ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-27

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匿名ユーザー

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 だがアンリエッタはジョセフの内なる感情とルイズの戸惑いにも気付かず、静々とした足取りでジョセフの前へ歩み寄る。
「貴方は……ルイズの使用人かしら?」
 幾ら図体が大きく鍛えられた肉体を持つ男とは言っても、老人を恋人と勘違いするほど王女殿下の頭は間抜けでもない。ジョセフを使用人の平民だと判別したアンリエッタは、ルイズとの話が終わるまでは声を掛けなかったのである。
 ジョセフはその扱い自体に憤る訳ではない。そういう身分制度だと理解しているからだ。
「いえ、わたしの使い魔です。姫様」
「使い魔?」
 ルイズの言葉にアンリエッタは豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしながら、まじまじとジョセフを見た。
「人……にしか見えないのですけれど」
「人です。親愛なる王女殿下」
 ジョセフは改めて、膝をついて恭しく一礼をしてみせる。
 堂に入ったその仕草に、アンリエッタはまあ、と感嘆の声を上げた。
「ルイズ・フランソワーズ、あなたは昔から変わっていたけれどまさか人の使い魔を持つだなんて思いもよらなかったわ。さすがね」
「何と言うか……たまたまというか……」
 どうにも煮え切れない態度で言葉を選ぶルイズ。
 だがアンリエッタはそんなルイズの様子に頓着することなく、殊更明るい声で言った。
「頼もしい使い魔さん」
「なんでしょうか、王女殿下」
 アンリエッタのたおやかな微笑みに、ジョセフは静かに言葉を返した。


「わたくしの大切なお友達を、これからも宜しくお願いしますね」
 す、と、左手を差し出すのに、ルイズは驚いたような声を上げた。
「いけません殿下! そんな、使い魔に手を許すだなんて!」
「いいのですルイズ。忠誠には報いるところがなければいけません」
 王族が平民に手を許す、ということは破格の褒美と称してもいい。何の躊躇いもなく平民に左手を差し出す王女は『貴族平民の区別なく分け隔てなく接する慈悲深い王女』と呼ばれるに相応しい。
(この世界で王族として育てられて、この優しさを持っておるッつーことは生まれ付いての優しい人間ということじゃな。――王族に生まれなければ幸せになれたじゃろう)
 優しさだけで王族としてやっていけるかと言われれば、答えはNOだ。少なくとも、この世界では。
 ジョセフは差し出された左手を見ながらも、音もなく立ち上がり、アンリエッタを見下ろした。
「……ジョジョ? 姫様が『キスを許す』ということよ、それ」
 そのままキスをするだろうと思っていたルイズは、思わず声を掛ける。先程見せた怒りが、なおも消えていないばかりか、それがアンリエッタに向けられているように思え、声色はかすかに不安を帯びていた。
 だがルイズの予感は、的中していたのだった。
 左手を差し出したままのアンリエッタは、自分より頭二つほども高いジョセフの背に、思わず目を丸くした。
 二人の美少女の視線を受けたまま、ジョセフはゆっくりと口を開き、言葉を紡ぎ始めた。
「――わしはこの年になって16歳の小娘の使い魔なんかやっておる。主人はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという名前じゃ。
 顔は可愛いが高飛車で癇癪持ちでワガママでそりゃーいけすかん小娘じゃ」
 脈絡もなく始まった言葉に、アンリエッタもルイズも虚を突かれていた。


