ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-55

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匿名ユーザー

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 タルブを後にし、『燃える水』がある村へ向かうシルフィードの背に、ルイズは乗っていなかった。
「体調が悪いからゼロ戦を運ぶ竜騎士に連れて帰ってもらう」と言ったルイズの言葉にジョセフは嘘を感じ取ったが、あえてそれに深く突っ込もうとはしない。前日の草原でコルベールから告げられた言葉は、彼女に少なからぬショックを与えていたことを知っているからだ。
「……あんまり無理しちゃいかんぞ」
 そう言って頭を撫でるジョセフから、ルイズは黙って俯くことで自分の表情を隠す。
 結局ルイズは一足先に学院へ帰り、ジョセフ達はゲルマニアへ向かうこととなった。
 目的地の村では『燃える水』は実に豊富な湧出量を誇っていた。しかし燃料としては少々燃え過ぎるのが難点の為、あまり需要はないと村人は言っていた。
 その為、樽十本分もの『燃える水』を驚くほどの安価で買えたのは僥倖だった。
 ロープで繋いだ樽をレビテーションで浮かせ、シルフィードに引かせて学院に帰った頃にはそろそろ日も暮れようとしていた。
 早速『燃える水』を媒介としたガソリンの錬金に挑戦するコルベールをよそに、他の面々は旅の疲れを落とすべく大浴場へ向かう。浴場に行けないウェールズは、ジョセフに湯を張ったタライとタオルを塔に運んでもらっている。
 ジョセフは平民用の蒸し風呂へ向かう前に、のんびりした足取りで部屋へと帰っていく。
 ドアをノックもせずに遠慮なく開けると、部屋の中に主の姿はない。
「……ふぅむ。まあそうだろな」
 予想の出来ていた光景に頬をかきつつ、沈み行く日の光を頼りに勉強机へ歩いていく。
 そこには旅に出る前にはなかった封筒がある。ヴァリエール家の家紋が描かれたそれを開けると、中から一枚の便箋が落ちた。
 その便箋には、非常に簡潔な言葉だけが書かれていた。
『使い魔クビ。早く帰れ』
 内容を一読してからもう一度愉快げに音読し、けらけらと笑い声を上げる。
「全く……」
 一頻り笑った後、小さく溜息を付いた。
 タルブで別れた時に、ルイズが何を考えていたかなど手に取るように判る。
 五日後に帰ることが出来るなら帰してあげたい、けれど一緒にいればその決意が揺らいでしまうかもしれない。だから自分は日蝕が終わるまで帰ってこない。そうすれば使い魔は勝手に帰るだろう、と。
「……ルイズよォ、わしにはハーミットパープルがあるんだぞ。ちょっと頑張ればすぐに見つかるんじゃ」
 誰に聞かせるでもない独り言を言いながら、便箋をもう一度封筒に入れて元の場所に戻す。
 そしてタオルを手に蒸し風呂で汗を流し、すっかり暗くなった頃にウェールズの部屋へ足を向けた。
「やあ、ごゆっくりだねジョジョ。ミス・ヴァリエールはどうしたんだね?」
 ドアを開けたジョセフに、ギーシュが声を掛けてくる。今夜部屋に来たのはジョセフが最後だったようで、他のメンバーはルイズ以外全員揃っていた。
「ああ、その件についてちょいとわしから話があってな」
 別段深刻でもない声に、黒い琥珀に記憶されている面々はせいぜい主人がまた何かしらかんしゃくを起こしたのだろう、とアタリをつけた。
「わし、使い魔クビになったんで故郷に帰ることになった」
 あまりにもあっけらかんと言い放たれたので、言葉の意味を完全に理解するのに全員数秒の時間を要した。
 僅かに訪れた沈黙の後、キュルケはワイングラスを小さく唇に傾けて、たおやかな笑みを浮かべる。
「……ごめんなさいね、私何かヘンな言葉を聞いたようだけど。疲れてるのかしら。もう一度、ゆっくりと仰ってくれないかしらミスタ・ジョースター?」
