ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-30

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匿名ユーザー

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ルイズは、トリステインの宮殿にある馬舎で、吸血馬の世話をしていた。
胴体に結びつけていた皮の袋を取り外し、ニューカッスル城から持ち帰った宝物類を確認する。
吸血馬とはいえ、馬には違いない、ブラッシングをして毛並みを整えると嬉しそうに鳴いた。
「ブルルルル…」
「よしよし、綺麗になったわよ。綺麗な栗毛かと思ったけど、光の加減で漆黒に輝くのね」
一通り手入れを終えると、ルイズは傍らに置かれていた木製のバケツを持ち上げた。
人間の胴が二つ三つは入るであろうそのバケツは、ルイズと吸血馬共通の食事でもあった。
「今日は豚の血ね、美味しかった?」
「グルルル…」
「そう、満足したの?ふふ…そうね、牛よりもしつこい味じゃないものね」
『血に味なんてあるのかね』
「あら、デルフは何人も斬ってるじゃない、味の違いぐらいわかるでしょう?」
『おいおい、いくら俺様だって、味まではわからねえよ』
「血の味はわからなくても、あんたの切れ味は私が保証してあげるわ」
『そりゃどーも』
吸血鬼となったルイズは、人間と同じ食べ物を食べているが、時々血が飲みたくなる。
だが、血を飲んでいる姿を見られるのは不味いので、バケツに指を入れて、指先からこっそり血を吸っていた。

宮殿の馬舎とはいえど、その扱いはあまり高くはない。
高級貴族は馬車を引かせるのに馬ではなく、ドラゴンやユニコーン、グリフォンなどを使うことが多く、馬はどちらかといえば下級貴族と平民御用達であった。
魔法衛士隊のマンティコア、グリフォン、ドラゴンと違って、馬舎は宮殿のもっとも外側に作られていた。

アンリエッタは、ルイズの連れてきた吸血馬をユニコーンの隣で世話しても良いと言ってくれたが、ユニコーンが怖がるかもしれないので遠慮している。
吸血馬がアルビオンで敵陣を突破したとき、ドラゴンを踏みつぶしマンティコアをはじき飛ばすという荒技をやってのけたのだ。

吸血鬼化と、ルイズの細胞が脳を浸食している影響で、吸血馬の知能はかなり高くなっているが、それでもユニコーンと同列に並べるのは気が引けた。

「精が出ますな」
と、そこに背後から声をかけられた。
ルイズも吸血馬も、この者の接近に気が付いていたので特に驚かない。
「ええ、私の自慢の馬よ」
ルイズが答えながら振り向くと、そこには口ひげをいじりながら馬を見つめる、痩せぎすの男がいた。
「ウェールズ皇太子は、この馬に乗って敵陣を突破されたとか」
「ウェールズはもう陛下ではなくて?」
「正式に戴冠式を済ませておりませぬ、故に、かの人は亡国の王子でございましょう」
ルイズは、男の顔を見つめた。
丸い帽子に、灰色のローブ、年齢は40だと聞いているが、それよりも10歳は老けて見える。
アンリエッタの父、つまりはトリステインの先帝亡き後、外交と内政を引き受け、重責を一身に背負った男であり、トリステインを実質的に動かす男、マザリーニ枢機卿である。
「それもそうね、ま、私は義理で陛下と呼ばせて貰うけど…ところで、枢機卿がこんな所に来ていいのかしら」
「一度、ドラゴンを踏みつぶしたという馬を見てみたくなりましてな、正直普通の馬よりも一回り大きい馬が、そこまで並はずれた活躍をするとは」
「この子は普通じゃないわ」
「?」
「私と同じよ」
「…なるほど」

マザリーニ枢機卿は、ルイズが吸血鬼であると知っている数少ない人物であった。

「後ほど、四人で会議を開きます、場所はウェールズ皇太子の…」
「解ったわ」
マザリーニは伝えることを伝えると、早々に馬舎を出て行った。
『なー、あいつ枢機卿なのか?』
「そうよ、マザリーニ枢機卿、けっこうな切れ者だと聞いてるわ、平民の血が混じってるとかで貴族はあまり彼に好意的じゃないけどね」
『おめーも元は貴族じゃんか、それにしては随分あいつに好意的だな』


