~学生寮の部屋~
「………!」
『こいつぁ……おでれーた』
エンヤホテル跡の階段を上って来たタバサとデルブリンガーは、目の前に広がる光景を見て目を丸くする。そこは何処をどう見てもこの二人、いや一人と一本が日々の生活を営んでいた、トリステイン魔法学院の学生寮の部屋そのものであった。
『……オレ達、帰って来たのか?』
「違う……」
半信半疑で呟くデルブリンガーの言葉を、タバサは即座に否定する。
エンヤ婆を倒しただけでハルケギニアに帰って来られるなど、絶対に考えられない。
タバサが始めて出会ったDISCのスタンド、エコーズAct.3も言っていたでは無いか。
「この道はレクイエムの大迷宮に至る為の通過点」であると……。
それに先程聞こえてきたあの「声」。
あの声が語る内容は、タバサを次なる試練へと誘う言葉では無かったか。
つまり、先程戦ったエンヤ婆は門番だったのだ。
タバサが次の試練に辿り着けるかどうかを見張り、彼女にその資格があるのかを見極める為のガーディアン。それならば、エンヤ婆を倒したことでタバサは次の試練に挑む為の資格は得たはずだ。そしてこの部屋の何処かに、次の試練――
恐らくレクイエムの大迷宮へと至る道があるはずだ。まずは、それを探さねばならない。
「まだ途中。だから行かなくちゃ……」
『まだどっかに行くアテがあるってーのか?』
「うん。そうしないと、帰れない」
『……確かに、オレっちだって元の世界に帰りてえけどよ』
ふう、と嘆息してから、デルブリンガーはいつもとは違う落ち着いた口調で言葉を続ける。
『タバサ。あんた、オレに会うまで、今までずっと一人で戦って来たんだろう?
そんなボロボロになっちまうまでよぉ。無理すんな……とまでは言わねえけど、もうちっと、その、なんだ。タマにはもうちょい能天気になっちまってもいいんじゃないか?』
タバサはすぐに何かを言い返したりはしなかった。
デルブリンガーが自分の身を案じて言ってくれていることは、はっきりと伝わってくる。
でもそれは難しい、ともタバサは思う。
自分の暗殺に失敗した為に、今度は合法的に惨死させるべく――
憎むべき伯父一族から命を落としかねない危険な任務を次々と押し付けられ、傷だらけの戦いの日々を余儀なくされた自分に、果たしてそんなことが出来るのだろうか。
ましてや、この世界に来てからと言うもの、次から次へと襲い掛かる敵との戦いの連続だった。
少しでも気を緩めてしまったら、その瞬間に死ぬ。
それこそタバサは今までの15年間の生涯で、そのことを嫌と言うほど思い知らされていた。
きっと、デルブリンガーにもそのことはわかっているのだろう。
真実かどうかは知らないが、彼もまた、伝説に語られるような遠い昔の時代から、激しい戦争の中で生きてきたのだと言う。そうで無くても、彼という存在が武器として作られた以上、
戦いの中こそが彼の生きるべき世界であり、その為に自分と同じ世界で生き続けて来たタバサの痛みが、心の内がデルブリンガーにはわかるのだ。
そして、だからこそ。
今ここでタバサが決して立ち止まったりはしないだろうということも、わかってしまうのだ。
でも、それでいいとタバサは思う。
戦いの中で傷つくことは辛いことだけど、自分のことを理解して、心配してくれる相手がいる。
自分の側に立って、本当に守ろうとしてくれる人がいる。
それで充分なのだ。
自分のことを想ってくれている人達がいることを、確かなものとして実感出来るのだから。
今握り締めているデルブリンガーや、自分のことを「友達なんだ」と言ってくれた
キュルケ達トリステイン魔法学院の皆、使い魔のシルフィード、この世界で出会ったエコーズAct.3らDISCのスタンド達だってそうだ。
そして自らの命を賭けて、自分のことを守ってくれた母――
彼らは皆、今のタバサにとって掛け替えの無い大切な存在だった。
だから、無理はする。だけど絶対に負けたりなんかしない。
ハルケギニアに帰って、もう一度会いたい人達が、今のタバサには沢山いるのだから。
「……ありがとう」
『へ?』
「心配してくれて、ありがとう」
出来る限りの精一杯に感謝の気持ちを込めて、タバサはデルブリンガーに答えた。
『お、おう。なんかお前さんにそんなコトをハッキリ言われると照れちまうな……
ま、ともかくだ!これからはオレっちも一緒だ。
オレの力が必要な時は、遠慮なくガンガン使ってくれよな!』
「うん」
「――残念ですけど……」
突然のことだった。部屋の隅から、タバサ達に向けて若い女の声が聞こえて来る
「………っ!?」
タバサは周囲にも注意を払いつつ、その意識を声の主の方向へと向ける。
装備DISC、そしてエネルギーが不足気味ではある物の、射撃DISC共に問題は無い。
体力的にも、後一度戦うだけの余裕はあるだろう。
問題は――そしてこれこそが致命的なことのだが、手持ちの発動用DISCがゼロであることだった。
装備DISCの性能に頼った力任せのゴリ押しは、下策だ。
その時置かれた状況に応じて、手持ちのカードを最大限に駆使しつつも、その消費は最小限に抑えて危機を切り抜けなければならない。
それはこの世界の探検に限ったことでは無い、戦いの常道の一つだった。
しかしエンヤホテルでの戦いは、全てのカードを切らねば勝利を掴めぬ程の苦しいものだった。
だからタバサは、今持っているDISCだけで出来ることを考えて、それを実行に移さなくてはならない。
「誰?」
顔を見せると同時に、残りのエンペラーとフー・ファイターズの銃撃を叩き込んでやる。
タバサは声の聞こえて来た方向に両手を向けながら、静かに聞き返す。
「ここではデルフさんの力も、完全には発揮出来ないんですよ」
敵意を向けるタバサの態度にさして動じた様子も無く、声の主は堂々とタバサ達の前に姿を見せた。
『こいつぁ……おでれーた』
エンヤホテル跡の階段を上って来たタバサとデルブリンガーは、目の前に広がる光景を見て目を丸くする。そこは何処をどう見てもこの二人、いや一人と一本が日々の生活を営んでいた、トリステイン魔法学院の学生寮の部屋そのものであった。
『……オレ達、帰って来たのか?』
「違う……」
半信半疑で呟くデルブリンガーの言葉を、タバサは即座に否定する。
エンヤ婆を倒しただけでハルケギニアに帰って来られるなど、絶対に考えられない。
タバサが始めて出会ったDISCのスタンド、エコーズAct.3も言っていたでは無いか。
「この道はレクイエムの大迷宮に至る為の通過点」であると……。
それに先程聞こえてきたあの「声」。
あの声が語る内容は、タバサを次なる試練へと誘う言葉では無かったか。
つまり、先程戦ったエンヤ婆は門番だったのだ。
タバサが次の試練に辿り着けるかどうかを見張り、彼女にその資格があるのかを見極める為のガーディアン。それならば、エンヤ婆を倒したことでタバサは次の試練に挑む為の資格は得たはずだ。そしてこの部屋の何処かに、次の試練――
恐らくレクイエムの大迷宮へと至る道があるはずだ。まずは、それを探さねばならない。
「まだ途中。だから行かなくちゃ……」
『まだどっかに行くアテがあるってーのか?』
「うん。そうしないと、帰れない」
『……確かに、オレっちだって元の世界に帰りてえけどよ』
ふう、と嘆息してから、デルブリンガーはいつもとは違う落ち着いた口調で言葉を続ける。
『タバサ。あんた、オレに会うまで、今までずっと一人で戦って来たんだろう?
