ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二十七話『高貴な風と背中合わせの土くれ ~そして薔薇は開花する~』

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「ウェールズ様ッ!」
ウェールズの危機にアニエスは駆けつけようとしたが亡者の群に阻まれてしまう。
まるで人垣が壁のように立ちふさがり、波のように押し返そうとするのだ。
走っては間に合わないと踏んだアニエスはすぐさま銃を取り出し放つがそれも敵の壁に辺り届かない。
奴らの狙いは間違いなくウェールズ様。今にも崩れそうな隊を支えているのは間違いなくあの人だ。
もしウェールズ様が討ち取られたら?それこそ八方塞がりの四面楚歌。我々は飛んで火に入る袋の鼠だったわけか。
そして、アニエスたちが手をこまねいているうちに何かが砕けるような音が聞こえてきた。
まさか・・・まさか!
「ウェールズ様ァ―――ッ!」
その瞬間目の前の地面が盛り上がり敵の群が宙に舞った。だがそれでも地面の隆起は止まない。
周りの土も集まり始めアニエスの足場も揺れ始めた。慌てて下がり隆起した土を見上げる。
「こ・・・これは!」
そこには屹立する土の巨人がいた。その大きさは三十メイルはあろうかという程であり、アニエスの見てきたゴーレムの中でも圧倒的であった。
そしてハッとしたように視線を足下に下ろした。そこにはしゃがみ込んでいるウェールズと、ローブを羽織った謎の人物が立っていた。

第二十七話『高貴な風と背中合わせの土くれ ~そして薔薇は開花する~』

ウェールズはその瞬間、世界がスローになるのを見た。周りの戦いも、眼前に迫る氷の矢も、自分自身さえも。確実に、ゆっくりと氷の矢は死という形で迫ってくる。ウェールズも避けようとするが体が意識についていけずに置いてけぼりだ。
自分は死ぬのか?多くの者に背を押され、その者達の死によって生かされて、愛する人との約束も果たせずに、死ぬのか?自分は何一つ成していないというのに・・・・・・こんな所で・・・
絶望が己の体を包んだ瞬間、背後から何者かの声が聞こえて後頭部を掴まれたのを感じた。
「ボサッとしてないで頭下げな」
力強く頭を押さえ込まれた次の瞬間に頭上を鉄の拳が通過し氷の矢を打ち砕いた。氷が砕ける音が辺りに響く。
「な・・・」
「ちょいと揺れるけど動くんじゃないよ」
その言葉と同時に地面が揺れ、目の前の地面が隆起を始めた。周りの敵兵を巻き上げながら見る見るうちに人型を取ってしまった。かなり巨大なゴーレムだ。
そこでようやく後を振り向く。黒いローブと顔に巻いた布のせいで目しか見えず誰かはわからなかったが、声と格好からして女性らしかった。
「き、君は一体・・・」
ウェールズは立ち上がりながら尋ねるがそのローブの女性はウェールズに背を向けてしまい答えてはくれなかった。ウェールズもすぐに戦闘態勢に入り背を向ける。結果としてお互いに顔は見えず、背中合わせの形となった。
「・・・・・・借りを返しに来ただけだよ」
「借り?まさか君はエルメェス――」
ウェールズが振り向こうとした瞬間にゴーレムの拳がウェールズの向いていたところに打ち下ろされた。敵が軽々と吹き飛ぶ。
「戦場でよそ見だなんて軍人のすることじゃないんじゃないかい?」
ウェールズも慌てて首を前に戻した。
「味方という認識でいいのかな?」
「あんたの味方にはならない。あいつらの敵さ」
「敵の敵というわけか」

