ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

洗濯革命

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 ――コオォォォ……――
広場に、まるで夜明けの海で聞く潮のような深く静かな音が響く。
 ――コオオォォォ……――
それは波の満ち干のように静かに、しかしだんだん大きく深くなる。
 ――コオオオォォォ……――
呼吸の持ち主である青年の体には、朝日に照らされ判りにくいが
小さな山吹色の光が輝いていた。
 ――コオオオオオオオオォォォ……――
全身で、細胞一つ毛細血管の果てまで使う呼吸は
震えを生み力となって命を輝かせる!
「(震えろよ心ッ!燃え上がれ魂!!刻め、血潮の鼓動をッ!!)」
生命の迸りは輝きとなり彼の右腕に集中する!!
「るゥオォォッ!!」
呼吸を終えたシーザーが振りかぶり、光り輝く右手で石鹸をたらいの中に突っ込んだ瞬間、

 ももももももももも…

 まるで雲ができるさまを早送りしているように、きめ細かい泡の山が沸きあがってきた。
「(これぞ波紋の応用法の一つ!『シャボン・ランドリー』!!)」
たらいの水と石鹸の表面が波紋によって超高速振動!
分子レベルで振動する界面活性剤は一瞬で繊維の奥まで届き、
服に直に流される圧倒的な振動から生み出される洗濯効果はまさに洗濯革命的小宇宙!!

「…………心が震えねぇ…」
ガックリと肩を落とすシーザーに呼応するように泡の山がしぼんでいく。
この技は彼が弟子入りした直後のこと、波紋の操作を高める修行の際に見つけた特技で、
内弟子扱いであった彼が洗濯当番を命じられたときにこっそり使っていたのだが、
「(すいません…先生、波紋をこんなことに使って…)」
生命の誇りともいえる『波紋』を洗濯に使うたびに自らの師に懺悔していた。
吸血鬼を倒す誇り高き力も台無しだ。

「す、凄いですよっ!シーザーさん、ほら泡がこんなに細かいです!」
少し小さくなった泡の山から一掬い泡を取り、シエスタが満面の笑みで見せている。
シーザーが驚かせたお詫びに洗濯の手伝いを申し入れたのは正解のようだ。
洗濯板は必要ないと言ったときは警戒されていたけど。
「(まぁ…喜んでいるんだし、いいですよね…?先生)」
 青空に浮かぶ師はいつものように無表情で、隣にたつメッシーナ師範代が
首を掻っ切るジェスチャをしてギィーッ!ってやっていた。
「(メッシーナァ!てめーのだけは洗わねーかんな!!)」

「…あの、シーザーさん。本当にこれ、魔法…じゃないんですか?」
師範代に毒づいていると不安げに見つめているシエスタに気づき、シーザーは優しく微笑んだ。
「ああ、これがさっき言った僕の特技だよ。僕としては魔法のほうが信じられないんだが」

 ハルケギニア大陸。トリステイン王国。トリステイン魔法学院。魔法使い。

シエスタから聞いた情報には未だ実感がわかないのだが、

 二つの月。まとわりつく奇妙な獣。空飛ぶハゲとマント集団。悪鬼。メイド。

自ら体験した事柄と同じところにカテゴライズされ情報が連結していく。…最後の二つはどうだろう?
「信じざるを得んよな…」
わずかに反抗するシーザーの心に嫌でもここが異世界だという現実が心を丁寧にすりおろしていく。

「へ?」
「ああいや、こっちの話。ほら残りも入れて」
少し疲れた顔のシーザーは、不思議そうな顔をしているシエスタに洗濯物を入れるよう促した。
しかしそれでも五、六回に分けなければいけない量がある。
「それにしても随分多いな。これはその貴族の子供、という奴らのものなのか?」
「いえ、これは殆どが私たちの洗濯物なんです。シーツとかカーテンなんかは
私たちがやることもあるんですが大抵貴族の方々は魔法で洗濯を済ませるんです」
「ふーん成る程。」
どっかの御伽噺みたいだな、シーザーはそう考えながら洗濯物をより強く振動させた。
もこもこと膨らんでいく泡の山をつつきながら少し強ばった表情のシエスタが口を開いた。
「だから最初シーザーさんを見たとき、私てっきり水のメイジ様の秘密の訓練を見てしまったのかと」
「…それはおかしいだろう」

