ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-50

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
空洞内に吹き荒れる嵐。
それは怒涛のように押し寄せて彼を切り裂き、打ちつけ、巻き上げる。
巨大といっても縦横無尽に広がっている訳ではない。
奥行きと高さは相応の物があるが幅は道幅程度しかない。
故に、左右への回避には限界がある。
その地の利を理解した上でワルドはここを戦場に選んだ。

迫り来るバオーをエア・カッターが迎撃する。
それはラ・ロシェールでの戦いの焼き直しだった。
いくら近付こうとも接近さえ出来ない。
バオーの脚力も跳躍力もここでは満足に生かせない。
今のままでは剣士が銃に挑む事に等しい。

深く切り刻まれた足で必死に石床を掴む。
一度でも膝を屈すればそこで終わる。
足を止めた瞬間、風の刃と槌に自分の体は引き裂かれる。
策を練ってくれるデルフも今度ばかりは助言のしようがない。
限定された状況では打てる策も限られてくる。
この場所に誘い込まれた時点で圧倒的な不利へと追い込まれていたのだ。
自らの過信が招いた窮地に彼は苦戦を強いられる。

せめて飛び道具、『シューティング・ビースス・スティンガー』とは別の何か。
それさえあればワルドの喉下に肉薄できるのだが…。
「大丈夫か相棒!?」
心配するデルフに頷きで返しながら閃く。
打開する為の策、勝利への布石を。

「っ……!」
バオーを見据えながらワルドは舌打ちする。
これまでに幾度、魔法を叩き込んだだろうか。
今のエア・カッターにしてもそうだ。
確実に動脈を断ち切り出血多量で仕留められる傷だった。
それがまるで皮膚についた切り傷のように塞がってしまう。
何という馬鹿げた生命力だ…!
このままでは逆にこちらが精神力を使い果たしてしまう。
優位に立ちながらも焦るワルドが詠唱を始める。
それは彼が今までに使ってこなかった魔法。
刹那。ワルドの周辺の空気が弾けた。
目が眩まんばかりの稲光を発し雷が駆け巡る…!
『ライトニング・クラウド』
風系統の上位に位置する強力な魔法。
直撃すればバオーといえども只ではすまない。
「やべぇ! 避けろ相棒!」
デルフの叫びを聞きながら彼は雷光に立ち向かう。
目前の脅威を前に、自分の首と胴を極限まで捻り上げる。
そして反動を付けて彼は咥えたデルフリンガーを放った…!
バオーの圧倒的な筋力が生み出す投擲は砲弾のそれに等しい。
凄まじい速度と回転でワルドに迫る大剣。
雷と剣。両者が激突し周囲に光と放電を撒き散らす。

「くっ…!」
それに視界を奪われないように外套で防ぐ。
その直後、即座に追撃してくるだろう彼の姿を探す。
そして視界の端に疾走する影を見つけエア・カッターを放つ。
同時に詠唱するのは再び『ライトニング・クラウド』だった。
トンネルの端に追い込まれた彼の逃げ場は逆方向しかない。
そこに続け様に魔法を放てば必ず命中する。
もう奴には投擲できる武器はない。
勝利は確定していたのだ、この場所に誘い込んだ時点で!
「チェックメイトだ! ガンダールヴ!」
確信と共に放たれたエア・カッターは予想通り避けられた。
しかし、そこから先はワルドの想像を超えていた。
彼が避けたのは逃げ場のない壁の方向。

目の前で繰り広げられる光景に言葉を失う。
蒼い獣が疾駆するのは壁。
バオーの脚力の前では重力さえも無意味。
迫り来る怪物の姿に驚愕しつつもワルドは杖を振るった。
放たれた雷をバオーは全力を以って振り切る。
壁から天井を伝い、そして逆側の壁へと駆け抜ける。
まるでループを描くようにして彼はワルドの背後を取った。
そして壁を蹴って弾丸のように襲い来る。

「……!」
咄嗟にエア・ニードルを帯びた杖を振り向き様に振るう。
それに対峙するのはセイバー・フェノメノン。
一瞬の交錯の後、彼は石床の上に舞い降りた。
まるで時間が止まってしまったかのような刹那の沈黙。
ワルドは微動だにせず、背後の彼へ視線を向けようとしない。
それに対する彼は緩やかに歩み始めた。
敵であるワルドに向かってではなく、投げ捨てたデルフの下へと。
散々な扱いを詫びる彼をデルフは怒る様子も見せずに許す。
「いいって、いいって。俺はおまえの剣なんだ。
そんな事、気にせずに無茶してくれて構わないぜ」
デルフの返答に彼が少し困った表情を浮かべる。
彼にとってデルフは剣ではなく大切な戦友なのだ。
そう言われると逆にどうしようもなくなってしまう。
「それよりも……終わったのか?」
デルフの問いに頷きで返す。
振り返った先には未だに動きを見せぬワルドの姿。
杖に走る一本の線。
それに沿うように杖は二つに分かたれた。
セイバー・フェノメノンは確実に標的を切り裂いていた。
あまりにも鋭い斬撃は切断された事実さえも気付かせなかった。
そのまま繋げば元通りになるのではないかとさえ思わせる断面。
「はっ…はは、あははははははッ!!」
それを見下ろしながらワルドは笑った。
狂ったように声を上げて笑った。
ワルドは世界有数のメイジとして賞賛を受けていた。
それが全力で挑んだにも拘らず手加減されたのだ。
命を奪わず、杖だけを壊して無力化する。
そんな馬鹿げた真似をされて彼の誇りが無事で済む筈がない。

