ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-33

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アルビオンの街の一つ、街ロサイスは、首都ロンディニウムの郊外に位置している。
ここはアルビオンの、特に空軍にとって重要な街であり、そこかしこに無骨で巨大な煙突が建ち並んでいた。
ハルケギニアで工業技術の秀でた国と言えばゲルマニアだが、空の上に浮かぶアルビオンも造船技術では引けを取らない。
煙を吐き出している煙突は、巨大な工場らしき建造物から伸びており、工場の中では真っ赤に溶けた鉄が鋳型に流し込まれているところだった。

アルビオンの皇帝となったオリヴァー・クロムウェルは、お供の者達を引き連れて、工場の建ち並ぶロサイスの街を視察していた。
その中にはワルドの姿もあり、視線だけを動かして周囲を観察していた。
トリステインには無かった巨大な造船工場は、アルビオン国王のおふれに始まる。
百年以上昔、首都ロンディニウムでは大火事が発生し、木で出来た家々は消し止める間もなく次々に燃えていった。
当時の国王は、住宅を石造りにして火事に対処せよとおふれを出し、その結果、森林は傷つけられることなく残った。
アルビオンは、驚くほど木材資源が豊富なのだ。
ワルドは、満足そうに胸を張って歩くクロムウェルを見て、少し目を細めた。


しばらく歩いていると、三色の旗が目に入ってきた。。
現在、空軍の発令所となっている赤レンガの大きな建物には、レコン・キスタの旗がはためいている。
その背後には、天を仰ぐような巨大なテントが見える。
だが、それはテントではなく、アルビオン空軍本国艦隊旗艦『レキシントン』号だった。
雨よけのための布が風を受けて、震えていた。

クロムウェルは、発令所から少し離れた場所で、戦艦を見上げている軍服姿の男を見つけ、楽しそうに声をかけた。
「なんとも雄大で頼もしい戦艦ではないか、このような艦を与えられたら、空と地を自由にできるような気分にならんかね? 艤装主任」
「わが身には余りある光栄ですな」
艤装主任と呼ばれた男は、少し気の張りがないような、あまり気乗りしていないと思えるような口調で答えた。
「サー・ヘンリ・ボーウッド君、君は革命戦争のおり、巡洋艦で見事二隻の敵艦を撃破して見せた。君はいかなるときも軍人として冷静だと聞いている」
「軍務に従ったまでのことです」
「ほう!いや、おごり高ぶらぬ態度は美徳だな。旗艦の艦長にはふさわしい!」

端で会話を聞いていたワルドは、ふと違和感を感じたが、アルビオン空軍の慣習を思い出して納得した。
確か、アルビオンでは、戦艦の艤装主任は、艤装の終了したのち、艦長へと就任する。
王立空軍ではなく、レコン・キスタ空軍となった今でも、その慣習はそのまま残っているのだろう。

「見たまえ。あの大砲を!」
クロムウェルは、戦艦の側面から突き出た大砲を指差す。
「きみへの信頼を象徴した新兵器だ。アルビオン中の錬金魔術師を集め、鋳造した長砲身の大砲だ!」
ボーウッドは、新兵器と聞いて、クロムウェルの指さす方を見た、そこには確かに真新しい砲門が姿を見せている。
「いいかね主任、設計主任の計算では、あの砲の射程は………」
調子良さそうに喋っていたクロムウェルの歯切れが悪くなると、すかさず脇に控えていた長髪の女性が、クロムウェルの言葉を代弁した。
「トリステイン、ゲルマニアの戦艦が装備するカノン砲と比較し、おおよそ一・五倍の射程を有します」
「おお、そうだったな、ミス・シェフィールド」
ボーウッドはシェフィールドと呼ばれた女性を見た。
二十代半ばに見えるその女性は、どこか冷たい雰囲気を漂わせていた。
マントを着けていないので、メイジではないのだろうかと疑問に思ったところで、クロムウェルがボーウッドの肩に手を置いた。
「彼女は遙か東方『ロバ・アル・カリイエ』から、優れた未知の技術を我々に伝えてくれた。言わば我らの同士だ」
「東方ですと?」
ボーウッドは少し胡散臭そうに聞き返したが、カノン砲の鋳造技術を思い返し、むむ、とうなった。