ゴーレムが今度はローブの前方の敵を薙ぎ払う。ウェールズも風の刃で首を落としていく。
しばらくは唖然としてゴーレムを見ていたアニエスたちだったが、動きからどうやら味方のようだと判断し攻め立てる。圧倒的な質量を誇るゴーレムの威容に隊の士気は見る間に上昇した。
ローブは杖を振るいその動きに合わせるかのようにゴーレムは忠実に敵を押しつぶしていった。本来その巨大さに伴って動きが鈍く、歩兵でも回避が可能なゴーレムの攻撃だが、敵は今集団出来ている。押し合いへし合いで逃げ切れなかった者たちからミンチになっていくのだ。
ゴーレムの拳の圧力は凄まじく不死身の軍勢も無事ではすまず、力は半減している。流れは再びウェールズたちに寄ってきていた。
しかし敵もバカではないようで、ゴーレムに威力で勝てないと判断するやいなや物量に切り替え、威力は弱いが出の早いドット・ラインクラスのスペルをローブめがけて打ち込んだ。そしてウェールズに対していた敵兵たちもウェールズの風では一撃で消せない威力の呪文を放った。
ローブはいくつかをゴーレムの拳で叩き落としたがなにぶん数が多くいくつかは抜けてローブに向かってくる。
「チッ!やっかいだね・・・」
「エルメェス!」
ウェールズはローブの脇に手を差し込むとグイッと押しやり回転させ二人はスイッチした。その瞬間にローブもウェールズの行動の意味を理解する。
位置を入れ替わったウェールズは『ウィンド・ブレイク』を前方に放ち敵の弱い魔法を跳ね返し、ローブはゴーレムの拳で強力な呪文ごと敵を叩きつぶした。腕は欠けたがすぐさま補充されるためにダメージはまるでない。
「味方の力はこうやって利用するものだ」
「ハンッ、本職にかかっちゃわたしも形無しだね。でも・・・」

今度はローブがウェールズを回してスイッチすると起きあがりかけていた敵をゴーレムで一蹴する。
「魔法の威力が落ちてるよ。バテてきたかい?」
「はは、これは一本取られたな」
「昔の家臣だからって情けをかけてるんじゃないだろうね?」
「いや・・・せめて彼らを眠らせてやることが僕からの供養だと思ってるよ」
「・・・そうかい」
そうして辺りの敵を蹴散らせていた二人の上に影が差した。見上げると竜騎士隊が戻ってきていたらしくゴーレムやウェールズの隊にブレスを吐きかけている。ゴーレムが腕を払うが竜の速度には敵わず、敵は上空に避難して再び機を窺っているようだ。
「で、空の敵はどうやって落とすの軍人さん?」
「下の敵を捌きながらだと少々きついな・・・ん?」
「どうしたんだい?」
「村の方にだけ雲が・・・」
ウェールズがそう言ったのと同時に燃え上がるタルブ村に『だけ』豪雨が降り注いだ。離れていても聞こえる滝のような轟音は見る間に村中の炎を消してしまった。
「これは・・・・・・」
「ようやく来たね」
ローブが見上げた方を見れば、赤く染まった空に黒点が迫ってくるのが見えた。


ゼロ戦を飛ばすウェザーの眼には燃えさかるタルブの村が映っていた。すぐ側には巨大なゴーレムも見える。後で大人しくしていたルイズも見覚えがあるもので、身を乗り出してわめいた。
「ちょっと!あれってフーケのゴーレムじゃないの?」
「らしいな」
借りを返しに来たのだろうとウェザーは理解したが、そのことを知らないルイズは混乱している。
「なんで?キュルケはラ・ロシェールでレコン・キスタに刃向かったって言ってたけど・・・」
「味方なんだからいいじゃねえか。しかし味方がいるんじゃハリケーンで一気に薙ぎ払う・・・は無理だな。とりあえず火を消すか」
「姫様は?」
「まだ大丈夫だろう。それよりしっかりつかまってろよ、揺れるぜ」
ウェザーはウェールズの隊の上に張り付く竜騎士隊めがけて降下を開始した。
こちらに一騎が気づき竜を反転させる。どうやら待ち伏せるつもりのようだが、生憎とむざむざそちらの策に嵌るつもりはない。
「気をつけて!竜にはブレスがあるわ!」
「問題ねえ!こっちの射程だ!」
ウェザーはほぼ真上から二十ミリ機関砲を打ち込み、騎士ごと竜に風穴を開けてやった。そして火竜はすれ違い様に爆発した。すぐさま機首を起こして竜騎士隊の真正面に向かい、驚いている竜騎士隊を尻目に再び上昇する。
鮮やかな飛行だったが、ゼロ戦の中はそうでもないようだ。
「ちょ、ちょっと!いきなり上とか下とかいかないでよ!気持ち悪くなったじゃない!」
「文句言うなっつったろうが。たく・・・手だしな」
ルイズは右手を後から出してウェザーの肩に置いたが、その手をウェザーが掴んだのでルイズは焦った。ちょうど指が絡んで手を握りあってるように見える。
まさか手を握って気持ちを落ち着かせてくれようと言うのだろうかと思いルイズは頬を染めた。

