ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロのスネイク-8

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『過去とは

 バラバラにしてやっても

 石の下から

 ミミズのように這い出てくる



 それが良い事であれ

 悪いことであれ      』


8話


時刻は夕方。
場所はトリステイン魔法学校、その学園長室。
二人の男が身動き一つせず、声一つ出さずに遠見の鏡――術者が見たい景色を映し出すマジックアイテム、に映し出された、
ヴェストリの広場の状況を凝視していた。

やがて、二人の男のうち、生え際がかなり後退した中年の男――コルベールが口を開く。

「『ガンダールヴ』……まさか、これ程とは…………」

そして、それを白い口ひげと豊かな髭を蓄えた老人――オールド・オスマンが、

「まだ、そうと決まったわけではなかろう」

そう言って諌める。
だが、

「しかし」

と言って、オスマン氏は続ける。

「ミス・ヴァリエールの使い魔……あー、なんと言ったかのう?」
「ホワイトスネイクです。オールド・オスマン」
「あぁ~あ、そうじゃった、そうじゃったな。コールビー君」
「コルベールです。オールド・オスマン。どこかの傭兵とかぶってませんか?」
「そうそう、そんな名前じゃったな。君はど~も早口でいかんよ。
 ま、それは良しとして……そのホワイトスネイクが極めて危険、ということだけは、確実と言えよう」
「そう、でしょうね……。ミス・ヴァリエールが一応の手綱は握って入るようですが……彼女では荷が重いかもしれません。
 最悪、この学園内でホワイトスネイクと事を構えることになることも考えられます」
「……それだけは、避けたいところじゃな」

そう言って、オスマン氏は嘆息した。

オスマン氏がホワイトスネイクの監視を行っていた理由は二つ。
一つはコントラクト・サーヴァントを行う以前から、ホワイトスネイクに使い魔のルーンが刻まれていたこと。
もう一つは、ホワイトスネイクがエルフともオーク鬼とも異なる類の亜人だったこと。
前者については、まさしく前代未聞のことである。
使い魔として契約もしていないうちから既に召喚者の使い魔となっていた、というのだから常識外もいい所である。
オスマン氏でなくとも首を捻り、すぐにホワイトスネイクに対して調査を開始するだろう。
しかし……オスマン氏はその「調査」という過程をフッ飛ばし、一気に「監視」の段階に入った。
何故なら、オスマン氏はホワイトスネイクを見た瞬間に一つのことを悟ったからだ。
調査などと呑気なことを言っている余裕は無い。
あの使い魔はあまりにも危険だ、と長い歳月を経て培われたオスマン氏の直感が告げていた。

オスマン氏はすぐにホワイトスネイクの監視に入った。
方法は今ヴェストリの広場を監視のと同様、遠見の鏡によるもの。
だが流石に生徒のプライベートに関わる、部屋の中の監視までは行えないので、
実際に監視をしたのは、朝食の席、授業の二つの場面に限られた。
常日頃から秘書のミス・ロングビルにセクハラを働いているとはいえ、
生徒をその対象にするようなことはしない。
オスマン氏にも最低限のモラルはあるのだ。

そして決闘が終わるまで監視を続けた結果、オスマン氏は以下の事実を知った。

○ホワイトスネイクが生物とは根本的に異なる存在である。
 食事は基本的に必要としない。
○障害物をすり抜けることが出来る。
○自分自身の意思で、自分を実体化、非実体化できる。
○ホワイトスネイクを視認するには、メイジであること、もしくは、
 ホワイトスネイクを視認するための特別な才能(ホワイトスネイク曰く)が必要。
○そしてその才能はメイドのシエスタが持っていた。
○幻覚が使える。(ホワイトスネイク曰く)
○ホワイトスネイクが、ホワイトスネイク自身の体内で生成される円盤状の物体、
 「でぃすく」によって、それを突き刺した相手の行動を制御できる。
○ホワイトスネイクは相手の額に指を突き刺すことで、
 相手の記憶を円盤状の物体「でぃすく」として取り出せる。
○攻撃力は青銅のゴーレムを一瞬で青銅の塊に変える程に高い。
○高度な心理学的知識、戦略的知識を持つ。

そしてこれらから導き出される事実は――ホワイトスネイクが、
これまでに学園で召喚された使い魔の中で五指に入るほどの危険性を備えていると言うことだった。
本能によって動くことは無く、あくまで冷静に状況を判断した上で行動する。
そして一端敵と対峙すれば、言動、挙動をフルに活用して相手を誘導し、そしてワナに嵌めて相手の「一手」上を行く。
主人であるルイズから20メートル離れられないという妙な弱点も存在するようだが、
仮にホワイトスネイクがルイズの命令を聞かなくなった場合、
ルイズの行動を「でぃすく」によって制限し、その上で持ち運びながら学園中を徘徊することも考えられる。
あまりにも、性質が悪すぎる。
そのことが、オスマン氏を悩ませていた。

