ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

アヌビス神・妖刀流舞-27

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匿名ユーザー

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 宵闇照らすは、一つとなりし双月のみ。
 アヌビス神とデルフリンガーを携えしワルドは、相棒のグリフォンに跨りニューカッスルより飛び立ったのである。
 目指すは、旗艦『レキシントン』。今の彼の心の如く、グリフォンは迷う事無くぐんぐんと一直線に進む。
 迷いは晴れた。向う先判らぬ野心を導く灯火が心の中を明るく染め上げる。
 今、この心はあの十数年前の如し。この心が歩む力を生み出してくれる。

 しかし同時に後が無い。よく判らないうちにルイズの自分への評価が急下降している。
 今こそ、汚名挽回!名誉返上!じゃなかった、逆だ逆。
 このワルド、男気を見せねばならんのだ。

「なんか、すげーやる気じゃねーか?」
 ワルドの背でデルフリンガーがひそひそ声を出しながらも、鍔をがちゃがちゃと鳴らした。
「そりゃな。ご主人さまに良いところ見せないと後が無いからな」
 アヌビス神がワルドの腰からそれに答えた。
「素晴らしいおっぱい談義だったとは思うがね。女性には伝わらなかったか」
 ワルドの後より、ギーシュが顎に手を当ててうーんと唸った。

 つまり今ワルドは、ギーシュと共に『レキシントン』へと向っている。
 当初は、フーケもといロングビルじゃなくてマチルダと共にという予定であったのだが、穴に篭もって泣いている彼女は付いて来なかった。
 理由の半分は、何故か胸元を守る様に抱えて『セクハラ男はもう嫌!』と言い放ったその言葉によるところである。
 これにはワルド、大いに凹んだ。気の所為だろうが女運急降下中な感。

 ともあれ、アヌビス神が『じゃあギーシュでいいや』と言ったのでギーシュが付いて行く事となった。
 最初はやたらと怯えていたが、『スクウェアメイジとアヌビス神がいる場所の方が安全なのよ』とルイズに騙され、のこのこと付いて来た。
 ワルドは当然のように『ギーシュさん』に心酔している状態である為、『命に変えてもお守りいたします』と目を輝かせた。
 アヌビス神に取っては、いざと言う時の丈夫な変えボディ要員。ドットメイジだろうが、能力以上に勝手が少しでも判り合っている者。それが良い。
 デルフリンガーは、『いやー、ブリミルとかと一緒だった時代以来のワクワクだーね!』とやたらと明るい声でがちゃがちゃ騒いだ。

『レキシントン』への侵入そのものはとても簡単な物であった。
 堂々と甲板へと降り立つワルドへと、乗組員の水兵達は敬礼をもって出迎えた。
「警戒も無しかよ。完全に舐められてるなァ……」
「それだけ一方的な状況って事だぁね」
 ワルドの腰と背で、二振りがブツブツ愚痴た。
「そちらの方は?」
 水兵の言葉にワルドが、少しニヤリと笑い答える。
「噂に聞いた事は有るだろう。トリステイン貴族のギーシュ・ド・グラモン。
『ギーシュさん』だよ」
 自身満々なワルドに対し、水兵らは何の感傷も無い表情で、敬礼をして返した。
「随分とつれない反応だねぇ……」
「確かに妙では有るな。知ってる知らないの反応も無い」
 やはり妖しいと二振りは確認し合う。

「艦長の元へ案内を頼む」
 ワルドのその言葉に従う水兵に案内され艦内を進む。
 流石に深夜の時間も有り、戦勝ムードを考えれば、まともに起きている者は少ないだろうと思っていたのだが、意外な程の人数が、起きて動いていた。
 しかし、怪しんで見ると確かに大抵の者の挙動がどこかぎこちない。
 ギーシュは、盲目の心は本当に恐ろしいね!と考えた。

「うーん……こりゃ正気な人間の数の方が少ないな。
 おいワルド」
「何だい?」
「その案内してる水兵に、おれを触れさせろ」
 ワルドは、小声で話しかけて来るアヌビス神の指示に従い、そっと彼を水兵の首筋に触れさせた。
「……これで良いね?」
「ああ……。
 な、なな、なんだこりゃー!?
 き、気持ち悪ィなぁ。何か引っ張られるというか……」
 水兵が一瞬ピクリと震え、動きが止まる。
「どうしたよアヌ公」
「何と言うか……だな。寝てる?
 こいつのまともな記憶は、かなり前に飯食ってる最中からプツリといってるな」
「それはつまりは食事に、何かの秘薬を盛られたという事かね?」
 ギーシュがうーんと頭を捻った。
「他の奴も調べないと断定はできんな。
 ま、それは後でも出来るだろ」
 時間が無いのだ。推測に費やす暇は無い。
 アヌビス神の言葉に、ワルドはさっさと彼を腰へと戻した。

