「朝ですぞー。起きてくれませんかのぉ」
「うにゃ……あと五分……あと五分~~~」
「三回目ですぞその言葉は……」
キングクリムゾン。
「どうしてもっと早く起こさないのよ! このバカ犬! 役立たず! ボケ老人!!」
「何回も起こしとったんですが……」
朝食の時間に間に合わないかもしれない時間に起きたにも拘わらず、ルイズはジョセフに自分の着替えをさせていた。
その間もきゃんきゃん怒鳴るものだから、ジョセフの耳はキンキンしっぱなしだった。
寝巻きを脱がせ、下着を着けさせ、制服を着せていく。
当然ルイズの生まれたままの姿を朝日の下で目撃することになる。
ジョセフの感想は「肌はすべすべじゃが、上から下まで子供そのものじゃのう。これは遺伝か?」だった。
しかし貧乳だとか幼児体型だとかいう単語を口にするのは危険だと、ジョセフの第六感は強く語りかけていた。
シエスタからは「使い魔と召使は別物」「雑用まで言いつけてるのはミス・ヴァリエールくらいのものではないか」「学院の生徒だから普通は自分でやるもの」「他の貴族の方々はもうちょっと使い魔を大切にしている」という話を、世間話ついでに聞いていた。
公爵家の生まれというのもあるだろうが、せっかく呼び出した使い魔は役に立たない(フリをしている)から、その鬱憤晴らしに当り散らしているのもあると見ていた。
しかしジョセフはそんな扱いに憤りを感じるどころか、「たまにはこんなのも悪くはないのう。いやはや役得役得」と男の幸せを噛み締めていた。 女性に服を着せる、というのも脱がせるのとはまた違った趣がある、ということをよく知っている彼だった。
「ああもう! 早く着替えさせなさいよ、朝食に間に合わないじゃない!」
と、ルイズが怒鳴りつけた直後。ノックと同時に部屋の扉が開かれた。
「ちょっとルイズ! もうそろそろ朝食だってのにいつまで寝て……」
部屋に入ってきた褐色肌の女は、部屋の中の光景を見て大きく目を見開き、ぽかんと口を開けた。
その時ジョセフは、ルイズのブラウスのボタンを留めようとしている所だった。
褐色肌の女視点でより詳細に描写すると、こんなことになっていた。
ピンク髪の幼児体型少女の前で背を屈めている、見覚えのないガタイの宜しい老人が、彼女のブラウスに、手を、かけていた。
二組の視線を集める彼女は、えほん、と咳払いをしてそそくさと後ろ向きに部屋を出ようとする。
「ご、ごめん。お楽しみのところだったのに邪魔しちゃって。あたしから上手に言っておくから続けて続けて」
「こら待てキュルケェェェェェ!!! 何勘違いしてんのWRYYYYYYYYY!!!」
褐色肌……キュルケの盛大な勘違いの意味に気付いたルイズが大爆発を起こし、ジョセフの手を振り切ってキュルケへと飛び掛る。
(あーこりゃ朝食には間に合わんかもしれんのう)
波紋で空腹を克服しているジョセフは、ほぼ他人事のような感想を抱いた。
褐色肌で背が高くナイスバディな彼女……キュルケと取っ組み合うルイズの姿を見たジョセフは、キュルケはルイズの友人なのだと理解した。
おそらく本人同士は「違う」と断言するだろうが。
そして数分後、やっと落ち着いたルイズの怒鳴り声を浴びながら着替えを終わらせたジョセフは、食堂へとやっと向かうことが出来た。
食堂の床に座って固いパンと薄いスープを食べた後、教室で魔法の授業を聞くジョセフ。
使い魔である彼は当然ながら、巨大モグラやサラマンダーやフクロウと一緒の場所に座らされているわけだが、ここで本日二回目のアメリカニューヨーク仕込の人心掌握術が炸裂していた。
授業の内容もそこそこに後ろを振り返ったルイズが見たものは、使い魔の輪の中心で胡坐をかいて談笑しているジョセフの姿だった。
(使い魔は使い魔同士、気が合うものなのかしらね)
しかしルイズは微妙に気に入らなかった。
