ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-59

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匿名ユーザー

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 大地を揺るがす轟音の後、訪れたのは場違いともいえる静寂だった。
 ほんの数分前まで空を占めていたレコン・キスタの艦隊は一隻の例外なくタルブの草原に叩き付けられ、友軍の地上部隊の大半を道連れにした。
 昨日、美しく広大な草原であったそこは、中央に巨大な湖を生み出していた。
 しかしその湖は風光明媚で知られるラグドリアンの湖とは比べることが出来ない。
 かつて艦船であった木材の残骸と、かつて人間であった肉塊が湖面に浮かび、霧の様な土煙が立ち込める湖上。それを照らすのは、月に蝕まれた日の光。
 地獄の一風景を現世に呼び出してしまったかのような凄惨な光景の端の中、トリステイン軍は時でも止められたかのように動くことが出来なかった。
 しかし、この停止した時の中で動くことの出来る人間は二人いた。
 この光景を作り出したウェールズ、そしてアンリエッタである。
「どうなさいました。枢機卿」
 王女の可憐な唇から漏れたのは、戦の最中に呆ける行為を咎める響き。
 アンリエッタの声で逸早く我に返ったマザリーニは、喉も裂けよとばかりの大音声を張り上げた。
「諸君! 見よ! 敵の艦隊は滅んだ! トリステイン国王女アンリエッタ殿下とアルビオン皇太子ウェールズ殿下の伝説の魔術、オクタゴンスペルによって!」
「オクタゴンスペル……!」
 マザリーニの叫びに、将兵達の時が再び動き出していく。
「さよう! 王家の血に連なるメイジにのみ許された伝説の詠唱! 各々方、これで始祖の御意思、そして祝福がどちらにあるか示された! 彼奴らは今、始祖の鉄槌を下されたのですぞ!」
 今、何が起こったのかを目撃したトリステイン軍は枢機卿の言葉をすぐさま受け入れる。腹の底から湧き上がる原始的な衝動は、水面に広がる波紋のように苛烈な砲撃を耐え抜いた軍勢に伝播していった。
「うおおおおおおおおぉーッ! トリステイン万歳! アンリエッタ王女万歳! ウェールズ皇太子万歳!」
 鬨の声が上がる中、アンリエッタは自分を離すまいと回されている腕の感触に幸せそうな微笑を浮かべていた。
「ウェールズ様……ああ、まるで夢のよう。もし夢だったとしたら……二度と覚めなくても構わない。そう思います……」
 ウェールズはその言葉に、ほんの少し困ったように微笑んだ。
「これが夢であってたまるものか。僕達は手に入れたんだ……これは現実なんだよ、僕のアンリエッタ」
 恋人同士によく見られる、世界には二人きりと言わんばかりの甘い空気は、マザリーニの控えめな……しかしよく通る咳払いで掻き消えた。
「オッホン。王女殿下と皇太子殿下のお邪魔をするのは出来うる限り避けたい所ではございますが……まだもう一仕事していただかねば困ります」
 アンリエッタは勿体つけた物言いのマザリーニに、悪戯っぽく笑った。
「うふふ、ごめんなさい枢機卿。王城に帰ったら、ゲルマニアに使いを出さねばなりませんものね」
「その通りですな。わたくしにドレスの裾を投げ付けたように、あの成り上がりに婚約破棄を通達してやらねばなりますまい」
 変われば変わるものだ、という感慨がマザリーニの胸中を占める。
 あの会議室での演説で、王家に飾られる花でしかなかった少女は王女になった。
 そして今、皇太子の腕の中で王女は最上級のスクウェアメイジに成長を遂げた。
 なんと出来過ぎた物語だろう、と思える。物語の筋としては使い古された陳腐な筋だ。
 王女がこれ以上ない危機に立たされた時、王子様が突然現れて共に手を携えて危機を打ち破る――しかし、それが現実に起こったとなれば、そしてその物語が生まれた瞬間に立ち会えるとなれば。
 せいぜいが慌てふためくセリフと演技しか許されない端役者だとしても、体の中から浮き上がるような歓喜は否定することが出来ない。
 マザリーニは、主役の二人を眩しげに見上げ、二人の目を見つめた。
「さあ、これより勝ちを拾いに行きましょう。皇太子殿下、王女殿下――いや」
 帰ったら、この題目を脚本にした舞台を上映させよう。それを国威発揚に用いれば、しばらくはこの劇の話題で持ち切りになるだろう。
 ならばせめて、決め手になるセリフを告げる役得くらいはあっていい。
「アルビオン国王、ウェールズ陛下。トリステイン国女王、アンリエッタ陛下」
 恭しく頭を垂れた枢機卿に、二人の王は強く頷く。
 アンリエッタは水晶の杖を掲げ、ウェールズは愛用の杖を掲げた。
「全軍突撃ッ! 王軍ッ! 我らに続けッ!」
 地を揺らすような轟きを上げ、トリステイン軍は熱狂に浮かされ駆け出した。