そんなボロボロになっちまうまでよぉ。無理すんな……とまでは言わねえけど、もうちっと、その、なんだ。タマにはもうちょい能天気になっちまってもいいんじゃないか?』
タバサはすぐに何かを言い返したりはしなかった。
デルブリンガーが自分の身を案じて言ってくれていることは、はっきりと伝わってくる。
でもそれは難しい、ともタバサは思う。
自分の暗殺に失敗した為に、今度は合法的に惨死させるべく――
憎むべき伯父一族から命を落としかねない危険な任務を次々と押し付けられ、傷だらけの戦いの日々を余儀なくされた自分に、果たしてそんなことが出来るのだろうか。
ましてや、この世界に来てからと言うもの、次から次へと襲い掛かる敵との戦いの連続だった。
少しでも気を緩めてしまったら、その瞬間に死ぬ。
それこそタバサは今までの15年間の生涯で、そのことを嫌と言うほど思い知らされていた。
きっと、デルブリンガーにもそのことはわかっているのだろう。
真実かどうかは知らないが、彼もまた、伝説に語られるような遠い昔の時代から、激しい戦争の中で生きてきたのだと言う。そうで無くても、彼という存在が武器として作られた以上、
戦いの中こそが彼の生きるべき世界であり、その為に自分と同じ世界で生き続けて来たタバサの痛みが、心の内がデルブリンガーにはわかるのだ。
そして、だからこそ。
今ここでタバサが決して立ち止まったりはしないだろうということも、わかってしまうのだ。
でも、それでいいとタバサは思う。
戦いの中で傷つくことは辛いことだけど、自分のことを理解して、心配してくれる相手がいる。
自分の側に立って、本当に守ろうとしてくれる人がいる。
それで充分なのだ。
自分のことを想ってくれている人達がいることを、確かなものとして実感出来るのだから。
今握り締めているデルブリンガーや、自分のことを「友達なんだ」と言ってくれた
キュルケ達トリステイン魔法学院の皆、使い魔のシルフィード、この世界で出会ったエコーズAct.3らDISCのスタンド達だってそうだ。
そして自らの命を賭けて、自分のことを守ってくれた母――
彼らは皆、今のタバサにとって掛け替えの無い大切な存在だった。
だから、無理はする。だけど絶対に負けたりなんかしない。
ハルケギニアに帰って、もう一度会いたい人達が、今のタバサには沢山いるのだから。
「……ありがとう」
『へ?』
「心配してくれて、ありがとう」
出来る限りの精一杯に感謝の気持ちを込めて、タバサはデルブリンガーに答えた。
『お、おう。なんかお前さんにそんなコトをハッキリ言われると照れちまうな……
ま、ともかくだ!これからはオレっちも一緒だ。
オレの力が必要な時は、遠慮なくガンガン使ってくれよな!』
「うん」
「――残念ですけど……」
突然のことだった。部屋の隅から、タバサ達に向けて若い女の声が聞こえて来る
「………っ!?」
タバサは周囲にも注意を払いつつ、その意識を声の主の方向へと向ける。
装備DISC、そしてエネルギーが不足気味ではある物の、射撃DISC共に問題は無い。
体力的にも、後一度戦うだけの余裕はあるだろう。
問題は――そしてこれこそが致命的なことのだが、手持ちの発動用DISCがゼロであることだった。
装備DISCの性能に頼った力任せのゴリ押しは、下策だ。
その時置かれた状況に応じて、手持ちのカードを最大限に駆使しつつも、その消費は最小限に抑えて危機を切り抜けなければならない。
それはこの世界の探検に限ったことでは無い、戦いの常道の一つだった。
しかしエンヤホテルでの戦いは、全てのカードを切らねば勝利を掴めぬ程の苦しいものだった。
だからタバサは、今持っているDISCだけで出来ることを考えて、それを実行に移さなくてはならない。
「誰?」
顔を見せると同時に、残りのエンペラーとフー・ファイターズの銃撃を叩き込んでやる。
タバサは声の聞こえて来た方向に両手を向けながら、静かに聞き返す。
「ここではデルフさんの力も、完全には発揮出来ないんですよ」
敵意を向けるタバサの態度にさして動じた様子も無く、声の主は堂々とタバサ達の前に姿を見せた。
「…………!」
『なぬぅ!?』
タバサとデルブリンガーが、再び驚愕に目を見開いて――
剣であるデルブリンガーはあくまで気分だけの話であったが、
ともあれ一人と一本は、その見覚えのある声の主の姿から目が離せないでいた。
「シエスタ……」
「ごきげんよう。ミス・タバサ、デルフさん。お元気そう……には、ちょっと見えないかも?」
赤黒い血の跡を残してボロ雑巾同然の服を着込んだタバサの姿を見て、彼女は苦笑いを浮かべる。
少なくともタバサ達には、その声も姿も、そこに立っているのがトリステイン魔法学院でメイドとして働いている平民の少女、あの平賀才人に一途な思いを寄せているシエスタ本人にしか思えなかった。
『ちょっとちょっとちょーっと待てよお嬢ちゃん!なんでアンタがこんな所にいるんだよ!?
いや別にいてもいいのか?いやもう、とにかくオレ様スッゲーおでれーたぜ!』
「……ううん。多分、違う」
タバサは射撃DISCを撃ち込もうとしていた手を降ろしながら、デルブリンガーの言葉を否定した。
トリステイン魔法学院の学生寮に、そこで働くメイドの姿があるのは確かに不思議なことでは無い。
だがそれでも、それは現在目の前に広がっている光景に対する正確な回答とは呼べない無いだろう。
事情の飲み込めないデルブリンガーより先に、冷静に真実へと思い至ったタバサは静かに尋ねる。
「あなたも……やっぱり?」
「ええ、その通りです」
タバサの問い掛けの中身を察知して、シエスタはゆっくりと頭を縦に振った。
「ミス・タバサの仰る通り、私もまた、皆様が存じ上げているシエスタの“記録”に過ぎません」
この世界に存在する者は全て、何処か別の世界にある実在の人々の“記録”が形になっただけであると、タバサは以前エコーズAct.3から聞いたことがあった。
本当の意味でこの世界で「生きて」いる者は、タバサやデルブリンガーのような別の世界から迷い込んだ者だけであると言う。この世界が全て誰かの“記録”で出来ていると言うなら、トリステイン魔法学院やシエスタのようなハルケギニアの“記録”がここに存在していたとしても不思議では無いのだろう。
――だが、それでも。
タバサはほんの僅かにではあるが、希望を持っていたのも確かだった。
これが本当の魔法学院なら、元の世界に帰って来られていたら、どれほど良かっただろうか、と。
『記録……って、どういうこった?お前さん、シエスタじゃねぇのか?』
「うーん。全く違う、と言う訳でも無いんですけど……」
事情の飲み込めないデルブリンガーの問いに、シエスタは困ったように首を傾げる。
「……そっくりさん?」
「双子でもいいかも」
「ドッペルゲンガー」
「近いかもしれませんね」
「リビングゴーレム……」
「あ、それはちょっとひどいですわ、ミス・タバサ」
『――わかった!わかったわかった!いや、本当はわかんねーけど、わかったコトにする!』
デルブリンガーが二人よりも寧ろ自分に言い聞かせるようにして、放っておけば延々と掛け合いを続けそうなタバサとシエスタ?の会話を遮った。
『あんたはシエスタ、それで決まり!いいんだよな、それで!?』
「いいと思う」
「そう思って頂ければ何よりですわ、デルフさん」
女性二人の了承を取り付けて、デルブリンガーはふう、と自分を納得させるように溜息をついた。
『なぬぅ!?』
タバサとデルブリンガーが、再び驚愕に目を見開いて――
剣であるデルブリンガーはあくまで気分だけの話であったが、
ともあれ一人と一本は、その見覚えのある声の主の姿から目が離せないでいた。
「シエスタ……」
「ごきげんよう。ミス・タバサ、デルフさん。お元気そう……には、ちょっと見えないかも?」
赤黒い血の跡を残してボロ雑巾同然の服を着込んだタバサの姿を見て、彼女は苦笑いを浮かべる。
少なくともタバサ達には、その声も姿も、そこに立っているのがトリステイン魔法学院でメイドとして働いている平民の少女、あの平賀才人に一途な思いを寄せているシエスタ本人にしか思えなかった。
『ちょっとちょっとちょーっと待てよお嬢ちゃん!なんでアンタがこんな所にいるんだよ!?