「あー。わし、ルイズから使い魔クビになっちまったんで、いい機会だから故郷に帰ることにしたんじゃよ。具体的に言うと、四日後辺り? 多分それまでルイズは帰ってこないんじゃないかなァ」
 これ以上ないほどあっさり紡がれる言葉に、今度こそその場にいる全員の目が一斉にジョセフへ向けられる。
 まだジョセフの言葉に真偽を付けかねる中、最初に口火を切ったのはギーシュだった。
「……それは性質の悪い冗談、というワケではないんだね、ジョジョ?」
「冗談でこんなコト言ったらお前らが怒るのくらいは知っとるよ」
「ダーリン、今度は何やらかしたの? 何なら私達がルイズに取り成してあげるわよ」
「どうしてわしがなんかやらかしたのが前提なんか判らんが、まー……あれよ、今回はやむにやまれん事情っつーのがあってな? お互い合意の上なんで心配はしてくれんでもだいじょーぶぢゃ」
「ふむ……それは残念だ、ミスタ・ジョースター。しかし……本当にいいのかい?」
 ウェールズの疑問は、その場にいる全員の疑問だった。
 ジョセフがルイズを猫可愛がりしているのは何度もこの目で見ているし、ルイズも憎まれ口はきいていても悪い気はしていないのも明らかだ。詰まる話、相性が悪いわけではない。むしろ良好な関係だと言っていい。
 だがもっと根本的な疑問がある。メイジと契約した使い魔がどこかに去ってしまうなどということは、この場にいる全員が聞いた事が無い。そもそもジョセフが召喚されてからハルケギニア貴族の常識を覆す出来事ばかりではあったが、それにしても極め付けである。
 タルブの草原でコルベールがルイズ達に告げた考えに、メイジ達が至るには然程の時間を必要としない。
 名門公爵家の生まれなのに魔法を使えず、ゼロと呼ばれて蔑まれたルイズを再びゼロに戻すばかりか、使い魔が不在というメイジとして致命的な欠陥を持つことになる。
 それについては、昨日コルベールから受けた説明で理解している。ジョセフは、ほんの少し寂しげな表情を浮かべた。
 召喚されてから今まで見たことのない類の表情に、(ああ、こんな顔も出来たんだ)と誰かが思ったとしても不自然ではなかった。
「この機会を逃したらあと十年は帰れんらしい。それにわしの主人がそうすると決めたんでな。なら、わしもその心配りを黙って受け取るべきだと思うんじゃよ」
 老人の割には軽薄な雰囲気を色濃く漂わせるジョセフが、年相応の穏やかな口調で喋る言葉に、友人達は彼の決意の程を感じ取った。例え女王の言葉であっても考えを曲げることは出来ない、という確信があった。
 もし彼の意志を曲げることが出来るとすれば、主人であり可愛い孫娘であるルイズしかいない。だがそのルイズがこの場にいない以上、ジョセフがここを去るのは変え様がないという結論に達するのは、当然の結果とも言える。
 室内に訪れた気まずい沈黙を破ったのは、切なげに視線を俯かせたギーシュだった。
「そうか……。せっかく仲良くなれたというのに、本当に残念だよジョジョ。だが使い魔をクビになったとしても、また会えないことはないはずだ。今度の夏休みにでも会いに行こうと思うんだが、君は何処に帰るんだね?」
 社交辞令にも似た何気ない問い掛けだが、ジョセフはほんの一瞬だけ、どう答えるべきか悩んで視線を宙に彷徨わせた。
「あー……まあどうせ隠さなくちゃならんコトでもないから、もうぶっちゃけちまうか。実はわし、ここじゃない別の世界から召喚されちまっててなー。帰れるチャンスは四日後しかなくて、それを逃したら次は十年後っつーワケなんじゃ」
 次から次へと繰り出される爆弾発言のラッシュは、メイジ達の常識を粉微塵に粉砕するには破壊力が大きすぎた。息をするように嘘を吐けるジョセフだが、ここで嘘を言うメリットはさしてないはずだった。
 ここでそんな嘘を言う理由は「二度と魔法学院の連中と会う気が無いという意思表示」か、さもなくば「どうしても故郷をひた隠しにしなければならない事情」があるか。