「メイジが貴族だと呼ばれるこの世界で、このルイズは魔法を使えば爆発するし周囲からもゼロと呼ばれてバカにされてもおる。
 じゃが、これほど貴族の誇りを美しく持った者をこの学院では他に見たことがない。他の誰が認めずとも、このルイズは紛う事無き貴族じゃ。王に戦えと言われればその身を戦場に投じることも厭わんし、国の為に死ねと言われれば死んでみせる覚悟もある!
 わしはルイズの使い魔として、危険な戦場の只中であろうとも主人の仰せ付かった任務を成功させる助けをしてみせるし、必ずやわしらはどんな場所からでも生還してみせる!」
 淡々と紡がれる言葉は、言葉が続くに従って緩やかに、着実に熱を帯びていく。
 最初はバカにされているように感じたルイズも、ベタ褒めと言ってもいい言葉がジョセフの口から流れ出るのに悪い気はしなかった。
 何を言い出しているのか判らなかったアンリエッタも、(ああ、自分達は王女の頼みを受け入れ、いかなる危険であろうともそれを乗り越えてみせると言う決意表明なのだわ)と判断してからは、慈愛と信頼を含んだ笑みでジョセフを見上げていた。
「だがッ!」
 しかし、一喝にも似たジョセフの言葉が、弛緩した部屋の空気を一変させた。
 アンリエッタは、自分を見下ろしているジョセフの燃える様な視線の意味が理解できなかった。それは久しくアンリエッタが受けた覚えのない類のものだったからだ。
 だが、ルイズは。王女殿下を見下ろすジョセフの視線の意味を即座に理解した。
 あれは――怒り、だ。
「なっ……待ちなさっ……!」
「アンリエッタ王女ッ! ルイズの輝ける誇りに比して! アンタの無様さにわしは怒りを覚えたッ!!」
 ジョセフの恫喝に、部屋の空気が痛々しいほど凍りついた。


 自分の予想を遥かに超えた厳しい言葉がジョセフの口から奔ったのに、ルイズの制止の声自体が制止し、アンリエッタは慈愛に満ちた微笑み自体を凍りつかせてしまった。
「何が真の友情か、何が忠誠か! アンタのその腐れた根性で尊い言葉を弄ぶなッ!!」
 駄目押しとも言わんばかりの激しい言葉。
「あッ……アンタって奴はぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
 全く予想も出来なかった事態から我に返ったルイズが、ジョセフのこれ以上の狼藉を止めようと素早く駆け寄り、風を切って乗馬鞭を振るい――その先端が、腕を差し出した使い魔の身体に初めて傷を付けた。
 波紋戦士でスタンド使いのジョセフと言えども、鞭で叩かれて痛くないはずがない。現に鞭を受けたシャツは布地を引き裂かれ、皮膚にはうっすらと赤い傷が浮かんでいる。
 常人ならば悲鳴を飲み込みことも出来ない痛みが走るが、しかしジョセフは僅かに眉根を寄せただけで、苦悶さえ浮かべない揺ぎ無い目でルイズを見やった。
 使い魔のジョセフでも友人のジョジョでもない、貴族ジョセフ・ジョースターとしての目。
 年輪を重ねた老人の思慮深さと、誇り高い血統の末裔を示すように輝ける力強い意思――貴族の威厳と称すべき視線にルイズは知らず気圧され、再び鞭を振るうことを躊躇わせた。
 それからもう一度、その視線がアンリエッタへと向けられた。
 アンリエッタは彼が向ける視線を、いつかどこかで受けていたはずだったが、それを受けたのはいつだったのか、どこだったのか、すぐには思い出せず。
 無礼と断ずることも、反論することも出来ず、ただ、ジョセフを見上げて息を飲んだ。
「今にも味方が敗北しそうな戦場の只中に行くのはいい、そこに国の命運がかかった代物があるというのならこのルイズは王に仕える貴族の誇りをもって死を厭わず向かうだろうッ! 今アンタが見たように、躊躇うことなく命を賭した任務を買って出たッ!
 だがアンタは! 真のお友達と称したルイズを危険な戦場に赴かせる危険を知っていてなお! 自らの命で友を死地に向かわせることを恐れたッ!!」