「ウェザー・・・・・・あれ?」
ウェザーが掴んだ部分から何かもこもこしたものがルイズの体中に膨らみ、包んでしまったのだ。ルイズはこれを知っている。ニューカッスル城の礼拝堂、ワルドとの対決の際にウェザーが純粋酸素から守るために作ってくれた『雲のスーツ』だ。
「これで多少なりと楽になるだろ・・・ってどうした?元気がないみたいだが」
「う、うるさい!なんでもないわよ!落ち込んでなんかないんだからね!」
変な期待した自分が恥ずかしくてルイズは顔を背けた。その時風防越しに竜騎士隊が迫ってきているのが見え、ウェザーに告げる。
「右下から三騎きてるわ!」
「オーライ!」
ウェザーは三騎に向かって機体を地平と垂直になるまで傾けスロットルを上げて急角度の旋回を決めた。ブレスの射程まで接近しようとしていた三騎は時速四百キロのスピードにまるで反応できず、易々とゼロ戦に背中を見せてしまう。
その無防備な背中に二十ミリ機関砲と七・七ミリ機銃が容赦なく叩き付けられていく。翼をもがれた一騎は錐もみ回転しながら落下していき、残りの二騎は片方の爆発に巻き込まれた一騎が気を失ったのか墜落していってしまった。
ウェザーは右のフットバーを踏み込み機体を滑らせて水平に戻した。
「これが『ガンダールヴ』・・・か。まるでベテランパイロットじゃねえか、俺」
「すすす、すごいじゃないの!天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士が、まるで虫みたいに落ちてくわ!」
「まあゼロ戦も旧式とは言えここではオーバーテクノロジーだしな」
その瞬間、またアヌビス神の言葉が甦った。
『不純物』
確かに本来この世界にはゼロ戦も、『破壊の杖』も、スタンド使いもいてはいけないはずなのだ。それこそ不純物に他ならない。だがそれでも、自分を必要としてくれている者がいるのなら戦える。
あの世で見てるかアヌビス神?俺はこの力でこの世界の風を入れ換えて見せるなんて大それた事は言わない。だがせめて俺を必要としてくれる人たちは守ってみせる。
ウェザーは力強く操縦桿を握った。
「ウェザー左ッ!」
ルイズの声に機体を急いで右にロールさせる。火竜のブレスが間近に見えたが届くことはなかった。

「し、しっかりしなさいよウェザー!」
「ああ、ちょいと覚悟をし直してた」
「だ、だったらしっかりやりなさいよッ!あんたは使い魔なんだから、ご主人様をしっかり守りなさいよ!それで、ご主人様がいいって言わないうちに死んでもダメなんだからね!あんたが死んでもあたしが死んでも、あんたを許さないんだからねッ!」
「だったらご主人様らしく後で余裕かましてふんぞり返ってな!」
言うやいなやウェザーはロールさせた機体を急降下して竜騎士隊の視界から外れると一気に急上昇し、再び背後を取り機銃を浴びせかける。三騎撃墜したがさすがに天下無双、味方の失敗からこちらの異常な速さを学びすぐさま散開した。
上昇して再び編隊を組むつもりらしいが離れた今を狙うのは当然だった。
昇る一騎のケツにつくと七・七ミリで撃墜し、すぐさま水平飛行に移り隣の三騎に肉薄する。敵もなんとかブレスを当てようと竜の首を向けるが遅い。二十ミリ機関砲は竜の顔を貫通し騎士の顔にも風穴を開けた。
さらに後にいた二騎にも機銃と機関砲が襲いかかり、手前にいた一騎がよろめいて後の一騎と接触して仲良く落下していき空中で爆発して消えた。
その時後に迫る竜騎士が見えた。今度は逆に張り付かれる形となったわけだ。しかし火竜の速度はおよそ時速百五十キロ、対してゼロ戦は時速四百キロだ。振り切るのにワケはないがウェザーはあえて竜騎士が射程に入れる速度で逃げた。
竜騎士も全速力でならなんとか追いつけると勘違いし射程距離に入った瞬間に火竜にブレスを吐かせた。しかしそれをまるでわかっていたかのように急上昇でかわされ、宙返りでゼロ戦に後を明け渡す形となってしまった。
ウェザーは十字の光像を描いた照準ガラスの中心に竜騎士を収めると機首の七・七ミリ機銃のスイッチを押した。鈍い音とともに竜騎士は空中で踊り、爆発四散した。
ゼロ戦はそれに巻き込まれないように上昇してかわすが、さらに上空では残りの竜騎士隊が編隊を組み直していた。
「ちょっとちょっと!竜騎士隊はまとまってきたときが一番厄介なのよ!どうすんのよ!」
ルイズは茜の空に円を描く竜騎士隊の姿にびびっているようで、後からウェザーの肩をガックンガックンと揺らす。
「そうだな・・・いっそのこと雲隠れするか」
訝しむルイズを置いてウェザーは自身の力を呼び起こした。
「『ウェザー・リポート』」