「あら、解る?」
『まあな、勘ってやつよ』
「インテリジェンスソードの勘ねえ…まあ、否定はしないわよ、以前の私はマザリーニ枢機卿と聞いただけけで嫌悪感を感じたわ」
『へえ』
「今は違うわよ。宮殿に滞在してわかったけど、あれほどの苦労人そうは居ないと思うわ」
『苦労人ねえ』
「たぶん枢機卿は…王族を奉り、トリステインを安定に保つことが自分の役割だと思ってるんでしょうね」
『ずいぶん肩をもつねえ、嬢ちゃん、あの男の何処がそんなに気に入ったんだよ』
「気に入ってる?私が?枢機卿を?…そうね、気に入ってるわよ」

「大勢の貴族に嫌われながら堂々としていられるなんて、見事という他ないわ」
ルイズは、魔法学院でゼロと揶揄されていた頃を、思い出していた。



その日の夜。
マザリーニ枢機卿、アンリエッタ、ウェールズ、ルイズの四人は、トリステイン宮殿内のとある部屋に集まっていた。
亡命中のウェールズが使うこの部屋は、遠くから運ばせた模様のある石を使って作られており、客室としては広くはないが、その造りはまさに第一級のものであった。

10人は席に着けそうなテーブルを、四人で囲む。
アンリエッタが奥の席、ウェールズはアンリエッタから見て右、マザリーニは正面、ルイズは左側だった。
マザリーニがルイズに向かって質問する。
「それで、吸血鬼になったという原因は?」
「サモン・サーヴァントで呼び出した石仮面を被って吸血鬼になった…それは確実よ、でも粉々に砕いてしまったから…」
「石の仮面か…そのようなものが召喚されたという記録は、私の知る限りでは無いな」
ウェールズが呟くと、マザリーニも頷いた。

「でも、マジックアイテムを召喚した例は他にもあるのではありませんか?」
アンリエッタの言葉には、ルイズが答えた。
「どれも眉唾物よ…でも、昔書物が召喚されたという話はあったわね」
「『召喚されし書物』か、あれはハルケギニアでは類を見ない精巧な絵が描かれていると聞いたが、本当だろうか?」
ウェールズの言葉に、皆が考え込む。
公式な記録では、マジックアイテムを召喚してしまった例など、ほぼ残っていない。
使い魔が召喚されるとき、マジックアイテムを持った使い魔が召喚された例はあるらしいが。
「魔法学院か、アカデミーに資料をあたらせましょう」
「…それしか無いのね」
マザリーニのくちから魔法学院という言葉が出て、ルイズはため息をついた。
「貴方が生きているということは伝えません、マジックアイテムの調査…その名目で行きましょう」
「…お願いするわ」


こうして、四人だけの会議は進行していった。
ルイズが吸血鬼になった原因を探ることや、これからルイズの立場をどうしていくかが話し合われていき、深夜に差し掛かったところで議題はアルビオンに移った。


マザリーニがわざとらしく咳払いをしてから、口を開く。
「それでは…次にウェールズ皇太子の処遇ですが」
自分の処遇と聞いて、ウェールズはぴんと姿勢を正したまま答えた。
「私は覚悟しているよ、私がいては、ゲルマニアとの同盟にも影響が出よう」
その姿は堂々たるものだったが、アンリエッタにはそれが辛かった。
「ウェールズ様…」
アンリエッタが、恨めしげにウェールズを見つめる。
それを見ていたルイズは、アンリエッタの様子に違和感を感じた。
泣いて抱きつくぐらいのことはするかと思ったが、今のアンリエッタは涙を流すどころか、『我慢』と『諦め』を感じさせている。
ルイズは、アンリエッタの心情にどんな変化があったのか、不思議で仕方がなかった。
だが、ここでそんな質問をしても仕方がない、ルイズはマザリーニの次の言葉を待った。。

「…亡命は私の一存で受諾することになりましょう、当分の間は身分を隠して頂きますが」
アンリエッタとウェールズが、驚いた表情でマザリーニを見る。
「マザリーニ、それは、本当ですか?」
アンリエッタが問うと、マザリーニはいくつかの書簡を懐から取り出し、テーブルの上に乗せた。
ルイズはおもむろに立ち上がると、書簡を取り上げ、アンリエッタの前へと置いた。

