ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

使い魔ファイト-28

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匿名ユーザー

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 授業が始まる少し前。生徒達が一番ざわめく時間。ある者は噂話、ある者っていうかわたしは襲いくる睡魔に目をこする。
 そんな中、グェスが本を読んでいる。子供向けの絵本ではあるものの、しっかりと文字を目で追って意味を把握しながら本を読んでいる。
 字は読めなかったはずなのに、これはいったいどういうこと?
「タバサ会で習ったとこ復習しようと思ってさ」
「復習って……なんで?」
「その方が覚えが早いってタバサも言ってたじゃない。ルイチュ聞いてなかったの?」
 わたしはタバサを過小評価していた。
 一生懸命教えようとしているのに、誰一人として聞いてくれないかわいそうな先生だと思っていた。
「よォーグェス。さっそく言われたこと実践してンなァー」
「ねードラゴン、あんたどこまで進んだの?」
「オレはレッスンツーで足止めだっツーの! 単語覚えンのは得意なんダけどナ」
 だけどそんなことあるはずなかったのよ。
 あのミキタカが「タバサさんの教え方はスゴイ」って言うくらいなんだから。
「若いということは覚えも早いということじゃな」
「読書による脳活性療法は科学的に認められているところでございます」
「君たちも頑張っているようだね。ぼくのチープ・トリックには及ばないにしても」
「ねっ、読むより話す方が得意なんだけど。ねっ」
 ああ見えてまともな授業だったんだ。学級崩壊だと思ってたのはわたしだけだったみたい。
「よかったわねぇタバサ。あたし達以外もいい生徒ばっかりで」
「熱意が大事」
 タバサ……恐ろしい子。伊達に眼鏡かけてるわけじゃないのね。

 授業前の読書を例に出すまでもなく、グェスはやる気を出していた。その最たる原動力は、ずばりお金。
 授業中、風の優位性を語るためにギトー先生がキュルケを挑発する。
 まんまと挑発に乗ったキュルケがファイアボールを撃ち、迎撃しようとしたギトー先生の右手にはなぜか杖が無い。
 慌てて避けるギトー先生を笑う生徒達。わたしは見た。影でキュルケがグェスに銀貨を握らせているところを。
 ちょっとした情報を売ったりもしていたみたい。どこで知り合ったのか、学院長と何か話していた。
 だれそれが白だのだれそれは黒だの話してお金をもらっていたみたいだけど、あれ何の話だったのかしら。
 こんなせこいやり方で小銭を稼いで、もう少し本格的な商売に手を出した。
 針や糸といった裁縫道具を購入し、縫ったり切ったり貼ったり止めたり作ったり。
 ちょっとした直しや仕立てを器用にこなし、異常にリアルなネズミの人形を作ったりもした。ミキタカだけ買った。
 生徒達は大した商売相手にならないと見るや、一人歩いて城下町へ。
 歩いて行ったグェスは、ギリギリまで荷物を積んだ馬に乗って帰ってきた。
「どうしたのよこれ。まさかまた……」
「違う違う。あたしもうそんなことしないって」
 ギトー先生の杖盗んだのは「そんなこと」に入らないみたいね。
「これはね、きちんとした労働で儲けたお金を使って買ったのよ」
「まともな労働でこんなに稼げるはずないでしょう」
「まともな労働で稼いだお金でギャンブルしたの。人間勝負してなんぼよね」
 ギャンブルですって? 背筋が寒くなるようなことしてきたのね。あんなもの、貴族の……いえ、人間のすることではないわ。
 やればやるだけ負ける。負ければ熱くなる。熱くなれば手をつけちゃいけないお金にも手を出して、それも無くなれば酌婦でもやるしかない。
 客からお尻を撫でられたり、体格を馬鹿にされたり、稼ぎが少なくて怒られたりするのよ。ああ恐ろしい!
「やっぱりお前は頼りになるわね、グーグー・ドールズ」
 あ、こいつイカサマしたわね。泥棒はしないとか言ってたくせに。