いや別にいてもいいのか?いやもう、とにかくオレ様スッゲーおでれーたぜ!』
「……ううん。多分、違う」
タバサは射撃DISCを撃ち込もうとしていた手を降ろしながら、デルブリンガーの言葉を否定した。
トリステイン魔法学院の学生寮に、そこで働くメイドの姿があるのは確かに不思議なことでは無い。
だがそれでも、それは現在目の前に広がっている光景に対する正確な回答とは呼べない無いだろう。
事情の飲み込めないデルブリンガーより先に、冷静に真実へと思い至ったタバサは静かに尋ねる。
「あなたも……やっぱり?」
「ええ、その通りです」
タバサの問い掛けの中身を察知して、シエスタはゆっくりと頭を縦に振った。
「ミス・タバサの仰る通り、私もまた、皆様が存じ上げているシエスタの“記録”に過ぎません」
この世界に存在する者は全て、何処か別の世界にある実在の人々の“記録”が形になっただけであると、タバサは以前エコーズAct.3から聞いたことがあった。
本当の意味でこの世界で「生きて」いる者は、タバサやデルブリンガーのような別の世界から迷い込んだ者だけであると言う。この世界が全て誰かの“記録”で出来ていると言うなら、トリステイン魔法学院やシエスタのようなハルケギニアの“記録”がここに存在していたとしても不思議では無いのだろう。
――だが、それでも。
タバサはほんの僅かにではあるが、希望を持っていたのも確かだった。
これが本当の魔法学院なら、元の世界に帰って来られていたら、どれほど良かっただろうか、と。
『記録……って、どういうこった?お前さん、シエスタじゃねぇのか?』
「うーん。全く違う、と言う訳でも無いんですけど……」
事情の飲み込めないデルブリンガーの問いに、シエスタは困ったように首を傾げる。
「……そっくりさん?」
「双子でもいいかも」
「ドッペルゲンガー」
「近いかもしれませんね」
「リビングゴーレム……」
「あ、それはちょっとひどいですわ、ミス・タバサ」
『――わかった!わかったわかった!いや、本当はわかんねーけど、わかったコトにする!』
デルブリンガーが二人よりも寧ろ自分に言い聞かせるようにして、放っておけば延々と掛け合いを続けそうなタバサとシエスタ?の会話を遮った。
『あんたはシエスタ、それで決まり!いいんだよな、それで!?』
「いいと思う」
「そう思って頂ければ何よりですわ、デルフさん」
女性二人の了承を取り付けて、デルブリンガーはふう、と自分を納得させるように溜息をついた。
どうやらこちらの世界の住人らしいこのシエスタ2号は兎も角、同じ世界からやって来たタバサと同じ知識を共有していないのは辛い。自分も早く、この世界について詳しく知っておかねばならない。知らなかったから、この先結果としてタバサの足を引っ張ってしまった、では済まされないのだ。現在の自分の持ち主であるタバサが、如何なる状況においても全力以上の力を振るえるように、彼女の側でその身を支える。
それこそが、武器としてこの世に生を受けた自分の役目では無かったか。
心の中で新たに決意を固めたデルブリンガーは――そこでふと、あることに気付く。
『なあシエスタ?』
「はい?」
『さっきお前さん、気になるコト言ってたよな?』
「気になること……ですか?」
『ああ。ここじゃあ、オレの力を完全に発揮出来ないとか何とか……ありゃあ一体、どういう意味だ?』
「……………」
『おい、シエスタ?』
「――その話は後にしましょう」
これ以上話すつもりは無いとでも言いたげに、シエスタはゆっくりと首を振る。
『何だって。おい、オメエ、一体どういう……』
「まずは先にやらなくちゃいけないことがありますから」
『やらなくちゃならないコトぉ?』
「はい。ミス・タバサに、今のような御格好をさせておく訳にはいきません」
大真面目な表情で、シエスタはデルブリンガーの問いに答えた。
「お体を洗って、お召し物を変えなくては。そうしないと落ち着いてお話も出来ないでしょう?」
『ウーム……』
確かにシエスタの言うことも一理ある。
タバサがトリステイン魔法学院の生徒であることを示す制服とマントはボロボロに引き裂かれ、ドス黒く変色した血痕があちこちに染み付いている。
トレードマークの眼鏡はどう見ても使い物になりそうにない程にひび割れて歪んでおり、まだ幼いが綺麗に整った顔には、未だに乾き切らない自身の血で滑っている。
そんな彼女の姿はあまりに痛々しく、見るに耐えなかった。
無論、自分の能力云々の話も気にはなるが、今のタバサをどうにかしてやりたいとデルブリンガーが思っていたのも確かだ。
「もしミス・タバサさえ宜しければ、私が手伝わせて頂きますが……」
その部分のみ、シエスタは遠慮がちに口を開いた。
ハルケギニアでは貴族と平民の差は絶対だ。
平民が貴族の命令で多種多様な労働に励むのは当然のことであったが、貴族の身繕いまで平民の使用人が手伝う、という話はあまり聞かない。
それは家臣である平民の前で、貴族が肌を晒すなどもっての他だ、という貞淑な物の考え方である。
例外があるとすれば、かつて権力に物を言わせて無理矢理シエスタを引き取って慰み物にしようとしたジュール・ド・モット伯や、普段は未だに平賀才人を使い魔扱いしているゼロのルイズぐらいな物だろう。
ハルケギニアの平民として、貴族に対して畏敬の念を抱くべしと教えられて育って来たシエスタには、貴族であるタバサの意志を最優先に尊重しなければならないのだ。
そして、そんなシエスタと寸分違わぬ考え方を、タバサ達の目の前にいるシエスタの“記録”は出来るということだった。
『どうするよ、タバサ?』
「………お願い」
さして逡巡した様子もなく、タバサはシエスタの言葉を受け入れた。
『……いいのかよ?』
それはデルブリンガーが、未だに目の前のシエスタを疑っている為の問い掛けだった。
「いい」
『――わかった。アンタがそう言うなら、オレはもうなーんも言わねぇ』
「うん」
それっきり、デルブリンガーはタバサを信じて何も口を開かなかった。
タバサもまた目の前にいるシエスタの“記録”を信じてみることにしたのだ。
もし万が一、シエスタの言葉が自分を罠に掛ける為の物だったとしても、構わないとさえ思った。
トリステイン魔法学院に来てからの暮らしは、タバサにとって掛け替えの無いものだ。
そこでタバサは、愛すべき大勢の人達に出会った。
例えただの“記録”であっても、その中の一人であるシエスタのことを、タバサは疑いたくは無かった。
もう二度と、魔法学院の皆と敵味方に分かれて戦いたくなんて無かったのだ。
それこそが、武器としてこの世に生を受けた自分の役目では無かったか。
心の中で新たに決意を固めたデルブリンガーは――そこでふと、あることに気付く。
『なあシエスタ?』
「はい?」
『さっきお前さん、気になるコト言ってたよな?』
「気になること……ですか?」
『ああ。ここじゃあ、オレの力を完全に発揮出来ないとか何とか……ありゃあ一体、どういう意味だ?』
「……………」
『おい、シエスタ?』
「――その話は後にしましょう」
これ以上話すつもりは無いとでも言いたげに、シエスタはゆっくりと首を振る。
『何だって。おい、オメエ、一体どういう……』
「まずは先にやらなくちゃいけないことがありますから」
『やらなくちゃならないコトぉ?』
「はい。ミス・タバサに、今のような御格好をさせておく訳にはいきません」
大真面目な表情で、シエスタはデルブリンガーの問いに答えた。
「お体を洗って、お召し物を変えなくては。そうしないと落ち着いてお話も出来ないでしょう?」
『ウーム……』
確かにシエスタの言うことも一理ある。
タバサがトリステイン魔法学院の生徒であることを示す制服とマントはボロボロに引き裂かれ、ドス黒く変色した血痕があちこちに染み付いている。
トレードマークの眼鏡はどう見ても使い物になりそうにない程にひび割れて歪んでおり、まだ幼いが綺麗に整った顔には、未だに乾き切らない自身の血で滑っている。
そんな彼女の姿はあまりに痛々しく、見るに耐えなかった。
無論、自分の能力云々の話も気にはなるが、今のタバサをどうにかしてやりたいとデルブリンガーが思っていたのも確かだ。
「もしミス・タバサさえ宜しければ、私が手伝わせて頂きますが……」
その部分のみ、シエスタは遠慮がちに口を開いた。
ハルケギニアでは貴族と平民の差は絶対だ。
平民が貴族の命令で多種多様な労働に励むのは当然のことであったが、貴族の身繕いまで平民の使用人が手伝う、という話はあまり聞かない。
それは家臣である平民の前で、貴族が肌を晒すなどもっての他だ、という貞淑な物の考え方である。
例外があるとすれば、かつて権力に物を言わせて無理矢理シエスタを引き取って慰み物にしようとしたジュール・ド・モット伯や、普段は未だに平賀才人を使い魔扱いしているゼロのルイズぐらいな物だろう。
ハルケギニアの平民として、貴族に対して畏敬の念を抱くべしと教えられて育って来たシエスタには、貴族であるタバサの意志を最優先に尊重しなければならないのだ。
