ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-10

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匿名ユーザー

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 いななきを上げる馬が二頭。
 虚無の曜日の早朝、ルイズとジョセフは厩舎の前で馬に乗っていた。
「いやあ、ラクダに比べると馬に乗るのは随分と楽ですのう」
 ジョセフは小さい頃に乗馬も仕込まれたので、けっこうスムーズに鞍に跨っていた。
 ラクダ、という聞きなれない単語にルイズが軽く怪訝そうな顔をした。
「ラクダ? 何それ」
「砂漠の辺りに生息する……まあ砂漠で馬代わりに使う生き物ですじゃ。なかなか言う事を聞かんので往生しましたわい」
 ルイズは少しの間、記憶の糸を辿り……かつて昔に呼んだことのある生物事典に載っていた名前を思い出した。
「乗ったことあるの? いつ?」
「ここに召喚されるちょっと前に仲間達と旅をしてた時にですな。まあ何と言うか……ずぅいぶんとマイペースな生き物でしてな。
 色々苦労しましたわい」
 はっはっは、と笑うジョセフを、ルイズはじっと見つめていた。
 ルイズは、ジョセフを召喚してから今日に至るまで、彼に色んな事を聞かれていたことはあるが、自分から彼に話を聞いた経験がほとんどないことに気付いた。
(……まずいわ。もしかしなくても、ギーシュやキュルケの方が私よりジョセフのことをよく知ってたりするんだわ)
 自分がジョセフについて知っている事を上げてみて……まずすぎるくらい何も知らないことが今更ながら思いやられる。
 決闘までもろくすっぽ話してなかったし、決闘が終わってからは自分から口を利かないようにしていた。
 そもそも「武器を買ってあげるわ!」と言ったのも、何を渡せばジョセフが喜ぶのかさえ知らないから、その場で出た出任せに近い申し出ではないか。

(……うろたえないッ! ヴァリエール公爵家三女はうろたえないッ! ここから城下町まで馬でも三時間、行って帰る間にジョセフから色々話を聞けば今からでも何とかなるわ! ……うふふ……この緻密で完璧な作戦、それでこそ私よ)
 スポンジのように穴だらけの緻密な完璧を抱くルイズに、ジョセフはのんびり声を掛けた。
「んじゃ行きますかいご主人様」
「え、ええ。行くわよジョセフ」
 そして二人はゆったりした足取りで学院の門を潜る。
 門を出てから三分後、ルイズはこれ以上ない自然さを心がけて横を歩くジョセフに声を掛けた。
「え、えーとジョセフ。なんかヒマだわ、せっかくだからあんたの話とか色々聞いてあげてもいいわ! ほら、私ご主人様だから使い魔のことは何でも知っておいてあげないとね!」
 ものすごい一生懸命に話題を作ってきたルイズに、ジョセフは実に微笑ましげに彼女を見やった。彼女の懸命さに応じようと、彼女の不審な態度にはあえて触れようともしなかった。
「わしの話ですか? ううむ、どんな話をすればよいですかのう。赤い洗面器の話なぞいかがですかの。こいつぁ100%バカウケの話なんですが」
 今クラスメート達の間では、「赤い洗面器」という単語が出ただけで大きな笑いが巻き起こるのをルイズはよく知っていた。すごい気になる。が。
(いやいやいやっ、そういう話を今聞いてる場合じゃないわっ! ジョセフのことを知っておかなきゃならないんだから!)
 甘い知的探究心を全力で押さえつけようと、ぶんぶんと大きく首を振った。
「違う違う違う! そういう話は後でいいの! ジョセフが今までどういう風に生きてこんなヘンな平民になったのかを聞きたいの! あんた、ただの平民じゃないでしょ!? 私はイレギュラーな使い魔を持ってるんだから、その辺りちゃんと聞いとかないと!」