書簡を開き、読み進めていると、そこにはいくつもの驚くべき事が書かれていた。
アンリエッタが従者として重宝しているアニエスは、元はメイジ殺しとして恐れられるほどの傭兵であり、情報収集を得意としている。
書簡はアニエスからアンリエッタに宛てられた報告書だった。
「これは…アルビオンの情勢ですか?」
「アルビオンの?」
アルビオンと聞いて、ウェールズがアンリエッタの書簡に視線を向ける。
アンリエッタはそれに気づき、読み終えた書簡をルイズに渡すと、ルイズはウェールズへと書簡を渡した。

「…これは、なんと…」

内容は、アルビオンを統治する貴族派の横暴が記録されていた。
その殆どが、疎開民からの伝聞であり、事実として扱うには不適切であったが、ウェールズの逆鱗に触れるには十分なものだった。
貴族派の統治は燦々たるもので、農村部、都市部での略奪、見せしめの処刑などが報告されている。
圧政と言うよりは、国民を飢え死にさせようとしている思惑が透けて見えた。
「許せん…!」
怒気をはらんだウェールズの声に、アンリエッタは思わずつばを飲み込んだ。


マザリーニが口を開く。
「その書簡は、ラ・ロシェールで傭兵に紛れて情報収集をしていた、アニエスからのものでございます、今朝早く、フクロウにて届きました」


「アニエスは無事なの?」
アンリエッタがアニエスの無事を心配して、マザリーニに聞くと、マザリーニは静かに頷いた。
「フクロウよりまる一日遅れて、トリステインに到着する予定です」
「そう…彼女には苦労をかけるわ」
先ほどから出てくるアニエスという女性の名前が気になったので、ルイズはウェールズの脇に立ったまま、アニエスとは誰のことなのか聞いた。
「ちょっといいかしら、アニエスって?」
「ああ、ルイズにはまだ伝えてなかったわね。実は…以前から考えていたことなのですけれど、平民だけで構成された部隊を組織するつもりなの」
「平民だけ?」
「ええ…わたくしは、栄えある魔法衛士隊の隊長、ワルド子爵が裏切り、ウェールズ様だけでなくアルビオンの方々を危機に陥らせてしまいました」
アンリエッタの言葉に、ウェールズが続く。
「それでアンリエッタは、メイジが信用できない…と言い出してね」
「まさか、メイジが信用できないという理由だけで平民の部隊を?」
「………お恥ずかしい話ですが、私は、ルイズ、貴方とウェールズ様、それぐらいしか心から気を許せる人がいないのです」
マザリーニ枢機卿は、自分の名前が出てこなかったのを気にする様子もなく、黙っている。
「アニエスは平民ではありますが、その活躍と忠誠心は人一倍だと、私は評価しています。彼女にシュヴァリエを与えて私の侍女にしようと考えたのが始まりですわ」
ルイズは、ふぅとため息をついた。
アンリエッタと再会して解ったことだが、子供の頃と同じように、思いついたことをすぐ実行しようとする悪い癖は抜けていないらしい。
「なるほどね…まあ、信用していた魔法衛士隊の隊長が裏切って、ウェールズを殺そうとしたんだしね…その気持ちはわからなくもないわ」
その言葉に、ウェールズは苦笑する。
自分が殺されそうになったというのに、のんきなものだなと、ルイズは思った。
「私は平民だけの部隊で、姫様の身辺を警護するなど反対ですが…アニエスをはじめとする幾人かの者達は、情報収集に関してはなかなかのものだと考えております」
ルイズは、マザリーニの言葉に驚いた。
噂では、アンリエッタとマザリーニは仲が悪いと聞いていたが、アンリエッタをうまくサポートしているように思えたからだ。

「姫様の身辺警護をさせるのは反対ですが…トリステインに巣くう、言わば『獅子御中の虫』をいぶり出すには、アニエスのような優秀な兵士が必要だと考えております」

と、ここでウェールズが、書簡から気になる点を見つけた。
「…一つ、気になるのだが、王党派の村民が一人残らず貴族派に寝返った…という項目があるが、これは…」
「やはり、そこに目を付けられましたか」
マザリーニがそれについて説明する。

アルビオンのとある集落は、王家に献上する馬を放牧し、管理していた。
その集落は表向きは貴族派についていたが、その実、王党派であった。
王党派の貴族達は彼らを信頼していたが、ある日突然、王党派を裏切ったのだ。
貴族派に情報を流され、ウェールズとは別の部隊が全滅してしまった、それはウェールズにとって真新しい記憶だった。

