ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-41

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匿名ユーザー

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 戦いの決着が付いてから数秒が経って、やっとメイジ達は正気に戻った。
 トリステインの魔法衛士隊の隊長を務めるスクウェアメイジが、四体の遍在を駆使してなお惨敗と言う言葉さえ生ぬるい敗北を喫したのを目撃したばかりでなく、それを成し遂げたのが杖の一つも持たないただの平民の老人であるという事実を受け止めきれない者も少なくない。
 しかしそれでも、アルビオン王国有数の精鋭であるメイジ達は、一斉にジョセフへと杖を向けた。
 この状況で真実が把握できない以上、騒動の中心にいた者達をまとめて捕縛するのは至極真っ当な思考であるからだ。
 ジョセフもまた、それを理解しているからこそ。「うぉーい! 俺の! 俺の見せ場が!」と騒ぎ立てているデルフリンガーを取りにいく素振りすら見せず、悠然と両手を挙げているだけだった。
「夜分お騒がせして申し訳ない、ニューカッスルの皆様方よ! 事情はわしではなく、わしの主人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが説明する! すまんが誰か主人を介抱してくれんか!」
 抵抗の意思はないと判断した数人のメイジが、ルイズに駆け寄り応急手当てを開始する。
 ウインドブレイクで吹き飛ばされて地面を転がされたルイズだったが、気は失っているが特に重傷を負ったというわけではないようで、メイジ達の様子に切羽詰ったものがないのが見える。
 ジョセフは安堵の息をついて、警戒を弱めず自分に近付くメイジ達を眺めていたその時。
「待て! 彼らの身柄は私が預かろう!」
 中庭に響く凛とした声に、その場にいた全員の目がそちらに向いた。
 そこに現れたのは、ウェールズ皇太子と、キュルケ、タバサ、ギーシュ達だった。
 この場で最も地位の高い王子の言葉に、メイジ達にざわめきが広がる。
「お待ち下さいウェールズ様! まだどのような事情があるのか把握できておりませぬ! ここは我々が――!」
 一人のメイジの言葉にも、ウェールズは平素の悠然とした笑みを崩さずに言った。
「実は少し前にここに着いていたのでね、ヴァリエール嬢が貴君らの前に立ちはだかった直後から今までを見せてもらった。あの一連の光景を見て事情を察するべきではないかな、高貴なるアルビオン王家に仕える者としては」
 にこやかに言うウェールズに、部下達はそれ以上食い下がることは出来なかった。
 自分に反論がないのを見届けると、纏っていたマントを翻し、高らかに宣言した。
「彼らの身柄はこのウェールズが預かる! 貴族の風上にも置けぬこの裏切り者を捕縛し、地下牢に放り込んでおけ!」
 ワルドを捕らえる様部下に命じてから、ジョセフへと鷹揚に近付いていく。キュルケ達も、メイジ達の視線を受けながら三者三様の様子でウェールズの後ろを付いていく。
「いや、すごい戦いだった。君のような戦士がもう少し早くアルビオンに来てくれれば……というのは、ただの願望だね」
 警戒を全く見せず、平素の表情を見せるウェールズに、ジョセフはほんの少しの苦笑を浮かべて言葉を返す。
「宜しいのですかな、殿下。私がもし殿下を狙う暗殺者であったなら、最早この時点で殿下のお命は……」
「本当に私を殺す気がある者は、私にその様な忠告などしてくれないものだ。それに御老人にはいい主人といい友人がおられる。あの爆発音が聞こえて泡を食ってここに駆けつける最中、君の三人の友人達が懸命に事情を説明してくれた。
 それを信じられぬほど、私の心は曇っていないつもりだが。それにあの貴族の鑑たるヴァリエール嬢を片や傷付け、片や傷付けられ憤る。どちらに義があるか、という話だ」
「聡明な判断に舌を巻くばかりですな。多少無警戒かと思いますが、こちらとしては都合がよいことでして」
 それからジョセフは、ウェールズの後ろにいる三人の友人達に、普段と変わらない笑みを見せた。
「すまんな三人とも。王子様にあの部屋にいてもらうワケにゃーいかんかったので、ちょいとウソをついちまった」