「一体何なんだあの竜騎士は!そもそもあんな竜がハルキゲニアに生息していたなどと聞いたこともない!」
上昇して編隊を組み直す竜騎士隊の一人が苦々しげに吐き捨てた。その思いは全員が同じだろう。鍛え上げられた竜騎士隊の竜を嘲笑うかのような速度。眼で捕らえることの出来ない光る魔法攻撃。
未知の敵に立ち向かうことは恐ろしい。『脅威』、それは『謎』があるゆえである。
「だが!我ら天下にその名を轟かせるアルビオン竜騎士隊である!敗北は許されんぞッ!」
一騎のかけ声に全員が頷き、眼下の敵竜騎士を見た。しかし、そこにゼロ戦はいない。辺りを見渡すが影も形も見えないのだ。
あれほど巨大な物体が忽然と姿を消すなどと言うことが有り得るのだろうか。しかもよく聞けばあの竜独特の唸るような轟音が聞こえてくる。確実にいるのだ。
竜騎士隊の一人がふと上を見上げた。そこには雲が漂っていた。それは徐々に大きくなっていくように見える。
いや、違う。近づいているから大きく見えるのだ。
「上だ!上にいるぞ!」
その竜騎士が味方に警告したのと同時に雲から濃緑の敵影が飛び出してきた。そして例の魔法をめった撃ちし、見る間に竜騎士隊を撃ち落としていく。すれ違ったときにはもう自分だけしかいなかった。
「こんな・・・こんな事が起こりうるのか?これじゃあまるで・・・・・・悪魔だ」
最後の瞬間、下から昇るゼロ戦が、その竜騎士には地獄から手を伸ばす悪魔に見えた。



「全滅・・・・・・だと?わずか十二分で全滅だと?」
艦砲射撃のためにタルブの草原の上空三千メイルに遊弋していた『レキシントン』号の後甲板で、トリステイン侵攻軍総司令官サー・ジョンストンは伝令からの報告を聞いて顔色を変えた。
「敵は何騎だ?百か?二百か?トリステインにはまだそんなにも竜騎兵が残っていたのか?」
「サー。そ、それが・・・・・・報告では敵は一騎であります」
「一騎だと・・・・・・?」
ジョンストンは呆然と立ちつくしたが、にわかに体を震わせて帽子を甲板に叩き付けた。
「ふざけるなッ!天下無双の誉れ高いアルビオン竜騎士隊二十騎がたった一気に全滅しただと?バカも休み休み言えッ!」
伝令がその剣幕に後退りながらも報告を続ける。たいした職務精神である。
「て、敵の竜騎兵はたしかに単騎ではありますが、ありえぬスピードで敏捷に飛び回り、射程の長い魔法攻撃で我が方の竜騎士を次々と討ち取ったとか・・・・・・」
その報告にジョンストンは目を剥き頭をかき乱した。
「ええい!ワルドはどうした!竜騎士隊を預けたワルドはッ!あの生意気なトリステイン人はどうしたァ!ヤツも討ち取られたのかッ!」
「損害に子爵殿の風竜は含まれておりません。しかし・・・姿が見えぬと・・・・・・」
「裏切りおったなッ!それとも臆したかッ!だからあやつは信用ならぬと・・・」
激昂して伝令に掴みかかろうとしたジョンストンをボーウッドが手で遮り諫める。
「兵の前でそのように取り乱しては士気にかかわりますぞ。司令長官殿」
ジョンストンはそのボーウッドを睨め付けた。その眼は血走り、濁った光からは保身がありありと見て取れた。