「ふうむ。わしの話ですか……なんのかの言って、68年生きてますからの。掻い摘んでもかなり長話になっちまうんですがいいんですかの?」
「とりあえず私に必要かなーとか思う所だけ掻い摘んでくれたらいいわ。どうせあんたか私が死ぬまで一緒にいることになるんだから、時間は有り余ってるでしょ?」
 彼女の言葉に、ジョセフは思わず緩く天を仰いで口をへの字にしそうになったが、それを見咎められればまたルイズが目ざとく見つけるだろうと、頑張って表情を消した。
 承太郎はDIOの死体をちゃんと処分しただろう。ただ、自分の死を孫の口から妻に伝えさせようとしたのは酷だとは思う。だが、あの鏡が現れた時点での最善手はどう考えてもあれしかなかったのだから。
「どうしたのよジョセフ。なんか気に食わないことでも?」
「あー、いやいや。ご主人様に話さなきゃならんことがかんなりありましてのう。どうダイジェストにするか考えてたところですじゃ」
 息をするようにハッタリをかませるジョセフの言葉に、世間知らずのルイズはそれ以上疑うことをしなかった。
「ではまずわしの事を話す前に、家のことから話すとしましょうかの。わしの家はジョースター家と言いましてな……由緒正しい貴族の家じゃったんですじゃ。ただわしのいた世界では、貴族とはここのように魔法を使える者の事ではなく……」
 それから語られたことは、ギーシュ達にも語られたことのない、ジョースター家と吸血鬼の確執、人類と柱の男との激闘の歴史だった。
 ルイズは話の途中で「そんなホラ話が聞きたいんじゃない」と言おうとして、垣間見えた彼の横顔にその言葉を飲み込んだ。出来れば話したくないことだが、それでもなお話さなければならないと判断した、彼の苦悩を感じてしまったからだ。
 ジョセフの言葉は、全て真実だ。そう感じて、ルイズはただジョセフの話を聞き続けた。


「……じゃがジョースターとDIOの因縁はまだ終わっていなかった。ついこの前のことじゃ。海の底から一つの棺が引き上げられた……」
 いつの間にかジョセフの口調は敬語ではなくなり、ジョセフの普段のそれになっていたが、ルイズはそれを注意することすら忘れていた。
 孫と自分に起こった不可思議な力、スタンドの発現。娘の命を救う為に、仇敵を倒しに行く二ヶ月足らずの旅。信頼を寄せ合った仲間達の死、仇敵DIOとの死闘。
 最後、孫の手で蘇った直後の救急車の中、現れた召喚の鏡。
「……わしはなんとしても、DIOをあの鏡に触れさせてはいかんと感じた。そしてその直感は当たっておった。この世界に彼奴が来ていれば、何もかもが台無しになる。わしらの旅だけじゃあない。この美しい世界が、彼奴の手に落ちた。
 わしはDIOに近付いてきた鏡の前に飛び出し、DIOの死体を全て蹴り飛ばし、鏡に飛び込んで……ご主人様の使い魔になった。あやつをこの世界にやらんかっただけでも、わしはこの世界に来た意味がある。――こんなところですかの」
 朝日の中に町並みが見えてきた頃になって、ジョセフの話は終わりを告げた。
 だがルイズは、知らず知らず手綱を強く握り詰めていることしかできなかった。
(何を言えばいいの……何を答えればいいの……? ジョセフは……ただの平民、なんかじゃなかった……。もう旅が終わって、帰れるのに……ジョセフは何があるのかも判らないのに、この世界に来たんだ!
 私がもし、ジョセフなら……ジョセフのような事が出来た? ううん……出来ない……きっと足がすくんで、ただ見ているだけ……『突然のことでどうしようもなかった』って言って……それで、終わりにしてる……)
 本当は途中で、「もういい!」と打ち切りたかった。図書室で出会った彼女の言葉とジョセフの告白が合わさって、痛過ぎるほど心を抉る。