 その言葉に、不服そうな顔をしたのはギーシュだけだった。キュルケはいつも通りにあっけらかんと笑ってジョセフに答える。
「いいのよ、ダーリンが何かやろうと仕組んでる時の顔くらいもう判るわ。とりあえずルイズを起こしてあげなくちゃならないんじゃない?」
 ジョセフ的にはチラ見程度のつもりだったが、周囲には気になって気になって仕方ありません以外の何物でもない視線の向け様で気絶したままのルイズを見ていた。
「おう、んじゃ行って来る」
 さっとルイズへ小走りに向かうとメイジ達からルイズを受け取り、緩やかに波紋を流す。
 僅かな間を置いて、小さな寝息のような声を立ててルイズの目が開いた。
 まだ夢に片足入れているような表情で、自分を抱いているジョセフを見上げ。何かを言おうと口を動かそうとするが、何を言っていいのか判らず、困ったような悲しい顔で、それでも何かを言おうとするルイズの頭をそっと胸に抱いた。
「いいんじゃ、いいんじゃよ。今は何も言わんでいい。わしが守ってやるからな……」
「…………!」
 平素の彼女なら、貴族の誇りや意地っ張りが邪魔してジョセフの脇腹にチョップを入れて適当に悪態を付いてジョセフの腕から離れていただろう。
 だが、幼い時からの憧れであり婚約者であったワルドが醜い裏切り者で、何の躊躇もなく自分を殺そうとした殺人者で。
 ルイズを守護し庇護するジョセフに縋り付いて、沸き上がる感情のままに泣き出さなかったのは、せめてもの彼女のプライドだった。
 しかし、使い魔のシャツがたわむくらい強くつかんで、頭を強く胸に擦り付けることで、泣き出しそうになるのを懸命に食い止めていた。
 その姿を見下ろすジョセフが何の思いも抱かない訳がない。
 高慢でプライドばっかり高くて小生意気な主人が、人目があるこの状況で自分に縋り付いて感情を爆発させるのを堪えている。
 この引き金を引いたのはワルドだ。だがそのワルドに引き金を引かせるべく銃を渡した張本人……レコン・キスタに、ジョセフの怒りが向けられないはずはない。
 ピンクのブロンドの上から子供をあやすように背中を軽く叩いてやりながら、地面に落ちたデルフリンガーに歩いていって鞘に収めると、律儀に自分達を待っていたウェールズ達の元へと歩いていく。
 その僅かな歩みのうちで、ジョセフはこれからの計画を全て築き上げていた。
「それにしても」
 ウェールズは普段の朗らかな笑みの中に、少なからぬ自嘲の色を滲ませて呟く。
「それにしても、レコン・キスタは……よもや誉れ高きトリステイン王国のグリフォン隊隊長まで手中に収めるとは。なるほど、これでは我がアルビオン王国もあれほどまで容易く滅びに進まされた訳だ」
 重いため息をついて双月を見上げるウェールズに、ジョセフは緩く首を振った。
「向こうの手練手管に絡め取られたのは事実、じゃがこのまま手をこまねいとれば、トリステインも二の舞を踏むことは判り切っておる。幸い、まだアルビオン王国に時間は残されておる。
 アルビオン王家の滅亡を止める事は最早出来んじゃろーがッ。一つ、この老いぼれの戯言を聞いてみる気はありませんかな、殿下?」
 ルイズを腕に抱いたまま、帽子の下からニヤリと笑った顔をウェールズに向けた。
 明日には亡くなる国とは言え、ウェールズはれっきとした王家の皇太子である。ここで平民の老人の戯言など聞く道理などない。が、アンリエッタのいるトリステインの話を持ち出されれば話は違う。
「いいだろう、スヴェルの月夜だと言うのに随分と騒がしく眠気も覚めてしまった。一つ、夜話ついでに聞かせてもらえないだろうか」
 ウェールズの興味を引いた時点で、ジョセフの計画は成ったも当然だった。
 口の端を不敵に吊り上げたまま、ジョセフは友人達へ視線をやった。
「それでは、わしの主人と友人達にも同席をお許し頂きたいんですが構いませんかな?」
「ああ、大歓迎だ。それでは……ホールに行くとしよう。私の部屋は客人をもてなせる部屋ではなくなったようだからね」
 苦笑を浮かべるウェールズに、ジョセフはいつも通りの悪戯めいた笑みを見せる。
「宝石箱だけはわしの部屋に何故か避難しておりました。何とも不思議なことですな」
 その言葉に、一瞬ウェールズのみならずルイズ達も動きを止めた。
「アっ……アンタ何してくれてるのよぉーっ!!」
 腕の中から上がったキンキン声に、ジョセフも思わずのけぞった。
