ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-33

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匿名ユーザー

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 階段を駆け上がれば、巨大な枝に辿り着く。
 枝から伸びたロープに繋がれて停泊しているのは帆船に似た一艘の船だった。海で用いられる帆船のようでもあるが、舷側にグライダーのような羽が突き出ている。
 果たしてこの羽は空中での揚力を得る為か、それとも魔法の恩恵を受ける為のものだろうか。後でルイズに聞いてみよう、とジョセフは考えた。
 枝から甲板に伸びるタラップを降りると、酒を飲んで甲板で気持ちよく寝込んでいた船員が目を覚まし、身を起こす。
 胡散臭げに一行を見やる船員にワルドが実に貴族らしい交渉――とどのつまりは居丈高な態度での要求の強要である――をしている間、ジョセフは荒く大きな呼吸を続けながら船の縁に凭れ掛かっていた。
「ねえジョセフ、本当に大丈夫?」
 心配そうに近付いてくるルイズに、ジョセフは鈍痛に苛まれながらもそれでもニカリと笑ってルイズの頭を撫でた。
「なあに心配するなルイズ、こんなモンかすり傷じゃ。ツバつけて酒飲んで寝てたら治っちまうわい」
 そうは言うものの、剥き出しになっている右腕は目を背けたくなるほどの大怪我を負っていた。
 手首から肩まで巨大なミミズ腫れが幾つも走り、開いた胸元にも少なからぬ火傷が見えていた。
「でもすごいケガよダーリン。明日になったらタバサの精神力も回復するけど、秘薬の持ち合わせも無いから、治癒の魔法も気休め程度にしかならないわ……」
 火のメイジであるキュルケは、水系統である治癒魔術は不得手な部類に入る。
 メイジが五人も雁首を揃えているのに、ジョセフの治癒に掛かれるメイジはタバサくらいだった。
「あーあー、ダイジョブダイジョブ。なんなら波紋で何とかするしな。すまんが後で包帯巻いてくれんか」


 心配を隠さずに自分達の側にいるルイズ達を安心させようと、いつも通りの笑顔を振り撒くジョセフ。
 だが痛々しい傷跡を目の当たりにしている少年少女達の心配を雲散霧消させるほどの効果は、さしものジョセフと言えども得ることは出来なかったようだ。
 やがてワルドと交渉していた船長が船員達に出航命令を下し、船員達はぶつくさと文句を垂れながらも俊敏な動作で出港準備を整えていく。
 さしたる時間も置かずに船は枝に吊るされたもやい綱から解き放たれ、帆を張った。
 戒めから解き放たれた船は一瞬空中に沈むが、風の魔法を溜め込んだ風石が発動すると帆と羽が風を受けて大きく張り詰め、船が動き出す。
 船が動き出してきたところに、ワルドのグリフォンとヴェルダンデを口に咥えたシルフィードが船の後ろに追いすがってきて、船員達を驚かせた。
 二頭の空飛ぶ使い魔は、驚く船員達の視線も気にせずに船の後部に降り立つと、身を丸めてその身を休める。
 口に咥えられてやってきたヴェルダンデがシルフィードに何やら抗議している模様だが、きゅいきゅいもぐもぐと言い合っている様子は微笑ましさを感じさせた。
「それにしてもわざわざフネなんか使わなくても、ワルド子爵のグリフォンやミス・タバサのシルフィードもいると言うのに。アルビオンまでこの二頭に乗っていけばいいんじゃないのかい?」
 心に浮かんだ疑問を隠しもせずに披露するギーシュに、ルイズが答える。
「ワルドのグリフォンがいくらタフだって言っても、アルビオンまでは遠すぎるわ」
「それに先程船長から聞いた話だが、ニューカッスルに陣を引いた王軍は包囲されて苦戦中とのことだ。周囲の空には貴族派の艦船が隙間なく陣を張っているとも聞く。となれば、貴族派に売りつける硫黄を満載したこの船に乗っていく方が遥かに安全という次第だ」
 ワルドが続ける言葉に、ギーシュは反論することも出来ずむう、と黙り込んだ。


 だがルイズはその言葉に大きな目を更に見開いて、ワルドに問うた。
「ウェールズ皇太子は?」
「わからん。生きてはいるようだが」
「どうせ港町は全て反乱軍に押さえられているんでしょう?」
 その後もルイズとワルドの相談は続き、何とかニューカッスルを包囲する反乱軍の目を誤魔化して強行突破するしかあるまい、という結論に辿り着こうとしていた。
 その間ジョセフは舷側に寄りかかり、船員から譲り受けた包帯をタバサに巻いてもらいつつも、行儀悪くワインをラッパ飲みしていた。
(にしてもなあ)
 ジョセフは思った。
(こういう類の乗り物に乗ると大概ロクでもないことがコトが起こるんじゃよなぁ)
 飛行機に限らず、吸血馬の馬車に車にラクダに潜水艦と、奇妙な冒険の最中に乗り込んだ乗り物を悉く大破させてきた実績がジョセフにはある。
 だがジョセフは空気を読んで、そんな不吉な言葉を発することはしなかった。
 後ほどジョセフは一人、自分の奇妙な乗り物運をつくづく噛み締めることとなったのだが。