ちなみにコルベールが監視に参加している理由だが、
これはコルベール経由で監視のことが知られないようにするため、と言い換えてもいい。
というのは、ホワイトスネイクの左手に刻まれた使い魔のルーンを調べていたコルベールが、
それが伝説の使い魔、ガンダールヴのものと同じだったことに大興奮し、
ノックもせずに学院長室に踏み込んだところ、遠見の鏡で監視の真っ最中だったオスマン氏に出くわしてしまったのだ。
しかもちょうどルイズが爆発で授業をメチャメチャにした後片付けをしている場面で。

当然、それを見たコルベールはすぐにオスマン氏が監視をしている理由を考え始めた。
わざわざ遠見の鏡まで使って、学院長が生徒の後片付けの様子を監視しているのだ。
きっとその目的は片づけをしっかりやっているかどうか、というところではない。
ならその目的は一体何か、とコルベールは考え、そしてすぐにホワイトスネイクのことにたどり着いた。
まあ彼自身もホワイトスネイクの使い魔のルーンのことで学院長室に入ってきたのだから、すぐ気づくのは当然である。
一方のオスマン氏のほうは、コルベールに監視してるところを見られた瞬間、「あ、やばい」と思った。
生徒思いのコルベールのことである。
すぐに自分を問い詰め、監視の理由を聞き出そうとするだろう。
まあ別にそれは構わないのだが、ホワイトスネイクに監視のことが知られるのはマズい。
知られればホワイトスネイクもそれに応じた行動をとるだろうし、
最悪の場合、ルイズの支配下から離れることが早まる事も考えられる。
監視のことを知られるのだけは、絶対にダメだ。
ならば、と考えたオスマン氏はコルベールに、遠見の鏡まで使って監視していた理由を明かし、
その上でコルベールも監視に参加するように言ったのだ。
たとえ監視のことがバレても、コルベールを学院長室から出しさえしなければ情報はもれないからだ。
そしてコルベールもコルベールでホワイトスネイクに興味があったので、あっさりと了承した。
というのが、本来部外者であるはずのコルベールが監視に参加している理由である。

なお、コルベールは自分が来たときに開けっ放しにしていたドアを閉めるや否や、
ホワイトスネイクの使い魔のルーンが、伝説の使い魔であるガンダールヴのそれと同じだったと、
興奮気味にオスマン氏に報告した。が、あんまり真面目には聞いてもらえなかった。
オスマン氏は「所詮伝説」としか、そのことについて考えていなかったのだ。

さて、話を学院長室に戻そう。

「学院内でホワイトスネイクと戦うのだけは、避けたい」
そう言ったオスマン氏は、これからのホワイトスネイクへの処遇について考えはじめる。
監視によってホワイトスネイクの情報はある程度集まった。
そしてそのことから、ホワイトスネイクの危険性も十分に把握できた。
しかし――これはあくまで監視によって得られた情報。
直接接触しなければ得られない情報もあるだろう。
いくらかの危険性――例えば、遠見の鏡で監視していたことがバレる、というようなことがあるかもしれないが、
それでもいずれはやらなければならないことだ。
ならば、なるべく早い方がいい。
それにあの使い魔を常に引き連れる状態にあるルイズに対しても、何らかの処遇を定めなければならない。
そう考え、そしてしばらくの沈黙の後、

「ミス・ロングビルはおるかね?」

と、自分の秘書の名を呼ぶ。
すると、学院長室のドアがコンコンと軽い音を立てる。
そしてその後にドアが開けられ、室内に理知的な顔立ちをした女性が入ってきた。

「お呼びですか、オールド・オスマン?」

その声に、オスマン氏は、うむ、と答えた後、

「ミス・ヴァリエールを呼んできてもらえるかの?」

そう言った。

ヴェストリの広場を出たルイズは、決闘のためにサボった授業には行かず、そのまままっすぐ自分の部屋に戻っていた。
授業をサボるのが悪いことだと言うのは分かるが、今は授業なんか受けてる気分じゃあなかった。

ルイズはベッドの上で仰向けになって、決闘のときのことを考える。
あのとき――ホワイトスネイクは、何か今までと別人みたいだった。
召喚したばっかりの昨日とか、今日の朝食のときは、決闘のときに感じたようなものはなかった。
でもよくよく思い出してみれば……授業の片付けのとき。
あのとき、「でぃすく」の力で自分が魔法を使えるようになる、と話したときのホワイトスネイクが、
ギーシュを追い詰めるときのホワイトスネイクに……ちょっと似てた、かもしれない。

でもよく分からない。
偉そうでちょっとムカつくけど、ちょっとだけ頼もしいホワイトスネイク。
残酷で恐ろしくて無慈悲で、それでいてすごく強いホワイトスネイク。
一体どっちが本当のホワイトスネイクなんだろう?
一体、どっちが本当のわたしの使い魔なんだろう?