 *


 ルイズは、熱狂とは無縁だった。
 友軍の戦艦を竜巻ごと落とされたレコン・キスタ軍はほぼ壊滅状態であったが、撤退さえ許されることなくトリステイン軍の突撃を受けている。
 しかしルイズは突撃に加わる事無く、ラ・ロシェールに一人立ち尽くしていた。
 先の艦砲射撃でのトリステイン軍の被害は決して少なくない。大勢の負傷兵と共に友軍を見送る形となったルイズは、遠い空を飛んでいる飛行機を呆然と見上げていた。
 王女の助けになりたい、という意思は確かにあった。
 しかし、自分の出る幕などなかった。
 竜騎士隊と命を賭けて戦ったのは、異世界の飛行機械を駆る奇妙な老人。
 危機に瀕した王女様を助けたのは、魔法の唱えられない友人ではなく、国を追われた王子様。
「……何よ。何よ」
 自分は何も出来なかった。自分がした事と言えば、舞台に上がることも出来ずただ指をくわえて物語を眺めているだけ。
 魔法を使うことも出来ない。戦いに赴くことも出来ない。
 ぽた、ぽた、と白く形の良い頬を伝って涙が落ち続ける。
 涙を止めようと両手で顔を覆うが、涙は次から次へと手の隙間から落ちていく。
「何がメイジよ……! 何がヴァリエールの末娘よ……! 私、何も出来ないじゃない! 何も出来ない……ただの、ただの……!」
 遠くから聞こえる戦の戦慄きすら、ルイズに届くことはない。
 今まで自分を支えていた貴族の矜持も、今遂に枯れ果てた。
 くたり、と身体から力が抜け、馬の背へ崩れ落ちた。
「う、う、うわぁぁぁっ……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーッッ!」
 視界が歪む。嗚咽を抑える事など出来ず、溢れる心の迸りを吐き出すように叫んだ。


