ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-36

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 ジョセフ達は一路ニューカッスルへと向かうことになった。
 鋸の歯のようなアルビオンの海岸線に沿い、なおかつ雲に隠れての航海だというのに、その身を隠したイーグル号は全く危なげなく進んでいくことにジョセフは感心した。
 やがて三時間ほど経つと、大陸から大きく突き出た岬が見え、その突端には高く立派な城が聳えていた。
「あれがニューカッスル城ですかな」
「その通り。あれが我がアルビオン王国最後の城砦、ニューカッスル城だ」
 後甲板で空に浮かぶ光景を眺めていたジョセフの質問に、大使一行と世間話に興じていたウェールズが答える。
 ちなみにウェールズに言い寄ったキュルケは、『私には心に決めた人がいる』とあっさり断わられたので再びジョセフに接近し、ルイズの怒りを煽ったのは言うまでも無い。
 だがイーグル号はまっすぐニューカッスル城に向かわず、再び雲に隠れるように大陸の下側に潜り込んで行った。
 ギーシュが首を傾げて質問した。
「何故城にまっすぐ向かわないのです?」
 その言葉にウェールズが上を見上げれば、城の上空に戦艦が下りてくるのが見えた。
「制空権は取られているのでね。このイーグル号ではあのフネに太刀打ち出来ない」
「なるほど。ありゃー確かにデッケェですな」
 掌を目の上に平行に翳して戦艦を見上げたジョセフが、感心したように言った。帆の高さや砲門の数からして段違いだ。
「かつての本国艦隊旗艦、『ロイヤル・ソヴリン』号だ。叛徒達のものとなった今では『レキシントン』号と名前を変えている。奴等が初めて我等から勝利をもぎ取った戦地の名前を付けている。よほどの名誉と感じているようだ」

 微笑を称えながらの説明を受けている間にも、レキシントン号は砲門を開き、ニューカッスル城に砲撃を加えていく。
「ああして時々嫌がらせのように大砲を撃ってくる。今ではあれも子守唄程度にしかならないがね」
 レキシントン号の上にはドラゴンも数頭舞っている。
「見ての通り戦力の差は歴然、という奴だ。かの艦の備砲は両舷合わせて百八門、おまけに竜騎兵も積んでいる。当然我が艦があのような化物に敵う筈もないので、雲中を通り大陸の下から城に続く秘密の港に向かうという次第だ」
 ウェールズの言葉通り、イーグル号は白い闇のような雲の中を何の苦もなく進んでいく。
「目隠ししながら航海しても大丈夫そうですわね、殿下」
 卓越した航海術に感心したキュルケの言葉に、ウェールズは有難うと微笑んだ。
「これくらいのことは王立空軍なら出来て当然だが、貴族派の艦ではこうはいかない。あいつらは所詮、空を知らない無粋者さ」
 ふぅん、とジョセフが横目でウェールズを見やる。
 やがてイーグル号はマリー・ガラント号を曳航して秘密の港に到着した。
 白い発光性の苔に覆われた鍾乳洞を改造して作り上げた港に停泊した船から、ジョセフ達はウェールズに付き従って城内の彼の居室へと向かう。キュルケとタバサは、船長室の例に倣って別室で待機である。
 城の天守の一角にあるウェールズの部屋は、王子の部屋と言われても信じることが出来ない、屋根裏部屋そのものな部屋であった。あるのはベッドと椅子とテーブル、飾りと言えば戦の様子を描いたタペストリー。そのどれもが、平民が使うような粗末な代物だった。
 ウェールズは机の引き出しから宝石箱を取り出し、中に入っていた一通の手紙を手に取り、名残惜しげな面持ちでキスをした。その時に、蓋の裏側にアンリエッタの肖像画が描かれているのが垣間見えた。

 ウェールズから手紙を受け取り、代わりにアンリエッタからの手紙を差し出したルイズは、意を決して皇太子に戦況を聞いた。
 ウェールズはただ事実のみを答える。ニューカッスル城に篭城する王軍の数三百に対し、ニューカッスル城を囲む貴族派の数、五万以上。ただ勇敢に討ち死にする様を見せ付けるしかない、と、三百の頂に座する皇太子は何の澱みもなく言ってのけた。
 その言葉に、ルイズは走り出す胸の鼓動を抑えようと、大きく息を吸い込んでからウェールズになおも言葉を続ける。
 手紙を自分に言付けた時のアンリエッタの様子、内蓋に描かれたアンリエッタの肖像、そして手紙にキスした時のウェールズの様子。それらを勘案すれば、よほど鈍感な人間でなければおおよその事情は理解できた。
 アンリエッタ王女とウェールズ皇太子は恋仲だったのではないか、という質問に、ウェールズは多少悩んでから、答えを返した。「恋文だ」と。
 彼の言葉に、外野の人間が約一名、この旅二度目の絶望に打ちひしがれた。
 四百エキューを失い、憧れの姫殿下の心が亡国の皇太子のものであったことを認めざるを得なくなったギーシュは、絶望のドン底に掘られていた落とし穴に己の心が落ちていくのを感じていた。
「ああああ……姫殿下、姫殿下が……そんな……」
 船長室と同じように……いや、もしかすればあの時よりもっと深く打ちひしがれた彼は、ただ両手両膝を床について倒れ伏してしまわないギリギリで踏みとどまっていた。
「……御老人。今度は一体何を賭けていたのかね」
「今度は何も賭けておりません。私事でしょうな」
 多少呆れながらも、ジョセフはしれっとウェールズに言葉を返した。
 絶望の世界に旅立ってしまった約一名を放置したまま、皇太子と大使の攻防が再開される。