あんな朗らかな笑顔を自分の前じゃしなかったじゃないか。人の顔色を伺ってヘコヘコ頭を下げていたくせに、自分と同じ立場の使い魔達とはあんなすぐに仲良くなって。
役に立たないくせに友達はすぐに作れるだなんて。
役に立たないくせに……
「ミス・ヴァリエール! 授業中は前をお向きになって頂きたいのですけれど!」
ルイズの取り止めもない思考は、教師の声で唐突に打ち切られた。
「ではミス・ヴァリエール、前に来てこの石を『錬金』してみせて下さい。どんな鉱石でも構いません」
事情を知らない教師の言いつけに、教室中から恐慌にも似たブーイングが巻き起こる。
怒涛のブーイングの中、ルイズは足音も荒く前へと歩み出て行き……覚悟を決めた生徒達は一斉に机の中へもぐり……使い魔達も物陰に隠れ……
今日の爆発は、いつにも増して酷かった。
「いやはや、なかなか大したモンでしたぞご主人様。あれだけの破壊力なら十分実用レベルですじゃ」
「うるさいうるさいうるさい!」
ジョセフは心からの賛辞を送っているのだが、今のルイズには嫌味や皮肉にしか聞こえない。
ある意味この事態を巻き起こした張本人とも言える、教師シュヴルーズはルイズの起こした大爆発をまともに食らって再起不能。
一週間近くも自習が決まったことに生徒は喝采を叫んだものの、虫の息になったシュヴルーズは最後の力を振り絞って、ルイズに教室の掃除を命じた。
もはや掃除ではなく撤去作業と称してもいいほどの惨事に、ジョセフは一人で立ち向かっていた。ルイズは辛うじて無事だった机に座って、不機嫌そうに足を組んでいるだけだ。
「それにしても、ワシだけが仕事をするというのはどうにも不公平じゃありませんかのー。
そもそもご主人様が受けた罰なんじゃから、形くらい手伝ってもらいたいんですがの」
「うるさい! ご主人様と使い魔は運命共同体、言わばご主人様の受けた罰は使い魔に与えられた罰なのよ! そんな当たり前のこと言ってるヒマあったら手を動かす!」
イギリスには「お前のものは俺のもの 俺のものも俺のもの」という言葉がある。日本にはこの言葉を決め台詞にする人気キャラクターがいるが、それは偶然の一致らしい。
この分ではきっと、使い魔が貰ったものはご主人様のものだと言い出しかねない。
これまでのルイズの言動を鑑みて、その予想に魂を賭けてもいいとすらジョセフは思った。
「まぁしかしなんですじゃ。ご主人様が『ゼロ』と呼ばれる所以はよく理解できましたがの」
「アンタ喧嘩売ってるワケ?」
「滅相もない。例えばわしなぞ平民ですからの。ええと、こうでしたかな……」
と、教室を吹き飛ばした原因である『錬金』の呪文を、ジョセフが唱えてみせる。一度聞いただけの呪文を正確に間違えず唱えたことにルイズは僅かに感心したのか、眉をぴくりと動かした。
だが当然のことながら、杖も魔力もないジョセフの前には何の変化すらない。
「見ての通り何も起こりませんわい。じゃがご主人様は魔法を唱え、あのような爆発を起こせた。確かに『錬金』には失敗しておるかもしれませんが、『魔法が使えない』わけじゃないということですな」
ルイズは無言で聞いている。眉間には皺が寄っているが、「それで?」と問いかけるようにジョセフをねめつけていた。
「ご主人様の魔法は使い所を間違わなければ、十分に破壊力のある魔法だということですじゃ。わしゃ他のお偉方の魔法がどれほどのものかは知りませんが、わしのいた場所でこれだけの威力を出せたら一級品でしたな」
無論言うまでもなく、ジョセフの人心掌握術その三が炸裂しようとしているところである。だが人心掌握術云々をさておいても、これはジョセフの忌憚ない感想であった。
純粋な破壊力だけで言えば、波紋とハーミットパープルを使えるジョセフよりも確実に上。
「わしはご主人様を『ゼロ』とは決して呼びますまい。それは固く誓えますぞ」
