ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

アヌビス神・妖刀流舞-16

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匿名ユーザー

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 さて、ルイズは自室で頭を抱えていた。
 ベッドに腰をかけたまま何度も溜息をつく。
 城下町でお馬鹿な事を繰り返して学院への帰還が遅れ、姫殿下のお出迎えができなかったのだ。
 ミス・ロングビルのメモの『姫殿下がいらしてますよ』が目に痛い。姫様本当にゴメンナサイな気分になる。
 また、はぁーっと溜息をついて、横をチラッと見てみる。
 そこでは昼間城下町で、何度も見えもしない幻覚が見える、と大騒ぎした馬鹿と、その相棒が楽しそうに雑談をしている。

「やっぱよー、ご主人さまの絶妙な肉付きも良いけどな、シエスタちゃんのも悪くないと思うんだ。
 あのいかにも素人だけどちょっと丈夫な田舎娘って感じの按配が猟奇的に(刃を)ずぷずぷっと埋めるのに向いてる。
 ご主人さまは、我慢出来ずに速攻でどぱァーとブチまけろって感じ?
 シエスタちゃんはじっくりずっぷずっぷと」
「ちょっ。お前何駄目過ぎる事言ってんだよ。俺は素人相手はやだね。
 玄人相手じゃねーと駄目だね。フーケとか相手なら良いんだけどな」
「そう来るかよ。そう言う方向じゃタバサとか結構いけるぜ?」
「それは少し同意だーね。あれは良いな。あの張り詰めた感じが良いやね。
 良い手合わせできそーだね」
「はァ?何言ってんだ。あれは細いながらもしっかり詰まった肉がだなぁ」

 噛み合ってないけど、どこか噛み合ってるトークが繰り返されている。
 正直眩暈がする。こんな会話、他人に聞かれたらと思うととても眩暈がする。
 誤解されても理解されても不味い会話なんか、滅多にあるものじゃない。
 滅多に無いのに連日身近で行われている。
 日々徐々に内容が把握出きる様になってくる自分が嫌になる。
 アヌビス神は人を問答無用で斬りたいと主張している。
 デルフリンガーがそれに対して、戦い以外では人は斬りたくない。とか言っている。
 アヌビス神が戦いでってのは悪くないと同意。大体はこんな感じだ。

 ルイズはそんな自分が嫌になってきたのか、壁に頭をぶつけ始めた。
「オイオイ、ご主人さまが壁に頭ぶつけ始めたぜ」
「中々リズミカルだーね。あれはきっと暗号だね。おめーが昼間見た、幻覚みてえな何かと連絡を取ってるにちげえねえ」
「アレは幻覚じゃねえっ!」
 そんな時ドアがノックされた。
 ノックは規則正しく、初めに長く二回、それから短く三回……。
「何ィー?本当に返事があったぞ」
「こいつぁおでれーた。俺もまさか本当に不思議な世界と通じてるたー思わなかったね」
 タイミングがいいノックに二振り揃って吃驚だ。
 そしてそのノックにルイズの顔がはっとした顔になる。
 ぱっと立ち上がると、急いでドアへと向う。
「ゆ、油断すんじゃねえぞデル公。殺気が無くても厄介な敵の可能性は捨てきれねえ。敵のスタンド使いかもしれねえ!」
 突然アヌビス神が緊張した声を出す。
「昼間っから少し変だぜアヌ公。まー判ったが、スタンドってぇーなんだよ。あ、思い出したぜ。前に学院長室の棚の中で泣き言ってた時のあれだな?
 元居た世界で暗い時に机の上を明るくするってぇ奴。あれ欲しがってたもんなお前。電気スタンドだっけ?
 ガソリンスタンドの爆破も明るいなァとか言ってたっけ?
 まあ、取り合えず俺等は幾ら気合入れてても動けねーんだけどな」
「ちぐぁぁぁぁぁうっ!!何かチリペップァァァァァァークロスファイヤァァァァァァー!!!!」
「落ち着けよ兄弟」
 デルフリンガーの反応は、明かにその緊張通じずなのだが。