「エルフより学んだ技術を我々にもたらしてくれるとは、実に頼もしい!艤装主任、きみも彼女のともだちになるがいい」
「…はっ」
ボーウッドはつまらなそうに頷いて、シェフィールドと握手を交わした。
それが終わるとシェフィールドは、レキシントンの船内へと続く階段へと向かっていった。

ワルドは、ボーウッドの仕草を逐一見て、彼の心情を想像していた。
ボーウッドは心情的には王党派寄りだが、軍人として忠実であるために、上官の命令に従い、王軍に弓を引いたのだと想像できた。
ワルドもまた、つまらなそうに鼻を鳴らしたい所だったが、訓練された軍人としての仮面が、それを押さえた。
「この艤装が完了すれば、『ロイヤル・ソヴリン』号にかなう艦は、少なくともこのハルケギニアの何処を探しても存在しないでしょうな」
貴族派の革命によって『ロイヤル・ソヴリン』は『レキシントン』と名を変えていたが、あえて旧名を呼んだ。
生粋の軍人であるが故に、革命で王軍に弓を引かざるを得なかった男の、皮肉だった。
「ミスタ・ボーウッド。アルビオンにはもう『王権』(ロイヤル・ソヴリン)は存在しないのだ」
「そうでしたな」
ボーウッドは、わざと興味なさそうに返事をした、正直なところクロムウェルには早く何処かに行って貰いたかった。
クロムウェルの口調といい、態度といい、戦略といい、すべてが下品に思えた。
その下品さの一つが、この戦艦の艤装を急がせる理由だった。
「ゲルマニアとトリステインの結婚式とはいえ、戦艦に新型の大砲を積んでいくとは、下品な示威行為と取られますぞ」
クロムウェルをはじめ、現在のアルビオンを統治する『神聖アルビオン共和国』の閣僚達は、レキシントンに乗って、トリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式会場へと移動する。
その際、あえて新型のカノン砲を、見せびらかすように積んでいくのだから、下品といわれても仕方がない。

だが、下品といわれたクロムウェルは、むしろそれを誇らしげに思っているかのごとく、唇をゆがめて気味の悪い笑みを漏らした。
「ああ、きみには、この『親善訪問』の概要を説明していなかったのだな」
そう言って、クロムウェルはボーウッドの耳に口を寄せると、ぼそぼそと何かを呟いた。

すると、ボーウッドは表情こそ変えなかったものの、目にみえて顔を青ざめさせ、クロムウェルに言い返した。
「バカな!そのような破廉恥な行為は…!」
だが、それすら気にした様子もなく、クロムウェルは事も無げに呟く。
「軍事行動の一環だ」
「トリステインとは、不可侵条約を…!」
ボーウッドがついには怒りを顕わにし始めたので、ワルドと他数人のメイジが、一歩前に出る。
ワルドが杖を手にかけたところで、クロムウェルがそれを制止した。
「かまわん、説明が遅れたのは私のミスであった。…しかし、ミスタ・ボーウッド。それ以上の政治批判は許されぬ。議会の決定、余の承認を経た正式な『政治的外交』だ」
「ぬ………っ。アルビオンは、恥を晒すことになりますぞ…!」
ボーウッドは、悔しそうに呟いたが、クロムウェルの周囲にいるメイジ達を見て、言葉を窄めてしまった。
ワルドは除くが、クロムウェルの周囲を警護していたのは、革命戦争の折に戦死したはずのメイジ達だったのだ。
ボーウッドは、つい数週間前、目の前に立つメイジ達の戦死に際して、敬礼を捧げていたのをハッキリと覚えていた。

「艤装主任…いや、艦長殿。彼らも『親善訪問』には諸手を挙げて賛成してくれているのだよ」
クロムウェルの言葉を聞いて、メイジ達は一斉ににやりと笑った。

ボーウッドは、力なく膝ついた。

メイジの一人が、ボーウッドの手を取って、ボーウッドを立たせた。
触れられた手が異様に冷たくて、ボーウッドは背筋に冷たいものを感じた。

それからクロムウェルは、ボーウッドのいる場所を離れ、レキシントンの艤装をより近くで見るために歩き出した。
かつての仲間達も、死んだはずの仲間達も、トリステインの魔法衛士の隊服を着た男もそれに続いた。