 王子の部屋に忍び込んで殺傷能力の高い爆弾を仕掛け、ついでに宝物を拝借する平民。何の情状酌量もなく即刻手打ちになって然るべき大罪である。
 しかしウェールズはたまらず笑みを零し、それから弾ける様な大きな笑い声を上げた。
「全く! 出会ってからこの方一本取られてばかりだ! しかも私の命を救い裏切り者を誅しただけでなく、私の大切なものまで守ってくれるとは!」
 こみ上げる笑いを堪え切れないまま、ウェールズはルイズに向き直った。
「ミス・ヴァリエール」
「は、はい!!?」
 思わず声を裏返らせてジョセフの腕の中で固まるルイズに、皇太子は愉快さを隠しもせずに言った。
「君の使い魔殿は全く以って痛快だな! 羨ましさばかりが先に立つ、大切にすべきだ!」
「言われなくてもご覧の通り、とっくにダーリンにメロメロですわよ殿下」
 その様子をチェシャ猫の様な楽しがるだけの笑みで口元に手を当てるキュルケの言葉に、ルイズが毅然と反論を試みた。
「ななななな何をねねねねねね捏造ししししししてくれてるのかしら!」
「君はとりあえず落ち着くべきだ」
 この騒ぎも何処吹く風で読書を続けるタバサの横で、見かねたギーシュが呆れ顔でツッコミを入れた。
 そのままの賑やかさを維持したまま、つい数時間前まで華やかなパーティが行われていた大広間に到着する。パーティの片鱗すら感じさせぬほど整然と片付けられたホールは、最後の務めとなる明朝の食事を待つだけだった。
 全員が一卓のロングテーブルを囲んで座ると、ジョセフは企みを含んだ楽しげな笑みを自重しようともせず、広いホールに集まったたった五人の観客をぐるりと見やった。
「さてお集まりいただいた善男善女の皆々様、少しの間老いぼれの戯言に付き合ってもらうとしますかなッ」
 それからジョセフのプレゼンテーションが開始された。
 最初のうちこそ、メイジ達は「愉快な使い魔の一芸」を観覧するかのような気楽さで聞いていた。
 しかしジョセフの説明が進んでいくに連れ、メイジ達の両眼には誰の例外も無く驚きの色が色濃く積もっていく。
 タバサでさえ本から目を離し、驚きを隠さない目でジョセフを見つめるほどだった。他の面々は、言うまでもない。

 さしたる時間も経たないうちに、ジョセフは五人のメイジ達の顔にただならぬ真剣さを帯びさせる事に成功していた。
「――とまァ、大体こんな感じかの。わしの見立てではこれで明日、レコン・キスタの連中に目に物見せてやれる。ただ手は幾らあってもいいんでな、わしの敬愛する主人と友人達にも助力を願うことになるんじゃが」
 そのへんどうよ、とジョセフがルイズを見れば、信じられないと雄弁に語る瞳孔の開いた両眼でジョセフを見返していた。
「……それが本当なら、私達に断る理由なんてないわ。でも信じられないわ、そんな事が本当に出来るの!?」
 大きく頭を振り、ジョセフが語った言葉をもう一度頭の中で繰り返すルイズ。
「わしの住んでた国ではけっこーオーソドックスな手段でな。非常に手軽で安価で便利じゃ。効果の程はわしが保証する」
「ジョジョ! 理屈は判った、でも問題は多い! 明日の決戦……確か正午だったか、それまでに本当に準備できるというのか!?」
 ギーシュもまた、荒唐無稽としか思えないジョセフの言葉を信じ切れずにいた。
「なーに、このニューカッスルには三百のメイジと三百の使い魔がおる。まー多少時間は厳しいかもしれんが、問題ない」
「……でももっと大きな問題があるわ、ダーリン」
 そっと手を上げたキュルケが言葉を繋げる。
「ダーリンをよく知ってる私達でさえ、今の話を信じ切れてないわ。そんな話を、どうやって他の貴族達に信じさせるというの?」
 至極尤もな言葉にも、ジョセフは想定内の質問とばかりにニヤリと笑った。
「なァ~~~~~に、そんな初歩的なコトをこのジョセフ・ジョースターが考えてないワケがないじゃろ。まーァ見ておれ、ここで一つわしがいいモンを見せてやろう。
 ただそれにはちょいと杖を貸してもらわなくちゃならんのと、今すぐに国王陛下にお目通り願わなくちゃーならんがなッ。このジョセフ・ジョースターの真骨頂を是非披露したくはあるんじゃが~~~~~」
 そこで一旦言葉を切り、チラ、とウェールズ達を見る。
 全員今にもエサに食いつきたくて仕方がないが、果たして本当に食いつくべき代物なのか悩みに悩んでいるのが手に取るように判る。ジョセフはそこで満を持してとどめの一言を放った。