 さて、ルイズがドアを開くと、そこには真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶった、少女が立っていた。
 辺りを覗うように首を回すと、そそくさと部屋に入ってきて、後ろ手に扉を閉めた。
「……あなたは?」
 ルイズは驚いたような声をあげた。アヌビス神がそれに反応した『スタンドだ!敵のスタンド使いがきやがった!』と錯乱している。デルフリンガー的に錯乱していると思えるだけだが。
 頭巾をかぶった少女は、しっと言わんばかりに口元に指を立てた。それから頭巾と同じく漆黒のマントの隙間から、魔法の杖を取り出すと軽く振った。同時に短くルーンを呟く。光の粉が、部屋に舞う。
「……ディティクトマジック?」
 ルイズが尋ねた。頭巾の少女が頷く。ルイズを挟んで死角になっているらしいアヌビス神がその光の粉を見て『スタンド攻撃だとォっ!?』とか騒いでいる。
 そしてそれをデルフリンガーが『おめえ、ナーバスになり過ぎだーね』とか嗜める。
「け、けどよォ兄貴ィー」
「おめーはそんなんだから、何時になってもマンモーニなんだよ!」
「あァ?何だってェー?今何つったよオメエ。一人で動けねえオメエの方がマンモーニだっての!」
「うっせえ。俺だって動ける!……てた気がする。あれ?」
 ルイズは素早く地面に転がる騒がしい音源を、ベッドの下へ蹴り飛ばした。
「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね。
 ってルイズどうなさいました?」
「あ、あははははは。お気になさらず……って、えぇ!?」
 部屋のどこにも、聞き耳を立てる魔法の耳や、どこかに通じる覗き穴がないことを確めると、少女は頭巾を取った
 現れたのは、なんとアンリエッタ王女であった。
 ベッドの下からは『スタンド攻撃なんだ気を付けろご主人さま!おれ達を隠しちゃあぶねえ!』とか叫び声が聞こえたが、
途中から『ま、まてっ。く、暗いぞ。こ、こここ、ここ暗いっ!ど、どこだ兄貴』『またか!懐くな気持ちわりィーっ!』『そ、そこかっ!そこに居るんだな兄貴ィー!』漫才に変わった。
「姫殿下!」
 声は無視して、ルイズが慌てて膝をつく。
 アンリエッタは涼しげな、心地よい声で言った。
「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」
 そして感極まった表情でルイズをぎゅっと抱きしめた。
「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」
「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へ、お越しになられるなんて……」
 ルイズはかしこまった声で言った。

「そう、マジ下賎。この下賎な暗闇はらめえええええっ」
「やめろアヌ公。気持ち悪ィー!その口調背筋がゾっとする」
 ベッドの下がどんどん騒がしくなる。

「ああ!ルイズ!ルイズ・フランソワーズ!そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい!あなたとわたくしはおともだち!おともだちじゃないの!」

「そう!おれ達おともだち!おともだちだから、らして!ねえ出して!わんって言います。ほら、にゃーにゃーにゃーにゃーっ!」
「わん!じゃねえだろ、それは犬のわんじゃねえ。正気を戻せアヌ公っ!」
「にゃーにゃーみゃぁ~」
「わんだろうが!」

「もったいないお言葉でございます。姫殿下」
「やめて!ここには枢機卿も、母上も、あの友達面をしてよってくる欲の皮の突っ張った宮廷貴族もいないのですよ!
 ああ、もう、わたくしには心を許せるおともだちはいないのかしら」
「にゃーにゃー」
「昔馴染みの懐かしいルイズ・フランソワーズ、あなたにまで、そんなよそよそしい態度を取られたら、わたくし死んでしまうわ!」
「みゃぁー」
「姫殿下……
 ルイズは頭を持ち上げた。
「にゃーごにゃーご」
「幼い頃、いっしょになって宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないの!泥だらけになって!」

「ちょうちょなららしてくれる?どんなの?ねえちょうちょはどんな鳴き方?」
「そ、そりゃおめえ。ひらひら~。じゃねえか?」

はにかんだ顔で、ルイズが応えた。
「……ええ、お目し物を汚してしまって、侍従のラ・ポルトさまに叱られました」

「ひらひら~ひらひら~ひらひらァー!ヒラヒラァァァ!」弱弱しい声がする。

「そうよ!そうよルイズ!ふわふわのクリーム菓子を取り合って、つかいあいになったこともあるわ!
 ああ、ケンカになると、いつもわたくしが負かされてたわね。あなたに髪の毛をつかまれて、よく泣いたものよ」

「え?ちょうちょはふわふわーなの?」
「まて、落ち着けアヌ公。しっかりしろ!な?な?」
「ふわふわ~ふわふわ~」

「いえ、姫様が勝利をお収めになったことも、一度ならずございました」
 ルイズが懐かしそうに言った。
「思い出したわ!わたくしたちがほら、アミアンの包囲戦と呼んでいるあの一戦よ!」

「あみあーんあみあーんあみあーんにゃーにゃーふわわわふー」
「あ、アヌ公……」

「姫様の寝室で、ドレスを奪い合ったときですね」
「そうよ、『宮廷ごっこ』の最中、どっちがお姫さま役をやるかで揉めて取っ組み合いになったわね!わたくしの一発がうまい具合にルイズ・フランソワーズ、あなたのおなかにきまって!」
「姫様の御前でわたし、気絶いたしました」

「そうか、ここは宮廷か。なら判る。エジプトでは宮廷で猫が鳴くんだぜ。
 やっぱ、みゃーみゃーだよ。みゃーみゃー」
「こ、こんなになっちまって……」
「にゃごぉー」

 それからアンリエッタとルイズはあははは、と顔を見合わせて笑った。
「ルイズ、ところで先程から何だか騒がしくありませんか?」
 物音に気付いたアンリエッタが、きょろきょろと周りを見渡した。
「あ、あああ、あ、あれはわたしめの使い魔にございます」
「まあ!あなたの使い魔だなんて。どんなステキな幻獣なのでしょう。
 あら?あの鳴き声……もしかして黒猫かしら?」

「にゃおー」

「おいで」
 アンリエッタが床をやさしくコンコンと叩く。
「ひ、姫さま。そ、その人見知りをしますので……」
「そう……残念だわ。ルイズ・フランソワーズ、あなたの使い魔、一目拝みたかったわ」
 その言葉に少し淋しげな表情と声で俯く。

「にゃごー」
「……(あ、アヌ公よぉ……)」

「姫様?」
 ルイズは心配になってアンリエッタの顔を覗き込んだ。
「あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね。ルイズ・フランソワーズ」
「なにをおっしゃいます。あなたはお姫様じゃない」
「王国に生まれた姫なんて、籠に変われた鳥も同然。
 飼い主の機嫌一つで、あっちに行ったり、こっちに行ったり……せめて部屋の中を好きに動けるあなたの猫みたいだったら……」
 アンリエッタは、窓の外の月を眺めて、寂しそうに言った。
「あ、あはははははははは……」
 ルイズはどうにも苦笑いするしかない言葉を最後に付け加えられた為、その姿を直視できない。
 取り合えずアンリエッタの視線が外に向いてる隙に、ハンガー(樫製超カタイ)を、ベッドの下へ強く投げ込んだ。
「ふぎゃっにゃごーわんわん」
 アンリエッタは視線を戻すと、そんなルイズの手を取って、にっこり笑って言った。
「結婚するのよ。わたくし」
「……おめでとうございます」
 その声の調子に、なんだか悲しいものを感じたルイズは、沈んだ声で言った。
「にゃおーん」
「大変、ルイズの猫ちゃんが呼んでますわ」
 どうにもその鳴き声が気になったアンリエッタがまた屈んでベッドの下を覗き込む。
「ひ、ひひ、姫さま。そ、その、少々変わった生き物で見ると目が潰れます」
「いやだわ。ルイズ・フランソワーズったら」
 この姫さま、はっきり言って天然である。忠告が的を得ていようが、的外れだろうが、ベッドの下を見るといったら見るのだ。
「あら、如何した事でしょう。剣が二本転がっているだけですわ」
「にゃーにゃー」
「けれど鳴き声はこの奥から……?」
「わにゃんっ」
「もしかして剣の影になっているのかしら。
 ところで、ルイズ・フランソワーズ。あなた何故剣なんかをベッドの下に?
 危ないですわよ。間違えて猫ちゃんが怪我でもしたら……」
 アンリエッタがベッドの下へと手を伸ばす。
「あ、ああああ、あの。ひ、ひひ、姫さま。ほ、埃を被っているので……その」
 アンリエッタは天然である。以下どっかと同文。
「あら?いないわ」
 剣を二振りとも引っ張り出し、ベッドの下をじぃーっと見渡す。

「ぷはァー死ぬかと思った。おれは淋しくて暗い場所が嫌いだって何度も言ってんのによォ。酷いなご主人さまは」
「おめー、あっさり治るのかよ!」
「は?何言ってんだよデル公は。また悪い幻聴でも聞こえたのか?
 怖いなァ暗闇は。精神を破壊する」
 突然手の中で景気良く喋り始めた二振りに驚くアンリエッタ。
「こ、これは……?ルイズ・フランソワーズ。これはいったい」
「つ、つまらないインテリジェンスソードですわ。姫さま」
「まあ!こういった物を集める趣味をお持ちでしたのね」
「いえ、違いますわ。ちょ、ちょっとした預かり物でございます」
 あくまでも天然にニコニコ笑いながら嬉しそうに言葉を紡ぐアンリエッタに、ルイズは困った顔を必死に隠しながら、その話題をどうにか流そうと頭をフル回転させ始めた。
「なーに言ってんだ。そのアヌ公はおめーの使い魔だろう」
「そうだぞ。酷いなご主人さまは。これだけ立派で無敵に最強な使い魔を預かり物呼ばわりか。あれか?またわんわん言わなきゃ駄目なのか?」
 何とか誤魔化そうとしたルイズの目論みは、一瞬で叩き潰された。
「ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね。インテリジェンスソードを使い魔にだなんて。
 ところで先程聞こえた猫の鳴き声は……」
「そりゃー、幻聴だな。多分耳がマヌケだったんだ。宮廷で幸せな音聞き過ぎて現実逃避したくなったんだろ。
 ところで姫さまだっけ?二の腕が実に良いな。とても良い。グッド!
 腕の内側から腋の間(から斬り上げて肉)に挟まれて(血液の)暖かみを堪能したいね」
 目論見が潰えたと思いきや、ウィンドドラゴンの飛行速度の万倍の速さで恐れていた事が容赦無く連射された。
 空いた口が塞がらない。
 流石に、まさか話すなり罵倒してセクハラ発言するとは思いもよらなかった!
 いや、セクハラじゃなくて本当の言葉の意味は、斬りたいって事は判るけど、それもそれはそれで重要人物暗殺宣言な訳で。
「姫さま、ちょっと失礼します」
 急いでアヌビス神を、ついでにデルフリンガーを、硬直して動かないアンリエッタの手から取戻す。
 そしてさくさくと窓際まで行き、まずはアヌビス神を手に思いっきり振り被る。
「このっ!無礼者おおおおおおおおおおっ」
 全力投球で地面へと投げつける。続けて、デルフリンガーを手に振り被る。
「さっさと止めないのは、同ッ罪ッ!!!!」
 やたらと正確に地面に転がるアヌビス神目掛けて投げ付ける。
 ばたんと力強く窓を閉め、何事も無かったかのような、にこやかな表情で硬直状態のアンリエッタの方へ振り返った。


 ばたんと窓が閉じられるのが、そして物凄く汚い何かを見下すようなゾクゾクくる表情のルイズの顔が下からも少し見えた。
「馬鹿かおめー!自重しろよ!まーた、放り出されちまったじゃねえか!
 巻き込まれるんだよ!おめーが興奮するたびに、俺も巻き込まれんだよ!」
「いやー、野晒しになっても錆びを気にしなくて良いってのは最高だな!」
「かーっ、駄目だ。反省するつもりってものが欠片もねーや。
 ん?ところでアヌ公、あそこ飛んでるの何だ?」
「あん?
 あれはロングビルの部屋だな。多分オスマンが着替えを覗こうとしてる。
 間違いない。」
 地面に叩きつけられた、アヌビス神とデルフリンガーがぐたぐた話していると、空を飛ぶ謎の姿が目に付いた。


 ミス・ロングビルは今日の昼間すべきだった書類の処理を必死になってこなしていた。
 外出が長引き帰還が遅れ、更にアンリエッタ王女一行の接待諸々で手が付けられなかったのだ。
 必死になって文書に目を通していると窓の外に気配を感じる。
「まただわ……」
 はぁーと溜息をつくと、机の上の花瓶を手に取る。
「今忙しいんです!いい加減にしてください!」
 勢い良く花瓶を、開け放っていた窓へ向って投げつける。

 ごがっ!がしゃーん
「ごぶっ」

 花瓶の直撃音と、せつない動物のものでは無い声が聞こえた。
 え?と思い慌てて窓の外の様子を覗う。
 そこにはびしょ濡れの姿で額を押さえる、黒マントを纏った白い仮面の男が浮かんでいた。
「まさか不意打ちとはな。殺気が全く無かったので反応できなかった。
 流石『土くれ』だ」
 殺気が無かったの部分で、そりゃ本気で殺すつもりでやってたら不味いからと苦笑しつつも、『土くれ』の部分で身体に緊張が走る。
「こんな夜更けにレディの部屋を窓から訪ねるなんて、なんのつもりだい?」
 自分の正体を知っているものは多く無い筈だ。
 ましてやトリステイン魔法学院の秘書をしている事実を知っている者など、はっきり言って、オスマン、コルベール、ルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュの六人だけの筈だ。
 ではこの男は何者か。散々国中の貴族をコケにしてきた自分だ。やはり殺し屋か刺客だろう。
 それもちょっとやそっとでは調べ上げる事が出来ない、今の自分の所在地を突き止めた。並みの者以上である事は確かだ。
 盗み出した物の中には、口封じをすべきだけの物が、多数交じっていたのだから。
 緊張した面持ちで睨みつけていると、男は両手を広げ、敵意のない事を示した。
「ふふん、まさか、この様な場所に潜伏して居ようとは、流石に思いもしなかった」
 男は愉快愉快といった風に鼻で笑っている。
「わたしがここにいちゃ悪いのかい?」
 じろりと睨み返しながら、そっと杖へと手を伸ばす。
「マチルダ・オブ・サウスゴータ、貴族を好まぬ身で有ると聞くが?」
 その言葉に血の気が引くのを感じた。
 土くれの正体以上に知っている者が居る筈の無い隠した真実。捨てる事を強いられた貴族の名。
「そう気を張る事は無い。今宵は話しをしにきた」
「ほっほっほ、うちのマチルダちゃんに何の話しがあると言うんじゃね?」
 仮面の男の言葉に続けて、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「オールド・オスマン!?」
 驚きの声が思わず出る。しかし何時もの癖で、声にどこか嫌々感が含まれているのは愛嬌愛嬌。
 仮面の男の直ぐ後ろには、オスマン氏が笑いながら浮かんでいた。
「いかんのぅ。レディの部屋をこんな真夜中に尋ねるのは感心できん」
 オスマン氏は妙に軽快な動作ですすぅーと、仮面の男を抜き、窓から部屋の中へと入っていく。
「学院長殿でしたか。まさか彼女の正体を知っていながら傍においていようとは。これは驚きだ!」
 仮面の男が、これは意外な事とばかりに声を上げる。
「どなたか存ぜぬが、お帰り願えんかね?」
 オスマン氏は顎鬚を弄りながら温厚な笑顔を見せる。
「選ぶのはあなたではない、彼女だ。
 そして彼女を止める資格などは、あなたに有りはしない」
 男の言葉にオスマン氏がまた笑う。笑いながら、今はマチルダか。彼女の横へと歩いていく。
「オールド・オスマン?」
 斜め後ろへ回り込まれ、マチルダが疑問をいだいた。
 ひょいっ。
 何と言うか、まさにひょいっ。
 オスマン氏がいきなり首筋へと後ろから手を伸ばしてきた。
 さわさわさわさわ
 突然的確に首筋から敏感な所を撫でまわす。
「え?ひゃっひゃふぅっ」
 不意打ちと背筋に走る痺れるような感覚に腰が抜ける。
「は!?」
 仮面の男が、なにか呆気に取られたような様子で一瞬にして硬直している。
「マチルダちゃんの事を色々知っておるように振舞っておったが!
 ここが弱いと知っておったかね?」
 仮面の男が、ぽかーんとしている。
 触られた当人は突然の不意打ちで、腰が砕けて涙目になっている。
「な、な、な、なななっ」
 そして言葉にならない何かを繰り返して口をぱくぱくとしている。
「ちなみに、こっちもとても弱いんじゃ」
 むにっ
 オスマン氏、指をわきわきさせながら胸へと手うずめる。
「どこでも良いわけじゃないんじゃ。弱いところはもっとこうーじゃな」
 やたらといやらしい動きでオスマン氏の手が、指が、ふくよかな胸の形を変えながら這い回る。
「きゃぅんっ」
 今まで聞いた事がないぐらい可愛らしい声が部屋に響き渡る。
「どうじゃ!」
 言うとオスマン氏。やたらと、にやけた顔で覆面の男を見た。
 仮面の男の目には、顔を真っ赤にし涙目で、椅子を持ち上げるマチルダの姿が映った。
 ゴガッ!!
 部屋に打撃音が響き渡った。
「少し見直したのに!見直したのに!見直したのに!」
 物凄い勢いで涙目のマチルダが椅子を振り下ろす。
「あそこまでされた事まだなかったのに!なかったのに!」
 何度も何度も椅子が振る降ろされる。鈍い音が何度も何度も部屋に響き渡る。
「へんたいっ!どすけべっ!えろじじいっ!」
ゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッ
ゴスッゴスッぬふっゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッ
ゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッふはぁゴスッゴスッゴスッ
ゴスッもっとォゴスッゴスッおふっゴスッそこじゃっゴスッゴスッゴスッ
 途中から声は無く、打撃音だけが響き渡る。
 時折、その間にせつない動物の嬉しそうな、時には哀しげな鳴き声が織り交ざる。

「その……なんだ。
 無粋だったか。失礼」
 仮面の男は淋しい顔で宵闇に姿を消した。


「やっぱよ、オスマンがあそこ浮いたあとは騒がしいな」
 アヌビス神が二つの月の輝きを映しながらぽけ~と夜を過ごしている。
「けどよ、今晩は二人飛んでなかったか?」
 デルフリンガーがその隣で、これまたぼけ~と地面に突き立っている。
「ま、禿げだろうな。多分あの禿げが夜這いかけて、かち合ったに違いねえ」
「無茶苦茶だあね。まったく、俺は思うね。この学院終わったな」

『固定化』パワーで錆びの恐怖から開放され、少し余裕なアヌビス神であった。




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