朝起きたときとか、朝食のときとか、あのときのホワイトスネイクは単なる忠実な使い魔だった……と思う。
口の聞き方とか挙動とかに引っかかるところはあったけど、それでも自分に忠実だったのは確かだ。
……召喚した日の夜にパンツ覗いたり、ご主人様を怖がらせたりとか、そういうこともあったけど、
授業で錬金に失敗して爆発を起こしたときは、身を挺して庇ってくれた。
あの時は召喚したばっかりの使い魔に庇われるなんて……なんて思って、情けないような気持ちになったけど、
それでも、ホワイトスネイクに対して頼もしさみたいなものは感じていた。

でも……決闘のときのホワイトスネイクは、全然違った。
人を殺すことを何とも思ってないような、そんなすごく怖い眼をしてた。
蛇がカエルを睨むときの眼って、あんな感じなのかもしれない。
とにかく、これから食い殺す獲物を見るような、そんな眼だったのは確かだ。
そしてギーシュのワルキューレをあっという間にみんなやっつけちゃったとき。
あの時は、ホワイトスネイクの強さにすごくびっくりした。
だってあんなに強かっただなんて、考えもしなかったから。
そして……あんなに恐ろしい、残虐なヤツだったなんてことも、考えもしなかった。
ギーシュを怖がらせて、追い詰めるためにあらゆる手段を使って、そしてその上で記憶まで奪い取ろうとした。
最後には記憶を奪うのにわざわざあんなふうに怖がらせたりしたのは……
きっと、ギーシュが最後に感じる感覚を「恐怖」とか、「絶望」とか、そういったものにしようとしたからだと思う。
まるで拷問だった。
まともな心の持ち主なら到底出来ないような、相手の心への拷問。
それを、ホワイトスネイクは平気な顔をしてやった。
つまり、あいつはそういうヤツなんだ。

そう考えてルイズは身震いした。
あんなに恐ろしいヤツを、わたしの使い魔として御しきれるんだろうか?
今でこそホワイトスネイクはわたしに忠誠を示しているけど、いつかはわたしを裏切るかもしれない。
そうなったら……この学院はどうなっちゃうんだろう?

そのとき、ドアが軽い音を立ててノックされた。
来たのは誰だろう?
来た目的はどうせ決闘絡みだろう。
それでそのことで来るかもしれないのは……ギーシュ、モンモランシー、シエスタ、キュルケ、ぐらい。
他に、わざわざ自分の部屋に来そうなのはいない。
自分の知ってる顔を思い浮かべ、そんな事を考えながらルイズはむくりとベッドから起き上がってドアへ向かう。
そしてドアを開けると――

「ミス・ヴァリエールですね? オールド・オスマンが学院長室でお待ちです」

部屋の前にいたミス・ロングビルが、そうルイズに告げた。

オスマン氏に呼び出された理由は、ルイズ自身にも大体察しがついていた。
きっと決闘をした事に関してのことだろう。
貴族同士で決闘をする事はこの学院では禁じられているのだ。
それを破った以上は、何らかのペナルティーは覚悟するしかない。
覚悟するしかないとして……一体どんなことをさせられるんだろう?
学院中の窓を拭く? 全ての空き教室の掃除? まさか女の子にトイレ掃除はさせないだろうが……
そんなことを考えているてますますブルーになりそうな気がしたので、
ルイズはこれから受けるペナルティーについて考えるのをやめた。

そして……部屋で考えていたことの続きに戻る。
そもそもホワイトスネイクは、一体何なんだろう?
ホワイトスネイクも自分のことを背後霊だとか生物じゃないとか、よく分かんないけどそんな風に言ってたし、
よくよく思い出してみれば「別の世界から来た」とか言ってたような気もする。
それにホワイトスネイクみたいな亜人は図書館中の使い魔に関するどの本にも載ってなかったし……
ホワイトスネイクが言っていた事は、ひょっとしたら本当なのだろうか?
そんなことを考えながらロングビルの後ろを歩いているうちに、学院長室のドアが見えてきた。
ルイズの前を歩いていたロングビルがドアの前で立ち止まり、ドアを軽くノックする。

「入りたまえ」

と、中からしわがれた声が聞こえた。

「失礼します」

と一言言って、ロングビルがドアを開けて室内に入る。
ルイズがそれに続く。

「いやいや、わざわざ呼び出したりしてすまんかったのう、ミス・ヴァリエール」

部屋に入ってきたルイズを見るなり、オスマン氏はにこやかにそう言った。

「い、いえ。え、えと。あの、その」
「そんなに固くならんでよい、ミス・ヴァリエール。さて……ミス・ロングビル。それにミスタ・コルベール。
 君たちは退室してくれたまえ」

そうオスマン氏が言ったところで、ルイズは初めてコルベールが学院長室にいたことに気づいた。
そしてコルベールの顔を見る。
見て、ルイズは当惑した。
コルベールが普段の様子からは考えられないほどに、冷静で、表情の無い顔をしていたからだ。
普段のコルベールならば、学院長室に呼び出されて緊張している生徒を、笑顔の一つで落ち着かせようとしたりするだろう。
しかし……この時のコルベールは違った。
少なくとも、ルイズが今までに見知ったコルベールの顔ではなかった。
一体何があったのか……などとルイズが考えているうちに、コルベールはロングビルと一緒にさっさと退室してしまった。
学院長室には、ルイズとオスマン氏のみが残された。