 水の上に立つのが魔法使いなら……いや十分魔法か。

 自分の中の常識も若干ズレていることに苦笑するシーザーにシエスタは真剣に否定する。
「いえ、とても集中されていましたし、何より水の上にたつなんてことは魔法以外考えれません」
空を飛ぶ。物を動かす。水上を走る。暗闇を照らす。
火炎放射。吹雪。岩落とし。風起こしなどなど人外かつ常識外な事も魔法は可能にするらしい。
「はー、魔法って便利なんだな。こっちは洗濯以外には吸血鬼を倒すぐらいしかできんなぁ」
 未だ表情の硬いシエスタにシーザーはおどけてみせた。

 波紋…生命の理に背く邪悪な存在から、力なきものを守る「命あるもの」の強い『勇気』。
故に生命を破壊する事は難しく、生命の理を外れることはできないささやかな力。
だが時には想像もつかない生命の神秘と奇跡を生む力とその気高きあり方にシーザーは誇りを持っていた。
 どんなにふざけおどけて卑下しても、心に宿る確かなものには揺らぎ一つない。
だからこの力を嘘つき呼ばわりされても、ジョークのタネとして使っても盛り上がるならそれでいい
そのことにためらいはなかった、のだが

 シエスタが鳩鉄砲喰らったようにキョトンとしていた。

「(……れ?)」
笑われるか呆れられるか構えていたのに、何のリアクションもないシエスタに戸惑った。
まさかスベッたと思い、シーザーが慌ててシエスタの顔を見ると

「あの、吸血鬼って本当にいるんですか?」
真面目な顔して尋ねるシエスタに、おもわず声を立てて笑いそれを見たシエスタが表情を緩めた。

 第一陣の洗濯物を洗い終え、新しく水を汲みかえてきたところでシエスタが再び口を開いた。
「だからもし…秘密の特訓で、見てはいけないものだったら。そう考えたら怖くなって…
だから助けるのが遅れたんです。ごめんなさいシーザーさん」
再び顔に影を落とすシエスタの発言からシーザーは洗濯物をすすぎながら考えていた。

 魔法使い、この世界で力を持つもの。それは外の脅威に直接対峙するのだから
然るべき尊敬と褒賞はあって当然だろう。
だから貴族という然るべき地位と褒賞を得ている、ここまではいい。
だがシエスタの脅え方には少し違和感がある。これでは尊敬というより畏怖だ。
力ある者が畏怖されるには?その力で人々の生活を脅かせばいい。そして然るべきものを奪えばいい。
「(蛮族か、それ以下だな)」
心の中で毒づいた。と同時にある重大なことに気づく。
見知らぬ土地に人を呼び寄せる。ついでに死んだと思われる人間を生き返す。
こんなとんでもない事をするのもその魔法とやらで、同時にその秘密の鍵を握るのは貴族の連中。
「(うはぁ…そいつらから情報を引き出さなければいかんのか…)」

 片や伝統と血統という自分以外から受け継がれるものを教育され誇りとする人種。
片や勇気と意思という自分という生命から湧き出る力と自ら定めた使命を誇りとする職種。
はっきりいって互いに別の次元に対してベクトルが特化されている。
どこまでいってもその線は交差しそうにない。
「(もっとも、こんないい娘を脅かすような連中なら端から反りがあわんだろうがな)」
救助が遅れたことで危うく見殺しに仕掛けたこと。壁の如く高くそびえる新たな障害の出現。
まったく関係がない事柄ながら、打ち合わせたようにシーザーとシエスタは同時にため息をついた。

 第一陣のすすぎを終えて脱水して(波紋で水分を飛ばせるのだが、しわになるので手動)
シエスタが干してシーザーは第二陣に取り掛かる。
「そういえば、さっき『召喚の儀』っていったけど一体それは何なんだい?」
シーザーはほんの少しだけ沈んだ空気を変えるため別の話題をあげた。
「あ、はい。毎年春に行われる儀式で」
「『二年生のメイジが己の今後を占うため使い魔を召喚する儀式』簡単にいえばこうね」
突然聞こえてきた声に身を硬くした二人が建物の影から現れた人物に振り向いた。

 燃えるような赤い髪。健康なみずみずしい褐色の肌。着崩されたブラウスからは
豊満な胸とがのぞき薄くひかれた唇のルージュと口元に添えられる指の手入れの念の入れ様、
化粧なれした顔を見てシーザーはどういう人間が見当がついた。
 色気に特化しある程度男になれた女性。よく言えばとっつきやすいが本心がわかりにくいタイプ。
シエスタを白や薄い黄色だとするなら明度は白よりの灰色、色は深紅よりも橙に近い赤。