「何を申すか!竜騎士隊が全滅したのは艦長、貴様のせいだぞ!貴様の稚拙な指揮が貴重な竜騎士隊の全滅を招いたのだ!このことはクロムウェル閣下に報告するぞッ!いいな!全て貴様の責任だッ!私は悪くないぞッ!」
ジョンストンは口角を撒き散らしながらわめき、ボーウッドに掴みかかった。だがボーウッドはその剣幕に瞬き一つせず冷めた目でジョンストンを見つめる。後甲板の水兵たちの視線もジョンストンに痛いほど刺さった。
それがジョンストンを余計に熱くさせ、ついにその手を振り上げた。
が、次の瞬間に視界が揺らいでまっすぐ立つことさえ困難になっていた。ボーウッドの肘打ちが顎に決まり脳を揺らし、前に崩れ落ちてきたジョンストンの後頭部と背中を掴むと鳩尾に強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
胃液を戻しながら崩れ落ちたジョンストンをボーウッドはゴミでも扱うかのように床に捨てる。
ボーウッドの補佐が近づき完全に伸びているジョンストンを見下ろしてにやりと笑った。
「艦長殿、最後のダメ押しは司令長官殿には勿体なかったのでは?」
「なに、上司の接待をするときは自腹を切ってでも少し多めに用意するものだ。憶えておきたまえ」
「Sir,Yes Sir!」
補佐官は水兵にジョンストンを『丁重』に運ぶよう命じた。水兵たちは真面目な顔で敬礼をしはしたものの、よっぽど鬱憤でも溜まっていたのか手と足を掴んで運び、その途中で所々にぶつけていった。
初めから寝ていてもらえばよかったな、とボーウッドは思う。砲撃と爆音以外の雑音は神経に障るだけだ。一瞬の判断が明暗をわける戦場においてわざわざノイズの原因をイスに座らせておく理由はない。

ボーウッドは落ち着き払った声で伝令に告げた。
「竜騎士隊が全滅したとて本艦『レキシントン』号を筆頭に、艦隊は未だ無傷だ。そしてワルド子爵には何か策があるのだろう。諸君らは安心して勤務に励むがよい」
単騎で二十騎を討ち果たしてのけたか。ふむ、まるで英雄だな、とボーウッドは呟いた。単騎で百騎に値する働きを見せる者を『英雄』、そして戦争そのものを討ち滅ぼす者を『化け物』と呼ぶ。
しかし所詮化け物は神話の、英雄は伝説の中にしか存在しないのだ。いるのは一人の人間に過ぎない。
そして人間には如何ともしがたい流れというものが存在する。この艦がまさにそれだ。
「艦隊全速前進。左砲戦準備」
しばらくすると遙か眼下にタルブ村の草原の端向こう、周りを岩山で囲まれた天然の要塞、ラ・ロシェールの港町に布陣したトリステイン軍の陣容が浮かび上がった。
「艦隊微速。面舵」
艦隊はトリステイン軍を左下に眺める形で回頭した。
「左砲戦開始。以後は別命あるまで射撃を続けよ」
それから付け加えるように命令を追加した。
「上方、下方、右砲戦準備。弾種散弾用意」
備えあれば・・・・・・か。


時は少し戻り五分ほど前へ。
全速力で駆けたシルフィードのおかげでタルブに着いたタバサ、キュルケ、ギーシュの三人はすぐにウェールズの戦っている場所が特定できた。
「それにしたってでかい目印だなあ」
「フーケのゴーレム」
「だろうね。あ、ゴーレムの足下にウェールズ皇太子がいるじゃないか!隣のローブは顔に布を巻いていて顔は見えないけど・・・」
「フーケでしょうね」
ウェールズに向かっていた一群にキュルケとタバサの魔法が炸裂してできたスペースに着陸する。ウェールズが驚いた声を上げた。
「君たち!どうしてここに!」
「祖国の危機に黙ってはいられません!」
「でもここは子供の来るところじゃないよ」
ローブ――もといフーケが三人ににべもなく告げた。その言葉にウェールズも頷いたが、しかしキュルケは黙っていなかった。
「あーらいらしたの。そんなに顔に布を巻いて紫外線が怖いのかしら?やーね、歳を取ると肌が弱って手入れが大変ですものね。お・ば・さ・ま」
「ああ?言ってくれるじゃないの小娘が。なんだかんだで最後は成熟した魅力が勝つって事を知らないなんて幼い幼い」
青筋を浮かべて火花を散らす二人を尻目にタバサがウェールズに訪ねた。
「戦況は?」
「彼女のゴーレムのおかげで大分押しているよ。しかし――」
ウェールズの視線に異様を感じた三人が振り向けば、今し方キュルケたちの魔法で薙ぎ払われた敵が起きあがってきていた。腕がおかしな方向に曲がっていようとまるで意に介した風もなく立ち上がる。