「ま、どーせ信じろって言われてもムリな話じゃし。大人しくわしらはシルフィードに乗って帰るほうが無難じゃわなー」
 こくり、と唾を飲んだ音が聞こえ。次の瞬間、バネでも仕掛けられたように勢いよく立ち上がった人物に、全員の視線が集まった。
「どうせ明日までの命だ、今夜以上に痛快な光景が見られるというのなら……!」
 全員……いや、ジョセフ以外の視線は、驚愕。
 してやったり、と笑うジョセフに、ウェールズは意を決して笑い返した。
「アルビオン王家の王子として約束しよう、今すぐにでもアルビオン王への謁見を許すと!」
 六人で使うには余りに広すぎるホールに響く、皇太子の言葉。
「グッドッ!!」
 68歳とは到底思えない満面の笑みにウィンクまでつけてサムズアップし、それからルイズ達に向き直る。
「さぁ、後は杖だけじゃな! さぁさぁ、このジョセフの口車に乗ってみせる向こう見ずはどこにおるッ!」
「いいわッ! 本当なら絶対、ぜぇぇぇぇぇぇったい触っちゃいけないモノだけど! 私は、私は!」
 突き出された杖は、ルイズのそれだった。
「ジョセフ……自分の使い魔の本領とやら、主人として確認しなくちゃならない義務があるわッ!!」
 ジョセフに向けて揺ぎ無く杖を突き出すルイズ。
 その光景に、ルイズの同級生である三人は一様に驚きに捕われた。
 メイジにとって杖とは、自分の誇りを示す証と言っても過言ではない。
 そんな貴族の中でもプライドが恐ろしく高いルイズが、例え自分の使い魔と言えども平民に自分の杖を渡すなどとは想像だにし得なかった。
 ジョセフの手が、まるで女王から授与される勲章を受け取るかのような恭しさで杖を受け取ったのを見届けると、自分の杖に掛かっていた手を離し、キュルケは愉悦を隠さずに言い切った。
「どうやら、このスヴェルの月夜は有り得ない事ばかり起こるらしいわねっ! ここを見逃したら一生悔やんでも悔やみ切れないことだけは判ったわ!」
 断言したキュルケは、有無を言わさずタバサの手を取った手を上げた。
 タバサも手を上げられたまま、小さくこくりと頷く。
 自分以外が異様なテンションになっているのを見たギーシュは、おろおろと全員を見渡すが、最後には迷いや恐れを振り切り、叫んだ。
「ええい、こうなったらヤケだ! 僕も乗ればいいんだろう、ジョジョ!」
「そうじゃな、そうじゃなくっちゃなァ!!」
 楽しくて仕方がない、と力一杯主張する笑みのまま、椅子から立ち上がった。
「さーあ、ここからわしのオンステージになっちまうワケじゃがッ。今から起こる事ははわしの友人達だからこそ見せておきたいモンじゃからなッ。しーっかり見といてもらわなくちゃ困っちまうぞ!」
 自信満々に言ってのけるジョセフは、何が起こるかは言うつもりがないらしい。蓋を開けてのお楽しみ、と言う事を察したメイジ達は、一体これから何が起こるのか、大きな期待と多少の不安を胸に抱いたまま、ジェームズ一世の寝室へと向かうことになった。

 ジェームズ一世には深夜の突然の訪問は堪えるようであった。
 訪問してきたのが息子でなければ断っていただろう。
 魔法のランプでほのかに灯された寝室の中、やっとの思いで半身を起こしたジェームス一世のベッドの傍らに、メイジに混じってとは言え平民の老人が跪いているのは、ある意味奇跡と称して良い光景である。
「何の用じゃ、トリステインからの客人達よ」
 立ち上がるだけでさえよろめくような老いた王の声は、決して雄雄しいものではない。
「用の前に一つ。面白いものをご覧に入れましょう」
 す、とジョセフが立ち上がり、杖を持ったまま寝台に近付く。
 微かに聞こえる奇妙な呼吸音が波紋呼吸だと理解できたのは、ルイズ達魔法学院の生徒だけであり、王と王子にはそれが呼吸の音だとはすぐに理解は出来ない。
 それからジョセフの口から呪文めいた言葉が流れるが、誰もその呪文が何なのか理解できない。それもそのはず、ビートルズの「GetBack」の歌詞を口ずさんでいるだけである。
 それと同時に呼吸で練り上げられた波紋はジョセフの体内を駆け巡り、薄暗い寝室に太陽を思わせる光が灯っていく。
 体内に巡る波紋を少しずつ右腕に集約させ、右手に凝縮し、杖に乗せ――
「ちょっとだけ! 深仙脈疾走!!」
 ボゴァ! と迸る音と共にジェームス一世の腕に当てられた杖から凄まじい勢いで流れ込む生命エネルギー!