「(化粧で色気を引き出すのはまだまだ子供だな…いや潜在的な不安か?)」
 色覚的に捉えたシーザーは何となく自分に似た赤い少女の評価をつけていた。
ちなみにリサリサを80点とすると彼女は47点といったところだろう。失礼な奴だ。

「人のセリフをとるのは無粋じゃないかい?シニョリータ」
これがジョジョの奴だったら殴り合いになっているところだなと思いつつシーザーは来訪者を睨んだ。
「シ、シーザーさんっ?!申し訳ありませんっ!」
慌てたようにシエスタが干した洗濯物もそのままにすぐ少女に頭を下げるが
シーザーは赤い少女を睨み続ける。
「あら、平民風情が貴族にそんな不遜な口を聞いて無事でいられると思っているのかしら?」
赤い少女は凄む男など歯牙にもかけないといわんばかりに余裕たっぷりの笑みを浮かべ、
「従わない人間を力で従わせようとする蛮族風情に下げる頭はないな」
横暴な闖入者に刃物のように冷たく鋭い視線を浴びせ続ける男。
にらみ合う男女の間に白刃のように冷たい空気が漂い、巻き込まれた形のシエスタ
は成す術なく脅え、地面に落ちた洗濯物とは反対に顔色に真っ白に変えていった。

「……ぷっ」
だがそんな張り詰めた空気にひびが入る。
「……くくくく」
それはじょじょに大きくなり
「「あっはっはっはっはっは!!」」
音を立てて崩れ去った。
「…へ?ふぇ、ふぇえ?!」
突如変わった雰囲気についていけないシエスタが戸惑いの声をあげた。
「やるわねアナタ!蛮族風情なんて啖呵を切れるなんて大したものよ!」
「君こそいい演技だ。だが言い馴れない台詞を無理して使うものじゃないぞ」
笑いながら互いに賞賛しあう二人に今度は困惑の表情でオロオロするシエスタ。
「あたしの名前はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・
ツェルプトーよ。キュルケと呼んでちょうだい」
「判ったよキュルケ。俺はシーザー、シーザー・A・ツェペリだ」
シーザーが右拳を突き出すと、少し不思議そうにして、しかし笑顔でキュルケは右拳をあわせた。

「え…ええと、なにがどうなっているんですかぁ?!」
泣きそうな顔をしているシエスタにシーザーが説明を始める。

「まぁ要するに即席で一芝居打ったんだ。瞳を見て同じものを感じたんでな」
そもそもこの二人、性別の違いはあれど人と好んで接し、価値観の違う異性の心理を
読む事に長けている。場慣れや観察眼の経験値がシエスタとは桁違いだ。
道化を演じることも、真面目になることも、場の流れを自在に操ることもこの二人には容易い。
一瞬のうちに互いにどんな人間かを推測して、それを試すようにアドリブで演じたのだ。

「えと………じゃあシーザーさんわたしを騙したんですかぁ?!」
「そーよ。あなた気をつけなさい、こんな男と一緒にいたら身が持たないわよ。
こいつとんでもない女ったらしで女騙して甘い汁吸ってそうなんだから」
「やかましい、君も共犯だ。あと推測で物事を言うな」
笑いあう二人を見てシエスタから脅えは消え、非難をあげる。
「ひどいです、シーザーさん!私凄く怖かったんですからね!」
「いや俺だけじゃなくキュルケも騙してたろ?」
「関係ありません!そこに座ってください!わたしシーザーさんが殺されるかと思ったんですよ?!」
「いやだから俺は」
「早く座りなさい!」
「はいスイマセン」
有無を言わせない気迫のシエスタに従うのみのシーザー。
落っことしてしまった洗濯物が汚れただの、上から飛び掛ってはいけないだの、
蛙を殴るときメメタァという音で驚かせてはいけないだのと年下の少女に
延々説教される姿ははっきり言ってかっこ悪い。

「泥棒さんは嘘つきさんですよ!嘘つきはエンマ様に色々引っこ抜かれる
ってお祖父ちゃんが言ってました!」
 具体的にどこを?あと順序が逆だ。どーせキュルケが囃し立てるだろうから聞かないが。
顔を真っ赤にして怒るシエスタと煽るキュルケ。
端から口喧嘩で同盟を組んだ女子に勝てると思わないので素直に説教を受けていた。
「(覚えてろ、キュルケ…)」
いつか同じ目に合わせてやる。はるか遠い未来の頭が上がらないであろう少女の恋の相手を予感した。
もっともその相手は頭の薄い、おっさんだとは…予感していたようなしていないような。

「泥棒なの、アンタ?」
「てめーも同罪だ」


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