しかしルイズは、ぷい、と顔を横にそらした。
「バッカじゃない? そんなの当たり前よ当たり前! いいからムダ口叩いてるヒマがあったら早く片付けちゃいなさいよ、全く使えないんだから!」
少し早口に言い切ってから、ルイズは心の中で思った。
(……昼ごはんは何か余計にあげてもいいかしら。鳥の皮くらいならあげてもいいわ)
人心掌握術その三は、ちょっとだけ功を奏したようだ。
結局ジョセフ一人が後片付けに従事したため、ルイズ達が昼食を取り始めたのは他の生徒達がメインディッシュを食べ終わり、デザートの配膳が始まろうかとしている頃だった。
「ほら、心して食べるのよ。ご主人様の慈悲深さに心から感謝しなさいよっ」
ジョセフの皿の上に切り分けた肉の脂身を落とすルイズ。
別にいらん、という心の声を億尾にも出さず、「ありがとうございますご主人様ァ~」とボケ老人のフリを絶賛続行中。
スージーにホリィに承太郎、そして部下達にこんな姿は絶対見せられんのォとも考えながらも、我ながら大したボケ老人っぷりじゃのうと自分の演技力に感嘆すらしていた。
(もし元の世界に帰って何か不都合があっても、ここで培った演技でとぼけ通せるんじゃないかのォ~~~。これならイケるんじゃねェ~~~~?)
それはそれとして脂身だけでも確かに旨い。アメリカのレストランでこれだけの料理を食べられる店はあまりない。イギリスには存在するはずもない。少なくともここの料理人は一流だ。
スープでふやかした固いパンを咀嚼していると、デザートを配膳しているシエスタと視線があった。ちょっとはにかんだ笑顔でにっこり微笑むシエスタに、ジョセフはニカッと笑って会釈を返す。
(お互い大変ですね)とアイコンタクトを交わした後、ジョセフは食事に、シエスタは配膳の仕事に戻る。
ややあってあとはデザートを待つだけ、なった時、食堂に少女の怒鳴り声が響き、続いて貴族達の笑い声がドッと響いた。
なんだろう、とそちらを向いたジョセフを、ルイズは軽く叱り付けた。
「こらボケ老人! 何かあったからっていやらしくそっち見るんじゃないの!」
しかし当の本人のルイズも、何があったのか興味を隠せないらしい。ルイズはデザートも来ないうちから席を立って騒ぎの輪へと向かっていき、ジョセフも後ろを付いていく。
「全く、本当に気の利かないメイドだな! 知恵があるとは期待してなかったが、ここで働く以上は貴族に話を合わせる機転くらいは持ち合わせていてもらいたいものだ!」
「も……申し訳ありません! 申し訳ありません!」
生徒達の輪の中心は、ワインをたっぷり浴びせられた金髪の少年と、その前に跪いて必死に許しを乞うている……シエスタ。
ルイズは、金髪の少年……ギーシュ・グラモンを見て、「ああ、どうせ二股バレて酷い目にあったんだわ。それでメイドに八つ当たりしてるってところかしら」と心の中で呆れた。
無論、この時は完全にジョセフの事など頭の中から消えうせていた。
だが、もし。ルイズがここでジョセフにちらりとでも視線をやっていたのなら――彼女は、見たことのない“男”の表情を間近で目撃することになっていただろう。
生徒達はニヤニヤと笑みを浮かべながら、事の顛末をただ眺めている。
そしてギーシュの取り巻き達が、この不躾なメイドに如何なる罰を与えるか囃し立てて盛り上がり、シエスタの恐怖が最高潮に達しようかとなった、その時。
一人の男が、生徒達の輪を潜り抜けてきたかと思うと――
ギーシュの顔面に、黒の革手袋が勢い良く叩き付けられたッッッ!!!
「わしの国では、決闘を挑む時は相手に手袋を投げ付ける……トリステインでの決闘の申し入れ方は知らんのでな……」
手袋を投げ付けた張本人は……ジョセフ!
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔、ジョセフ・ジョースターッッッッ!!