 峻烈な言葉が、矢継ぎ早に投げかけられていく。だが、アンリエッタは怒ることもなく、泣き出すこともなく、ただ、腹の底から湧き上がりそうになる感情の奔流を押し潰すように、強く歯を噛み締め、杖を両手で固く握り締めていた。
「アンタは友人の頼みという体面で、哀れな悲劇のヒロインを演じてルイズの同情を買ったッ! 王女として命令するのではなくッ! ただの無力なアンリエッタが昔の友人の同情を誘って、友人の口から自らが向かうと言わせたッ!
 その形なら、例えルイズが命を落としたとしても『自分が命じて殺した訳じゃない、私の友人が自ら死地に赴いただけのこと、私が悪いわけじゃない』と自分に言い訳が出来るッ!
 アンタは輝ける誇りある貴族に、王女として振舞わなかった! 下らない三文芝居までしてみせて、その代償に友人を死地へと追いやろうとしたッ! 王族の誇りを捨て、自らに仕える貴族にへつらった! そんな腐れた魂の何が王女か、何がルイズの友達かッ!」
 ルイズもアンリエッタも、自覚していなかったやり取りの意味。何気ない会話のベールを被って知れず潜んでいた内面は、ジョセフの手によって光の元に晒され続ける。
 そんな意図が本人達になかったとしても。言われてみればそうとしか言えない歪んだ意図が、躊躇いなく正体を暴かれ続けるのを見つめているしか出来なかった。
「アンタはルイズに命を賭けさせるのに、アンタは王家の責務を果たそうとしていないッ!! アンタは確かに生まれは高貴なトリステイン王家の生まれじゃろうよッ!
 じゃがその魂は、わしの主人が仕えるべき存在には全く相応しくないッッッ!!!」
 今ここで、ジョセフの言葉を上回る意味を持つ言葉を、アンリエッタもルイズも、何一つ用意することが出来なかった。
 妬みややっかみの欠片さえ見つからない、純粋な怒り。だがそれは、アンリエッタが生まれてこの方投げられたことのない類の怒り。
 甘えた少女を叱咤する、自らの意思で立って歩めと叫ぶ激励の怒りであった。


「アンタが本当にトリステインの王女でありッ! ルイズの友人だというのならッ!!
 ただのアンリエッタではなく、トリステイン王国の王女アンリエッタとして命令を下すべきじゃッ! 『トリステインの為、死地に赴いて王女の任務を完遂せよ』と! ただの友人の願いではなく、王女直々の命でアルビオンに向かわせると! 
 “アンリエッタ王女殿下”が本当にルイズ・フランソワーズを友人だと思うのなら! 王女殿下は王女殿下の誇りを持って、誇りあるトリステイン貴族に命を下して頂きたい! 殿下はどうなされるのか! 見せて頂きたいッッ!!」
 皮肉や嫌味のない真実のみで象られた言葉の重さと、強さを。
 アンリエッタにもルイズにも、理解できた。
 痛いほど鼓動する心臓を抑えようと、胸に手を押し当て。知らず乾いていた喉に唾を飲み込ませて喉を湿らせると、重量さえ感じさせるジョセフの視線に、自分の視線を合わせた。
「――わかりました」
 ただの一言ではあるが、ジョセフはただそれだけの言葉に、先程まで失われていた王族の威厳を感じ取った。
 す、とジョセフからルイズに身体を向けたアンリエッタの所作に、ルイズは呼吸するかのような自然さで、膝をついた。アンリエッタがフードを脱いで正体を明かした時のような反射的な所作ではなく、王女に恭順の意を自ら示す為に、膝をついた。
「ルイズ・フランソワーズ。私は忠実たる貴族たる貴方に泥を塗りたくるような侮辱をしてしまいました。栄えある王族として、恥ずべき振る舞いを弄してしまった事を心より悔います。同じ過ちを二度とはしないように、始祖ブリミルにこの場で誓約します」
 始祖ブリミルだけではなく、ルイズと、そしてジョセフにも聞こえる高らかな声で誓約し。
 次にルイズに立ち向かったのは、お友達のアンリエッタではなく。
 トリステイン王国王女、アンリエッタ殿下その人であった。


「トリステイン王国王女、アンリエッタが、ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに命じます。
 貴女方は今これより、わたくしの命に従いアルビオンに赴き、ウェールズ皇太子より一通の手紙を受け取りに行って貰います。これはトリステインのみならず、始祖ブリミルの末裔たる三王家の威信がかかった重要な任務です」
 王家の血族が、自らに仕える貴族に命令する言葉としてはもはや申し分のない言葉である。続いてもう一つの言葉を発するべきかどうか僅かな逡巡が端正な顔に滲んだ。だが、それでも意を決し、締めるべき言葉を発した。
「――その命に代えても、任務を果たすように」
「……はっ。この命に代えましても、必ずやこの任務やり遂げましょう」
 王家の為に死ね、と。
 心を許した友人にそう宣告する辛さは、アンリエッタの心を嫌と言うほど斬り付けた。
 けれど。先程までただの悲劇のヒロインを気取っていた自分が、あまりにも愚かしく無様に見えた。王女としての責任から目を背けようとしていた自分を、嫌悪した。
 友人の厚意に甘えて自分の責任から逃避しようとしていただなんて。先程の自分が目の前にいれば平手で打ち据えたい衝動に駆られていた。
 静かに吐息を漏らすと、もう一度ジョセフに向き直り、彼を見上げた。
「……使い魔さん。もし良ければ、貴方の名前を聞かせてもらえませんか」
 名を聞く言葉に、ジョセフは右手を自分の胸にかざしながら膝をつき、頭を垂れた。
「わしですか。わしの名は、ジョセフ。ジョセフ・ジョースターと申します。先程までの非礼の数々、この老いぼれの首を差し出してもなお償えないとは存じております――が。それでもなお、我が主の命を賭した任務に、王女の言葉がないのでは。主が、報われなかったのです」
 すまなさそうに俯くジョセフに、王女はあの慈悲を湛えた微笑みを返した。