「此方が艦長室となります」
 尚、彼等を此処まで案内した水兵は、いかにも任務と言った態度で持ち場へ戻っていった。
「規律が取れてる様にも見えるねぇ。こりゃあ知らねー人間が騙されるのも判るっちゃあ判る」
「だがよ、デル公。ここまで規律取れてるのに、アルビオンで当たり前の雲海戦闘が出来ないとか言うんだぜ?
 気付けっての。気付いてどうもならんし、メリットもないだろうが」
「いやはや、中々に辛口だね」
 二振りの会話に、ワルドはハハハと苦笑した。
「さて、準備は良いね?一応は会話でアヌビスを何とか艦長の手にさせる努力を。
 駄目な場合は力ずくだ」
「オッケーだあね。な?アヌ公」
「駄目だ」
「何と?何か不安事項でも?」
 アヌビス神の駄目出しに、ワルドがドアノブから手を離した。
「よ、予定通りだろ思うがね」
 ギーシュがそんな筈は無いと小声で言った。
「ワルド。お前にアヌビス呼ばわりされる憶えは無いね。『神』を付け忘れるな!
 首を撥ねるぞ、この髭の変態性癖者が!」
 突然アヌビス神が、逆切れの勢いでぶち切れる。
「ば、ばばば、馬鹿!
 馬鹿かおめぇー!
 折角此処までシリアスにやって来たってのに、良いところで切れるな!
 落ち着け兄弟!どうしたんだ」
「イライラするんだイライラ!チマチマした行動が多くてそろそろ鬱憤がだな。
 斬りてェんだよ、おれは斬りてぇの!便利な読心アイテムじゃ無いっての!」
 アヌビス神、どうやら彼なりに鬱憤が溜まっていたらしく、なだめるデルフリンガーの言葉も無視して切れ続ける。
「城で存分に僕の遍在を斬ったではないか……」
「駄目だ。血がドブシュゥーといってねえ。
 しかも偽者だったと判ったら、途端に萎えた。
 妖刀を舐めんな、このおっぱい子爵。フーケに向けて持ってた劣情を、今度全部ご主人さまにばらしてやる」
 その言葉にワルドは激しく何かを噴出した。
「ぶふぉっ!
 ちょ、ちょちょ、ちょっと待ちたまえ。誤解だ。恐らく大いなる誤解か何かだ」
「誤解は欠片もねえよ!
 ワルド、お前はハルケギニア史に名を残す、おっぱいフェチになってしまえ」

 部屋の前でワイワイ揉めていると、待ち兼ねたのか中から、『もう入っても良いのだがね!』と眠そうでかつ不機嫌な声が聞こえてきた。
 突然睡眠中に叩き起こされ、しかしそれがワルド子爵の用事とあれば仕方ないと待ち受けていれば、ドアの向こうから微かに聞こえてくるのは『おっぱい!』『おっぱい!』の連呼である。
 おっぱいだの劣情だの、一体何の話しがあってやって来たのだ彼は!
 そして、ついに不満が爆発し、艦長はついつい声を荒げてしまったのである。
「し、失礼した!
 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。艦長殿にお話ししたい用件が有り参った!」
 ワルドが慌て声を上げる。
 他の一行も慌て気を取り直す。
「良いね?では」
 ワルドが小声で一同に声をかけ、ドアノブを握った。


 さて、艦長は今の今まで眠っていたらしく、慌てて羽織ったらしい乱れた軍服姿で、どこか眠そうな目を擦りながらワルドらを出迎えた。
 その態度、そして目の輝き。それらでこの男は確実に正気であると理解できた。
「ん?ワルド子爵。そちらの方は?……うーむ、何処かでお目に掛ったかな?
 いや、それよりもその格好は一体……?」
 艦長はギーシュの姿と、二振りの剣を背と腰にさしたワルドの姿に気取られた。
「なぁに、これらは戦利品でね」
 答えながら二振りの剣を背と腰から手にとって見せる。抜き放たれたアヌビス神の、その美しき刀身に艦長は息を飲んだ。

