ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-21

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匿名ユーザー

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まだ夜が明けきらない早朝、彼はのそりと寝藁から抜け出した。
昨晩は遅かったせいか、それともフーケとの激闘で疲れていたのか。
いつもは訓練の為に早起きしているルイズも熟睡していた。
彼はそのままルイズを起こさぬように、
扉に付けてもらった彼専用の出入り口から部屋を後にした。

ソリを引いて向かったのは、いつも訓練している広場。
そこで彼はデルフリンガーを抜き放った。
途端に軽くなる体と輝くルーン、フ-ケ戦の時と同じ感覚だ。
そのまま昨日の動きを再現してみる。
朝霧を切り裂く鋭い剣先、影のように疾駆する体捌き。
ただ気を抜くとすぐに輝きは消えて、剣の重みでよたよたと転びそうになってしまう。

コツは大体掴めた。
ただ剣を持つだけじゃダメだ、必要なのは強い意志だ。
出来なければ死ぬ、やらなければ殺される、実戦さながらの緊張感を意識しなければ、
訓練ではガンダールヴの力は発揮できない。
後は、どれだけ持続できるのか、その後の疲労はどれだけあるのか、
最大の力を発揮できるのは何分ぐらいか、逆に力を抑えた状態で長時間の戦闘は可能か。
彼は徹底的に自分の能力を調べようとした。

「はぁー、随分と熱心だな相棒は」
普通そういった物は戦っている内に自然と身に付くものだ。
だが、彼はそれを自力で短期間で習得しようとしている。
あれだけの力を持ってるのに更に強くなろうとする彼をデルフリンガーが不思議そうに見つめる。
だが、彼にはそうせざるを得ない理由があった。


舞踏会が終わった後、彼はソリを引いて二匹の元に向かった。
丸のままの肉を見て鼻をぴくぴく動かすヴェルダンデと、はしたなく涎を垂らすシルフィード。
しかし時間が経ち過ぎたせいか、肉は冷め固くなってしまっているだろう。
火が使えればまた温める事も出来るのだろうが…。
その時、彼の脳裏に稲妻が走った。
“バオー・シューティング・ビースス・スティンガー・フェノメノン” である。
アレがあれば火のメイジ要らず。近くの森に行っての狩猟もやりたい放題。
見つける、捕らえる、調理する、三つの手間を省く究極の武装現象。
もう、この武装現象はその為だけに発現したとしか思えない。
ついでに枝をセイバー・フェノメノンで切り落とせば肉を支える土台も作れる。

完璧なプランに満足し、彼はバオーの力を発現しようとした。
だが、何も起きない。
必死に変身しようとイメージを強くするも何も変化は無い。
はあはあと息を切らせた所で、ようやく彼は自分の意思ではバオーになれない事を知った。

火を中心に集まる戦友の使い魔達。
運良く通りがかったフレイムが火を起こし、枝はシルフィードが手で千切った。
燃料となる藁や枯れ木は自分とヴェルダンデが集めた。

まだなの?まだなのね?と焼ける肉を見ながらシルフィードがペロリと舌なめずりしている
火が下火にならないように微妙にフレイムが調節する。
ヴェルダンデも追加の食材としてミミズを持ってきたが、さすがにそれは拒否された。


パチパチと音を立てて燃え盛る火を眺めながら、彼は考えていた。
二度の変身に共通する事、それは自分の命の危機だ。
つまり、この能力は自分が窮地に追い込まれなければ使えない。
その事実が彼を思い悩ませる。
もし、主人であるルイズが窮地に陥っても自分は変身できない。
その時に力が必要になっても出せないのだ。

フーケとの戦いのような事が頻繁に起こるとは思えない。
それでも無いとは断言できない。
彼女の性格を考えれば自ら危険に飛び込む事もあるだろう。
その時が何時来てもいいように準備しておく必要がある。
そして、じっと自分の前足を見つめる。
そこには刻まれたガンダールヴのルーン。
それは“バオー”と並ぶ彼のもう一つの力。
今の自分の武器はこれとデルフリンガーだけなのだ。

決意を胸に自分もご相伴に預かろうと焚き火に視線を向ける。
だが、そこにはもう肉は無かった。
満足そうに口元に付いた肉汁を舐めて拭い取るシルフィード。
そして食事を終えて寝床の穴倉に帰ろうとするヴェルダンデ。
その中央には大きな骨だけが残されている。

体格の違う二人の食いっぷりに、ぽかんと口を開ける彼とフレイム。
いや、本当にこの二人が舞踏会に参加しなくて良かったと二人して頷く。
そうなっていたら今頃は怪獣大決戦である。
とてもダンスどころではなくなっていただろう。
二人の参加を禁止したオスマンの的確な判断にフレイムは“実に見事”と唸っていた。