 前者だとすれば、そもそもこの夕食の場に来る意味もない。四日ほど姿をくらまして、そのまま帰ればいいだけの話だ。とすれば考えられるのは後者だが、ジョセフの故郷がスタンド能力を持つ者ばかりというのなら、確かに隠さなければならない。
 系統魔法とは異なる先住魔法の使い手ばかりとなれば、故郷を知られるということは故郷を討伐するべく軍勢が送り込まれるのは火を見るよりも明らかだ。
 だが、そうだとすれば召喚された直後の奇行と称していい無知な様子に説明が付けられない。多種多様な悪知恵が働くくせに、魔法やメイジに関しての知識が完全に欠落していた。
 そこから導き出される答えは、ジョセフの発言は嘘ではない、と言うことだ。
「……ちょっと待ってくれ、ジョジョ。だが、そうなると別れてしまえば本当に二度と会えないじゃないか! いきなりそんなことを親友たる僕達に言うだなんて……!」
 普段のキザったらしい口調を忘れ、年頃の少年に似つかわしい感情を隠さず張り上げた声に、それまで無言を貫いていたタバサがそっと手を挙げ、ギーシュの言葉を制した。
「二人が出した答えに私達が口を挟むべきではない。このステーキの鉄板が冷めてしまったとしても、ジョセフが翻意するとは到底思えない」
「だが、それにしたって!」
「はいはい、ミスタ・グラモン。ショックなのは判るけど、タバサの言う通りよ。ここで私達が一斉に力ずくで止めればどうとでもなるけれど……それはダーリンにとっていいことなんかじゃあないわよね。ダーリンが故郷に帰ると言うのなら、友人達が最後にどうすればいいか。
 貴方も、ダーリンをジョジョと呼ぶのなら……ジョジョ本人の意思を尊重すべきじゃないかしら?」
 穏やかに諭すキュルケに、ギーシュはそっと唇を噛んだ。
「判ってる……判ってるよ、ミス・ツェルプストー。だが、ジョジョは……僕にとって、かけがえのない……親友なんだ……」
 それだけ言って、力なく目を伏せる。
 ふと訪れた数秒の沈黙に、ジョセフはいつも通りの軽い声と共に手を二つ叩いた。
「ほらほら、辛気臭いのはそのくらいにしちまおう。ギーシュがわしを親友と思っているのと同じくらい、わしはお前達を大切な親友だと思っとる。一緒にいた時間こそは短いかもしらんが、お前達と会えて本当に良かった」
 同じテーブルに付く一同を見回すと、沈んだ雰囲気を変えるように普段と変わらない明るい声を上げた。
「さァ! あと四日しかないと考えちゃいかん! 逆に考えろ、あと四日もあるってな! 四日もありゃ別れを惜しむにゃ十分すぎる時間がある! ほらほら、もうスープが冷めちまったぞ、これ以上メシが冷めたら勿体無いじゃろ?」
 ジョセフの言う通り、テーブルに並んだ皿から立ち上る湯気は目に見えて消えていた。


 *
 次の日の朝、ジョセフはアウストリの広場に置かれたゼロ戦のチェックに勤しんでいた。
 ハーミットパープルを機体に這わせながらコクピットに腰掛けて、操縦桿を握り、各部スイッチを押していく。
 どこも問題ない稼動をし、修理しなければならない所も特にない。後はガソリンを入れればこの機体は自由に空を駆ってくれるだろう。
 うむ、と満足げに笑ってから、コクピットの後部に備え付けられた通信機を取り外しにかかる。そうでないとただでさえ大柄な身体のジョセフには狭っ苦しくてしょうがない。
 どうせハルケギニアにはこの通信機を使う相手もいないのだから、コルベールに渡せばこれを分解して内部構造を理解することで、また何かしらの新しい発明の助けになるはずだ。
 取り外した通信機をコクピットから降ろすと、ゼロ戦に立てかけてあったデルフリンガーが暇そうに声を掛けてきた。
「しっかし相棒よ、コレがマジで飛ぶんかね」
「飛ぶ飛ぶ。だが不思議なことがあってな」
「なんだね不思議なことって」
「コイツが飛ぶ理由ってのは、まあ掻い摘んで話せば翼に大量の風を受けることで発生する揚力で空を飛ぶって建前なんだが」
「ふんふん」
「実はその理屈だけだとこんなでっかくて重いブツが飛ぶだけのパワーは発生せんのだ」
「じゃあ飛ばないんじゃないかよ」
「でも何故かは知らんが飛んどるんだよなぁ」