そして、そんなシエスタと寸分違わぬ考え方を、タバサ達の目の前にいるシエスタの“記録”は出来るということだった。
『どうするよ、タバサ?』
「………お願い」
さして逡巡した様子もなく、タバサはシエスタの言葉を受け入れた。
『……いいのかよ?』
それはデルブリンガーが、未だに目の前のシエスタを疑っている為の問い掛けだった。
「いい」
『――わかった。アンタがそう言うなら、オレはもうなーんも言わねぇ』
「うん」
それっきり、デルブリンガーはタバサを信じて何も口を開かなかった。
タバサもまた目の前にいるシエスタの“記録”を信じてみることにしたのだ。
もし万が一、シエスタの言葉が自分を罠に掛ける為の物だったとしても、構わないとさえ思った。
トリステイン魔法学院に来てからの暮らしは、タバサにとって掛け替えの無いものだ。
そこでタバサは、愛すべき大勢の人達に出会った。
例えただの“記録”であっても、その中の一人であるシエスタのことを、タバサは疑いたくは無かった。
もう二度と、魔法学院の皆と敵味方に分かれて戦いたくなんて無かったのだ。
「それじゃあ、まずは……ポルナレフさん?ポルナレフさーん?」
『呼んだかい、シエスタ』
シエスタに呼ばれて返事をしたのは、ベッドの下から這い出して来た一匹の亀。
よく見れば、背中の窪みに豪奢な造りの鍵が埋め込まれている。
『おや、君達は……』
『こりゃおでれーた…亀が喋ってやがる……』
のそのそと歩いて来る亀の姿を見て、デルブリンガーが本気で感嘆した声を上げる。
『何を言うんだ、君だって剣なのに喋っているだろう。一瞬、アヌビス神かと思ったぞ』
『オレの世界じゃ喋る剣なんて珍しかねーんだよ。
アンタみたいに喋る亀の方がよっぽどレアもんだぜ?』
『いや、私は亀じゃない。私は――』
そこで声が途切れたと思ったら、亀の背中の鍵から半透明の影がせり出して来る。
影はやがて人間の男性の形を取って、タバサ達の前にはっきりとした姿を見せる。
歳の頃なら三十代半ばぐらいの、逞しい体躯をした男性だった。
深く刻まれた傷を隠すように、右の頬を半透明の面で覆っている。
「御紹介しますわ、ミス・タバサ。
こちらはポルナレフさん、この亀さんの中で暮らしている、ええと――」
『ジャン・ピエール・ポルナレフだ。まあ、この亀に憑く幽霊だと思ってくれて構わん』
説明に窮するシエスタに、ポルナレフと呼ばれた男はそんなフォローを入れる。
『始めまして。ミス・タバサ……と言ったかな、それにそこの喋る剣君』
『オレ様の名前はデルフリンガーだ。よーく覚えといてくれよな!』
『そうしよう。君達とは長い付き合いになるかもしれないからな。
それでシエスタ、私を呼んだのはこの二人を紹介する為かい?』
「いえ、ちょっと亀さんの中に用がありまして。入ってもいいですか?」
『なるほどな。わかった、好きにしてくれ』
「では、失礼します」
そう言いながら、シエスタはポルナレフと亀の方に近付いて行き、そして――
『呼んだかい、シエスタ』
シエスタに呼ばれて返事をしたのは、ベッドの下から這い出して来た一匹の亀。
よく見れば、背中の窪みに豪奢な造りの鍵が埋め込まれている。
『おや、君達は……』
『こりゃおでれーた…亀が喋ってやがる……』
のそのそと歩いて来る亀の姿を見て、デルブリンガーが本気で感嘆した声を上げる。
『何を言うんだ、君だって剣なのに喋っているだろう。一瞬、アヌビス神かと思ったぞ』
『オレの世界じゃ喋る剣なんて珍しかねーんだよ。
アンタみたいに喋る亀の方がよっぽどレアもんだぜ?』
『いや、私は亀じゃない。私は――』
そこで声が途切れたと思ったら、亀の背中の鍵から半透明の影がせり出して来る。
影はやがて人間の男性の形を取って、タバサ達の前にはっきりとした姿を見せる。
歳の頃なら三十代半ばぐらいの、逞しい体躯をした男性だった。
深く刻まれた傷を隠すように、右の頬を半透明の面で覆っている。
「御紹介しますわ、ミス・タバサ。
こちらはポルナレフさん、この亀さんの中で暮らしている、ええと――」
『ジャン・ピエール・ポルナレフだ。まあ、この亀に憑く幽霊だと思ってくれて構わん』
説明に窮するシエスタに、ポルナレフと呼ばれた男はそんなフォローを入れる。
『始めまして。ミス・タバサ……と言ったかな、それにそこの喋る剣君』
『オレ様の名前はデルフリンガーだ。よーく覚えといてくれよな!』
『そうしよう。君達とは長い付き合いになるかもしれないからな。
それでシエスタ、私を呼んだのはこの二人を紹介する為かい?』
「いえ、ちょっと亀さんの中に用がありまして。入ってもいいですか?」
『なるほどな。わかった、好きにしてくれ』
「では、失礼します」
そう言いながら、シエスタはポルナレフと亀の方に近付いて行き、そして――
「!」
『おおっ!?』
驚愕する一人と一本を余所に、シエスタは亀の背中の鍵に吸い込まれるように消えて行く。
『なっ、なんだぁ!?これで何度目かは忘れちまったが、オレ様またしてもおでれーたぞ!』
「………スタンド」
驚きの声を上げるデルブリンガーとは対照的に、驚きから醒めたタバサは冷静に指摘する。
『その通りだ、タバサ。この亀のスタンドは、自分の体内に生活空間を作り出すことが出来る能力だ。背中の鍵をこいつの甲羅にハメ込んでやると、 スタンドを発動するように訓練されているらしい……私がかつて“死んだ”時も、こいつのスタンドにしがみ付くことで、今もこうして生き続けているんだ。
と言っても、私もそうしたポルナレフという男の“記録”に過ぎないがな』
「……だから、幽霊?」
精神だけが亀の中で生き残っているということと、何処かの世界で実際に起きたことの“記録”。
ポルナレフは二重の意味で、自分のことを「幽霊」と言ったのだとタバサは今、気付いた。
『そうだ……私自身もスタンド使いだったが、ある戦いの中でそれはもう失われてしまった。
この世界の何処かには、DISCとして残ってるかもしれんが。そして、その時に生まれたのが――』
「――お待たせ致しました」
ポルナレフを押し退けるような形で、亀のスタンドの中からシエスタが戻って来る。
両手一杯に抱えているのは、大小二つの桶、その中には何枚かのタオルに、今タバサが着込んでいるのと全く同じデザインをしたトリステイン魔法学院の制服、そして正方形の箱らしき物体が乗せられている。
『お、シエスタ。……一体全体何なんだい、そりゃ?』
「本当でしたら、貴族の方々が使われている浴場の方まで御一緒するべきなのでしょうが、ここにはそのようなものはございませんので……仕方がありませんので、こちらでミス・タバサのお体を拭かせて頂くことに」
『って、ちょっと待ってくれよ。風呂が無いって、そりゃまたどーいうこった?』
この部屋を出て、学生用の浴場まで行けば良いだけの話では無いか。
そう言いたげなデルブリンガーの言葉を遮るように、シエスタは説明の為に言葉を続ける。
「この世界にあるトリステイン魔法学院の“記録”は、この部屋しかありません。
この部屋を一歩でも出てしまうと、すぐにでも別のダンジョンへと繋がって行ってしまうのです。
ここだけがミス・タバサ、あなたにとって安全な拠点として、この世界に用意された空間なのです」
よいしょ、と荷物を床に降ろしてから、シエスタは厳かな口調で言った。
『なるほどな……だから風呂にも入れねーってのか?』
「はい。そして私とポルナレフさんは、この部屋でミス・タバサの御力になるように命じられました。
それがこの世界での、私達の役目なんです」
それが自分達の「運命」なのだ、とでも言いたげにシエスタは答えた。
今、目の前にいる彼女は、姿も、口調も、何から何までシエスタそのものだった。
だが、今言ったその言葉だけで、目の前の彼女が“ハルケギニアのシエスタ”とは違う存在だと言うことを、はっきりと証明していた。
平民の身分でありながら――貴族であるあのゼロのルイズに立ち向かってまで、自分が恋した平賀才人に強い思いをぶつけ続けている、あのシエスタとは。
そして、目の前のシエスタ達にそうした役割を与えている存在。それこそが、恐らく――
「レクイエム……」
『そうだ。だが、それが全てでは無い』
タバサの呟きにに答えたのは、亀のスタンドから顔を出しているポルナレフの方だった。
『レクイエムは確かに、この世界を形作っている存在の一つだ。だが、その先には――』
「さあ、お話はこれぐらいにしましょう」
再びポルナレフの言葉を遮って、シエスタはぱん、と手を合わせて軽い音を立てる。
「と、その前に。デルフさんはポルナレフさんと一緒に、亀さんの中に入って頂きます」
『なぬぅ?』
あまりにも予想外だったシエスタの言葉に、デルブリンガーは素っ頓狂な声を上げる。
『おいシエスタ、そりゃー一体どういう意味だ?』
「いいですか、デルフさん」
ずいっ、とシエスタはタバサの持つデルブリンガーの方に顔を近付けて、言葉を続ける。
「貴族の方の――いいえ、レディの方の湯浴みを覗き見るなんて、許されないことです。
ミス・タバサが身支度を終えられるまで、デルフさんには亀さんの中で待って頂きます」