「な、なんだよこいつら!」
「僕の家臣だった者達だ・・・クロムウェルの術によって生ける屍となっている」
三人はハッとしてウェールズを見たが、ウェールズに揺らいだ様子は見受けられなかった。
「生半可な攻撃では見ての通り何度でも立ち上がる。ダメージを回復するわけではないようだから行動不能にすれば倒せる」
「あれ」
その時タバサが起きあがる敵兵の一角を指した。そこはキュルケの魔法により焦げていたが、そこの敵だけ立ち上がらずに転げ回っているのだ。
「炎は有効」
「見たいね。ところでタルブ村が燃やされてたけど、村人たちは無事なの?」
「・・・隊の者を向かわせたんだが、連絡がないところを見ると恐らくは同じような敵と遭遇したのだろう・・・・・・」
ウェールズが歯痒そうに説明した。駆け付けてやりたいが現状ではこちらで手一杯なのだ。フーケも心配そうに後を継ぐ。
「もしそうならかなりヤバイんじゃないかい?普通の兵士が三人がかりで倒してるんだろ。分班の人数的にきつそうだけど・・・」
「なら僕が行く!」
そう言うやいなやギーシュは乗り手を失った馬を見つけると走って飛び乗り、そのまま森に向かって真っ直ぐに駆けだしていった。
「ちょっとギーシュ!」
一人では危険だとキュルケが止めようとしたが、その腕をタバサが掴んだ。咎めるように視線を投げるキュルケにタバサは首を振った。
「タバサ!」
「助け合いは大切。でもいつもそれでは本人はいつまでも成長できない」
「でもギーシュは・・・」
「彼には一人の強さも必要。彼が真に薔薇でありたいと思うなら・・・・・・」
タバサは真っ直ぐにキュルケの眼を見据える。その瞳が強く語りかけてくるのだ。彼ならきっと大丈夫だと。
「・・・・・・わかったわタバサ。ギーシュを信じましょう」
二人は遠ざかるギーシュの背を見つめた。

外は夕暮れだが森にはすでに夜の闇が忍び始めていた。
その森の地面の窪みにタルブ村の人々は隠れていた。そこはさながら防空壕のようで、外からだとちょうど木々の陰になり、この薄暗さも手伝って見つかりにくくなっている。
「お姉ちゃん、いつお家に帰れるの?」
震えながらシエスタに抱きついて尋ねてくる小さな妹に笑顔を崩すことなく彼女は優しく答えてあげる。
「みんなが良い子で待ってたらすぐに帰れるから。だからもう少し我慢してね」
そう言って頭を撫でてやれば、シエスタの服を強く握りしめていた力も徐々に弱まり、代わりに寝息を立て始めてしまった。よっぽど疲れていたのだろう。無理もない。いきなり村を焼かれて、森を走り続けてきたのだ。周りを見渡せば大人たちでさえ疲労の色濃く出ている。
そしてその中には明らかに村人の服装とはかけ離れた鎧姿の者もいた。息も荒く、体の所々に布を当てて血を止めている姿は痛ましい。この状況ではろくな手当も出来ず周りの人々も手をこまねいているしかないのだ。
それはウェールズの隊から分かれた一班の者だった。避難していた村人を発見し誘導する途中で敵と遭遇し戦闘となったのだが、魔法と剣で敵を蹴散らしたのだ。いや、蹴散らしたはずだった。
それは悪夢のような光景だった。敵兵は何事もなかったかのように立ち上がると再び襲いかかってきた。応戦したがダメージなどまるで気にしない戦い方に一人、また一人と一班の者は倒れていき、村人だけでも逃がそうとして生き残ったのがこの一人だけだったのである。
途切れ途切れの呼吸音が薄暗さと相まって恐怖を駆り立てる。
その時外でガサッ、と何かが動く音がした。全員が息を呑み、動きを止めた。緊張が一帯を支配した。雨が降った後の森特有の湿気と匂いがいつもよりも強く感じられた。
「おーい!誰かいないのか?トリステイン軍だ!タルブ村の人たち!助けに来たぞ!」
しかし外から聞こえてきたのは救いの声だった。壕の中で安堵のため息が漏れた。
「おいシエスタ!出ていって俺達はここだって知らせてくれ!」
「あ、はい!」