 イカサマはともかく、やる気を出した点は評価に値すると思う。
 主人に断りもなくお金を稼ぐのはどうかと思うけど、どの道わたしじゃお小遣いをあげられないもの。
 いつまでももらった古着一枚で生活させるってのは無理があるし、他にも欲しい物が出てくるでしょうし。自活してくれればこれはこれでありがたいのよね。
 それにやる気を出したのはグェスだけじゃない。わたしだって負けずにやる気を出していたのよ。実に多方面でね。
 まずはシエスタと仲良くなりましょう。
「ちょっとミキタカ。一つお願いがあるんだけどいいかしら」
「なんですかルイズさん」
「昼の皿洗いでシエスタと喧嘩してもらえない?」
「いいですよ」
 またあっさりと承諾するのね。
「自然にやるのよ。バレちゃったら意味がないんだから」
「バレる? 誰かをだますんですか?」
「えっ!? あ……あんた何言ってんのよ! バカ! 結果的に皆が幸せ! ハッピー! 問題ないでしょ」
「そうですか。分かりました」
 物分りがよろしいこと。あんたのそういうところは好きよ。
 ミキタカとシエスタが喧嘩、自然な形でわたしがとりなす、あらミス・ヴァリエールって人のできた方なのね私が考えていたよりもいい人なんだと思うシエスタ。
 完璧な作戦ね。これでわたしがシエスタとお友達になれるってわけよ。

 自分の将来を考えて行動もする。
「ちょっとぺティ。頼みたいことがあるんだけど」
「何かな」
「あなたってとおおおおっても強いわよね。わたしに戦い方を教えてほしいんだけど」
 わたしは魔法が苦手。使えないわけじゃないんだからね。あくまで苦手。
 サモンだってミキタカの協力でなんとかできたし、コントラクトは独力でやってのけた。爆発だって使いようによっては役に立つと思う。
 つまり、わたしは拙い魔法をサポートする方法を手に入れるべきなのよ。
「それは波紋を教えてほしいということかな。ならば断る」
 そうくるわよね。ギーシュとのやり取りでそれは予想済みよ。
「違う違う、勘違いしないで。わたしはあくまで戦い方を習いたいの。体を動かすコツとか、そういうのよ」
「ふむ」
「体を作ろうと思って走り込みも始めたの。皆が寝てから広場何周も回ったりしてるのよ」
「それならば……」
 マリコルヌは言っていた。腰を抜かさないことよりも腰を抜かして魔法を使えることを重視すると。
 十数年間魔法を使えるように頑張ってきたけど、結局は才能の世界なのよね。
 だったら自分が持っている才能を活かした方がいいわけじゃない?
 剣をとって戦う方がわたしの性にあってる気がするの。鞭を投げて扉に刺したり、子供の頃はチャンバラで姫様ボッコボコにして怒られたこともあるし。
「指針程度のものでよろしいかね」
「充分よ。よろしくね、老師」
 剣を振るって戦えるようになれば、そして爆発の精度がもっと上がれば、わたしは役に立つ女になる。
 この前みたいな時、人質にとられるかよわい女の子の役じゃなく、皆を守って戦う勇者の役になる。
 魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃないわ。敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶのよ。