『しかし、んなコト言われてもなぁ……オレ、剣だし』
「ダメですよ。レディが身繕いを終えられるまで待つのは、殿方のマナーではありませんか」
『ムムムム……』
シエスタにめっ、と叱られて、デルブリンガーは言葉に詰まった。
見上げれば、タバサも困ったような表情で二人のやりとりを見つめている。
『……わーった、わーったよ。待っててやるから、なるたけ早めに済ませてくれや』
「ありがとうございます、デルフさん」
観念した様子で、デルブリンガーはシエスタの言う通りにすることにした。
「では大変失礼ですがミス・タバサ、デルフさんを少しお借りいたします」
「うん」
タバサは手に持っていたデルブリンガーをシエスタに渡し、それを受け取ったシエスタは再び亀の中へと姿を消して行く。
待つことしばし。
デルブリンガーを中に置いて来たシエスタが、部屋に帰って来る。
「大変お待たせ致しました、ミス・タバサ。
僭越ながらこの私が、ミス・タバサの御召し換えを手伝わせて頂きますね」
『おおっ!?』
驚愕する一人と一本を余所に、シエスタは亀の背中の鍵に吸い込まれるように消えて行く。
『なっ、なんだぁ!?これで何度目かは忘れちまったが、オレ様またしてもおでれーたぞ!』
「………スタンド」
驚きの声を上げるデルブリンガーとは対照的に、驚きから醒めたタバサは冷静に指摘する。
『その通りだ、タバサ。この亀のスタンドは、自分の体内に生活空間を作り出すことが出来る能力だ。背中の鍵をこいつの甲羅にハメ込んでやると、 スタンドを発動するように訓練されているらしい……私がかつて“死んだ”時も、こいつのスタンドにしがみ付くことで、今もこうして生き続けているんだ。
と言っても、私もそうしたポルナレフという男の“記録”に過ぎないがな』
「……だから、幽霊?」
精神だけが亀の中で生き残っているということと、何処かの世界で実際に起きたことの“記録”。
ポルナレフは二重の意味で、自分のことを「幽霊」と言ったのだとタバサは今、気付いた。
『そうだ……私自身もスタンド使いだったが、ある戦いの中でそれはもう失われてしまった。
この世界の何処かには、DISCとして残ってるかもしれんが。そして、その時に生まれたのが――』
「――お待たせ致しました」
ポルナレフを押し退けるような形で、亀のスタンドの中からシエスタが戻って来る。
両手一杯に抱えているのは、大小二つの桶、その中には何枚かのタオルに、今タバサが着込んでいるのと全く同じデザインをしたトリステイン魔法学院の制服、そして正方形の箱らしき物体が乗せられている。
『お、シエスタ。……一体全体何なんだい、そりゃ?』
「本当でしたら、貴族の方々が使われている浴場の方まで御一緒するべきなのでしょうが、ここにはそのようなものはございませんので……仕方がありませんので、こちらでミス・タバサのお体を拭かせて頂くことに」
『って、ちょっと待ってくれよ。風呂が無いって、そりゃまたどーいうこった?』
この部屋を出て、学生用の浴場まで行けば良いだけの話では無いか。
そう言いたげなデルブリンガーの言葉を遮るように、シエスタは説明の為に言葉を続ける。
「この世界にあるトリステイン魔法学院の“記録”は、この部屋しかありません。
この部屋を一歩でも出てしまうと、すぐにでも別のダンジョンへと繋がって行ってしまうのです。
ここだけがミス・タバサ、あなたにとって安全な拠点として、この世界に用意された空間なのです」
よいしょ、と荷物を床に降ろしてから、シエスタは厳かな口調で言った。
『なるほどな……だから風呂にも入れねーってのか?』
「はい。そして私とポルナレフさんは、この部屋でミス・タバサの御力になるように命じられました。
それがこの世界での、私達の役目なんです」
それが自分達の「運命」なのだ、とでも言いたげにシエスタは答えた。
今、目の前にいる彼女は、姿も、口調も、何から何までシエスタそのものだった。
だが、今言ったその言葉だけで、目の前の彼女が“ハルケギニアのシエスタ”とは違う存在だと言うことを、はっきりと証明していた。
平民の身分でありながら――貴族であるあのゼロのルイズに立ち向かってまで、自分が恋した平賀才人に強い思いをぶつけ続けている、あのシエスタとは。
そして、目の前のシエスタ達にそうした役割を与えている存在。それこそが、恐らく――
「レクイエム……」
『そうだ。だが、それが全てでは無い』
タバサの呟きにに答えたのは、亀のスタンドから顔を出しているポルナレフの方だった。
『レクイエムは確かに、この世界を形作っている存在の一つだ。だが、その先には――』
「さあ、お話はこれぐらいにしましょう」
再びポルナレフの言葉を遮って、シエスタはぱん、と手を合わせて軽い音を立てる。
「と、その前に。デルフさんはポルナレフさんと一緒に、亀さんの中に入って頂きます」
『なぬぅ?』
あまりにも予想外だったシエスタの言葉に、デルブリンガーは素っ頓狂な声を上げる。
『おいシエスタ、そりゃー一体どういう意味だ?』
「いいですか、デルフさん」
ずいっ、とシエスタはタバサの持つデルブリンガーの方に顔を近付けて、言葉を続ける。
「貴族の方の――いいえ、レディの方の湯浴みを覗き見るなんて、許されないことです。
ミス・タバサが身支度を終えられるまで、デルフさんには亀さんの中で待って頂きます」
『しかし、んなコト言われてもなぁ……オレ、剣だし』
「ダメですよ。レディが身繕いを終えられるまで待つのは、殿方のマナーではありませんか」
『ムムムム……』
シエスタにめっ、と叱られて、デルブリンガーは言葉に詰まった。
見上げれば、タバサも困ったような表情で二人のやりとりを見つめている。
『……わーった、わーったよ。待っててやるから、なるたけ早めに済ませてくれや』
「ありがとうございます、デルフさん」
観念した様子で、デルブリンガーはシエスタの言う通りにすることにした。
「では大変失礼ですがミス・タバサ、デルフさんを少しお借りいたします」
「うん」
タバサは手に持っていたデルブリンガーをシエスタに渡し、それを受け取ったシエスタは再び亀の中へと姿を消して行く。
待つことしばし。
デルブリンガーを中に置いて来たシエスタが、部屋に帰って来る。
「大変お待たせ致しました、ミス・タバサ。
僭越ながらこの私が、ミス・タバサの御召し換えを手伝わせて頂きますね」
「………水」
「はい?」
「水は、どうするの?」
シエスタは先程からしきりに「湯浴み」という言葉を使っていた。
だが部屋の中を見返してみても、この部屋に水を供給出来そうな手段は思い当たらない。
魔法の杖さえあったなら、自分が魔法を使って水を「練成」することも出来ただろう。
だが、それはこの世界に来る前に、ハルケギニアに置き忘れてしまっていた。
平民のシエスタでは無論「水」系統の魔法など使うことなど出来はしない。
ハルケギニアにおいては、魔法を自在に扱える能力こそが、「貴族」と呼ばれる為に必要な唯一絶対の条件であり、あの「ゼロのルイズ」がそんな二つ名で呼ばれて蔑まれて来たのも、今まで満足に魔法を使いこなせた時が無かった為なのだ。
しかしシエスタはそんなタバサの疑問に、大丈夫です、と答えて、桶の中に入れて来た荷物を選り分ける。そして最後に、桶の中から正方形の箱を取り出して、タバサにもはっきり見えるように脇へ抱える。
「私も――そして今のミス・タバサも、魔法を使うことは出来ません。ですが」
シエスタは無造作に箱を開ける。その中には、色とりどりのDISCが何枚も挟まっている。
「この「形兆のDISCケース」の中にあるDISCを使えば問題ありません。
ここに水を生み出すことも、それをお湯に変えることだって出来ますから」
そう言ってシエスタは、ケースから黄金色に輝く装備DISCを一枚取り出して、頭に差し込む。
「ウェザー・リポートのDISC!」
そのままシエスタが発動させたDISCの能力によって、大きな桶の中に収まる範囲にだけ水滴が落ち始め、やがて水滴は雨のように勢いを強めながら降り注いで行き、桶を満杯にした所で止まる。
「水」――いや、「天候」を自由に操るスタンドか。
タバサはシエスタが発動させたDISCの正体に思い当たっている間に、シエスタは二枚目の、今度は能力発動用のDISCを取り出して、桶一杯に敷き詰められた水の中へと放り込む。桶の中の水はジュッ、と燃えるような音を立てながら、
一瞬にしてその温度を高めてお湯へと変わっていた。
水が熱湯になるDISCが力を使い果たしてボロボロと崩れ落ちて行くのを全く気にせず、シエスタは小さい桶にお湯を移して温度を確かめ、これでよしと言う風にタバサの方を向きやる。
「さあ、準備が出来ましたわ、ミス・タバサ。こんな簡単なお風呂で申し訳ございませんが、お湯が冷めてしまう前にお召し物をお脱ぎくださいませ」
「はい?」
「水は、どうするの?」
シエスタは先程からしきりに「湯浴み」という言葉を使っていた。
だが部屋の中を見返してみても、この部屋に水を供給出来そうな手段は思い当たらない。