たまたま入り口の近くに座っていたシエスタが指名されて外へ出ていった。そこには確かに鎧を着込んだ兵隊が五人ほどおり、シエスタが手を振り呼びかけるとぞろぞろと向かってくる。
その顔には笑顔があり、ようやく見つけたと言った安堵の表情なのかも知れないとシエスタは思った。
他の人々も窪みから顔を出して近づいてくるトリステイン軍に歓喜を上げた。
これで助かる。生き延びることが出来るのだ。
しかし、その思いは容易く崩れ去った。
「ちが・・・う・・・・・・そい・・・つら・・・は・・・アルビオン軍だッ!」
肩を借りて出てきていた負傷兵がそう叫んだ。するとトリステイン軍と名乗った五人はやおら杖を抜き放ち呪文を唱えてその負傷兵に向けて放つ。『ファイヤー・ボール』が近くの村人もろとも負傷兵を焼き尽くした。
しかし村人たちは驚き、慌てふためくしかできなかった。疲労はとっくにピークで、ようやく助かると希望を持った矢先に絶望を突きつけられたのだ。肉体はおろか、心も折れてしまってはどうしようもない。
シエスタは恐怖に腰を抜かしてしまった。すぐ前には死なない兵が立つ。近くにいた妹を胸に抱きかかえせめて庇おうとするしかできなかった。そして死に神が鎌を振るうようにそのメイジは呪文を唱えて杖をシエスタに向けた。
もうダメだ。絶望が心を支配する中、シエスタは獣の雄叫びを聞いた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
いや、違う。獣ではない、人間の雄叫びだ。そうシエスタが思った次の瞬間、メイジの顔面に馬の蹄がめり込んだ。メイジは面白いくらい軽々と吹っ飛んでいき、地面に二回ほどバウンドして動かなくなった。頭が破壊されたのだろう。
そして馬を操っていた人物も勢い余って落馬したが上手い具合に受身を取って立ち上がった。敵とシエスタの間に、立ち塞がった。そしてその人物の横顔が『ファイヤー・ボール』によってできた焚き火に照らされる。
シエスタにも見覚えのある金色の巻き髪、フリルのついたシャツ、そして口にくわえられた薔薇。

「ミスタ・グラモン!」
「待たせたね!僕が来たからにはもう安心だ!立てるかい?」
シエスタはカクカクと頷いてバタバタと妹を連れて村人たちの方へ向かった。
ギーシュは髪を掻き上げて口にくわえた薔薇の造花を構える。それを見た敵もギーシュを敵と判断して構えを取り直した。
さて、とギーシュは脳内で知恵を振り絞る。敵は四人。さっきの一人も不意打ちで頭を潰したからこそ倒せたのだ。正攻法で四人の相手は厳しい。『特訓の成果』を使っても二人が限度だろうか。敵の弱点は火。だが僕は『土』のメイジだ。
今までは新たな魔法を重点的に練習してきたがあのカビの塔で操られたタバサにワルキューレ七体が解体されてからは基本に戻した。結局僕の生命線は『コレ』なんだ。
だからワルキューレ自体の強化をメインに特訓をしたが、そんなに飛躍的に精神力は強化されない。ワルキューレは七体止まりだった。しかしある日、ふと姫様誘拐事件を思い出した。そこにはヘクサゴン・スペルと言う逆転の発想があったのだ。
姫様と皇太子の力が合わさった強力な魔法。さすがにあれほどのものは無理だけど、姫様たちは二人で一つを作った。なら七体で一つを作ったら?
宝探しの時は失敗してしまった。きっとウェザーたちがいるからという油断が僕の中にあったからだろう。だから僕に必要なのは一人で立ち向かわなければならない危機。極限の状態でのギリギリの精神力!こんな窮地を待っていたんだ!
イメージだ。ラ・ロシェールでのフーケを思い出せ。確かなイメージを持つことが重要なんだ。もう余力はない。失敗すれば死ぬしかない。ならば成功すればいいのだ。

「我が名はギーシュ・ド・グラモン!『青銅』のギーシュ・ド・グラモンだ!君たちの運命には同情を禁じ得ない。だが!だからこそこの僕がその忌まわしき呪縛を解いてみせる!」
ギーシュは深呼吸とともに『練金』を唱えた。薔薇の花びらが一枚舞い、甲冑を着た戦乙女に変化した。だがいつものワルキューレとは少し違った。
数は一体しかいない。だがその大きさは普段のものより一回りは大きいようで、その手には身の丈ほどはあろうかという騎士槍を掴んでいるのだ。
「いくぞッ!『ワルキューレ:ブリュンヒルデ』!」
そのかけ声を受けたワルキューレは騎士槍を真っ直ぐ構えると、重心を低くして突撃した。敵は扇状に構えていたが、その真ん中の二人めがけて駆けだしたのだ。それもかなりの速度で。
それでも相手は呪文を唱えて対抗した。真ん中の一人が『エア・ハンマー』を唱える。はじき返そうとしたのだろうが、ワルキューレはその風を突っ切っていき、驚く間もなく真ん中の二人の半身を千切り飛ばした。
本来七体に分けていた青銅を一体に凝縮、いつもの空洞ではなく中身の詰まったボディなのだ。人を遙かに越えたその重量は風にも負けない。そして特に槍の穂先と突進力を生む足のイメージを強く持って完成したのが『ワルキューレ:ブリュンヒルデ』だった。
『風』のような射程も、『火』のような爆発力もない。だがギーシュは質量・密度・重量という『土』の本懐を再現したのだ。
だがこのワルキューレにも欠点はある。ブレーキをかけるが勢い余ってだいぶ滑ってしまっているのだ。しかも体格に対して槍の重量が重く方向転換に時間がかかる上に、所詮は青銅でしかないために簡単にひしゃげてしまうのだ。もって二、三回が限度だろう。
言うなれば将棋の『香車』である。
それでも七体分の精神力をつぎ込んだ価値はあるとギーシュは考えていた。