To Be Continued →
「うにゃ……あと五分……あと五分~~~」
「三回目ですぞその言葉は……」
キングクリムゾン。
「どうしてもっと早く起こさないのよ! このバカ犬! 役立たず! ボケ老人!!」
「何回も起こしとったんですが……」
朝食の時間に間に合わないかもしれない時間に起きたにも拘わらず、ルイズはジョセフに自分の着替えをさせていた。
その間もきゃんきゃん怒鳴るものだから、ジョセフの耳はキンキンしっぱなしだった。
寝巻きを脱がせ、下着を着けさせ、制服を着せていく。
当然ルイズの生まれたままの姿を朝日の下で目撃することになる。
ジョセフの感想は「肌はすべすべじゃが、上から下まで子供そのものじゃのう。これは遺伝か?」だった。
しかし貧乳だとか幼児体型だとかいう単語を口にするのは危険だと、ジョセフの第六感は強く語りかけていた。
シエスタからは「使い魔と召使は別物」「雑用まで言いつけてるのはミス・ヴァリエールくらいのものではないか」「学院の生徒だから普通は自分でやるもの」「他の貴族の方々はもうちょっと使い魔を大切にしている」という話を、世間話ついでに聞いていた。
公爵家の生まれというのもあるだろうが、せっかく呼び出した使い魔は役に立たない(フリをしている)から、その鬱憤晴らしに当り散らしているのもあると見ていた。
しかしジョセフはそんな扱いに憤りを感じるどころか、「たまにはこんなのも悪くはないのう。いやはや役得役得」と男の幸せを噛み締めていた。 女性に服を着せる、というのも脱がせるのとはまた違った趣がある、ということをよく知っている彼だった。
「ああもう! 早く着替えさせなさいよ、朝食に間に合わないじゃない!」
と、ルイズが怒鳴りつけた直後。ノックと同時に部屋の扉が開かれた。
「ちょっとルイズ! もうそろそろ朝食だってのにいつまで寝て……」
部屋に入ってきた褐色肌の女は、部屋の中の光景を見て大きく目を見開き、ぽかんと口を開けた。
その時ジョセフは、ルイズのブラウスのボタンを留めようとしている所だった。
褐色肌の女視点でより詳細に描写すると、こんなことになっていた。
ピンク髪の幼児体型少女の前で背を屈めている、見覚えのないガタイの宜しい老人が、彼女のブラウスに、手を、かけていた。
二組の視線を集める彼女は、えほん、と咳払いをしてそそくさと後ろ向きに部屋を出ようとする。
「ご、ごめん。お楽しみのところだったのに邪魔しちゃって。あたしから上手に言っておくから続けて続けて」
「こら待てキュルケェェェェェ!!! 何勘違いしてんのWRYYYYYYYYY!!!」
褐色肌……キュルケの盛大な勘違いの意味に気付いたルイズが大爆発を起こし、ジョセフの手を振り切ってキュルケへと飛び掛る。
(あーこりゃ朝食には間に合わんかもしれんのう)
波紋で空腹を克服しているジョセフは、ほぼ他人事のような感想を抱いた。
褐色肌で背が高くナイスバディな彼女……キュルケと取っ組み合うルイズの姿を見たジョセフは、キュルケはルイズの友人なのだと理解した。
おそらく本人同士は「違う」と断言するだろうが。
そして数分後、やっと落ち着いたルイズの怒鳴り声を浴びながら着替えを終わらせたジョセフは、食堂へとやっと向かうことが出来た。
食堂の床に座って固いパンと薄いスープを食べた後、教室で魔法の授業を聞くジョセフ。
使い魔である彼は当然ながら、巨大モグラやサラマンダーやフクロウと一緒の場所に座らされているわけだが、ここで本日二回目のアメリカニューヨーク仕込の人心掌握術が炸裂していた。
授業の内容もそこそこに後ろを振り返ったルイズが見たものは、使い魔の輪の中心で胡坐をかいて談笑しているジョセフの姿だった。
(使い魔は使い魔同士、気が合うものなのかしらね)
しかしルイズは微妙に気に入らなかった。