漆黒の意思がワルドの内で渦巻く。
憎悪に満ちた視線で見据えるのは蒼い怪物。
未だに元の姿に戻らないのは僕の敵意を感じてか。
つくづく不愉快で恐ろしい怪物だ。

「やめときな、もう勝負は付いた」
「いや、まだ決着は付いていない」
デルフの言葉を否定しワルドは杖を捨てた。
まさか相棒を相手に肉弾戦を挑むつもりかとデルフが正気を疑う。
しかし飛び掛ってくる様子も無くワルドは壁に背を預けた。
杖があったとしても精神力の浪費が激しい。
見た限り、まともな魔法も使えて二、三回か。

「出来れば互いに万全の状態で雌雄を決したかったが…もはやそれも叶うまい」
「はん! 今更負け惜しみか、何度やってもテメェ如きじゃ…」
そこまで口にしてデルフは止まった。
スクエアのメイジがこの程度の魔法を使ったぐらいで、ここまで疲弊するものか?
明らかにワルドは本来の実力を発揮できていない。
ならば何故、不調を押してまで相棒に勝負を挑んだのか?
貴族派のスパイだというなら今仕掛ける意味は無い。
その疑念に囚われるデルフを横目に見ながら彼は何かを感じた。
遠くから凄まじい勢いで迫ってくる圧力の塊……生物ではない別の何か。

「…気付いたようだな。そろそろ聞こえてくる頃だろう」
言うが早いか地鳴りのように空洞内に響き渡る轟音。
それは音程を変えながら徐々にボリュームを上げていく。
「な…なんだこりゃあ!!?」
何が起きているか分からずとも異常なのは分かる。
デルフが彼の口元で異変に震え上がる。
余裕めいたワルドの顔に、ふと彼は思い出した。
ここに来た時に話していた事を。

『ここはニューカッスル城に繋がる水道だよ。
普段は水が流れていて中庭の噴水などにも使われている。
そして、いざという時には篭城できるように水を溜め込んでおける』

その事実から連想される事態は唯一つ。
青ざめていく彼の顔を眺めながらワルドは告げる。
「そのまさかだ。塞き止めていた水を解放したのさ」
「馬鹿な! テメェも一緒に心中する気か!?」
デルフの言葉にもワルドは笑みを崩さない。
それは死を覚悟した者とは違う。
自分だけは助かると確信している者のだ。

不意に彼はワルドの足元に視線を落とした。
そこには何も無かった。
切り落とされた筈の杖は消え失せていた。
咄嗟に彼は全神経を触角に集中させた。
ワルドから感じる生命とは違う、歪な臭い。
彼はそれを前に見ていた。
まさか、これは…!

「そう、偏在だ。ここに釘付けにする為の囮さ」
「……っ!」
返事を聞くが早いか、彼はその場から走り去った。
偽物に構っている余裕など無い。
一秒でも早くここから抜け出さなくては!
彼は気付いた、これは『水槽』だと!
かつて白衣の男達がしたように自分を閉じ込めるつもりなのだ!

…出口までの距離が遠い。
戦いながらワルドは奥へと引き込んでいたのだ。
全て計算した上で仕掛けたなら間に合う道理はない。
だが『バオー』は生命が危機に瀕した瞬間、最大の力を発揮する!
ワルドの予測を超えた脚力で彼は走り続けた。
背後に迫り来る水の壁。
それを見ながら彼は既視感に襲われた。
ただの錯覚ではない、強いトラウマを持った何か。
だが思い起こす暇など有りはしない。
眼前には最初に潜った巨大な水門。
あそこを通り抜ければ外に出られる。
外から入り込む城の明かりが希望の光にさえ思える。
だが、その光に突如として影が差した。
明かりを背にして立つのは他ならぬワルドだった。
無言で彼は杖を振りかざす。
その直後、吹き荒れた嵐が彼の体を弾き飛ばした。
足の止まった彼の前で閉じていく水門。

「ここが貴様の棺桶だッ! 
僕はルイズを! 聖地を! 全てを手に入れる!
貴様は全てを失い、永遠に水底に沈んでいろッ!」

向こう側からワルドの雄叫びが聞こえてくる。
だが、その声も水門が閉ざされる轟音に掻き消された。
遮る扉を破壊しようと彼が爪を立てる。

瞬間。彼は思い出した。
自分が感じた既視感、その正体を…!
今まで何故、忘れていたのか。
無意識の内に忘れようとしていたのか。
狭く冷たい世界から飛び出した、あの日の事を。
そして彼の眼に映る光景が変貌した。
迫り来る水が炎に、水門が隔壁に変わっていく。
“おまえがこの先へ行く事はない”
そう告げるかのように冷たい金属が道を閉ざす。

「相棒! どうした相棒!? 諦めるな、水門を破っちまえ!」
デルフの声も耳には届かない。
あの日、通った道もどこにも繋がっていなかった。
自分の世界はあの部屋で終わっていたのだ。
実感した生さえも幻。
全ては束の間の夢に過ぎなかった。
何も得られず、何も成す事も出来ずにここで果てるのだ。

押し寄せる濁流に飲み込まれ消えゆく意識の中、
彼は自分の終焉を静かに受け入れた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー