ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

アヌビス神・妖刀流舞-18

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匿名ユーザー

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 港町ラ・ロシェールは、トリステインから離れること早馬で二日の距離にある為、その道中は長いものとなった。
 魔法学院を出発して以来、ワルドはグリフォンを疾駆させっぱなしであり。
 ギーシュとミス・ロングビルはそれに追いつく為途中の駅で馬を交換したが、ワルドのグリフォンは疲れを見せる事無く飛び続けている。

 丁度現在は二度目の駅で休息を取っている所である。
「しょ、正直グリフォンには付いていけないね……」
 座り込んだギーシュが乾いた笑いを浮かべている。
「正直わたしも、流石にちょっと辛いわね」
 ミス・ロングビルが少し苦笑して、自分の持っていた水筒をギーシュに手渡しながら同意した。

 ルイズはそれを見ていると、基本的に色々気が回る人なんだなと思った。
 オールド・オスマンが優秀な秘書で手放したくないと言っていたのも、必ずしもセクハラ目的では無かったのが判る気もする。
 出発前も直ぐに何か察してくれた訳で。
「ちょっとペースが速かったんじゃないかしら?
 ギーシュは確実にへばってるわね」
 少し傍でその様子を見た後、ルイズはグリフォンを労って撫でているワルドの元へと、たたたっと小走りで移動する。
「できればラ・ローシェールの港町まで、止まらずに行きたかったんだが……」
「無理よ。普通は馬で二日かかる距離なのよ」
「へばったからと言っても『ギーシュさん』を置いていく訳にはいかんか」
「ま、まぁ理由はどうあれ仲間を置いて行くのは絶対ダメだわ」
 ルイズは『ギーシュさん』と言ったワルドに少し苦笑する。
「船の出港日を考えれば急ぎすぎる必要も無いか。そうだな、少しペースを落とそう」

 ここまでグリフォンの上で雑談を交わすうちに、ルイズのしゃべり方は昔の丁寧な言い方から、今の口調に変わっていた。
 ワルドが乞ったのもあるが、正直な所『ギーシュさん』『ギーシュさん』と連呼される度に何度も苦笑して、何時の間にかざっくばらんな気持ちになっていた。
 この駅へ降りる前も『しかし『ギーシュさん』を愛しの彼女と別れ別れにさせて、実に申し訳無いね』と言っていた。
 その時は遊びが欠片も出来ない包囲網が、国レベルで出来上がっていくギーシュを少し哀れに思った。同時に最近モンモランシーが、自分に以前より親しくしてくる理由も理解した気がした。

「ところでルイズ、僕はきみがその二降りの剣を扱う事がいまだに信じられないよ」
「わたしも一応メイジよ?使える筈ないわ。たまたま使い魔になってしまったから帯びてるだけよ」
「だが只の飾りならば、そうやって持って歩かないだろう?」
「そうね。あのギーシュに作らせたゴーレムに持たせて使わせたり、一応使い道はあるのよ」
「成る程、だから『ギーシュさん』が同行をしたのだね」
「……え?そ、それは偶然だけど。ま、まぁそういう事でいいわ」
 己が話題にされているものの、アヌビス神は未だ黙っている。オラオラ発言と同時のお仕置きは心底嫌だったようだ。
 デルフリンガーは鞘にがっちり閉じ込められてリボンで厳重に封印されている。

「はははは、どうあれインテリジェンスソードを二本ぶら下げているのは相当に珍しいよ。こと小さなルイズが下げていると、そのアンバランスさで可憐さが引き立つね」
「もうっ!小さくないわ。失礼ね」
「いや、そういう事ではなくて、その剣の大きさと比べてと言う事だよ。本来ならばメイジには不釣合いな筈の剣ですら、きみを彩る優美なアクセサリーだ」
 オラオラルイズは怖いが、甘々な口説きセリフの連呼には耐え切れず、精神衛生を保つ為にアヌビス神は鼻歌でも歌うことにした。
「……lessly That's the way it was Happened so naturally I did not know it was love The next thi……」
 ちなみに本邦初公開らしい。なぁに、ちょっと昔どこかで覚えただけの話しだとかなんとか。
「おや?きみの使い魔は歌が随分と上手じゃないか。成る程、武器として連れているとも限らない訳だね」
「そ、そそそ、そ、そうなの。や、やはり専門の楽士ぐらいは連れていく余裕は、貴族として当然よ」
 知らなかった癖に見栄を張るルイズ。妙に二人の雰囲気が一層良くなってしまった。
 アヌビス神は今までの仕打ち以上に何か堪えた、これはきつい。実に耐え難い。馬鹿ップルに縛り付けらている状況は拷問に等しい。
 しかも愚痴を聞いてくれそうな相棒は、忌むべき暗黒物質で封印されている。
「ケッ、さっさと移動しようぜ!一応急いでるんだろうがよォー」
 堪らず移動を提案した。
 正論だったので、その案は通りアヌビス神はホッとした。

 ホッとしたのも束の間の出来事だった。
 グリフォンの上で今度は、婚約者だの結婚だの好きとか嫌いとか最初に言い出したのは誰なのかしらとか話し始めた。
 今はワルドがルイズの肩を抱いて、愛を語り始めている。
「僕はきみのことを忘れずにいたんだよ。覚えているかい?僕の父がランスの戦で戦死して……」
 ルイズも何だか頷いて返している。アヌビス神は心の中で『青い青い青臭い』と繰り返していたが、今度は昔語りなったようで少し安心した。
「母もとうに死んでいたから、爵位と領地を相続してすぐ、僕は街に出た。
 立派な貴族になりたくてね。陛下は死んだ父のことをよく覚えていてくれた。
 だからすぐに魔法衛士隊に入隊できた。最初は見習いでね、苦労したよ」

「なるほど、そこでホモに目覚めたのか。雄社会で新人が掘られるなんてありがちだよな」
 アヌビス神はついうっかり声に出していた。
 グリフォンに乗る時に封印が少し解けたのか、デルフリンガーが『うんうん、良くあるわ』と頷いた。
 やべえばれるか?とドキドキしたが、風を切る音で聞こえてはいなかったようだ。二人はべったりしたままイチャイチャ会話を続けている。二人の世界と言う奴である。

「ほとんど、ワルドの領地に帰ってこなかったものね」
「軍務が忙しくてね、未だに屋敷と領地は執事のジャン爺に任せっぱなしさ。僕は一生懸命、奉公したよ。おかげで出世した。なにせ、家を出るときに決めたからね」
「なにを?」
「立派な貴族になって、きみを迎えにいくってね」
 ワルドは笑いながら言った。
「冗談でしょ?ワルド、あなた、モテるでしょう?なにも、わたしみたいなちっぽけな婚約者なんか相手にしなくても……」
 ルイズはワルドのことは、夢を見るまで忘れていた。現実の婚約者というより、遠い思い出の中の憧れの人だった。
 婚約もとうに反故になってたと思っていた。戯れに、二人の父が交わしたあての無い約束……。そのぐらいにしか思っていなかった。
 想い出が不意に現実になりルイズは動揺した、更に『ギーシュさん』等と言っているのを聞いて眩暈を覚えて現実なのか夢なのか、一瞬判らなくなりかけた。
「旅はいい機会だ」
 ワルドは落ち着いた声で言った。
「いっしょに旅を続ければ、またあの懐かしい気持ちになるさ」
 ルイズは頭の中で即答した。『ギーシュさん』とか眩しい笑顔で言われてる以上戻れるか!
 そりゃ嫌いじゃない。確かに憧れていた。それは間違い無い。でも、それは想い出の中の出来事だった。
 想い出の中のワルドは『ギーシュさん』とか言わなかったし。

 いきなり婚約者だ、結婚だ、なんて言われても、将来日々『ギーシュさん』と繰り返されるのに耐えられるのか。正直ちょっと胃が痛くなった。
 しかし、どこか気取った表情の時より、無邪気に『ギーシュさん』と言っている時の表情の方が少しドキドキする。
 正直良い笑顔だ。想い出の中でもあんな良い笑顔見た事ない。
「ま……確かに色々良い機会なのかもしれないわね」
 ルイズは良い笑顔に騙された気もしたけど、そう思った。

「あ……あー……おれ寒気がしてきた。そろそろ寿命がきたのかもしれん。
 良い500年だった。けど愛もぶった斬れるぐらい強くなりたかった……」
「しっかりしろ、しっかりしろ兄弟!500年じゃまだはええ。気をしっかりもて!
 クソッ!クソッ!何てこった。刺激が強すぎたんだ!」
 ルイズは、そんなアヌビス神に、ムード有る曲でも流して雰囲気を変えろ!オラオラと小声で伝えてコツコツ叩いた。
 更にお前もできるだろ?とデルフリンガーもコツコツ叩かれた。


 さて、空からアヌビス神とデルフリンガーの泣き声の二重奏が風の歌のように流れている頃。
 ギーシュはミス・ロングビルもといフーケに見入っていた。いくら『ギーシュさん』と言われてもギーシュがギーシュで無くなった訳でもないのであって。
 いきおくれだの何だの言われる年齢かもしれないが、そんな事関係ない。良い女は良い女なんだとギーシュは考える。
 馬の揺れに併せて微妙に揺れる胸とか、実にけしからん!じ、じじ、実にけしからん!オールド・オスマンの気持ちが少し判る、判ってしまう。
 ただ若い色気とは違うこの絶妙さッ!基本的な女性の好みからは外れる物の、一度位はこういうお姉さんにリードされてえー!とか妄想がどんどん広がる。

 ギーシュは何時の間にか桃色妄想の世界へと入り込んでいった。ついつい馬に入れる鞭にも力が入る。『そう!そこっ!』とか独り言を言いながらびしばし尻を叩く。
 その所為でミス・ロングビルに『上よ、危ない!』と言われたのも耳に入らなかった。
 たった今、突然二人に向けて崖の上から松明が何本も投げ込まれたので、止まれとの注意であったのだが、それを無視してしまった。
 そして減速どころか、ビシビシ鞭を入れて、いきなり加速全開で突っ走ったギーシュの馬は、そのまま松明の落下地点より遥か先へ一気に走りぬけた。
「へ?」
 後方への突然の明かりでようやくギーシュは現実に引き戻される。
 戦闘訓練を受けていない馬が、近距離で燃え上がった松明の炎に驚き、前足を高々とあげたのでミス・ロングビルは馬から放り出された。
 ギーシュが跨る馬は炎から離れていた為、そこまで驚かなかったものの、嘶いてそこらをぐるぐると暴走し始めた。
 続けて何本もの矢が、暗闇から夜風を引裂き飛んでくる。
「奇襲よ!」
 一帯にミス・ロングビルの声が響き渡る。

 かすかに届いたミス・ロングビルの声に、ワルドが手綱を握る手に力を入れ、グリフォンを加速させる。
「な、なんと。流石『ギーシュさん』!!」
 急ぎその場に駆けつけたワルドとルイズの目に入って来たものは……。
 落馬し、そこから体勢を何とか立て直そうとしているミス・ロングビルと、雨霰と降り注ぐ矢の中を馬で走り回って、一切被弾せずに敵の目を引き付けるギーシュの姿であった。
 実際は違うがワルドの目には間違いなくそう映った。
「奇襲にも怯まず、戦闘訓練も受けていない馬を見事に操るその技術。
 躊躇う事無く女性を己の身を張って庇うその心。『愛』の噂に偽りなし!」
 正直ワルドは感動していた。そんな子供向けのおとぎ話のような事を、躊躇わずやってのける少年の存在に!
 そして『イーヴァルディの勇者のような話しなんか現実には無いのさ』等と酒を一人飲みながらごちていた自分が恥ずかしくなった。
 杖を振るい竜巻を捲き起こし、降り注ぐ矢雨を蹴散らす。
「大丈夫か!」
 一声上げて、グリフォンの高度を一気に下げた。

「あれは恐らく夜盗か山賊ね」
 矢の飛んできた崖上を睨んでいたミス・ロングビルが、グリフォンから飛び降りてきたルイズをちらっと流し見る。
「もしかしたら、アルビオンの貴族の仕業かも……」
 腰では『ジュークボックスじゃねえんだ。おれはジュークボックスじゃねえんだ』とアヌビス神が意味不明な言葉を繰り返している。
 ミス・ロングビルはアヌビス神の言葉を少し疑問に思ったが、意味が無いようなので『多分ルイズにまたいびられたのね』とスルーする事にした。
「貴族なら、弓は使わないわよ。
 いえ……確かに雇われた傭兵の可能性も有るわね」
 まずは懐からさっと杖を抜き放ち、素早く自分等の正面に3メイル程の土のゴーレムで矢を避ける為の壁を作り上げる。

 ルイズを降ろしたワルドはグリフォンで、走り回る馬上のギーシュの斜め上に付け、『来たまえ!』と一声かけ、腕を掴んで一気に引っ張り上げる。
 そのまま崖上へと攻め入ろうとした時、ばっさばっさと羽音が聞こえてきた。
 続けて崖上から男達の悲鳴が聞こえてくる。どうやら、いきなり頭上に現れた存在に、恐慌状態に陥っているようだ。
 男達は夜空に向けて矢を放つが、小型の竜巻が巻き起こり、矢も男達諸共まとめて吹き飛ばしてしまった。
 宙に浮いた男達は足場を失い崖から転がり落ち、地面に叩き付けらる。

 そして、双月を背に見慣れた幻獣が姿を現した。
「おや?」
 グリフォンにぶら下るように掴まっているギーシュが首を傾げる。
「「シルフィード!」」
 地上のルイズとギーシュの声が重なった。
 それは間違いなくタバサの風竜だった。
 舞い降りてくる風竜から、赤い髪の少女が投げキッスをして笑いかける。
「お待たせ」
 ルイズが風竜の羽ばたきに負けず下から叫ぶ。
「お待たせじゃないわよッ!何しにきたのよ!」
「助けにきてあげたんじゃないの。朝がた、窓から見てあんたたちが馬にのって出かけ様としてるもんだから、急いでタバサを叩き起こして後をつけたのよ」
 指差されたタバサは、寝込みを叩き起こされたらしく、パジャマ姿であった。それでも気にした風もなく、本のページをめくっている。
 ギーシュはワルドの鼻の穴が不自然に少し広がったのに気付いた。

「ツェルプストー。あのねえ、これはお忍びなのよ?」
「お忍び?だったらそう言いなさいよ。言ってくれなきゃわからないじゃない。
 とにかく、感謝しなさいよね。あなた達を襲った連中を、捕まえたんだから」
 さて、二人が言い争いを続けていると、地上に降りてきたらしいギーシュがルイズの肩をぽんぽんと叩いてきた。
「あによ?」
 ルイズは不機嫌そうに振り返る。
「尋問だよ尋問」
「何でわたしがッ!」
「いや、そうじゃなくてそっち」
 ギーシュはルイズの腰のアヌビス神を指差した。
「いよっしゃァー!!おれがジュークボックスじゃ無い所を見せてやるぜ!!」
 アヌビス神は今日一番活き活きした声を出した。


 かくして尋問が始まった。
 ミス・ロングビルが胃が痛そうにお腹を抱えて座り込んでいる。
 なんだかんだでこの瞬間が病み付きになっているらしく、ルイズとキュルケは口論を止めて尋問モードに突入している。実に笑みが邪悪である。
 タバサは聞き耳を立てながらも、知らん振りをして読書を装っている。
 ワルドはあまりに様子がおかしいミス・ロングビルを心配して、顔を覗き込んで水筒を取り出して水を勧めている。

 そして『話すわけねえだろ、お子様が俺達の口を割れると思ってんのか?』と挑発してくる男達。
 それに対して、ギーシュが少し苦笑して『どんな事でも喋ってしまうんだよこれが……』とか言いながら、怪我して動けない一人にアヌビス神をぽいっと放り投げた。
 他の男達は『武器をこっちに寄越して何の真似だ?』とか、疑問符だらけの表情でぶつぶつ言っている。
「あー。『俺達は物取りって設定だけど、本当は此処を通る貴族を襲うように依頼された』って考えてるなこいつらは。
 依頼された場所は『金の酒樽亭』って所だな。
 依頼してきた奴は白い仮面を被った男らしいぜ
 ふんふん、前までは『王党派』だったが今は『貴族派』だってよ」
 それを聞いて男達の表情が一変する。
「あ、ちなみに『その白い仮面の男。時々、給仕の貧乳でケツの青い小娘をやたらとチラチラ見てたから、そっち系の趣味に違いねえ!』ってこいつは考えてるな。へっへっへ」
 アヌビス神がニヤニヤとした感じの笑い声を出す。
 腹を抱えて屈んでいたミス・ロングビルとワルドが、口に含んでいた水をブーっと盛大に噴出した。
「ちなみにこいつは田舎に残してきた年老いた母親が居るな。へっへっへ。
 さて次行こうゼ次!」
 男達は心底怯えた表情になった。アヌビス神は男を操って次ぎの男に己を持たせる。
「おっとっと、こいつはこいつは……。
 この男。さっきの白い仮面の男は良い趣味してやがるぜ、同意する!と熱く考えているな」
 水が気管支に入り込んだらしいワルドが、ゲホゲホ苦しそうに咽込んだ。
「依頼関係に関しては全く同じだな。おっとこいつ実家の三軒隣の11歳の少女に色目使ってるな。夜な夜なその小娘の事を思い出して励んでるな。
 ゲラゲラゲラゲラ。こいつ36歳なのによォ!」
 グホォっとワルドが一層激しく咳き込んだ。
「んーこいつはどうかなァ?何々?
『どいつもこいつも変態だな!常識的に考えてそこで屈んでる姉ちゃんみたいなのが最高に決まってるじゃないか!あの胸に顔を埋めたいと』
 ほっほー、こいつは大切な部分があまりにミニマムで悩んでるな」
 先に秘密を暴かれた男達が、自分の運命を悟り力無く項垂れてピクリとも動かなくなっている。

「つまり『貴族派』にわたし達の行動は筒抜け状態って事?」
 ルイズは忌々しそうに爪を噛んだ。尋問の結果でキュルケも色々察したようで、表情が厳しく変わり、タバサの元へすたすたと移動してコソコソなにやら話し始めた。
「それにしても、相変わらず悪趣味でえげつねえ破壊力だねえ……」
 次は自分の番か?と怯えて泣き声を上げる男達を見て、デルフリンガーは溜息をついた。
 尚、ワルドは未だ激しく咳き込んで使い物にならず。逆にミス・ロングビルに背中をさすられている。
「はぁ……。姫殿下の周りにも、既に間諜が入り込んでいると見るべきなんだろうね。これからの行動もどこまで漏れてるやら」
 ギーシュが溜息をついて、ヤレヤレとかぶりを振った。

 一通り尋問をして終わったアヌビス神が一人の男を操って、ウキウキした足取りで戻ってきた。
 動けないダメージを受けた身体を無理矢理動かされているのも手伝って、尋問後の男達はまともに動く事も出来なくなっている。
「全員から聞き出したぜ。んじゃ後は全員ずばァーっとばらして良いよな?
 ゆっくりと足の先から微塵切りにしてよー。腹ァ掻っ捌いて臓物引っ張り出してよォー。直ぐに死なない様に血管は避けねえとなァー!」
「またおめーはそんな事を言っちまって……」
 興奮し始めたアヌビス神を呆れたように、デルフリンガーがカチャカチャ鍔を鳴らす。
「あ?本能に従えよ。斬りたいんだろデル公も」
 アヌビス神がひゅんひゅんと己を振り回し、刀身が双月の光を映して妖しく光る。
「お、おめーっ学習しろ!俺が言ってるのはそんな事じゃねえ」
 ギーシュは何だか嫌な予感がしたので『今後の指針を打ち合わせないとね』と、タバサとキュルケの方へそそくさと退散する事にした。
「おれの学習能力がお前に劣るってのか?」
「劣るね、とある一点に限っては間違いねえ。興奮したお前はホント駄目だ」
 ルイズに振り上げられながらデルフリンガーがトホホと嘆いた。


「何時になったら覚えんのよ、この犬!犬!犬!」
 物凄い勢いで縦横無尽に振り回されるデルフリンガーが、地面に転がるアヌビス神に激しく叩き付けられる。
 大地が削られ土煙が舞い上がり、『バカヤロー巻き込むんじゃねええええ』と叫ぶデルフリンガーの嘆きが、ぐわんぐわんと揺れに併せ強弱を付けて辺りに響き渡る。
ドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッ
ドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッ
ドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッ
 先程まで操られていた為、傍に倒れていた男が巻き添えを喰らう。
 激しく脚を強打され、妙な方向に曲がった脚を抱えて『ぎゃぁぁぁ』と絶叫を上げた後、泣き叫びながらゴロゴロ転がる。

「ワルドさまがいるの!判ってるわよね?勿論判ってるわよね、あんた?
 あんた婚約者の前でわたしを殺人狂の仲間にする気?」
 ギロリと睨み、オラァ!と叫んでデルフリンガーを激しく投げ付けぶつける。
「おぼァッ!ちょ、ま、まて。このままじゃ俺何もしてねえのに―――」
 デルフリンガーが上擦った声で叫んぶ。
「間抜け?ねえ、脳味噌が間抜けなの?インコンプテンツソードじゃないの?
 無能よね?全然インテリジェンスソードじゃないわ!」
 ルイズが右足をぐぐうっと高く振り上げ、アヌビス神に踵を叩き付ける。
「犬以下ぁ!」
 踵をたたきつけた後、その反動で軽く宙に身を浮かせたルイズはアヌビス神の真上に陣取った。
「油虫?黒油虫よね?大変、踏み潰さないといけないわ」
 汚物を見下すような冷たい目で一瞬見つめた後、棒読みで淡々と死刑宣告をした。
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
 打撃音を響かせながら、両足で交互に踏みつける。
 アヌビス神を、その上に叩きつけられたデルフリンガーを、どっかどっかと物凄い勢いで踏みつけ続ける。
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
「い、今の情況見られるほうが不味いんじゃね?なあご主人さま」
 地面に減り込んだアヌビス神が忠告する。しかしルイズは前に進まぬ全力疾走に夢中であり、そんな言葉聞きはしない。
 デルフリンガーは考えるのを止めたようだ。
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ

 漸く咳が止まって、『さて尋問の結果を覗うか!』とやる気満々で立ち上がったワルドはその有様を直視して、ドン引きした。
「あ、あれは何の儀式だい?」
 脂汗をダラダラ流しながら隣のミス・ロングビルに尋ねる。
「調子が悪い日は叩くと直るそうですわ……確か」
 彼女は遠巻きに見え始めているラ・ロシェールの街の灯りを見つめながら、溜息交じりに適当に答えた。




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