魔法の杖さえあったなら、自分が魔法を使って水を「練成」することも出来ただろう。
だが、それはこの世界に来る前に、ハルケギニアに置き忘れてしまっていた。
平民のシエスタでは無論「水」系統の魔法など使うことなど出来はしない。
ハルケギニアにおいては、魔法を自在に扱える能力こそが、「貴族」と呼ばれる為に必要な唯一絶対の条件であり、あの「ゼロのルイズ」がそんな二つ名で呼ばれて蔑まれて来たのも、今まで満足に魔法を使いこなせた時が無かった為なのだ。
しかしシエスタはそんなタバサの疑問に、大丈夫です、と答えて、桶の中に入れて来た荷物を選り分ける。そして最後に、桶の中から正方形の箱を取り出して、タバサにもはっきり見えるように脇へ抱える。
「私も――そして今のミス・タバサも、魔法を使うことは出来ません。ですが」
シエスタは無造作に箱を開ける。その中には、色とりどりのDISCが何枚も挟まっている。
「この「形兆のDISCケース」の中にあるDISCを使えば問題ありません。
ここに水を生み出すことも、それをお湯に変えることだって出来ますから」
そう言ってシエスタは、ケースから黄金色に輝く装備DISCを一枚取り出して、頭に差し込む。
「ウェザー・リポートのDISC!」
そのままシエスタが発動させたDISCの能力によって、大きな桶の中に収まる範囲にだけ水滴が落ち始め、やがて水滴は雨のように勢いを強めながら降り注いで行き、桶を満杯にした所で止まる。
「水」――いや、「天候」を自由に操るスタンドか。
タバサはシエスタが発動させたDISCの正体に思い当たっている間に、シエスタは二枚目の、今度は能力発動用のDISCを取り出して、桶一杯に敷き詰められた水の中へと放り込む。桶の中の水はジュッ、と燃えるような音を立てながら、
一瞬にしてその温度を高めてお湯へと変わっていた。
水が熱湯になるDISCが力を使い果たしてボロボロと崩れ落ちて行くのを全く気にせず、シエスタは小さい桶にお湯を移して温度を確かめ、これでよしと言う風にタバサの方を向きやる。
「さあ、準備が出来ましたわ、ミス・タバサ。こんな簡単なお風呂で申し訳ございませんが、お湯が冷めてしまう前にお召し物をお脱ぎくださいませ」
戦闘に使う以外にも、DISCにはこうした使い方がある。
タバサは「こちらの世界の」シエスタの生活の知恵に感心しながらも、彼女に促されるままに、まずは顔に掛かっている眼鏡を外した。
自分ではあまり気にしていなかった物の、確かに酷い壊れようだった。レンズに走るヒビのせいで視界が悪いな、ぐらいにしか思っていなかったが、これでは二度と使い物にならないだろう。
元の世界に帰るまで外すことになるかもしれないと思いつつも、タバサは手に持った壊れた眼鏡を部屋の隅のベッドの上に置く。
そして同じように外したマントを眼鏡の側に放り出し、上着のボタンに手を掛ける。
一つ、二つ、三つ……タバサはゆっくりとボタンを外していく。
その度に、タバサの白く滑らかな肌が露わになっていく。
折れそうなくらいに細く、まだ幼さを残している物の、その身体は胸元から下まで女性としての柔らかい曲線をくっきりと宿している。スカートを外せば、繊細で脆さすら感じる程なのに、
どこか肉感的にすら見える、メリハリの利いたラインを引く純白の肌に覆われた脚が伸びている。
それまで自分の身に纏っていた衣服を次々に外して行ったタバサは、最後に下半身を包み込んでいる下着に手を掛ける。
迷いの無い所作で、ゆっくりと素肌を晒して行く姿を目の前で見せられると、湯浴みを手伝うなどと言い出したシエスタの方が、逆に気恥ずかしくなる程だった。
「……これでいい?」
「あ――は、はい。ではミス・タバサ。少しの間、失礼致します」
一糸纏わぬ姿のタバサに声を掛けられ、その姿に思わず見惚れてしまっていた自分の意識を取り戻して、シエスタはまず小さな桶に掬ったお湯に浸しておいた一枚のタオルを取り出し、自分の血で濡れたままのタバサの顔を拭い上げる。
タオルに赤い染みを移すような形で、タバサの顔から汚れが落ちて行く。
しばらくする内に、汚れに塗れたタバサの顔はいつも通りの美しさを取り戻していた。
「……ふう、お待たせ致しました。ミス・タバサ、次はこちらへ」
そのまま続いてシエスタに誘導される形で、
タバサは大きな桶の中に張られている湯の中にゆっくりと身体を沈める。
「はあ……っ」
適度な温度に調節されたお湯の感触が心地良い。
まるで、母の胸に抱かれるような安心感すら覚える。
本来なら自分に与えられる筈だった毒薬を飲み干して、心を傷付けられる以前――
その頃のタバサの母は、いつでも自分を優しく抱き締めてくれた。
そんな懐かしい思い出を、お湯の中でタバサは夢を見るような心持ちで思い返していた。
タバサは「こちらの世界の」シエスタの生活の知恵に感心しながらも、彼女に促されるままに、まずは顔に掛かっている眼鏡を外した。
自分ではあまり気にしていなかった物の、確かに酷い壊れようだった。レンズに走るヒビのせいで視界が悪いな、ぐらいにしか思っていなかったが、これでは二度と使い物にならないだろう。
元の世界に帰るまで外すことになるかもしれないと思いつつも、タバサは手に持った壊れた眼鏡を部屋の隅のベッドの上に置く。
そして同じように外したマントを眼鏡の側に放り出し、上着のボタンに手を掛ける。
一つ、二つ、三つ……タバサはゆっくりとボタンを外していく。
その度に、タバサの白く滑らかな肌が露わになっていく。
折れそうなくらいに細く、まだ幼さを残している物の、その身体は胸元から下まで女性としての柔らかい曲線をくっきりと宿している。スカートを外せば、繊細で脆さすら感じる程なのに、
どこか肉感的にすら見える、メリハリの利いたラインを引く純白の肌に覆われた脚が伸びている。
それまで自分の身に纏っていた衣服を次々に外して行ったタバサは、最後に下半身を包み込んでいる下着に手を掛ける。
迷いの無い所作で、ゆっくりと素肌を晒して行く姿を目の前で見せられると、湯浴みを手伝うなどと言い出したシエスタの方が、逆に気恥ずかしくなる程だった。
「……これでいい?」
「あ――は、はい。ではミス・タバサ。少しの間、失礼致します」
一糸纏わぬ姿のタバサに声を掛けられ、その姿に思わず見惚れてしまっていた自分の意識を取り戻して、シエスタはまず小さな桶に掬ったお湯に浸しておいた一枚のタオルを取り出し、自分の血で濡れたままのタバサの顔を拭い上げる。
タオルに赤い染みを移すような形で、タバサの顔から汚れが落ちて行く。
しばらくする内に、汚れに塗れたタバサの顔はいつも通りの美しさを取り戻していた。
「……ふう、お待たせ致しました。ミス・タバサ、次はこちらへ」
そのまま続いてシエスタに誘導される形で、
タバサは大きな桶の中に張られている湯の中にゆっくりと身体を沈める。
「はあ……っ」
適度な温度に調節されたお湯の感触が心地良い。
まるで、母の胸に抱かれるような安心感すら覚える。
本来なら自分に与えられる筈だった毒薬を飲み干して、心を傷付けられる以前――
その頃のタバサの母は、いつでも自分を優しく抱き締めてくれた。
そんな懐かしい思い出を、お湯の中でタバサは夢を見るような心持ちで思い返していた。
「ミス・タバサの髪、お綺麗ですわ」
湯の中で思う存分温まったタバサの身体を拭い、彼女の身体が冷えないようにと部屋の隅に置いていたマント以外の新しい制服を着て貰ってから、シエスタはお湯を含めたタオルを
タバサの髪に絡めて、じんわりと滲んでいた髪の油を丁寧な動作でゆっくりと抜き出そうとする。
「ザ・サンのDISC」
タバサの髪にたっぷり水分を含ませた後で、シエスタはDISCケースから新しいDISCを取り出し、部屋の中に熱を帯びた発光体を生み出す。
そして先程と同じようにして、今度は別の乾いたままのタオルをタバサの頭へと滑らせる。
熱量を抑えて発動させたザ・サンの光と合わせて、程なくしてタバサの髪から水分が離れていく。
先程から自分の頭を刺激するシエスタの柔らかい手の感触が、タバサには心地良い。
タバサがこの世界にやって来てから、これほどまでに安らぐことが出来たのはこれが初めてであり、それは他ならぬこのシエスタがいてくれるからだ。
人の優しさは、どんな時であろうと心に染み入る程の強さを持っている。
それが人間を「黄金の精神」に目覚めさせるきっかけになって行くのでは無いだろうか。
どんなに気高い精神を胸に秘めていようとも、人は一人ではそれを見失ってしまうのだ……。
忘れてはならないとタバサは思った。
このシエスタの優しさを。共に戦うDISCのスタンド達の力を。ハルケギニアの大切な人々の思い出を。
例えこの先、どれほど苛酷な試練が待ち受けていようとも、
それを忘れない限り、自分の精神は決して砕け散ったりはしないであろう。
「――これでよし、っと」
その言葉と共に、シエスタの手が既に乾ききったタバサの髪から離れる。