おっとととと、ばたんきゅー。
昨夜の事を思い出して気が散ってしまったのか、デルフを抱えたまま転倒する
「おい、大丈夫か? 相棒」
デルフが上から心配そうに声を掛ける。
ソリで引っ張りまわしてる時は気にならないのだが、上に乗られると実に重い。
せいっ、と力を込めてデルフを横に除ける。

そして身を起こし、ぶるぶると身体を振って汚れを落とす。
そういえば汚れが少し気になってきた。
昨日は朝から慌しくて身体を洗ってもらってない。
たった一日の事なのに随分と久しぶりのように感じる。
それだけ習慣づいてきたのだろうと納得し、彼は部屋へと戻った。
その頃、主人はまだ寝ていた。

朝食をさっくりと片付ける。
昨日あれだけ食べたにも関わらずに、出された食事はすんなりとお腹に入った。
むむむ、と少しだけ自分の食欲に疑惑を感じる。
もしかしたらお腹に悪い虫でも住んでいるのかも、と少し不安を覚える。
だが、同じようにぺろりと食事を平らげるフレイムを見て、
“まあ、そんなものかな”と納得してしまった。

ちなみにシルフィードは食事と睨めっこ中だ。
目の前に積まれたのは勿論、例の『草』である。
昨夜、タバサに内緒でつまみ食いしてた事が発覚し、
それに加え、シルフィードが枝を折った木は学院の記念樹だったらしい。
桜の木を切り倒した誰かさんのように彼女は正直に言ったが許されなかった。
言わなければ今の倍の量を食べなければならなかっただろうが…。


さて、あまり時間も掛けられない。
遅くなりすぎると授業が始まってしまう。
ぱたぱたと井戸まで走り出した。

そこには誰もいなかった。
辺りを見回すが彼女の姿はどこにもない。
いつもと遅れているのかと思いながら、その場に座って彼女が来るのを待っていた。 
洗い籠の中に洗濯物を満載して、ふらふらとおぼつかない足取り。
そんな彼女の姿を思い浮かべながら彼は待った。

しかし彼女は来なかった。
朝食が終わっても、授業が始まっても、また昼食が始まっても、
彼女はそこに姿を見せる事はなかった…。


ルイズは激昂していた。
それもそのはず、彼女の使い魔がまたどこかへ行ってしまったのだ。
彼女としては昨日の一件で彼の評価を見直しており、
今後の待遇についてちょっと…ほんのちょっとだけ改善しようと思っていた。
その事について朝食後に話そうとしたのだが、
いつも戻ってくる時間になっても彼は戻ってこなかった。
誰かに襲われた、攫われた等とは思えない。
つまり、れっきとしたサボタージュである。

少しはやさしく接してもいいかなと思った直後の事。
デレに傾きつつあった分、その反動は大きい。
後ろ足で砂を引っ掛けられた気分になったルイズの怒りは頂点に達した。
どすどすと足音を響かせながら廊下を彼女が歩く。
それに気圧されて無関係な生徒達は道を空ける。
今の彼女に声を掛けれる者がいたとしたら、
そいつはよっぽどの勇者か、空気を読めないヤツぐらいだろう。


「あ、ルイズ。いいところにいた。君の使い魔、どこにいるか知らない?」
「知ってたらとっくに捕まえてるわよ!!」
話し掛けた瞬間に襟首を掴まれたギーシュが揺さぶられる。
あまりの剣幕に周囲の生徒達はすごすごと退散していく。
その間もシェイクされ続けるミスタ・ギーシュ。
「ところで、アンタはどうしてアイツを探してるの?」
ギーシュの口から泡ばかりか魂まで零れ落ちかけた頃に、
ようやくマトモな思考を取り戻したルイズが問う。
「あ……ああ。実は彼と親しくしてるメイドなんだけど…」
朦朧とした意識の中、彼は答えた。
そうしないともっと酷い目に合わされる、そんな気がしたのだ。


「ああ、もう。やになっちゃうわよホントに」
キュルケは髪を掻き揚げながら愚痴を零す。
毎回毎回しつこいったらありゃしない。
しかも人の身体をじろじろと嘗め回すように見て、
あれで交渉だというのだから呆れかえって何も言えない。
こんな気分の時はルイズでもからかって発散させるしかない。
「あら? 何やってるの?」
ぱたぱたと廊下を走る影を見つけ、彼女が声を掛ける。
学院の名物でもあるソリを引いたルイズの使い魔。
授業中はルイズの傍から離れない彼がここにいるのはいささか不自然だった。
その疑問に、彼の代わりにデルフが返答する。