「さて、ミス・ヴァリエール。急にこんな形で呼び出した非礼を、まずは詫びておこうかの。
 そして君を呼び出した理由じゃが……それはわし自身の口から伝えておくべきことがあるからじゃ。
 君が人づてにそれを知らされたとしても、君にはそうなった理由は分からんじゃろうし、
 そうなった理由を説明できるものがわししか居らんのでな」
「はい」

緊張した面持ちで、ルイズが答える。
それにオスマン氏は頷くと、

「では、ミス・ヴァリエール。……君に、一週間の自室での謹慎を命じる」

そう言った。

「……オールド・オスマン」

ルイズが遠慮がちな様子で言う。

「何じゃ、ミス・ヴァリエール?」
「処罰の理由って……やっぱり、ギーシュと決闘したこと、ですよね?
 だとしたら、ちょっと軽すぎるような、と言うか、その、えっと……」
「学院中の窓拭きとか、空き教室の掃除とか、そういうものを期待しておったのかの?」
「い、いえ! えっと、別にそういう訳じゃ……」
「……まあ君が納得できんのも分かる。
 それにそう言うじゃろうと思ったから、こうして君をここに呼んだわけじゃからのう」
「あ……」

ちょっと前にオスマン氏がそれを言ったばかりだったことを思い出し、赤面するルイズ。

「さて……今回の処罰は、決闘のことだけが原因ではない。
 君の使い魔、ホワイトスネイクのことも考慮してのことじゃ」

ルイズは思わず、そう言ったオスマン氏の顔を見る。

「君とミスタ・グラモンとの決闘の事は、ミス・ロングビルから聞いておる。
 そして、今回の処罰はそれから判断してのことじゃが……ホワイトスネイクは、この学院にとって危険すぎる。
 他の生徒と接触しうる状況を作る事は危険じゃと、思ったのじゃ。
 それにホワイトスネイクには、未知の部分もあまりに多い。
 ホワイトスネイクのような亜人が召喚される例は、わしも見たことが無いでのう。
 他にも召喚された瞬間から、コントラクト・サーヴァントもしていないのに使い魔のルーンが刻まれておったという、
 前代未聞の事実もあるのじゃ。
 決闘に関しての処罰は今言ったとおりじゃが……ホワイトスネイクへの処遇に関しては、まだこれからといったところじゃ。
 気苦労をかけることも多いじゃろうが……了承してくれるかの」
「……分かりました」

仕方のないことだ、とルイズは自分に言い聞かせる。
ホワイトスネイクがいつまでも自分で制御しきれるかどうかは分からない。
あの時――ギーシュに記憶の「でぃすく」を返すように言ったとき、
ホワイトスネイクは少しだけ、ほんの少しだけだけど、嫌そうな顔をした。
いや、顔じゃないかもしれない。
ホワイトスネイクが持っている雰囲気に、そういうものが少しだけ感じられたように思ったのだ。
つまり、ホワイトスネイクは今の自分に満足していない。
いつか暴走するかもしれないのだ。
そうなってからでは、遅い。
だから、オールド・オスマンの判断は賢明なものだ。
自分が不当に罰せられてるような気はするけれど、それでも必要なことなんだからしょうがない。
そう言い聞かせた。

そして一方のオスマン氏は、今の発言に一つの「ウソ」を含ませた。
「ミス・ロングビルから決闘のことを聞いた」というところにである。
ウソの理由は、ホワイトスネイクに監視のことを悟らせないためだ。
ホワイトスネイクが実体化していない状態でも周囲の状況を完璧に把握できている事は、決闘からも明らかなこと。
目の前にはルイズしかいないようでも、ホワイトスネイクも自分が何を言ったのかを把握しているのだ。
である以上、下手な事は言えない。
そう考えてのことであった。

「それと、ミス・ヴァリエール」

そして、オスマン氏が不意に声を上げた。

「ホワイトスネイクを呼び出してもらえるかね?」

オスマン氏の注文の内容に驚くルイズ。

「え!? え、あ、その、えっと、オ、オールド・オスマンは、その……ホワイトスネイクを、ここで……」
「今ここでホワイトスネイクと戦う、と言っとるわけではないよ、ミス・ヴァリエール。
 そうでなければ一週間の謹慎なんぞ、君に命じるはずが無いからの。
 ……わしが望んでおるのは、ホワイトスネイクとの直接対話じゃ。
 面と向かって話さんと分からんこともあるでのう」

暫しの沈黙の後、

「分かりました。……ホワイトスネイク、出てきなさい」

ルイズの声に応じ、瞬時にルイズの背後にホワイトスネイクが発現した。
ホワイトスネイクが現れたことを確認すると、ルイズはそっとホワイトスネイクの顔を見る。
しかしその目、その顔に表情は無く、ホワイトスネイクが今何を考えているのかは読み取れない。

「さて……話をするのは初めてじゃな。わしはオスマン。トリステイン魔法学院の学院長じゃ。
 みんなからはオールド・オスマンと呼ばれておるよ」

どこぞのポケモン博士のような、ありきたりな自己紹介をするオスマン氏。

「ホワイトスネイク、ダ」

それにホワイトスネイクは淡白に答える。

「私ニ聞キタイ事、トハ?」
「まずは……そうじゃな。君の生態について、とでも言っておこうかの。
 何せ、随分と長いこと生きてきたわしでさえ、君のような亜人には始めてお目にかかるものでのう」