 趣味に関しても一生懸命に生きるの。
 誰にも見つからないようこっそりと男子寮の廊下を歩く。幼少の頃から忍び足には自信があるのよね。
 扉の前で左右を確認し、ノック、ノック、少し間を置いてノックノックノック、もう一つ間を置いてノック。
「……キュルケはもうすぐ」
「……百人切り」
「よし、入れ」
 部屋の中に入って後ろ手に扉を閉めた。それと同時にマリコルヌがロックをかける。
 わたしの部屋ほど整頓されてはいないけど、男子の部屋ってこんなものなんでしょうね。
 ベッドの側に掛けられた鏡は斜めに傾いていて、小さなテーブルとスツールの上には本棚に入りきらなかったいかがわしい本が積んである。
 そしてベッドの上には紙包みがあった。これが今回の品物ということね。
「今回は随分面白い物が手に入ったらしいじゃない。メイドの午後無修正版を越えるとか」
「うん。面白いとは思うんだけど……とりあえず見てもらえるかい」
 慎重に、というよりは恐る恐る、紙包みが一枚ずつ剥がされていく。
「買出しに出た時、城下町の露店で買ったものなんだ」
 これは……。
「値段としては二束三文だった。でも、何か……何かが閃いた。これは手に入れておかなければならない物だと思った」
 服だ。いわゆる水兵服ってやつね。特に変わったところは見られないけど……。
「これが何? わたしには普通の水兵服にしか見えないけど、何か魔法でもかかっているの?」
「いや、間違いなく普通の水兵服だよ」

「ただの水兵服を私に見せようとしたの? 仰々しく油紙に包んでまでして?」
「そういうことになるね」
 他人の目を気にして忍び込んできた労力を思えば、怒鳴りつけて放り投げてやればよかったのかもしれない。
 でも、そんな気にはならなかった。わたし自身も分からない。分かるような気もするんだけど、それを言葉にすることができない。
 水兵服を裏返してみる。裾から覗く。襟元を正す。分からない。
「ぼくもそんな感じで色んな角度からそれを見たよ」
「で、何かつかめたの?」
「うん……」
 どうにも煮え切らないというか自信なさげというか。
 薄ぼんやりとした記憶のみを頼りに判断しているというか。でもその気持ちはわたしにも分かる。
「思ったんだけど……これをスカートと組み合わせてみたらどうだろう」
「スカート? 制服のスカート?」
「ただし、それなりにいじらなくちゃならないだろうけど、それは君んとこのグェスにでも任せるとして……どう思う?」
 水兵服をスカートと組み合わせる。異色というよりは異様な組み合わせに感じる……だけど。
 もう一度見てみる。今度は瞬き一つせず、食い入るように、一糸のほつれさえ見逃さずに。
 白地の長袖……黒い袖の折り返し。襟とスカーフは濃紺ね。で、襟には白い三本線が走ってる。
「やるとしたら……丈を詰める方がいいかも。ちょっと動くたびにおへそがチラチラと見えるなんて素敵」
「ぼくはスカートも短くすべきだと思う。膝上十五サントがギリギリのラインってとこじゃないかな」
「組み合わせる靴下はオーバーニー?」
「むしろ濃紺のハイソックスに趣を感じるね」
 年頃の女の子がそんな格好をしている情景を想像する。本能に根ざす衝動が脳髄を直撃した。
 なんだろう、強烈な……この惹かれる気持ち……魅了の魔法でもかかってるんじゃないかしら。
 これを軽く扱うことはできない。わたしとマリコルヌによる討議が始まった。

「マリコルヌ……これはいいわ」
「そうかい? 気に入ってくれた?」
「気に入るも何も。わたしはこれに出会うため今まで生きてきたのかもしれない」
「それはちょっと大げさなんじゃ……でも喜んでくれてよかったよ。それじゃ早速……」
「問題はここからね」
「え?」
「この服は素晴らしい。それは認めるわ。でも誰が着るかってことが何よりも重要よ」
「いや、その」
「わたし達が頼むんだから知り合いじゃなきゃいけないわ」
「ぼくは君に」
「となるとやっぱりタバサ会のメンバーってことになるわよね」
「君のため」
「グェスは却下。この衣装は年齢的条件を持っている気がするの。十代半ばから後半でぎりぎりってとこね」
「君がこれを」
「サイズ的にはタバサってところかしら。偏屈なところに隠れてるけど、あの子けっこうかわいいわよね」
「ぼくとしてはもう少しサイズが大きいほうが……その、もう少しだけ」
「ずいぶんとうるさいのね。こだわりがあるのはいいことだと思うけど」
「いや、あのね」
「もう少し大きいっていうと……キュルケ? でもキュルケはさすがに無理があるわ。服のサイズを直すっていっても限りがあるもの」
「キュルケじゃなくて……でもパッツンパッツンになって肉体のラインがはっきりとする、ともいえるんじゃないか」
「確かにそれは捨てがたいわね。でも破けたりしたら元も子もないわ。いや、破けるところがかえっていいかも……だけどこれ一着しかないのにそんな無茶は……」
「難しいところだね。とりあえずキュルケは保留しておこうか。そもそも君やぼくが頼んだからって着てくれるとは思えないし」
「モンモランシーなら比較的難易度は低いでしょうね。ギーシュからお願いすればいいもの」
「なるほどね」
「でもね……あえて高難度に挑戦した方が成功した時は気分がいいと思う。それにギーシュのおこぼれにあずかるみたいで気分が悪いじゃない」

「まったくだ。恋人とよろしくやってるようなやつをこれ以上喜ばせることはないよ」
「そこでわたしは提案したいと思うの。この子に着てほしいって」
「誰?」
「それはね……ギーシュ」
「ええええッ!? ギーシュ!? それ本気で言ってるの?」
「なんでそんなリアクションなのよ? よくない?」
「いや、さすがにそれは無いよ」
「ちょっと想像してみなさいよ。女装美少年ってのも悪くないでしょう」
「……うん……い、いや、やっぱりダメだ。そっちに行ったら帰ることができない気がする」
「そうかしら」
「そうだよ。ギーシュに着せるくらいならぼくが着る」
「……うわ」
「うわってなんだよ! 失礼だな」
「マリコルヌ、それはある種の冒涜よ?」
「その言い方はひどいよ。けっこう似合うと思うんだけどな」
「ま、まぁ見方は人それぞれよね……お互い自分の好みを押し出しすぎるのはやめましょう。極端に走るよりも望むところへいけるよう妥協した方がいいわ」
「だね……あ、そうだ。メイドのシエスタがいるじゃないか。キーシュからプレゼントしてもらえば、あの子きっと喜んで……」
「……」
「着てくれる……んじゃ……」
「……」
「……ごめん」
「……いいの。謝らないで」
「うん……」

「わたし達って人望が無いのね」
「それはそうだけど……でも、ぼくにはもう一人だけ心当たりがあるよ」
「えっ! マリコルヌ、他に頼める子を知ってるの?」
「うん。頼めるっていうか……ぼくはその子に着てほしいと思ってこれを買ったんだ」
「なあんだ、そんな子がいたのね。はじめっからそう言えばいいのに。その子ってかわいいの?」
「とっても……かわいい。この服がすごく似合うと思う」
「なにを照れてるの。ほら言いなさいよ。誰なのよ」
「その子はね……」
「分かった! その子ってタバサのメイドでしょう」
「えっ」
「マリコルヌも見るとこ見てるわね。わたしもあの子はかなりいい素材だと思う」
「ちが……」
「立ちはだかる高い壁って感じの難易度もよし。挑戦しがいがあるものね。その志の高さ、大いにけっこう」
「で、でも無茶だよルイズ。君はあの悪魔メイドに殴られたことがないからそんなふうに言えるんだ」
「そういえばあなた昨日まで頬に平手の跡がついてたっけ」
「見えるところはそれだけだけど、見えないところはもっともらってたよ」
「それくらいやんちゃだからいいんじゃない。悪魔だからこそ攻略のしがいがあるってものでしょ。あの子が美人なのはあなたも認めるわよね?」
「そりゃまあ」
「高慢なメイドが顔を真っ赤にして照れながら『これでいいんでしょ!』なんて言うのよ」
「うっ」
「そんなことを言いながら、後から聞いてくるの。『ねえ、あたし似合ってたかな?』なんて。ちょっと不安そうにね」
「ううっ」
「普段はツンツンとしているんだけど、たまにデレっとすることがあるってわけ。そのギャップを楽しむって寸法よ。この概念、名前つけたら流行るんじゃないかしらね」