 恋文には始祖ブリミルに永遠の愛を誓った文面が記されているが、始祖に誓う愛は婚姻の際に誓うものでなければならない。もしこの手紙がゲルマニア皇室に渡れば重婚の罪を犯した姫との婚約を取り消す事になるのは火を見るより明らかである。
 だがそのような手紙を取り交わした仲であり、かつ互いに今も想い合っている二人を、目の前で別れさせてしまうことはルイズには到底看過出来る問題ではなかった。
 懸命に亡命を勧めるルイズは、見かねたワルドが肩に手を置いて制止しようとするのも構わずにウェールズへ詰め寄る。
 けれどウェールズは微笑みを浮かべてルイズの懇願を受け流す。
 かの手紙に亡命を勧めた一節があるはず、愛するアンリエッタ王女殿下の頼みを聞き届けてくれと食い下がる言葉に、やっとウェールズの微笑みに陰が差した。
 だがそこまでだった。ウェールズはそっと首を横に振っただけだった。
「――私は王族だ。嘘はつかない。姫と私の名誉に誓って言うが、ただの一行たりとも、私に亡命を勧めるような文句は書かれておらぬ」
 苦しげに言うウェールズの口ぶりは、ジョセフならずともルイズの指摘が当たっていたことが判るものだった。
 ただ黙って事の成り行きを眺めているジョセフの存在さえも忘れ、ウェールズをひたすらに見つめるルイズだったが、彼の意思がどうしようもなく固いのは変えようのない事実。
 トリステインの王宮貴族達に、アンリエッタが情に流される小娘だと思わせたくないのだと、思った。
 ウェールズは潤んだ目で自分を見上げるルイズの肩を叩く。
「君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。正直でまっすぐでいい目をしている」
 悲しげに俯くルイズに、ウェールズは優しく微笑んだ。
「忠告しよう。その様に正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい。しかしながら、亡国への大使としては適任だろう。明日に滅ぶ政府は名誉以外に守るものが他にないのだから」
 優しげな笑みのままウェールズは、机の上に置かれた、水が張られた盆を見た。盆の上には針が載っており、形からしてどうやら時計のようであった。
「そろそろパーティの時間だ。君達は我らアルビオン王国が迎える最後の客だ。是非参加してもらいたい」
 ジョセフ達は静かに部屋を退去する。
 しかしワルド一人が何やら部屋に居残ったので、少年少女達の最後尾にいたジョセフはキュルケとタバサに目配せをし、足音を立てない後ろ歩きで扉の前まで戻って聞き耳を立てた。
 途中からではあったが、ワルドが皇太子に何を語ったのかは把握できた。
 明日、ルイズと結婚式を挙げるので媒酌人を務めて貰いたい、と。ウェールズはそれはめでたい話だ、と快く引き受け、ワルドがそれに恭しく感謝の意を示したところで、ジョセフはまたも足音を殺して扉の前を退去する。
 一人天守から下りて行くジョセフの目には、ルイズには決して見せない怒りが渦巻いていた。

 パーティが行われるホールに向かう途中の廊下で、ジョセフはルイズ達に問いかけた。
「さっき皇太子が言ってたよな、城の王党派は三百、それに対して城を囲む貴族派は五万とな」
 ジョセフの言葉に、ルイズ達は軽く目をやって続きを促した。
「もしお前達が三百の兵が立てこもるこの城を落とすとしたら、用意する戦力はどれくらいだと思う」
 突然の質問にルイズは不躾よ、と怒るが、ギーシュ、キュルケ、タバサ、ワルドは思考を走らせた。
「少なくとも五万は用意しない。多くても五千だ。正直、五万も動かしたら戦費が……」
 命を惜しむな名を惜しめ、を家訓とするグラモン家の四男であるギーシュの言葉には実感がこもっていた。
「五千だって多いわ。地理的な条件を考えたとしても、三千もあれば万全だわね。それに向こうにはレキシントン号があるんでしょう? 制空権を取った城を落とすだなんて赤子の手をひねるのと同じ話よ」
 キュルケが続いて述べた言葉に、タバサが頭を振った。
「おそらく、貴族派はニューカッスル城にレキシントン号を使えない。だから五万の兵を用意せざるを得なかったと見るほうが正しいかもしれない。けれどただの示威行為である、という可能性も濃厚」
 ワルドがそれに頷いた。
「いくら貴族派が圧倒的優位とは言え、王党派も幾らかは紛れ込んでいるはずだ。もし彼らがレキシントン号に乗っていたりすれば、重要な局面で手痛い打撃を受けることになるだろう。だから、あえて参戦させないという選択肢を取らざるを得ない」
「それにさっき皇太子が言ってたわね、王立空軍には出来る雲の中の航海が貴族派には出来ないって。兵の錬度が低くて、自信を持ってフネを使えないと見た方が正しいのかもしれないわ」
 キュルケはイーグル号での会話を思い起こしながら呟いた。
「それに五万がメイジだと言う事は有り得ない。その多くが平民の傭兵だと考えられる。使い捨ての戦力を投入することに貴族派が躊躇するとは到底思えない。
 もはや貴族派の勝利は動かないなら、王族を駆逐する最後の戦いを飾るに相応しい幕引きに五万の兵を動かし、かつ切り札である空軍戦力を温存する、と言うのが五万の兵の理由として考えられる。勝ちの決まったチェスで相手を好きに嬲るのと同じ」
 いつになく多弁なタバサの考察に、全員が思い思いに沈黙した。
 それ以上の思考に耽る者、考えたくもないと渋面を崩さない者、何を考えてるか傍目には判らせない者。
 六人は沈黙を守ったまま、ホールへと辿り着いた。


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