を覚えた。
いつもなら別れ際に頭を下げたりはしない。
せいぜい振り返ったりする程度だ。
後ろめたい事でもあるのか、それとも…。
何やら胸騒ぎを覚え、コルベールは部屋を出た。


彼の姿は既に見えなくなっていた。
それでも校舎の付近を探し回っていると彼の主人が咳き込む姿を見かけた。
何か知っているかもしれないと彼女に声を掛ける。
「ミス・ヴァリエール」
「そんなに慌ててどうしたんですか? コルベール先生」
「いや、大した事ではない…と思うのだが君の使い魔に変わった事はなかったかね?」
「…! 何かあったんですか?」
キュルケとルイズ、二人の視線が鋭くなる。
それだけでコルベールは自分の不安が的中した事を悟った。

「ああ、モット伯の屋敷の場所を聞かれたのだが…」
「やっぱり…!」
彼女達の頭の中のピースが嵌まっていく。
彼は諦めたわけじゃない、それどころかモット伯の所に乗り込むつもりなんだ。
何とかして止めないと大変な事になる。
幸いな事に彼はモット伯の屋敷がどこにあるのか知らない。
多分、他の人の所に聞き込みに回っているのだろう。
今ならまだ捕まえる事が出来る。
「まだ学院内にいる筈よ! 手分けして探しましょう!」
「分かった! 私も手伝おう!」
キュルケの声にただならぬ気配を感じ、コルベールも協力を申し出る。
事情を聞いている余裕などない程に切迫していると彼は感じたのだ。
緊迫する彼等に声が掛けられる。
「やあ、皆集まってどうしたんだい?」
「ギーシュ…! ちょうど良かった、貴方も協力して!」
事態は一刻を争う。一人でも多くの人手が必要だ。
それがギーシュでもいないよりはマシだ。
そう思ってルイズは協力を求める。


「協力って…何をやるんだい?」
「私の使い魔を探して! 時間がないの!」
「ああ、さっき会ったよ」
「へ?」
あっけらかんと言うギーシュにルイズが固まる。
ギーシュは何も知らなかった。
シエスタが貴族に召し抱えられるという話を聞いただけで、
どこの貴族かなど知らないし、妾の話も聞いていない。
その件で彼に会った時に『それなら知っている』と言われたばかりだった。

「それでモット伯の屋敷がどこにあるか聞かれたから、道順を教えて…」

聞き終わる前にギーシュの顔面に右ストレートが打ち込まれる。
何が起こったか判らぬまま、真後ろにギーシュがブッ倒れる。
前言撤回。いない方が遥かにマシだった。


彼女等が慌てふためいている頃。
ろくに整備もされていない道を一つの影が駆け抜けていた。
それはソリを引いた一匹の犬。
彼女達の思惑を越えて彼は行動する。
後悔を繰り返す日々を迎えないために……。


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