ちなみに、オスマン氏はホワイトスネイクがキッチリ自分の質問に答えてくれることを期待していない。
生態というやつはその生物にとっての弱点とかかわりを持つことが多い。
このホワイトスネイクのことだ。
どうせ素直には答えてくれはしないだろう。
だがそれでもオスマン氏が困る事はない。
今聞いたことは遠見の鏡を使った監視で、ある程度は把握しているからだ。
しかし、聞かないなら聞かないで逆に不審を煽るだろう。
ここは聞いても無駄と分かっていても聞くのが得策だ。
そして――

「ソレハ答エラレナイ。私ノ弱点ニ関ワル話ダ」

オスマン氏の予想通り、ホワイトスネイクは答えることを拒んだ。

「ちょっとホワイトスネイク! オールド・オスマンの頼みをそんなふうに無碍に断るってどういうこt」

そしてそれに対し、ルイズが声を荒げてホワイトスネイクを非難するが――

「いや、いいんじゃよ、ミス・ヴァリエール。本人が答えたくない、と言っとる以上、強要するわけにもいくまいて。
 これは君だけでなく、ホワイトスネイク君にも関わることじゃからのう」

オスマン氏がこのように言ってしまったので、ルイズはまだ何か言いたげだったが、バツの悪そうな顔をして押し黙った。
オスマン氏もオスマン氏で断られる事は予想していたので、
断られたことに関してはルイズのように腹を立てる事は無い。
無いのだが、

「でも答えてもらえんのは、やっぱり残念なことじゃのう……」

聞いたからには「はいそうですか」で終わると怪しまれるので、なるべく名残惜しそうに言う。
そして、しばらく間を取るかのようにオスマン氏は沈黙した。
それに合わせるようにルイズとホワイトスネイクも沈黙する。

こういう危険な手合いと会話するときには、話の進め方、口調、間など、様々なことに気を使わなければならない。
まったく面倒なことよ、とオスマン氏は内心に嘆息した。
そして、「わざと」思い出したかのように、本命の話題に入る。

「ああ、そうじゃ。もう一つ聞きたいことがあったんじゃよ」
「何ダ?」
「お前さんの思想、というかものの考え方、じゃな」
「話ガヨク見エンナ……ドウイウコトダ?」
「決闘でのことじゃよ、ホワイトスネイク。
 君が何故、ミスタ・グラモンをあのように精神的に追い詰めるようなやり方をしたのか……それが知りたいのじゃ」
「……知ッテドウスル?」
「どうもこうも……あんな真似をする使い魔は学院の歴史の中でも君が初めてじゃ。
 こっちが君なりのものの考え方も理解せんうちに他の生徒に危害を加えられる、というのは避けたいのじゃよ」

なかなかうんと言ってくれんのう、と内心に愚痴るオスマン氏。
さてどうしたものか、と思索を巡らせたところで――

「イイダロウ」

ホワイトスネイクから了承が出た。
それを聞いてひとまず安心するオスマン氏。
一方のルイズは驚きに、思わずホワイトスネイクの方に振り向く。
ホワイトスネイクがさっきのように断るだろうと思っていたためだ。

「『何故あんなことをしたか』……ト言ワレレバ、『アノ小僧ガ敵ダッタカラダ』トシカ、答エヨウガ無イナ」
「ほう……」
「敵ハイカナル手段ヲ持ッテシテモ排除スル。
 二度ト立チ上ガレヌヨウニ、二度ト歯向カエヌヨウニ。
 例エ記憶ヲ奪ッテヤッテモ、心ノ淵ニ刻マレタドス黒イ怒リヲ潜在的ナ拠リ所トシテ、生キ続ケル者モイルノデナ。
 念ヲ入レルトイウ意味デ、確実ニ始末スルタメニ、アノヨウニ『恐怖』ヲ与エル手法ヲ取ッタ」

記憶を奪われながらも、心の淵に刻まれたドス黒い怒りによって生き続ける者。
言うまでも無く、ウェザーのことである。
あの時――故郷での最後の夜の、ウェザーとの決闘で、プッチ神父は僅かながらもウェザーに情けをかけた。
記憶を奪うだけで、命は奪わなかったのだ。
そしてその結果、ケープ・カナベラルを目前にして死に掛ける羽目になった。
ホワイトスネイクがあのような行動を取ったのはそのためだ。
心にドス黒い怒りを刻むヒマすらないように、それを覚える余裕すらないように、ギーシュの精神を蹂躙したのだ。

そしてそれを聞いて……ルイズは改めてホワイトスネイクに恐怖を感じた。
やっぱり、こっちがホワイトスネイクの本性だったんだ。
決闘で見せた、恐ろしいホワイトスネイクが、本当のホワイトスネイクだったのだ、と。
そういうことを、改めて理解した。