その集落について、気になる事が書かれていたのだ。
「その集落から脱出した人間によると、村落の人間は皆虚ろな目をしておったそうですな。そして一人の女性が村落の人間に命令を与えていた…」
「強力な『魅惑』?」
マザリーニの言葉に、ルイズが応えた。
「おそらく、そうでしょう」

マザリーニは、強力な『魅惑』のマジックアイテムか、先住魔法によって集落の人間が操られていると考えていた。
「ウェールズ殿下の話では、ニューカッスル城に残った戦力は3百程だったと聞いております、対する貴族派は5万、これは異常なことです」
そう言いながらマザリーニは、書簡の『正気に戻った人間の証言』を指摘した。
「貴族派の内情について証言した男は、元はアルビオンの兵士だったようです。夢を見ていたようだ…と、答えておりました」
ウェールズが口を開く。
「その兵士は、操られていたのが、何かの拍子で元に戻ったのか? …その男は今、どうしているのだ?」
「貴族派を裏切ったものの、今更王党派には戻れないと言って、自殺したそうです」
「………」

部屋に、重たい沈黙が流れた。
しばらくして、会議を締めようと、マザリーニが口を開く。

「とにかく、遅かれ早かれトリステインは攻め込まれるでしょう。ウェールズ殿下の亡命を受け入れようが受け入れまいが、確実に、です」
「…解った、亡命を受諾して頂けるのならば、私はトリステインのために道化を演じる決心もしている、マザリーニ枢機卿、うまくやってくれ」
うつむき加減だったアンリエッタが、顔を上げ、マザリーニを見据えた。
「枢機卿、貴方の思うようにやってください、ウェールズ様と同じように、私も王女として責務を果たしましょう」
「御意に…」

マザリーニが恭しく礼をして、その場はお開きとなった。



その後、ルイズはなぜかマザリーニの執務室にいた。
豪勢な造りではなく、どちらかというとウェールズ皇太子の部屋を思わせる質素な造りだった。
しかし、壁、天井、机、書棚、ソファなどは上質の者ばかりであり、トリステインの貴族主義的、権威主義的な気質が現れている気がした。
「まずは礼を言わせて貰いたい、ルイズ・フランソワーズ・ル・プラン・ド・ラ・ヴァリエール」
マザリーニは、ルイズと向かい合わせになってソファに座り、ルイズに礼を言った。
「…その名は捨てたと言ったはずよ」
ルイズは、あからさまに不機嫌な顔をしたが、マザリーニは意に介した様子もなく言葉を続けた。
「貴族としてのけじめだと思って頂きたい」
「貴族として?」
「…アンリエッタ姫は、この短期間で、ずいぶんと芯が強くなられた。その原因の一つは貴方の死に様にある」

そうしてマザリーニは淡々と語り始めた。
アンリエッタは、ルイズが『土くれのフーケ』と戦って死んだと知った日から、泣きわめいてばかりだったらしい。
アンリエッタの母、太后マリアンヌもその時ばかりはかなり苦心したらしい。
なにせ娘の唯一の友達が死んでしまったのだから、その時のアンリエッタの取り乱しぶりは相当酷かったそうだ。
「太后マリアンヌ様は、姫様がまるで赤子に戻られたようだと、心中を漏らしておられた。それぐらい貴方の死は衝撃的だったようだ」
「……………」
ルイズはなにも言えなかった。
沈黙するルイズを見て、マザリーニはしばらく間を置いてから、続きを話し始めた。

ウェールズ皇太子に出したという手紙は、マザリーニの知るところではなかったが、予想は付いていたらしい。
アンリエッタがウエールズを好いていることは知っていたが、そのせいでトリステインに被害を被るのは危険だとも考えていた。
だが、アンリエッタがグリフォン隊隊長のワルド子爵に、独断で大使を命じたのは、完全に誤算だった。
アンリエッタが密命を下すとは思っても居なかった上、ワルド子爵が裏切ったというのも予想外だった。
しかし、ルイズの登場で不安は一転したそうだ。

「気づいておられますか?ウェールズ様は、もう何度かアンリエッタ姫殿下を泣かせておられるのですよ」
二人は相思相愛の関係であり、それが原因でゲルマニアとの婚約が破棄されるのが不安材料だった。
しかし、トリステインの城で、ウェールズはアンリエッタに何度も説教したらしい。
それこそアンリエッタが涙を流したのは2度や3度ではない。