その場に取り残されたボーウッドは、恐怖か何かから来る寒気で身体が震えるのを止められなかった。
ボーウッドは『水』系統のトライアングルであり、生物の組成、治癒にかけてはエキスパートではあるが、死人を蘇らせる魔法などは想像の範疇を超えていた。
彼らは、精巧なゴーレムなのかもしれないと思ったが、掴まれた手から生気の流れを感じた。
ボーウッドは、『水』系統の使い手だからこそ、共に戦った仲間達の『生気の流れ』が別人のものではないと感じたのだ。


神聖皇帝クロムウェルは、『虚無』を操り、生命を操る……。
ただの誇張された噂話だと思っていたが、もし本当に『虚無』のメイジであり、もし『死者を蘇生』させる魔法があったとしたら……
「……あいつは、ハルケギニアを、生命をどうしようというのだ」
 ボーウッドは、震える声で呟いた。



しばらくの間、戦艦の外周を見て回ったクロムウェルは、傍らを歩くメイジ…ワルドに話しかけた。
「子爵、きみは竜騎兵隊の隊長として『レキシントン』に乗り組みたまえ」
「あの艦長殿の目付け、というわけですか?」
ワルドの憶測を、クロムウェルは首を横に振って否定した。
「あの男は、頑固で融通の効かぬ男だからこそ信用できる。余は魔法衛士隊を率いていた、きみの能力を買っているだけだ。竜にのったことはあるかね?」
「ありませぬ。しかし、わたしに乗りこなせぬ幻獣はハルケギニアには存在しないと存じます」
「ふむ、だろうな…」
クロムウェルはワルドに向き直った、ワルドは、無いはずの左腕…いや、左腕に取り付けられた義手を、右手で撫でていた。
「…子爵、きみはなぜ余に従う?」
「わたしの忠誠をお疑いになりますか?」
「そうではない。ただ、きみは余に何も要求しようとしない、何も、だ」
ワルドは、静かに笑顔を見せつつ、首から下げたペンダントを右手で握りしめた。。
「閣下の進まれる道を、間近で見たいと…そう思っただけでございます」
「ほほう、余の道の先には『聖地』しかないがな」
「わたしが探すものは…そこに、そこにあると思いますゆえ」
そう言って、ワルドは首から提げられたペンダントを、無意識に握りしめた。
「信仰か?」
「…かも、しれませぬ」
「ふむ、欲がないな。」
少しの間、考え込むように視線を下げた後、ワルドは笑みを浮かべて呟いた。
「いえ、閣下。わたしは世界で一番、欲深い男です」

一方、トリステインの王宮では、アンリエッタの私室に女官や召使が忙しそうにしていた。
結婚式でアンリエッタが身に纏うドレスの寸法を合わせ、細かな部分を仮縫していたのだ。
傍らでは、太后マリアンヌがそれを見つめていた。
アンリエッタは未完成な純白のドレスに身を包んでいたが、表情は決して明るくなかった。
仮縫いのため、アンリエッタへと着心地はどうかと質問する縫い子たちの声にも、曖昧に頷くばかりだった。
それを見たマリアンヌは、縫い子や女官達を下がらせて、アンリエッタと二人きりになった。
「愛しい娘や。元気がないようね」
「母さま」
アンリエッタは、椅子に座っているマリアンヌに近寄ると、ひざまずくように姿勢を下げた。
下着姿で母の膝に頬をうずめると、マリアンヌはアンリエッタの頭を撫でた。
「望まぬ結婚なのは、わかっていますよ」
「そのようなことはありません。わたしは幸せ者ですわ」
その言葉とは裏腹に、アンリエッタの表情はどこか曇っていた。
「………愛おしい夢は、いずれ冷めます、熱が過ぎればいずれ忘れていきましょう」
「母さま、夢ではありませんわ」
マリアンヌは首を振った。
「恋は、はしかのようなものです、陽炎のような夢に浸っていては、王女としての勤めを果たせませんよ」
「陽炎では…ありません」
「あなたは王女なのです。夢でも陽炎でもないのなら、もう泣くのはおやめなさい。そんな顔をしていたら、民は不安になるでしょう」
「わたくは…なんのために、嫁ぐのでしょうか?民と、国の未来のためなのでしょうか…」

アンリエッタの言葉に、マリアンヌは首を横に振った。
「国と、民と、貴方自身のためでもあるのです」
「…私自身のため、でしょうか」
マリアンヌは、諭すように、静かに語った。
「レコン・キスタのクロムウェルは、皇帝を名乗りました。野心豊かな男です。聞くところによると、かのものは『虚無』を操るとか」
「私も、その話は聞きましたわ」
「…『虚無』がまことなら、恐ろしいことなのですよ。過ぎたる力は人を狂わせるのですから」
「過ぎたる…力…」