「……なるほど、な。
 君の考えはよく分かったよ、ホワイトスネイク君。
 今君が言った、『記憶を奪う』……じゃったか?
 決闘を見聞きしておったミス・ロングビルから聞いてはおるものの……まったく君は、不思議なことが出来るのじゃな」

ため息混じりにオスマン氏は言った。
そして、理解した。
精神的にも、能力的にも、ホワイトスネイクは危険すぎることを。
そして……近いうちに引導を渡してやらねばならないことを。

「今日はすまんかったの、ミス・ヴァリエール。
 もう帰ってよいよ。
 ああ、あとそうじゃ。
 君はこれから一週間、自室で謹慎となるから、そのこともしっかり頼むぞい?」
「……はい」

ルイズは気を落とした様子で、オスマン氏の言葉に答えた。
そしてうつむき加減で学院長室のドアを開け、部屋から出た。

部屋の外にはロングビルとコルベールが控えていた。
コルベールは部屋から出てきたルイズを見て心底ほっとしたかのように息を吐くと、学院長室に入っていった。
そしてロングビルは、

「ミス・ヴァリエール。あなたの部屋までは私がお送りすることになっています」

と言って、今度はルイズに前を歩かせて、一緒にルイズの部屋の前まで着いて来た。
その様子を見て、ミス・ロングビルは、多分オスマン氏から詳しい話を聞いていなかったんだろう、と思った。
そしてコルベールのことも思い出し……コルベールはきっと、
ホワイトスネイクと一戦交える覚悟をしていたのだろう、と思った。
それほどに、ホワイトスネイクは危険視されているのだ。
そう考えると、やっぱり自分が情けなくって、涙が目に滲みそうになった。
ホワイトスネイクがどんなに危険なヤツなのかってことも知らないで、
使い魔が召喚できたことを単純に喜んで、使い魔が自分に忠実なことを単純に嬉しく思って……。
結局自分は、本当に何も分かってなかったのだ。
そう思うと、また悔しいやら、情けないやらで、泣きそうになっってくる。
でもロングビルがすぐ後ろにいる手前、頑張って泣かないようにした。

部屋の前まで来ると、ルイズはロングビルには何も言わず、すぐに部屋に飛び込み、ドアをバタン! と勢いよく閉めた。
このままだと涙が目からこぼれてしまいそうだと思ったからだ。
しかし一方の、何も事情を知らされていないロングビルは、
ルイズが与えられた罰則に不貞腐れているのだろうと、見当違いの推測をした。
なので、念を押す意味で、

「ミス・ヴァリエールはこれから一週間、自室で謹慎となります。
 謹慎期間中に部屋から出た場合、さらに罰則が追加されますので、決して部屋からは出ないで下さい。
 朝昼晩の食事は、部屋の前に用意させます。
 例外として部屋を出ることが許可されるのは、トイレに行く時と、部屋の前の食事を取るときだけです」

と、あくまで事務的な口調で言ってから、また学院長室に戻っていった。
ルイズはその足音を聞きながら、ベッドの上に腰を下ろした。
そしてそのまま夜になって、着替えて寝るまで、ずっとそうしていた。
部屋の前に置かれた食事には、手をつけないままだった。

その夜――ルイズは、夢を見た。

見たことも無い、世界だった。

どうやらどこかの室内らしい。
壁は石造りのようで、滑らかで灰色。
天井には、ルイズが見たことも無いような、光を放つ不可思議な形をした道具。
そして壁には――血まみれになった男が一人、荒い息で、壁に背を預けて床に座っていた。
深い傷を負っているらしく、ぐったりとしている。
男の数メイル先には、なにやら金属で出来ているような、黒光りする道具が転がっている。
そのあまりにも奇妙な光景に、ルイズは言葉を失い、ただ目を見開いてそれを見るばかりだった。

そうこうしているうちに、男が誰かに話しかけるように、何かを喋り始めた。
だが、どこかノイズがかかっているようで、よく聞こえない。

「やっ……たな……。……を止め……るスタ…………いに! 手に入れ……。
 そして………は死んだ。弾が………ブチ込んで……よ」

しかし、それに答える声は、あまりにも鮮明で、あまりにも聞き覚えがありすぎた。
そしてその声がするほうを見て、ルイズは絶句した。

「アア……目的ハ全テ手ニ入レタ」

声の主は、ホワイトスネイクだった。

(え……? ちょ、これって……ど、どういうこと?
 何でホワイトスネイクがあたしの夢に?
 それにそもそもこの場所は一体何なの?
 この血まみれの男は一体何なの?)

そう自問して、ルイズはあることに気づく。

(あいつ……『別の世界から来た』って言ってた……。
 だとしたらこれは、あいつが前にいた世界……ってことなの……?)

しかし夢の映像は、ルイズの疑問をも考察するかのように淡々と続いていく。

「君ノオカゲダ、ジョンガリ・A! 我々ハ本当ニイイコンビダ」
「フフ……頼む………に連れて行ってくれ………しちまった」

血まみれの男がホワイトスネイクに何か頼み事をしている。
だがホワイトスネイクはそれを意にも介さず――床に転がる、黒光りする道具を手に取った。
そしてそれを、男に向かって構える。

(ち、ちょっと、ホワイトスネイク!
 あんた一体何する気!?
 あの血まみれの男の人をさっさと助けなさいよ!)

ルイズは夢の中で必死に声を張り上げる。
だがその声は、二人には全く聞こえていないらしい。

「なあ……俺の銃………ないか?」

男がキョロキョロしている。
さっきの道具を探しているらしい。
だが次の瞬間――

「ココダ」

ドシュッ!

ホワイトスネイクの手に握られた道具から放たれた弾丸が、男の喉を貫いた。
男は、声も上げずに死んだ。

(え……? な、なに? ホワイトスネイクのヤツ、今何したの?
 あの男の人、死んだの?
 ホワイトスネイクと男の人は仲間だったんじゃないの!?)

混乱するルイズを尻目に、夢の映像はやはり淡々と続く。

男を殺したホワイトスネイクは、ゆっくりと男の死体に近づき、そして男の手に、先ほどの道具を握らせた。
そして薄ら笑いを浮かべながら、言った。

「ケネディヲ暗殺シタ犯人モ……コウヤッテ人生ヲ終エタ。
 ……リー・ハーベイ・オズワルド……ダッケ? 確カ……。
 『死人ニ口ナシ』。ダカラ歴史ハ丸ク治マッタ……。
 私ノ正体ヲ知ル者ハオマエダケダシ、『看守殺シ』ノ罪モ、オマエ一人ノ仕業ダ……」

そこで、夢が映し出す映像は暗転した。

そして次々と、いくつもの場面を映していく。
心に闇を抱えるものにつけ込み、利用するホワイトスネイクを。
他人の欲望を利用するホワイトスネイクを。
そして、ホワイトスネイクが付き従う、浅黒い肌の、黒服の男を。

黒服の男は、まさしくそれまでに映されたホワイトスネイクの人間版であった。
相手の心の闇を利用し、欲望を利用し、そして使い捨てる。
そしてそればかりではなかった。
敵と戦えばどんな姑息で卑怯な手段も平気で取った。
相手にとって何よりも、命よりも大切なものをエサにして逃走し、
追い詰められれば醜く命乞いをし、スキあらば一瞬で命乞いをした相手を殺す。
ホワイトスネイクは、そんな男に付き従っていたのだ。
そして、それらの行動をその身をもって支えていた。
そのことが、ルイズの心に一つの感情を灯していった。

そして、また一つの映像に行き着いた。
そこで黒服の男は、再び醜く命乞いをしていた。
神だの大いなる意思だの、わけのわからない大義を持ち出して、
相手がさも無知であるかのように、高説を振るっていた。
それを直接ぶつけられたわけではないルイズでさえ、吐き気を催すような気分になった。
そしてルイズには理解できた。
もうこの男は、ここまでだと。

その予想通り、相手の少年は命乞いを聞き入れなかった。
男は、これまでに重ねた邪悪な行いの全ての報いを受けるかのように、全身を細かく粉砕されて、死んでいった。

そこで、夢の映像は終わった。

夢の終わりと同時に、ルイズは目が覚めた。
むくりと起き上がって、窓の外に目をやる。
月はまだ高い。
夜明けはもう少し先だろう。

そんなことを考えながら、ルイズは自分の心の中にふつふつと湧き上がる感情の正体を、静かに理解した。
夢を見ていたときから、自分の中に芽生えてきていた感情だ。
そして、一つの名前を呼ぶ。

「――ホワイトスネイク」

その声に応じるかのように、ルイズの背後にホワイトスネイクが現れる。

「ドウシタ、マスター? コンナ夜遅クニ」
「……あんたに、聞きたいことが、あるのよ」

一言一言噛み締めるように、ルイズは言った。
その様子から普段との違いを即座に察知したホワイトスネイクは、多少の警戒感を込めながら聞き返す。

「……トイウノハ?」

ルイズは息を軽く吸ってから、それを言った。

「あんたはわたしの使い魔になる前に、一体どんなことをしてたの?」

ホワイトスネイクにとって、それは全く、思いもよらない質問だった。
だが、それでもホワイトスネイクは冷静だった。
冷静に、それに対応できてしまった。
そしてその冷静さが、この時はアダとなった。

「一人ノ男ニ仕エテイタ。ソシテソノ男ノ命令ニ従イ続ケタ。ソノ男ガ死ヌマデノ間ナ」
「私が聞いてるのはそんな大まかなことじゃないわ。
 あんたがその男に仕えて、一体何してたかって事を聞きたいのよ」

ルイズの声の調子は先ほどと変わらない。

「ソレヲ聞イテドウスル?」
「聞いちゃいけないの?」
「ソウイウワケデハナイ。ダガ他人ノ過去ニアマリ首ヲ突ッ込ムモノデh」
「『死人に口なし』」

ホワイトスネイクの言葉を遮って、ルイズがぼそりと言った。
そしてその言葉に、ホワイトスネイクは久しく戦慄に近いものを感じた。
死人に口なし。
ホワイトスネイク自身もよく覚えている、ジョンガリ・Aに対していった言葉だ。
それを何故……マスターが知っている?
いや、それともただの偶然か?