「お、おおおおおおおお!!?」
 ジェームス一世の全身から噴き出た波紋の残滓が、寝巻きを容易く引き裂く!
「な、何を!?」
 何が起こるかを説明されていない一行は、王に起こった異変に息を呑む。
 しかしそれもほんの瞬間の事。波紋の光が消えた部屋の中、ジェームス一世はくたりと首を俯かせて深く息を吐いた。
「さあ陛下、お手を」
 ジョセフが差し出した手に伸ばされた手は、年老いた枯れ木のような手ではなく。若々しい生気に満ちた力強い手だった。
 それだけではない。破れた寝巻きの狭間から見える肉体も往年の若さを取り戻していた。
「お、おおおおお……」
 王の口から漏れる声すら、パーティで見せたような老いを微塵たりとも感じさせない。
 自らの身体に起こった変化が信じられないながらも、ジェームス一世はあれほど難儀していたベッドから降りるという作業を、何の苦も無く行えた。その事実に、目を見開いた。
「こ、これは如何なることだ!? 一体、何が朕に起こったというのだ!?」
 誰の助けを必要ともせず、両の足だけで支えられた身体を夢幻ではないかとひっきりなしに視線を走らせる王に、ジョセフは恭しく跪いた。
「失礼ながら、王にこのジョセフ・ジョースターの操る系統の片鱗をお見せしただけに過ぎませぬ」
「系統? 朕が知る四大系統の魔法に、この様な奇跡を起こす魔法などついぞ知らぬ!」
 若さと生気を取り戻した驚きと、ふつふつと滲み出す歓喜に声を知らず張り上げても咳の一つすらする事はない。
 ジョセフは不敵に笑って、王を見上げる。
「魔法の四大系統は御存知の通り、火、風、水、土。しかしながら魔法にはもう一つの系統が存在します。始祖ブリミルが用いし、零番目の系統。真実、根源、万物の祖となる系統」
 魔法の授業で聞きかじった単語を繋げていかにもそれらしい説明を立て板に水の例えの如く並べ立てるジョセフ。
 波紋の力を理解していなければ、ジョセフの口から流れてくる言葉がまるっきりの大嘘だとは誰も理解できないだろう。彼を良く知るギーシュでさえ(ジョジョはまさか本当に虚無の使い手だったのか!?)と考えるに至っていた。
 まして波紋を知らないアルビオン王家の親子にとって、それを信じない訳には行かなかった。
「まさか……まさか! 零番目の系統、虚無だと言うのか!」
 ジェームス一世は自らの身体に走った波紋の流れを、虚無の力だと誤解してしまった。
 ジョセフは跪いたまま、ニヤリと笑って頷いてみせる。
「私はその力を、始祖ブリミルより授かりました。しかしながらこの力は軽々には見せられぬもの。ですがアルビオン王国のみならず他の王家に仇為す反逆者どもの蛮行をこれ以上見過ごす訳には行きませぬ」
 いくらジョセフが奇妙な能力に事欠かないとは言えども、ジョセフの親友達は彼の真の能力をまだ見ていなかったことにやっと気がついた。
 ジョセフの本領とはガンダールヴの能力でも波紋でもハーミットパープルでもない。
 ジョセフの真の能力は、嘘を真実に変貌させるその頭脳と口先!
 奇跡を見せ付けられた人間が、奇跡を見せつけた人間の言葉を疑うのは非常に難しい。ただでさえ甘い言葉が、乾いた砂に水を注ぐように王の心を支配していく。
 老いたりとは言え一国の王が、平民の言葉を信用し、受け入れ、最後には始祖ブリミルが遣わした使徒であると完全に信用してしまう光景を、若者達は目撃した。
 部屋の隅に置かれた水時計は、ジョセフ達が寝室に入ってから出るまでの時間を「23分」と刻んでいた。
 後に、数人のメイジの共著により記された本は「23分間の奇跡」と題され、交渉術の秘伝の書として密かに受け継がれていくことになるのだが。
 それはまた、別の、話。




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