ふと、アンリエッタの脳裏にルイズの姿がよぎる。
ルイズは、今ごろはラ・ロシェールからアルビオンにたどり着いている頃だろう。
アンリエッタに『私は食屍鬼を作らない』と約束するルイズの姿は、どこか儚げだった。
ルイズは、自分の力を知っているからこそ、その力に振り回されぬように自制しているのだろうか?
『吸血鬼』であり『虚無』…
この事に限っては、枢機卿と協力して、母にも、誰にも知られぬようにしていたのだ。

「野心にとりつかれた男が、軍隊を得て大人しくしているとは思えません。不可侵条約を結んでも同じ事です、軍事強国のゲルマニアにいたほうが、あなたの身は安全なのですよ」
アンリエッタは顔を上げた。
そして母の前で居住まいを正すと、母に頭を下げた。
「……申し訳ありません。わがままを言いました」
「いいのですよ。貴方の”夢”は、貴方の側には居られないと思いますが、貴方の幸せを誰よりも願っているのですよ」
「…はい」
そして、マリアンヌは立ち上がり、母と娘は抱き合った。

一方、港町ラ・ロシェールからほど近い森の奥では、シエスタが木の上で身を潜めていた。
タバサはシエスタの手から伸びたツタの先端を握りしめて、木の陰で何かを探そうと集中している。
ふたりは、タバサの足下から数えて約20メイル先の建物に意識を向けていた。
そこには廃墟となった寺院があった。
敷地面積は、トリステイン魔法学院の本塔と同じぐらいのだろうか。
錆びて朽ちかけた鉄の柵、倒れた円柱、割れたステンドグラスを見ると、かつては見事な建造物だったとわかる。
かつては、ここに村があり、この寺院は村の中心的な役割があった。
何百年か前に起こった、ゲルマニアとトリステインの戦争で、この村は燃やされてしまった。
とは言っても、非戦闘員の住む村落を無碍に燃やすことは、ゲルマニアでも禁じられている。
この村は、荒くれ者達や、自称『傭兵』達、もしくは盗賊達に荒らされてしまったのだ。
戦争も終わり、一応の平和が訪れたが…もはやこの寺院を訪れる人間は居なかった。

不意に、門柱の近くにある木から、ドォン!という音が響いた。
タバサとは別の場所に潜んでいるキュルケが、木に火の魔法を当てたのだ。

そして、どかどかと足音を立てながら、何者かが寺院の中から飛び出してきた。
この寺院を住処にしている、オーク鬼の群れだった。
「ぶひ」「ギィ」「ぶごっ、ぶごごっ!」
十匹にもなるオーク鬼の群れが、寺院の中から姿を現し、鼻を鳴らして互いに会話していた。
シエスタはガサガサと、わざと音を立てながら木から飛び降りた。
かなり高い位置から飛び降りたのだが、木の葉に波紋を流して吸い付き、勢いを殺しながら降りたのでダメージは無い。
それを見たオーク鬼達が一斉に「ブギィ!」と叫び、シエスタへと走り寄ってきた。