「何を驚いてるの? あんたらしくないじゃない、ホワイトスネイク」

ルイズの方もホワイトスネイクがいくらかは驚いている事は分かっている。
だがそれでもルイズの声の調子が変わることは無い。

「夢をね、見たのよ。そこであんたを見た。あんたが仕えてる男も見た。
 ……もちろん、あんたが過去にしたことも、全部。
 始祖ブリミルの思し召しかしら? ……こんな夢を見られたのは」
「…………」

ホワイトスネイクは何も言わない。
ただ、沈黙してルイズの言葉を聞くだけだ。

「仲間を裏切って殺して、他の人に近づいて、利用して、それで使い捨てて……
 それなのに、あんたは自分からはほとんど戦おうとしなかった。
 戦うにしても、戦う相手は自分が絶対勝てる相手だけ。
 負けそうになれば、どんな手段を使ってでも逃げる。
 逃げられなきゃ命乞いする…………これが、私が見た、あんたがしてきたことよ。
 …………わたしはね、あんたが正直に、自分が何をしてきたかを言ってくれたら、こんなに怒ってなかったかもしれない。
 ……そうでなくても十分怒ってたけど」

そこでルイズは一息ついて、

「ねえ、ホワイトスネイク。あんたは何で、さっき聞かれたときに誤魔化そうとしたの?
 単純にあの過去を知られたくなかったからなの?」

口調こそ冷静だが、ルイズの心中にはふつふつと怒りが煮えたぎっていた。
ホワイトスネイクがしてきたことが、ルイズには心の底から許せなかったのだ。
確かにホワイトスネイクへの恐怖はある。
でもそれさえ木の葉のように吹っ飛んでしまうぐらい、ルイズは怒っていた。

「……マスターノ信用ヲ失ッテハ私モ戦イニククナル。
 ソレデハマスターヲ守ル事モ難シクナr」
「黙りなさい、この卑怯者ッ!!」

ルイズの叫びが、室内に響いた。

「そうよ、あんたは卑怯者よ!
 ギーシュのワルキューレをあんな簡単にやっつけられちゃうぐらい強いくせして、戦いはいつも他人任せ。
 自分が戦わなくちゃならないときは、どんな卑怯な手段でも使う! どんな姑息な真似だって平気でやる!
 負けそうになれば命乞いでもなんでもする!
 ……あんた、恥ずかしくないの? あんなことして生き延びて、恥ずかしくないの!?
 他人を利用して、使い捨てて、それでも罪悪感は感じないの!?」

一気にそこまで言い切ると、ルイズは肩を上下させて息をした。

そして一方のホワイトスネイクは、ルイズの心からの怒りに、

「……私ハカツテノ主人デアル男ノ精神カラ生マレタ。
 私ハソノ男ノ深層心理ソノモノナノダ。
 ソシテ、ソノ男ニハ全テヲ犠牲ニシテデモヤリ遂ゲヨウトスル事ガアッタ。
 ソノタメニハ、ソノ男ハドンナコトデモシタ。
 私ハ男ノ精神カラ生マレ出タ存在ダカラ、私ガソレヲ望ンデイルノモマタ事実ダ」

そう、あくまで冷静な口調で答えた。
そしてそれを聞いたルイズは、頭のどこかで、何かが切れるのを感じた。

「……言い訳のつもりなの? それ……」

そして、

「フザケてんじゃないわよッ!!」

再び、怒りに満ちた叫びを上げた。

「全てを犠牲にしてですって? そういうのはまず自分から率先してその犠牲ってヤツに回すからそう言うのよ!
 でもあんたの前の主人がやってきた事はそういうのじゃない!
 いつも犠牲にするのは他人ばっかりで、自分は何一つ手を汚そうとしない!
 そういうのは高潔でも立派でもない、この世でもっともゲスな行いよ!
 それに、その男の精神から生まれたとかなんとか、わたしにはよく分かんなかったけど……一つだけ言えることがあるわ。
 それはあんたが、自分の性格を前の主人のせいにしようとしてるってこと。
 そんなので言い逃れようと思ったのね、あんたは。この場だけは誤魔化そう、なんていうふうに……。
 …………命令よ、ホワイトスネイク。『もう二度とわたしの目の前に姿を現さないで』」

もう二度と、自分の前に姿を現すな。
そう、ルイズは確かに命令した。

「マスター」
「これは命令よ、ホワイトスネイク!」

ホワイトスネイクが何か言いかけるが、ルイズがそれを遮った。
数秒、ルイズとホワイトスネイクの視線が交差する。
そしてその後、ホワイトスネイクは何も言わずにフッと姿を消した。
姿を消す瞬間、その表情には僅かながら、感傷に近いものが浮かんだ。
ルイズはホワイトスネイクが初めて見せる表情に、ほんの一瞬、戸惑いを覚えたが、すぐに怒りがそれをかき消してしまった。

そしてホワイトスネイクが完全に姿を消したのを見届けてから、再びベッドに横になった。
息はまだ、荒いままだった。


To Be Continued...

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