ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

お嬢様の恋人その後

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今年新しく入ってきたカトレアさんの平民の恋人は凄い料理人らしい。
美味しい上に健康になれる。
事実、カトレアさんは不治の病に冒されていたが、彼の料理を食べることで完治したと言う。

トニオの料理を食べて感動の涙を流したマルトーが自らを降格させてまで彼を料理長に据えたと言う話は瞬く間に広がった。
彼がやってきてから食には余りこだわりの無いタバサですら目を見張るほど食堂の料理の質が上がった。
とどめに彼の料理がコルベールの絶望的な頭部の再生を為してみせたとき、タバサは考えた。
彼ならば、母を救えるかも知れない、と。

幾多の戦いを乗り越え、ようやく取り戻した母はいまだに心が壊れたままだ。
エルフの秘薬。心を壊してしまう、恐ろしい猛毒。解毒剤はにっくき仇のもとにしか無い。
彼女は今、アンリエッタの計らいでトリステイン郊外の小さな屋敷に住んでいる。
虚無の曜日のたびにシルフィードに乗ってすぐに会いに行ける距離。
だが、それ故に壊れた母を見続けることとなり、辛さが募った。

タバサがトニオにそれを依頼したのは、カトレアが入学して2ヶ月も立った頃だった。
出来ることがあるなら、やるだけやってみよう。そんな思いからだった。
温厚で誠実な人柄である彼は、その依頼を無料で引き受けることにした。

「コレハ、恐ろしい毒デス。パールジャムデモ1度や2度では治せないデショウ」
タバサの母の手を見て最初にトニオがそう告げたとき、タバサは静かに絶望していた。次の彼の言葉を聴くまでは。
「デスガ、使い続ければ何とかなるかも知れまセン。カトレアの時もソウデシタ。人間の本来持つ治癒力は凄いものデス。
 ソレを高め続けレバ、克服デキナイ毒など、無いのデス」
そう言って彼は屋敷の厨房へと向かった。その背中に、タバサは感謝した。
…その後、彼の料理を食べ、『あべしっ』と叫びながら頭を爆発させた母を見て、ちょっぴり漏らしてしまったのは秘密だ。

その後、タバサの母は魔法学園で暮らすことになった。食堂を仕切りながら毎日3食作るにはそうするしか無いと言うトニオからの提案だった。
タバサは一人で世話をしようと考えていたが、才人とシエスタが手伝ってくれることになった。何故と問うタバサに
「タバサには言葉教えてもらったり、何度も助けられてるしな。それに、友達が困ってるなら見捨てるわけにはいかないだろ?」
タバサの勇者様は照れくさそうに頭をかきながらそう答えた。
彼女がトニオの料理を食べ始めて3日目、彼女は自らがいつも手にしていた人形が、愛しい自分の娘では無いことに気づき、錯乱した。
5日目、彼女は1日3回運ばれてくる美味しい料理を心待ちにするようになった。
10日目、簡単な会話なら成り立つようになってきた。
そして15日目。
「シャルロット…?」
彼女はそう呼びかけた。目の前の、自分の世話を甲斐甲斐しくやく青い髪の少女に。それを聞いた瞬間、人形の名を名乗る少女は涙を流し
「お母様!」
美しさを取り戻し始めた自らの母に抱きついた。

「お母様が元気になった。ありがとう」
「イエ、ワタシは責任を果たしただけデスヨ」
夜、簡潔な感謝の意を伝えるタバサににこやかに微笑みながら、トニオは答えた。
「責任?」
「エエ、ワタシはコノ世界に来る前、ジャポンでリストランテをやってマシタ。そのリストランテを建てるお金を出してくれた人の言葉デス」
そう言って、彼は故郷イタリアに住む恩人たちを思い出す。
イタリアの小さなレストランの雇われ料理人だった頃に出会った格好も年齢もバラバラの9人の男たち。
彼らがレストランを訪れたときは決まってわざわざ『トニオ・トラサルディーの料理を頼む』と名指しで注文してくれた。
今にして思えば堅気の人間では無かったのだろう。定職についている様子も無かった割りに羽振りが良かったし、彼らの身にまとう雰囲気は非常に剣呑なものだった。
とはいえ彼の住んでいた南イタリアではそれぐらいは良くある話だったし、一旦仕事を離れれば彼らは気のいい男たちだった。
ある時ディナーのときのことだった。いつか、自分のレストランを持ちたいと語る彼に、一人で訪れていた男たちのリーダーは言った。
「トニオ、お前の料理には人を癒す“力”がある。それはお前にしかできない、お前だけの才能だ。ならば料理で人を救うのが、お前が神に与えられた任務だと、俺は思う。
 …いくら才能と技術があってもここイタリアじゃ、若造が認められることはまず無い。お前が責任を持って任務を果たそうと言うのなら、このイタリアを出なけりゃならない。
 お前にその覚悟はあるか?」
それに頷いたトニオに、男は『今までの旨い料理の代金だ。返す必要は無い』と言って外国で店を開くのに十分な金を置いて去っていった。
慌てて追いかけたが、なぜか店を出たばかりのはずの彼を見つけることは出来なかった。そしてそれ以来彼らが来店することは無かった。

トニオはその金を有難く使わせて貰う事にして、日本の、特に食材の質が高かった杜王町でレストランを開いたのだ。
(リゾットサン達は元気にしているのデショウカ)
ふと郷愁がよぎる。故郷を離れてレストランを開いて3年。思えば彼の言葉を受けてから半身半疑だった自分の『パールジャム』の能力を確信出来るようになったと思う。
そういう意味では彼らは二重の意味で恩人なのだ。トニオは今もイタリアの空の下で暮らしているであろう彼らの平穏と無事を祈った。