 船員達の声と眩しい朝の光で、床板に寝そべっていたジョセフは目を覚ます。見上げれば澄んだ青空があり、見渡す限り一面に広がる雲の海の上を船は滑らかに進んでいた。
「アルビオンが見えたぞー!」
 鐘楼の上に立った見張りの船員が大声を上げた。
 ジョセフは大きな欠伸をしつつ、まずアルビオンを確認することではなく、左右で寝そべっている人の気配の正体を確かめた。

 ケガのない左腕にはキュルケが両腕を回して密着していたせいで、褐色の形良い膨らみが左腕に押し付けられていて、ジョセフの口元がかなりだらしなく緩んだ。
 対して包帯の巻かれた右手は、火傷に障らないような優しさで小さな手が重ねられていた。その小さな手の主は、ルイズだった。ジョセフの口元は、今度はふわりと綻んだ。
 一晩の睡眠波紋呼吸で火傷もかなり快方に向かっている。この分なら今日中にでも完治させることも可能だろう。
 とりあえずジョセフは、ルイズとキュルケの手を取り、ゆっくりと波紋を流し込んでいく。
 やがて体温を上昇させた二人は眠気と疲労を消し去って覚醒した。
「んー……おはようダーリン、いい朝だわね」
 起き抜けからいきなりジョセフに抱きつくキュルケを目の当たりにしたルイズが、いつものようにキュルケに食って掛かるのを微笑ましげに眺めていたジョセフは、ふと視線を上げた先に見えた物体に思わず口をぽかんと開いた。
「うわ……えっれぇモン見ちまったのォ~」
 ジョセフの視線の先には、雲の切れ間から覗く巨大な大陸があった。視界が続く限り延びている大陸には幾つもの山が聳え、数本の川が流れているのさえ見ることが出来た。
「驚いた?」
 ジョセフが思わず見せた無防備な表情に、キュルケへ向けていた怒りが消え去ったルイズがにまりと笑って問いかけた。
「あー、こんなすげェモン見たのは生まれて初めてじゃよ」
 素直に感嘆するジョセフに、ルイズは自分の手柄でもないのに満足げに笑みを浮かべた。
「あれが私達の目的地、浮遊大陸アルビオン。ああやって空中を浮遊して、主に大洋の上を彷徨っているの。でも月に何度か、ハルケギニアの上にやってくるのよ。通称『白の国』とも言われているわ」

 アルビオンに流れる川から溢れた水が空に落ちて白い霧が発生し、それが雲となってハルキゲニア全土に大雨を降らせるのだと、かの大陸が白の国と呼ばれる所以をルイズがジョセフに親切丁寧に説明していたところ、見張りの船員の大声が聞こえた。
「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」
 その声にイヤァな予感がしつつも、ジョセフはそちらを向いた。確かに黒い船が一隻近付いてきていた。
 ジョセフ達が乗り込んだ船より一回り大きく、舷側に開いた穴からは立派な大砲が突き出ていた。それが片舷側だけでも二十数門はあった。
「ほー、ありゃ戦う気満々の武装じゃのう」
 予感が外れてくれととりあえず願ってみるジョセフと、眉を顰めるルイズ。
「反乱軍の戦艦かしら……」
 それからしばし押し殺したような緊張感が船上を包む。近付いてきた船がどうやら海賊ならぬ空賊だと理解すると、船は一目散に逃げようとするが、進路の先に威嚇射撃の大砲の一発が飛んだ。
 抵抗しようにもただの帆船でしかない船が戦えるはずもない。船長を助けを求めようと乗り込んでいたメイジ達に目配せしたが、金髪を除いた三名は抵抗する気配も見せなかった。
「僕の魔法はこの船を浮かべるために打ち止めだよ。僕は戦力にならない」
 落ち着き払った声で緩く首を振るワルド。
「いくらメイジだからって、あれだけの大砲に狙いをつけられてたらどうすることも出来ないわよ」
 肩を竦めてやれやれと呟くキュルケ。
「命が惜しいならあの船に従ったほうが得策」
 本を読んだまま淡々と呟くタバサ。船長は船員に力なく命令した。
「裏帆を打て。停船だ」