シエスタは、ワインや水を使って生命の波を探知するように、蔓草を通じてタバサに波紋を流していた。
すると、『風』を得意とするタバサの身体に変化が起こる。
まるで周囲を流れる微弱な風が、自分自身の指先になったかのように、敏感に、鮮明に、『生き物が持つ波紋』を感じられるのだ。
「ラグーズ・ウオータル・イズ・イーサ・ウインデ……」
タバサは小声だが、しっかりとした発音でルーンを詠唱し、『ウインディ・アイシクル』を放った。
タバサの隠れている木、その木の前に立つシエスタ、それらを一切傷つけることなく氷の槍が四方八方から飛来し、オークの群れへと殺到する。
先頭に立つオーク鬼の身体を貫通し、後ろのオーク鬼までを串刺しにして、氷の槍が砕け散る。
タバサが次に唱えた『エア・ハンマー』は、氷の破片を三匹目に殺到させ、オークの身体を穴だらけにした。
と、その様子を見ていた他のオーク鬼達が驚き、戸惑う、何匹かは寺院の中に戻ろうとしたが、寺院の中に居たのは青銅で作られたゴーレム、ワルキューレだった。
寺院の入り口は人間より二回り以上大きいが、オークにとっては丁度良い大きさだった。
その入り口を槍を構えたワルキューレが塞いでいたのだ。
「ぶぎ!」「ぎぎ、ぶごっ」
鼻を鳴らしてオーク鬼が会話する、その様子はまるで「おい、どうする?」と相談しているかのようだった。
事実、そうなのだろうが、その僅かな合間が命取りだった。
寺院の入り口から飛び出したワルキューレが、オーク鬼の持つ棍棒一振りでグシャグシャに潰されたが、左右に突然現れたワルキューレに両脇腹を槍で貫かれ、一匹が絶命した。
すかさず右からキュルケの炎が飛び、左からキュルケの使い魔フレイムの炎が飛ぶ。
更に一匹、二匹と焼かれていき、残った五匹は悲鳴を上げた。
そのうち一匹が、シエスタに向かって棍棒を投げた、オーク鬼の腕力は人間よりはるかに強く、まともに棍棒を受ければシエスタは肉片になってしまうだろう。
だが、シエスタは逃げなかった。
すかさずマントに手をかけると、内側のとある箇所を握りしめて波紋を流した。
するとマントはシュッ、と音を立てて円錐形に形を変え、その頂点をオーク鬼に向けた。
投げられた棍棒は、マントの表面を流れる『弾く』波紋により、あらぬ方向へと滑り飛んでいった。

残る、オーク鬼五匹。
かれらは、その腕力と獰猛さで人間の子供を食らうので、人間達から恐れられていたが、今は違った。
残忍な狩人であるオーク鬼達が、今は狩られる側に回っていたのだ。


シエスタは、マントを元の形に戻すと、両手の力を抜いた。
波紋を蔓草に流し、タバサの手から蔓草を巻き戻す。
「…いきます」
シエスタの言葉に、タバサとキュルケ頷いた。

オーク鬼に向けてシエスタが駆け出す、それは端から見れば自殺行為にも等しい。
メイジでもない人間が、素手でオークに立ち向かうなど、あまりにもバカげている。
シエスタに一番近いオーク鬼もそう考えたのだろう、ブヒ、と鼻を鳴らして右手を振り上げ、シエスタに向けて振り下ろした。

…だが、吹き飛ばされるはずのシエスタは、左手の指一本でオーク鬼の手を止めていた。
「ブゴ?」
きょとん、とした目で、オーク鬼は自分の手を見た。
か弱い人間をはじき飛ばすこともできない、それどころか、その指から自分の手が離れないのだ。
「ぶごぉ!?」
オーク鬼は、左手でシエスタを殴ろうとしたが、それよりも一瞬早く、シエスタの手から『波紋』が流された。

オーク鬼の身の丈は二メイルほどあり、大きさから考えて体重は人間の五倍ほどあると予測できる。
その身を、動物から剥いだ毛皮に包んでおり、棍棒などで武装していることがある。
知能は高いが、その豚のように突き出た鼻から、オーク鬼は二本足で立った豚と表現されている。
一般に、オーク鬼は太った体つきをしているが、ただ太っているわけではなく、相当量の筋肉が脂肪の下を埋め尽くしている。
人間の腕力をはるかに超えるその力は、今回ばかりは、かれらの弱点となった。


ベキベキベキベキと音が響く、オーク鬼の背中が、まるで弓のように反り返り、自分の背骨を砕いていたのだ。
オーク鬼の後頭部が地面に触れると、綺麗な曲線を描いがブリッジが完成した。
動物特有の発達した背筋が、自分の意志に反して過剰に収縮し、自分自身の骨を自分で砕いてしまったのだ。

他のオーク鬼達は、その姿に驚き、言葉…と言うよりは鳴き声を失った。
同胞の一人が、奇妙に丸まって全身の骨を砕かれ、絶命したのだ。
誰かが「ブゴッ」と鳴き声を上げると、残るオーク鬼四匹が後ずさった。
目の前にいる平民の少女…もっとも、オーク鬼達に『平民』と言っても分かりはしないが…杖を持たずに仲間を殺したこの少女が、恐ろしくなったのだ。