 彼女はジョセフをカットされたアメジストだと称し、ルイズを掘り出してもいない原石だと言った。
 だがそれは、ジョセフをかなり過小評価した例えだと、痛感していた。
 ジョセフはアメジストどころか、ルビーそのものだ。
 認めたくないが、石ころにルビーをあしらった滑稽な姿を今更鏡で見せつけられた。今まで自分が美しいと自負してきたものは、ただの石ころだったのだ。何がメイジだ。何が貴族だ。
 私がヴァリエールの生まれでなかったら……何も、何も。
 胸の奥から溢れたものを必死に押さえ込もうとして、それが不毛な努力にしか過ぎないことを、ルイズは強く自覚していた。
 ここ数日、何回も湧き上がってきた感情と似て非なるもの。ジョセフを妬んで悔しくて泣いたのではない。自らの小ささを本当に知った、不甲斐なさからの涙だった。
「……ジョセフ……ごめんなさい、ごめんなさい……」
 抑えきれない感情の発露。片手で手綱は握りながらも、もう片手は拭いても拭いても零れ続ける涙を拭うしかできなかった。
「お、おいちょっと待たんかルイズ。なんじゃどうした、今の話で何も泣くポイントないじゃろ? ちょっと止まるぞ、そんなんで馬乗っとったら危ないわい」
 ジョセフは柄にも無く狼狽しながら、急いで留めた馬を木に繋ぎ止めると、それでもなお泣き続けるルイズに腕を伸ばして抱き下ろす。
 ごめんなさい、ごめんなさい、とただ繰り返して泣きじゃくるルイズは、まるで本当の子供のようで。
 泣き止ませることを早いうちに諦めたジョセフは、少々悩んでから。ままよ、と自らの身を緩く屈めて、ルイズを自分の胸に抱きしめた。


何が悲しくて泣いているのか、何を謝られているのか、ジョセフには全く理解できない。
 何で悲しくて泣いているのか、何で謝っているのか、ルイズにも全く理解できない。
 だから少女が泣き止むまで。二人とも、何も出来なかった。
 やがて慟哭が嗚咽に変わり、しゃくり上げる様な声に変わってきた頃、ルイズは、ジョセフに抱きしめられていた自分を改めて自覚し……今になって、ジョセフを突き飛ばすように離れた。
「……き、気にしないでっ……」
 気にするなと言われても何を気にしなくていいのか見当も付かない。ジョセフは、小さくため息を漏らし。引っかかれる危険を押して、ルイズの頭に手を伸ばし、撫でた。
 だがルイズはその手を振り解くこともせず、ただ撫でられるままになっていた。
「気にしてくれるなルイズ。わしは見ての通りジジイで平民で使い魔じゃ。他の誰にも言わんから、気にせんかったらいいんじゃよ」
「そうじゃないの! 私はあんたより下なのよ! 劣ってるのよ! 『ゼロ』なのよ!」
 キッ、とジョセフを見上げて睨みつけるルイズ。
 泣いた理由の片鱗が、少しだけ理解できた。ジョセフは小さくため息をついて、苦笑した。
「わしがルイズんくらいの年にゃ、ただ毎日ケンカしとるだけのクソガキじゃった。努力とか訓練とかが死ぬほど大嫌いで、とにかく気に入らんことがあったら誰彼構わず殴りかかっただけのクソガキじゃった。
 それに比べたら、ルイズの方が……」
「おためごかし言わないでッ! 私は昔のあんたを召喚したんじゃないわ、今のあんたを召喚したのよ! あんたに比べて、私なんか……私なんか、情けなさ過ぎるのよッ!」
「おっと、それ以上言っちゃいかん。それ以上言うなら、シタ入れてキスしちまうぞ」
 なおも言葉を続けようとしたルイズの唇に、ジョセフの指先が当てられた。