勿体無いな、とタバサは心の中で思ったが、いつまでもシエスタに迷惑を掛けるのも気が引けたので、そのことは口に出さないで代わりにシエスタがここまでやってくれたことに感謝の気持ちを声に出して、言う。
「……ありがとう、シエスタ」
「いいえ、とんでもございません。こちらこそ、きちんと御力になれたかもわかりませんのに」
「ううん、平気」
タバサは換えのマントを身に纏いながら、もう一度シエスタにありがとう、と言った。
「うふふ。ありがとうございます、ミス・タバサ。それじゃあ、後は――」
まずこれだ、とシエスタは宙に浮かんだままのザ・サンの発動効果を解消する。
発光体がフッと消え去り、次にシエスタは先程タバサが外した眼鏡に視線を送る。
「やはりこの眼鏡ですね……う~ん」
「……無いの?」
「これと全く同じ物は、生憎と……こういう眼鏡ならあるのですが」
困ったような表情でシエスタが取り出したのは、確かに眼鏡には間違いなかった。
だが、やけにゴテゴテと派手な装飾の施されたそれは、レンズによる視力の矯正以前の問題で、到底タバサに似合うとは思えない代物だった。
「これは?」
「ミス・ヴァリエールが御実家から送って頂いたという眼鏡なんですが…
何でも、これを掛けて特定の方以外の女性をいやらしい目で見るとその気持ちに反応してそれを知らせるという効果があるとか……」
「………いらない」
「ですよね……」
タバサに即答されて、シエスタは申し訳無さそうにその眼鏡を懐へと収めた。
「ではやはり修理をするしかありませんね……少し勿体無いんですが、この際仕方がありません」
シエスタは失礼致します、と断わりを入れてからタバサの壊れた眼鏡を手に取り、もう片方の手で更に新しいDISCを自分の頭に放り入れる。
「――クレイジー・ダイヤモンドのDISC!」
湯の中で思う存分温まったタバサの身体を拭い、彼女の身体が冷えないようにと部屋の隅に置いていたマント以外の新しい制服を着て貰ってから、シエスタはお湯を含めたタオルを
タバサの髪に絡めて、じんわりと滲んでいた髪の油を丁寧な動作でゆっくりと抜き出そうとする。
「ザ・サンのDISC」
タバサの髪にたっぷり水分を含ませた後で、シエスタはDISCケースから新しいDISCを取り出し、部屋の中に熱を帯びた発光体を生み出す。
そして先程と同じようにして、今度は別の乾いたままのタオルをタバサの頭へと滑らせる。
熱量を抑えて発動させたザ・サンの光と合わせて、程なくしてタバサの髪から水分が離れていく。
先程から自分の頭を刺激するシエスタの柔らかい手の感触が、タバサには心地良い。
タバサがこの世界にやって来てから、これほどまでに安らぐことが出来たのはこれが初めてであり、それは他ならぬこのシエスタがいてくれるからだ。
人の優しさは、どんな時であろうと心に染み入る程の強さを持っている。
それが人間を「黄金の精神」に目覚めさせるきっかけになって行くのでは無いだろうか。
どんなに気高い精神を胸に秘めていようとも、人は一人ではそれを見失ってしまうのだ……。
忘れてはならないとタバサは思った。
このシエスタの優しさを。共に戦うDISCのスタンド達の力を。ハルケギニアの大切な人々の思い出を。
例えこの先、どれほど苛酷な試練が待ち受けていようとも、
それを忘れない限り、自分の精神は決して砕け散ったりはしないであろう。
「――これでよし、っと」
その言葉と共に、シエスタの手が既に乾ききったタバサの髪から離れる。
勿体無いな、とタバサは心の中で思ったが、いつまでもシエスタに迷惑を掛けるのも気が引けたので、そのことは口に出さないで代わりにシエスタがここまでやってくれたことに感謝の気持ちを声に出して、言う。
「……ありがとう、シエスタ」
「いいえ、とんでもございません。こちらこそ、きちんと御力になれたかもわかりませんのに」
「ううん、平気」
タバサは換えのマントを身に纏いながら、もう一度シエスタにありがとう、と言った。
「うふふ。ありがとうございます、ミス・タバサ。それじゃあ、後は――」
まずこれだ、とシエスタは宙に浮かんだままのザ・サンの発動効果を解消する。
発光体がフッと消え去り、次にシエスタは先程タバサが外した眼鏡に視線を送る。
「やはりこの眼鏡ですね……う~ん」
「……無いの?」
「これと全く同じ物は、生憎と……こういう眼鏡ならあるのですが」
困ったような表情でシエスタが取り出したのは、確かに眼鏡には間違いなかった。
だが、やけにゴテゴテと派手な装飾の施されたそれは、レンズによる視力の矯正以前の問題で、到底タバサに似合うとは思えない代物だった。
「これは?」
「ミス・ヴァリエールが御実家から送って頂いたという眼鏡なんですが…
何でも、これを掛けて特定の方以外の女性をいやらしい目で見るとその気持ちに反応してそれを知らせるという効果があるとか……」
「………いらない」
「ですよね……」
タバサに即答されて、シエスタは申し訳無さそうにその眼鏡を懐へと収めた。
「ではやはり修理をするしかありませんね……少し勿体無いんですが、この際仕方がありません」
シエスタは失礼致します、と断わりを入れてからタバサの壊れた眼鏡を手に取り、もう片方の手で更に新しいDISCを自分の頭に放り入れる。
「――クレイジー・ダイヤモンドのDISC!」
ドラァッ!!
シエスタが発現させたDISCのスタンドが、タバサの眼鏡に向けて全速力で拳を叩き付ける。
その瞬間、タバサの眼鏡が動き出したと思いきや、物凄い勢いで壊れる前の形を取り戻して行く。
やがてタバサの眼鏡は、傷一つ無い新品同様の状態まで回復していた。
「………すごい」
「本来の使い方とは少し異なるのですが、このDISCにはこういう使い方もありまして。
――さあミス・タバサ、どうぞこちらをお掛け下さいまし」
シエスタから渡された眼鏡を受け取って、タバサはそれを顔に掛ける。
いつも通りの眼鏡の硬質な感触が、タバサの顔に伝わって来る。
眼鏡の修理は完璧だった。
そして今、新しい制服を着込んだタバサは、すっかり普段と変わらぬ姿を取り戻していた。
その瞬間、タバサの眼鏡が動き出したと思いきや、物凄い勢いで壊れる前の形を取り戻して行く。
やがてタバサの眼鏡は、傷一つ無い新品同様の状態まで回復していた。
「………すごい」
「本来の使い方とは少し異なるのですが、このDISCにはこういう使い方もありまして。
――さあミス・タバサ、どうぞこちらをお掛け下さいまし」
シエスタから渡された眼鏡を受け取って、タバサはそれを顔に掛ける。
いつも通りの眼鏡の硬質な感触が、タバサの顔に伝わって来る。
眼鏡の修理は完璧だった。
そして今、新しい制服を着込んだタバサは、すっかり普段と変わらぬ姿を取り戻していた。
「――次にミス・タバサが行かれる場所は、レクイエムの大迷宮と言う場所です」
亀の中で待っていたデルブリンガーを引っ張り上げ、タバサはシエスタとポルナレフから次に挑まなければならない試練について説明を受けていた。
『レクイエムの大迷宮は、先程まで君達が潜っていたダンジョンよりも更に深い。
……エンヤ婆を更に上回るような危険な敵も次々と姿を現すだろう』
何か嫌なことを思い出した、とでも言いたげにポルナレフが渋い表情で口を開く。
「また、今まで以上に数多くの制限や、逆により沢山のDISCやアイテムが発見出来るでしょう。
今更私が仰るまでも無いことですが、これらの全てを知り尽くし、使いこなさなければ、レクイエムの大迷宮の最深部まで辿り着くことは出来ないと思われます」
「……………」
テーブルの上に出されたシエスタの手作りケーキを頬張りながら、タバサは二人の説明を聞く。
真面目な話を聞いてる時に不謹慎だとは思ったが、実に甘くて美味しいケーキだった。
以前、タバサも元の世界の彼女からケーキの作り方を習ったことがあったが、今でもここまで上手にケーキを焼くことは出来なかった。
ただそれでも、夜中にこっそり練習していたのがバレた後、食べてくれた色々な人が「美味しい」と言ってくれたことは、嬉しかった。それが噂で広まって、一時期の間、学院中でケーキ作りが流行り出すことになったのは、タバサにも予想外だったが。
『今度はオレもタバサに付いて行くぜ!アンタ達がダメだって言っても、オレは行くからな!』
「はい、それは問題ありません。デルフさんも、どうかミス・タバサのお力になってあげて下さい」
力を込めて語るデルブリンガーに、シエスタはそう言ってこくりと頷いた。
『――っと、そこで思い出したんだけどよ』
「何でしょうか?』
『さっき言ってたよな?オレの力が全部は発揮出来ねえって……今度こそキッチリ説明してもらうぜ』
大真面目なデルブリンガーとは対照的に、ああ、そんな話もあったね、とケーキを味わう方に神経を向けていたタバサは、今になってようやくその話を思い出したのであった。
「わかりました。
……単刀直入に申し上げますと、デルフさんが御力を使う為に制限がかかる、と思って下さい」
『制限?』
「回数制限……と言えばいいんでしょうか。幾らデルフさんでも、何時でも何処でも好きに御力を使っていたら、すぐにクタクタになってしまうでしょう?