 今から数日前のこと。実家に呼び戻されていたタバサが二人で帰ってきた。
 べつに風の偏在を使ったわけでも、分裂して帰ってきたわけでもない。
 恋人や婚約者といった浮ついた話でもないし、ましてや子供を作ってきたわけでもない。
 タバサはメイドを一人連れてきた。
 貴族の子弟がメイドを連れているなんてことは珍しくない。
 学院内で専属のメイドを使ってる子はいないけど、留学生であることを考慮すれば頷けなくもない。
 家の事情なんていう面倒くさい理由があるのかもしれないけど、それは聞かないでおくのが貴族のたしなみってものよね。
 問題はそんなことじゃなくて、そのメイドの行状にあった。
 初日。かねてよりタバサと仲の悪かったド・ロレーヌがメイドにからんだ。
 顎に一発、頬に二発、下腹部に三発、きついのをもらったド・ロレーヌはその日一日授業を休んだ。
 タバサが保健室でわび、もしくは脅しをいれたらしく、その後ド・ロレーヌは静かになったものの、タバサ付きのメイドはこの一件で学院中に知れ渡る存在になった。
 二日目。授業中の洗濯場。慣れない手つきで揉み洗いをするメイドの様子を見て、シエスタが微笑んだ。
 これは別に嘲笑ったとか馬鹿にしたなんてことではなく、洗濯物と取っ組み合う微笑ましい様子に笑みが浮かんだってだけのことよ。
 複数の目撃者がそう証言してるんだから間違いの無い事実だと思う。
 ただ、笑われた当人はそうとらなかったらしく、シエスタは頭から洗濯桶の水をかぶるはめになった。
 この事件により急遽結成されたシエスタを守る会――会長は匿名の某美少女で副会長はマリコルヌ――の代表が抗議に出向いたんだけど、暴力メイドに蹴散らされた。
 圧倒的な暴力性を受け、説得するのが困難な人種を相手にしていると悟り、さらにメイドはけっこうな美人であり、シエスタを守る会はあえなく瓦解した。
 いや、この辺は理由の一端よ? あんまり責めたらタバサにも悪いと思ってのことなのよ? 嘘じゃないのよ?

 でもね。美人っていってもあれはタチが悪いわ。外見は高貴な美少女、中身は下卑た阿婆擦れだもの。
 目が合えば喧嘩を売って、肩がぶつかれば殴りつける。そのついでに小銭を巻きあげるくらい何とも思わない。
 暑くなればだらしない下着姿で窓縁に腰掛け、これはある意味いいといえばいいけど、騒ぐ男子達と学院長を偉そうに見下ろすところは褒められたものじゃない。
 こんな感じで好き放題に生きて三日目。メイドはギーシュの上に座ってパイプを吹かしていた。
 ギーシュほど美人に弱い人間はこの世に存在しないので、釜の上に座るメイドに対し文句の一つも言えないでいた。
 案外、メイドの尻の感触でも楽しんでいたのかもしれないわね。
 そんなことを考えれば正妻が黙っていられるわけもなく、モンモランシーが文句をつけたけどあえなく追い払われた。
 次は主人にけしかけられたヨーヨーマッが向かっていったけど、これはエアハンマーの出来損ないに吹き飛ばされた。
 そう、メイドは杖を振るい魔法を使った。少々不恰好ながらも魔法を使ってのけた。
 メイドはメイジだった。一文字違いとはいえ、大違いじゃないの。
 少しべたつき過ぎるところを除けば、タバサに使える態度は使用人の鑑といって差し支えの無いものだった。
 何があってもタバサを第一に立て、タバサの後についていく。タバサにだけは絶対逆らわず、タバサに冷たくされてボロボロと涙を流すなんて可愛い面もあった。
 タバサの使ったコップを懐に入れて持っていったり、洗濯しながらタバサの下着に頬擦りしたりしていた。
 隙をみてはタバサに抱きつこうとして蹴られたり、ベッドの中に潜り込もうとして部屋を追い出されたり……使用人の鑑でも何でもない気がするけど、たぶん気のせいよね。
 タバサに対して、溢れんばかりの、溢れている方が多いくらいの愛をもって仕えていたことは間違いない。
 まさかそんなメイドがメイジとは。人は見かけによらない……いや、見かけだけは貴族的だったけど。
 人は中身によらないってのは……そんな言葉あったっけ?