「いいかルイズ。わしもかつて、自分の才能だけで突き進んで、こっぴどくボロ負けしちまった。じゃがな、わしはそこで今までの愚かさを自覚し、大嫌いじゃった修行に専念した。それもせんとただウジウジしとるだけなら、わしは今頃ここにゃおらんわい」
 やっとしゃくり上げるのを止めたルイズは、泣き腫らした目で、それでもまだ何か言いたげにジョセフを見上げて、彼の言葉を聞いていた。
「わしの修行をつけてくれた師匠も先輩も友人も、みぃんなわしよりずっと上にいた。今、ルイズが感じている悔しさは、きっとかつてのわしが感じた悔しさじゃ。世の中の人間は、貴族だろうが平民だろうが、必ず自分の弱さにぶち当たった。
 今のお前は、正にぶち当たったところなんじゃ。大切なのはぶち当たってから、どうするかじゃよ。うじうじ悩んでるのもよし、弱い自分をどうにかしようとするのも足掻くのもいい。
 じゃがルイズ、お前さんには忘れちゃあいかんものがあるんじゃ」
 頭に置いていた手を、肩に置き。両手でルイズの肩を掴んだジョセフは、彼女の目の高さと同じ高さに自らの視線を合わせた。
「お前さんにはお前さんを心配してくれる友達だって、お前さんを心配しておる使い魔じゃっておるッ! いいか忘れちゃならんぞ、お前さんは一人じゃないッ! 一人で悩むんも時にはいいッ、じゃが一人で何もかもしようとするのはただの傲慢じゃ!
 人を信じて頼るのは弱さじゃあないッ! 自分の弱さを直視せず、自分に出来ないことを出来ると嘘を吐く、その行為自体が真の弱さじゃ! 少なくともわしは、そう信じておるッッッ!!!」
 ぐっ、と肩を強く掴んで、彼女に言い聞かせる。
 潤んだ鳶色の瞳が、ジョセフの瞳を、真正面から見つめ返した。
「……私、『ゼロ』よ? ジョセフみたいに、すごくもなんともない……それでも、いい?」
「言ったじゃろ。今は『ゼロ』でも構わん。いずれ、強くなるんじゃ……『わしら』は」


「……離してっ、肩痛いわよ、ボケ犬っ」
 ルイズはジョセフの手から離れると、背を向けて。ごしごしと目元を袖で拭って、背を向けたまま口を開いた。
「……聞いてて、とっても恥ずかしかったわっ」
「同感じゃな。わしも言ってて死ぬかと思ったわい」
 主人の憎まれ口に、ちっとも死にそうじゃない口調で返すジョセフ。
「……どさくさに紛れて恥ずかしいコトばっかり言ってっ。そんなこと言ったからって三ヶ月の食事抜きは覆らないんだからねっ! 心配してくれても、エサあげないんだからっ!」
 ピンクの髪の間から微かに覗くルイズの耳が真っ赤なのを、ジョセフは見た。
「そんだけ大口叩いたんだから、ちゃんと責任持って私が強くなるまでいなさいよっ! 思い切り頼ってこき使うわ、覚悟なさい!
 それから、それからっ……私が泣いた、なんて他の誰かに言いふらしたらっ……絶対に、ぜーったいに、許さないんだからね!? 絶対誰にも言わないでよっ!?」
 振り返ったと同時に杖をジョセフの鼻先に吐き付けるルイズは、まだ顔は赤いままで。けれど、ジョセフを見上げる目は。今までとは、決定的に違っていた。
 ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ――優しかった。
「墓場まで、持って行くことにしますわい。ご主人様?」
 ジョセフの笑みは、今までと変わらず。どうしようもないくらい、優しかった。
「さっ、つい道草食べちゃったわ! 早く行かないと店が閉まっちゃうじゃないボケ犬!」
 ピンクの髪を勢い良く風になびかせ。木に繋いでいた馬へ歩いていき……ジョセフはその後姿を、微笑ましげに見つめて、その後ろを歩いていった。


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