あんな朗らかな笑顔を自分の前じゃしなかったじゃないか。人の顔色を伺ってヘコヘコ頭を下げていたくせに、自分と同じ立場の使い魔達とはあんなすぐに仲良くなって。
役に立たないくせに友達はすぐに作れるだなんて。
役に立たないくせに……
「ミス・ヴァリエール! 授業中は前をお向きになって頂きたいのですけれど!」
ルイズの取り止めもない思考は、教師の声で唐突に打ち切られた。
「ではミス・ヴァリエール、前に来てこの石を『錬金』してみせて下さい。どんな鉱石でも構いません」
事情を知らない教師の言いつけに、教室中から恐慌にも似たブーイングが巻き起こる。
怒涛のブーイングの中、ルイズは足音も荒く前へと歩み出て行き……覚悟を決めた生徒達は一斉に机の中へもぐり……使い魔達も物陰に隠れ……
今日の爆発は、いつにも増して酷かった。
「いやはや、なかなか大したモンでしたぞご主人様。あれだけの破壊力なら十分実用レベルですじゃ」
「うるさいうるさいうるさい!」
ジョセフは心からの賛辞を送っているのだが、今のルイズには嫌味や皮肉にしか聞こえない。
ある意味この事態を巻き起こした張本人とも言える、教師シュヴルーズはルイズの起こした大爆発をまともに食らって再起不能。
一週間近くも自習が決まったことに生徒は喝采を叫んだものの、虫の息になったシュヴルーズは最後の力を振り絞って、ルイズに教室の掃除を命じた。
もはや掃除ではなく撤去作業と称してもいいほどの惨事に、ジョセフは一人で立ち向かっていた。ルイズは辛うじて無事だった机に座って、不機嫌そうに足を組んでいるだけだ。
「それにしても、ワシだけが仕事をするというのはどうにも不公平じゃありませんかのー。
そもそもご主人様が受けた罰なんじゃから、形くらい手伝ってもらいたいんですがの」
「うるさい! ご主人様と使い魔は運命共同体、言わばご主人様の受けた罰は使い魔に与えられた罰なのよ! そんな当たり前のこと言ってるヒマあったら手を動かす!」
イギリスには「お前のものは俺のもの 俺のものも俺のもの」という言葉がある。日本にはこの言葉を決め台詞にする人気キャラクターがいるが、それは偶然の一致らしい。
この分ではきっと、使い魔が貰ったものはご主人様のものだと言い出しかねない。
これまでのルイズの言動を鑑みて、その予想に魂を賭けてもいいとすらジョセフは思った。
「まぁしかしなんですじゃ。ご主人様が『ゼロ』と呼ばれる所以はよく理解できましたがの」
「アンタ喧嘩売ってるワケ?」
「滅相もない。例えばわしなぞ平民ですからの。ええと、こうでしたかな……」
と、教室を吹き飛ばした原因である『錬金』の呪文を、ジョセフが唱えてみせる。一度聞いただけの呪文を正確に間違えず唱えたことにルイズは僅かに感心したのか、眉をぴくりと動かした。
だが当然のことながら、杖も魔力もないジョセフの前には何の変化すらない。
「見ての通り何も起こりませんわい。じゃがご主人様は魔法を唱え、あのような爆発を起こせた。確かに『錬金』には失敗しておるかもしれませんが、『魔法が使えない』わけじゃないということですな」
ルイズは無言で聞いている。眉間には皺が寄っているが、「それで?」と問いかけるようにジョセフをねめつけていた。
「ご主人様の魔法は使い所を間違わなければ、十分に破壊力のある魔法だということですじゃ。わしゃ他のお偉方の魔法がどれほどのものかは知りませんが、わしのいた場所でこれだけの威力を出せたら一級品でしたな」
無論言うまでもなく、ジョセフの人心掌握術その三が炸裂しようとしているところである。だが人心掌握術云々をさておいても、これはジョセフの忌憚ない感想であった。
純粋な破壊力だけで言えば、波紋とハーミットパープルを使えるジョセフよりも確実に上。
「わしはご主人様を『ゼロ』とは決して呼びますまい。それは固く誓えますぞ」
しかしルイズは、ぷい、と顔を横にそらした。