 *


 ルイズの説得を聞き入れて戦闘空域から離脱したジョセフは、ルイズの言葉が嘘でなかったことをこれ以上ないほど目撃した。
 ラ・ロシェールから放たれた巨大な竜巻が、空に浮かんでいた艦隊を飲み込んで地上へ落ちて行く様を文字通り『高みの見物』してしまい、流石のジョセフと言えども度肝を抜かれていたのだった。
「……うーわー、ありゃオクタゴンスペルだぜ。あの王子と王女ってトライアングルだって聞いてたが、化けたなありゃあ。俺っちもさすがにおでれーたぜ」
 カチカチと金具を打ち鳴らしながら叩く軽口でさえ、ジョセフの右耳から入って左耳から通り抜けていた。
「……こいつぁえれーモン見ちまったわい。昔戦ったワムウの神砂嵐もすごかったが、こんな芸当が人間に出来ちまうとはな。魔法恐るべし」
 雲より高い空の中、凍えるような寒さの中でも額に浮かんでいた汗を、手の甲で拭った。
「さて、墜落しちまう前にどっかに着陸しちまわんとな。いくらなんでも人生で五回も墜落するのはナシにしたいわい」
 うるさく鳴っていた金具の音が止み、ぼそりとデルフリンガーが囁いた。
「二度と相棒とは一緒に乗らねえ」
「うるさいぞ」
 くくく、と二人揃って笑い合えば、シュル、と小さな音を立てて紫の茨が左腕から伸びた。
「ん? どうした相棒。何かあったのかい?」
 当のジョセフは、片眉を上げてハーミットパープルを見た。
「……いや、わしゃ出した覚えなんかないぞ」
「あん?」
「なんでか知らんが出てきた。……む」
 手袋の中から漏れる光。何度か起こってきた経験に従って手袋を脱ぎ落とすと、使い魔のルーンが眩く輝いていた。
「どうしたことじゃ、こいつぁ。デルフよ、お前なんか心当たりないか?」
「知らねえよんなこたぁ。俺っちも長生きしてきたが、スタンド使いが使い魔になったこたぁねーからよ」
 怪訝そうな呟きと視線を受けていたハーミットパープルは、ルーンが刻まれた義手の甲へと滑り、まるで穴へ潜る蛇のようにルーンの中へ潜り込んで行った。
「なんだ!? こいつぁ……! 引っ込め! ハーミットパープルッ!!」
 今まで起こったことのない状況を前に、ハーミットパープルを引っ込めようとするが、茨はジョセフの意思に従わない。消えるどころか、茨は次々に増える一方だった。
「なんじゃ!? 一体何がどうなっとる!?」


 *


 崩れかけた街に、少女の慟哭が響く。
 どれだけ泣いてもルイズの中から濁った感情が引く事はなかった。
 泣いても、泣いても。
 どれだけ泣いても、自分が無力な存在であることは変わらないのだ。
(始祖ブリミル、あんまりです……! どうして、どうして私だけ……!)
 人目を憚らず泣く。こうして泣いていれば、誰かが見つけて抱きしめてくれた。
 しかし今は誰もいない。
 カトレア姉様も、ワルドも、ジョセフも。
 自分の側には誰もいない。誰も、いない。
 だからこそ、叫んだ。小さい頃からずっと、心の中で蟠っていた叫びを。
「私に……力があれば……! 何も出来ないのは、もう嫌……! 私に力を! 守られているだけなんて、見ているだけなんて、もう嫌! 私に、私にっ……『力』を……!!」
 固く目を閉じて、喉も限りに叫び――

 ――不意に、抱きしめられた。
 誰かが自分を抱きしめている。

 ルイズはこの感触を知っている。いや、この暖かさとこの力強さを知っている。
「…………ジョセ、フ…………?」
 ルイズを包んでいたのは、茨だった。
 見間違えることなどない、紫の茨。
 ハーミットパープルが、華奢な体に巻き付いていた。
 泣く子をあやすように優しく、それでいて力強く逞しい。
 空を見上げれば、飛行機は空を飛んでいる。ジョセフはここにいない。
 左手から何かが迸ってくる感覚がある。左手を見てみれば、ハーミットパープルは自分の左手の甲から出ていた。そこから現れたハーミットパープルが、自分を包み込んでいたのだった。
「これも、スタンド能力なの……?」
 訝るように呟かれた言葉に応えるかのように、ハーミットパープルはしゅるしゅると動いていく。
 茨の一本がポケットの中に入り込み、ポケットに入っていた『水』のルビーを取り出してくる。そのまま茨がルイズの手を取り、指にはめさせた。
「ちょ、ちょっと。一体何を……」
 ルイズの疑問も意に介さず、続いて懐から始祖の祈祷書を引っ張り出した。
 結局詔は完成せず、戦場へ向かうアンリエッタを追うのに慌てていれば、ラ・ロシェールへ持ってきてしまったのだ。
 ハーミットパープルがルイズの眼前へ祈祷書をかざした、その時。
 突然、『水』のルビーと『始祖の祈祷書』が光り出したのに、びくりと肩を震わせた。
「……何よ、これは……」
 突如放たれた光に目を眇めていれば、白紙だったはずの紙面に文字が書かれているのが見えた。
 それは果たして古代のルーン文字であったが、学年でも指折りの勉強家であるルイズは難なくその文字を読める。ページにびっしり書かれた文字列を目で追っていく。

『これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す』

 視線を素早く走らせ、内容を読み解いていく。ルイズの視線が最後の行を読み終わった瞬間に、ハーミットパープルがページをめくってくれた。
『神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化をせしめる呪文なり。四にあらざれば零。
 零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん』

 読み進めていく内に、ルイズの鼓動は高ぶっていく。
「虚無の系統……伝説じゃないの。伝説の系統じゃないの!」
 祈祷書を読み耽るルイズは、頬を濡らした涙を拭くことも忘れていた。ハーミットパープルがポケットから取り出したハンカチで拭ってくれているのも気付かないまま、胸の中で大きくなっていく鼓動ばかりを強く感じていた。

『これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。『虚無』は強力なり。
 また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。
 選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。

 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ

 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。
 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』 』

 その後に古代語の呪文が続く。
 読み終わったルイズは呆然とする。虚無が強力なら厳重にするのも理解できるが、それにしたってここまで厳重にしたら気付かないで一生を終えたりする可能性高すぎるでしょう、とか当然言いたかった。
 が、それよりも今、余りにも多くの事が一度に起こり過ぎて混乱しかけていたルイズの思考が、段々落ち着きを取り戻してきていた。
 祈祷書から、自分を包み込んでいるハーミットパープルに視線を移すとそっと撫でてみる。茨に棘は生えているが、先端に触れてみても痛みはない。