その為にデルフさんの御力を回復させられるアイテムも、ちゃんと用意されてますから」
『は?そんなモンがあるのか?』
「はい。本当は特別なんですが、御説明の為に一つだけお渡ししておきますね」
シエスタが今度取り出したのは、一冊の本。
表紙の絵を良く見れば、あのゼロのルイズにそっくりな絵が描かれている。
タイトルは、「ゼロの使い魔 4巻」。
それは時折、彼女の使い魔である平賀才人を指して呼ばれる呼称でもあった。
『フム……何かと思ったら、そんなコトかい。
よっしゃ、それならオレっちを使う時の判断はタバサに任せるとすっか。よろしく頼むぜ、タバサ』
「わかった。でも、あなたを剣として使うのはきっと無理」
一度頷いてから、タバサはゼロの使い魔の本を懐にしまいながら言った。
体術の心得も多少はある物の、本来の自分の戦闘スタイルは
やはり魔法の力を操るメイジの物。剣を用いての戦いは、そもそも想定したこと自体が稀である。
まして、伝承に語られる「ガンダールヴ」の再来と称される、
デルブリンガーの本来の持ち主の平賀才人のように彼を扱うなど、タバサには到底不可能だ。
それはもうタバサに与えられた「役割」の埒外の話とすら言える。
手にした人間の能力や、触れた武器の性能を瞬時に理解する能力を持ったデルブリンガーも、そのことは良くわかっていた。だからこそ、彼もさして気にした様子も無く、鷹揚な口調で告げる。
『わかってるって。だけどよ、いざと言う時にはオレも何とかやってみるぜ。
この世界に転がっているDISCってヤツ……もしかしたら、面白い使い方が出来るかもしれねえ』
「うん」
自身有り気に言うデルブリンガーの言葉を信じて、タバサはこくりと頷いた。
「――じゃあ、そろそろ」
頬に付いたケーキのクリームを拭いながら、タバサは立ち上がってシエスタ達に会釈する。
そろそろ、自分達は行かなくてはならない。ここで平穏な時間を過ごすのはもう終わりだ。
レクイエムの大迷宮。ここを通り抜けて、自分は元の世界に帰らなければならない。
「はい。……レクイエムの大迷宮へは、こちらから行くことが出来ます」
シエスタがそれまでタバサが食べていたケーキの皿を置いたテーブルを動かすと、その下には既に見慣れた下り階段があった。この先がレクイエムの大迷宮に至る道。
シエスタから貰ったベルトでデルブリンガーを脇へと指しながら、タバサは自分の中から久方ぶりに鋭角的な緊張感が芽生えて来るのを自覚していた。
「行ってきます」
『じゃーな!世話になったな、二人とも』
「お気をつけて、ミス・タバサ、デルフさん」
シエスタとポルナレフをその場に置いて、階段を下るタバサ達の姿が見えなくなっていく。
『……行ってしまったな』
「はい」
『止めなくても良かったのか?この部屋の中で永久に暮らすことも、不可能では無かったろう』
「それは――無理ですよ。
あの方だって、それが出来たのに、この世界から出る為に何度も頑張り続けていたのでしょう?」
『……奴の精神の行き着く所は邪悪に過ぎん。本当なら、ここに永遠に封じられるべきだったのだ』
「だけど、自分が望んだ未来を手に入れる為に、決して諦めずに「運命」に逆らい続けた……。
目指す方向こそ違うけれど、タバサさんにも、そうした強い「意志」の光がある」
『そうだな……人は決められた「運命」を乗り越える為に生きている。
その結果がどうなろうと、最後まで「運命」に立ち向かっていく「黄金の精神」を彼女も持っているのだな……かつて私が出会った、若者達のように。
「運命」とは「眠れる奴隷」だ。彼女は今、それを解き放ちに向かったと言うことか……』
シエスタとポルナレフ。この世界が生み出した“記録”達は、
再び覚悟の道を歩み出したタバサが去って行った方向を、いつまでも見続けていた。
亀の中で待っていたデルブリンガーを引っ張り上げ、タバサはシエスタとポルナレフから次に挑まなければならない試練について説明を受けていた。
『レクイエムの大迷宮は、先程まで君達が潜っていたダンジョンよりも更に深い。
……エンヤ婆を更に上回るような危険な敵も次々と姿を現すだろう』
何か嫌なことを思い出した、とでも言いたげにポルナレフが渋い表情で口を開く。
「また、今まで以上に数多くの制限や、逆により沢山のDISCやアイテムが発見出来るでしょう。
今更私が仰るまでも無いことですが、これらの全てを知り尽くし、使いこなさなければ、レクイエムの大迷宮の最深部まで辿り着くことは出来ないと思われます」
「……………」
テーブルの上に出されたシエスタの手作りケーキを頬張りながら、タバサは二人の説明を聞く。
真面目な話を聞いてる時に不謹慎だとは思ったが、実に甘くて美味しいケーキだった。
以前、タバサも元の世界の彼女からケーキの作り方を習ったことがあったが、今でもここまで上手にケーキを焼くことは出来なかった。
ただそれでも、夜中にこっそり練習していたのがバレた後、食べてくれた色々な人が「美味しい」と言ってくれたことは、嬉しかった。それが噂で広まって、一時期の間、学院中でケーキ作りが流行り出すことになったのは、タバサにも予想外だったが。
『今度はオレもタバサに付いて行くぜ!アンタ達がダメだって言っても、オレは行くからな!』
「はい、それは問題ありません。デルフさんも、どうかミス・タバサのお力になってあげて下さい」
力を込めて語るデルブリンガーに、シエスタはそう言ってこくりと頷いた。
『――っと、そこで思い出したんだけどよ』
「何でしょうか?』
『さっき言ってたよな?オレの力が全部は発揮出来ねえって……今度こそキッチリ説明してもらうぜ』
大真面目なデルブリンガーとは対照的に、ああ、そんな話もあったね、とケーキを味わう方に神経を向けていたタバサは、今になってようやくその話を思い出したのであった。
「わかりました。
……単刀直入に申し上げますと、デルフさんが御力を使う為に制限がかかる、と思って下さい」
『制限?』
「回数制限……と言えばいいんでしょうか。幾らデルフさんでも、何時でも何処でも好きに御力を使っていたら、すぐにクタクタになってしまうでしょう?
その為にデルフさんの御力を回復させられるアイテムも、ちゃんと用意されてますから」
『は?そんなモンがあるのか?』
「はい。本当は特別なんですが、御説明の為に一つだけお渡ししておきますね」
シエスタが今度取り出したのは、一冊の本。
表紙の絵を良く見れば、あのゼロのルイズにそっくりな絵が描かれている。
タイトルは、「ゼロの使い魔 4巻」。
それは時折、彼女の使い魔である平賀才人を指して呼ばれる呼称でもあった。
『フム……何かと思ったら、そんなコトかい。
よっしゃ、それならオレっちを使う時の判断はタバサに任せるとすっか。よろしく頼むぜ、タバサ』
「わかった。でも、あなたを剣として使うのはきっと無理」
一度頷いてから、タバサはゼロの使い魔の本を懐にしまいながら言った。
体術の心得も多少はある物の、本来の自分の戦闘スタイルは
やはり魔法の力を操るメイジの物。剣を用いての戦いは、そもそも想定したこと自体が稀である。
まして、伝承に語られる「ガンダールヴ」の再来と称される、
デルブリンガーの本来の持ち主の平賀才人のように彼を扱うなど、タバサには到底不可能だ。
それはもうタバサに与えられた「役割」の埒外の話とすら言える。
手にした人間の能力や、触れた武器の性能を瞬時に理解する能力を持ったデルブリンガーも、そのことは良くわかっていた。だからこそ、彼もさして気にした様子も無く、鷹揚な口調で告げる。
『わかってるって。だけどよ、いざと言う時にはオレも何とかやってみるぜ。
この世界に転がっているDISCってヤツ……もしかしたら、面白い使い方が出来るかもしれねえ』
「うん」
自身有り気に言うデルブリンガーの言葉を信じて、タバサはこくりと頷いた。
「――じゃあ、そろそろ」
頬に付いたケーキのクリームを拭いながら、タバサは立ち上がってシエスタ達に会釈する。
そろそろ、自分達は行かなくてはならない。ここで平穏な時間を過ごすのはもう終わりだ。
レクイエムの大迷宮。ここを通り抜けて、自分は元の世界に帰らなければならない。
「はい。……レクイエムの大迷宮へは、こちらから行くことが出来ます」
シエスタがそれまでタバサが食べていたケーキの皿を置いたテーブルを動かすと、その下には既に見慣れた下り階段があった。この先がレクイエムの大迷宮に至る道。
シエスタから貰ったベルトでデルブリンガーを脇へと指しながら、タバサは自分の中から久方ぶりに鋭角的な緊張感が芽生えて来るのを自覚していた。
「行ってきます」
『じゃーな!世話になったな、二人とも』
「お気をつけて、ミス・タバサ、デルフさん」
シエスタとポルナレフをその場に置いて、階段を下るタバサ達の姿が見えなくなっていく。
『……行ってしまったな』
「はい」
『止めなくても良かったのか?この部屋の中で永久に暮らすことも、不可能では無かったろう』
「それは――無理ですよ。
あの方だって、それが出来たのに、この世界から出る為に何度も頑張り続けていたのでしょう?」
『……奴の精神の行き着く所は邪悪に過ぎん。本当なら、ここに永遠に封じられるべきだったのだ』
「だけど、自分が望んだ未来を手に入れる為に、決して諦めずに「運命」に逆らい続けた……。
目指す方向こそ違うけれど、タバサさんにも、そうした強い「意志」の光がある」
『そうだな……人は決められた「運命」を乗り越える為に生きている。
その結果がどうなろうと、最後まで「運命」に立ち向かっていく「黄金の精神」を彼女も持っているのだな……かつて私が出会った、若者達のように。
「運命」とは「眠れる奴隷」だ。彼女は今、それを解き放ちに向かったと言うことか……』
シエスタとポルナレフ。この世界が生み出した“記録”達は、
再び覚悟の道を歩み出したタバサが去って行った方向を、いつまでも見続けていた。
「ごきげんよう、ミス・タバサ。そしてようこそ、光り輝く「黄金の風」へ――」
シエスタの呟きを聞く者は、この部屋の中にはもう誰もいなかった。
ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued…