ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-50

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匿名ユーザー

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 その日の夜。
 ルイズは悩んでいた。
 風呂に行ってて部屋にいない使い魔のことで悩んでいた。
 どのくらい悩んでいるかと言えば、ベッドの上であーうーと唸ったりごろごろ転がったり枕をかぶって足をジタバタさせるくらい悩んでいた。
 ジョセフは有能だった。頭はよくて話し上手で強くて、波紋やハーミットパープルまで使える。使い魔としては申し分のない大当たりだった。欠点と言えば、父親よりも年上の老人で感覚の共有が出来ないくらい。
 けれど有能なのも問題がある。
 クラスメイトや平民の使用人から満遍無く好感を持たれているのもいいとしよう。見た目が不気味で他人から嫌悪されるよりは、笑顔を向けられる使い魔の方がいいに決まってる。
「……それにしたって限度があるわよ。最近、ジョセフに向けられる笑顔がイヤに増えてるわ。皇太子殿下や王女殿下から笑顔を向けられるのはいいのよ。それだけの働きを成し遂げられる使い魔だということだもの。
 ただなんだ。ちょっと最近若い女からの笑顔がえらく増えてないかしら。
 色ボケツェルプストーが色目を使うのは今に始まったことじゃあないわよ。だがだ。アルビオンから帰ってきてから色目の質が変わったのはどういうことよ。他の男どもにあんな情熱的な色目を向けていた記憶なんかないわよ。
 あの黒髪のメイドもそうよ。あの決闘騒ぎでジョセフに助けてもらってからというもの、それこそ毎日擦り寄ってきてるわ……食事抜きの罰が全く効果ナシだったのも、あのメイドがいそいそと食事を運んできたからじゃない!
 モンモランシーだってそうよ。あのアホのギーシュとヨロシクやってるクセして、何かしら理由をつけてはジョセフに近付いて来てる様な気がするわ……。まさかギーシュからジョセフに乗り換えようとかそんなハレンチな企みがあるんじゃないでしょうね!?」
 ぶつぶつぶつぶつと独り言が口から洩れていることすら気付いていない。ルイズの頭の中では洩れた思考の数倍のあらぬ考えが浮かんでは消えを繰り返していた。
 どれくらいあらぬ考えかと言えば、常日頃ギーシュといちゃいちゃバカップルっぷりを見せびらかしているモンモランシーにさえ疑いの目を向けるくらいあらぬ考えだった。
「けど何が一番気に食わないって、ご主人様が側にいるのにあのジジイったらあーそりゃもう他の女が近寄って来たらデレデレ嬉しそうな顔して! アンタ孫もいる妻帯者だって言ってたんじゃないの!
 しかもなんだ。孫は17歳とか言ってたな。孫より年下のコドモの色香にメロメロか! どれだけ節操がないのよ! いい年してどんなに色ボケなのよ!?
 首輪の綱をしっかり私が掴んでるからまだどうにかなってるけど、ちょっとでも手から離してしまったらどうなるかなんて考える前から腹立たしいわ!」
 暴走したルイズの思考と、良く言えば若々しく率直に言えば子供っぽいジョセフの日頃の行いのハーモニーが、ルイズの思考を宜しくない方向へ加速させ続ける。
「――大体使い魔があんなにフラフラするかしら!? 他の使い魔はもっとほら、ご主人様好き好き好きーとかそういう感じじゃない!? なのにあのボケ犬ってば他の女にすーぐ鼻の下伸ばすのよ!?」
 体の中から沸き上った激情に駆られたルイズは、両手で鷲掴みにした枕でシーツをぼふぼふぼふと乱打する。しばらくそうやっていれば当然腕が疲れるので、埃舞い散る枕をぽいと投げ捨てた。
「どういうことかしら、これは。由々しき問題だわ。
 これは何が原因か。胸か。やはり胸なのか。いや待て、モンモランシーはそんなに大きくないわ。むしろ私と同じくらいだわ。胸じゃないのかしら。胸じゃないとしたら何が原因だというの。ちっとも判らないわ……」
 答えの見えない思考の迷宮で彷徨うルイズの脳裏に、不意にアンリエッタの言葉が蘇った。
『――ああルイズ。ルイズ・フランソワーズ……忠誠には報いるところがなくてはならないのよ――』
 その時ルイズに電流走る――!
 アンリエッタから与えられ、自分の指にはまっている水のルビーを見た。

 アルビオンでの任務に当たった自分の忠誠に対して、こんな高価な宝物を頂いた。だが自分以上に奮闘したジョセフに対して、自分は何も与えていない。
 王女殿下が臣下の忠誠に応えていると言うのに、その臣下が有能な使い魔に対して何も応えていないと言うのは、王女殿下の顔に泥を塗るような真似ではないだろうか。
「……でも、今のジョセフに何を報いたらいいのかしら」
 食事は主人と同じもの。雑用もそんなに言い付けてはいないし、基本的に不自由な生活はさせていないはず。むしろジョセフが自分が待遇に関して不満を訴えたことがあるだろうか、と考えてみて、特になかったことに気が付いた。
『こんな可愛いご主人様の下で働けるんじゃ。老いぼれにゃ過ぎた幸せということじゃよ』とは言っていたが、それはそれこれはこれ。
「……ジョセフはどうにも隠し事をするタイプだから……言ってるコトが全部本当だと思うのは危険だわ……」
 考えてみれば、ジョセフはちょくちょくルイズに対して嘘を言っていた。
 召喚されたばかりの頃はボケ老人のフリをしていたし、アルビオンの時だって早々とワルドが裏切り者だと気付いていたのにそれを主人に告げたのは、ワルド本人が裏切りを宣言した後。
 正体がバレた後もハーミットパープルを披露したのは少し時間が経ってからだった。
 アルビオンの事だって、あれやこれや聞きたがるクラスメイト達を言葉巧みにはぐらかす弁舌を考えれば、果たしてジョセフはどこまで本当の事を言っていてどこまでが嘘なのか判断すらつかなくなってくる。
「あああああああ! なんで使い魔のことでこんなに悩まなくちゃいけないのよ!」
 学園にいる多種多様なメイジの中で、使い魔との関係に悩むメイジはたった一人しかいないだろう。従って誰にも相談出来ない問題と言うのもルイズの焦りを加速させる。
 そもそもジョースターの血統に連なる人間は危機的状況に陥った場合、親しい人間に自分の本心を隠す傾向がある。ジョセフの祖父ジョナサンも、父ジョージ二世も、母エリザベスも、娘ホリィも、孫の承太郎も、息子の仗助も。
 何かしらの危機に際して立ち向かう時、危険に晒されるのは自分だけでいいと考え、親しい者には何も教えないまま……という傾向が強く見られる。
 そんなジョースターの血統を色濃く受け継ぐジョセフも、魔法を持つルイズに対してはそれなりに本心を打ち明けている方だった。打ち明けている方なのだが、日頃の大嘘っぷりが信用を損なってしまうという……まあ言ってみれば自業自得と言うやつである。
「あああああ、私にもハーミットパープルさえあれば……! ジョセフの考えてることなんか全部つるっとまるっとお見通しなのに……!」
 そしてまたベッドの上で仰向けになって足をじたばたさせる光景が繰り返された。
 しかし、不意にルイズの足の動きがぴたりと止まる。足を止めたルイズの視線が、部屋の隅に広げられているボロ毛布に向けられていた。
(ああっ……! そうか、これよ、これだわ……!)
 忠誠に報いるべき点が見つかった。
 しかし本当にやっていいのかどうか。考えれば考えるほど危険なイメージが浮かばないこともない……が、その不安は指にはまったルビーを見ることで和らげる。
「……しっかりしなさい、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール……こ、これは……忠実な使い魔に対する御褒美なんだから……それ以上のことなんかないんだから……!」
 はぁぁぁぁぁぁぁぁ、と波紋呼吸にも似た深呼吸をしながら、意を決してクローゼットに向かうとネグリジェを取ってベッドに戻る。そしてジョセフが戻ってこないうちに着替えてしまおうとボタンを外し、ブラウスを脱ごうと袖から腕を抜き始めたその時。
「帰ったぞー」
 外でタイミング計ってたんじゃね? というくらい見事なタイミングでドアを開けて帰ってくる使い魔。
「ひ」
 引き攣った悲鳴になりかけた音が口から洩れた次の瞬間、左手で素早く胸を隠し、右手で掴んだ枕を即座にジョセフ目掛けて投げ付けた。
「うお! 何すんじゃルイズ!」
「あ、あああああああんたレディの着替え中にノックもしないで入ってくるとかどういうことよ!?」
「いや待て、ちょっと前までわしに着替えさせてたじゃろ!」
「問答無用! いいって言うまで外に出てなさいよ!」
 ルイズが杖を手に取ったのを見て慌てて部屋から出て行くジョセフ。
 ジョセフはまたもどっぷり落ち込んで壁に凭れ掛かった。
 ホリィがルイズと同じ年頃の時は、他の思春期の少女によく見られる、父親を嫌悪する様子はなかった。むしろベタベタと甘えてきたし、ジョセフもそれが当たり前だと思っていた。
 十年振りに会った途端に義手の指を抜き取る、反抗期とか中二病とかそんなチャチなもんじゃないもっと恐ろしい孫は問題外として、世間並みと言える反抗期を初めて体験するジョセフには非常に辛い経験だった。
「わしが一体何かしたんか? 最近ルイズが冷たい……」
 ジョセフとしては依然変わりなく小生意気で可愛い孫の世話をしているはずなのに、その孫が見せる反抗期っぷりにずっしり落ち込んでいた。
「……入ってもいいわよ」
 躊躇いがちに聞こえたルイズの言葉があってから少々間を置いて、ジョセフは部屋に入る。ネグリジェ姿のルイズが、窓から差し込む月明かりに照らされていた。
 ルイズはぷいと顔を背けながらも、部屋に入ったジョセフに向けてブラシを差し出す。
「……ほら、髪、梳きなさいよ」
 着替えは見せないくせに髪は梳かせる不可解さにジョセフは首を傾げたが、それに言及するとまた怒鳴りそうなので、大人しくブラシを受け取って髪を梳いてやる。
 艶やかな桃色のブロンドを梳き終わると、ルイズはベッドに横たわった。
 机の上のランプに向かって杖を振ると、明かりが消える。持ち主の合図で付いたり消えたりする何という事はない魔法のランプだが、これでも随分と高価なものである。
 窓から差し込む月明かりがほのかに部屋を照らす中、ジョセフはいつものように部屋の隅の毛布へ向かって歩いていく。
「――ねえ、ジョセフ」
 髪を梳かせていた時から言うタイミングを逸し続けていたルイズだったが、喉の半ばで詰まっていた言葉をやっとの思いで吐き出した。
「どうした、ルイズ」
 立ち止まって振り返るジョセフを見つめ、また喉につかえかけた言葉を懸命に続けた。
「い、いつまでも床ってのはあんまりだわ。だから、その、ベッドで寝ても……いいわ」
「は?」
 思わずジョセフが聞き返した。
「か、勘違いしちゃダメよ! 床の上で寝てるのが可哀想だって思っただけなんだから! ヘ、ヘンなこととかしたら追い出すんだから!」
 時折妙な行動を取りがちなルイズだが、今夜は一際奇妙だった。
 相手のこれまでの行動や言動を把握して次に言うセリフの予言さえ簡単に出来てしまうジョセフでも、ルイズの次の言葉を予測するのは至難の業だった。
 ベッドの端で毛布に包まって丸くなっているルイズの後頭部に向かって声をかける。
「いや、そりゃー床の上よりベッドの方がいいけどなァ。本当にいいんか?」
「いいって言ってるじゃない。何度も同じこと言わせないで」
 こういう場合に遠慮しないジョセフは、それ以上は特に聞かずベッドに上がり込む。
 枕が空いてるので遠慮なく頭を乗せ、ベッドが広々と空いてるので大の字に寝る。
「……寝てもいいって言ったけど。ご主人様より占有面積が多いってどういうことよ」
 毛布からちょこりと頭を出し、我が物顔に寝転ぶジョセフを睨む。
「ああお構いなく」
「構うわよ! このベッドは誰のベッドだと思ってるのよ!?」
「それならそんな端っこで丸まってないでお前も遠慮なく手足を伸ばせばいいじゃろ。わしとお前の二人なら十分に大の字で乗れるぞ」
「……なら枕返しなさいよ」
「ん? んじゃこうすりゃいいんじゃないか」
 ルイズが反応する間もなく、ジョセフの手がルイズを抱き抱えたかと思うとそのまま自分の横に引き寄せた。
「え?」
 ルイズの頭が何かに乗せられた。普段使っている枕に比べて固くて高いが、頭の据わりはいい。
「え? え?」
 頭を横に動かしてみる。
 すると、ジョセフがすぐ真横にいる。
「え? え? え?」
 ジョセフの腕がルイズの頭の下に、ルイズの頭がジョセフの腕の上に。
「え……えぇーっ!?」
 つまり腕枕の形になっていた。
「あ、ああああああああああんたいいいいいいいいいいったいなななななななななにを」
 今の自分がどんなことになっているか気付いたルイズは、間違いなく自分の顔から火が出ているとしか思えなかった。
「何って腕枕じゃが」
「いいいいいいいいいやそそそそそそそそそういうもんだいじゃああああ」
(昔はちい姉様によく添い寝してもらったけれど、それでも腕枕だなんて。それも、こんなおっきい男だなんて。いくら使い魔だからってここここここここれは)
「ふぁぁぁ」
 思考が暴走しかけたルイズを引き止めたのは、暢気な欠伸だった。
 ルイズに腕を貸したジョセフが早々と意識を手放そうとしているのを見て、これまでの躊躇いとか逡巡が全部無駄だったことに気付いた。
 と言う訳でとりあえず。
「おふっ」
 何のいわれもなく脇腹にチョップを入れられたジョセフが、ちょっと恨めしそうにルイズに視線を向けた。
「……何よ。せっかくご主人様が一緒のベッドで寝てもいいって言ってるのに特に感想もなく寝ようって言うのかしら」
「感想っつってもなー。いや、今までに比べたら随分と寝心地がいいがのォ」
「他にはないの」
「他? えーと、ご主人様の溢れる慈愛に感謝しとりますじゃとか」
「……まあいいわ」
 ルイズは少しだけ口を尖らせたが、頭をもぞもぞと動かしてもっと落ち着きのある位置を模索した。
 それからちょっとして、ちょうどいい角度を見つけたので本格的に頭をジョセフの腕に預けてしまう。
 愛用の枕に慣れ親しんでいた感覚からすれば違和感はやはりあるが、それもそのうち慣れてしまうのだろう。
「……あふ」
 ルイズの小さな欠伸が消えると、再び静寂が訪れる。
 しかしジョセフは再び眠気を捕らえようとしているのに対し、ルイズは頭の中でぐるぐると益体もない思考を巡らせていた。
(……何よ。私だけが大騒ぎしてただけっていうこと? 馬鹿馬鹿しいわ)
 最悪の場合、家族やアンリエッタ王女殿下にお詫びしなければならない事態も考えていた。けれどジョセフは、ルイズと同衾することは孫娘と一緒に寝ること以上でも以下でもないようだった。
(……そりゃそうよね。私は、孫よりも年下で……うん。ジョセフはお父様より年上だもの。そんなはしたないことになるワケがないじゃない。考えすぎだったのよ)
 けれど、それでも胸の奥をちくりと刺す様な痛みを無視できない。
 それは本当に小さくて、無視しようと思えば簡単に無視できるけれど、ルイズはその痛みを無視したくなかった。
 何故ならその痛みは、ルイズの中にある確かな痛みだったから。
「……ねえ、ジョセフ」
「んあ?」
 少しまどろみかけていたジョセフのシャツの裾を、小さな手でちょっと握った。
「……眠るまで何かお話して」
「話か? んー、どんなのがいい」
「そうね……じゃあ、ジョセフのいた世界のおとぎ話なんか聞きたいわ」
「む、おとぎ話か。じゃあ、こんなのはどうかのう……」
 昔、小さいホリィに話した記憶を思い出しながら、赤ずきんを話して聞かせる。
 最初のうちは相槌も興味深げに打たれていたが、それも少しずつゆっくりとなり、少しずつあやふやになっていく。だがジョセフは、それでもおとぎ話を続けていく。
 やがて安らかな寝息が立て始めたルイズは、ころり、とジョセフに向かって寝返りを打つと細い手を使い魔の胸に回した。
 ジョセフは優しく目を細めると、ルイズの肩に毛布をかけてやった。
「……狼はお腹に詰め込まれた石が重くて、川で溺れてしまったんじゃ。猟師に助けられた赤ずきんとお婆さんは、三人でパンとワインをおいしく食べたそうな。めでたしめでたし……」
 すう、すう、と規則的な寝息を立てるルイズを見て、ジョセフも今度こそはと目を閉じる。
 やがて小さな寝息と、十分間途切れない寝息を重ねる二人を、ただ月明かりだけが照らしていた。


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