「バッカじゃない? そんなの当たり前よ当たり前! いいからムダ口叩いてるヒマがあったら早く片付けちゃいなさいよ、全く使えないんだから!」
少し早口に言い切ってから、ルイズは心の中で思った。
(……昼ごはんは何か余計にあげてもいいかしら。鳥の皮くらいならあげてもいいわ)
人心掌握術その三は、ちょっとだけ功を奏したようだ。
結局ジョセフ一人が後片付けに従事したため、ルイズ達が昼食を取り始めたのは他の生徒達がメインディッシュを食べ終わり、デザートの配膳が始まろうかとしている頃だった。
「ほら、心して食べるのよ。ご主人様の慈悲深さに心から感謝しなさいよっ」
ジョセフの皿の上に切り分けた肉の脂身を落とすルイズ。
別にいらん、という心の声を億尾にも出さず、「ありがとうございますご主人様ァ~」とボケ老人のフリを絶賛続行中。
スージーにホリィに承太郎、そして部下達にこんな姿は絶対見せられんのォとも考えながらも、我ながら大したボケ老人っぷりじゃのうと自分の演技力に感嘆すらしていた。
(もし元の世界に帰って何か不都合があっても、ここで培った演技でとぼけ通せるんじゃないかのォ~~~。これならイケるんじゃねェ~~~~?)
それはそれとして脂身だけでも確かに旨い。アメリカのレストランでこれだけの料理を食べられる店はあまりない。イギリスには存在するはずもない。少なくともここの料理人は一流だ。
スープでふやかした固いパンを咀嚼していると、デザートを配膳しているシエスタと視線があった。ちょっとはにかんだ笑顔でにっこり微笑むシエスタに、ジョセフはニカッと笑って会釈を返す。
(お互い大変ですね)とアイコンタクトを交わした後、ジョセフは食事に、シエスタは配膳の仕事に戻る。
ややあってあとはデザートを待つだけ、なった時、食堂に少女の怒鳴り声が響き、続いて貴族達の笑い声がドッと響いた。
なんだろう、とそちらを向いたジョセフを、ルイズは軽く叱り付けた。
「こらボケ老人! 何かあったからっていやらしくそっち見るんじゃないの!」
しかし当の本人のルイズも、何があったのか興味を隠せないらしい。ルイズはデザートも来ないうちから席を立って騒ぎの輪へと向かっていき、ジョセフも後ろを付いていく。
「全く、本当に気の利かないメイドだな! 知恵があるとは期待してなかったが、ここで働く以上は貴族に話を合わせる機転くらいは持ち合わせていてもらいたいものだ!」
「も……申し訳ありません! 申し訳ありません!」
生徒達の輪の中心は、ワインをたっぷり浴びせられた金髪の少年と、その前に跪いて必死に許しを乞うている……シエスタ。
ルイズは、金髪の少年……ギーシュ・グラモンを見て、「ああ、どうせ二股バレて酷い目にあったんだわ。それでメイドに八つ当たりしてるってところかしら」と心の中で呆れた。
無論、この時は完全にジョセフの事など頭の中から消えうせていた。
だが、もし。ルイズがここでジョセフにちらりとでも視線をやっていたのなら――彼女は、見たことのない“男”の表情を間近で目撃することになっていただろう。
生徒達はニヤニヤと笑みを浮かべながら、事の顛末をただ眺めている。
そしてギーシュの取り巻き達が、この不躾なメイドに如何なる罰を与えるか囃し立てて盛り上がり、シエスタの恐怖が最高潮に達しようかとなった、その時。
一人の男が、生徒達の輪を潜り抜けてきたかと思うと――
ギーシュの顔面に、黒の革手袋が勢い良く叩き付けられたッッッ!!!
「わしの国では、決闘を挑む時は相手に手袋を投げ付ける……トリステインでの決闘の申し入れ方は知らんのでな……」
手袋を投げ付けた張本人は……ジョセフ!
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔、ジョセフ・ジョースターッッッッ!!
To Be Continued →