 あまりに見事だ。一度もお目にかかった事が無い。剣など庶民の玩具だと思っていたが、考えを改めなければならない、とまで思わせる。
 美しい、あまりに美しい。何者をも断ち切ってしまいそうなその刃に見惚れる。 吸い込まれ、心の奥底までその妖しき輝きに照らし抜かれ、次々と何者をもの命を断ち切ってしまいたい衝動に駆られる。
 艦長は妖刀に魅入られ、只々ため息をついた。
「素晴らしい……」
 うっとりした表情の彼の想いが、其の侭勝手に言葉になって現れる。

 ワルドが『此方はかの『ギーシュさん』でね』と語っているが艦長の耳には届いていない。
 戦利品という事は、ニューカッスルは既に手中に収めたのか?とも問おうとしたが、そんな事はどうでも良くなっていた。

 艦長が誘われる様に、アヌビス神へとそっと震える手を伸ばす。
 ワルドは、虚ろな目で妖刀の虜となった艦長を見てニヤリと笑った。
「お手にとってご覧になられますかな?」
「ぜ、是非にとも」
 艦長はその言葉に顔をほころばせ、引っ手繰る様にしてアヌビス神を手に取った。同時に言葉が零れてくる。
「あぁ……素晴らしい。何という輝き、何と言う煌き……」
 そして艦長の意識は、闇の底へと消え去った。

「ど、どれ位振りだ……。ポルナレフ以来か?いや、あの箒頭は違う。
 床屋……?いや、あのガキか?」
 アヌビス神は少し感動に打ち震えていた。
 それもその筈、ハルケギニアに来て以来、人の心を操ると言えばルイズの許可の元、他人の力で相手の身体に触れた上でという事のみ。
「良いなァ。やっぱ、こうやって魅了された上で手にとって乗っ取られる人間に限るね。乗っ取るのはこういう人間の方が気持ち良いって、おれ初めて知ったな」

「ははは……」
 ギーシュはその様子を見て苦笑した。どうにもアヌビス神が他人を乗っ取る光景は胃に悪い。何と無く股間がシットリする感覚もあって非常に良くない。
 尚、自分がアヌビス神によって被った事を、今の所理解をしていないワルドは、上手くいった様子ににやりと笑った。
「此処まで上手くいくとは。全く、口は悪いが実に素晴らしいねキミは」
「今のは凄い妖刀っぽかったねぇ、やるね兄弟!しぶいねェー。実にしぶい。
 この男、俺のことアウトオブ眼中だったのは腹立ったけどね。成功したから忘れる。俺は心が広いかんね」
 ワルドとデルフリンガーの詳細の言葉に、満更でも無いねとアヌビス神は艦長の顔をニヤつかせた。

「さてと……」
「おう、早速アレだぁね?
 って……ん?どうした」
 アヌビス神に操られる艦長が、不気味な笑顔で、その手の中の妖刀をうっとりと見た。
「さてと、斬るか!斬って斬って斬り回るか!『レコン・キスタ』の面子はずばァーっとやっちまおうぜ!」
「ま、またかよ!我慢しろ。今は隠密裏にだろうが」
「大丈夫。静かに暗殺するから!」
「大丈夫じゃねええええ!!
 全員此処に集めて大人しくさせれば良いんさね」
「全員首を撥ねて大人しくさせるから」
「落ち着け、この後で敵本陣に斬り込みじゃねえか」
「チッ」
 また始まった二振りのやり取りに、ワルドは苦笑してアヌビス神をなだめた。
「我慢してくれたまえ。リスクは少な目にだ。十人以上いるんだ、うっかり殺す前に連絡される事態は不味いだろう。
 さあ、まずは艦長の考えを引き出してくれ」


 さて、アヌビス神が艦長の心より探り出した事は以下。
・艦長は貧乳を馬鹿にしている。胸が薄いのは女に有らず。
「やはり殺そう!」
 ワルドが電光石火、瞬時に杖を抜いて、瞬く間に『エア・ニードル』を唱え杖を青白く輝かせる。
「お、落ち着きたまえ子爵っ!」
 慌ててギーシュがワルドを止めた。
「おでれーた。俺たちと戦ってた時より速えーなオイ……」
 デルフリンガーは『閃光』の名に恥じぬ、その余りに素早い動きに心底驚いた。