「いいえ、ジョセフさん。貴方の言葉は、この愚かなアンリエッタの心を強く震わせました。貴方の言葉がなければ、私は王女としての矜持を忘れ去ってしまうところでした」
 アンリエッタとしての笑みの後、表情を引き締めて王女の貌でジョセフを見やる。
「もし、貴方が私への非礼を償いたいと思うのなら。わたくしの大切なお友達のルイズと、ルイズの大切な使い魔である貴方が、どうか無事に帰ってきてほしいのです。友達面で擦り寄ってくるだけの宮廷貴族達とは違う……私に真に忠誠を誓うあなた方が、私には必要です」
「王女殿下の命令とあれば、例え地獄の底からでも」
「いいえ、これは命令ではありません」
 栗色の髪が、音もなく左右に揺れ。ブルーの瞳が、ジョセフとルイズを見つめた。
「――友人としての、願いです」
 膝をついたままの二人は、一様に満足げな笑みを浮かべてアンリエッタを見上げる。
「このわしごときには、身に余る光栄ですじゃ。もし、王女殿下がわしを友人だと認めてくださるのなら……わしの友人達は、わしのことをジョジョ、と呼ぶのですじゃ」
「ええ、ジョジョ。わたくしのルイズを、宜しく頼みます」
 そして、改めて左手を差し出す。ジョセフは音もなく跪くと、差し出された手を優雅な動作で取った。
「王女殿下の願いとあれば。わしは、殿下のいやしきしもべに過ぎませぬからな」
 そう囁いて、手の甲に恭しく唇を触れさせた。
「――ああ、その様な物言いをする貴族も減ってしまいました。祖父が生きていた頃は……フィリップ三世の治世には、貴族は押しなべて恭順を示していたというのに!」
 瑞々しい美しさを湛える王女の面持ちには似つかわしくない、嘆きの表情が浮かぶ。
 ジョセフは左手を離すと、視線を静かに王女に合わせ、言った。
「もし、殿下が貴族達に恭順を示される存在となりたいのならば、主人もわしもこの身を惜しまず殿下の手足となりましょう。今、殿下の中に脈打った輝かしい誇りを、どうか忘れずにお持ちくだされ」


 アンリエッタはその言葉に、ルイズに駆け寄ると彼女の手を取って固く握り締めた。
「ああ、ルイズ! わたくしのルイズ! 聞きましたか今の言葉! わたくし、今夜と言う時がこんな素晴らしいものになるだなんて思いもよらなかったわ! 今夜、ルイズ・フランソワーズとジョセフ・ジョースターというかけがえのないお友達を得ることが出来たのだわ!
 ねえルイズ、この奇跡を始祖ブリミルに感謝するしかないのかしら!」
「ああ、姫殿下! その様な勿体無いお言葉! わたくしも姫殿下にお友達と呼んで頂けたこの夜のことは、決して忘れることのない栄えある日として一生心に刻み付けますわ!」
 ひしと抱き合って紅涙にむせぶ二人を見て、芝居がかっていたのはどうやら計算ずくではなくて、トリステインではそういうのが当たり前だったんかのう。と、ちょっとジョセフは後悔した。
 とりあえず、一件落着かなと思っていたところに。ばたーんとドアが開いて……というか、聞き耳を立てようとして身を乗り出したら体重がかかりすぎてそのままドアを押し開けて部屋に入ってしまいましたよ、という風情のギーシュが転がり込んできた。
「何じゃギーシュ。盗み聞きは趣味が悪いぞ」
 この場で唯一冷静なジョセフが冷めた目でギーシュを見下ろす。
「な、何よ! あんた、今の話全部聞いてたってワケ!?」
 相変わらず薔薇の造花を手に趣味の悪いふりふりな服を着込んだ少年は、あ、え、と言葉を選んだ後、はっと我に返ってジョセフに向き直った。
「薔薇のように見目麗しい姫殿下の後を付けてみればこんな所へ来たんだ! それでドアの鍵穴から様子を伺えば……ジョジョ、君と言うやつは何と大それた真似をッ……」
 あまりのバツの悪さに心に浮かんだことを次から次へと並べ立てるが、そもそも事態は解決しているのである。
 ギーシュは薔薇の造花を振り回して決闘だ、と言おうとした所で、波紋をたっぷり流された毛布で殴り倒された。