「なんでそうなるのか理屈も判らんような得体の知れない代物を使ってるのかよ、相棒の世界じゃ」
「そんなこと言ったら魔法だってよく判らん理屈だろ。錬金なんか明らかに質量保存の法則余裕無視しとるじゃないか。どうして薔薇の花びら一枚に魔法かけたら青銅のゴーレムが出来るんじゃ」
「相棒の世界にだってスタンドがあるんだからおあいこじゃね?」
「それもそうか」
 飛行機が飛ぶ正確な理由を考察する前に、この話題に飽きた使い魔と剣はあっさりと休戦協定を結んでいた。
「それにそんなこたぁどうでもいいんだよ。お前さん、貴族の娘っ子はどうするんだね」
 暢気にテレビを見ていたらヨダレ垂らした牛が映った時のような顔をして、ジョセフは横目でデルフリンガーを睨む。
「……お前、わしにどうしても答えを言わせる気か」
「ああ言わせたいね。貴族の娘っ子も大概強情っばりだが、相棒も負けず劣らずってヤツだ。やっぱりなんのかの言ってメイジが呼び出す使い魔は似た者が召喚されるんだねェ」
 ケケケ、と意地悪く笑い声を上げるデルフリンガーに波紋蹴りを叩き込んだ。
「ぐぉ! だから俺っちは波紋とスタンドには対応してないって言ってるだろ! いい加減に覚えろ耄碌ジジイ!」
「やかましいッ!」
 口をへの字に結んだまま、デルフリンガーを鞘に収めると有無を言わさず波紋入りハーミットパープルで縛り付けて勝手に顔を出せないようにした。
「帰れるんなら帰るがな。だがそれでも、関わっちまったのに放って帰ってメデタシメデタシで終わらせるワケにもいかんだろ……」
 はぁ、と溜息をつくと、通信機を肩に担いでコルベールの研究室へと歩き出した。


 *


 所変わって、トリステイン王宮。
 アンリエッタの居室にルイズはいた。
 ジョセフ宛の手紙を書いた後、馬を飛ばしたルイズが向かったのはアンリエッタのいる王城だった。
 今実家に帰れば、両親や下の姉のカトレアに何があったのかを聞かれることになる。遅かれ早かれ、洗いざらいありのままを語らされてしまうだろう。
 そうなれば、学校を勝手に休んで実家に帰ってきたのをこっぴどく叱られるだけではなく、下手すればせっかく元の世界に帰す目処が付いたジョセフをありとあらゆる手段で押さえ付けてくるだろう。
 トリステインどころかハルケギニアに並ぶ者無しのスクウェアメイジである母にかかれば、ジョセフでも太刀打ち出来る光景が全く想像出来ない。
 かと言って学院にいれば、自分でも何をするものか判ったものではない。しかし他に行く当てがある訳でもない。
 消去法的に、ルイズはアンリエッタのいる王城へ向かわざるを得なかったのであった。
 だが一週間後に望まぬ政略結婚を迎えようとしている幼馴染は、まるで処刑の日を待つ死刑囚のように表情と感情を失っていた。
 突然やってきて面会を願ったルイズに少しばかりの笑みを見せはしたものの、それだけだった。
 四日ばかり滞在させてほしい、と言う幼馴染に、アンリエッタは適当な客間を用意した。
「ごめんなさいね、ルイズ・フランソワーズ。これからドレスの仮縫いをしなければいけないの」
 形だけの笑みを向けられたルイズは、知らず知らず彼女から目を背けていた。
『ああ、私のルイズ。いつになったら、私はこの鳥篭から出られるのかしら』
 そんな言葉を、笑っていない笑顔から読み取ってしまったから。
 アンリエッタ本人がそう言った訳ではない。王女本人が、そんな意思をルイズへ伝える意思があったかどうかさえ確かではない。
 しかし、ルイズ自身はそう感じてしまった。
 それは幼馴染の内心を感じ取ったのかもしれない。勝手に幼馴染の内心を思い浮かべただけかもしれない。
 だがルイズは、虚ろな笑みに応える術を何一つ持っていない。
 魔法も使えず、使い魔もいない自分には何も出来ないという事は、他ならぬ自分自身が一番良く理解しているからだった。



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