「覗き見でもしてたの?」
「そのつもりはありませんが…ウェールズ皇太子のように、重要人物は、部下が絶えず監視しておりますからな」
マザリーニは、ひげを撫でながら言った。
アンリエッタはお姫様として育てられた、言わば政略結婚の材料として育てられたようなものだ。
だが、ルイズが帰ってきたことと、ウェールズに再会できたこと、そしてウェールズによる叱責を受けて、アンリエッタは王女としての『覚悟』を意識し始めたらしい。
「姫様は、内政、外交に気を配られるようになっただけでなく、呵るべき時に呵るべき部下を使うことを意識して下さった、それは私から見れば驚くべき成長なのです」
「なるほどね…」
「ですから、私は『石仮面』殿に一定の信頼を置くのです、しかし、トリステインの敵となるなら、このマザリーニ容赦しません」
「今の私は傭兵、トリステインに縛られるつもりはないわ」
ルイズがマザリーニを睨み付ける。
だが、マザリーニは意に介した様子もない。
「それで結構、もとより、『石仮面』殿に手綱を付けられるとは思ってはいません」
マザリーニの視線は、まるでルイズの瞳を射抜くかのように鋭かった。

ルイズは、心の中で舌打ちした。
マザリーニに舌打ちしたのではなく、むしろ自分の優柔不断さに苛立った。
自由を求める一方で、絆を求めている自分がいる。
絆は時に束縛に変わると解っていても、それでも求めてしまう。
マザリーニの言葉は、自分が、アンリエッタやウェールズのような『ともだち』の側にいられるのではなないかと、淡い期待を抱かせるのだ。

「…ま、アンリエッタとウェールズの敵になるつもりは無いわよ」

ルイズの、必死の強がりだった。
握った手は、汗ばんで、じとっとしていた。

翌日、虚無の曜日。

ルイズは久方ぶりの城下町を楽しんでいた。
フードを深く被り、ブルドンネの大通りを歩く。
久しぶりに見る商店の数々は、ルイズがアルビオンに行く前と変わらず、平和だった。
「懐かしいわね、ねえデルフ、武器屋の店主、また悪どい商売してるんじゃない?ちょっとからかいに行こっか」
『いいねえ!』
前言撤回。
武器屋は平和ではなかった。

前回、土くれのフーケと会った時、小劇場を待ち合わせの場所と決めていたので、劇場に足を運ぶことにした。
劇場は、舞台の明るさに比べて客席は暗く、顔を見るのも難しい。
前から8列目の左から2番目、そこがルイズが指定した席だった。
客はまばらで、ざっと見た感じでは20人ほどしか座っていない、よく見ると薄暗さを利用して恋人同士がお互いの身体を触っている。
ルイズは、自分の視力をちょっとだけ感謝した。

指定した席を見ると、そこには先客が座っていた、エメラルドグリーンの髪の毛は見間違うはずがない。
ルイズは、左端の席に座って、隣の客に声をかけた。
「こんにちは」
「…やっと来たね、待ちわびたよ」
『ミス・ロングビル』であり『土くれのフーケ』でもあるその女性は、深いため息をついた。
「どうしたの?ずいぶんお疲れの様子じゃない」
「まあね、ここもちょっと不安なんだ、場所と時間を改めてくれないかい?」
「どこに?」
「ピエモンの秘薬屋裏の安宿、『ロイズ』の名前で借りてあるよ」
「その前に、宝物だけどこかに預けたいわ」
「前にも言ったけど、秘薬屋のオババが預かってくれるわ、そっちは合い言葉があるけど」
「『ボロ土は入荷してるか?』よね」

ロングビルは無言で頷いた。
それを見たルイズは早々に立ち去る。
機嫌の良さそうなルイズを見て、ロングビルはため息をついた。


しばらく後、正午を告げる鐘が鳴る前に、ルイズはロングビルの指定した宿に来ていた。
「お泊まりですか」
「”ロイズ”の連れよ」
「へえ、承っておりやす、12番の部屋でさ」
ルイズは階段を上がり、二階にある「12」と書かれた部屋に入る。
小さな窓のついた部屋には、安っぽいベッドと、申し訳程度の棚が設置されている。
「ま、この程度よね」
ルイズは誰に言うわけでもなく呟いた。

しばらくして昼を告げる鐘が鳴る、ルイズはデルフリンガーを傍らに置き、ベッドに寝そべってその音を聞いていた。
『なー、嬢ちゃん』
「なによ」
『あの馬、名前つけてやらないのか?』
「……ちょっとは考えたんだけどね、保留よ」
『保留?』
「ブルート…って名前にしてあげようと思ったんだけど」
『ほー、確かブルリンの本名だったな、なんだ嬢ちゃん、やっぱり寂しがり屋じゃねーか』
「余計なお世話よ」
『そりゃすまねー』
「…本当は、あの馬をブルートって呼びたいけど、私には無理、代用品みたいで嫌じゃない」
『ふーん、こりゃ本物だな、嬢ちゃん、ブルリンに惚れてたんだな』

ルイズはデルフリンガーを抜き、束と切っ先を握って、全力で曲げ始めた。
『ちょっ!冗談だ冗談!マジやめて!やめて!折れる!』
「くっ…あ、あんた意外と丈夫ね、本気でやったけど…ゆがみもしないわ…ふんっ!」
『本気でやるなよ!』

そんな風にしばらくデルフリンガーと戯れた後、ルイズは、ふと立ち上がって窓の外を見た。
裏通りにあるとはいえ、正面の店『ピエモンの秘薬屋』は一階建てで小さい。
窓からは大通りを見下ろすことが出来た。

「こうして見ると、色んな人が歩いてるわよね」
『そりゃな、俺もいろんな奴に背負われてきたが、まあ時代が移り変わると服装も変わってくるもんだぜ』
「……………」
『いつごろだったかねえ、ガリアで、東方から来たっていう楽団を見たときは、さすがの俺もおでれーたな』
「……………嘘」
『嘘じゃねえよ、ちゃんと見たんだって…って、嬢ちゃん、どうした?』
「…嘘でしょう」
『…?』
「嘘だ…嘘だ、嘘だ!」
『おい、嬢ちゃん!?』

ミシッ、と音がして、ルイズの手が握りしめられる。
自分自身の手を握る握力が強すぎて、骨がきしみ、メキメキと音を立てる。
「KUAAAAAA……」
『おい!嬢ちゃん、落ち着け!落ち着けよ!』

デルフの声は、もはや届かなかった。
ルイズの顎はガクガクと震えている。
心を落ち着かせようとしても、身体がそれに反して興奮してしまう。
ルイズの目には、あるものが映っていた。
欲しくて、欲しくて、たまらないものが映っていたのだ。

『おい、嬢ちゃん、ルイズ!』
「五月蠅い……」
ルイズは、デルフリンガーを掴んで、握りしめた。
興奮が収まらず、ルイズの心臓の鼓動が早くなる、そして血液が沸騰するかのように熱くなり、全身を駆けめぐる。
ルイズの自制心は、完全に吹き飛んでいた。

ガチャリ、と音がして扉が開かれる。
入ってきたのはロングビルだった。
『ロック』で鍵を閉めて、窓際に立つルイズを見る。ルイズはデルフリンガーを握りしめて、窓の外を見つめていた。
「…なにやってるんだい?」
ロングビルは、ルイズに近寄ったが、突然振り向いて睨まれて動きを止めた。
牙を剥き出しにしたルイズが、紅く輝く瞳で、ロングビルを見ていたのだ。

「ひっ」
思わず、小さく悲鳴を上げる。
「カハァァァァァァァァァ…」
ルイズの呼吸が、やけに甘く感じられた。
ロングビルの腰に左手を回して、まるでダンスを踊るような姿勢で、ロングビルの身体に牙を近づけた。
「あ…待って、お願い、止めて」
震えながら、涙目で、辛うじて止めてくれと懇願する。

「フーケ…私のものになって、わたしだけのものに」

ルイズは、母親の乳を吸うかのように、ロングビルの右の乳房へと牙を突き刺した。



ブルドンネ大通りには、三人の女性が歩いていた。
魔法学院の制服に身を包んだ、キュルケと、タバサと、シエスタ。
かつての友達が、笑っていた。
ルイズという存在がいなくても、彼女たちは笑っていられるのだ。
本当に欲しがっていたものが、窓の外を無慈悲に通り過ぎていった。

「わたしのものになってよ、わたしのものに」

ルイズは吸血鬼になって初めて、その本心を見せた。



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