「げぼぁッ!!?」
「このドアホウがッ!! てめェ姫殿下の後をコソコソ付回すだけじゃなくてレディの部屋を盗み聞きしといてなぁにデカい顔しとるんかッ!」
 ジョセフは倒れたギーシュを引き起こすと、コブラツイストをかけた。
「いだだだだだだッ! ギ、ギブキブギブっ!!」
「で、どうしますかの。姫殿下の話を不埒にも立ち聞きしとったようですが。とりあえず打ち首と縛り首のどちらにしましょうかの」
 コブラツイストを解かないまま、アンリエッタに問いかける。
「ひ、姫殿下ッ……その困難な任務、どうかこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けますよう……」
「てめェまだ懲りとらんのか! お前はモンモランシーといちゃついとれッ!」
「グラモン? あのグラモン元帥の?」
 アンリエッタがきょとんとした顔で珍妙に身体を極められたギーシュを見た。
「む、息子でございますッ! 姫殿下ッ!」
 懸命にジョセフから抜け出したギーシュはほうほうの体で跪いて一礼した。
「貴方も、わたくしの力になってくれるのかしら?」
「はッ! 王女殿下の任務とあれば、望外の幸せにてッ!」
 懸命に忠誠を誓う言葉に、アンリエッタは優しげに微笑んだ。
「ありがとう、この学院にはわたくしに忠誠を誓う貴族がこれほどに多いことに喜びを感じます。勇敢なお父上の血を引く貴方の働きに期待します、ギーシュ・ド・グラモン」
「ひ、姫殿下が……ぼ、僕の名前をッ……」
 喜びのあまり卒倒したギーシュを無視して、ルイズは真剣な面持ちで王女を見た。
「では明日の朝、アルビオンに向かって出発いたします」


「ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます。アルビオンの貴族達は貴方がたの目的を知れば、ありとあらゆる手を使って妨害をかけてくるでしょう」
 アンリエッタは机に座ると、羽ペンと羊皮紙を使って手紙をしたためる。
 書き上げた文章をもう一度読み直し……幾許かの躊躇いの後、末尾に一行付け加えたアンリエッタが悲しげに何かを呟いたのは判ったが、ルイズには何を呟いたのかは判らなかった。
 密書だというのに、まるで恋文を書いている様な切ない色が見え隠れしたのだが、それが何かを問いただすことも出来ず。胸の前で手をそっと握り締めた。
 アンリエッタは書き上げた手紙を丸めると、取り出した杖を振る。すると手紙に封蝋がなされ、花押が押される。正式な書状となった手紙を、ルイズに手渡す。
「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに件の手紙を渡してくれるでしょう」
 そして王女は右手の薬指から指輪を引き抜くと、それもルイズに手渡した。
「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです、お金が心配なら売り払って路銀にあててください」
 ルイズとジョセフは、深く頭を下げた。
「この任務にはトリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹きすさぶ風からあなたがたを守りますように」


 王女殿下が部屋を去った後、姫殿下への無礼を責めるルイズと、臣下だからこそ君主の非を指摘するべきだと主張するジョセフの間で、大討論が繰り広げられた。
 トリステイン代表ヴァリエール公爵家三女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと、グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国代表ジョースター家当主ジョセフ・ジョースターの対決は夜が明けてもなお決着がつかなかった。
 途中で意識を取り戻したギーシュは二人の余りの剣幕に嘴を端挟むことさえできずこっそりと自室に帰り、目覚めたデルフリンガーは眠る前より事態が悪化していることを知り――泣いた。


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