 これだけ放漫、傲慢、高慢に勤めて、反感を買わないわけがない。
 彼女を快く思わない生徒、教師、使用人は両手両足の指を折ってもまだ足りないほどたくさんいたけど、手を上げる人間は皆無だった。
 いや、実際はいたらしいけど。でも出すのはまずいらしい。彼女に手を上げると、よく分からないうちに怖いことになるんだとか。
 マミーのような包帯姿でうなされるギトー先生の姿には重過ぎる説得力があった。
「うわ、見てよルイチュ。あのビッチメイドこっち来るぜ」
「グェス、その辺にしておきなさい。聞かれでもしたら面倒よ」
「大丈夫だって。あたしはその辺敏感だからね。ぎりぎりまで悪口言ってやりゃいいの」
 頼もしいんだかそうじゃないんだか。
「やーだねー。髪と瞳の色はタバサと一緒だけど、それ以外は大違い」
「親戚か何かなのかしらね。没落貴族ってとこかな」
「そりゃアレじゃ没落もするでしょうよ。あたしあいつだーいっきらい」
「あんたとは相性悪そうなタイプよね」
「あーあ、タバサのメイドじゃなければしめてやるんだけどな」
「しめてやればいいじゃない。タバサのためにも教育してあげるべきよ」
「え、何。ルイチュ許してくれるわけ?」
「もちろん。やりたいだけやってあげなさい」
「へっへっへ、そりゃいいこと聞いた。あんのメス豚、あたしがメッタクソのギッタギタにのしてベラさんお疲れ様でーす!」
 グェスの挨拶は軽く無視、わたしのことを憎憎しく睨みつけるメイド……ベラとすれ違った。
「あんた何媚売ってるのよ」
「……だって怖いじゃん」
 情けない。そりゃたしかに怖いけどねぇ。

「そうだよ。怖いんだよ。やっぱり無理だ」
「無理なんて言葉はやれることを全てやってから使うものよ」
「君ならやれるって言うのか?」
「わたし? 無理無理、理由は知らないけど、何かっていうとあの子わたしを睨んでくるし」
「それならやっぱりできないよ……」
「それがね、そうでもないのよ」
「ルイズ、君何か策が?」
「これはグェスからもらった情報なんですけどね、近々トリステイン魔法学院に大重要人物がやってくるの」
「大重要人物? 誰?」
「それはちょっと言えないけど。とにかく国家レベルのVIPだと思ってくれて間違いないわ」
「その重要人物がどうしたっていうんだ」
「わたしはね、その重要人物と幼馴染……切っても切れない親友と言っていい間柄なのよ。おそらくはお忍びでわたしの部屋を訪れてくる」
「へぇ、すごいじゃないか」
「仲良くしているところを見れば悪魔メイドでさえわたしに一目置くことになるでしょうね」
「……!」
「精神的に屈服、わたし達のお願いを聞く気になってしまう、かも」
「恐ろしい。ぼくは恐ろしいよルイズ、君のその狡猾さが!」
「聡明、と言ってほしいわね。ふふふん、あの悪魔メイドももはや掌の中のお人形同然よ」


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