 ルイズは怯えてジョセフに寄り添いつつ、後ろに迫る黒船を見つめていた。
「こちらは空賊だ! 抵抗するな!」
「空賊ですって?」
 ルイズが驚いた声で呟いた。
 黒船の舷側からは弓やフリントロック銃を持った男達が油断なくこちらに狙いをつけつつ、他の男達が鉤の付いたロープを放ってジョセフ達の乗った船の舷縁に鉤を引っ掛ける。
 手に手斧や曲刀を持った男達が船の間に張られたロープを伝ってやってくるのに、ギーシュは薔薇を振ってワルキューレを出そうとしたのを、ジョセフは波紋を流した帽子をフリスビーの要領で投げ付けて動きを留めた。
「きゅう」
「あのなあギーシュ、こういう時に抵抗したらケガが増えるじゃろうよ。下手したらわしらみんなあの大砲で吹き飛ぶかもしれんのじゃぞ。相手の戦力くらい見極めんか、元帥の四男坊よ」
 そう言っている間にも、前甲板で騒いでいたグリフォンに青白い雲がかかり、すぐさまゆらりと甲板に倒れこんで寝息を立て始めた。
 シルフィードは特に抵抗もせず、最初から甲板に伏せている。主人が(抵抗はしない)と伝えた結果である。
 ヴェルダンデは主人が抵抗しろ暴れろと命令したのだが、自主的判断でシルフィードと同じく抵抗せずに伏せている。使い魔の方が戦況を冷静に判断しているようだった。
「眠りの雲だな」
「向こうには確実にメイジがいるわね」
 ワルドとキュルケが二人揃って肩を竦めた。
 そして空賊達が船に乗り移ってくると、随分と派手な格好をした空賊が前に歩み出る。
 汗と油で真っ黒になったシャツと、胸元から覗く赤銅色に焼けた逞しい胸板。ぼさぼさの長い黒髪を赤い巻き布でまとめ、無精ひげを顔中に生やしている。
 左目の眼帯にはドクロマークが描かれており、どこからどう見ても立派な海賊……否、空賊スタイルだった。


(どこの世界でも同じよーなカッコするもんなんじゃなあ)
 ジョセフはそんなところで感心していた。
「船長はどこでえ」
 荒っぽい仕草と言葉遣いで辺りを見回す派手な男。間違いなく彼が頭だろう。
「……私だが」
 震えながらも、それでも懸命に船長としての威厳を持って船長が手を上げた。頭はずかずかと足音を立てて船長に近付くと、抜いた曲刀で船長の頬を撫でた。
「これはご機嫌麗しゅう船長殿。おめーさんの船の名と積荷を教えてもらおうかい」
 慇懃無礼におどけた口調で問う言葉に、船長は苦虫を噛み潰しながら言った。
「トリステインの『マリー・ガラント』号。積荷は硫黄だ」
 その言葉が、空賊の間にどよめきを起こした。彼らは嬉しそうに周囲の仲間達と顔を見合わせた。頭も満足げに笑うと、船長の帽子を取り上げて自ら被った。
「よし、積荷ごと俺達が買おう。料金は大負けに負けててめえらの命だ、全く大損だな」
 屈辱に震える船長をほっといて、続いて甲板に居並ぶメイジ達に気が付いた。
「おや、貴族の客まで乗せてるとはな」
 ルイズに近付くと、彼女の小さな顎を指先で摘んで上向かせた。
「こいつぁ別嬪だ。お前、俺の船でメイドやらねえか」
 男達は頭の冗談にげらげらと笑い声を上げた。ルイズは何の躊躇いもなく、男の手を払いのけ、怒りに燃えた目で頭を見上げる。
「下がりなさい、下郎!」
「おお怖い怖い! 下郎と来たもんだ!」
 頭はおどけて肩を竦めたが、続いて足元でただ座っているジョセフに視線をやった。
 傍目にはただ座って頭を見上げているだけだが、その目には恐怖など欠片も存在していなかった。静かな瞳だが、頭にだけは判らせる、紛う事の無い怒りをその両眼に湛えていた。

 ジョセフは自分が痛い目に遭うことよりも、周囲の人間が侮辱される事に怒るタイプである。それが目に入れても痛くないルイズならばその怒りは数段レベルが違う。
 頭は知らずごくりと生唾を飲んで、ルイズから手を離すと、その場を取り繕うように言った。
「てめえら、こいつらも運べ! 身代金がたんまりと貰えるだろうぜ!」
 それから空賊達がやってくると、メイジ達の身体検査を始める。とは言え杖を取り上げた後、服の上から手でボディチェックをするだけである。
 キュルケは扇情的な格好をしているのでやや念入りにされたが、他の少女二人は必要最低限で終わっていた。
 抵抗できそうな手段をおおよそ取り上げられた後、ジョセフ達はマリー・ガラント号と空賊船の舷側に掛けられた木の板の桟橋を渡って、空賊船へと渡る。
 だがジョセフ達が持っている金貨の詰まった財布や、ルイズの指に嵌められている水のルビーは取り上げられることなく、そのまま持っていることが許されていた。


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