『メイジと使い魔は一心同体よ』

 ジョセフを召喚した夜、滔々と語っていた言葉を思い出す。

『ハーミットパープルの能力は念写に念視!』

 武器屋を探す時に、ジョセフが見せてくれたスタンド。
「……もしかして。私が……力を欲しいと、心から願ったから? ハーミットパープルが、私の中に眠っている虚無の力を探し出してくれたの……?」
 もしハーミットパープルがなかったら、果たして自分は祈祷書を読めていただろうか。
 『水』のルビーを指に嵌めた後で、祈祷書を開いて読もうとする機会など考えにくい。
 だとすれば、なんて迂遠なことだろうと思う。
 自分の中に眠る力を見つける為の大きな扉を開くために、異世界のスタンド使いを――それも探索能力に長けた――連れてくるだなんて。
 しかしそうでなければ、一生気付かないままだったかもしれない。
 一生、ゼロのルイズとして蔑まれる人生を送っていたかもしれない。
 しかし今、ルイズは自分の系統に気が付いた。
 ジョセフの力を借りられたのは、彼が自分と一心同体の存在だったから。主人の切なる願いを感じ取ったハーミットパープルが、主人の望む物を探し出したのだ。
「…………ジョセフ…………!」
 今、ここにいない使い魔を掻き抱くように、自分を包む茨を抱いた。
 再びルイズの目から涙が零れる。
 しかし、先程の涙とは違う。
 暖かく、暖かく、暖かく……――嬉しくて流れた涙だった。
 ぐ、と袖で涙を拭うと、まだ暗い輪を作る太陽を見上げ、続いて飛行機に目をやった。飛行機は日蝕の輪に向かってはいない。むしろゆっくりと高度を落としていっているのが見えた。
 ルイズは、祈祷書に目をやる。静かに、しかし大きく息を飲んでから、右手にある杖を握り直した。
(ダメよ)(やらなくちゃ)
 二人のルイズがいる。
 呪文を唱え始める。
(何をする気なの)(そんなの決まってるわ)
 沸き立つような心の波、冷ややかに祈祷書の呪文を追う視線。
 まるで何度も聞いた子守唄のような懐かしい旋律を紡いでいく。
(そんなことをしてはダメよ。ジョセフを帰すだなんて)(帰さなきゃいけないのよ)
 初歩の初歩の初歩の虚無、エクスプロージョン。
 聞いた事もないのに、初めて使う魔法だというのに、ずっと前から知っていた。
(馬鹿げてるわ! そんなことの為に、伝説の力を使うだなんて!)(伝説の力だからこそ使うのよ。エクスプロージョンなら……虚無の力なら、飛行機をあの日蝕の輪へ持ち上げることが出来る!)
 リズムが体の中に沸き起こり、駆け巡る。
 今、何をしようとしているのか、ルイズは十分すぎるほど理解していた。
 自分を優しく支えてくれてきた使い魔を、自らの魔法で、自らの手の届かない世界へ帰そうとしているのだ。
(やめましょう! 今なら間に合うわ! 簡単よ、今すぐ詠唱をやめて、日蝕が終わるのを待つのよ! 誰にも判らないわ、私が何もしなかったからって誰も責めないわ! そうよ、ジョセフだって、きっと仕方ないって――……)
(私が許さないわ!!)
 囁くのは、ルイズ。一喝したのも、ルイズ。
 二人とも紛れもないルイズであり、ルイズの本心。
 二人に共通しているのは、ジョセフを大切に思っているということ。
 しかし、決定的な違いがある。
 一人は、ジョセフを慕い縋ろうとする少女のルイズ。
 もう一人は、ジョセフを誇りに思う貴族のルイズ。
 帰したくない、帰してあげたい。それは同時に存在する、ルイズの本心。
 どちらにも転ぶ。どちらかを選ぶ。そしてルイズは選んだ。
 詠唱は、止まらない。
(駄目、駄目よ! そんなことしたら、私は一生使い魔のいないメイジになるわ! ジョセフが死ぬまで新しい使い魔を呼べないのよ! 使い魔が欲しくてジョセフが死ぬのを願ったりするなんて、そんなことはいやよ! やめて! やめましょう!)
(そんなことは願わないわ、決して! だって、だって、私は――……)
 長い詠唱の後、呪文が完成した。
 その瞬間、ルイズは己の呪文の威力を完全に理解した。
 これは、大いなる力だ。
 先程の艦隊を、ただ一人で打ち破れる。いや、それだけではない。自分の視界に映る全てを巻き込み、しかも自分の破壊したいものだけを破壊できる。
 今なら、まだ引き返せる。この杖を振り上げなければ、まだ引き返せる。
 これだけの力を使えるのは、最初の一回だけ。今まで溜め込んできた精神力を使ってしまえば、また溜め込むのに時間が掛かる――使ってもいないのに、ルイズには当たり前のように理解できていた。それは自分の系統だからだ。
 そう、今までゼロだと蔑まれてきた自分が伝説の担い手だったのだ。
 この力があれば、敬愛するアンリエッタ様の力になれる。
 両親に、姉達に、友人達に、教師に、胸を張れる。
 私は、立派なメイジなのです。
 ちょっと奇妙な使い魔がいるけれど、私は一人前のメイジなのです……

 杖を握る手に、力を込めた。一瞬、自分を包んだままの茨に視線をやり……そして、何かを吹っ切るように空を見上げる。
「私は……私はぁッ!!!」
 涙が落ちるのにも気付かず、天高く杖を振り上げた。
「ジョセフ・ジョースターの主ッ!! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなのよぉーーーーーーーッッッ!!!」