20日目、タバサの母は自分の身の回りのことが自分で出来るようになった。心が壊れる前の聡明な姿を取り戻し始めたのだ。
25日目、彼女はオールド・オスマンに掛け合い、夏休みが明けてから、この魔法学園で教師をすることにした。
今までシャルロットと一緒にいて上げられなかった時間を少しでも取り戻したいから。そう語る母親にタバサは涙した。
…そして30日目、タバサの母がいつの間にか別の病にかかっていたことが判明した。

「どう?似合うかしら?」
地味で動きやすく、それでいて彼女の可憐さを引き立てるメイド服を見て、タバサは予想外の展開に困惑した。
娘の贔屓目を抜きで見ても母は美しかった。30日に及ぶトニオの料理は母からエルフの秘薬を完全に駆逐しただけでなく、
タバサの記憶そのままの若々しい姿を取り戻させていた。困惑しながらもこっくりと頷くタバサに
「そ♪じゃあ、ちょっとトニオさんのお手伝いに行ってくるわね♪」
と言い残して去っていった。
考えてみれば、ありえる話ではあった。愛する夫を失ってもう10年たっている。料理の力で若々しい肉体を取り戻した母は非常に元気だ。
そして、そばには自分を救い、更に甲斐甲斐しく世話を焼く優しげな好青年。キュルケでなくても惚れるってもんだ。
遠くから怒号が聞こえる。片や王族の元妻、片や王家にも匹敵する名門の家系の次女。魔力の強さは共に折り紙つきだった。
(本気で怒ったときの怒り方が似てるのは、さすがに姉妹)
ここまで響いてくる振動に揺れながら、タバサはそんなことを考えていた。現実逃避とも言う。

その夜、帰ってきた母はボロボロだった。傷は無いものの、ぼろ屑と化したメイド服とそれにこびりついた血の痕が戦いの激しさを物語っていた。
「死ぬかと思ったわ」
あっけらかんと言い放つ母にタバサは言い聞かせた。トニオが彼女を癒したのはあくまで自分が依頼したからだと、下心とかそういうものは無いと。
そしてトニオが愛しているのはカトレアであり、母のことは何とも思ってないはずだ、と。だが、それに対して母は微笑を浮かべ
「大丈夫よ。恋は戦いだもの。先に出会ったほうが有利なのは確かだけど、最後まで勝負はわからないものよ。
 それに、私を誰だと思っているの?プリンスオブ朴念仁で通っていたあなたのお父様を射止めた腕は伊達じゃないわ」
と言った。
駄目だ。もっとしっかり言い聞かせないと。そう決意し、口を開こうとしたタバサに人差し指をつきつけ、母は言った。
「それよりも問題はあなたよ。シャルロット。そんなことではサイト君を奪うことなんて出来ないわよ」

「な!?」
突然の言葉に思わず絶句するタバサに更に畳み掛けるように言う。
「まさか気づかれてないと思ってたの?あなたが誰を好きか、なんてお母様から見たらバレバレよ。いい?シャルロット。
 さっきも言ったけど恋は戦いなの。油断、諦め、遠慮は全部敵よ。全力を尽くさなければ後々絶対に後悔することになるわよ」
母親の言葉に思わず飲み込まれそうになるタバサはやっとで言葉を搾り出す。
「で…でも、サイトはルイズのことを愛してる。好きな人の考えだから、尊重したい」
そう言った瞬間、タバサの心に棘が刺さったように痛みが走る。その様子を見て、慈母のような笑みを更に深め、母は言った。
「逆に考えるのよ。シャルロット」
黙り込んでしまったタバサに囁くように言う。
「彼は若いの。だからたとえ間違っていても1度思い込んでしまったら突っ走ってしまうわ。好きな人が間違った道を歩みそうになっていたら、助けてあげなきゃ、でしょ?
 …それに、クールになって考えて、シャルロット。確かにサイト君はルイズちゃんが好きかもしれない。けれど、それで幸せになれると思う?
 果たしてルイズはサイト君と一生を共に歩むのに相応しい女性かしら?」

母の言葉に、タバサは思わずルイズについて考えてしまう。
ルイズは嫉妬深い。たとえ何も無くても勘繰って癇癪を起こす。そうなればサイトがどうなるか、何度もまじかで見てきた。
ルイズは浅慮だ。自分がやるべきことを見誤る。もっと思慮深ければ避けられたピンチもいくつも思い当たる。
ルイズは思い込みが激しい。その無駄に高いプライドが事態を悪化させる。
ルイズは…差別意識が強い。自分の使い魔兼恋人だって平民ではないか。それが何だ。自分の姉が平民と結婚すると言っただけであの行動は。
徐々に怒りを強めていく自らの娘に、更に囁きかける。
「ね?ルイズはサイト君に相応しくない。にも関わらず、サイト君は騙されて、ルイズに愛を捧げてしまっているわ。騙されてるなら、助けてあげなきゃ。
 …私の可愛い可愛いシャルロット。あなたに教えてあげるわ。恋の戦いに勝つ方法を。騙されている好きな人を正しい道に戻す方法を。
 その代わり、ほんの少しでいいの。私の恋を手伝って。そんなに難しいことじゃないわ。ルイズのせいであの姉妹の仲は今は良くないもの。
 でもね、私たちは違う。強い絆を持つ親子が2人、力を合わせれば無敵よ」
それはまさに悪魔の囁きだった。だが、愛する母の言葉に、シャルロットは抵抗する術を持たなかった。
「今は悪魔が笑う時代なのよ。決断して。私の愛しいシャルロット」

カッ

遠くで雷が落ち、白黒となった世界で、タバサは、こっくりと、頷いた。
後年、ヴァリエール家宿敵リスト同率1位にオレルアン家が刻まれることが決まった瞬間だった。


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