 気を取り直して、アヌビス神が艦長の心より探り出した事は以下。
・この艦の下級仕官は全て、クロムウェルの仕込んだ何らかの力によって操られている。
・上級仕官は信用置ける『レコン・キスタ』の同士以外も同じく。
・『レコン・キスタ』のメンバーは今全員睡眠を取っている筈。
・クロムウェルは、予定通り明日の総攻撃に併せ此方へ赴く。
・現在の『レコン・キスタ』艦隊とその配置。そして正気の人間と操られている人間の正確な配置。
・クロムウェルの周辺は、流石に大半が意識ある『レコン・キスタ』のメンバーである。
・尚、操作法等については一切不明。恐らくそれを知るのは極一部の人間のみ。

「肝心な事は判らなかったが、こ、ここ、これは凄い収穫なのではないかね?」
 これらを聞いたギーシュが少し興奮気味にワルドを見た。
「うむ。僕が把握出来ていなかった事への補足にも充分になった。
 早速この艦の『レコン・キスタ』の者どもをこの部屋へ集結させ、眠らせ監禁する」
 杖をひゅんっと自分の目の前に構え、ワルドはアヌビス神の方を見た。
「では艦長として、緊急招集をかけてくれたまえ」
「あいよ」
 アヌビス神は、へいへいと適当に答えた。


 ニューカッスル城より、ルイズは不安そうな表情で空を見上げていた。
 大丈夫、必ず成功する。
 ワルドはちょっと駄目人間だったけれど、一応は優秀だし。アヌビス神とデルフリンガーのコンビに勝る者なんかいないと確信している。
 それに認めたくはないけれど、最近のギーシュのあの強運っぷりが加わっているんだから、成功して然るべき。
 けど、判ってはいても不安なものは不安なのだ。
 そんなルイズを何者かがぽふっと叩いた。
「モグモグ……モグ!(大丈夫、ご主人さま達は必ずやり遂げるから)」
 ルイズの足を叩きながらつぶらな瞳でヴェルダンデがウンウンと頷いていた。

 フーケは複雑な表情でいた。
 先程ジェームズ一世が、とんでもない約束をしてきたのである。
『サウスゴータ奪還のあかつきには、その地を返そう』と言うのだ。
 正直困った。今更貴族になんか戻りたくはない。
 何を言われようが、何が起ころうが、貴族という存在が気に入らない事には変わらないのだから。
 しかしそこは両親と過ごした土地。大切な者達を守る上でも、大事な場所。
 取戻す事は、とうの昔に諦め忘れていた宝物。

 広間の片隅で一人何度もため息をつき、頭を抱えるフーケを見て、タバサは複雑な気持ちでいた。
 恨みに恨みぬいた相手が、自ら頭を下げ詫びてきたら自分はどうするだろうか。
 奪われた名誉が、一部でも戻ってくるというのなら自分はどうするだろうか。
 けど失われたものは決して帰ってこない。
 復讐に生きたとき、それを見失ったらどうなるのか。考えた事もなかったが、フーケのこの姿を見てしまった以上、考えざるをえなかった。
 水の魔法の秘薬で、操られている兵士達がいるのかもしれないと言う、今の目の前の事実。それが一層彼女を思考の奥底へと落としこんだ。

 一方その頃シルフィードは、未だアルビオンの真下の穴の前できゅいきゅい泣いていた。
 ここで待てと言われたのだが、一向に戻って来ない。迎えが来る気配もない。
 疲れたので、穴を広げて強引に上半身を捻じ込んだ。
 しかし、それはそれで苦しいので、人間の姿に変身してみた。
「これなら楽なのね!きゅいっ!」
 アルビオン大陸の真下にぽっかり空いた穴。そこの淵に腰をかける、青髪を風にたなびかせる全裸の美女がいたとかなんとか。

 バルコニーより夜空を見上げるルイズ、そしてヴェルダンデ。
「そろそろ予定の時間の筈よね」
 そこにキュルケが現れた。
 ニューカッスル上空に、視忍出来る程の距離に浮かぶ巨大戦艦。
「うん。予定通り上手くいってれば、そろそろ連絡がある筈」
 ルイズは振り返りもせずに、ただ空をじっと見詰めた。
「思っても見なかった展開よね」
「ええ、まさか手紙を受け取る任務が、アルビオン王家、いちかばちかの逆転劇の手伝いになるだなんて思ってもみなかったわ」
「運命の歯車って、何処で何と噛み合ってるかわかったものじゃ無いわね」
 キュルケのその言葉に、ルイズは黙って夜空を見上げたまま、心の中で『本当ね』と答えた。