「ブギィ!」「ゴア!」「ビギーッ!」「ブゴオ!」
残された四匹のオーク鬼は、ちりぢりに逃げ出そうとした、しかし、キュルケのフレイムボール、タバサのエア・カッター、サラマンダーの炎、シエスタの波紋疾走にて打ち倒された。


オーク鬼が全て退治されたのを確認すると、屋根の上で身を潜めていたギーシュが、すっくと立ち上がって薔薇の造花を掲げた。
「フッ、これがトリステイン貴族の実力さ」
キザったらしく髪の毛をかき上げたギーシュだったが、そこに突然の風が襲った。
ばさっ、ばさっ、と音を立ててシルフィードが寺院の庭に着地したのだ。
風に煽られたギーシュは寺院の屋根から滑り落ち、そのまま地面に激突した。。
「ゴフッ!?」
「ギ、ギーシュ!大丈夫?」
シルフィードの背に乗っていたモンモランシーが慌てて飛び降り、ギーシュに駆け寄る。
頭を膝の上に乗せて膝枕の形になり、ギーシュの頭に手を当てて、優しくさすった。
「ああ…モンモランシー、白魚のような君の手が痛みを忘れさせてくれるよ」
「ギーシュ…」

二人の様子を見ていたキュルケとシエスタだったが、もう勝手にやってろと言わんばかりに首を横に振って、寺院の中へと入っていった。
タバサは、シルフィードに背中を預けると、いつも持ってきている本を読み始めた。
「この寺院の中には、祭壇があって、その下にチェストが隠されてるそうよ」
「祭壇ですね…あれでしょうか?」
キュルケの指示に従って、シエスタが祭壇を探したが、そこにはチェストなど影も形もなかった。
キュルケがレビテーションで祭壇をどかすと、その下には人一人が入れそうな空間があり、小さなチェストが置かれていた。
「ここの司祭が、寺院を放棄して逃げ出すときに隠した、金銀財宝と伝説の秘宝『ブリーシンガメル』があるって話よ?」

キュルケが得意げに髪をかきあげる、シエスタは蔓草を使ってチェストを引き上げると、床に置いた。
「ブリーシンガメルって、どんな物なんでしょう?」
シエスタが訪ねると、キュルケは手に持った地図を開き、そこに書かれた注釈を読んだ。「えっとね、黄金でできた首飾りみたいね。聞くだけでわくわくする名前ね! それを身につけたものは、あらゆる災厄から身を守ることが……」

シエスタがチェストの中を見ると、そこには色あせた装飾品や、がらくたしか入っていなかった。



その晩、一行は寺院の中庭でたき火を取り囲んでいた。
モンモランシーは、ギーシュと一緒にいられるのが嬉しいらしく、ギーシュに寄り添っては離れより沿って離れを繰り返している。
ギーシュもまた、モンモランシーの前では毅然とした態度を取ろうと心がけていたが、いかんせん膝枕の感触を思い出しては時々鼻の下を伸ばしている。
キュルケは、紙の束…よく見ればそれが地図と判る…をたき火の中に投げ入れた。

その様子を見て、ギーシュがふぅ、とため息をついてから、しゃべり出した。
「なあキュルケ、これで七件目だろう。地図をあてにして、お宝探しなんて…苦労しても何も見つからないじゃないか」
モンモランシーも、ギーシュの言葉に頷いた。
キュルケはどこからか手に入れた『宝の地図』を頼りに、宝探しをして小遣いを稼ごうと画策したのだ。
シエスタとタバサを連れて行ければいいと思っていたが、困ったことにギーシュがついてきてしまった。
どいやら、この間シエスタに決闘を挑んでしまった罪滅ぼしらしいが、それを聞いたモンモランシーまでもが参加することになった。
女三人とギーシュ一人である、モンモランシーが何か危惧するのは当然だろう。
キュルケは、モンモランシーは『水』系統の使い手であり、怪我をしたときに彼女が居ると有利だと考え、五人での宝探しが始まったのだ。
だが、一攫千金の宝探しなど、そうそう簡単に実現できるはずもなく、一行はことごとく偽のお宝を掴まされていた。
「何よ、あらかじめ言っておいたじゃない。この地図の『どれか』は本物なの『かも』しれないって」
「いくらなんでも、廃墟や洞窟にいる化け物を苦労して退治して、得られた報酬が銅貨数枚とガラクタだけじゃ、割にあわんこと甚だしいよ!」