 *


 ハーミットパープルが自分の制御を外れたのに警戒はしつつも、今最優先すべきなのは無事に不時着することである。
 今にもオシャカになってしまいそうなゼロ戦を宥めすかしつつ着陸場所を探していたジョセフは、突如眼下で膨らんだ光の球に気付く。
 まるで小さな太陽のように鮮やかで激しい光を放つそれに、思わず腕で目を覆った。
「なんだぁーーーーッこいつはッ!!」
 回避運動を取ろうにも、下から膨れ上がる光の球の速度は、どう逃げようともゼロ戦を捕らえる。ガンダールヴのルーンが突き付ける非情な現実が、ジョセフの頭に否応なしに浮かぶのだった。
「落ち着けよ相棒。ありゃあ、虚無の魔法だ」
「なんだと!? 虚無!? それがなんで今頃……」
「そりゃあ、虚無の担い手が使ったんだろ。ふつーのメイジにゃ使えねぇ」
「お前、そんな暢気な……!」
「俺の敬愛する相棒に含蓄ある素晴らしい言葉を送るぜ。ダメな時ゃ何やってもダメ」
「ただ諦めてるだけじゃないかそいつァー!!」
 狭いコクピットの中で何を言い合おうと、結果が変わる事はない。
 迫り来る光の球がゼロ戦の腹に当たる瞬間、覚悟を決めて目を固くつぶる。
(ああ……ここでオシマイかッ……すまん、スージー、ホリィ、承太郎、ルイズ……ッ!)
 しかし、終わりの時は訪れない。
 不意に感じた奇妙な感覚に恐る恐る目を開けた。
 結論から言えば、光の球はゼロ戦を飲み込まなかった。
 光の球は、ゼロ戦を飲み込むのではなく――
「こ、こいつはッ! ゼロ戦を『押し上げている』ッ!?」
 風防ガラスの外に見えたのは、『垂直に落ちて行く雲』。否、そう見えるのは自分達が垂直に上昇しているから。
 どこへ向かうのか。
 思わず上を見上げたジョセフの目には、今にも途切れそうになっている日蝕の輪が見える。
 その瞬間、ジョセフは全てを理解した。
 操縦桿から手を離し、側壁に凭れ掛かる。
「そうか……ルイズ……。お前、魔法使えるようになったんじゃなぁ……」
 満足げに微笑むと、目を閉じて生意気な孫娘の顔を思い返した。
「なあ、デルフリンガーよ」
「なんだい相棒」
「いきなり召喚されて大変な目にもあったが……だが、楽しかった。とても楽しかったよ」
 かちり、と一度金具を鳴らし、剣はしみじみと呟いた。
「ああ。楽しかったな……本当に心からそう思うぜ」
 日蝕の輪は、どんどん近付いてくる。
「相棒の世界ってのは、俺っちが活躍できるような世界かい?」
「んーむ……DIOも倒したところじゃからなあ。お前の出番はないんじゃないか?」
 イヒヒと笑うジョセフに、デルフリンガーは嫌そうな声を上げた。
「また武器屋の店先で安売りされるのだきゃカンベンしてくれよ、相棒」
 そしてまた、二人で笑い合う。
 光の球は輝きを増していく。
 まるで月に隠れた太陽の代わりになろうとするかのような、黄金の輝きを。
 その時、ジョセフは確かに見た。
 日蝕の輪を潜った瞬間を。


 *


 不意に現れた光の球を、タルブにいた者達は見上げていた。
 不意に現れた光の球は、特に目立った何かを起こすわけでもなく、現れた時と同じように不意に消えた。
 その光の球が如何なるものだったのか理解できる人間は、一人だけの当事者を除いては誰一人存在しなかった。
 そのたった一人の当事者も、今までの人生で蓄積してきた精神力を全て使い果たし、馬の背の上で気を失っていたのだから――



 【ジョセフ・ジョースター (スタンド名・ハーミットパープル) 地球へと帰還】



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