 あの使い魔召喚の儀の日。
 あの時呼び出した、異なる世からの常識外れの美しいインテリジェンスソード。
 何だろうと斬って見せると息巻く、血に餓えた禍々しい筈の妖刀。
 彼は確かに何だろうと斬って見せる。どんな敵だろうと、人の心だろうと、そしてどんな運命だろうと因果だろうと。
 あの時自分に加わった、たった一つの歯車が自分に、次々と噛み合ってくる大きな沢山の歯車との噛み合わせを変え、何かの流れを変えていく。
 判る、このたった一つが無ければ、ワルドは憎しみの敵対者となり、アルビオン王国は滅び、アンリエッタ姫殿下は絶望に涙したと。

 アヌビス神は言っていた。『スタンド』とは立ち向かう力。己の傍に寄り添い立つ、生命のエネルギー溢れる像。
 それが『スタンド』であると。
 とても変な奴だけれど、確かに彼は、今日まで自分の傍に立ち、常に共に敵や困難に立ち向かってくれる。


 空の暗闇がより一層暗闇となった。重なり一つとなった双月よりの月明かりが突然消え失せる。
 ニューカッスルを照らし出す、その月明かりを突然覆い尽くすは巨大なる戦艦。

 時が訪れたのだ。
 奪われた『レキシントン』が『ロイヤル・ソヴリン』へとその名を戻す時が。

 ゆっくりと高度を下げるその戦艦を見上げ、ルイズは両手を振った。

 次々と、バルコニーへ、窓へ、庭園へ、と城内の者達が駆けて集まる。
 第一の策戦の成功を確信させるように、甲板より笑顔のギーシュが手を振っているのが小さくも見える。

 凱旋である。
 ニューカッスルを脅かす『レキシントン』でなく、王党派の力有る杖として『ロイヤル・ソヴリン』が凱旋する。
 小さき一手。戦いと言うにはあまりに静かで短い。
 だが、これはあまりに大いなる勝利。
 よって凱旋である。



「朕は本日、この時、この場所をもって、アルビオンが王位を我が子ウェールズへと譲ろうと考える!」
 ジェームズ一世が『レキシントン』、否、旗艦『ロイヤル・ソヴリン』の甲板に並ぶ、城より見上げる、王党派貴族三百を前に声高く宣言した。

 一瞬の戸惑い。
 そして湧き上がる歓声。

「この白の国の名の如く、掛った霞を吹き払う、新しき春の風となろう!」
 ウェールズは甲板上の、そして城より見上げる、三百の貴族を前に声高く宣言をした。
 その指には風のルビー。それは双月の光にきらりと煌く。
「風の国。そう我々のアルビオンは、『レコン・キスタ』という霧を吹き散らす風の国となり再生しよう!
 我らが風は、何ものをも斬り裂く剣となりて、アルビオンに巣食う邪悪を断ち切るのだ」

 今より、再びの激戦は始まる。
 ついに終局かと、何者もが思わっていたこの戦い。

 だが、これからもこの空の大陸において、戦いは続くのであろう。

 王党派の意地と、貴族派の欲望がぶつかり合う血みどろの戦いが。

 アルビオン国王ウェールズは万感の思いを込めて宣言する。
「勝利を、我らの『杖』にかけて!」
 貴族たちがウェールズに続き、一斉に杖を天高く掲げる。

「そして我らが『剣』にかけて!!」
 続け、再起をもたらした双剣に感謝と願いをこめて、異例なる宣言を、声高く!天高く!
 その言葉に対し、一瞬の空白の時間。
 しかし、直ぐにもアルビオンの誇り高き貴族たちの声は揃いてニューカッスルに響き渡る。
「「「我らが『剣』にかけて!!!」」」
 彼らは、凛々しくも涼しき笑顔と共に声を重ねた。

 ルイズの腕の中、アヌビス神は少し照れ臭くも、『当然な事じゃねえか』とぶつぶつ呟きながらそれらの声を聞いた。
「メイジが揃って剣にかけてたぁ、こりゃぁ、おでれーた!
 いやはや、照れるねぇこれは。六千年で初めてだぁね」
 その隣でデルフリンガーは興奮して鍔を派手にかちゃかちゃと鳴らす。

 そんな二振りを胸に抱くルイズは、何故かぼやける視界の向こうに見た。
 死地に赴くべく用意した、誇り高くも刹那的な哀しみの表情を風に吹き払い、己らの生地を取戻すべく勇々と出陣する、希望に満ちた笑顔の者たちを。



 アヌビス神・妖刀流舞 第二部 双剣・風の国に舞え -完-


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