ギーシュはそう言って、薔薇の造花を口にくわえ、中庭に敷いた毛布の上に寝転がった。
「そりゃそうよ。化け物を退治したぐらいで、ほいほいお宝が入ったら、誰も苦労しないわ」
俄に険悪な雰囲気が漂い始めたところで、シエスタの明るい声が響いた。
「みなさーん、お食事ができましたよー!」
たき火の火を使って、シエスタが調理していたのは、彼女の故郷独特のシチューだった。
深めの皿にシチューをよそる、シエスタが言うには、この形の皿を『チャワン』というらしい。
一人一人にシチューを渡すと、ほんのりと良い香りが鼻を刺激する。
「へえ、この草はハーブだったのか、雑草かと思っていたが…」
ギーシュがシチューを頬張りながら呟くと、モンモランシーがシチューをかき回して、中に入っている野草や肉の臭いを確かめた。
「…これはウサギ肉と、ハシバミ草の一種ね、もしかしてタバサに頼んで乾燥させていた草って、これ?」
「はい、乾燥させてから煮込みなおすと、アクが出てハシバミ草の苦みはほとんど無くなるんです、やりすぎると香りまで飛んでしまうのですけど」
「物知りねえ、この間貴方の故郷…タルブ村に行ったときに食べた、ヨシェナヴェに味付けが似てるわね」
キュルケが感心したように呟く、すると、タバサもそれに続いて「美味しかった」と呟いた。
「あら、二人ともシエスタの故郷に行ったことがあるの?」
モンモランシーが空になったお椀を差し出しながら聞く、シエスタはお椀にシチューをよそりながら答えた。
「はい、私が魔法学院に入学させて頂くことになった時、キュルケさんと、タバサさんが手伝って下さったんです」
「そうよ、ああ、あのワイン美味しかったわね。タルブ村にまた行きましょうよ、タバサもヨシェナヴェはお気に入りでしょ?」
キュルケの言葉にタバサが頷く。
「それに、最後に残った地図も、タルブ村の近くを示してるもの、最悪でもワインだけ貰って帰ってくればいいわ」
「最後のお宝って何よ、またインチキじゃないの?これ以上宝探しを続けても収穫はないと思うわよ。それに…ギーシュも疲れてるみたいだし」
キュルケは宝の地図を放り投げて、モンモランシーに渡した。
「…『竜の羽衣』って、何?」
シエスタが驚いて顔を上げ、モンモランシーが持った宝の地図を見つめた。

「…竜の羽衣ですか?そんな、あれはお宝なんてものじゃありません」
「知ってるの?」
「はい、あれは…コルベール先生が授業で言っていた、魔法を使わずに動くものらしいんです、でも今は壊れて…なんの価値もないと思います」
シエスタの言葉に、キュルケが驚いた。
「魔法を使わずに動くって、あの、『蛇くん』のこと?ホントにガラクタじゃない」
「…私も、最初はそう思っていたんです。けど…」

シエスタが竜の羽衣について話しだす。
皆は、はじめ胡散臭そうに聞いていたが、シエスタのマントが滑空する原理や、コルベール先生の開発した『ゆかいな蛇くん』の話をするにつれ、皆シエスタの話に夢中になっていた。

より原理的に完成された『エンジン』の存在。
他にもプロペラ、揚力、抗力、機関銃、合金、速度…それらの話を聞いていくうちに、タバサを除く皆の目に活力が見えてきた。
それらは曾祖父の日記に、理論と共に書かれていた。
それが正しければ、まさしく竜の羽衣はハルケギニアの技術を遙かに超えた『マジックアイテム以上のマジックアイテム』なのだ。

更に、シエスタの曾祖父がそれに乗ってタルブ村にやって来たと聞いて、皆は面白そうに目を輝かせた。
「面白そうじゃない!壊れていてもいいわよ、それ、竜の羽衣を一度見に行きましょう。」
キュルケがそう言うと、皆もそれを了承したのか、一様に頷いて肯定した。
「じゃあ、今日は早く寝ましょう、あのワイン美味しいのよね…楽しみだわー」
ワインの味を思い出して、キュルケは楽しそうに呟くと、傍らで本を読んでいたタバサも小声で呟いた。
「楽しみ」
「貴方はワインじゃなくてハシバミ草でしょう?」
「…」
タバサが無言で頷くと、皆が一様に笑い出した。



嵐の前の、つかの間の平和が、彼らを包んでいた。




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