「いやな、相棒が仲良くしてるメイドを探してるんだけどよ。
シエスタって子なんだけど、嬢ちゃんは知らねえかい?」
「うーん、メイドの名前なんて一人一人覚えてないわ」
「そうかい。ところで随分と不機嫌じゃねえか? 何かあったのか?」
「分かる? まあ、つまらない事なんだけどね……」
言った所で解決する訳ではないのだが、それでも打ち明ければ楽にはなる。
そう思ってキュルケはかいつまんで話をした。

宮廷の勅使でモット伯という人物がいて、
そいつは大の書物収集家で貴重な本と聞けば手を尽くし集めている。
それで今度は自分の家の家宝である『異世界の書物』を譲って欲しいと迫っているのだ。
既に何度も断っているのだが、それでもモット伯は諦めずにやってくる。
学院に用事が出来ると必ずといっていい程に自分を訪ねてくる。
今朝も何か用事があったのか、また来たので憂鬱な気分になっているのだ。

「ま、家宝っていっても私は要らないんだけどね」
「要らねえなら売っちまえばいいじゃねえか、そいつに」
「バカね。要らないって言っても代々伝わる家宝よ。
売ったりしたらよっぽどお金に困ってると思われるじゃない」
ましてや譲るなんて、もってのほかだ。
人格者ならまだしも女の敵の代名詞に譲ったとなれば、
モット伯の圧力に屈したと言われても仕方ないのだ。
国が違うので簡単に権力の対比は出来ないが、彼女の家柄とモット伯なら勝るとも劣らない。
それ故にモット伯も強硬な手段は取れないのだ。
と言ってもそれはキュルケも同じで、モット伯を張り倒したり消し炭には出来ない。


(そういえば……)
ふとキュルケは思い出す。
以前来た時に、ただ帰るだけではつまらないとモット伯は色々と物色していった。
その際、学院にある貴重な書物を学院長に譲って欲しいと嘆願し断られ、
代わりにメイドの一人を学院から自分の屋敷に移籍させる事で話が付いたらしい。
(もしかしたら彼が探してるメイドって……)

突然、馬の嘶きが聞こえた。
彼とキュルケが窓の外へと視線を向ける。
そこには見慣れぬ馬車とそれに乗り込むシエスタの姿。
彼女の格好は見慣れたメイド服ではなく私服。
その横には手荷物などとはいえない大きなバッグ。
いつもとは違う様子に、彼の不安は掻き立てられた。
「あ! ちょっと!」
キュルケの制止も振り切り、彼は駆けた。
今、別れたら二度と会えなくなるそんな嫌な予感が心臓を蝕む。


「それじゃあな、元気でやれよシエスタ」
マルトーが精一杯の笑顔で彼女を送る。
本当は笑顔など作れるはずがない。
貴族が使用人を名指しで指名する理由など一つしかない。
まだ恋さえも経験していない少女を貴族は自分達の快楽の道具とするのだ。
普段は貴族に対して不満さえも露にする彼だが相手が悪すぎる。
自分が手を出した所で、シエスタや他の人間の立場を失くすだけだ。
身を焼くような怒りを押し殺し、マルトーは笑う。
泣いたり、怒ったりするような無様な自分の姿を彼女の記憶に残したくはない。
悔しくとも辛くとも、それでも平民は生きるのだ。
その気持ちをマルトーは自分の笑顔に託した。

「はい……」
マルトーの真意に気付いたのか、馬車から顔を出しシエスタも笑う。
それは彼のような力強さのない儚げな笑み。
「シエスタの事、よろしくお願いします」
悔しげにマルトーは奥歯を噛み締め、貴族の男に呟く。
職場にいた者は皆、彼の家族と呼ぶべき者達だった。
それを踏みにじられる怒りは貴族連中には分からないだろう。
「言われるまでもない。ここよりよっぽど良い暮らしをさせてやる」
クッと笑う貴族の下卑た笑みに怒りを通り越して吐き気を覚える。
モット伯はマルトーなど見ていない。
彼女の身体を嬲るように、その目はシエスタへと向けられている。
モット伯の視線に気付いたのか、シエスタの身体がびくりと硬直した。
だが貴族を相手に抵抗など許されない。ただ嫌悪感に彼女は身を震わせる。


「馬車を出せ」
「はっ!」
モット伯の指示を受け、御者が馬を走らせる。
馬に引かれてカラカラと回り始める車輪。
だが、走り出してすぐに馬車はその動きを止めた。

「何をしている!?」
僅かに姿勢を崩したモット伯が怒鳴り声を上げる。
御者の姿を窺う事が出来る小窓から前を覗く。
「そ、それが……」
御者が指差す先、馬車の進路上に立つ影。
その正体を窓枠越しに彼はハッキリと見た。

そこにいたのは馬車を恐れずに、
道に立ち塞がる一匹の犬の姿だった……。


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