両翼の二人はワルキューレの予想以上の動きに警戒してワルキューレを先に叩くことにしたらしく、振り向いて魔法を放った。
再び突っ込んできたワルキューレの足を狙って『エア・カッター』が飛び、切断。片足となりバランスを崩した所に『フレイム・ボール』が襲いかかり『ワルキューレ:ブリュンヒルデ』はあっけなく破壊されてしまった。
「だがそれでいい。みんなの注目を集めることが・・・ものスゴク良いんだ!」
その言葉と共に敵兵二人の上に花吹雪が舞った。見る間に体中が花だらけになる二人が振り向くとそこには焚き火の前に立つギーシュの姿があった。そしてギーシュの足下からは花びらが、文字通り花道となって二人まで伸びていた。
「その花びらは僕からのせめてもの手向けだ。受け取ってくれ」
その瞬間、敵であるはずの二人がギーシュに微笑みかけたような気がした。まるで仲間を褒めるときのような微笑み。成長への祝福と、救いに対する感謝。ギーシュはその顔から目を背けずに造花を足下の花びらに向けて呪文を唱えた。
「『練金』」
一瞬にして花びらは油に変わり、焚き火の火が引火して二人に向けて走る。あっという間だった。二人が燃え上がり崩れ落ちるのに時間はかからなかった。
死はきっと暗く冷たいものなのだろう。だからせめて――――
「火炎入りの薔薇は・・・・・・熱いだろう?」
それだけ呟いたところでギーシュは崩れ落ちた。

シエスタは窪みの入り口からギーシュの戦いの一部始終を眺めていた。絶望に呑まれかけた自分の目の前に現れたその姿は凛々しく、その声は折れた心を優しく助け起こしてくれるようだった。
不思議だった。一瞬、その背中に大きく逞しい背中が重なって見えた。
気づけば外に出てその戦いを見ていた。手を握りギーシュの勝利を祈っていた。そしてギーシュが勝利を収め、だがその体は力無く崩れてしまった。
「ミスタ・グラモン!」
シエスタは駆け出し、ギーシュを助け起こした。
「う・・・シエスタ?そうか・・・無事だったんだね」
「は、はい!ミスタ・グラモンが助けてくださったんです!ありがとうございます!」
シエスタはギーシュを楽にしようと膝の上に頭を置いた。見下ろす形となったギーシュは弱々しく微笑む。
「僕らは共に冒険した仲間じゃないか。当然のことをしたまでさ」
ギーシュは手を伸ばしシエスタの頬を拭った。その指の上には小さな水滴が乗っていた。
「だから泣かないでくれよ。薔薇の役目は女性に涙を流させないことなんだから・・・」
「・・・はい、ミスタ・グラ――」
ぽろぽろと涙をこぼすシエスタの口をギーシュの人差し指が封じた。そして笑いかける。
「他人行儀はよしてくれ・・・仲間、だろう?」
「・・・ええ、ギーシュさん」
その様子を満足げに眺めた後でギーシュは呟いた。
「ふふふ・・・でもすがすがしいね。ワルキューレ七体分の精神力を二回に大量の花びらを『錬金』・・・こんなに疲れたというのに・・・・・・実にすがすがしい・・・いい・・・き・・・ぶん・・・だ・・・・・・」
シエスタの頬に伸ばされていた腕がぱさりと地に落ちた。ギーシュは眼を瞑ったまま動かない。
「そんな・・・ウソよ・・・ギーシュさん・・・・・・ギーシュさァァァ―――んッ!」
シエスタの叫びが森に吸い込まれていった後、すすり泣く声に紛れて誰かのいびきが聞こえてきた。


高貴な風と土くれは背中合わせで戦場を舞い、微熱と雪風がそこにまざった。
暗い森の中で真っ赤な薔薇が咲き誇っている時、茜の空をゼロとその使い魔が切り裂いていた。
だが、その前に再び澱んだ風が立ち塞がる。その胸に黒い野望を秘めて・・・・・・
戦局は風雲急を告げようとしていた!

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